ケーススタディ 病院に行く その5

13.07.17
ISOケーススタディシリーズとは

前回までのあらすじ
鷽八百機械工業の太田という課長が、地方都市の病院の事務長に出向した。その病院はISO14001を認証していて、太田はEMSの管理責任者に任ぜられた。
太田
太田です。今回は出番がなく残念
太田は今までISOに関わったことがなかった。出向してからISO規格を勉強しているものの、なかなか理解できない。いや勉強すればするほど、その病院のEMSがISO規格と乖離していること、そして無用な書類を作ったり意味のないことばかりしているように思える。それで今後どうしたものかと悩むばかりだった。太田が悩んでいることを知った人事部は、環境保護部の山田に太田の支援を依頼した。
山田はその病院を訪問して太田とコンサルを依頼している黒部に二人を指導して、従来から存在している真の・・・裏のという方が良いのだろうか・・・EMSを、ISO審査の時に見せるようアドバイスしたのだった。



山田は病院で打ち合わせをした後、凸凹認証機関に行こうか行くまいかちょっと迷った。
太田の病院が、あるがままのEMSを見せて審査で適合となれば願い通りで、そうなるのであれば余計なことをしないほうが良い。ただ手を打たないで放っておいてトラブったときは、最終的に山田が出かけて不適合を取り消させるとしても、太田をはじめとする関係者がいやな気持になることは否めない。
ふと思いついて、鷽八百グループで凸凹から認証を受けている会社の審査はまともなのか調べてみた。
グループ企業の中で5社がそこから認証を受けている。山田はサーバーからISO認証→関連会社→審査報告書とホルダーをたどった。以前は関連会社の審査報告書を紙でもらっていたが、何年も前に電子データにした。それでパイプファイルが10冊位減ったことを覚えている。もちろんその代償として紙よりも、モニターで見ることで仕事がしにくくなった。だから何かあるとプリントアウトして、マーカーを引いたり複数の報告書を並べて比較したりしている。それは山田が古い人間だからだろうか?
5社の昨年の審査報告書のpdfファイルをプリントアウトした。

まっさきに見た鷽不動産という会社のリーダー審査員が高橋とあるので山田はギョッとした。苗字だけでなく名前も病院でもらった名刺と同じだ。はたして高橋先生はどんな審査をしているものか・・・
この会社はISO14001認証してから2年、昨年は維持審査である。初回から3回目の審査ならまだ不完全でいろいろ指摘があるかもしれない。・・と思って見ると、まったく不適合がない。システムが完璧なのか、あるいはコンサルの指導とおりに審査員の脳内お花畑に合わせたバーチャルシステムを作ったのかもしれないと山田は思った。

次に見たのは鷽八百システムウェア株式会社で、これは先日環境側面をどんな方法で決定しているか電話でたずねたところだ。審査員は聞いたことのない名前だ。
指摘事項はなにもなかったが、改善のポイントというところに「有益な側面が特定されていません。有益な側面を把握すると一層の改善になるでしょう」とある。バカの一つ覚えかと山田は皮肉な笑いを浮かべた。

三番目は千葉鷽機工という鷽八百からみると孫会社に当たる製造業の会社だ。とはいえ従業員は400人くらいいてけっこう大きい。認証してから10年くらい経過しているが、昨年の審査で不適合がふたつ出されている。
はたしてどんな不適合だろうか?
「4.5.2 環境関連法規制一覧表に順守評価をしたという適切な記録がない」
「4.4.3 外部コミュニケーションの発動基準が不明確です」
文言をみるとどうとでもとれそうで、判断の是非はわからない。文字通り読めば、法規制一覧表は文書だから、そこに評価結果を記録するはずがなく、また外部コミュニケーションに発動基準を決めろという要求はなかったはずだ。文章に書かれていること以外にいろいろあったのだろうか?
ハット思って審査員の欄をみると、例の高橋審査員ともう一人の名前が書いてある。
山田は、これは要調査だなと頭の中にメモして次の会社に移った。

4番目はいつわり商事という東北の代理店だ。ここも不適合はない。

お断り
これらの指摘事項はいずれも最近の実例を基にしている。どの認証機関かはナイショ

もう一社はとみると、鷽情報システムといい、埼玉にある会社だ。そもそもは当社の工場の情報システムのお守りを担当していた会社だそうだが、20年も前に外販を始めて、やがてインターネットのプロバイダとかハードソフト販売などに展開して、今は外販がほとんどと聞いたことがある。昨年の報告書をみると、審査日は昨年の今日だ。山田はあっと思い付いてすぐにその会社に電話した。

