「これはなんでしょうか?」
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「現在のISO9001は3代目です」
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正確に言えば1994年改定もあるので4代目になる。なおJISZ9901は1998年にも改定されているから日本では5代目になる。
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「これは初版の1987年版です。実を言って具体的な項目別にどうしようか考えるならISO9001の1987年版の方が、目に見えるように書いてあるので、参考にするには良いと思いました。 先日三代目は現行の規格はあいまいだとおっしゃいましたよね、実際そうなのです。1987年版は2008年版に比べて具体的なので分りやすいと思います。もちろんどちらにしても単なる参考です。お宅が規格に従う必要はありません」 | |
「1987年ですか、私が生まれる前ですね」
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「ISO9000の初版は1987年に制定されました。そして認証が始まったのですが、ISO認証しても品質が良くならないと言われてしまったのです」
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「ISO認証しても品質が良くなるわけがないと、先日佐田さんはおっしゃったじゃないですか」
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「理屈から考えるとISO認証しても品質が良くなるはずがありません。でも認証を受けた会社やそこから買っている企業はそうは考えなかったのでしょう。確かに手間ひまかけて高い金を出して認証を受けたのに、品質が良くならなかったので不満をもつのは当然でしょうね。 そこで品質を良くしようとISO規格にいろいろ盛り込んだわけです。それが2000年に改定された2000年版です。その後一部修正されて現在は2008年版が有効です」 | |
「それで、つまり2000年版になってからは品質が良くなったのでしょうか?」
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「アハハハ、なるわけありません。元々ISO9001とは品質保証の規格なのです」
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「品質保証というと、あれか、お客様に渡した品物が悪いときは交換するとかお金を払うとかいうことかね」
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「いや『ほしょう』といっても漢字が違います。『補償』とは損害を償うことで、『保証』とは大丈夫と請け合うことです。ISO規格はお客様に渡す品物が大丈夫ですよと言えるようにすることなんです」
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「私はそんなことも知らないでISOを勧めていましたが、とんでもないことですね」
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「そんなことありませんよ。普通の人どころかISO審査員だって、品質保証を理解しているか怪しいものです」
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4人は佐田が配ったものを読んでいる。当時の規格は文字数が少ないから、ざっと読むには10分もあれば足りる。読み終わるとみんな発言する。積極的なのはいいことだ。
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「斜め読みですが、現在の・・・2008年版というのですか、それに比べると工場を対象にしているという感じですね」
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「確かにそうですね。そもそもこの規格は工業製品を対象にしていましたから。とはいえソフトウェアでも商業でもこの規格を当てはめることはできます。もっともそのときは、検査とか測定といった言葉の意味を若干広げて考えることは必要ですが」
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「伴先生のおっしゃったように工場のことを書いてあるようで、お店のことに使えるのかという疑問はありますが、しなければならないことは確かに現行よりはビジブルでわかりやすいです」
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「『設計』とか『検査』となるとちょっとピンとこないので、手始めに私が興味を持った『契約内容の見直し』というのについて話してくれませんか」
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「分りました。『4.3契約内容の見直し』という項目を見てください。まず契約と見直しの二つの言葉を説明します。契約とは私たちがイメージする契約書を取り交わすことではなく、お客様がこれくださいと言いお店の人が承りましたというやりとりのことです。 それから見直しとは、何か悪いところを直すという意味ではなく、間違いがないかどうかチェックすることです。つまり『契約内容の見直し』とは、お客さんから注文を受けたとき、注文を受けても良いかを確認することです」 | |
「見積もり仕様書ってなんですか? そんなもの見たことがない」
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「饅頭を買いに来た人が注文を紙に書いたりしませんよ」
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「紙がなくても良いですよ。お客様の注文はすべて明確になっていてそれを満たすことができるか確認する程度に考えてください」
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「お客様の注文をすべて満たすことなんてできませんよ。ウチの饅頭は受注生産じゃありません。私たちが作ったものをそのまま買っていただいています。お客様ごとに味を変えることはできません」
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「アハハハハ、いや失礼、ここで言っているのはそんな大げさなことじゃないです。 法律上、契約って売り手と買い手が口頭で話が付けば成立します。客が『味噌ラーメン1丁』といって店主が『ハイヨ』と言えば契約成立です。 ただ、何もせずに『ハイヨ』とは言えません」 | |
「はあ? でも店のオヤジが返事するときには、まだなにもしてませんよね?」
