「ハイ、なんでしょうか?」
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「ちょっと話がある。一緒に来い」
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このフレーズで始まるのは、人事異動の話しかない。環境事故や法違反などの不祥事であれば、廣井は環境保護部内では秘密にせず、みなの前で大声で話している。 山田は廣井の後をついて別の階の会議室に行く。中には誰もいない。
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「事業所長クラスの異動は一般の異動よりも1か月早く2月内示、3月異動というのが通常だ。今回はイレギュラーなのだが俺が6月1日付けで異動することになった」
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「6月に異動とは、それって廣井さんもいよいよ役員になるってことでしょうか? 今年の株主総会で・・ 廣井さんが役職定年後の話が出ないと思っていたのですが、そうだったのですか」 | ||||
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「バカも休み休み言えよ。事業所長クラスから役員になるのは超狭き門だぜ。経営にそうとう貢献してなきゃありえない話だ。まして環境なんてマイナーな部門からは無理だ。 そうじゃない。機械部品の工業会の環境部長をしている人が病気療養中なのだが、復帰の見込みが立たず引退することになった。ああいった職務は加盟企業の持ち回りで、次は当社の番になっている。それで、俺がその後任として出向することになった」 | |||
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「はあ・・・」
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「業界団体への出向は通常は2年の期限付きなのだが、俺の場合はちょうど今年、役職定年に当たる。それで向こうでは前任者の残り任期もあるので、定年の60までの3年間環境部長をしてほしいという。だから俺にちょうどいい仕事じゃないかなと思っている。 おれはさ、ほかに能がないから、子会社の役員とかになっても経営的な仕事ができるわけじゃない」 | |||
「はあ、なんと言ってよいのか・・」
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「別に言わんでもいいけどさ、それで俺の後任なのだが・・」
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「どこかから新任部長がお見えになるわけですか?」
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「どこからも来ない。環境担当役員が部長を兼務する。昔のようになるわけだ」
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山田が環境保護部に異動してきたとき、環境担当役員が環境保護部長を兼務していた。そのため決裁をもらうときはいちいち役員室まで廣井が代表していったものだ。業務をスピーディに行うにはいささか問題があった。その後、廣井が部長になって5年近くなる。
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「ああ、そうですか。決裁を受けるのが大変といいますか、遅れそうな気がしますね」
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「そうだ、そうすると日常業務の決裁も滞り仕事がやりにくいということで、お前を次長にすることにした。現在の課長の職と兼務だ」
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山田は驚いた。
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「ええ、私が次長ですか?」
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「当社の場合、管理部門の次長は工場の事業所長クラス扱いだから、日経新聞の人事異動欄に名前が載るぞ。記念に取っておけ。 ところで普通、次長というと無任所大臣というか、特段権限を持っていないのだが、そういういきさつがあるので環境担当役員は決裁すべてお前に任せるという。まあ、年齢や他とのバランスからいって今すぐお前を部長にはできないというのが次長であるという理由だ。1年もしたら部長になるだろう」 | |||
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「うーん、責任重大ですね」
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「まあどう考えても今のところお前しかいないという消去法だなあ。そんなに自慢になる話でもない。 ところで参考までにだが・・・・部長になっても日常業務の細かいことをみていては、大局的に考えることを忘れてしまう。だから俺の場合は、信頼できる部下に日常業務を任せて、自分は将来の方向を考え、それを実現するためのリソース確保とか他部門との交渉に専念した。それには仕事を任せられる部下が必要だ。 山田の場合は、辻井が仕事に慣れるまでは面倒を見なければならないし、自分の仕事はそれなりにしなければならない。野球の野村克也は長年プレイングマネージャーをしていたが、天才でなければあれはできない。野村は天才だが山田は天才ではない」 | |||
山田は神妙に聞いていた。
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「だからともかくなるべく早く任せられる人を育てて、日常業務をそいつに投げてしまうことだ。そして自分は日常の些事から解放されて、大局を考えるようにならなければならない。もちろん任せる相手が課長でなければならないこともない。環境担当役員がお前に任せたように、お前も日常業務は岡田に任せてしまってもかまわない。どちらにしても問題が起きたら責任はお前にあるわけだ。 そしてお前が部下を信頼しなくては、部下はお前を信頼しないしね」 | |||