山田
「鷽八百機械工業の環境保護部の山田と申します。いつもお世話になっております。ISO14001についてお聞きしたいのですが、ご担当者をお願いできませんか?」

私は現役時代、グループ企業であれば面識がなくてもいつもこんな調子で電話していた。親会社といえど面識のない会社に突然そんな電話をするのは失礼かもしれない。それに相手が信用してくれないかもしれない。しかし私は、面識のない関連会社から同様な言い方で相談を受けて、そしてそれに対応していてたから失礼でもないと思う。人間は形式ではなく実質で評価されるべきだ。

1分ほどして電話の向こうから声が聞こえた。
?
「はい、電話を代わりました。ISO事務局を担当している吉本と申します」
山田
「鷽八百の環境保護部の山田と申します。お世話になっております。つかぬことを伺いますが、おたく様の今年のISO4001の審査はいつ頃でしょうか?」
?
「実は先週に実施されまして、大変でした」
山田
「ほう、大変だったとおっしゃいますと?」
?
「昨年まで問題がなかったのです。今年の審査員は初めての方で、不適合が何件も出されたのです。そして問題なのは、その不適合の内容がどうして不適合なのか私どもにはわからないのです。ですから今、どんなふうに是正をしたものかと悩んでいるのです」
山田
「その審査結果に了解したのですか?」
?
「了解するも何も、だめだと言われたらしょうがないでしょう?」
山田
「いや、審査のルールでは審査結果は両者の協議で決まるわけでして、審査員が不適合だと一方的に決めることはできません」
?
「え、そうなんですか! でもうちの部長が了解のサインをしてしまったのでもうだめでしょうねえ。山田さんとおっしゃいましたね。ちょっと審査報告書を見ていただけませんか。ご意見いただければ嬉しいです」
山田
「ぜひとも、そうさせてください。私のメールアドレスは・・」

待つほどのこともなく、メール添付で審査報告書のpdfファイルが届いた。さっそくプリントする。


これだけ見てもその指摘が良いか悪いかはわからないが、わからないということは既に審査報告書の書き方が稚拙であるということだ。証拠も明確ではないし、根拠はあってなきがごとき・・
山田は一体どんな審査員なのだろうかと表紙に戻った。おお、高橋審査員の名前がある。
ひとしきり考えた後、山田は先ほどの吉本に電話した。

山田
「吉本さん、山田です。審査報告書を拝見しました。不適合の詳細はこれからだけではわかりませんが、確かに審査報告書としては問題でしょうね。
私どもの業務としてグループ企業さんから支援の要請を受ければ対応しますが、お宅様のお考えとしてはどうなんでしょうか?」
?
「そうですか、それはありがとうございます。現時点、私どもは何が悪いのかも理解していません。まず報告書に書かれている問題点を理解しないと何もできないありさまです。非常に図々しいお願いですが、一度こちらに来て頂ければありがたいのですが」
山田
「お宅は埼玉県庁のそばですよね?」
?
「そうです。浦和駅西口から歩いて数分です。秋葉原からですと30分はかかりません」
山田は隣の席を見た。横山は一心不乱にキーボードを叩いている。7月もおわりの今の時期は、社内も関連会社も監査の予定はない。というのは、夏季連休は工場ごとに組合支部と協議して決めるので、地方祭や地域の学校行事等との関係でばらばらであり、監査を受ける方と監査員を出す方の勤務日がずれることが多く、その問題を避けるためである。

山田を横山に声をかけた。
山田
「横山さん、今日の午後、何か予定がありますか?」
横山
「特段会議も出張もありませんが・・」
山田
「吉本さん、それじゃ今日の午後、お宅にお邪魔しましょう。私ともう一名のふたりでお邪魔しますのでよろしくお願いします」
山田は電話を切った後、横山を打ち合わせコーナーに連れて行った。
山田
「久しぶりに横山さんに腕を振るってもらおうかなと思ってね」
横山
「まあ、口がお上手ですね。なんでしょうか?」
山田
「当社の孫会社にあたる鷽情報システムという大宮にある会社でさ、先週ISO14001審査を受けたんだけど、そこで不適合が複数出された。そのときはわけもわからずにそれを飲んだというんだが、後で考えるとどうも不適合とは思えず、是正もしようがないという。というお話だ。ということで相談に乗ってほしい」
横山
「まあ、イッツサウンズグレイトだわ♪、私一人に任せていただけるのでしょうか?」
山田
「そのつもりだ。ただ私もその会社には行ったことがないので、今日の午後、二人で行って話を聞こうと思う。横山さんのお住まいは大宮だよね。帰りはそのまま帰れるから好都合だろう」
横山
「わあ、ますます楽しみです」
山田はプリントアウトした報告書を横山に渡していきさつを説明した。
横山
「要するにその高橋審査員を懲らしめればいいんですね」
山田
「オイオイ、勘違いするなよ。私たちはその不適合がISO規格に基づいて適正な判断かどうかを確認して、その対処方法を指導するだけだ。もし指摘がお門違いであり、かつ鷽情報システム社が認証機関に異議申し立てするというなら、もちろんそうしてほしいところだが」
横山
「お任せください。今日行くのは私一人でも大丈夫ですわ」
山田
「私は横山さんが暴走しないようにするのが仕事でね」
横山はフンと大きく鼻から息をした。



