ケーススタディ 二重帳簿

13.03.03
ISOケーススタディシリーズとは

今日、山田は子会社に監査に来ている。ここは茨城県にある製造業で従業員800人、中規模の会社である。この工場は、東日本大震災でも大した被害はなく、事業も順調だ。事業が右肩下がりとか、大震災で被害を受けたところに監査に行くのは気が重い。そういう意味で今回は気楽だ。監査員は横山と千葉工場の課長と山田で、横山がリーダーを務めている。山田はそのほうが気楽だし、他のメンバーの働き具合も見る余裕がある。
業態がアセンブリーであるため、工場現場の環境負荷は大きくはない。ちょっと塗装やスクリーン印刷がある程度で、あとは組み立てラインだけだ。大きなものと言えば、やはり電力である。工作機械の動力、オフィスと工場の空調、そして自動組み立て工程の各種アクチュエーターやねじ締めのエアドライバーなどの圧縮空気の使用がそれに次ぐ。省エネ、それも電力削減が課題であることは一目でわかる。

午前中は工場といっても環境施設がメインだが、現場を歩き回り、午後は書面審査である。
山田は省エネと廃棄物を担当した。
工場の担当者は川中五郎 と言った。どこかで聞いたような名前と思われた方がいるかもしれないが、それは気のせいだろう。
山田
「省エネの計画を教えてくれませんか?」
「ちょっと複雑なんですよ・・・ここは省エネ法の規制を受けますんで、その計画があります。またISOの目的目標に省エネを取り上げていますので、その計画もあります。その他に鷽八百グループの環境ビジョンの計画もあり、正直言いますとこの監査でどの計画書をお見せすればよいのかと・・・」
川中はそんなことをいいながらいくつものファイルを取り出した。
山田はここもバーチャルISOに汚染されているのかと、心中少しの嫌気と少しのあきらめが沸きあがった。
山田
「なるほど、川中さんはみっつ計画があるとのことですが、それぞれ目標などが違うのでしょうか?」
「省エネ法対応では1%が実質的な義務ですから、最低ラインとして1%としています。正直言ってこれは十分達成できると思います。
ISOの目的目標として1年間の環境目標として0.85%としています。これはISO審査で審査員の先生が、万が一でも目標未達になると不適合になるし、その原因の除去をする是正なんて不可能だから絶対に達成する数値にしなさいというご指導で決めました」

山田
山田は顔色を変えずに
「なるほど、しかし省エネ法よりも低い環境目標ではISO規格でいう『目的及び目標は、汚染の予防、適用可能な法的要求事項に整合していること』というフレーズに反しているような気もしますが・・」
「山田さんもISOに詳しいですね。しかしそれは方針に整合させるとありまして、その次の行に『考慮に入れること』とありますね。だから審査員の先生は大丈夫といっていました」
そういって川中はISO規格の対訳本を出して該当箇所を示した。
山田はそれを受け取って読んだが、確かに前段は『(も含めて)環境方針に整合していること』であり、後段は環境側面や法規制が主になっていて、文章の意味からは審査員の言うのが正しいのかもしれんなという気もする。とはいえ理屈から考えればおかしいと思う。



