マネジメントシステム物語39 ISO14001指導 その3

14.03.02
マネジメントシステム物語とは
今回は超長文ですから、お暇な時にお読みください。22,000字、じっくり読んだら30分かかります。

えー、今回は素戔嗚すさのおグループの2社がISO14001の審査を受けます。さて、どんな結果になるのでしょうか?
なお、これらはすべて私が体験したものをマイルドにして書いております。元ネタとなった認証機関は1社ではなく、国内系、外資系の審査で、私が体験した不適合をマージしております。今はあのときのトラブルを思い出しても笑っていられますが、当時は真剣、深刻で怒り狂いましたね。
もっともこれを読んで怒り狂う審査員や認証機関があったりして アハハハハ

今回の審査を受けるふたつの事業所のISO認証のアプローチを書いておきます。
事業所認証機関方法
大蛇おろち機工ナガスネナガスネ方式ではなく、事業所の仕組みをそのままみせてISO規格を満たしていることを説明する
ウケイ産業BBナガスネ以外の認証機関を使い、その事業所の仕組みをそのまま見せる




ウケイ産業
今日と明日は、ウケイ産業のISO14001審査である。佐田は片岡と佐々木両氏を連れて見学に行く。BB社には、事前に親会社の者が審査の見学に行くと通知していた。
中根菅野
中根菅野
審査員はなんと大蛇機工のISO9001の審査のとき見習いだった中根がリーダーで、そのとき大蛇の社員だった菅野のペアである。中根はとうにISO14001の主任審査員になっていたし、菅野も審査員になっていた。菅野は佐田と一緒にナガスネでISO14001審査員研修を受けてからまだ半年しかたっていないはずだが、審査機関に所属していると審査員になるのに必要な経験を短期間で積めるのだろう。
環境側面の決定はBB社が説明会で解説した通りにしているから問題はないと思うが、その他はどうだろう? 佐田はマニュアルも読んだし内部監査にも立ち会っているものの、なにぶん初めてなのでちょっと心配する。
みんなの思いを無視して、審査はどんどん進む。

あっという間に翌日の夕方・・・
クロージングとなり、リーダーの中根はシステムも運用も適正であることを確認したので認証するように推薦すると言って審査は終わった。
二人は黒田部長が一席設けているというお誘いを笑って断り去って行った。当時は、審査員に酒席を用意するのは当然の時代であり、特に日系の認証機関の審査員には審査の合間に「今晩が楽しみです」なんて語る人もいた。外資系の審査員でも断る人など珍しかった。
J●Aの牛肉事件も、J△○○の銘酒土産事件も2003年のこと。20世紀にはそんなことは問題にもならなかった。中にはオンナを用意しろなんて叫んだ審査員もいたのだ。やりたい放題、水戸黄門に出てくる悪代官並み、倫理観など無縁だったようです。
予約した席をキャンセルもできないので、関係者で飲むことにした。黒田部長、佐藤課長、佐田、片岡、佐々木の5名である。乾杯の後、黒田部長が佐藤課長をねぎらい、佐田に感謝を述べた。しばし飲んだ後に意見交換が始まる。
片岡
「思っていたよりも簡単なものですね」
黒田部長
「私も素戔嗚グループのトップを切って審査を受けたので、未知のことが多く心配していた。開けてみると佐田さんのご指導がよくて全くトラブルがなかったので驚きました」
佐藤課長
「考えてみれば普通の会社は完璧かどうかはともかく、常に法律を守ろうコストをさげよう改善しようとしているわけで、ISO14001に書いてあることは元からしているように思いますが。まさか不具合が起きても是正処置をしない会社があるわけがない」
佐田
「結局、規格に書いてあることをどう読むかと言うことなのでしょうね。難しくというか、従来からしていたことじゃない、もっと高度なことだと思い込んで読めば、なにしろあいまいもこな文章ですからいくらでも要求水準をあげることができるでしょうし、また審査員の思い込みでどうとでもとれますからねえ〜」
佐々木
「著しい環境側面の決定があのような方法で良いなら、ISO14001認証はそれほど困難ではないようですね」
片岡
「いやナガスネでは、ああいった簡便な方法がとれないからISO14001認証が困難なのでしょう」
サラダ 生ビール 佐田



黒田部長 生ビール 刺身 生ビール 片岡



佐藤課長生ビール 焼き鳥 生ビール 佐々木

佐々木
「来週は大蛇おろち機工が審査ですね。どうなるか楽しみです。なにしろここはナガスネ認証で審査を受けますから」
片岡
「ウケイさんと同じように順調にいけばよいのですが」
佐田
「いやいや、トラブルが山積するでしょう。私はそうなると確信しています。だからこそ期待しているのです」
片岡
「佐田君が期待しているとはどういうことですか?」
佐田
「ナガスネ認証の考えが分りますから、それ以降ナガスネの審査を受ける企業に参考になるでしょう。あるいはナガスネの考えを改めることができるかもしれない」
佐々木
「佐田さん、いくらなんでも考えを改めさせるとは、無理っちゅうもんでしょう」
黒田部長
「ナガスネの評判は聞いている。我々が佐田さんのおかげで別の認証機関で審査を受けられたことは大変幸いだった」
佐藤課長
「部長のおっしゃる通りです。ナガスネ方式でしていたら、今でも著しい環境側面決定段階で足踏みしていたでしょう」
片岡
「御社の環境側面の決定方法は簡単でしかも意味があると思うが、ナガスネ方式は意味がなさそうだ。あんなことをしても環境保護には役に立たないね」
佐々木
「片岡さん、そういう話を聞けば聞くほど私は気が重い。片岡さんも私も、そこに出向するのですよ」


大蛇機工
翌週は大蛇機工の審査である。今回も、佐田は片岡、佐々木と共に審査の見学に行く。もちろんナガスネにはあらかじめ親会社の者が審査に立ち会うと通知している。するとBB社と違い、ナガスネから陪席者に対して、審査で録音、写真、ビデオにとらないこと、見聞したことを絶対に他言しないこと、審査の場で発言しないことなどの、誓約書を求められた。佐田は片岡、佐々木の3名のサインをして郵送しておいた。
審査員はリーダーを務める柴田審査員柴田主任審査員、宮下主任審査員宮下審査員である。柴田氏はナガスネの取締役審査部長だという。立派な肩書だからちゃんとした審査が期待できるかと佐田は思った。

