熊田部長 | 塩川課長 | 佐田 | 佐々木 |
「先日熊田部長から、当社の環境マネジメントシステムの改善を考えろという指示を受けましたので、その検討結果を報告します」
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熊田部長と塩川課長は既に資料をペラペラとめくって見ている。
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「おお、頼むよ」
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「まず結論をいいますと、当社あるいは当社グループの環境マネジメントシステムの改善というものはありえないということです」
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「ほう、大きく出たな」
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「当社あるいはグループの目的は何かと言えば、環境管理とか環境保護ではないからです。そもそも当社はなぜ存在するのかということを考えますと・・・起業の理念を実現するために企業があり、それを具体的に示すものは定款です。定款に書かれたことを粛々と実行し企業の理念を実現すること、それが基本的な使命です」
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「ま、青臭いけどそうに違いない」
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「事業を推進するために組織を作り、当社の場合は製造業ですから技術を保有し生産し販売する、これが当社の基本プロセスです」
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「当たり前だな」
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「そのプロセスを進めていくときに、さまざまな法的規制、社会的要請など企業を取り巻く環境の制約を受けます。そのために組織は基本的なプロセスだけでなく、そういうことに対応するために付帯的な機能を具備することになり、そのひとつが環境管理だということです」
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「それで?」
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「環境管理をするための仕組みを一般的に環境マネジメントシステムと呼んでいますが、この言葉あるいは概念に長い歴史があるわけではなくISO14001が世に出た1996年頃からの呼称です。それまでは公害防止とか廃棄物処理とかエネルギー管理とか行ってはいましたが、一括りにされてどうこうという発想はなかったようです。環境マネジメントという言葉はありましたが、それは公害防止の意味でした。 マネジメントシステムというものの定義もあやふやなのですが・・」 | |||
「定義はしっかりとあるじゃないのか?」
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「一般の辞書を、英英辞典ですが、を引いても、ほとんどがISO規格ではという表現でしかありません。英語でもマネジメントシステムという語はあまり普通使われていないようです。 ISO14001ではマネジメントシステムの定義がありませんが、ISO9000では『方針及び目標を定め、その目標を達成するためのシステム』となっています。
これを私なりに解釈すると、全体的なマネジメントシステムというのは確かにあります。それは当社の文化といいますか、会社規則をはじめとして明文化されたもの、そして暗黙知といいますか不文律も含めた全体ということになるでしょう。 しかし環境マネジメントシステムというものが存在するのかどうかとなると、私は存在しないように考えます」 | |||
「ほう?我々のしている仕事は不要とかそういうことか?」
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「そういう意味とは違います。会社規則を思い浮かべてください。会社規則はパイプファイルで2冊位になります。そこには総務、人事、経理、設計、知的財産、環境とかその他、社内の各部門の手順や権限が決めてあります。 そこで考えてほしいのですが、そこから環境マネジメントシステムをスパッと切りぬくことができるでしょうか? おっと、ここでは環境の規則だけ抜き取れるとかそういう意味ではありません。 会社のすべての仕事はジグソーパズルのように組み合わさり、過不足がないように作られているのです。」 | |||
「例えば、最近はリサイクルを推進するために、家電リサイクル法、容器包装リサイクル法、建設リサイクル法、食品リサイクル法などたくさん法律ができました。それらの法規制に対応するために、当社では各部門が行うことをこまかく展開して各業務を定めた規則の中に入れ込んでいます。このとき規則とか文書単位ではなく、その仕事がどのように実務の中で行われているかを考えてみてください。 家電リサイクル法をとりあげると、設計開発時に行うべきことは開発業務の中に、調達に関わること、製品と廃棄物になった後の流通を含めた業務の流れ、代理店や販売店の指導や監督すること、それらは関連する会社規則に展開されています。しかし『家電リサイクル法対応規則』なんてものはありません。開発や技術の規則、資材調達に関する規則、営業に関する規則、そういったものの中に展開されています。 そして先ほど言いましたがひとつの規則にまとまっているとかそういうことではありません。実際の業務を見ても、家電リサイクルに関する業務とまとめることはできないということです。 設計はものを開発するときの外部規制のひとつとしてリサイクル法を認識してそれに対応し、対応するだけでなく活用するためにいかに設計業務を行うかということを考えているでしょう。 