「佐田さん、こちらは税理士の伴先生です。先生、こちらはこのマンションに住んでいらっしゃるISOの専門家の佐田さんです」
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伴と佐田が挨拶を交わす。
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「長居したくありませんのでどうぞお話を進めてください。」
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「さようですね。おい、佐田さんも伴先生も早く終わりたいだろう。お前が仕切ってくれ」
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「昨日、佐田さんからISOの効用について伺ったわけですが、今夜は聞き漏らしたこととか、更なる疑問などについてお聞きしたいと考えております。 昨日のお話では、ウチのような饅頭屋で認証する意味はあまりないということでよろしいですね」 | |||
「私としてはそう考えています」
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「伴先生に佐田さんとのお話をしましたところ、伴先生が佐田さんとお話したいということでして、お二人に来ていただいたということです」
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「伴先生、あのですね、私ははっきりいって余計なことを言うつもりはありません。昨日も私はこのお話には関わりたくないのでご遠慮したいと固辞したのですが、大家さん三代が夜分我が家に来られましてはっきり言って難儀しています。 伴先生がISO認証を勧めるというのであれば、私は反対しませんのでぜひやってください」 | |||
「いえ、私もISOについては初心者でして、安藤さんから佐田さんのお話を伺いましてぜひご指導いただきたいとここに来たわけで」
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「伴会計事務所のウェブサイトを拝見しましたが、ISOコンサル業務もされているようですね」
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「いや実は当社の社員の一人がウチの事業としてISOコンサルもやっていこうという提案をしたので、まあ、ホームページに書いておりますが実を言ってまだ実績はありません。少し前にそいつと私がISO審査員研修を受けまして勉強中というところです」
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「饅頭屋さんにはISO認証をしたらと提案されたという話でしたが」
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「いやまあ、その私どももお客様と一緒にISOを勉強して認証まで持っていけたらなと考えております」
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「税理士さんの事務所でISOコンサルをしているところって多いのでしょうか?」
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「多いかどうか、私の知り合いでもいくつかあります。我々にとって経営コンサルも仕事ですから、ISO認証について相談というか質問されることもあり、知らないとは言えない状況ではあります。ISOコンサルはともかく最低限ISOとはどういうものか、メリット、デメリットなどについて一応はお話しできないといけません」
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「なるほど。伴先生がISO認証そのものだけでなく、そこから発展させていろいろアイデアがあるなら認証する効果はあると思います。ただ認証するだけでは金が掛かるだけロスだと思います」
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「実を言いまして、私の知り合いに声をかけて同業社に限らず中小企業の仲間でISO認証しているところがあるかどうか聞いてみました。なにせ私はここの生まれ育ちですから知り合いは多いですから」
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「ほう、どうでした?」
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「はっきりいって私と同じ規模、つまり10人程度の商売をしているところではひとつもありません。市内に限らずこの近辺でISO9001とかISO14001認証しているのは大会社だけです。中小企業にはありませんね。ましてや商店や自営業では」 (2014/9/17時点、JAB認定のものをチェックしました) | |||
「ええっ、そうでしたか、私はてっきり中小企業や一般の商店でも認証しているところは多いのかと」
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「伴先生もご存じなかったのですか。いやだなあ、私は先生がご推薦だったのでてっきり」
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「どうも・・・何も知らずに多くのところが認証していると思い込んでしまったようです」
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「じゃあ、決まりだ。ウチがISOやろうってのはないな。お前そういうことでいいな」
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「わかりました」
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「あのう、昨日の佐田さんのお話ですと、認証しなくてもISOの良いところを活用するというのはありということでした。せっかく参考書とか規格の本を買いましたし、佐田さんを先生に勉強会をしていただくわけにはいきませんか」
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「まあ確かにISOの考えを活用して会社を良くするというのは間違っていないと思います。でもわざわざそんなことをすることもないのではないですか。お互いに忙しいですし」
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「やはりISO規格というものは世の中の英知を集めたものでしょう。認証すると、お金と手間もかかるのでしょうけど、しかしそんな無駄はしないで、ISO規格に書いてあることで、これは良さそうだと思うことを真似ることもはできるでしょう。あるいは今困っていることがあれば、該当する項目を読んで参考にするというのもあります。やってみる価値はあると思いますよ」