オープニンブとなった。こちらは星山社長、吉田取締役、浅川取締役、武田課長、設備係長である。佐田が出向していた時、部長だった吉田は取締役になっていた。浅川氏は佐田が去った後に素戔嗚から出向してきた人で、星山の後任として総務、営業、経理をたばねている。それに見学の佐田たち3名、審査員を合わせて全部で10名である。
オープニングが始まった途端、いや始まる前に柴田氏が思いもよらぬことを言いだした。
柴田審査員
「これだけしかいないのですか?」
星山社長
「はあ? これだけしかいないとおっしゃいますと?」
柴田審査員
「これはISO14001の審査です。ここに御社の人は5人しかいないじゃないですか。調査書によりますと御社の登録組織は250名とありますので、50名程度の聴講者がいるものと思っていました。御社の従業員は一人でも多く出席して話を聞くべきです」
星山社長
「柴田主任審査員殿のお話のご趣旨がよくわかりません。これはISO審査であると理解しております。講演会ではないと・・」
柴田審査員
「私は既に何社も審査しておりますが、どこでも審査員の話を聞かせようと多くの人を出席させます。ぜひ一人でも多くの人をここに出席させるようにしてください」
星山は指を顔の前で組み、目をつぶってしばし考える風だった。
星山社長
「柴田主任審査員殿、私はこの会社の経営者として、このままオープニングを開催していただくようお願いします。柴田様のご意向は承りましたので、次回以降どのようにするかは別途考えたいと思います」
ここに書いていることはフィクションとか私の想像ではない。1997年頃に何度か体験した事実を基にしている。N審査員などは私を「出席者が少ないぞ」と大声で怒鳴りつけた。当時、審査員というのは偉かったのであろう。しかしそれほど面白く価値があるお話ができるならば、審査員などをせずに講演で食べたらよかったのではないか?

柴田はおもしろくなさそうな顔をしていたが、諦めたのかやがてOHPを使って審査の説明を始めた。
佐田はウケイのときと違って、異議申し立てを説明しないことに気が付いた。いや正しく言えばナガスネの説明を聞いて、BB社が異議申し立てを説明したことに思い当たった。
ともあれオープニングが終わり、そのまま経営者インタビューに入る。
柴田審査員
「まずISO認証をしようとしたのはどのようないきさつなのでしょうか?」
星山社長
「当社はISO9001も日本では最も早い時期に認証しました。そのとき外部から認証を求められていたわけではなく、当社の品質保証の仕組みはしっかりしているかどうか外部の人に見てもらおうという考えでした。
今回も当社の環境管理の仕組みはしっかりしているかどうか外部の方に見てもらおうと考えています。正直言って認証すること自体にはあまり意義を感じていません」
柴田審査員
「ほう、御社は環境管理がしっかりしていると自覚されているわけですね。マニュアルを拝見しますとどうも環境管理がしっかりしていないように思えます」
星山社長
「もちろん専門家がご覧になれば不適切なところもございましょう。ご指摘をよろしくお願いします」
柴田審査員
「まず規格の最初にあるのは環境方針ですが、方針からもって規格に不適合ですよ」
星山社長
「弊社の環境方針のどこがまずかったでしょうか?」
柴田審査員
「規格では『環境目的及び目標の設定及びレビューのための枠組みを与える』とあります。御社の方針には『枠組み』がありません」
星山社長
「はあ? 『枠組み』ですか?、確かに弊社では環境方針という名称ではなく、また環境に特化した方針でもありません。しかし品質や開発、製造全般について述べておりまして、環境に限らず年度初に年度方針を示してその中で実施項目とその計画を示すこと、そして進捗や状況の変化を反映して適宜見直していくことを明記しております」
柴田審査員
「だって方針に『枠組み』という言葉が入っていないでしょう」
宮下審査員
「それだけでなく『継続的改善』という言葉も方針にありませんね」

方針に枠組みと
いう言葉がない
これは不適合だ!
柴田審査員
継続的改善という
言葉もありませんね
何もわかっていな
いんだから 💢
宮下審査員
星山社長
「うーん、どうも良く分りませんな。規格では『次の事項を満たすこと』とありまして、『次の言葉を盛込むこと』ではありません。それで私どもは、文言ではなく中身かと思っておりました。すると柴田審査員さん、いやナガスネ認証機関では方針には規格の文言がすべて入っていなければ不適合ということですね?」
柴田審査員
「あたりまえです」
星山社長
「なるほど、少し教えてほしいことがあります。ISO9001:1994でも品質方針が具備すべき要件について種々書いてありますが、そこに書かれている規格文言を書き込まなくても要件を満たしていれば過去適合とされて不適合ではありません。つまりISO9001とISO14001では規格の読み方が異なるのでしょうか?」
柴田審査員
「私は今ISO9001を語っているわけではない。ISO14001では『枠組み』という語がなければならないと言っているのです」
星山社長
「いやいやこれは大事なことです。当社はBB社でISO9001を認証しているわけですが、今回の審査結果では、ISO9001もナガスネさんに一本化することも考えておりました。お聞きしたいのは、ナガスネさんではISO9001の品質方針の要件の解釈はどうなるのかということです。ISO9001では要件を満たせば良いがISO14001では文言がなければならないのか、それともナガスネさんではISO9001もISO14001も規格の語句がなければならないのかということになります。
しかしISO9001でも規格の語句がなければならないとしますと、BB社とナガスネさんでは規格の解釈が異なることになります。となるとですね、これは弊社の問題ではなく、ナガスネさんの問題となるかと思います」
柴田審査員
「そういうことはいいから、とにかくISO14001では『枠組み』とか『継続的改善』という言葉がなくちゃいけません」
星山社長
「ご意見は承りました。考えさせてください」
ナガスネのモデルになった認証機関の審査員たちは、規格にある文言が方針になければ不適合だと言った。それは20世紀の話ではなく、私が引退した2012年まで変わらなかった。今はどうか知らない。1年少々では改善していないだろうと思う。
認定機関はそういったことを見ていないのだろうか?
ひょっとして認定機関も、ナガスネのモデルとなった認証機関と同じ解釈だったりして!