昼飯を食べてから、山田と横山の二人は出かけた。横山にしてみれば毎日通勤で乗っている路線だ。日中であるがけっこうな混みようだ。山田は自分の通勤が総武線で良かったと思う。
浦和駅で降りて地図を頼りに5分ほど歩くと鷽情報システムが入っている雑居ビルがあった。
看板が付いているドアのインターホンを押して来訪を告げると、まもなく30代半ばの男性が現れた。
吉本
「吉本です。わざわざ遠くまで来ていただきありがとうございます」
吉本と名乗った男は小さな会議室に案内する。
既に年配の女性が座っている。立ち上がり名刺を交換する。
小林
「私、総務部長をしている小林と申します」
吉本が自販機でペットボトルのお茶を買って持ってくる。
吉本
「暑かったでしょう。この会社では客先回りをするのが一番偉いことになっているのですよ。エアコンの効いた会社にいるのは最下層階級ということになります」
山田
「おっしゃる通りですね。私も環境なんて売り上げにならない仕事をしていて肩身が狭いです。10年前までは営業にいたのですが、営業で一人前になれず環境に流れてきました」
小林
「まあどのお仕事も大事ですけど、お金を稼いできてくれる人が一番ですよね」
山田
「早速ですが、審査報告書は拝見しましたが、実際にはどのような状況でこのような不適合が出されたのでしょうか?」
小林
「吉本さん説明して頂戴。不足があれば私が追加するわ」
吉本
「はい、部長。
まず・・」

吉本の説明によると次のようであった。
小林吉本山田横山
小林部長吉本山田横山
小林
「他の会社さんでは調達先の評価というのはどの程度しているのでしょうか?」
横山
「うーん、一般論として調達先の環境影響を調査することは不可能に近いでしょうねえ〜」
吉本
「私もそう思いますね。我々がパソコンを調達したと言っても大口の顧客でもないですから、DELLに問い合わせても『環境報告書を見ろ』と言われるのがせいぜいのように思います。どうすればいいんでしょうかねえ?」
横山
「山田さんはどうお考えでしょうか?」
山田
「そんなケースがアネックスにあったよね、みてごらん」
横山は答がもらえなかったことに若干不満を見せながら、いつも携帯しているISO規格対訳本を取り出した。
横山
「ああ、ここですね・・・組織に供給される製品の環境側面への管理及び影響は、組織の市場における状況及び供給者によって著しく変化することがある。自らの製品の設計に責任を持つ組織は、例えば投入材料の一つを変更することによって、こうした側面に著しく影響を及ぼすことができるが、外部で決められた製品仕様に従って供給する必要のある組織は、選択肢が限られるかもしれない・・・
そうか、一概に不可能なんて無視することもできないのですね」
小林
「でも冒頭に、私たちの立場を考えるべきとありますよね。パソコンメーカーに私たちが影響を与えることなんてできません。買うのは標準品、できることはオプションの追加とかハードディスクの容量を選ぶくらいですからね。だからこの答えは影響を及ぼすことはできないということでしょう」
山田
「まあ、そもそも調達先を取り上げてなかったということを審査員が問題にしたのなら、先方の言うことを最大限に取り入れたとすると、環境側面に調達先をリストだけして、影響を及ぼせないと判断してそこでおわりとするということでしょうかねえ〜」
小林
「そうしても結果は今と同じですね、アハハハハ」
横山
「一つ提案ですが、ご指摘の対応を検討した結果、購入先の環境影響を評価することにしましたとして、その凸凹認証機関に詳細な環境影響の提出要請をするというのはどうでしょうか?」
吉本
「そりゃ面白そうですが・・」
山田
「それで回答がなかったら、お取引先から回答がないのでできませんか、まじめにそれもありだね」


吉本
「正直なことを言いまして審査の後にMSDSというのが何か調べたというレベルでお恥ずかしいのですが、そういったものを入手しておく必要があるのでしょうか?」
横山
「花壇ってどんなものなのですか?」

