審査員の適性

2013.09.11
この文章は私のブログに書いたものを基に加除修正したものです。ネタ切れかなんて言わないでください。実を言ってブログの方は、プレリュード(前奏曲)かエチュード(習作)みたいなもので、ブログでいろいろトライして、これは良いテーマだ、もう少し考えてみるかとなったものを、このウェブサイトに書いているのです。と言いますのはブログのデータはブログを運営している企業の都合で、いつなくなるかもしれません。ですから自分の主張はこのウェブサイトに残しておくのです。こちらはプロバイダにお金を払っていますし、自分のパソコンにもコピーをとっておりますので。
そういう意味では、ブログのほうは惜しげのない使い捨てですね。ブログに書いたものは価値がないとは言いませんが。


実は私は泳げない。それで歳をとるって先が短くなると、三途さんずの川を渡るとき、渡し船から落ちたらどうしようと心配するようになり、死ぬまでに泳げるようになろうと決心した。それで引退するとすぐにスイミングスクールに入った。
ところで三途の川で溺れたら、 どうなるのだろう
生き返るのか? それとも二度死ぬのだろうか?
毎週1回レッスンがあるが、その他に週2回くらいプールに行って自主練習している。一年もスイミングをしているとかなり筋肉質になり、腹はへこみ胸まわりはしっかりしてきた。そして肩や腕の動きもだいぶ良くなり、肩こりもしなくなった。実を言って、初めて行ったとき、左腕が肩から上に上がらなかった。スイミングスクールの仲間に笑われたが、自分でも笑ってしまった。 泳げるようになったぞ
そんなふうに全然泳げないどころか極度の運動不足であった私だが、今はなんとか25mプールを一往復は泳げるまでになった。だが更にターンして75m泳ぐのは今のところちょっと無理というか途中で疲れてはててしまう。コーチは、手足に無理な力が入っているから疲れるのだという。力を抜けと言われても自分ではどうすればいいのかわからない。
ネガティブに言えばまだまだであるが、ポジティブに言えば成長の余地が大いにあるといえる。とりあえずの目標は、今年の暮れまでに連続して100mくらい泳げるようになりたい。話によると、100m泳げるようになると、あとは体力が続く限り泳げるという。ぜひともそうなりたい。
ちなみにWRSTCという国際団体では「泳げる」とは「200m泳げること、またはシュノーケルを着けて300m泳げること」だそうです。となると、まだ私は泳げると言ってはいけないようだ。

今まで習ったコーチは二人だ。それぞれ教え方もキャラクターも違った。
最初のコーチは若い男性で、個人的にもスキューバダイビングが趣味で毎年南の海に潜りに行くと言っていた。泳ぎはとてもうまくて、あんな風になりたいと思っていた。
このコーチはまず自分が手本を見せて、「さあ、みなさんやってみましょう」という。生徒がその真似を1回すると、結果はどうあれ「では次は・・」というのが教え方のパターンだった。 そのコーチが都合で退職して途中で年配の男性に代わった。この方は前のコーチに比べると泳ぎがそれほどでもないのは、ど素人の私の目にもあきらかだった。といっても、もちろん一般人のレベルより、はるかに上手なことは言うまでもない。
さて実際に指導を受けると、現在のコーチは前のコーチよりも教えるのがうまい。手足の動きを分りやすく説明して、やってみせ、そして生徒がするのを観察していて、一人一人の良い点と悪い点を具体的に指摘してくれる。それと練習量が違う。同じことを、何べんも何べんも繰り返して練習させる。前のコーチのときはレッスンが終わっても疲れたという記憶はないが、現在のコーチになってからはスクールが終わる頃にはドット疲れる。実を言ってレッスンの途中で疲れてしまい、私などは「少し休憩しましょう」とを上げることもある。
山本五十六 そして私が一番ありがたいと感じたことは、「あなたはここができてないから、次回までこういう練習をしておきなさい」と具体的に言ってくれることだ。まさに山本五十六いそろく的指導である。正直言って私はコーチが代わってから上達したと思っている。前のコーチの時はほとんど進歩しなかったのだ。

考えてみれば、どんなスポーツでもコーチが名選手である必要はなく、何を教えなければならないかを把握して、生徒に教えることが上手であることがコーチの必要十分条件である。このようにコーチと選手では、必要条件が異なることを理解しなければならない。
プロ野球では名選手必ずしも名監督ならずと言われる。
長島と野村はよく比較されるが、監督としての成果を比べれば野村がダントツである。野村は名選手であり名監督であったが、長島は名選手ではあっても名監督ではない。
野村監督よりも長島監督の勝率が高いといってもその値打ちが違う。まず試合数が倍も違う。そして野村は阪神とか楽天という低レベルのチームを育成しつつ戦った。それに対して、長島は黄金時代の巨人であったからまわりが彼を名監督にしてくれたということだろう。あるいはファンが名監督だと思ってくれたに過ぎない。
安倍首相も語っていたが、個人的に野村さんに国民栄誉賞をあげたい!