柴田審査員
「お宅のマニュアルを読んできたのですが、おかしなところがいくつもあるのです。いやマニュアルが全然おかしい。
ところで御社ではオプション審査を依頼しませんでしたね」
星山社長
「オプション審査とは何でしょうか?」
柴田審査員
「正式な審査の前に、文書や運用が規格適合かどうかを事前に点検し、不具合があれば指導することです」
当時は正式な審査の前にコンサル的な審査を実施するところが多かった。まもなくそれはコンサル行為だと言われて禁止になった。禁止されるまで、審査を受ける企業は不適合を出したくなく、審査機関としては売上になるので、双方の利害が一致して盛んに行われていた。
星山社長
「そういうことは存じませんでした。そのオプション審査というものを受けないとまずいのですか?」
柴田審査員
「受けなければならないということはありませんが、もし御社が受けていればこのような問題は起きなかったと思いますよ」
宮下審査員
「柴田リーダー、次に進みませんか。問題が山積ですから・・」
柴田審査員
「おお、そうだったな。宮下君、個別の問題について説明してくれんか」
宮下審査員
「それじゃ環境方針の個別論に入ります。
御社の環境マニュアルでは環境方針の周知について、『各職制は会社方針の部門に関わる事項について、所属員に説明し理解させ実行させるよう努める』とあります。これで周知したことになるのでしょうか? 我々はこれでは規格を満たさないと考えます」
武田
「規格の周知は日本語で一般的に使われている周知の意味ではありません。英語原文ではコミュニケートです。コミュニケートとは英英辞典では『to make someone understand an emotion or idea』となっています。つまり『感情や考えを理解させる』ことです。
当社で方針を教え実施させているのは、原文の意図そのものだと思いますが」
宮下審査員
「そうじゃないんだなあ〜、もっと具体的で目に見える方法、例えば方針を印刷したカードを配るとか、工場の要所々々に掲示するとかあると思いますよ」
武田
「そうすることが周知になるのでしょうか。また方針といってもいくつものテーマがあります。しかし多くの従業員はその全部には関わりません。大抵は1項目か2項目、多くても3項目でしょう。担当しないことまで覚えてもしょうがないし、担当することについても文字面だけ覚えても意味がありません。
例えば省エネといっても、エネルギー管理部門の人、製造現場の人、事務所の人、パートの人、みな役割が違い、することも責任も異なります。方針カードを配って『省エネに努めます』という言葉を暗記させるよりも、あなたは蒸気配管のロスをなくすよう努めなさい、あなたは使っていない部屋は消灯しなさい、エアコンの温度はこまめに調整しなさい、あなたは製品輸送のコスト削減をしなさいというふうに展開しなければなりません。
現場に方針を掲げるというお話ですが、それによって省エネが進むことはないでしょう」
宮下は自分の意見が、若造に見えた武田に跳ね返されて赤面した。誰だって武田のいう通りだと思う。
宮下審査員
「すると審査において、周知されているかどうかどのように確認するのかね?」
武田
「審査方法について私が意見を述べるとは思っていませんでした。
そうですねえ〜、まず『方針カードを持っているか?』という質問では、方針カードを持っているか否かを知ることができますが、方針が周知されているかどうかを調べることはできません。
同じく工場の壁に方針が掲示されていても、それは掲示されていることを確認しただけであって、方針が周知されているかを確認したわけではありません。
では従業員を捕まえて『方針を言ってみろと』というのは方針を覚えていることを確認することであって、方針が周知されているかどうかを調べることではありません」
宮下審査員
「いや方針を覚えていることを確認するだけでなく、あなたが先ほど言ったように理解しているかどうか確認できるはずだ」
武田
「違いますよ。『社員は省エネに努めること』という方針の文言そのままの回答があったとしても、その人の立場で何をしなければならないかを理解しているとは言えません。ということは周知されていないわけです。
私が言うのもなんですが、方針が周知されているかどうかを審査するには、その人の職務と何をしているのかを聞いて、それが環境方針に沿っているかどうか判断しなければならないのです」
宮下は隣の柴田と小声で話し合う。
宮下審査員
「それでは次に進みます。環境側面ですが、著しい環境側面の決定方法がまったく規格要求を満たしません。これは重大な不適合です」
オロチ側の人は全員黙っている。
宮下審査員
「では重大な不適合ということでよろしいですね」
星山社長
「すまないが、どの要求事項を満たしていないのか教えてもらえんかね」
宮下審査員
「まず点数で評価していません」
星山社長
「武田課長、審査員が環境側面は点数で評価しなければならないという。そうなのか?」
武田
「ええと、環境側面の決定については規格で方法を指定していません。そこでは『手順を確立して維持すること』を要求しているだけです。宮下さん、点数で行えとどこに書いてありますか?」
ここで武田は「宮下さん」と呼んでいるが、1997年当時、審査員をさん付けで呼ぶことはまれであったし、さん付けで呼ばれた審査員は「先生と呼んでほしい」とか、それまでいかなくても「審査員と呼んでください」というのは普通だった。私は経験がないが「さんづけ」で呼ばれても返事をしない人もいたとか。
なお、そういうのはIO9001の時はあまり聞かなかった。ISO9001の審査員よりもISO14001の審査員の方が偉かったのかもしれない(皮肉だよ)。
柴田審査員
「点数でなければ客観性がないだろう。ええと(柴田は机の上に並べている名刺を手に取り)、武田課長さんが判定したのと、他の人が判定したのが異なるのは手順が確立していないということだ」
武田
「そういう意味なら、当社の著しい環境側面の決定手順では誰が行っても同じ結果になりますよ。点数法なんかよりもはるかに客観的でしょう」

環境側面事故苦情の恐れ法規制に該当社長方針著しい環境側面
電気の使用
水の使用
紙の使用
廃棄物
プレス機械
コンプレッサー
材料 生鋼板
材料 ジンク鋼板
材料 ラミネート鋼板
輸送
・・・・・
注:法規制の該非は届出とか行政報告の必要性など閾値を定める必要がある。
例えば危険物なら指定数量以上とするとか、電気なら第二種指定工場以上とかと決めておかなければ客観的判定はできない。

武田
「この表で該非判定が人によって異なるとは思えません」
宮下審査員
「点数でなければ大小関係が分らないだろう。それになんだこれは、使用量さえも記載していないじゃないか。14004を読んでないのか」
武田
「著しい環境側面に順位を付けろとか、大小関係がなければならないと規格に書いてありません。それから14004は審査の対象外だろうと思います」
柴田審査員
「大小関係が分らなくては、目的に取り上げるときの選定に支障があるだろう」
武田
「環境側面から環境目的を選ぶわけではありません」
柴田審査員
「著しい環境側面から環境目的を選ぶということも分ってないのか、重症だなこれは」
「著しい環境側面から環境目的を選ぶ」と語る審査員は多いが、いったい規格のどこに書いてあるのか、いまだに私はわからない。審査員の頭の中にある要求事項で不適合が出されたのではたまったものではない 
宮下審査員
「とにかく御社の方式は客観性がないから不適合です」
武田
「いくら規格を読み直しても客観的という言葉がみつかりません。著しい環境側面の決定方法は客観的であることという要求事項はどこにあるのですか?」
柴田審査員
「当社に講習会では点数を付けて客観的な評価方法を教えている。それを受講すればよかったですな」
武田
「お宅が教えている方法以外はダメということでしょうか。その方法が唯一であるという根拠を知りたいです」
柴田審査員
「唯一とは言っていない。客観的なものでないとならないということだ」
武田
「ですから客観的なものでないとダメという根拠を示してください。そして当社の方法が客観的でないという理由も知りたいです」
宮下審査員
「そういった問題だけでなく、御社では通勤の側面を抽出していませんね」
武田
「はあ? 通勤は環境側面なのですか。いや環境側面でしょうけど、会社は管理できないし、影響を及ぼすこともできませんよ。影響といってもせいぜい通勤費支給の条件を付けるくらいでしょうけど、それだって限界があります」
宮下審査員
「困りましたね、UKASというのをご存じでしょう。UKASが通勤を環境側面に含めないと認証してはいけないと我々に要求しているのです」
これに限らずUKASの指示であるという言い方をした審査員は多かった。まさか我々下々の民百姓がUKASに問合せしようとは考えなかったのだろう。これは認証機関の虚偽の説明ではないだろか 笑
武田
「UKASが認証機関に必要だと指示しているのを、我々はどのようにすれば知ることができるのですか。我々の調査不足と言われても困りますね」
宮下審査員
「ウチの研修を受ければよかったですね。とりあえず、ここは問題であるということにして次に進みましょう。
御社の環境目的は完了までの期間が1年のものや2年のものがあります。環境目的は3年以上の期間がなければならないのです」
武田
「環境目的が3年というのはどこに書いてあるのでしょうか?」
宮下審査員
「書いてあるとか書いてないという問題じゃないでしょう。環境目的とは長期の目標なのです」
武田
「環境目的が長期の目標であるとどこに書いてあるのでしょうか?」
宮下審査員
「いやになっちゃうなあ、いったい御社ではISO規格を理解しているのですか! 真面目に審査を受けてください」
星山社長
「ちょっと待ってください。わしから言わせると真面目に審査をしてほしいのだが。我々もISOについて素人じゃない。もう5年も前、お宅の会社ができる前にISO9001を認証している。だから規格の読み方については十分理解しているつもりだ。
規格文言にあることはちゃんとしているつもりだが、点数で環境側面を決めろとか、目的が3年などとは規格に書いてないようだ」
柴田審査員
「話の一致点を見いだせないようだ。とりあえず我々は問題を提起する。なおISO規格では審査側の結論に組織側が同意できない場合、主任審査員が決定できるとなっているのはご存じでしょう」
星山社長
「いや、存じていない。まあ、ここでひっかかってもしょうがない。どんどん問題をあげてください」
とんでもない数の不適合が出された。柴田も宮下も口頭で言うだけだったが、佐田がメモったのをあとで数えると30数件あった。環境方針だけでも『枠組み』『継続的改善』などの規格文言がないということで、4件も不適合が出された。

