ケーススタディ 病院に行く その6

13.07.21
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
鷽八百機械工業の太田という課長が、地方都市の病院の事務長に出向した。その病院はISO14001を認証していて、太田はEMSの管理責任者に任ぜられた。
太田は今までISOに関わったことがなかった。出向してからISO規格を勉強しているものの、なかなか理解できない。いや勉強すればするほど、その病院のEMSがISO規格と乖離していること、そして無用な書類を作ったり意味のないことばかりしているように思える。それで今後どうしたものかと悩むばかりだった。太田が悩んでいることを知った人事部は、環境保護部の山田に太田の支援を依頼した。
山田はその病院を訪問して太田とコンサルを依頼している黒部の二人を指導して、従来から存在している真の・・・裏のという方が良いのだろうか・・・EMSを、ISO審査の時に見せるようアドバイスした。



山田の指導を受けて、太田と黒部は病院の環境管理の現実をしらみつぶしに調べた。
法的な届出や有資格者に問題などはない。公立の病院であるから、そういうことはしっかりと取りはかられているし、市は病院に対して定期的に点検をしている。調べれば法規制の調査、それに基づく手順書の作成とそれに従った運用の仕組みができていることが分った。
行政機関は仕事をするに当たり、そのつど対応を考えて行うということはまずない。すべて文書に書かれ、しかるべき決裁者が承認し、それに基づいて仕事は進められる。そしてルールの厳守状況も徹底されている。ルールがないために現場が動けなかったり逆に暴走することはないし、記録がなくて過去の経験が揮発することはまずない。仕組みや手順を変えるときは、ルールが改定されることが必要条件であり、一旦改定されるとそれは粛々と実行される。