山田は対訳本を返しながら
山田
「なるほどわかりました。で、もうひとつ計画がありましたね?」
「はい、山田さんは本社の方ですから良くご存じと思いますが、鷽八百グループが社外に公表している鷽八百グループの環境ビジョンというものがあります。当社もその環境ビジョンに参加というか含まれておりますので、その対応をしなければなりません。
環境ビジョンでは2020年までの環境活動と目標値をあげています。省エネについては生産高比で2000年を基準にして30%減となっています。実際はこの計画は2008年に立てられていますので、12年間で達成しなければなりませんから、当社においては毎年1.8%強の削減をしなければならないのですよ。これはかなり厳しいことはお分かりですよね」
山田
「他の計画の目標よりはかなり高いですね」
「内緒話ですが、ここの工場長も形だけあれば内容まではあまり見ません。それで私は考えたんですよ。
まず当社は省エネ法の規制を受けるので・・・第1種指定になっていますので・・・それで目標を法規制に合わせて1%にしています。省エネ法は行政へ届けるものですし数値も法的規制がありますから、それに合わせて策定し提出する。まあ、それで一件落着です。省エネ法では計画未達でも不適合になりませんから。
ISOの目標は先ほど言いましたように、審査員公認ですから問題ないです。ISO審査員は形があって指摘事項が出ないようにしてくれれば文句を言わないのです。
問題は鷽八百グループの環境ビジョン対応の計画ですが、これは若干問題というか真面目に考えないとならないのです。本社、山田さんがご担当なのかどうか知りませんが、計画内容の説明が求められます。数値を裏付ける実施計画について資金、施策、効果などがはっきりしていないとなりません。もちろん工場は省エネ法の義務もあるわけで、長期計画をもって省エネ投資を行っています。ただ他の計画は形があればそんなに細かいこと、あるいは裏付けを徹底的に調べられません。省エネ法の立ち入りなんて10年に1回あるかないかですし・・」
山田
「状況はお察しします。環境ビジョンについて言えば、削減目標と投資計画そしてその効果が見合っていることが必要ですよね?」
「我々もデタラメをしているつもりはありません。まして投資計画というのは計画を審査されるとき、実際に効果があるのか投資を回収ができるかをじっくりと調べられます。国の予算と違い甘いもんじゃありません。
そして実施後も定期的に改善効果が出ているかをフォローされます。もちろん個々の計画がフォローされなくても、工場全体の決算が改善しなくては我々としては困ったことになります。投資効率は環境問題ではなく財務問題ですから厳しいです。ですから策定と実施は真剣そのものです」
山田
「わかります、わかります。
ということは環境ビジョン対応の1.8%という数値は実現可能と見て良いわけですね?」
「そこはやはり簡単ではないわけで・・・
山田さんもご存じと思いますが、起業投資で100%計画通りというのは難しいです。認許を得るために、効果を多めというと語弊がありますが最大限に見積もっていることもありますし、詳細を詰め切れずそもそも見通しがフィフティフィフティとこともありますね。もちろん全くダメというのはありませんが、概ね8割達成ならいいところじゃないですか。ですから1.8%目標の8がけで1.5%前後というのが本当のところです。そんなわけで環境ビジョンの計画をそのままISOの計画にはできません。また本音で1.5%という計画を環境ビジョンに出すわけにもいかず・・・まあ世の中多少妥協は必要ですよ」
山田もその状況を分らぬでもない。だがと思う。
山田
「おっしゃることはわかりますが、どうもいくつもの計画があって用途によって使い分けるという発想が好きになれませんね」
「山田さん、『日経エコロジー』って雑誌をご存知でしょう。私は毎月愛読しているのです。その中に2013年3月号に『ISO14000事務局10年目の本音』という記事がありまして、そこに『法的に求められているので取り組まざるを得ないが、ISO14001では『運用上及び事業上』の理由で省エネを目標としない選択もあり得る』とあります。これはいくらなんでもいいかげんな論理だと思います。だってそれじゃあISOの目的目標というのはバーチャルそのものでISO認証のために設定するものだということでしょう。
私はそれには同意できませんが、やはり用途によって目標値とか計画は使い分けることも必要かと思うのです」
フフフと川中は笑った。
「山田さんがISOの権威ということも、おかしな審査員を懲らしめているというお話も良く存じております。山田さんはISOを愛しているんじゃないですか?」
山田
「確かに私はISO規格は有用と考えていますが、愛してるなんてとても言えないですよ
「私はISOは理想とか改善ツールとはみなしていません。単なる手法、世の中を渡るためのものの一つにすぎません。