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「まあ確かに、そういう考えもあるでしょうねえ」
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佐田は乗り気ではない声で答える。
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「実は私は『ISO9001対訳本』と『ISO14001対訳本』というのを買いました。あわせて6000円もしましたから大金です。読んで使えること、良いと思うことはやってみたいと思います。審査を受けるわけではないのですからつまみ食いでも少しでも良くなれば良いでしょう。本代くらいは元を取らなくてはね」
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「そりゃまあ、そうでしょうけど」
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「ちょっと読んでみましたが規格に是正処置というのがありました。そこに書かれているのがなるほどと思うのですが、ウチの店でどんなふうに使うかとなると分りません。具体的にどういうことか佐田さんに解説してもらえませんか」
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「そうですね。ISO規格に書いてあるからやらなくてはならないという発想ではなく、ISO規格の項目ひとつずつみんなで自分のところでは必要なのかとか使えないかとか話し合ったら、役に立つかもしれませんね」
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「わしは規格なんぞ読んだことはないが、みなで改善を話し合うのは必要だな。今はなにか問題が起きたときに会うくらいだからな」
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「まあせっかくISO本を買ったりしたのだからそれについてお話をお聞きするのも良いですね」
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「あのう、それでしたらぜひとも私も参加させていただけますか」
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「おっと、忘れてはいけないことがあります。ISO規格には資金繰りとか人を採用するときどうするべきかということは書いてありません。あるのは決まったことをしっかり実行するにはどうしなければいけないかということです。そういった考えを資金繰りとか人の採用に当てはめることは可能でしょうけど」
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「まあ、初めはあまりいろいろ考えずに、使えるか使えないかという観点でみてもよいね」
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「それじゃ佐田さん、今週からでも勉強会をしてくれませんか」
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「私が解説するのではなく、みなさんが考えるのですよ」
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「そうおっしゃらず、はじめは佐田さんが規格説明の勉強会ということでいかがでしょうか。佐田さんは土日お休みでしょうから、さっそく今週の日曜日からでもいかがでしょう?」
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日曜日か、直美は土曜日にマンションを見に行くといっていた。まあ、いいか、どうせ一二度やればいいだろう。どちらにしても数か月しかここには住んでいないだろうし
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「分りました。じゃあ日曜日午後でもいかがですか。午前中は寝ているものですから」
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● ● もちろん店は開いているが、既に昼食時間を過ぎていてそこには店で働いている人はいなかった。佐田が行ったときは、大家、二代目、三代目が座っていた。 | |||
「伴先生はお仕事で来れないとのことです。とりあえず今日は我々だけで始めましょう」
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「それじゃ始めましょうか。ええと、ISO規格にはたくさんありますが、ポピュラーなのはISO9001とISO14001です。末尾の1が面倒くさいからかISO9000とかISO14000と呼ぶ人もいます。それぞれ品質と環境について決めています。製造業では品質が大事ですからほとんどが9000の認証から始まりますが、廃棄物やエネルギーの問題もあって14000も関わります。商社、流通、輸送などは14000だけという会社が多いです。私たちはそんなことは気にすることなく、お店を良くする方法を考えればいいので好きな方でもいいし、いいとこどりでもいいわけです」
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「そういわれてもISO9001が良いのかISO14001が良いのか教えてくれませんか」
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「お客様対応というのであれば9000をベースに考えた方が良いでしょう。遵法と事故防止というなら14000でしょうけど、この規格で言う事故とは重油流出のようなイメージですから、お客様に間違えた品物を渡したとか釣銭を間違えたというものとは違います。それは9000の範疇ですね」
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「なるほど、ということはまず9000を読んでみて、役に立つことをやってみるということになるのかな?」
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「そういう方法が良いかもしれませんね。規格はお持ちですか?」
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「オヤジと私はJIS規格を見て、息子は対訳本を持っています」
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「では参りましょう。まあ、いろいろ書いてありますが、対象となるのは4.1というところから8.5.3というところまでです。正味10ページくらいしかありません」