小林
ひまわり
「この雑居ビルと隣のビルとの間に一般の方が通れる通路があるのよ。そこにそうねえ、幅1メートルくらいで長さ20メートルくらいの花壇があって、その維持が入居者に割り当てられているの。義務というよりも楽しみなんだけどね。
私たちはその一区画4メートルくらいを受け持っていて、春はパンジーとか今はヒマワリを植えているの。ほんとはゴーヤでも作ったほうがいいのかも。そうすれば食べられるでしょう」
吉本
「ビル管理会社が花壇のそばに、小さな物置を置いてその中に鍬やと移植べらなどを用意してくれているのです。私たちは春先に毛虫が出ましたのでドラッグストアから殺虫剤を買ってきて物置に置いといたんですが、その殺虫剤のMSDSがないのが法違反だというのです。いや、違反と言われてびっくりしました」
横山
「なにか強烈な殺虫剤ですか?」
吉本
「いえいえ、なんて言いましたっけ、昔の芸能人がテレビで宣伝している奴ですよ。エアゾールスプレーのゴキブリ殺しですよ・・・」
横山
「ああ、そうですか。一般市販されている化学物質にはMSDS提供も入手も義務はありません。じゃあ、これは拒否ということで・・」
小林
「まあ、そういうものにはいらないの、良かったわ。良く考えたら家庭でエアゾールスプレーを買う時にそんな書類もらわないよね。
ともかく吉本、そういうことはちゃんと調べておくことが必要よ。審査の時に法違反だと言われて私は驚きましたよ」
山田
「うーん、私は不適合かと言えばそうではないと思うけど、ドラッグストアで売っている薬品ならMSDSがいらないということを知っておく必要があるだろうなあ。それさえも知らなくて良いとは言えないし・・そういう知識があれば、高橋審査員がおかしなことを言ったとき、すぐに反論できたでしょうしね
要するにMSDSはいらないのだけれど、いらないということを知らなかったということはやはり問題かなと思います。どんなものでしょうか。」
小林
「山田部長さんのおっしゃるとおりですね。
吉本、次回は法規制一覧表を直しておいて。他にも見直すところがあるかどうかも考えましょう」
吉本
「部長わかりました。勉強します」


吉本
「これにもまいっちゃいましたねえ〜、今年の商工会として街路の吸い殻とかガムなどを拾って美化しようという運動をすることになったのですよ。社長がぜひ協力しろということで今年の目的に毎月の美化活動への参加というものを盛り込んだのですが、それが方針にないので整合していないというのです。
社長は今年だけの活動なら方針まで変えなくて良いだろうと言うので方針を変えなかったのですが、それが裏目にでまして・・」
横山
「うーん、この審査員は審査する力量がないとしか言いようがありませんねえ。整合とはまったく同一という意味ではなく、矛盾していないことなのです」
小林
「矛盾していないこととおっしゃいますと?」
横山
「矛盾というのは、方針に省エネを進めるとあって、目的では今年は省エネをしないと書いてあるようなことでしょうね」
小林
「方針になくても活動をしても良いということですか?」
横山
「そうです。それは矛盾していませんから。
指摘事項の全部が全部、いちゃもんというかおかしなことですね。山田さん、どうしましょうねえ〜」
山田
「私たちがどうするか決めるのは筋違いだよ。基本的にこの問題は鷽情報システムさんの問題だ。
小林部長が決めることだ」
小林
「私どもに選択肢があるというわけですか?」
山田
「横山さん、説明してあげて」
横山
「小林部長の選ぶ道はいくつかあります。
まず一番目は、不適合を受け入れてその是正処置をすることです。
二番目は、不適合の内容が分らないということで説明を求めることができるでしょう。
三番目は、不適合ではないと異議申し立てることができます。もちろんこちらの言い分が通るかどうかはわかりません。そして認証機関の異議申し立ての対応に問題があれば認定機関に相談できます。
もちろん問題を起こすとか大きくすることが目的ではなく、御社が納得するかしないかということですね。いや正確に言えば是正処置が御社にとって意味があるのか役に立つか否かということでしょう」
小林
「わかりました。じゃあ結論ですが・・」
横山
「ええ、もう結論が出たのですか?」
小林
「当社のような小さな会社で悠長に検討なんてしていたらビジネスが逃げていくでしょう。
吉本、まずは凸凹認証機関に行って不適合の説明を聞いて来て頂戴。早い方がいいわねえ〜明日か明後日どうか聞いてみて
横山さん、ぜひとも吉本に同行をお願いします」
横山
「それはもう・・」
吉本は何も言わずに携帯をプッシュした。
吉本
「あ、凸凹さんですか、私鷽情報システムの吉本と申します。先週は御社の審査を受けまして、お世話になりました。それでですね、いくつか不適合を頂いたのですが、内容がよくわからないので改めてご説明いただきたく御社にお邪魔したいのですが・・
そうです、ご担当は高橋審査員さんです。高橋さんは今審査で出張中ですか。次回御社に出社するのはいつになりましょうか?
あさってですか、それじゃあさっての午後2時ということでお願いしますよ。
・・・
何をおっしゃるんですか、私は買い手であなたは売り手でしょう。商売ってのは金を払う方がえらいって昔から決まっているんです。それじゃ頼みますよ」