そんなことを思えば、確かに会社に悪をなす審査員は懲らしめるというか二度と来てもらうことはありませんが、我々企業の担当者にしてみれば、理想を求めるとか最善を追及するということに意味はありません。我々は審査に価値を見出していませんので、審査が問題なく短時間で済むようにするのが仕事です。ですから正しいとかあるべき姿ではなく、審査員に分りやすいものであることが重要です。
それに目標値が複数あることですが、山田さんだって例えば必達目標とか努力目標ってのをご存じでしょう。100億売り上げは必達だが、110億を目標にしろというあれですよ。つまり絶対確実なものを積み上げると1.5%であり、確率50%のものまで積み上げると1.8%という感じですね。0.85%は審査員様用の積み込まれたトランプというわけです。
ですからまあ現状程度なら許容範囲かなと思っているのです」
山田も川中の言うことはわかる。だが複数の計画はやはり認めるべきだろうか? そこんところが決断がつかない。心底ではやはりおかしいという気がする。
山田
「おっしゃることはわかります。しかし環境ビジョンの計画をそのままISOの目標とか省エネ法の目標にした場合はどのような問題が起きますか?」
「ISOについて考えると・・・ 正直言って未達になる恐れは100%でしょうね。例えば導入時期が計画通りなんていくことはまずありません。まして前倒しということはないでしょうね。もし計画通りいったというなら、そのようなものは新規計画じゃありません。
そして改善効果ですが、これも計画書とおりにいくことはまずないでしょうね。いやそれで良いとは言いませんよ、それが現実です」
山田
「それでもいいじゃないですか。大きな目標を立てて実際は2割未達だったというのと、はじめから100出来ると思われるものを目標80として80達成しましたというのと同じように見えるかもしれませんが、意気込みが違います。そして本質的なことですが、それを繰り返すことにより計画の精度向上、計画策定の改善が図れるのではないですか」
「山田さん、まあおっしゃることはわかりますがね、実際のISO審査では、計画未達とは何パーセント不足の時をいうのか、是正処置は何パーセント未達なら開始するのか、その理由はなぜかなどという不毛な質問、議論が続くわけです。
実務担当者としては、ISO審査がシャンシャンと進み、審査員にお早いお帰りをしてもらうことが仕事であるわけです。変にトラブったら他の社員の本来業務を止めて迷惑をかけることになります。審査員が間違っているなんて議論したところで意味がないでしょう。どうせそんなことをしても審査員の教育にもならず、次回に来る審査員がレベルアップしているわけでもありません」
山田は確かに川中の言うとおりだとも思う。だがそれで二重帳簿を良しとすべきなのだろうか。
山田
「そうするとISO対応の計画は絶対確実だから、不適合の是正開始のポイントを決めておかなくてもよいということですか」
「そうなります」
山田
「しかし目標未達が即不適合というわけでもないですよね?」
「そのとおりです。しかし山田さん、まずそのことについても審査員が理解しているかという問題もあるのです。山田さんのお話をお聞きすると、ISO規格から導き出されるあるべき姿を実現してそれを審査員に教えているというイメージがわきます。
日経エコロジーの『ISO14000事務局10年目の本音』を読むと、著者の川中さん、偶然にも私と同じ名前ですね、お断りしておきますが、あんなものを書いているのは私じゃありませんよ、私はそれほど・・・じゃありません。
あの川中さんは、審査員の考える世界像に合わせて会社の文書・記録を作り一生懸命対応しているように見えます。ありゃまったくの間違い、背任行為でしょうねえ。
私は、山田さんのアプローチにも賛成できないし、川中さんのアプローチにも賛成できないです。ISO審査なんてどうでもいいんですよ。私のしていることはいずれでもなく、会社はまっとうな活動をしているが、それとは関係なく審査員の思い描いているものを抜き出してお見せして、審査では問題なく審査員には速やかに退去してもらうということなのです。すこしだけ白、すこしだけ黒かな? アハハハハ」
山田
「川中さんのお考えはわかりました。それも一つの見識ですが、それってむなしくないですか?」
「山田さんはまだ50前でしょう。私はあとに三年で定年です。私が入社してからいろいろな経営革新といいますか手法が導入されました。小集団活動とか提案制度とか
そういったもので確かに役に立つものや考え方は立派なものもありました。小集団活動なんて1970年代初めでしょうか、職場のやる気は燃え上がりましたが、それは一時だけでした。1980年頃になるともう学芸会ですよ」
山田
「学芸会とは?」
「台本があり、役者がへたな芝居を演じるってわけです。
4月に職場の問題を調べて、5月に対策を考えて、6月に計画を立て、7月に対策を実施して、翌年1月に問題解決して、2月に歯止めをして、3月に発表会、アハハハハ、そんなことアリエネーって思いませんか」