ターレ 昼飯の後に現場巡回をする。
工場の現場は、佐田がいた頃よりもはるかにきれいになっていた。不要な機械も物もない。床置きしているものなどない。柴田と宮下も製造現場では、なにもケチを付けなかった。

危険物保管庫に行く。
宮下審査員
「ここには何があるのですか?」
武田
「一部の部品に塗装をしています。それとスクリーン印刷、俗にシルクというやつですね、それをしていますのでインクとか溶剤を保管しています」
武田がカギを開けてドアを開ける。宮下がのけぞった。
宮下審査員
「うわー臭い」
武田
「一部ここで調合をしていますので若干は臭いますね。でも年に二度、業者に依頼して環境測定をしてますが、トルエンもキシレンもせいぜい5ppmくらいですよ。そりゃ慣れてない人は臭いかもしれませんが法規制よりはるかに低い濃度です」
法で管理濃度は20ppmであるが、ちゃんと排気をしている塗装作業では10ppmを超えることはまずない。とはいえ、塗装と無縁の人は5ppmでも、いや3ppmでも「臭い!」と思うだろう。私が塗装をしていた1970年頃、トルエンの管理濃度は100ppmで現場が20ppmくらいはどってことなかった。そのおかげで有機溶剤にマヒして酒が強くなったと思う。
宮下審査員
「しかし臭いな」
柴田審査員
「この排気ファンは常時回っているのか?」
武田
「照明を点けると回り、消すと止まるようになっています」
柴田審査員
「それがいかん。照明を切っても排気ファンは回り続けるようにせんとならんのだ」
武田
「それは何に決まっているのでしょうか?」
柴田審査員
「そんなことも知らんのか、御社では法規制を調べていないんじゃないか。ともかくこれは問題と・・」

廃棄物置き場である。
柴田審査員
「どんな廃棄物があるのかな?」
設備係長
「金属屑は売却です。プラスチック類はほとんどは産廃になります。一部のお客さんから支給されているプレス部品に取り付けるプラスチック部品については、残材とか不良はお客さんが持ち帰り廃棄物処理しています」
宮下審査員
「廃棄物なのに廃棄物業者以外が引き取るのは違法じゃないのか。それともお客さんが廃棄物処理業者の許可を持っているのだろうか?」
設備係長
「まさか、それはないでしょうねえ」
宮下審査員
「それじゃこれは廃棄物処理法違反の疑いがあると・・」
工場巡回が終わると法規制の調査と目的目標の審査であった。
ここでも目的の環境マネジメントプログラムがないことが問題となった。宮下氏によると環境目的の環境マネジメントプログラムと、環境目標の環境マネジメントプログラムが必要だという。
武田は環境目的を展開したものが環境目標であり、更にそれを実現するために具体化したものが環境マネジメントプログラムなのだと主張したが、当然のごとく審査員二人はその考えを否定した。

審査が終わっても審査員はずっと残っている。武田は早いところ内部の打ち合わせをしたいので柴田審査員にたずねた。
武田
「本日の予定は終了かと思いますが、何かご用でしょうか?」
柴田審査員
「審査が終わってから酒席のご用意があるのかと思いまして・・」
武田
「はあ、特に考えておりませんでしたが」
それを聞いて、二人はそそくさと隣町のホテルに帰っていった。星山は脇でその話を聞いていた。
審査が終わったとき「場所はどこですか?」と聞かれたことがある。もちろん宴席の場所はどこかということだ。そして翌日「昨日のところと同じですか?」とも聞かれた。毎日おもてなしがあると考えていたらしい。水戸黄門に出てくる悪代官並みである。残念ながら当時私が勤めていた会社はそれほどお金を持っていなかった。

星山社長、武田課長、設備係長、そして佐田、片岡、佐々木の6人が集まった。
設備係長 武田 星山社長 佐田 佐々木 片岡
設備係長 武田課長 星山社長 佐田 佐々木 片岡
星山社長
「佐田さんや、わしゃ呆れたぞ💢 審査も審査だが、酒を飲ませろだと。わしは接待が悪だとは思わんが、それを期待するなら、こちらが喜んで接待するくらいの審査をすべきだろうが」
武田
「社長、こらえて、こらえて」
佐田
「まず社長はじめ皆さんにご迷惑をおかけしたことをお詫びします。ナガスネにどんどん不適合を出してもらいたかったのです。もちろん対策については、我々3人が全力で支援します。では今から対策を打ち合わせましょう。明日の夕方には全部拒否して適合判定をもらうつもりです」
佐田はコピーボードをひっぱってきた。
佐田
「問題はいくつもありますが、カテゴリーを分けるとこんなものでしょうかねえ?」
佐田はコピーボードにメモを見ながら書き出した。

片岡
「それじゃ一番目については私がUKASに問い合わせましょう」
武田
「ええ、そんなことできるのですか?」
片岡
「別驚くことはないだろう。メール出しゃいいだけだ。パソコンを貸してください。私のメールアドレスで出しますから」
片岡はカチャカチャとキーボードを打つ。以前はパソコンが苦手だと言っていたが、審査報告書をワープロで作ると聞いてから練習してブラインドタッチができるようになった。英語の方は元から得意らしい。
片岡
「すぐに返事が来るといいですね。幸いイギリスは地球の反対側で時差があるから一日稼げる。期待しよう」
佐田
「規格解釈については、私たちが考えてもどうしようもない。明日朝になったらいくつかの認証機関に問い合わせて確認しましょう」
佐々木
「佐田君は審査に立ち会わなければならないから、私が電話をかけまくるよ」
佐田
「すみません。それじゃ2番目の全項目をお願いします」
武田
「法規制については我々がやらないといけないな。設備係長、悪いけど明日朝礼をしたら消防署に行ってくれないか?」
浅川取締役
浅川取締役
浅川取締役