前回の打ち合わせから、2週間ほど過ぎた頃に山田はやって来た。
黒部太田山田
黒部
コンサル
太田
病院事務長
山田
主人公
黒部
「事務長さんと規格要求事項に対応する規則類を調べました。いやあ、驚きましたね。ISO規格なんてより、もっと精緻なルールができていますし、更に驚くことはそのルールがしっかりと運用されているということです」
太田
「正直言いまして、だいたい形はできているだろうけど、不十分なところもあるとは思っていました。ところが調べてみると、ほとんどすべての要求事項を満たしていることが分りました。
もちろん名称は官公庁独自の言い回しとか用語ですけど、内容はISO規格と同等以上です。
教育訓練、文書管理、記録の管理、是正処置、緊急事態、年度ごとの実績確認と次年度の計画策定など完璧にあります」
黒部
「内部監査というのがありませんでしたが、なんといいましたっけ・・」
太田
「地方自治法による外部監査ですか、もちろん私立病院は自治体そのものではありませんが、外部の公認会計士や弁護士などが会計だけでなく業務遂行状況を点検するのです」
山田
「それは内部監査にあたるのでしょうか?」
太田
「いや、それは外部監査ですし、報告先が監督部署ですから。だからそれをISO14001の内部監査に当てることはできないと思います。それに外部監査は数年に一度のインターバルです。
ただ、外部監査で問題がないように、毎年、病院内部で自己点検と称して会計や業務の遂行状況を監査しているのです。もちろん環境管理も見ていますので、それをISOの内部監査に当てようかと考えています」
山田
「それはいいですね。なにもわざわざ余計なことをしなくても、従来からの方法が規格以上であればよいわけです」
太田
「いや実を言えば事務長が全部門の点検の責任者ですので、客観性は担保されていません。もちろん現状は単なる自主点検ですから、それでよろしいのでしょうけど。そのへんを相互牽制するように多少は見直しが必要かと思います」
山田
「なるほど、その他に大きな不足箇所はありませんでしたか?」
黒部
「調べた範囲では問題ないようですね」
山田
「それじゃ今年の審査では、今までのEMSをリセットして、従来からの仕組みで審査を受けるということですか?」
太田
「うーん、それでどうでしょうか考えているのです」
山田
「太田さん、またなにか困ったことでもあるのでしょうか?」
太田
「実を言いましてね、今回の調査で、病院の仕組みが元からISO14001を満たしているということは、認証する意味があるのだろうかという気がしてきたのですよ」
黒部
「事務長さん、それじゃ認証を返上するということですか」
太田
「病院のISO審査費用が毎年100万以上になります。この場所以外に、10キロほど離れた二つの地区に分院がありまして、そこも認証範囲になっております。そんなわけで審査の手間はかかるのはわかるのですが・・
今のご時世ですから、私は認証をやめることを提案しようかと思っているのです」
山田
「そうですか、おっしゃることはよく分ります。病院がISO認証しても医師や看護師や病院で働く人にとっては何も変わることがない、患者さんも何もメリットがない、10年前ならいざ知らず今ならプライズにもなりませんからねえ〜」
太田
「そもそも公立病院がISO14001認証するという意味がなにかと考えると・・・まったく無意味に思えるのです。いや病院ばかりではないです。自治体とか中央省庁がISO認証を受けるというのは税金の無駄使いとしか思えません」
黒部
「認証の効果というものは考えられませんか?」
太田
「まず仕組みをしっかりするという観点では、行政機関はそもそもが法令、条例によって設立され、その運営も法的な裏付けによって行われるのです。一般の会社ならルールなしで仕事をするということもあるかもしれませんが、自治体とその下部機関ではありえません。つまり出発点においてISO規格と同一ではありませんが、環境に限らず全方位に渡って文書化されたマネジメントシステムがあるのです。
次に改善という観点からいえば、今までのバーチャルなEMSでは論外ですが、現実のEMSをISO審査で見せてそのまま適合と判定されるなら改善になりませんね。
それに市の管理下にある病院ですから、ISO審査でのコメントや改善の機会なるものを元に、病院の仕組みやルールを変えるということがありえるかという思いもありますね。仕組みを変えるなり運用のルールを変えるなら、市民や我々が考えるべきでしょう」
黒部
「外部に対する効果としては・・」
太田
「先ほどの話にもありましたが、ISO認証しましたといっても来院する方が増えるわけでもなく、認証してもしなくても他の公立病院と比較されるわけでもありません。そもそも住民が選択できて競争原理が働くような状況なら公立病院が必要じゃありません」
山田
「じゃあ、最終的には病院の企業長のご判断ということになりますね。企業長のご意志で認証したというお話をはじめのときに聞きましたので」
太田
「実を言いまして、既に今までの経過を企業長に説明したのです。そして今後、認証を継続するか止めるかを考えるべきだと上申したのです」
黒部と山田はオオットと椅子に座りなおした。
黒部
「それで企業長の回答は?」
太田
「ハハハハハ、参っちゃいましたよ。私に一任するというんです。
企業長としては今でもISO認証についてあまり詳しくないようですが、今までのEMSが役に立たず費用が掛かり、内部でも余計な仕事をしていたということは十分理解していたのです。とはいえ、自分がISO認証を言い出した立場なので、自らは止めるとは言い出せなかったようなのです。
それで事務長が私に代わって、そういう話を持って行ったことには疑問を持たなかったようです。ある意味、素早く問題点を見つけてくれてありがたいという印象でした」
山田
「じゃあ太田さんのお考え次第ですね。私が余計なことを言う必要はなさそうだ」
黒部
「で、事務長さんのお考えは?」
太田
「黒部さんの前では言いにくいのですが、認証を止めようかと思っています。今までと比べれば余計な仕事が減り、外部流出費用が削減できます。
市議会や市民に対する説明は・・・・そうですね、発展的解消といいますか、ISO14001を超えたということでいいでしょう」
黒部
「自己宣言というのもありますが・・」
太田
「ISO14001にこだわって余計なことをしないでも良いというのが私の考えです。それこそ自己宣言をしたのとしないのの違いを考えればですが・・」
黒部
「わかりました」
山田
「黒部さんにとってはお仕事が一つ減ってしまいますね」
黒部
「いえいえ、山田部長さんとお会いできて教えていただいたことが大きいです。コンサルという仕事もISO認証ということでなく、今までの私の経験を生かして作業改善や人材育成ということを指導した方が面白いと思ってきました。
おっと、もちろんビジネスなんて考えていません。自分の生きがいと社会貢献ですよ」