ここまでは当たり前のことだとご理解いただけるでしょう。
ではISO審査員はどうだろうか?
現実に出会った審査員をみると、会社で出世した方とか、すばらしい業績を上げた方とか、指導するのが得意なコンサルさんなどが審査員をしているのではないだろうか?
いや、私は今までの経験から、そういう審査員がほとんどのように思える。
だが「名選手必ずしも名監督ならず」は野球ばかりではない。名管理者必ずしも名審査員ならず、名技術者必ずしも名審査員ならず、名コンサル必ずしも名審査員ならずであろう。そしてまたドクターや技術士であることは、審査員の力量とはまったく関係ない。審査員になる人は、当然のことだが「審査が上手」でなければならない。
当たり前と言われれば当たり前だが、現実の審査員の要件はどうであろう?
ご注意!
審査員はコーチとは違うから、「教えるのが得意な人」が審査員に向いているのではない。「審査するのが得意な人」でないといけないのだ。教えるのが得意な人は、コンサルになるべきだろう。
では現実は審査が上手な人、いやそこまでいかなくても審査ができる人が審査員になっているのだろうか?
審査員登録するときに、申請者の審査員の適性をどのように評価しているのだろうか?
日本で活動している審査員登録機関の大手として、JRCA、CEAR、IRCAがあるが、めんどくさいのでとりあえずCEARについて検討する。CEARだけではご不満の方は、ご自身でその他の審査員登録機関の認定要件を調べて検討してほしい。
そして、調べた結果を教えてください。

まず環境ISOの審査員の力量とはなんだろうかとなると、第三者認証機関への要求事項である「適合性評価−マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項(ISO17021:2011)」が根拠である。その「7 資源に関する要求事項」の中の「7.1.2 力量の判断基準の決定」において、審査員に求められる知識及び技能を付属書Aに定めると規定している。
では審査員の力量を決めた国際ルールでは、審査員が必要な力量をどのように決めているのだろうか?

審査員の要件
審査という観点からは、上表の「審査」というカラムの項目が該当することになる。ということは左端の全項目が該当する。ということで左端のカラムがISOで規定する審査員が必要とする力量だ。

では我らがCEARの審査員の要件はどうなっているのであろうか?
CEARは「環境マネジメントシステム審査員の資格基準」(A E 1100-11版 2013/04/01)
というもので審査員の要件を定めている。とりあえずここでは「審査員」の要件を記す。
なお、ここでいう「審査員」とは「審査員補」でも「主任審査員」でもないことを意味する。

5.1
1) 技術的、管理的又は専門的立場での業務経験を7年以上有すること。この業務経験は、判断を下し、意思決定及び問題を解決の実行、並びに管理者又は専門家、同僚、顧客及びその他の利害関係者と意思の疎通を図るといった内容のものであること。
ただし、この業務経験年数は高等学校以上の学歴を有するものにおいては4年以上とする。
2)前項の業務経験のうち、2年以上はJIS Q 19011(ISO19011)附属書A.3の環境マネジメント分野の知識及び技能に係る業務経験であること。この経験の要求範囲は別途定める。また、経験は申請日前10年以内の経験であること。
3)申請日前5年以内にCEARが承認した環境審査員フォーマルコースを修了しCEARが実施する環境マネジメントシステム審査員力量試験の筆記試験に合格していること。

5.2
1)JIS Q 14001(ISO14001)への適合性監査の全過程に、CEAR登録主任審査員の指揮及び指導のもとに、登録申請日以前3年間に4回以上かつ現地監査5日以上審査員として参加していること。この監査の経験は5.1項3)号の環境マネジメントシステム審査員力量試験合格後の監査経験であること。なお、監査経験については6項の要件を満たすこと。
2)前号の監査において指揮及び指導したCEAR登録主任審査員から、次の審査員としての力量に基づき、監査チームメンバーとしてJIS Q 19011(ISO19011) 6項に記載する監査を行える者として推薦されること。
@JIS Q 19011(ISO19011) 7.2.2項に定める個人の行動
(筆者注:個人の行動として、倫理的、心が広い、外交的、観察力、状況の察知、適応性、根気、決断力、自立、不屈、積極性、他人の尊重、協働的を求めている)
AJIS Q 19011(ISO19011) 7.2.3.2項に定める知識及び技能
a)監査の原則、手順及び方法
b)マネジメントシステム及び基準文書
c)組織の概要
d)適用される法的及び契約上の要求事項、並びに被監査者に適用されるその他の要求事項
BJIS Q 19011(ISO19011) 7.2.3.3項及び附属書A.3に定める知識及び技能
a)分野及び業種に固有のマネジメントシステム監査員の知識及び技能
b)環境マネジメント分野に固有の監査員の知識及び技能
3)前1)号の監査において被監査者から、JIS Q 19011(ISO19011)4項に定める監査の原則に基づき監査が行われたことを証明されること。
4)前1)号の監査において被監査者及び監査依頼者から、異議申立て及び/又は苦情を受けた場合は、その内容の記録を提出すること。また、その内容は7.5項に相当するものでないこと。

