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「横山さん、お忙しそうですね」
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「先週ずっと会社にいなかったでしょう、仕事が溜まっているのよ。とはいえあらましは片付けたわ。私は天才だから、アッハハハ」
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岡田もつられて笑った。横山は豪放だ。廣井はいつも横山は見た目は女だが中身は男だという。そんなことをいうと、セクハラなんて言われるご時世だが、横山が文句を言わないのは中身が男だからだろう。
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「横山さんにちょっとご相談があるのですが、お時間ありますか?」
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「なにか深刻なこと? 30分くらいなら今いいわよ」
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「横山さんは異動するとか転職するとか考えたことありませんか?」
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「ないわ、今の仕事はおもしろいし楽しんでしているの。出張が多いのも気に入っているし。特に異動したいという気持ちはないわね。 それに私は支社からここにきて4年でしょう。こちらから異動希望を言い出すにはまだ時間が経っていないわね。やはり最低8年くらいはこの仕事をしなければ。 岡田さんはまだ2年でしょう。今の仕事が不満でも、もう少し頑張るべきじゃないかしら」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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「いえ、そういうわけではないのですが、実は大学院に戻って博士課程に入ろうかなという気持ちもあるのです」
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「ドクターか・・・それは岡田さんの人生設計というか、これからどういう生き方をしていくかってことでしょうね。私の場合、ドクターになってどうするかってことが思い浮かばないわ。それに大学の先生とはもう疎遠になっているのでつてがないわ。 岡田さんはドクターになって何をしようとしているのかしら。またここに戻ってきたいというお考えなのかしら? それは不可能じゃないけど、会社が派遣するならともかく自分の都合では難しいわ。それにここは研究所ではないから、ドクターになってもそのような仕事ができるわけじゃないし。 というかどんな分野でドクターになるの?」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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「私は環境コミュニケーションで修士になったのですが、今までの会社での経験を基に環境経営について研究しようと思っているのですが・・」
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「なるほどねえ〜、大学で習ったことと現実は違うってことをまとめるわけか、 でもそんなお話を聞いたのは突然のように思えるけど、以前からドクターになりたいって思ってたの?」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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「実は先週、大学院の時の指導教員だった教授からメールが来て、あと4年で定年になるので、もし大学院に入りなおしたいと思っているなら来年なら引き取るぞって書いてあったのです」
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「わー、先生から目をかけてもらっていたんだ」
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「いえ違います。その先生は教え子全員にメールを出したんです。私なんてワンノブゼムに過ぎません」
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「ふーん・・・ともかくドクターになって、この会社に戻ってくるってのはないわね。岡田さんにしても3年でドクターは無理でしょうけど5年くらい大学院で過ごしてからここに戻ってきて、同じ仕事を同じ賃金でするわけにはいかないでしょう。会社だってそんなに待ってくれるとは思わないし。 大学に残って教員になれればいいけど、そんなにうまくはいかないと思う。まずそれはとんでもなく狭き門だし、大学特有の人間関係が岡田さんの好みに合うかどうかということもある。ゆくゆく教授になれば社会的な地位もあるし収入もすごいけど、ドクターになったとしてもそれは難しい」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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「横山さんがおっしゃるように、文系のドクターになったら大学に残るか、研究機関かNPOなどしかあてがないですよね」
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「話を戻すけど順序が逆だと思う・・・岡田さんが何になりたいかってのがまずあって、だからドクターになるんだということになるのではないのかしら」
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「おっしゃるとおりです。ただ先生から声がかかったのでちょっと心が揺れたわけなのよ」
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「確かにね、知っている先生がいなくなればドクターになろうとしても難しいもんね」
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そのとき山田が給茶機に来てコーヒーを注いだ。 岡田が山田に声をかけた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「山田さん」
