ケーススタディ 次長山田太郎

13.10.09
ISOケーススタディシリーズとは

年明けに横山が転勤していったが、4月1日付でも環境保護部に大きな人事異動があった。
まず中野が関連会社の広報部門の部長として出向していった。関連会社といっても東証二部に上場しており、そこの部長として行くのだから、悪いどころか最高の待遇というべきだろう。これからの活躍次第では役員になれるかもしれない。
中野の後任には、山田が横滑りした。
そしてその後任には九州工場から辻井課長がやってきた。本社の課長は工場の部長相当だから、辻井も大栄転である。 人事異動
役職定年である廣井部長の異動の話は全然聞こえてこないから、廣井の異動は早くても来年になるのだろうと山田は思った。

環境保護部にメンバーの入れ替わりがあったとはいえ、従来と変わらずワイワイガヤガヤとやっている。人が代わってもひと月も過ぎるとそれなりになじんでしまい、過去がどうだったかなど思い出せなくなってしまう。それは去る人日々にうとしというだけでなく、やはり廣井の性格というか、彼の管理方法によるのだろう。
まず山田のグループでは、今年から冊子の環境報告書を止めてしまったが、その代わりに環境情報を社外に発信するためにウェブサイトをより活用しやすく改良を進めており、またどうしても冊子が欲しいという人もいるので、環境報告のダイジェスト版を作っている。
エコプロ展も今年から不参加となったので、その仕事はなくなった。その他、広報や取材対応などの仕事はあるが、あまり負荷が重いとは感じない。ルーチンの仕事は岡田がほとんど処理できるし、彼女もいろいろとアイデアを持っており、手綱さえしっかり持っていれば大丈夫だろう。
ただ山田としては従来中野がしていたことだけでなく、製品の環境配慮についてもっと広報や宣伝に使うべきと考えており、その方向でいろいろと仕掛けをしていきたいと思っている。
それから今のシーズンは新入社員の教育があるが、これも一切を岡田に任せることにした。岡田も人事の湯川と波長が合うようで楽しくやっている。山田はだんだんと出る幕がなくなったなあと、少しばかり残念な感じもする。
まもなく株主総会だ。今年も例によって想定問答と模範解答を作れという依頼がきた。昨年の経験があるので山田はサッサと片付けてしまった。こんなものいくら考えても、中身が良くなるわけはない。

辻井も事務処理能力はしっかりしており、鷽八百グループの環境監査の計画と遵法向上、リスク対策をいろいろと考えているようだ。飯田もルーチンワークは一人で処理している。横山のように常にチャレンジングなアイデアを出してほしいが、今はまだそこまではできないようだ。実務経験がないと難しいと思う。まあ今後の飯田の教育は辻井に頼るしかない。
辻井も監査で問題が見つかったときとか、法規制の問い合わせがあったときは、都度、山田に聞きに来ている。ただ辻井の場合は、法規制や社内のルールを知らないわけではなく、判断の基準というか相場を山田とすり合わせるのが目的のように見える。
そんな環境保護部をみていると、すべて世はこともなしと「ピッパが通る」の詩のようだ。