この会社は動きが早く物怖じしない会社だと、小林と吉本の動きを見て山田は感心した。

吉本
「お聞きの通りですわ。明後日、午後2時ということで約束をとりました。1時半頃に鷽八百さんに立ち寄りますから、一緒に行きましょう」
横山
「承知しました。先方の審査員だけでなく、上役の同席を求めた方がよろしいですね。話をするのは、そのときでも間に合うでしょうけど」
山田
「じゃ、横山さん、あとは君のお手並み拝見だね。朗報を期待しているよ」



横山と吉本が凸凹を訪問した。
吉本が事前に審査の責任者の陪席をお願いするといっていたので、高橋審査員の他に山口部長と名乗る人も同席した。

山口部長
山口部長
パソコン
吉本
吉本
高橋
高橋
横山
横山

名刺交換の後、さっそく高橋審査員が口を切った。
高橋
「横山さんはどのようなお立場でご陪席されているのでしょうか?」
横山
「鷽情報サービスは当社の子会社でして、また私どもからの発注が売り上げのかなりを占めております。私どもが最大の利害関係者であることはご理解いただけますね」
鷽情報システムは外販率が8割以上だけど、そんなことはどうせ分らないだろうと横山は決めつけている。

横山
「ですから当社の孫会社が環境違反をしないこと、環境事故を起こさないことは環境管理部門である私の最優先課題です。そんなわけでISO審査の結果はすべて当方が収集して、是正状況も確認しております。このたびの審査でどのような不適合でたのか吉本さんのほうに問い合わせたところ、内容を理解されていませんでした。まったくもってけしからんことです。それで私の方から不適合について再度凸凹さんからご説明を受けて適切な処置をとるように要請したところです。
というわけで本日はしっかりと理解していただいたか確認するために陪席させていただきます」

そう言われると高橋もダメとは言いようがない。

山口
「いやあ、鷽八百機械工業さんは環境管理レベルが高いと聞いておりますが、さすがでございますね。では高橋さん、不適合について説明してください」
高橋
「まず第一番目でございますが、環境側面評価の対象範囲が不十分です。特に調達先の環境影響を調査していません。これは疑問の点はありませんね」
吉本
「いや疑問だらけなんです・・・調達先の環境影響と言いましても、私どもが管理できたり影響を与えることができるものは限られています。せいぜいが電気屋に配線工事のさい部屋に傷をつけるなとか運送屋にどんな運び方をするかを伝えるくらいしかありません」
高橋
「しかし御社の取引先すべての環境影響を調査して評価することが必要です」
吉本
「おっしゃることに従いますと・・・・ええと、そうしますとですね、凸凹さんも当社の調達先であるということはご理解いただけると思います」
高橋
、この認証機関が御社の調達先ですって?」
吉本
「違いますか? 私どもはお金を払って御社に審査を依頼しているので、私が顧客、御社が請負業者となりますね」
山口
「まあ、理屈からいえばそうなるでしょうなあ」
吉本
「そうですよね、それじゃ御社の環境影響を調査して評価しなければなりませんね」
高橋
「待ってください、凸凹認証の環境影響を評価してお宅はどうするのですか?」
吉本
「高橋審査員はパソコンメーカーであるDELL社の環境影響を評価していないという不適合を出しました。つまり影響を評価して大きければそこにたいして環境配慮が足りない、もっと環境配慮しろと要求しなければならないわけですよね?」
高橋
「そういうことになるのかな・・」
吉本
「そうでないとすると、高橋さんはどういう意図だったのでしょうか?」
高橋は黙っていた。