小集団活動 年間活動計画表
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調









































山田
「確かに年度ごとに問題が解決するなんて不思議というか筋書き通りですね。
そんなに簡単に問題解決できるなら、もっと速く対応して次のテーマに取り掛かるべきですよね」

小集団活動は私は詳しい。はじめは一メンバーであったが、その後グループのリーダーになり、更には管理者として小集団のけつを叩いて推進したものだ。だけどそれは真に改善を推進するためではなく、お芝居が上手にできるようにするためだったと思う。
そして職場には小集団発表のプロのような存在も現れた。まともな仕事をしないのだが、発表会では講釈師のごとく立派なことを語り、それで評価された。異常としか言いようがない。


「いや小集団ばかりじゃありません。ISO認証もそれと同じで、お芝居なんですよ。オシバイ
審査員がうやうやしくやってくる。これって江戸時代のお代官様が村々をめぐるのと同じです。代官の前では、村人は決して豊かだとか楽だとか言ってはいけません。天候が不順で収穫が少ない、昨年の洪水で田畑が流された、家には年寄りが寝込んでいて暮らしが大変だ、まあそんなことを言うわけです。そして代官をだまして年貢を少しでも減らしてもらう。そして代官が帰るとみんな豊かな暮らしをするって寸法なんです。
教科書を読むと江戸時代の農民は貧しかったってのが多いけど、ありゃ唯物史観の先生方が書いた想像ですよ。実際には豊かな暮らしで文化が発達したって大学で習いましたよ。幕末を動かした人ってほとんどが農民出身ですからね。実は私は今、社会人大学生、正確には社会人大学院生でして、江戸時代の農民の暮らしを研究しているんです。アハハハハ」
山田
「そのお年で大学院ですか! そりゃ、すごい! 青春どころか限りなき夏ってわけですか
それはともかく、おっしゃることはよくわかります。ただ審査員がむちゃくちゃなことを言ったとき、それに従って会社の仕組みを変えるとか文書記録が増えるとかはないのでしょうか?」
「まあ、そのへんが腕の見せ所というか、私の存在価値でしょうね。
ただ、私のアプローチは山田さんとは違い、審査とか審査員のレベル向上にはなりませんね。彼らはバーチャルな世界で生き続けるでしょう。だから毎年同じことの繰り返しです。
といっても山田さんのアプローチであっても審査員が向上するとは思えません。それよりもなによりも、審査員を教育することは我々の責ではありません」
山田
「先ほどの質問ですが、それはむなしくないですか?」
「考え方次第ですね。小集団の例を挙げましたが、どんな経営手法、ISOも含めてですが、いっときのものなんです。花の時期はあるでしょうけど、季節が過ぎれば散っていく花。それなら嵐が来たらやり過ごすという江戸時代の農民と同じですわ、アハハハハ
ISOの審査員を正したところで、ISO認証制度なんてあと数年でおしまいでしょう。次にどんな経営手法が現れるか、そのときまたそれを正論でやるってのも・・・その方がむなしいかもしれませんよ」
山田も笑うしかなかった。
山田
「ところで川中さんはドクター課程を修了したら大学の先生を目指しているんですか?」
「アハハハハ、いっくらなんでもそれは年齢からいって無理ですよ。
ただね、一日じゅう空を見ていてもしょうがないでしょう。人はいくつになっても学ぶとか研究するという気持ちが必要だと思います。その対象として、江戸時代の農村のほうがISOよりも価値があり、ライフワークになりそうに思うのです。人生はラストシーンの出来ばえが大事ですよ」
山田
「いや一過性のヒステリー現象でも研究対象になるかもしれませんよ。例えばヨーロッパ中世の魔女狩りとか江戸時代のおかげ参りとか・・」
「山田さん、後世で研究対象となるのは、その現象が社会的に大きな影響を与えたものだけですよ。巌流島の決闘は講談の世界には話のネタとして残ったかもしれませんが、日本の社会には痕跡を残していません」
山田
「なるほど、そう言われるとISOはライフワークにはなりそうありませんね。川中さんが後期高齢者になる前に、ISOは既に遥か彼方の過去になっているでしょうね」
「会社で行う活動とか仕組みとはなにかと考えると、ISOじゃなくて会社の存続にいかに貢献するかということでしょう。少なくても2013年現在のMSS規格はそんな期待には応えるようなものじゃありません。要するにISOなんて会社のメインテーマじゃないんです」