廣井が山田を呼んだ。
山田
「ハイ、なんでしょうか?」
廣井
「ちょっと話がある。一緒に来い」
このフレーズで始まるのは、人事異動の話しかない。環境事故や法違反などの不祥事であれば、廣井は環境保護部内では秘密にせず、みなの前で大声で話している。
山田は廣井の後をついて別の階の会議室に行く。中には誰もいない。
廣井
廣井
山田
山田
廣井
「事業所長クラスの異動は一般の異動よりも1か月早く2月内示、3月異動というのが通常だ。今回はイレギュラーなのだが俺が6月1日付けで異動することになった」
山田
「6月に異動とは、それって廣井さんもいよいよ役員になるってことでしょうか? 今年の株主総会で・・
廣井さんが役職定年後の話が出ないと思っていたのですが、そうだったのですか」
廣井
「バカも休み休み言えよ。事業所長クラスから役員になるのは超狭き門だぜ。経営にそうとう貢献してなきゃありえない話だ。まして環境なんてマイナーな部門からは無理だ。
そうじゃない。機械部品の工業会の環境部長をしている人が病気療養中なのだが、復帰の見込みが立たず引退することになった。ああいった職務は加盟企業の持ち回りで、次は当社の番になっている。それで、俺がその後任として出向することになった」
山田
「はあ・・・」
廣井
「業界団体への出向は通常は2年の期限付きなのだが、俺の場合はちょうど今年、役職定年に当たる。それで向こうでは前任者の残り任期もあるので、定年の60までの3年間環境部長をしてほしいという。だから俺にちょうどいい仕事じゃないかなと思っている。
おれはさ、ほかに能がないから、子会社の役員とかになっても経営的な仕事ができるわけじゃない」
山田
「はあ、なんと言ってよいのか・・」
廣井
「別に言わんでもいいけどさ、それで俺の後任なのだが・・」
山田
「どこかから新任部長がお見えになるわけですか?」
廣井
「どこからも来ない。環境担当役員が部長を兼務する。昔のようになるわけだ」
山田が環境保護部に異動してきたとき、環境担当役員が環境保護部長を兼務していた。そのため決裁をもらうときはいちいち役員室まで廣井が代表していったものだ。業務をスピーディに行うにはいささか問題があった。その後、廣井が部長になって5年近くなる。
山田
「ああ、そうですか。決裁を受けるのが大変といいますか、遅れそうな気がしますね」
廣井
「そうだ、そうすると日常業務の決裁も滞り仕事がやりにくいということで、お前を次長にすることにした。現在の課長の職と兼務だ」
山田は驚いた。
山田
「ええ、私が次長ですか?」
廣井
「当社の場合、管理部門の次長は工場の事業所長クラス扱いだから、日経新聞の人事異動欄に名前が載るぞ。記念に取っておけ。
ところで普通、次長というと無任所大臣というか、特段権限を持っていないのだが、そういういきさつがあるので環境担当役員は決裁すべてお前に任せるという。まあ、年齢や他とのバランスからいって今すぐお前を部長にはできないというのが次長であるという理由だ。1年もしたら部長になるだろう」
山田
「うーん、責任重大ですね」
廣井
「まあどう考えても今のところお前しかいないという消去法だなあ。そんなに自慢になる話でもない。
ところで参考までにだが・・・・部長になっても日常業務の細かいことをみていては、大局的に考えることを忘れてしまう。だから俺の場合は、信頼できる部下に日常業務を任せて、自分は将来の方向を考え、それを実現するためのリソース確保とか他部門との交渉に専念した。それには仕事を任せられる部下が必要だ。
山田の場合は、辻井が仕事に慣れるまでは面倒を見なければならないし、自分の仕事はそれなりにしなければならない。野球の野村克也は長年プレイングマネージャーをしていたが、天才でなければあれはできない。野村は天才だが山田は天才ではない」
山田は神妙に聞いていた。
廣井
「だからともかくなるべく早く任せられる人を育てて、日常業務をそいつに投げてしまうことだ。そして自分は日常の些事から解放されて、大局を考えるようにならなければならない。もちろん任せる相手が課長でなければならないこともない。環境担当役員がお前に任せたように、お前も日常業務は岡田に任せてしまってもかまわない。どちらにしても問題が起きたら責任はお前にあるわけだ。
そしてお前が部下を信頼しなくては、部下はお前を信頼しないしね」
山田も同じことを考えていた。辻井は山田より年上だ。そして現場の経験は山田の比ではない。だから本社に慣れれば、事故や監査の対応は一人で十分処理できるだろう。そして監査や指導の実務は藤本社長のところに頼めばいいことだ。
コミュニケーションの方は岡田ではまだ力不足だが、仕事が人を育てるという言葉もある。なんとかなるだろうと頭の中で考えていたところだ。
山田
「おっしゃる通りですね。誰だってその仕事のプロですから、すべてに私が目を光らせなくてはならないというのもおかしなことです」
廣井
「しかしこんなことになると分っていたら、横山を出さなかったのだが・・」
山田
「いや横山さんが岩手工場にいって鍛えられることは、彼女にとっても会社にとっても有益なことです。私もこれからの試練をどう乗り越えるかということは、私にとってだけでなく会社にとっても重要なことですね」
廣井は腕時計をみた。
廣井
「ヨシ、では心の準備ができたところで役員室に行くとするか」
山田
「は、辞令ですか?」
廣井
「そうだ、課長までは部長からもらうが、次長以上は担当役員からになる。人事異動の公表は2週間後だけど辞令は今日だ。俺は出向の辞令をもらわなくちゃならない」