山口
「おいおい、高橋さん、DELLってあのパソコンメーカーのDELLかい?
吉本さんの会社ではDELLから毎年何台くらいパソコンを購入しているのでしょうか?」
吉本
「昨年はシステムを全部入れ替えるというお客様がありまして、70台ほど購入しました。まあ、普通ですと年30台というところでしょうね。私の会社で扱っているパソコンは年間200台くらいになりますが、お客様がパソコンメーカーや細かいところでは型式まで指定されることも多く、そういうときは私どもに選択権はありません」
山口
「うーん、高橋さん、このさ、DELLって書いたのは少し行きすぎじゃないかなあ〜」
吉本
「すみません、まだ話の途中なのですが、私どもは請負業者である凸凹認証さんの環境影響を問い合わせした場合、御社から回答いただけるものでしょうか?」
山口
「高橋さん、基本的な考え方だが、標準品を購入する場合や供給者が極めて大きいときには影響を及ぼすことはできないだろう。環境側面の調査で漏れがあったのかもしれないが、DELL社というのはちと例にするのは悪かったのではないかね?」
吉本
「あのう、ご心配なく、私どもはDELLだろうとマイクロソフトだろうとアドビだろうと調査依頼でも改善要請することにも二の足は踏みませんよ。そういえば高橋さんはあのときマイクロソフトの名前もだしていましたっけね、しかしマイクロソフトがいい回答をしなければ、我々はウィンドウズが使えなくなるので、APPLEとかUNIXとかにしなければならないことになりそうだ。
それは独り言にしては大きな声であった
ところで、私がお聞きしたのは、御社に環境影響を問い合わせた時に回答いただけるかと、対応していただけるかどうかなんですが・・」
山口
「それが是正とどう関わるのでしょうか?」
吉本
「この是正処置としましては、DELL社だけというわけではありませんよね。
例と記載してありますから、当然我々は水平展開して、次回から審査を依頼している御社も調査対象に含めなければなりません。もし今、御社からそのようなことには対応できないという回答であれば、我々は是正処置ができないということになりますので、その確認です」
山口
「もし当認証機関が環境影響は非常に少ないと回答した場合はどうなりますか?」
山口は話題を変えたつもりだったが・・
吉本
「調達先の選定において環境影響を考慮しなさいという高橋さんのご意向から考えれば、他の認証機関にも同様の問い合わせを行い、費用と環境影響の大きさとを考慮して最適なところに次年度から依頼するということになります。もちろんJQAのような大手の環境影響は当然大きいでしょうけど、例えば認証件数当たりとかで環境影響を比較評価することはできると思います。
高橋さんのアドバイスに従いまして、回答されないところや環境影響の大きい認証機関には依頼しないことになるでしょう」

高橋と山口は顔を見合わせた。
山口
「そうしますとDELLやレノボに環境負荷を問い合わせて比較するというのでしょうか?」
吉本
「すみません、質問に質問で返さないでください。私は御社と協議するためにはるばる埼玉から来ているんです。私の質問にまだ回答をいただいていないのですが」

横山は脇でニヤニヤして聞いている。

山口
「高橋さん、この記述は若干問題だなあ〜
その回答にはなりませんが・・・弊社としまして、この指摘は若干不適当であると考えまして、取り消しましょう」

高橋は山口の言葉を聞いてびっくりした。
高橋
「部長、それは困りますよ。この指摘は先方の管理責任者である、ええと、小林部長が了解しているのですよ」
吉本
「おっしゃるとおりです。ですから私たちは高橋審査員の出された不適合を是正するために、凸凹認証さんが環境影響を回答してくれるのか、当方の要請に対応してくれるのかをお聞きしているわけです」
山口
「わかりました。一番目の不適合は削除します。高橋さんこの問題については黙っていてくれ。
次の指摘事項だが、高橋さん説明してくれ」
高橋
「花壇の道具置場に殺虫剤が置いてありましたが、そのMSDSがありませんでした」
山口
「殺虫剤ってどんなものですか? いまどき有機リンとか水銀なんて使っていないと思うけど・・」
吉本
「私どもは農業を営んでいるわけではありません。ビルのすきまにある猫の額くらいの花壇を作っているだけです。ここで問題とされましたのは、毛虫退治のエアゾールスプレーのことなんです」
山口
「はああ! 高橋さん、それは本当かね?」
高橋
「そのとおりです」
山口
「何本くらい置いてあったの?」
高橋
「吉本さん、3本くらいでしたかね?」
吉本
「450ミリリットルのものが2本です」
山口
「わかりました、取り消しましょう」
高橋
「部長、困りますよ」
山口
「高橋さんはちょっと黙っていてくれ。後で話そう、もう一件ありましたか?」
吉本
「規格は目的及び目標が方針と整合していることを要求していますが、貴社の方針と今年度の目的が整合しているとは見られませんというものです。
具体的な状況はですね・・・・商工会の活動として街路の美化運動をしているので当社もそれに参加しているのですが、社長方針にそれが記載されていないということでした」
山口
「お話は十分分かりました。高橋さん、ちょっとさ、この報告書書き直してよ、今すぐだ。これは命令だ。

ええと、不適合3件を全部消すんだ。そしてEMSが規格に適合していることを確認したにして・・そうそう、本文にも是正が必要って言葉があるだろう、そこを消して・・・待てよ読み直すから」