会社の仕組みと目的を理解したうえで、ISOの要求を最小限の労力で実現してくれるなら、それも一つの道であると山田は思った。
そして川中が会社を去った後、川中流のISO対処法が形骸化したときは、山田の後任あるいは横山の後任がそれを正してくれるだろう。いやISOは過去のものになっているかもしれない。

うそ800 本日の言い訳
だいぶ前にも同様な不具合というか、考え方がおかしいことを書いたことがある。物忘れが激しいと言われるかもしれないが、そうではない。一応過去に書いたものとの関係、整合性は考えているつもりだ。
なお結論は前回と180度違うが、それは担当者が良く理解しているかあるいは形だけなのかの違いである。

うそ800 最近のうそ800
このところ規格解釈や認証の問題を書かずに、ISOに関わっている人たちの関心ごとや気持ちといったことしか書いてないんじゃないかという声を予想する。実は同志からもそんな指摘(揶揄)がされている。
正直いって審査の問題、規格解釈については、もはや書ききってしまったという感じがある。また内部監査などの考え方、手法についても書いたつもりだ。これ以上は文章ではなく、実際にしてみせてさせてみることしか残っていないと思っている。
だからまだ書いていなかったISO事務局あるいはイクイバレントの人たちが、どうあるべきかを書こうと思っている。私はISO事務局無用論であるが、現実にはそういった仕事に従事している人は多い。それならばその人たちの生きがいとか悩み対策、あるいはあるべき姿を書くのも意味があるだろう。そしてそういう物語は星の数ほどある。なにしろ審査員にしろISO事務局にしろ小説のような人は数え切れないのだから。

うそ800 本日のダジャレ
文章中に片岡義男の小説のタイトルをちりばめたのですが、いくつ気が付きましたか? 
ちなみに該当箇所にマウスを乗せると表示されます。


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2013/3/3)
ISOだか、省エネ法だか、環境ビジョンだか知りませんが、達成できないことがわかっている目標を掲げること自体が誤りだと思います。

ぶらっくたいがぁ様 まいどありがとうございます
最近は私も周りに合わせるというか流されることも良いではないかという気がしてきました
正論を吐くのは疲れます
どうでもいいことならどうでもいいのかと
なお、売上高などはやはり100%確実という数値ではなく、確率が8割とかの数値を揚げるべきかもしれません
確信はありませんが

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013/3/3)
昔は組織もISO審査が会社を良くしてくれるという幻想があったんですけどね。
今やISO審査は組織にとって台風か税金みたいなものでしかありません。「ま、何でもいいからさっさと帰れや」と心の声が(以下略

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます
私は最近、悟ったというかどうでもよくなりました(引退したせいでしょうか)
ISO審査で正論とかあるべき姿ではなく、期待されることを口先三寸で対応して素早く帰ってもらうことが最善かと思うようになりました
まあ歳とったせいでしょう



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