資材調達においては設計で決めたものを買うだけでなく、それに関する情報収集もあるでしょうし、ああ言いたいことはリサイクルに関することは単独では存在せず調達業務のプロセスの中に要件とかチェック項目として入り込んでいるということです」 注:もちろん、会社によっては『家電リサイクル法対応規則』なんてものが存在しているところがあるかもしれない。しかしそのような法律ごとに切り分けでは実際の仕事をする上でとてもやりにくいだろう。つまり、あるものを廃棄しようとしたとき、家電リサイクル法に関わるのか、PCリサイクルなのか、フロン回収破壊法なのか、あるいはというようなことでは仕事にならないだろう。もし手順書が社員が読んで使うものであるならば、逆引きというか現実に即して記述されたものでなければ用をなさない。 もっとも、ISO規格項番対応で会社の規定を作っているところも多いようだが、はっきりいってそれはISO審査用のものであって、実務用ではないのだろう。 ご異議あれば大いに議論したい。 おっと、御社は家電メーカーで旧製品回収の手順書として『家電リサイクル法対応規則』を制定していましたか | |||
「環境に関する業務というのはそうだろうなあ。これは環境のためですなんて仕事があるとしたら異常だよ」
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「そうです。ですから環境マネジメントシステムというものが存在しているわけではありません。
つまり図に書くとこんな形で環境マネジメントシステムというものがあるのではない」
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佐田は立ち上がりホワイトボードに絵を描いた。 | |||
「ふーん、するとどういうことか?」
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「会社に包括的なマネジメントシステムがあるということは間違いないでしょう。少なくても体系化されたひとつのレギュレーションがあり、それによって支配されていることは間違いない」
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「支配か!まるで専制国家のようだな」
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「会社という組織は、国家よりも専制主義であることはいうまでもありません。間違っても民主主義でないことは明白です。会社法でいう社員とは出資者のこと、我々は社員ではなく使用人です。当然会社は社員のものであって、我々は労働を提供して賃金を得ているにすぎません」
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「うへー、なんかこ難しい話を始めたな」
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「いや課長が専制国家のようだとおっしゃったので、そうであることを説明しようとしただけです。会社は参画している人が平等の権利を持っているわけではありません。そしてそれは妥当なことです。それは各自が負っている責任が異なるからです。大金を投資している人と、月給をもらうために働いている人が同じ権利を持つわけがありません。 話を戻します。 会社は一つのマネジメントシステムですが、それは固まったひとつのものではなく、いくつもの主要なプロセスがあり、それを個々のマネジメントシステムといってもよいでしょう」 | |||
佐田は先ほど描いた絵の脇にもう一つの絵を描いた。 | |||
「おまえの言いたいことはわかったような気がする。つまり会社の包括的なマネジメントシステムの中に、いくつかのマネジメントシステムを考えることはできるが、環境マネジメントシステムというものを考えることはできないということだな?」
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「そうです。車というシステムを考えると、エンジンというサブシステム、トランスアクセル、ブレーキなどなどのサブシステムを考えることができます。そしてサブシステムだけで評価もできるでしょうし、サブシステムを入れ替えることもできるでしょう。しかし例えばワッシャーとかベアリングあるいはハーネスというものがたくさん使われていますが、そういうものをかき集めてもシステムとはいえません。環境のお仕事というのは、まさにそのようにパーツかユニットのようなものでシステムではないと考えます。 有害物質を含まないものを買う仕組み、廃棄物を適正な業者に依頼する仕組み、省エネ設計を行うための規格基準、そんなものをいくつかき集めてもシステムじゃありません」 | |||
「なるほどなあ〜」
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「CSRというのが最近はやりですが、CSRシステムなんてのもありえないでしょう。CSRとは思想とか行動様式であって、それを実務に展開したとき、一つのプロセスを構成するものじゃありません」
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「行動様式とは、すなわち文化だ。それこそが企業文化ということか」
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「おっしゃるとおり、 勘違いしないように、価値がないとかいっているのではありません。考え方としては重要であっても、会社の仕事としてひとつの業務プロセスとなるものではないということです。最近いわれている人権とかセクハラとかみな同じです。 さて私は環境も同じだと思います。環境に配慮した経営活動、つまり環境配慮した製品サービスを提供すること、事業活動において環境配慮すること、環境事故や騒音など社会に迷惑をかけないようにすることは当たり前です。しかし環境マネジメントシステムあるいは環境プロセスというものが存在するのかと考えると、ないというのが私の結論です」 | |||