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「はい、なんでしょう」
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「ちょっと一緒にお話をしませんか」
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「お二人が内緒話をしているから、近づかないほうがいいかと思ったのですがね」
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「秘密なんてありません。少し付き合ってくれませんか」
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山田はコーヒーカップを持って二人の向かい側に座った。 岡田はいきさつを手短に話した。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
「それは岡田さんが何になりたいのか、どんな人生を作っていきたいのかということに帰結するんじゃないの。岡田さんの人生だからね。私の立場で行けとか行くなとかいうことはないよ」
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「そうなんですけど・・」
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でもドクターになってもご本人にとってなにもメリットはなかったね。課長・部長になるわけじゃないし、賃金も上がらなかったのじゃないだろうか。 バブルがはじけたら、そんな制度そのものがなくなってしまった」
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「大学の先生になられた方はいなかったのですか?」
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「いなかった、まず無理だ。もし出向先のない偉い人を大学に送り込もうとしたら、持参金をつけて特任教授として受け入れてもらうくらいだろう。その場合は当然卒業生を受け入れるという条件付きになる。良い大学の良い学生なら願ったりだが、そうでないとまた大変だ。世の中はしがらみがね」
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「ドクターになって他社から引き抜きされたという方はいないのですか?」
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「私の知るかぎりドクターになって他社に移った人はいなかったなあ。だいたい会社で研究しているのを論文にしていたんだから、よその会社からみれば役に立つと思われなかったのではないかな。 なんというか、これから研究者としてやっていけるという資格証明であるドクターと、実績を出したという証明であるドクターがあると思う。当社に勤務してドクターになったのは後者であり、他社がほしいのは前者の人ではないのだろうか」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「岡田さんがここに戻ってくるとして、博士課程在学中は休職にはできないのでしょうか?」
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「大学院って毎日通学するわけじゃないから、休職せずに勤めながら論文を書くということもできると思う。でもそんな甘いことじゃドクターになれないだろうね。 あるいは安全を見れば、最初は会社をこのままに大学院に在学し、研究が忙しくなったとき休職とか退職を考えるという手もある。期間が3年と決まっているなら会社と話をつけて休職することもできるかもしれないが、正直最短の3年でドクターになれるとは思えない。それにたぶんドクターになってもなれなくてもここには戻ってこないだろう。 まして5年も経てばこの部門がなくなっているかもしれない」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「そうなるとこの会社に戻ってきても全く違う仕事をすることになりますね」
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「違う、違う。そもそも岡田さんがドクターになりたいということは、こういった仕事ではなく、研究者になりたいということでしょう。ドクターは名誉とか給料を上げるためのものではない。だからドクターになればそれなりの仕事をしなければ意味がない。まさか岡田さんは名刺に博士と肩書を書きたいわけじゃないでしょう」
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「結局、岡田さんが何になりたいかということですね」
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「女性に歳のことを言っては失礼かもしれないが、岡田さんは今29歳だよね。ドクターになったとして、35歳のときどういう自分になりたいのか、40歳のとき50歳のときと思い描いてみたらどう。 NPOに参加してフィールドワークや本を出して名を売り、どこかの大学の先生になるというのがありがちの道だろうね。それは会社員をしているより激動で面白いかもしれないが収入も将来の保証もないよ」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「わかります、そのへんをはっきりさせないといけませんね」
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「それに、ドクターになるまでの学費や生活費を考えたら何百万か、へたしたら1000万くらいになるだろう。それだけの余裕があるか、そしてそれを回収できるかということも問題だ。 そしてもっと重大な問題かもしれないけど、ドクターになれない場合、それはかなり確率が高いけど、そうなったらどうするかを考えないといけない。更に言えばもっとありそうなことだけど、めでたくドクターになっても、職に就けないかもしれない。ポスドクと呼ばれて実質パートタイマーとか派遣社員並みの人はおおぜいいる。そんな境遇になって将来の希望を持てないとき、岡田さんが精神的に耐えられるかということがある」 しばしの間、皆が沈黙した。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