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「いや、いろいろ考えているはずです。口頭の契約であっても、ラーメン屋の店主は、麺があるか、具はあるか、火を落としていないか、終業時間を超えないかなどを考えて、あるいは調べてから注文を受けるかどうか決めているはずです。そうでなきゃ断りますよね」
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「そりゃ、そうだ」
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「佐田さんの話ぶりから推察するに、この規格に書いてあることは・・・つまり、注文を受ける前に、その内容をしっかりと把握して、種類とか個数、場合によっては届け先などが漏れていないことを確認することと理解すればいいのですか?」
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「それだけじゃなくて、そのお客様の注文に応えることができるかを確認してから受注しなければならないということですね」
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「まさしくその通りです。みなさんが毎日していることそのままですよ」
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「ちょっと待ってくれよ、それは毎日していることではあるが、常にしっかりやっているわけではないなあ〜 お店に並んでいない饅頭を買いに来たお客様に、ありがとうございますって言って、裏の工場に取りに行ったらなかったということはよくあることだ」 | |
「そうそう、そういうことがないようにしなさいということです」
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「そんなことができるのかな?」
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「それを考えるのはみなさんです」
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「店に並んでいないものの注文を受けたら工場にインターホンで確認するとか、常に工場の在庫を店に知らせておくとか、そういうことをすればいいんじゃないかな」
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「そうですね。どんな方法でもいいのですが、在庫を確認してからご返事すればお客様に失礼にならないでしょう」
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「聞いてみると当たり前のことだな」
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「しかしお客様の希望すべてが、注文を聞いたときに決まっているわけではないですよね。袋に入れるだけでなく包んでほしいとか | |
「まあ考え方はいろいろあるでしょう。すべての注文内容をいっときに受けるのではなく、おたくの仕事が進むにつれて承っていくという見方もあるでしょうし、あるいは売買契約の外だしと思えば『付帯サービス』といって別のお仕事と見ることもできるでしょう。」
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「なんだかいい加減に聞こえますね」
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「いいかげんというのではなく柔軟と理解してほしいですね。順次確認すると考えても付帯サービスと考えるにしても、しっかり仕事をしなければならないということは変わりません。目的はお客様に満足してもらうことですからね」
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「文書という言葉が二三回でてきますが、それはどうなのでしょうか?」
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「まず今私たちは思考実験というか饅頭屋さんでISO規格を参考にして改善ができないかということを考えています。ですから規格にある文書が必要かどうかは自分が決めればよろしいです。 ただ仕事をする上で文書が必要かどうかを考えないといけません。最初に出てくる文書は、契約内容の確認の手順を決めることですが、もし二代目や三代目が常日頃お店の人に指導し徹底できるならいらないと思います。でも新人が来たとき指導が漏れたりすると困ります。あるいはこの休憩所にお客様が来たときの対応を紙に書いて貼っておくと、お店の人たちがそれを見て常に意識して仕事をするようになるかもしれません」 | |
二代目は佐田が配った規格の紙になにやらメモをしている。
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「次に『要求事項は文書化されていること』とあります。さきほども二代目と三代目が気にされたようですが、お客様が買いたいものを紙に書いてくることはめったにないでしょう。そこは実は1994年版で改定になって『注文を口頭で受けた場合、合意されていることを確実にする』と修正されています。注文が紙に書かれないのは世界のどこでもあるのでしょう。 そのときどうするかといえば具体的にはお店の人が復唱するとか、品物をお見せして現物で確認していただくことで十分じゃないでしょうか? なにもしないと聞き違いがあるかもしれません。あるいはお客様が間違った品名を告げることもあるでしょう」 | |
「いやあ、ありますね。お客様がおっしゃる饅頭の箱を渡すと、あとで希望のものと違ったと言われることがある。そんなことがあると、お客様が間違えてもお互いに心証を悪くしてしまう。今度から箱ではなく中身を見せて確認してもらうことにしよう」 駅ナカのスイーツ屋でケーキやタルトの名前をいうと、現物を手に取って「これでよろしいですか」と聞かれる。確かに良い方法だと思うけど、電車の時間が迫っているときはそんなことをしなくていいと内心思う。何かいい方法はないものか? 実は私はタルトに目がないのだ。 ちなみにISO規格の「契約内容の見直し」も時代によって変遷がある。1994年改定ではタイトルが「契約内容の確認」になったほか微々たる変化であった。2000年改定になると、全面的に変わり、範囲は包括的になったが反面記載内容はタイトルだけで中身がない。2008年改定は注記がついたがあまりどってことはない。正直言って1987年版から付き合ってきた人でないと、現行規格をみてその意味・内容を理解できないのではないだろうか? それは契約についてだけではないが・・ | |
「これは大事なところなので、もうすこしお話をお聞きしたいのですが・・・」
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「どうぞ、どうぞ、なにせお宅が主役ですからね」
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「今までのお話を聞くと、ISO規格とは仕事の手順を細かく決めて、それを従業員に周知徹底しその通りの仕事をさせるという考えのようですね」