「うーん、ちょっと待ってくれ。独立したプロセスでないというなら、環境以外だって完全に独立したプロセスはなく独立したマネジメントシステムなんて言えるものはなくなるぞ」
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「おっしゃる通りです。先ほど申しましたように、会社の業務はジグソーパズルのようにみな組み合わさって事業を推進しています。ですから完全に独立したプロセスとかエレメントなんてありません。 しかし営業を捉えてみれば、製品を宣伝して販売し回収するという流れは明らかに一つのプロセスであると言えるでしょう。でも環境管理部がしているものを全部集めても、一つのシステムだとは言えないでしょう。どうですかねえ〜」 | |||
「そう言われるとそんな気がするよ。しかしそうなるとISO14001規格の定義は間違っているし、ISO規格を作った人はそういうことを理解していなかったということになる」
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「私は他人がどう考えたかわかりません。日本人よりも西洋人はシステムってものを軽く考えているのかもしれません。何とも言えませんね」
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「ISO14001にいろいろと書いてあるなあ〜、ああせい、こうせいって。あげくに規格の冒頭には『環境マネジメントシステム−仕様及び利用の手引き』とあるが、それについてはどうなんだ?」
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「あれは環境マネジメントシステムではなく、会社の包括的なマネジメントシステムが具備すべき環境配慮の条件というべきでしょうね。環境マネジメントシステムというものが存在しないなら、具備しようにも具備できません」
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「佐田説によるとISO14001規格は間違いとなるわけだ」
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「思想の根幹が異なっても、実務レベルにおいては全く変わりがないこともあります。
良きキリスト教徒とよき仏教徒は根本思想が違いますが、汝の隣人を愛し、相手が望むことをしようとすることは同じでしょう。 ISO14001規格のタイトルは『環境マネジメントシステム−仕様及び利用の手引き』ですが、これを『組織のマネジメントシステムにおける環境に関する仕様及び利用の手引き』とでもすれば、本文はそのままでさしつかえないでしょうね」 | |||
熊田部長と塩川課長はしばし黙っていたが、
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「ええと、おれはお前に当社グループの環境マネジメントシステムの改善方向はどうあるべきかと頼んだわけだが、お前の回答は環境マネジメントシステムなどないというのでオシマイか?」
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佐田は笑った。
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「そういう結論が良かったですか。学問ならそういう結論があるかもしれませんが、企業においてはありえないでしょう。現実に環境管理部という部門があり、仕事をしているわけです。その仕事が無用なことであるわけがありません。 環境マネジメントシステムと呼ぼうと呼ぶまいと、現実に必要な仕事をしているわけで、その仕事をより有効で効果的なものにするか、いや言い方が間違っているかもしれませんね。管理部門の仕事が統制と支援ならば、経営層の方針をより一層徹底し、企業活動に貢献するためにというべきでしょうかね、そのために現状の環境管理部をどのように改革していくべきかということになるでしょう」 | |||
「お前の言い回しが回りくどいのはよく分っている。それでどうするのかということをスパッと言ってくれ」
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「システムとは何かといえば組織、機能、手順です。私はこれをある講演会、防衛についてのでしたが、そこで聞いたのです。この考えは防衛というか軍隊におけるものかと思っていましたが、なんとISO14001規格の環境マネジメントシステムの定義でも同じことを書いてあります。システムとはインプット・プロセス・アウトプットであるという人もいますが、あれはシステムの定義じゃありません。早い話が勘違いでしょう。 さて環境に関する業務を改善するのに環境マネジメントシステムを見直すということはありえないと申しました。といって改善を否定するわけではありません。正しく言えば、環境に関する業務を改善することは、会社のマネジメントシステムを見直すということになります」 | |||
「ちょっと待ってくれ、何が違うんだ?」
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「環境マネジメントシステムを見直すのではなく、包括的なマネジメントシステムを見直すということだろう」
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「ああ、なるほど・・・」
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「同じく機能も手順も、環境マネジメントシステムについて見直すのではなく、包括的なマネジメントシステムを見直すことになります」
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「マネジメントシステムとは概念でしかない。だからその概念が成り立たないとしても、実運用においては変わらないということか?」