山口は高橋のノートパソコンを引き寄せて中を何度か読み直した。
山口
「よし、これをプリントアウトして2部だよ、それじゃ持ってきてくれ」

パソコンから無線LANで外部のプリンタに出力したらしい。高橋はそれを拾いに部屋から出て行った。
すぐに高橋は数枚の紙を持って部屋に戻ってきた。

山口
「吉本さん、大変失礼いたしました。今回の審査では鷽情報サービスさんに不適合はなく適正であったことを確認しました。報告書を見直しましたので、2部お持ち帰りいただきまして、御社の管理責任者である小林部長さんのサインを頂いて一部は御社保管で、一部を当社当て返送願います。よろしくお願いします」
吉本
「ありがとうございました。では失礼いたします」
山口
「横山さん」
山口は立ち上がりかけた横山に声をかけた。
横山
「はいなんでしょうか?」
山口
「お宅に山田部長さんという方がいらっしゃいますね。ご存じでしょうか?」
横山
「山田は私の直属上長ですが・・・・山口部長さんは山田をご存知ですか?」
山口
「山田部長さんとは電話でお話しただけですが、すごい方なんでしょうねえ」
横山
「アハハハハ、山口部長さんのおっしゃるすごい人って意味が分かりませんが、山田は「警察署長」というマンガの椎名署長そっくりの昼あんどんですわよ」



横山と吉本が凸凹の入っているビルを出ると午後の暑い日差しが照りつけていた。
二人は鷽八百の本社に戻った。途中、横山はショートケーキを買っていく。
帰社すると山田と三人で打ち合わせコーナーに集まってケーキを食べコーヒーを飲む。
 
山田
「ケーキを買ってきてくれたのはうれしいけど、ホットコーヒーかあ・・・アイスコーヒーが良かったなあ・・
ところで首尾はどうだった?」
横山
「結論として不適合はすべてなしとなりました」
山田
「けっこうけっこう、私が心配していたのは横山さんが大暴れしないかということだよ」
横山
「ご冗談を、吉本さんが役者で私の出番がなくて残念でした。吉本さんもずいぶん場慣れしてますね」
吉本
「営業をしていると見知らぬ人と交渉するなんて息をするようなものですよ」
横山
「じゃあ、どうして審査の時はおとなしく聞いていたのですか?」
吉本
「実を言いましてISO審査のルールというかオヤクソクがわからなかったのです。
先日山田部長さんと横山さんがお見えになっていろいろとお話を伺うと、営業でお客様と話をするのと同じじゃないかって気がしてきました」
山田
「そうですよ、ISO審査なんて営業活動と同じです。ところが難しい仕事なんだと思いたい人が、審査する側にも会社側にもいるのでしょうねえ。だから普通の人はあまり関わり合いになりたくないということになるのでしょう」
吉本
「私も1年前に営業から総務に異動になったのですが、総務の仕事ってたくさんありますがすべて営業の感覚でして間違いないのですよ。ISOだけがやりにくいルールがたくさんあってわけがわからなかったです」
山田
「吉本さんが、いや吉本さんに限らず、普通の人がおかしいと思ったらそれはおかしいのですよ。まあ難しいものだと思わせればISOを担当している人は楽な仕事ができるというものです」
吉本
「当社ではそんなことできません。全員が100%全力で働かないと会社がつぶれてしまいますから」
山田
「おっしゃるとおりですね」
横山
「すると、おかしなISOが流行っているのはつぶれる恐れがないからかしら」
山田
「いや、そんなところは、これからつぶれるんじゃない」