「悪い話ばかりで恐縮だけど・・・・今大学で環境というカテゴリーはものすごく減っている。2000年頃かなあ、環境という名がついた学部や研究科がたくさんできた。学生もこれからは環境の時代だと思ったのだろうね、入学希望者も多かった。だけど今そういった学部、研究科はどんどん廃止されたり名前を変えたりしている。なぜかっていうと志望者がどんどん減っているからね。もう環境の流行が過ぎたのかもしれないなあ〜 それは会社も同じだよね。1990年代後半から環境部とか環境保護部とか名前が付いた部署をどの会社でも作った。だけど2010年の少し前からそういった部署が減ってきている。単純な廃止もあるし、あるいはCSR部門と統合したり、安全衛生部門と一緒にしたり・・ 岡田さんがこれから5年か6年後に環境に関わる研究でドクターになって、大学の先生になろうとしても、あるいはどこかの会社に行こうとしても、そのときは需要が今よりもっと減っていると思う」 雑誌はどうなのだろうかと思って、環境に関する代表的な雑誌である日経エコロジーの発行部数を調べた。
いやはや、環境ビジネスはなにもかもが大変なようだ。サスティナビリティという言葉が環境のキーワードのようだが、サスティナビリティからもっとも遠いのが環境かもしれない。 いや環境ビジネスは永遠だと思うが、市場規模が思ったほど大きくはないのだろう。つまり初期の立ち上がり、盛り上がりをみて実態以上に大きいと思ったのが勘違いではないのだろうか。そのへんはISO認証件数も同じかもしれない。
アイソス誌はどうなのだとうかと調べてみた。もう過去のデータは見つからないが、手に入るものだけで表を作ると右のようになった。 環境だけでなくISOも低調だなあ・・ | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「そうですね、ありがとうございました。いろいろ考えてみます」
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岡田は二人にお礼を言って立ち上がり自分の席に戻った。● 山田は横山に話しかけた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
「横山さんはどうなの、ドクターになろうとか思ったことはないの?」
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「確かに業界の会合などで名刺交換をすると他社の同業者から博士なんて書いた名刺をもらうこともあります。でも博士だから私以上の仕事ができるとは思えませんし、今の仕事に必要な力量とは無縁でしょうね。 ただ個人的に私が今後どのような仕事に就いていくのか、あるいはどんな仕事に就くべきかという観点で、今のように企業の中でOJTで学ぶだけでなく大学で学びなおすということも必要かなと思います」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
「そうだね、研究者向けの大学院だけでなく、環境経営の専門職大学院があればいいかもね? 企業で環境管理や環境行政に携わる人が、より深く学ぶ場が欲しいと私も思う。 とはいえ、先ほどいったけどいつまでも環境保護部というものが存在するのかということも考えないといけない。というか、いつも廣井さんが言っているけど、私たちは環境保護部をなくすように頑張らないといけないね。横山さんなら環境監査をしなくても良いような仕組みとかレベルアップを図ることが本当の仕事だろうと思う」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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「おっしゃる通りです。そういう意味では私はほんとうの仕事をしていないですね」
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「まあ目の前の仕事さえ真面目にしていない人が多いのだから、並み以上だとは思うよ。ともかく横山さんも大学院に行きたいと思ったら秘密にせずに、私でも廣井さんにでも相談するといい。決して不利になることはないからね」
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「大学院よりも、今のお話の仕事を改革していく力量をつける方法を教えてほしいですね」
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「真面目な話、それは横山さんが考えるしかないと思う。廣井さんが環境保護部を立ち上げて彼の考える仕組みを作って、それを私が変えてきた。更にそれを改革するには廣井さんや私では難しいと思う。それを打破するのは横山さんの役目なのだと思う」
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「好奇心から聞くのですが、山田さんこそ大学院に行ってドクターになろうなんて思ったことはないのですか?」
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![]() まして名よりも実が大事ですよ。私は囲碁が好きで、強くなりたいとは思うけど段位免状はいらないね」 |
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佐為さま こんばんわ。initial Aです。ご無沙汰しております。 ここ数カ月で、環境・品質ともに何度か審査を受けましたが、幸いなことにそんなにおかしなことを言う審査員には出会っておりません。 最近は堅苦しいことを考えず、ISO対応を楽しんでおります。 (そもそもISO対応ということ自体、おかしなことですよね) なかなかメールする機会がなかったのですが、ブログの方も楽しんで拝見させていただいております。また、ケーススタディーの進展を楽しみにしております。 今回の「ドクターの誘惑」ですが、終盤の話の展開で 岡田は二人にお礼を言って立ち上がり自分の席に戻った。 山田は岡田に話しかけた。 とありますが、横山の間違いですよね。細かいツッコミですいません。 (その後も横山のことを岡田と違えていますね) そして、少し前に紹介しておられた 「中小企業のためのISO9000」 アマゾンで購入しました。 9円のは送料が高くて程度もあまり良くなさそうだったので、39円のを買いました。 徐々に読みすすめております。 それではまた折を見て、ブログの方へもコメントさせていただきます。 |
Initial A様 毎度ありがとうございます。 間違えご指摘いただきありがとうございます。老人であることは自覚しておりますが、単なる老人ではなくボケ老人でありました。心を入れ替えても・・・もうだめなようです。 なにかありましたら、またご教示をお願いします。 |
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