その後少し話し合いをして散会した。
山田はもう来ることはあるまいと思いつつ病院を後にした。



それから10日くらい経った頃、環境保護部に湯川がやって来た。
「山田課長、最近とんとおみかぎりですわねえ」
山田
「おや、湯川さん、お久しぶり」
「例の病院の件、首尾はどうなったのですか?」
山田
「心配することは何もなしということでよろしいですか?」
「いくら非公式にお願いしたと言っても結果は連絡していただきたかったですわ」
山田
「過去形で言うところをみると、何か進展があったのでしょうか?」
「数日前、正確に言えば一昨日ですが、太田さんの出向した病院のある市の部長という方がお見えになりましてね・・太田さんが出向して8か月くらい経ちましたので、向こうも挨拶というか近況報告に来たわけですよ」
山田
「ほうほう、それでどんなお話だったのでしょうか?」
「太田さんがISO認証の見直しをして大きな費用削減を行った。大変すばらしい人を出していただいてありがとうございましたということでした」
山田
「そうですか、それはけっこうですね」
「太田さんが頑張っているのも、山田さんのおかげで、ありがとうございました。でも山田さんからご報告がなかったので少し減点ですよ」
山田
「特に問題もなかったので湯川さんにお話しなかっただけですよ。私は何もしてませんし」
「実はね、太田さんから毎週週報が来ているのよ。そこに山田さんとの打ち合わせなどはすべて書いてあるの」
山田
「ええ、そうなの! 湯川さんも人が悪い。それに、太田さんも油断できないな」
「ともかくその部長のお話では、また太田さんのような方がほしいというお話でした」
山田
「それは良かったですね」
「外交辞令ではないのよ。具体的には新たに市で中小企業支援の機関を立ち上げるので、そこの責任者を派遣してもらえないかという話でした。山田さんいかがですか、真面目な話ですが」
山田はギョットした。
山田
「いやいや遠慮しておきましょう。私は定年までまだ10年もありますし、やり残した仕事もあります。それに当社で私は不用な人物でもないでしょう」
「そりゃ山田さんは社内外でも有名な方ですが・・・真面目な話、そういう声がかかったときに決断することも必要ですよ」
山田
「ということは、私はそれほど必要とされていないのですね」
「そうじゃなくて、山田さん個人の損得を考えると、定年まではここにいないほうが良いって私は思うのよ。個人的にだけど」
突然脇から廣井の声がした。
廣井
「おいおい、うちの重要なメンバーをスカウトするなら俺に聞こえない所でしてほしいねえ」
「まあ廣井部長、太田さん支援のお礼は既に聞こえていたでしょうけど、このたびは山田さんに大変お世話になりました。」
廣井
「悩み事解決に、少しはお役にたてたようでよかったですね。
話しは違うけど山田よ、鷽情報システムって会社知っているか?」
山田
「はい、先日ISO審査でトラブルがあって困ったという相談がありまして、横山さんが対応してくれました」
廣井
「そこの小林総務部長という人からお礼のメールが来ている。転送しておくわ。なにがあったんだ?」
横山
「トンデモ審査員でおかしな不適合が出されて困ったという悩み事でした。そこの担当者が認証機関に行くとき私が同行しました。幸い認証機関の部長という人が物わかりが良くて、すぐに円満解決しました」
廣井
「ふーん、細かいことはわからんが、ともかくもう山田がいなくても大丈夫のようだな。
それなら湯川さん、山田を放出してもいいよ」
「じゃあ出向予定者にリストしておきます」
山田
「うぇー」

とりあえず病院に行くシリーズはこれにておしまい

うそ800 本日思うこと
病院だけでなくケーススタディももう潮時かなあ〜
えっつ、うそ800もいらないよって! そうかもしれませんね・・・



N様からお便りを頂きました(2013.07.22)
そうきたかぁ。とびっくり。
できれば「おばQさん」の現実世界ともリンクさせてほしいですね。
「現実のEMSをISO審査で見せてそのまま適合と判定されるなら改善になりませんね。」
であれば、これを打破するにはどうしたらよいか?
私もそう思いますが、しっかり考えたいテーマでもあります。

N様 毎度ありがとうございます。
私はISOマネジメントシステム規格が現れる前は、そもそもお客様対応の品質保証屋でした。
大手企業や官公庁に納めている企業から受注していますと、そういう会社から「品質保証協定書」なるものがきまして、私の勤め先がその協定書に書かれていることを満たしていることを説明するのがお仕事でした。
そのとき、私がこの協定書で会社が良くなると思うでしょうか?
思ったことはありません。
いや、思うはずがありません。
当社は、こんな要求事項など十分にクリアしている。だけど全部見せてしまうことはコンフィデンシャルだからできない。要求事項をクリアする最低限だけ、最小限だけ見せて帰っていただくというのがお仕事であると認識していました。
ISO9001やISO9002が現れた時も考えは同じでした。
会社は品質保証の国際規格なんてものよりもすばらしいのだ、そんなことは昔から満たしている。それに適合しているのは当たり前、適合することによって会社が良くなるわけがない・・
と考えるのは当たり前のことです。
打破するもなにも、ISO規格とはそんなレベルであり、認証とはそのようなものだとしか言いようがありません。
ISO9001でも14001でも、お客様が求めるから仕方なしに認証を受けているということがすべてですね。
あいすみません。

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