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「実を言って我々も一応読んでみたのですよ。どうも我々に関係ないようなことばかりという気がします」
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「ほう、どんな項目が関係なかったですか?」
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「4.1というのは全体のことの概要を示しているのだろうと思います。まあ、それはいいのですが、4.2.2なんて認証を受けるときに必要になるもので、この規格を利用しようとするときは無用ですね?」
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「おっしゃるとおりです。そういう意味ではこのISO9001は認証のための規格で、自ら会社を良くするための規格ではありませんね」
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「適用範囲というところに、自らが顧客満足の向上を目指す場合にも使えると書いてありますが、どうも規格の文言が矛盾しているようですね」
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「アハハハハ、いや、失礼。笑ったのはみなさんのように今までISOなどに無関係であったのに、一読しただけで矛盾があるなんて言われたのでは規格が泣いてしまいますね。実際その程度のものなんですが」
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「佐田さんに間違いだと言われると思っていましたが、安心しました」
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「4.2.3文書管理と4.2.4記録の管理については納得されたのでしょうか?」
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「文書というもののイメージがつかめませんが・・・」
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「ここでいう文書とは、紙に書いたものすべてではなく、会社の仕組みや仕事の進め方を決めたもの、規則とかルールと呼ぶようなものをいいます。領収書や議事録のようなものは、文書ではなく記録と言います」
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「文書と記録の違いは分かったが、我々にはどちらともつかないようなものがあるね。例えば議事録をそれ以降ルールにしているものもあるし、契約書で仕事をしていることもある。すると契約書は記録か文書か悩むなあ〜」
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「アハハハ、悩むことありませんよ。みなさんは文書も記録も区別せずに、どちらもしっかり管理することにしたらいいだけじゃないですか」
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「なるほど、気楽に考えてよいわけだな」
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「もちろんです。規格をひととおり読んで考えて、やはり使えないということが分れば、それでもひとつ進歩したことになります。なによりも他のお店がISO認証したと聞いたとき向こうがレベルが高い会社だと卑屈になることがないということです」
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「アハハハハ、佐田さんのお話を聞いているとだんだん気楽になりました」
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「次に進んでよろしいですか。5.1経営者のコミットメントというのがありますね。この辺からよく分らないのですが」
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「確かにこれだけを見るとあまりにも形式的に過ぎますからね。それに、この文章はISO的というか常識人には通用しない言い回しですからねえ〜 まあ、経営者がしなければならないことを書いているわけですが、日本の企業なら当たり前ということが多いですし、日本ではこんな形式的なことをわざわざ言葉にするとかあげくに文書にしたりしていませんからねえ〜 お宅では従来からこのようなことはしていると思いますよ。とりあえずはパスしましょう」 | |||
「いや、ちょっと待ってください。今はせがれが社長だが、私が社長のとき、こんなことを決めた記憶はないよ」
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「そんなことありませんよ。していたはずです。法律を守りなさいと言わなくても、お宅の会社のルールを守りなさいということは言っていたはずです。まさか法律を破っても売り上げをあげろなんて言わなかったでしょう」
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「そりゃま、そうだが」
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「品質方針というのは家訓とはちょっと違います。もっと具体的といいますか、自分の仕事で大事なこと、例えばどんな貢献をするのか、なにを売りにするのかというイメージでしょうか。というとかえって分りにくいかもしれません。ええとですね、社長さんが今年はこんな考えで行くぞと年頭に挨拶したようなものといえば良いでしょうか」
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「そんなものがあったかなあ〜」
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「お父さん、お正月が過ぎて年末年始の慰労を兼ねた新年会のとき、みんなに配った紙があるじゃないですか。あれにウチの店の興りから、今までの歴史、そして将来はどうする、そのために今年はなにをしたいとか書いてあったじゃないですか。あんなイメージじゃないですか」
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「あれはそんな方針なんて呼ばれるようなもんじゃないよ」
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三代目は立ち上がり部屋から出てすぐに戻ってきた。お茶と饅頭を載せたお盆を持っている。 お盆には一枚紙が載せてあった。三代目はその紙を佐田に渡し、みんなにお茶を出した。 | |||
「佐田さん、これがお正月明けにみんなに配った資料です。父がそれを配って簡単に説明しました」
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「止めてくれよ。恥ずかしいじゃないか」