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「実運用においては変わらないでしょう。しかし企業のコーポレート部門である環境管理部ともなれば、その違いを理解して判断と行動をする必要があります。というか我々は環境マネジメントシステムを担っているのではなく、包括的なマネジメントシステムの環境に関する部分を担当していると認識しなければならないというだけです」
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「形而上の話になると混乱してしまう。それでお前が提案する包括的なマネジメントシステムの見直しとしては、どうすべきだということになるんだ」
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「実務的なことになるとはっきりしています。 まず組織ですが、今環境管理部というものがあるわけですが、この組織が将来にわたって必要なのか否かということは重大な検討項目です。 現在ここには課が三つあります。ひとつは環境広報や展示会などを担当している環境企画課、もうひとつは省エネ、廃棄物削減、化学物質管理、省エネ製品開発など環境パフォーマンスを推進する環境推進課、のこりのひとつは事故対応、環境法に関わるロビイ活動や指導を行う環境管理課、そして部長に直属として我々の環境監査とISO指導などを行っている部隊です。 広報や展示会は各事業部と広報部のコーデネートと考えると、広報部に入れてしまって問題がないのかと思います。そもそもは広報部に環境に関する専門家がいなかったことが発端だと聞いております。 環境推進課については、省エネとか廃棄物削減は生産技術と表裏ですから、そこに入ってしまうのが本来の形かと思います。省エネ活動をしようという発想そのものが異常ですよね。生産性をあげる、品質をあげる、納期を短縮する、棚残回転をあげる、そういった結果が省エネになるわけですからね。 省エネ設計や環境配慮製品というものは設計そのものですから、本来ならラインの事業部が持つ機能だと思います。しかし社外の情報や問い合わせ対応となると、広報部にもっていくべきか部門として独立して存在させるべきかは悩みますね。事故対応、法規制対応になりますと事業部の持つべき機能だと思います。環境監査は監査部に戻すのがあるべき姿でしょう」 | |||
「お前は非常に簡単に考えているな。環境法規制対応とか指導を事業部に持たせるとすると、現行よりも多くの人が必要にならないか。各事業部で同じことをすることが効率的とも思えない」
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「おっしゃる通りです。私の言いたいことは環境マネジメントシステムというものがあるわけではないから、会社全体最適を考えていくべきと思います。 例えばかってISO9001認証支援という仕事が品質保証部にありました。その仕事を私がしていたわけです。当社グループの多くが認証したときにそれはなくなりました。環境管理部にもISO14001認証支援という仕事がありますが、もう認証が必要な工場や関連会社は認証してしまいましたから、そういう業務は廃止するべきでしょう。そのようなアドホックなものだけでなく、環境管理部も1993年頃経団連の環境宣言を受けて当社の環境管理レベルを上げるために設けられたが、一応の成果を出したので発展的に解消するという発想があってもおかしくありません。時間的経過だけでなく、環境変化に応じて、常に組織の見直しは必要ですがそのときに環境という範疇で考えるのではなく、当社のシステムの最適化を考えるべきです」 | |||
「環境だけ考えていると部分最適になってしまうということか」
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「そうです。そして環境というものが独立したものだなどと考えないことです」
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「まあ大要としてはわかった。じゃあ次は?」
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「システムの要素の組織と機能は述べた通りですが、簡単にはいきません。 みっつめは手順ですが、社内社外から環境管理部に対する声は決して甘いものじゃありませんでした」 | |||
「苦情とか反発が多いのか?」
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「ありますね、しかし、そうではありますが、問題は我々が横暴とか提供するサービス不足というのではないようです。我々が行っている統制と支援の実態を理解していないということが問題です」
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「というと?」
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「我々は法規制や事故情報の周知とか対策指導などを行っているつもりですが、環境管理の現場レベルまではその情報が届いていないということです」
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「それは不満になっているだけでなく、仕事をする上でも情報不足による支障が出ているように思えます」
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佐々木が初めて口を開いた。
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「仕事をする上で支障が出ているとは?」