わかりやすく、対照表にしてみよう。
なお、ISO19011を引用しているのでそれによった。
ISO19011の要件CEARの要件私のコメント
ビジネスマネジメントの実務に関する知識業務経験を7年以上(ただし高等学校卒以上は4年以上)
業務経験のうち、2年以上は環境マネジメント分野の知識及び技能に係る業務経験であること
 
審査の原則、実務及び義実に関する知識a)監査の原則、手順及び方法
b)マネジメントシステム及び基準文書
 
特定のマネジメントシステム規格/基準文書に関する知識環境審査員研修コースを修了し筆記試験に合格していること 
依頼者の事業分野に関する知識分野及び業種に固有のマネジメントシステム監査員の知識及び技能 
依頼者の製品、プロセス及び組織に関する知識同上 
依頼組織内における全ての階層に対する適切な言語技能 これに該当するものがないようだ。
メモを取り、報告書を作成する技能審査経験があり、指導した主任審査員の推薦があること審査員研修で習うことになっているのだろうか?
プレゼンテーションの技能審査経験があり、指導した主任審査員の推薦があること審査員研修で習うことになっているのだろうか?
面談の技能被監査者及び監査依頼者から、異議申立て及び/又は苦情を受けていないこと 
審査のマネジメントの技能 主任審査員にならないと不要なのかも?
 ISO19011は2011版を引用した。

ISO19011の要求でなぜかCEARの要求にないのがいくつかある。
  1. 「依頼組織内における全ての階層に対する適切な言語技能」
    初代ISO9001:1987のときの審査員の基準は「品質システムの監査の指針」(ISO1011-2:1991)で規定しており、その10.において「監査で使用する言語に堪能でない場合には監査員は、支援なしの監査には参加しない。ここでいう支援とは、監査の遂行に影響を与えるような圧力に左右されない人で、必要な技術的言語に熟練した人を、監査員が終始使えるということである」と規定している。
    要するに審査員が組織の従業員が話す言葉が分らないときは、通訳を確保せよということだ。
    しかしこれは外国語に限定されないだろうと思う。日本人の審査員が日本国で審査を行う場合であっても適用されること、いや必要なことだろうと思う。審査員は日本語が使えなければならないのだ。具体的には、適切な三種類の敬語(尊敬、謙譲、ていねい)を使いこなせなければならない。現時点、審査員が、組織のえらいさんにため口をきいたり、失礼な言動が散見されており、いらぬ混乱を巻き起こしている。「審査員はビジネス日本語が使えること」をCEARは明記すべきだろう。そうでないと審査において審査員が気付かなくて失礼な行為を犯し無用なトラブルを生じる。まあ、ほとんどの企業は、審査員とはそんなものだとあきらめているわけだが。

  2. 「メモを取り、報告書を作成する技能」
    ISO17021の9.1.9.6.3では「不適合の所見は、審査基準の特定の要求事項に対して記録し、不適合の明確な記述を含め、不適合の根拠となった客観的証拠を詳細に明示しなければならない」とあるが、この条文を満たした審査報告書を見ることは少ない。まっとうと言えるのは審査報告書の1割か2割程度であろう。但しJQAにおいては、ほとんどの審査報告書がこの要件を満たしている。
    以前、承認審査員もしている某認証審査員が、まったくこの規定を満たさない不適合をジャンジャンと書いていたので呆れた。昨年引退したようだが、審査員の恥さらしであったろう。

  3. 「プレゼンテーションの技能」
    審査において異議申し立てについて説明しなければならないことがISO17021で定めてあるが、これをちゃんと説明している審査員も少ない。もっともこれはプレゼンテーションの技能ではなく、それ以前のことであろうか、
    但しJQAとLRQAは私の陪席した全審査において説明していたことを申し上げる。他の認証機関は・・・