30分後、役員室から環境保護部に二人は戻ってきた。廣井はそのまま自分の席に座ってしまった。
山田には今まで8年もいた部屋が、まったく別の風景に見えた。
これからバリバリやるぞという気持ちと、いやはや大変だなあという気持ちが半々だ。どうせなら監査の担当と次長兼務の方が楽だったなあという気もしたが、そんなこと考えること自体うしろ向きだと自分を戒める。
これから半月、どのように仕事を進めていくかを考えなければならない。それも半分苦しみで半分は楽しみだ。
山田はドサッと椅子に座った。
隣に座っている岡田がその様子を見て、ただ事ではなさそうだと声をかけてきた。
岡田
「何か問題でもありましたか?」
山田
「問題と言えば問題で、チャンスと言えばチャンスかなあ〜」
岡田
「ピンチはチャンスといいますからね、でもそれならチャンスはピンチかも」
山田は、岡田も大人になったものだと思った。

プレイングマネージャーなんて簡単にいいますが、現実にそれを演じるのはとても難しいです。
私は30代終わりごろ、現場スタッフをしていていました。その仕事とは、新機種対応の生産準備、つまり行程設計を行って、それに基づきジグを設計し、NCプログラムをつくり、ロボットのティーチングをして、作業手順書をつくり、刃物や工具や塗料を手配すること。場合によっては新設備の導入やレイアウトの見直しもしなければなりません。量産開始時は作業指導をしてうまく立ち上げること。生産段階に入れば常に品質状況を把握して改善、生産性を向上することなどが仕事でした。外注の指導もありましたし、調達先の品質監査もしました。トラブルがあれば腕の見せ所です。その仕事においては決して能無しではなく、優秀だったと自負していました。
ところがある日突然管理職になりました。単に上長が転勤していったので、その仕事も私にしろということです。もちろん自分が今までにしていた仕事はそのままです。まさにプレイングマネージャーです。
今までスタッフとしていた仕事はそのままで、その上更に生産するための人の手当て、毎日の生産の進捗管理、出勤率、作業能率、現場の人間関係、酒を飲んできた人に帰れといい、けんかの仲裁なんてのもしなければなりません。そこは200人もいる職場でしたので、私に二足のわらじが勤まるはずがありません。いやもちろん能力のある人はできるのでしょうけど、
その結果ですが、ご推察のようにアブハチ取らずでロクな成果も出せず、あげくに自分が仕事中大怪我をしてしまい、めでたく管理職解任になりました。正直いいまして、あのときはホットしましたね。管理職をクビになって残念とか悔しいなんて思いは少しもありませんでした。
それ以降、いくつも職場を変わりましたが、片手(5人)以上の部下を持ったことはありません。多々益々弁ずというのは韓信さんにお任せしておきましょう。人間には人を使って仕事するのが得意な人と、自分が直接仕事するのが得意な人がいるのです。どちらが上だとか下だとかいうこともありません。自分に向いた仕事でひたすら励むのが、みんなのためであり自分の幸せであるというものです。

さて、山田君は担当者としては優れていることは過去の実績が立証しています。しかしマネージャーとしてはどうか、これは未知数です。更に二足のわらじを履いてやっていけるか、それはまったくわかりません。山田君が職務を全うできるかどうか、どうなんでしょうねえ?
今までの様子からは、私よりはうまくやっていくと期待できそうです。
まあ架空の人物ですから、こけても痛くもかゆくもありませんし・・・