「いや私が行って来よう。設備係長は審査にいなくちゃいけないだろう」


いつの間にか浅川取締役が隅に座っていた。
武田
「ありがとうございます。では最後の残部品や不良品の返却についてはどうしましょうか?」
浅川取締役
「それは営業課長に調べてもらおう。俺から指示するよ。そういうことは契約書に書いてあるものだ。消防署は10時まで、客先返却についても午前中には判明するだろう」
片岡
「UKASの件は相手次第ですが、向こうはこちらと9時間の時差があるから、イギリスではちょうど今始業時だろう。その日のうちに返事をしてくれれば、明日の朝にはメールが来ているはずです」
佐々木
「私の方は相手次第ですが、まあ2時間あればだいたい見当はつくでしょう」
星山社長
「よし、明日は決戦だ。絶対に退却したり恐れ入りましたなんて言うんじゃない。エイエイオウ」
浅川、片岡、佐々木の年配組が「エイエイオウ」と静かに応じた。ものの本によると殿の声に静かに応えるのが正しく、こぶしを振り上げて大声で叫ぶものではない。
武田
「エイエイオウってなんですか?」
設備係長
「勝ちどきですよ」
武田
「はあ、勝ったときということですか」
星山社長
「こいつは、もういいわ」


翌朝は文書管理とかコミュニケーションなど各項番が審査された。そういったことはお互いの規格の理解が一致していたからか、それとも柴田、宮下両審査員がオロチの状況に呆れたのか、不適合とは口にしなかった。
審査は武田と設備係長が対応した。佐田もずっと立ち会っていた。星山社長は審査に呆れたのか、管理責任者ではあるが、武田に任せると言って社長室に閉じこもった。
予定では2時から3時まで審査員の打ち合わせで、3時の休憩後に指摘事項の説明をすることになっていた。

片岡がパソコンをみるとUKASから返事が来ている。どういう回答かと恐る恐るメールを開く。直訳すると次のような文章であった。

注:これは1998年、実際にUKASに問い合わせたときの回答である。まだボケてはいないので要旨は覚えている。

片岡はそれを読んでニヤリとした。とりあえずは一件落着だ。もっともトラブルは一件ではなくたくさんあるのだが・・・
片岡はほっとして、ふたつみっつ隣の机で電話をかけ続けている佐々木をながめた。
佐々木の様子を見るとそれほど深刻そうではない。佐々木の顔色を見て、そちらも妥当な回答が得られたのではないかと推察する。

10時過ぎに浅川取締役が戻ってきた。営業課長も顔を出した。それで4人がコピーボードのそばに集まった。コピーボードには昨日書いた文字がそのまま残っていた。
浅川取締役
「懸案事項の調査結果をまとめたい。私が司会進行をしましょう。
まず1番目のUKASが言ったという件ですが、どうなりましたか?」
片岡
「返事がありました」
そこで片岡は言葉を切った。みんなはどうなったのかと片岡を見つめる。
片岡
「UKASは通勤を環境側面に含めろと指示していないとの回答でした。ただ担当者のコメントでしたが、企業によって通勤を管理したり影響を与えることができるなら、それを管理しなければならないだろうとも書いてありました」
みんながアと声を出した。
浅川取締役
「片岡さん、ありがとうございます。とはいえ通勤を管理できる場合があるとは、ちょっと思いつかないが・・」
片岡
「横浜か川崎にある会社では、その工場に通勤するための専用のJR駅があるとテレビで見たことがある。あそこは電車以外に通勤の手立てがないから、通勤を管理はともかく影響を与えることはできるだろう。例えばダイヤの見直しとか客車の構造などについて、JRに要請することなどできるんじゃないかな」
佐々木
「神戸にもそんな通勤専用の路線があったと思う。その路線の客車には以前は座席がなく、みな吊革につかまっていたそうだ。もっとも最近は車両に座席がついて座れるようになったらしい」
片岡
「ひょっとするとですが、座席がついたのは環境側面への影響結果かもしれませんね アハハハ」
浅川取締役
「なるほど、そういうケースもあるのですか。ともかくUKASの要求はないということでこの件は拒否しましょう。
では佐々木さん、規格解釈についてはどうだったでしょうか?」
佐々木がコピーボードの前に立つ。
佐々木
「外資系の有力なB社とL社、先日ウケイが審査を受けたBB社、そして国内大手のツクヨミ、その他国内系2社に問い合わせしましたが、最後の2社からは明確な回答が得られませんでした。ともかく4社の回答状況はこんな風でした」

佐々木はコピーボードのシートを回して新しい画面を出して、そこにマス目を作って問合せ結果を書き込む。
指摘事項B社L社BB社ツクヨミ品質保証機構
方針に規格文言を盛り込む必要性そのような要求はないそのような要求はないそのような要求はないそのような要求はない
方針の周知について当社の方法でよい当社の方法でよい当社の方法でなければならない己が担当することだけでなく、方針全体の周知が必要である
環境目的が3年でなければならないことそのような要求はない長期の目的も短期の目的もあるだろう期間についてはさまざまだろう環境目標よりも長期であること
環境マネジメントプログラムが二つ必要であるひとつでよいひとつでよい。
ISO14004に説明が書いてあるので読むこと
ひとつでよい目的と目標双方を達成するものであれば一つで良い
環境側面の決定方法
客観的でなければならない
点数法でなければならない
客観的という要求はない
どんな方法でも良い
客観的という要求はない
どんな方法でも良い
客観的という要求はない客観的という要求はないが、誰がしても同じ結果が出ることが必要である
点数法でなくても良いが点数法がより客観的であろう
この表は私が適当に考えて書いたのではない。当時、あちこちの認証機関に電話して聞いたことを思い出して書いた。
なお、規格解釈についての質問なら、ほとんどの認証機関は丁寧に教えてくれる。もし教えてくれないような認証機関があれば(実際にあるが)、相当にレベルが低いのだろう。