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「法改正情報も一般的なことではなく、当社としての対応方法や情報システムへ反映して省力化しているといったことが実務担当者まで伝わっておらず、無駄な仕事を発生させています」
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「それは問題だな。ではその対策はどうするのだ?」
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「情報提供だけでなく、問い合わせ対応などの窓口がないなども不満を聞きました。 そこで情報提供だけでなく、提案や問い合わせなどを含めてコミュニケーション改善を図ることが必要です」 | |||
「それはウェブサイトへのアンケート設置や掲示板などのようなイメージで良いのかな?」
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「そうですね、金をかけないならそういうのもありでしょう。いずれ変に凝ってもそれが目的じゃありませんし。ともかく双方向性でコミュニケーション改善があります。 次に環境担当者教育の仕組みを作りたいですね。仕事は大きく分けると、経理とか人事のように全社に共通的なものもあり、また機種対応のものもあります。機種対応のものは職制がOJTで教えていくと思いますが、共通的なものは工場単独では技能伝承ができず全社横通しで教育をしているのが多いです。公害防止やPRTRといったものも専門的になり、工場では担当者一人しか知らないというものも多くなっていますから、そういう業務を環境管理部が教育をするという仕組みは必要です」 | |||
「なるほど、それによって環境管理部の存在意義も目立つと・・」
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「あまり即物的な利益を狙うといかんぞ」
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「環境監査に来て悪いところを指摘されても困る。普段から指導をしてほしいという声がありましたね」
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「そりゃそうだろうなあ、だがウチにそれをするだけの能力があるかということになる」
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「業務の棚卸というのは追加もありますし削除もあります。先ほど述べましたがISO認証はもう不要でしょう。また人の部門のことをとやかくいうのもなんですが、環境管理課が行っている法規制の指導や事故対策指導などは私たちが監査結果をフィードバックしているのと相当かぶっています。ですから職制も3課プラス我々ではなく3課にまとめてしまう方が良いかと思います」
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「うーん、佐田のいうのは大局的には相当ドラスティックなことに聞こえたが、実際の改善事項は過去からの積み上げと変わらないように思えるな」
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「そりゃそうですよ。なにごとも着眼大局着手小局ですから。ただ今していることは即物的で小さなことであるにしても、全体像をしっかりと把握してそれをしているという認識がないとやりがいもないでしょう」
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熊田部長は腕時計を見る。次の予定があるような雰囲気だ。
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「言いたいことは分かった。この資料をみると改善策はそれだけじゃなく多種多様あるようだ。来期と言わず、できることは今からでも実行していきたい。塩川課長、具体的実施方法を考えてくれ」
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「わかりました」
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熊田部長はさっさと部屋を出ていく。 残された三人が計画案をながめていろいろ意見交換をする。 | |||
「おお、佐田よ、結局お前の提案は改革ではなく改良主義だな」
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「そういやそうなんでしょうね。だけどあるべき姿というか大局的に最善なことを考えて、現状ではまず何をするかを考えているつもりです。あるべき姿を思い浮かべてやみくもにそれを目指したところでたかが知れています」
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「はあ?」
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「実際に改善をしようとすると、リソースもなければ支援もないということは珍しくないです。そのとき当座しのぎをしても残りません。少しでも後に続く改善でなければ虚しいでしょう。 まあ、現状とあるべき姿、そして手にしているリソースを考えると策は限定されます。そして高望みをせずにできることをしっかりとする、それしかありませんよ」 | |||
「なるほどな、しかし佐田の考えで改革を進めていくと、長期的には部の存続に関わって来るな」
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「最終的には自分の仕事をなくしてしまうというのが理想ではないのですか」
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「佐田さんは自らの体験から悟っているから怖いものなしだね」
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