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「その通りです。仕事のしかたを最も適切な方法にすることを標準化といいますが、ISO規格はその発想でできています。一般的にそれが無駄を排除し品質をあげると考えられています。そして標準化したことの教育については、規格の『4.18教育・訓練』という項目があります」
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「そこも読みました。確かに仕事の手順を決めるだけでなく、それを教える手順まで決めて、それに基づいて教育訓練をするとあります。まさに標準化の極致ですね。 確かにそういう方法もありとは思います。しかしその方法では管理する側に大きな負担をかけます。我々の実態は1日だけのアルバイトもいますから、無駄なことをせずにすぐ店で働いてもらわなければなりません。しっかりと教育訓練をしていたらたまりません」 | |
「ISO規格は一つの考えであって最善とか唯一のものではないでしょう。というか、ケースによって最適な方法が異なると思います」
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「働く人のレベルをあげて細かい手順をお任せという発想もあるよね。なんだっけ・・そうだノードストロームとかいう高級デパートではお客様のためという簡単なルールしかないそうです。働く人のレベルが高いとそれで間にあうのでしょうか?」
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「いやいや、それはある種の伝説で、実際にはものすごく厚いマニュアルを渡されると聞いている。それを覚えて実行できないと放り出されるらしい」
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「ああ、そうなんですか、そうでしょうねえ〜、理想は存在しないから理想だと・・・」
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「あるいはその逆に、常に指導者がいて働く人に細かい指示を与えるという方法もあるだろうねえ」
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「ウチは現実的にはそういうことなんだろうなあ〜、ただいつまでもではなく、入ってきてひと月もすれば仕事の流れも店の雰囲気も覚えるから、それに沿って動くようになる」
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「となると、その期間が教育といえるのかもしれませんね。普通の会社はOJTで教育しますからね」
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「ISO規格ではなにがなんでも作業の仕方を紙に書けとはありません。結局どこまで手順を決めるかとか紙に書くかということは、その会社が最適なところを考えなければなりません。アルバイトといっても会社によって勤務する期間も定着率も違うでしょうし、お宅だって工場とお店では仕事のむずかしさが違うでしょう」
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「おっしゃるとおりですね。しかしそうするとこの規格はほんとうに参考程度にしかならないということですね」
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「まあそうかもしれません。でも今日だって契約とか教育について、ISO規格を読んだからこそお宅のお店の現状で問題がないのか、改善すべきことは何かということを考えたんじゃありませんか。今回の勉強会の目的はそれじゃないのかと思います」
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「いや、まさしくその通りです。ISO規格をおいといて現状の問題とか課題とかを考えることを定期的にした方がいいのではないか」
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「そうですね。そして細かいことは私も分らないから、時間を取ってお店の人とか工場の人に問題点や課題を話してもらうこともした方が良いかもしれませんね」
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「ISO規格はそういったボトムアップとか提案制度ということに言及していません。『品質マネジメントの8原則』で『人々の参画』なんて、かっこいいこと言ってますが、具体的には何の指針も要求も示していません。結局ISOとはそういうことになじまない形式的な管理手法なのではないのかと私は思っています。 日本的経営というと、ふた昔前のサービス残業、ねじり鉢巻き、精神論というイメージを持たれるかもしれませんが、欧米式の管理とは違う日本人の感性にあったものでないと日本人の能力を100%発揮させることはできないのではないでしょうか」 | |
「おやおや、佐田さんはISOの専門家と聞きましたが、あまり好感を持っていないのですか」
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「うーん、ちょっと違います。私だって過去にどうしようもない工場で品質をあげようとか生産性を向上とかしてきました。そのときISO的な標準化、責任権限の明確化だけでは成果はあがりません。改善するには仕組みだけでなく、条件整備、つまり働きやすい職場作り、それにはハードもソフトもあります。また技術的な問題については外部から能力のある人を導入しても改善を図らないと。それこそ精神論ではどうにもなりません。 仕事は遊びじゃありませんから、目的達成のためには一つに賭けるなんて危ないことはできません。いろいろなことを考慮して、いくつもの手を打ってとにかく成果をだすのです。勝負は下駄をはくまでわからない、あがってナンボというじゃないですか」 | |
大家はじっと佐田の話を聞いていたが | |
「佐田さんはウチの店を良くするには、まずどんなことをすべきだと思いますか?」
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「実は二週間くらい前に大家さんからお話を聞いてから、市川市だけでなく新小岩、船橋、津田沼の饅頭屋、ケーキ屋を何軒か眺めてきました。いやあ、饅頭の食い過ぎで糖尿の心配をしてしまいましたよ、アハハハハ」
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「いやはや、私は相談されてもそこまではしてないな・・・」
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「驚きました。佐田さんはなにごとにも一生懸命に取り組むのですね。お手数をおかけして申し訳ありません。散財もさせてしまったようで・・・」
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「それで、どのようなことが分りましたか?」