うそ800 本日のまとめ
「みんな幸せに暮らしました」という結末で、ご満足いただけましたでしょうか?
4年間にわたりえんえんと書き続けてきましたが、これでケーススタディはおしまいです。長い間お付き合いいただきありがとうございます。
カーテンコールがあった場合は、その限りではありませんが 笑

うそ800 本日の元ネタ
同志名古屋鶏様から「課長・島耕作」は連載を続ける中で「会長・島耕作」となりました。次シリーズは「環境部長・山田」でしょうか? というコメント(突っ込み)を頂きました。
また、initiall_A様からは「キャプテン」という漫画が、どんどん主人公が変わり、また続編として「プレイボール」へというコメントをいただきました。
残念ながらそのように引っ張る予定はありません。タイトルだけは鶏様のアイデアを拝借して・・・お手軽ですみません。
ところで、次長山田太郎を浅田次郎と読んだ人は・・・いないか

うそ800 本日のプレゼント
ケーススタディを全文お読みになった方に下記ピンバッジをプレゼント。
ピンバッジ
っと、勘違いなさらぬように、上の絵をプリントしてはさみで切ってお手持ちのピンバッジにのり付けしてください。



まきぞう様からお便りを頂きました(2013.10.09)
お疲れ様でした
ケーススタディシリーズの最終回読みました、これまでお疲れ様でした。
お便りは久しぶりに書きますがずっと読んでいました。
思えば、内部監査のネタにしたり、自らの業務を振り返ったり、日常共にありました。
これからの記述に期待してます。
今年の内部監査が今月ありますが認証なんかやめちまいな、という話に持って行く監査にしやうとしています。

まきぞう様 毎度ありがとうございます。
私も人の子、そう言っていただけるとうれしいです。ありがとうございます。
記念にピンバッジの絵だけさしあげます。ビンボーなので実物を作って配る金がありません。m(_ _)m

還暦+1じじい(5月で+1となりました)様からお便りを頂きました(2013.10.10)
ケーススタディ 終わるのですか?
1stシーズン、3rdシーズン読みきりまして、2ndが半分くらいこれからですが、本当に勉強になりました
特に、3rdシーズンは、なんといいましょうか小説といいましょうか、ストーリーの展開、流れるような名文・・・毎日、次は?とホームページ開くのが楽しみでした
USO800は、サイト内の環境管理責任者にも読ませましたところ、今年度から変わろうと動き始めました
当社もケーススタディに出てきたダブルスタンダードをやってきており、USO800はまさにバイブルです
私自身、名前にあるように前線から撤退してますので、情報提供して支える事くらいしか出来ませんが、やれる間はここで勉強させてもらった事を反映して行きたいと思っております
続編もですが、ケーススタディ特別版とか、最近のTVドラマで流行のスピンオフものでもと、期待しております
なかなか涼しくならなそうな秋で、まだ、扇風機もしまえません
ケーススタディも私の中では熱いままで、しまえない状態です(笑)

還暦+1じじい様 毎度ありがとうございます。
お褒めいただき恥ずかしくなります。もともとはそんな大層なことを考えていたわけではありません。
こんなISOではだめだと叫んでも人を動かすことはできません。それなら身近な問題を取り上げてどうするのが良いのか考えてもらおうと思ったのがことの始まりでした。
ところが書いているうちに、ケーススタディというよりも単なる職場の風景を切りぬいたようなものになりまして、いささかじゃくじたるところがありました。皆様に喜んでいただきまして本当に感謝しております。
続編は考えていませんが、単に理屈だけでガチガチ語っても、自分が読む立場ならご遠慮したいのは本音です。柔らかくても、問題提起、改善提案をするようなものを考えております。
またのご指導をよろしくお願いします。
記念にピンバッジの絵だけさしあげます。ビンボーなので実物を作って配る金がありません。m(_ _)m

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013.10.10)
長い間、お疲れ様でした。
次シリーズは新任審査員の奮闘と成長の物語あたりでしょうかw?
ピンバッジ
鶏様 毎度ありがとうございます。
いえいえ、一羽のニワトリがISOを学んで中部地方のみならず日本中に名をとどろかせたという名古屋鶏のお話を・・



ケーススタディの目次にもどる


Finale Pink Nipple Cream