次回に続く

うそ800 本日の若干の解説
高橋審査員にだって、このような審査をするには、いろいろな理由というか事情があるだろう、情状酌量すべきだろうと思われた方へ
私はそういう発想はしません。
私はすべてにおいて、行為の背景とかご本人の心理なんて考慮に値しないと思っているのです。私は結果がすべてじゃなくて行為がすべて、心理よりも行為と考えています。
話は変わりますが、日本の推理物っていうと、犯人はなぜこのようなことをしたのかということを重点に描くのが多いですね。そして番組の終わりで犯人が逮捕されて『俺の気持ちを分ってくれ』なんていうと、刑事も被害者も相手の気持ちをおもんばかるというシーンがありますよね。あれっておかしくないですか?
アメリカのドラマでは、犯人はいかに完全犯罪に近い方法を考えて行ったのか、刑事あるいは探偵はいかにそれをあばいったのかというプロセスというかテクニックを描いているのが多いです。そこには犯人の心理なんて介在する余地はありません。行為とは客観的に見えるものですが、犯行に至った心理なんてものは主観そのものです。
それは他人に理解できないのはもちろん、本人自身だって理解できないものです。だって自分が真実と信じていることさえ、事実じゃないことが多いのです。犯罪を犯した人は、しょうがなかったんだと心の中で合理化しているでしょう。それはそう思いたいのではなく、そう信じているのです。
犯人ばかりじゃありません。「竹島は韓国領土だ」と叫ぶ韓国人は心底そう信じているわけです。でも事実と異なるものを信じても、それが事実になるわけではありません。
ですから犯人に感情移入する必要なんてありません。非情かどうかはともかく、犯罪者は悪、情状酌量は無用というのが私の信条です。
考えてみてください。立派な考えのもとに犯罪を犯しても、悪意があって行っても、迷惑を受けた方にとっては同じこと。過失であっても被害を受けたら同じことです。
昔勤めていた職場に交通事故にあって首が回らなくなった人がいました。その人は加害者の謝罪が足りないといって何年も示談が成立しませんでした。それっておかしくないですか? 謝罪しても後遺症は治りません。謝罪しろ!謝罪しろ!といっても、加害者が苦しむだけでしょう。もし私は被害を受けたとしても、謝罪してほしいとは思いませんね。損害賠償をしっかりやっていただければ十分です。
南朝鮮の旗 韓国人がいう謝罪しろってのはまったくの嘘ですからね
同じく、ダメな審査員はそれに至った事情や原因のいかんに関わらず排除すべきというのが私の考えです。審査員が失業しても路頭に迷うなんてことはないでしょうけど、仮にそうだとしても私は同情しません。
もちろん相手におもねることはまったくない。ルーピー鳩山 鳩山君、わかったか?
犯行の背景を考慮しようとか情状酌量すべきと思う方は、ISOの世界には不向きです。



さっそくN様からお便りを頂きました(2013.07.17)
審査員が出した是正処置/不適合の指摘、審査報告書は組織の責任者は見ていないということなのでしょうかね?

高橋審査員は論外としても山口部長のこの対応。冗談としか思えません。
それとも報・連・相は無いのかな?

N様 毎度ありがとうございます。
まずごぞんじのように、ISO審査の最終決定は審査員ではなく、認証機関が審査報告書を審査を行った者以外が確認することになっています。(ISO17021:2011 9.1.14)
認証機関によってその方法はいろいろで、判定委員会を設けて行うもの、管理者が一人で行うものなどいろいろです。
個人が行った場合、企業に送られてくる報告書にはその判定者のサインがありますが、私が立ち会った審査で規格解釈についてチャンチャンバラバラした審査員のサインが報告書の承認欄にあったりすると、ダメダコリャと思ってしまいます。
個人が行うより判定委員会の方が信頼性が高いかと言えば、そうともいえません。
例えば1000件程度認証している中堅認証機関を想定します。月に2ないし3回判定委員会を開くとして、毎回平均して30ないし40件の審査報告書を見ることになります。この会議の所要時間はどのくらいなのでしょうか? 仮に半日とすると1件5分ないし6分です。これでは表紙をながめておしまいです。丸一日としても、1件10分ちょっと。一人の人が読んで決定するならともかく、複数の参加者がいれば、報告書を読んで意見交換するひまはないでしょう。疑問点があった場合に証拠調べをする時間もないはずです。こんな短い時間では、審査報告書が適正かどうか評価しようもないと思います。
私の経験では、審査の結論にどうみても規格を根拠には不適合にならないような審査報告書もありましたし、証拠も根拠もないあいまいな文章で判定委員が判断するための情報不足と思えるものもありました。そういう審査結果に判定委員会は気がつかないのでしょうか? 判定委員会はチェック機能があるのでしょうか?
そしてここにあげたのは、脚色したとはいえ現実の事例を基にしております。ですから判定委員会の評価機能は高くないとは思います。

もう一点、この場合、審査を行ってからまだ日が浅いと思いますので、審査報告書を管理者が見ていないという可能性も大きいです。実は私はそういう前提で書きました。
もちろん管理者の能力が低くて(そういうケースは多いのですが)このような誤りを見逃すことも多々ありますが、その場合はこのケースのように山口部長はすぐにおかしいぞとは思わず、吉本さんに対して「この判定は正当です、おかしくありません」と主張するはずです。
実を言って、私が頼まれて認証機関におじゃましたとき、同席した先方の管理者が即座に「これはまずい」と語ったことは一度もありませんでした。もちろん間違いだとわかっても、すぐに土俵を割らずに粘るということも上役の勤めでしょうけど・・

ともあれ、私は想像ではなく現実の事例を基に書きましたので、N様の疑問にたいしてはそういうこともあるのですとしか回答しようありません。

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