山田も同じことを考えていた。辻井は山田より年上だ。そして現場の経験は山田の比ではない。だから本社に慣れれば、事故や監査の対応は一人で十分処理できるだろう。そして監査や指導の実務は藤本社長のところに頼めばいいことだ。 コミュニケーションの方は岡田ではまだ力不足だが、仕事が人を育てるという言葉もある。なんとかなるだろうと頭の中で考えていたところだ。 | ||||
「おっしゃる通りですね。誰だってその仕事のプロですから、すべてに私が目を光らせなくてはならないというのもおかしなことです」
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「しかしこんなことになると分っていたら、横山を出さなかったのだが・・」
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「いや横山さんが岩手工場にいって鍛えられることは、彼女にとっても会社にとっても有益なことです。私もこれからの試練をどう乗り越えるかということは、私にとってだけでなく会社にとっても重要なことですね」
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廣井は腕時計をみた。
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「ヨシ、では心の準備ができたところで役員室に行くとするか」
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「は、辞令ですか?」
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「そうだ、課長までは部長からもらうが、次長以上は担当役員からになる。人事異動の公表は2週間後だけど辞令は今日だ。俺は出向の辞令をもらわなくちゃならない」
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●
30分後、役員室から環境保護部に二人は戻ってきた。廣井はそのまま自分の席に座ってしまった。● ● 山田には今まで8年もいた部屋が、まったく別の風景に見えた。 これからバリバリやるぞという気持ちと、いやはや大変だなあという気持ちが半々だ。どうせなら監査の担当と次長兼務の方が楽だったなあという気もしたが、そんなこと考えること自体うしろ向きだと自分を戒める。 これから半月、どのように仕事を進めていくかを考えなければならない。それも半分苦しみで半分は楽しみだ。 山田はドサッと椅子に座った。 隣に座っている岡田がその様子を見て、ただ事ではなさそうだと声をかけてきた。 | ||||
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「何か問題でもありましたか?」
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「問題と言えば問題で、チャンスと言えばチャンスかなあ〜」
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「ピンチはチャンスといいますからね、でもそれならチャンスはピンチかも」
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山田は、岡田も大人になったものだと思った。
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お疲れ様でした ケーススタディシリーズの最終回読みました、これまでお疲れ様でした。 お便りは久しぶりに書きますがずっと読んでいました。 思えば、内部監査のネタにしたり、自らの業務を振り返ったり、日常共にありました。 これからの記述に期待してます。 今年の内部監査が今月ありますが認証なんかやめちまいな、という話に持って行く監査にしやうとしています。 |
まきぞう様 毎度ありがとうございます。 私も人の子、そう言っていただけるとうれしいです。ありがとうございます。 記念にピンバッジの絵だけさしあげます。ビンボーなので実物を作って配る金がありません。m(_ _)m ![]() |
ケーススタディ 終わるのですか? 1stシーズン、3rdシーズン読みきりまして、2ndが半分くらいこれからですが、本当に勉強になりました 特に、3rdシーズンは、なんといいましょうか小説といいましょうか、ストーリーの展開、流れるような名文・・・毎日、次は?とホームページ開くのが楽しみでした USO800は、サイト内の環境管理責任者にも読ませましたところ、今年度から変わろうと動き始めました 当社もケーススタディに出てきたダブルスタンダードをやってきており、USO800はまさにバイブルです 私自身、名前にあるように前線から撤退してますので、情報提供して支える事くらいしか出来ませんが、やれる間はここで勉強させてもらった事を反映して行きたいと思っております 続編もですが、ケーススタディ特別版とか、最近のTVドラマで流行のスピンオフものでもと、期待しております なかなか涼しくならなそうな秋で、まだ、扇風機もしまえません ケーススタディも私の中では熱いままで、しまえない状態です(笑) |
還暦+1じじい様 毎度ありがとうございます。 お褒めいただき恥ずかしくなります。もともとはそんな大層なことを考えていたわけではありません。 こんなISOではだめだと叫んでも人を動かすことはできません。それなら身近な問題を取り上げてどうするのが良いのか考えてもらおうと思ったのがことの始まりでした。 ところが書いているうちに、ケーススタディというよりも単なる職場の風景を切りぬいたようなものになりまして、いささかじゃくじたるところがありました。皆様に喜んでいただきまして本当に感謝しております。 続編は考えていませんが、単に理屈だけでガチガチ語っても、自分が読む立場ならご遠慮したいのは本音です。柔らかくても、問題提起、改善提案をするようなものを考えております。 またのご指導をよろしくお願いします。 記念にピンバッジの絵だけさしあげます。ビンボーなので実物を作って配る金がありません。m(_ _)m ![]() |
長い間、お疲れ様でした。 次シリーズは新任審査員の奮闘と成長の物語あたりでしょうかw? |
![]() 鶏様 毎度ありがとうございます。 いえいえ、一羽のニワトリがISOを学んで中部地方のみならず日本中に名をとどろかせたという名古屋鶏のお話を・・ |
Finale Pink Nipple Cream |