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佐田はそれをしげしげと見て
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「いやあ、これこそが方針ですよ。それも会社の興りから過去の歴史と反省、そして将来の夢と今年の課題が載っています。すばらしい」
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二代目は恥ずかしそうに体を縮めた。
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「これをみてもわかりましたが、お宅はいままでもちゃんとISO規格に書いてあることをしていたと思います」
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「ちょっと待ってくれよ。今までもISO規格に書いてあることをしていたとすると、ISO規格にピッタリにしてもあまり改善にはならんということかな?」
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「アハハハハ、そうかもしれませんね。でもそうであれば、おたくはISO規格を満たしている、あるいは世間並みであったということが分かったわけです。つまり無駄ではなかったと言えるでしょう」
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「佐田さんは口が達者だということが分りました。そいじゃ、次に行ってください」
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「5.5.1責任及び権限というのは文字数がありませんが、具体的にはどういうことですか?」
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「まず、責任と権限とは通常あまり区別しないで使っていますが、本来は別個のものです。責任とはその人がしなければならない仕事です。お店の掃除するとか、お客様が来たら応対して販売しお金を頂くという仕事とか、頼まれたものを届け先に確実にお届けするということが責任です。権限とは決裁できることといいましょうか、何か決定してもよいと社長が認めているようなことです。例えばつり銭が合わないとき、いくらまでならあなたが良しと判断して良いとか・・あまり例えが良くないかな?」
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「佐田さんのおっしゃることと違うかわかりませんが、パートの人を採用するのはせがれに任せているのは権限というのですかね?」
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「そうそう、それこそが権限です。責任は働いている人全員がそれぞれ負っています。権限は与えられた人が持つ力です」
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「よく分りました。すると、この5.5.1で書いていることは、それぞれの責任と誰がどんな権限を持っているかを、みんなに知らしめなければならないということか・・」
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「その通りです。そうしないと自分の仕事が分らないし誰の指示で動くべきか、問題が起きたとき誰に相談するか分らないことになります」
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「ウチでは店の問題は俺かせがれがいないときはパ−トの吉高さんに決めてもらうことになっているし、工場では菅野さんが仕切ることにしている。それは誰でも知っている」
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「そうですか。新人が入ったときにはそういったことを教えているのでしょうか?」
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「特に紙には書いてないが、吉高さんの指導で仕事をしてほしいと言っているからまあ不都合はないね」
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「けっこうです。ここで言っているのはそんなことですよ。 ただ、普通は口で言っただけで大丈夫かもしれませんが、時が経つと忘れたり、いつしかその決まりが風化してしまうかもしれません。ISO規格ではそういったことを紙に書いておけといっています」 | |||
「まあ今までではそんな問題はなかったなあ〜、わしかせがれがいつも店にいるわけだし」
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「5.5.2管理責任者というのはどういうことなんでしょうか?」
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「アハハハハ、いや失礼、管理責任者って言葉はおかしいですよね。文字通り読めば『経営の代表者』ですね」
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「経営の代表者って? わざわざ任命するも何も、社長であるせがれがすべてを取り仕切っているわけで・・」
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「まあまあ、大きな会社では、オーナーと社長が違いますし、管理職が多数いますので、そういうことをはっきりさせろってことでしょう」
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「でもそれはその前にある『責任及び権限』とダブっているように思えますね」
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「いやはや、初心者と言っては失礼かもしれませんが、みなさんに突っ込まれるような規格ではいけませんねえ〜。お断りしておきますが規格の文章が悪かろうと私は関係ありませんよ」
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「だいぶ時間が過ぎたし、店の者が交代で休憩にこの部屋を使うので、今日はここまでとしませんか」
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「しかしどうもこの規格はあいまい過ぎるように思いますね」
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「確かに2000年版以降のISO9001はあいまいでなにを言っているのか分らないですね。 次回は参考までに改定前の古い規格をもってきましょう」 |