佐々木
「ツクヨミは腰が引けていますね。『目的と目標双方を達成するものであれば一つで良い』ということは、そうでなければ二つ欲しいということで、規格を理解していないのがミエミエです」
浅川取締役
「確かに。ナガスネと同じレベルか」
片岡
「回答がなかったという認証機関は、規格の理解に自信がなかったんじゃないかなあ」
浅川取締役
「ともかく世の中の大勢はわかった。柴田、宮下の両先生に説明するときはこれらを適当に脚色して説明しよう」
片岡
「浅川取締役、消防署はいかがだったでしょうか?」
浅川取締役
「イヤハヤ、お叱りを受けちゃったよ」
みんなは浅川取締役の言葉を聞いて、ざわめいた。
片岡
「なにかまずいことがあったのでしょうか?」
浅川取締役
「いやいや、そうじゃなくて、その反対だよ。 私は知らなかったのだけど、危険物取扱所や保管庫を設置するときは、建物の図面などをそえて申請するらしい。それを消防署が審査してよければ設置許可を出す。許可を受けて建築した後に消防署の完成検査を受け、それに合格してやっと使用できることになるらしい。実際にはもっと煩雑らしいが」
みんなは黙って聞いていた。
浅川取締役
「そのようにして作られた施設を、ISO審査員風情が不適切と言うとはなにごとだというわけさ」
佐々木
「ということは改造はできないということですか」
浅川取締役
「改造禁止はもちろんだけど、そんなことも知らずにISO審査をしているのはとんでもないことだと、私がお叱りを受けてしまったよ、アハハハハ」
みながワイワイやっているのを聞いて、星山社長が社長室から出てきた。
星山社長 「お前たちこんなところに集まってのんきにしているとは何事だ、佐田と武田に任せておいていいのか
浅川取締役
「社長、昨日審査員から出された指摘事項について対策はほぼ決まりです」
片岡
「浅川取締役、まだ営業課長の報告が残っていますよ」
みなが営業課長を見つめる。
営業課長
「いえいえ、そんなご心配なく。例のものは白兎電気からの注文なのです。白兎に問い合わせましたら、プラスチック部品の材料が特殊なもので、外に出したくないために残材と不良を引き取っているとのことです。
それはともかく問い合わせたら私も厳しく言われちゃいました。契約書を読めって、
契約書では先方が無償支給した材料を、当社が加工と組み立てをして、製品も残材も不良もすべて白兎に納めることになっています。要するに不良であろうと余りであろうと、所有権は白兎電気にあります。廃棄物処理法では廃棄物の処理をする責任は所有者にあるそうです。ですから白兎電気が残材を引き取って処理するのは法律のとおりなのです。もし当社が廃棄物業者に委託していたら当社も白兎も捕まりますわ」

廃棄物処理責任を負うのは、正確には所有者ではなく占有者である。だが普通、所有者以外が占有者とみなされることはほとんどない。
浅川取締役
「じゃあもう悩みごとはなしか」
片岡
「浅川取締役、安心召されるな。今頃は昨日にまして不適合が山積みになっているんじゃないですか」
片岡がそういうのを聞いてみな大笑いした。もう審査員を飲んでかかっているようだ。
星山社長
「浅川君」
浅川取締役
「ハイ、なんでしょうか?」
星山社長
「わしは品質管理責任者とか環境管理責任者という役目にもう飽きた。この審査が終わったら君が両方を担当してくれ。この場の様子を見ると大丈夫だろう」
ほどなく昼のチャイムが鳴り、二つ隣の部屋から佐田と武田課長が戻ってきた。二人はさっぱりとした顔をしている。
浅川取締役
「武田課長、午前の部はどうだったのかな?」
武田
「連中も不適合を出すのに飽きたのか、それとも当社が完璧なのかなにもありませんでした」
佐田
「想像ですが、彼らは側面の決定方法とか、文書や記録の書面上のことは細かくみているようですが、実際の工場を見て問題を見つけたり、運用が良いか悪いかが分らないのではないでしょうか、そんな気がしますね」
片岡
「僕らが審査員になると、そういう審査しかできないだろうね。実務経験がなければ、何かがおかしいと気が付くことはないんじゃないかなあ〜」
佐々木
「確かに私も環境側面の決定方法をチェックするとか方針の文章にアラを見つけるしか能がなさそうだ。そういうことなら、誰にだってできるからね」
浅川取締役
「午後はあと1時間審査があるのだな」
武田
「大丈夫ですよ。実を言ってもう見るところは全部見てしまいました。予定よりも早く進んでいます」
電話 そのとき電話が鳴った。
浅川が受話器をとり、「社長にです」と言う。
星山が受話器をもって二言三言話すと電話を切った。
星山社長
「もう審査は完了したという。連中は午後1時からまとめにはいり2時半から打ち合わせたいという。みんな昼飯を食ってゆっくりしてくれ。10分前にここに集まってくれ。全員でいこう。営業課長も来るんだぞ。
浅川君、さっきの話では昨日の指摘は大丈夫とのことだが、悪いが佐田と武田それに私に説明してほしい」


2時半に全員が集合した。
柴田審査員
「審査結果がまとまりましたので、ここで概要を説明します。参加者がクロージングと同じようですから説明が完了して同意が頂ければ終了としたいと思います。では宮下君はじめてくれ」
宮下審査員
「重大な不適合がたくさんありました。では説明していきたいと思います。
まず環境方針です。規格にある語句が方針に盛り込まれていません。これが第一の不適合です。昨日は一個一個の語句の不足をそれぞれ不適合としていましたが、当方の打ち合わせ結果、合わせて1件の不適合とします」
星山がすぐに口をはさんだ。
星山社長
「当方で検討した結果、それを拒否します」
宮下審査員
「はあ!? 私どもの決定を拒否などできませんよ」
星山社長
「浅川取締役の方から説明します」
浅川取締役
「私どもがいくら規格を読んでその結果を申し上げても審査員を説得できないと思いまして、他の認証機関に問い合わせました。4社に問い合わせました結果、どこも方針に規格文言を盛込めという要求はないという回答でした。方針には規格文言で示している内容を盛込めばよろしいそうです。よって私どもは規格の文言を方針に盛り込めというのはナガスネさんの独自の考えであるとして不適合ではないと考えます」
柴田と宮下は顔を見合わせた。
しばしの後、柴田は口を開いた。
柴田審査員
「仮に当認証機関の独自の解釈であっても、我々は必要であると考えており、それを満たさないことは不適合であると判定します」
浅川は佐田から聞いていたことを言う。
浅川取締役
「ISO審査はISO規格だけでなく、IAFの基準類、JABの基準類が積み重なって行われることは存じております。そして必要なら認証機関が独自の基準あるいは要求を定めても良いとあります」
柴田審査員柴田はニコニコしてうなずく。
浅川取締役
「しかしその場合、その認証機関はその独自要求を文書にして、関係者がその文書にアクセスできるようにしておかなければならないそうです。罪刑法定主義を持ち出すまでもなく、そのようなことは理屈から言ってあたりまえです。
しかしながら御社の場合、そのような独自要求事項があることを当社との契約書に記載しておりませんし、契約に当たってそういった書面を頂いておりません。またホームページも拝見しましたが、御社独自の解釈を掲載していません。よって一方的に御社独自の要求事項を追加することは契約違反になります。
つまりISO規格及び審査契約にない事項を持ち出して不適合であるという主張ですから、これはISO審査の問題ではなく、民法上の契約の問題でして弁護士と相談して対応したいと考えます」
柴田はそれを聞いて顔色を変えた。しばし沈黙の後、
柴田審査員
「我々は御社のEMSを一層よくするための改善を指導しているつもりだ。御社がそのようなお考えとは驚いた」
浅川取締役
「論点が異なるようです。そもそも審査とはISO規格への適合を確認するものであって、企業の改善指導をすることではないのではありませんか。
今の柴田審査員のお話でも一層の改善とおっしゃっていましたので、現状が悪いということでもないようです。この宮下審査員が提起しました環境方針についての件は、不適合ではないということでよろしいですね」
柴田審査員
「宮下君、次にいけ」
宮下審査員
「ハイ、では次は環境方針が周知されていないことですが・・」
浅川取締役
「めんどうですから、それ以上おっしゃることはありません。それも拒否します。その理由は先ほどと同様に他の認証機関問合せ結果から・・」
柴田審査員
「宮下君、次」
宮下審査員
「環境目的が3年でないことが・・」
浅川取締役
「それと環境マネジメントプログラムが二つ欲しいということと、まとめて片付けましょう。環境目的の原語はobjectiveで、本来の意味は日本語の目標です。じゃあ環境目標はなにかとなりますと原語はtargetで、日本語訳がちょっとというか多いに不適当なのです。ターゲットとは本来、目安とか狙いどころという意味ですよね。ひらたくというか正しく訳せば、企業は環境改善テーマを決めて、その目標(objective)を決めなさい、そしてその目標達成のために途中の目標値(target)を決めなさいということです。目的に3年という意味合いはまったくありません。同様に目標が1年などということもありません。目的がひとつでも目標はいくつも考えられます。例えば、毎月、毎週、毎日の目標があるでしょうね。売上や作業改善やライン不良率を考えたらわかるでしょう。目標(target)はひとつじゃないんです。
また、目標達成のための計画書は必要ですが、途中の目標を達成するための計画が必要ということもありません。二つ作っても不適合ではないでしょうけど、下手するとその二つの間に矛盾が起きるかもしれませんね。
こういったことはISO14004:1996に説明が書いてありました。ぜひお読みください」