  4. 「面談の技能」
    面談の技能とは何をいかなる尺度で測るのか、CEARの規定では定かではない。少なくても自慢話とかあらさがしケチをつけることとは対極であろうかと愚考する。
    あるいは審査後に組織側に悪感情を残さないという指標で測るなら、かなりが顧客不満足である。

    2013.09.12追加
    審査員研修機関の教育と最終試験で不適当な人は排除されているという論理は使えない。
    それについては私は以前論じている
うーん、CEARの定める審査員の力量が、ISO17021を満たしているのかどうかはわからない。しかし、散見する審査のトラブルから考えると、コミュニケーション能力、言語能力、倫理観などにおいて、評価が不十分ではないかという気がする。
そもそも「被監査者及び監査依頼者から、異議申立て及び/又は苦情を受けているかどうか」をご本人の自己申告で判断できるのだろうか。一般企業において審査員がトラブルメーカーであっても、社長に失礼なことを言っても、企業が苦情や異議申し立てなどをするはずがない。あるいは審査前に忌避されたとしても、審査員登録機関にその旨を申告しなくても良いわけだ。もっと実態を把握して審査員の人間性、コミュニケーション能力を評価する手段を考えないとならないだろう。それは審査員登録機関の力量の問題である。

現実をみると、過去の栄光を誇る審査員、教えるのが大好きな審査員、教えるのが上手な審査員、部下を叱るように組織側のケチをつける審査員などザクザクいる。そういった人は審査員にならないでほしいなあ〜。いや審査員登録機関だけでなく、審査員を雇用する認証機関は、審査員の力量を正しく把握し正しく評価し、審査員の適性のある人だけを審査員に使うことを確実にしてほしい。他のことに優れている人ではなく、審査が上手にできる人だけを審査員にしてほしいですね、
偉大なるLMJは2割の人は審査員に向かないとのたまわったが、審査員登録機関や認証機関は志願者の中からこの2割をリジェクトしているのだろうか?
この場合の「偉大なるLMJ」とは皮肉ではなく心底からそう思っております。
「偉大なる飯塚先生」という場合は、どうでしょう・・・・皮肉かもしれません。

普通の資格試験であれば、受験者、合格者数を公表するのが当たり前であるが、審査員の申請者と認定者数は公表していない。見聞きする限りその登録率は100%近いと推察する。審査した結果が100%合格なら、いや98%であっても、それはもはや「評価登録」ではなく、単なる「登録作業」ではないのだろうか?
え、あまり厳しいこといったら審査員に向いている人がいないですって?
あるいは、登録者が減っているのにそんなことを言ったら審査員登録機関があがったりかもしれない。
しかしそんなことは、お金を払う企業にとっては関係ありません。審査というビジネスを始めた人がどうするかを考えねばなりません。

いまだ日本の審査員のレベルが低い。おっとそれは思い込みじゃない。
友人の勤めている会社が先月審査を受けたが、まさにオーパーツ的、ジコチューのトンデモ審査員で、異議申し立てをしたと聞いた。
注1:
オーパーツとは、場所や時代とはまったくそぐわないと考えられるものをいう。インカの遺跡から発掘されたジェット機の模型などをいう。
注2:
ジコチューとは2000年の流行語で自己中心的人物でジコ虫とも書く。もはや人ではなく虫けら扱いのようだ。
実を言って私が現役時代、書面によるというか正式な忌避とか異議申し立てとかをしたことはない。おっと、私を意気地なしとか、ウェブに書いていることはウソかなんて言わないでほしい。私は審査員の提案を受けた時、問題があるときは事前に認証機関のえらいさんに連絡を取って人を代えてもらっていたし、また審査結果おかしな判定があった場合は、同様にこれはお宅が問題になるから報告書を書き直してほしいと内々に話をして対処していた。つまり私はここに書いているほど天上天下唯我独尊で傍若無人ではなく、紳士であったのだ。
今まで多くの会社は審査員に問題があっても苦情を言ったりせずに、認証機関の提案を諾として飲んでいただろう。しかし今後、企業側が気兼ねなく異議申し立てをするようになれば、審査員冬の時代となり更新できなくなる人が続出するだろう。それはそれで良いことだと思う。もちろんそうなると、今までの認証機関、審査員登録機関、認定機関の無能さが明らかになる。それはそれで問題であろう・・・認証制度にとっては
もちろん企業にとっては審査員が淘汰されることは願ったりである。だって大金を払っているのだから、お金に見合った良い審査員が来てくれないと困る。
水戸黄門

うそ800 本日のまとめ
昔々は悪人がいると水戸黄門が懲らしめてくれたが、現在は水戸黄門のテレビドラマも終わってしまったので、代わりに私が喝をいれなければなるまい。


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