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「けっこうおもしろかったですよ。自分を知るには他人を知らなければなりませんから 売っているものが似たような饅頭でも、建物、内装、展示、照明などいろいろです。包装紙も紙袋もさまざまでした。みなさんは饅頭を売っていると思っているかもしれませんが、本当に売っているのはそれではありませんよね」 | |
「はて、饅頭以外に?」
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「お店の雰囲気というかイメージを売っていると思います。あそこの饅頭屋は感じがいいと思えば、同じ饅頭を買うにもそこにいくじゃないですか」
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大家は真面目な顔を聞いていた。
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「つまり佐田さんは会社の仕組みよりも、そういったこと、つまり店の雰囲気を改善すべきということでしょうか?」
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「いや、そういったことは私の専門外です。ただ20年くらい前CIなんてのが流行ったことがありましたね。会社の顔といいますか、看板、内装、包装紙、売り子の制服、そういったもののイメージを統一してお客様にブランドイメージを刷り込むというか、まあそんなのもあるなと思いました。 それから客としてみたイメージだけでなく、お店の人が持つイメージも聞いた方がよろしいでしょうし」 | |
「確かにお宅はそういう観点ではイマイチという感じですね」
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「伴先生、今更そんなこと言っちゃ困りますよ。長年お願いしているのですから、そういうことをコンサルしていただきたいものです」
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「いや、私も佐田さんに言われて気がついた」
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「佐田さん、CIをすれば売り上げが伸びるということかね?」
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「うーん、ものごとはそんな簡単じゃないですよ。それに私はアドバイスするだけで決定も実施も皆さんの決めることです」
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「佐田さんは以前工場の改善をしてきたといったね。手始めにどんなことをするのでしょうか?」
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「おとうさん、そんなことは簡単にできないでしょうし一言で言えるものではないでしょう」
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「いや簡単です。常に掃除から始めました」
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「掃除?」
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「掃除程度で良くなるのですか?」
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「そうです。隅々まできれいにする。いらないものを捨てる。壊れた壁や床を直す。汚れをペンキで塗る。まずそんなことをしますね。すると働いている人はきれいな状態が当たり前だと認識するんです。そうなると少しでもゴミがあるとすぐ掃除をするようになる。壊れると上司に直してほしいと言ってくる。やがて大きな声で挨拶するようになる。 あのですね、ルールを作ると改善になるかといえば、そのためにはルールを守ってくれることが重要です。社長から指示されたら、打てば響くように動いてくれるかどうかということですね」 |
「掃除を徹底しきれいな職場ならそういうことが徹底できるということか?」
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「そうです。残業をお願いしても対応してくれるようになる。従業員から改善提案がでるようになる。 ISOは仕組みに過ぎませんからね。会社を良くしようとするなら人間関係が大事でしょう。でも人間関係は忘年会で社長が酒を注いで回れば良くなるわけではありません」 | ||
「ホーソン効果だな」
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「そのとおり、ホーソン効果です。でも日本では古来から『人生意気に感ず』って言いますよ。何も難しい話じゃありません。秀吉の時代から日本では上の人が下の人に気を使うのが当たり前だったのです。なんだかんだいっても実際に仕事するのは現場の人ですからね」
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「そういうことがISOとか標準化よりも大事ということですか?」
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「そうじゃありません。すべてが大事なんです。なにかひとつすれば会社が良くなるわけではありません。いろいろな施策を行うと、それらが影響しあって会社が良くなるのです」
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「ちょっと待ってください・・・それはどういうことですか?」
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「私の語っているのは全然難しいことじゃありません。まずうまい饅頭を作れなくちゃ商売できません。いつも同じ饅頭を作るにはいつも同じ仕事をしなければならない。それには腕がなくてはなりませんが、標準化もあるでしょう。 でも商売繁盛させるにはお客様にいつも、気持ちの良い接客もある。気持ちの良い接客をするには社内の雰囲気も大事です。そんなこと大昔から変わりません」 | |
二代目が息子に話しかける
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「おい、明日から交代で、同業者とかケーキ屋などを見てこよう。内装とか包装紙とか売り子の着ている物、言葉使いなど気になることを調べるんだ」
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「分りました。目からうろこという感じですね」
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読んでます。 えーと・・・そういうことで。 |
N様 毎度ありがとうございます。 今後とも精進いたします。 感謝! |