残念ながらこの応酬は事実ではない。私はこの指摘をされたのち、すぐに某ISO-TC委員に問い合わせて「環境目的と環境目標用のふたつの環境マネジメントプログラムは必要ではない」というご返事をいただいた。また外資系の大手認証機関2社に問い合わせたところ、丁寧な回答をしていただいた。その1社はISO14004に説明があることを教えてくれた。そして翌日その審査員にそれらを説明し、不適合でないと申し上げた。
しかしその審査員は少しもあわてず「それは間違いです。私が言うことが正しいです」と語った。
国際会議で議論しているISO-TC委員よりも、ISO規格に詳しい審査員がいるとは日本も捨てたもんじゃない、と私が思うわけがない。私にできることは、後日その認証機関に文句を言うことだけであった。そしてそのナガスネのモデルとなった認証機関のナントカ部長は「フニャラフニャラ」と言い訳して決して非を認めようとはしなかった。そんな認証機関なら鞍替えすればいいのにと思われるでしょうけど、業界団体が設立した認証機関なので(以下略)
ところで2005年頃だが、ISO14001審査員登録機関(CEAR)が発行している「CEAR」という季刊誌に、Tさんという指導的立場にいた審査員が「環境マネジメントプログラムはふたつ必要である」という解説を書いていた。私はCEARに抗議したし、JABにも他の認証機関にも指導というか抗議してほしいと要請した。その結果、CEAR誌の次号には言い訳が載っていたが、間違いであるとは認めなかった。あのときTさんが「間違いでした」と言えば、日本のISOはまだ救われていたかもしれない。
救われない人は地獄に堕ちるしかない
私はこんなウェブサイトでクダを巻いているだけでなく、認証機関にもCEARにもJABにでも問い合わせも抗議もしていた。残念ながら講義はしたことはない。正直言って、連中を指導したかった。

浅川取締役
「そういうことでよろしいでしょうか。それともナガスネさんは他の認証機関と見解が異なるというならば、先ほどの独自基準ということにもどりますが・・」
柴田審査員
「宮下君、次」
宮下審査員
「環境側面の決定方法ですが・・」
浅川取締役
「これも拒否します。点数でなければならないという根拠はありません」
宮下審査員
「環境側面に通勤がないこと。これはUKASが要求しているものであり、絶対に取り消すことはできません」
浅川取締役
「私どもは昨日審査が終わってからUKASに問い合わせました」
浅川は一旦話を止めた。柴田と宮下は顔を見合わせた。
浅川取締役
「本日回答のメールがありまして、そのようなことを認証機関に指示していないとのことでした。証拠物件としてメールのコピーを提示します」

この応酬はまったくの事実である。そのときの審査員の顔を見せてやりたい。そのときの審査員様はさすがにケチのつけようがなかったようで「そうでしたか、では不適合ではありません」と言った。
だが、そのときの私は「審査不適合」と叫ぶ機転は回らなかった。これは明確に審査員が事実と異なることを語ったわけであり、異議申し立てに該当するだろう。いやISO審査の問題ではなく、民法の信義則違反じゃないか もっともそんなことに目くじらを立てていたら、異議申し立てだらけになってしまうか・・
それ以降の審査でもUKASが通勤を要求しているということが言われ続けたのをみると、そのときわび状でもとっておけばよかったかもしれない。まさかわび状があれば、その認証機関は以降アホなことを語ることはなかっただろう。私も反省する。

浅川はメールをプリントした紙を柴田にさしだした。柴田はそれを取り上げて読んだ後
柴田審査員
「宮下君、次」という。
浅川取締役
「UKASが指示したということは事実誤認であったわけですが、それについてはいかがなのでしょうか?」
柴田も宮下もそれに応えず次に進めた。浅川取締役もそれ以上柴田たちを追い詰めることはしなかった。
宮下審査員
「法に関わる不適合ですが、まず危険物貯蔵所の臭気対策が必要です」
浅川取締役
「本日朝、当市の消防署に相談に行ってまいりました。その結果、消防法や施行令、規則に従って適正な施設であるという回答を頂きました。また消防署が審査して許可した施設を、ISO審査員が改善を指示することは認められないとの回答でした。更にそのようなことも知らないで審査が行われたことにお叱りを受けてしまいました」

過去にこれと全く同じやり取りをした経験がある。現実はこの物語と違い、審査員は自分の主張を取り消さなかった。我々はやむなく後日、「消防署に内緒で審査員の主張通りの改造を行った」という是正処置を出して、承認してもらった。もっとも実際に改造を行ったかどうか記憶は定かではない。あるいは改造しなかったのかもしれない。とすると虚偽の説明の始まりだったのだろうか 
翌年ですか?、その審査員様もやってきましたが、連中は危険物貯蔵所に近寄りませんでしたね。身の危険を感じたのかもしれません。
ところでISO14001:2004の序文には「規格の意図は遵法と事故の予防である」と書いてあるが、ISO審査の意図は「違法と事故を起こすこと」であろうか・・(以下放送禁止)

柴田と宮下は顔を見合わせて
宮下審査員
「では不良部品を御社で処理せずに客先に送り返していた廃棄物処理法違反についてはいかがでしょうか」
浅川取締役
「客先との契約において、当社は材料を無償支給され加工と組み立てを行って、完成品と残材や抜きカスそれに不良品を返却することになっております。つまり当社に所在していても、その所有権は客先にあり、残材等を当社が廃棄することは廃棄物処理法違反になります。つきまして現行の処理状況が法に則っていることを確認しました」

これと同じやり取りも実際にあった。私はまったく架空のことを考えるほど想像力が豊かではないのだ。そのとき審査員は己の勘違いを認めようとせず、ああだこうだと言って肩を怒らせて去って行った。この審査員は廃棄物処理法を理解していなかったようだ。
法律を知らなくてもISO審査員はできるらしい!
おっと知らない人はいないと思いますが、参考までに説明しますと、加工を委託するとき、その材料の調達には、先方調達、有償支給、無償支給の形態があります。発注者にすれば、なるべくなら手間を省きたいので先方調達にしたいのですが、調達能力がないときは支給することになります。支給することになっても、棚卸とか仕損の処理などを考えると有償支給にした方が手離れがいいのですが、事情があれば無償支給することになります。発注者が部品の秘密保持のために部品や材料を無償支給することは、珍しくありません。

柴田と宮下はしばらくの間小声で話し合っていたが、その後しばし柴田は目をつぶって沈黙していた。
やがて眼を開けて
柴田審査員
「昨日今日と、審査のご対応ありがとうございました。審査の結果、御社が規格に適合していることを確認しましたので本社に帰りましたら認証するよう推薦することとします。以上でおわります」
二人は立ち上がり、宮下はすぐにタクシーを呼んでくれという。浅川は当時まだ珍しかった自前の携帯電話を取り出してタクシーを呼んだ。


二人の審査員がタクシーで帰ったのは、まだ3時を過ぎたばかりだった。今朝来たとき審査員たちは、クロージングでは大蛇のメンバーを見下してやるつもりだったのだろうが、残念な結末となった。
コーヒー 二人を見送った後、関係者は疲れて座っていると、事務の女性がコーヒーを持ってきてくれた。
浅川がコーヒーを飲みながら社長に声をかけた。
浅川取締役
「社長、とんでもない審査でしたね。これでもナガスネから認証を受けるつもりですか?」
星山社長
「まあ今更ナガスネを止めるから審査費用を返せとは言えんだろうし、改めて別の認証機関で審査を受けるのもめんどうだ。とりあえず1年間はナガスネの認証書を掲げておこう。来年は別の認証機関に鞍替えだな。わしはBB社が良いと思うが、」
浅川取締役
「そうですね、親会社がナガスネを使えと言っていることもあり、初回だけでもナガスネで認証すれば親会社に対しても面目もたつでしょう。1年経てば鞍替えしても誰も気が付きませんよ。
とはいえ気分が悪いですから、登録証がきたら、さかさまに掲げておきましょう」
星山社長
「それはいい」
切手をさかさまに貼るのはラブレターとか果たし状というけど、ISO審査登録証をさかさまに掲げると何かいいことがあるだろうか?
単なる嫌がらせか 
佐田
「星山社長を始め、浅川取締役、営業課長、武田君、設備係長には大変お世話になりました。今回の審査で、非常に多くの情報を得ることができ、大変参考になったことを感謝します」
星山社長
「佐田さんには今まで大変お世話になったが、もうこんなことはナシだぞ。バカバカしくてやってられんわ」
佐田は謝る代わりに、机を平手でドンドンと叩いて大声で笑った。
片岡
「しかしとんでもない審査でしたね」
佐々木
「柴田氏と宮下氏は不適合を全部否定されちゃいましたが、明日以降の審査では、彼らは方針に規格文言が必要とか、プログラムがふたつとか、点数法とかあるいは目的は3年なんてことは言わなくなるのでしょうか?」
片岡
「ナガスネには何十人と審査員がいるから徹底できないだろう?」
佐々木
「だってさ、柴田センセイは取締役審査部長っていったよね。だったら麾下れいかの審査員に対して、規格解釈や審査について指導・命令する立場じゃないか」
どうでもいい話
「れいか」には「麾下」と「隷下」があるので、どう違うのか調べた。「麾下」とは将軍の指揮下にある部隊や将兵のことで、佐官や尉官のときは「麾下」ではなく「指揮下」というそうです。「隷下」とは指揮官の階級に関わらず、命令を受ける者をいうそうです。


佐田
「どうでしょうねえ? 3月後に静岡素戔嗚と岐阜工場が審査を受けるのですが、そのときの審査員がどういうか、まったく予想がつきません」
片岡
「この認証機関に出向するのかと思うと・・・屠殺場とさつばにひかれる気持ちだよ」
星山社長
「片岡さん、そんな例えは武田課長にはわからんよ」

もっともっと、規格の誤解、判断違い、勘違いによる不適合はないのか?というご質問があるだろう。今回はそういった些事はおいといて・・・どうしようもないということに注力しました。
注力することもないと言われそうですが・・

なお、ここに取り上げた事例はすべて私が過去に経験したものです。今はどうなのでしょうか?
少なくても私が引退した2012年頃までは大した変りはありませんでしたね。審査員の方々は確固たる信念をお持ちなのでしょう。
もしこの文章を、ここに書いた素晴らしい不適合事例を出した審査員(複数)が読んだら、何を思うだろう?
ご不満、ご異議がありましたら、いつでもお申し出ください。期待しております。
ここに書かれたことを信じられないとか、聞いたことがないなんておっしゃる方がいらっしゃいましたなら、その方はISO14001に関わったことがないのでございましょう。

うそ800 本日の恨み言
日本のISO認証制度をダメにした要因のひとつに、業界団体設立の認証機関という問題がある。鉄鋼、自動車、電気、化学、防衛、ガス、建築、いやはや
業界団体設立の認証機関は業界傘下の企業を囲い込み、自由競争を阻止し、そして独自の規格解釈を押し付けてきたということは重大な問題だろう。
とはいえ、ISO認証の価値が地に落ちた今となっては、どうでもいいか 

うそ800 本日の反省
こんなバカバカしいことに2万字以上書いてしまった。反省!
ちなみに文庫本は9万字から15万字くらいと聞く。
このマネジメントシステム物語をまとめて文庫本のシリーズ物に・・・ナイナイ

うそ800 本日の蛇足
審査員のお名前がどこかで聞いたようなと思われたなら、それはあなたの勘違いでしょう。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2014/3/2)
UKASが通勤を環境側面に含めないと認証してはいけないと

変ですねー 鶏がUKSAにQuestionをしたときの回答は
「俺達の仕事は審査機関を認定することであって、個別の案件について何の役割も持っていないのでよろしく」
だったんですケド。それを要求しているのは何処の並行世界のUKASなんでしょうか(棒)

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。
鶏様と私が受けた回答は多少の違いはあっても矛盾はないかと思います。つまり認証機関に何も指示していないこと、UKASとして公式見解を示していないことです。
ちなみに某日本の認定審査員は認定審査で「有益な側面をチェックしていないのが問題である」とのたまわったと聞き及んでおります。ということは「俺たちの仕事は審査機関に規格解釈を指示することなのでよろしく」なのかもしれません。
お国柄がいろいろとあるのでしょう。


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