マネジメントシステム物語85 規格改定説明会

14.10.9
マネジメントシステム物語とは

2012年4月、佐田も晴れて定年となった。佐田の勤めている会社では満60歳になった翌年の入社日に定年となる。とはいえ佐田はすぐに引退するのではなく、嘱託で残ることになった。
嘱託になるとこんなふうに・・
今まで 矢印 現在
佐田
これやってくれ
竹山
これやってくれ
矢印 矢印
竹山
ハイわかりました
佐田
ハイわかりました
賃金は社員の時に比べて半減するが、世間の水準と比較すればまあ妥当だろうと思う。
実際に嘱託になると仕事は大きく変わった。まず社内の定例会議には呼ばれることがなくなった。もう派遣社員やパートと同じ扱いである。でも佐田は残念無念という気はなく、気楽になったと感じた。今更若いものと張り合う気もない。それに会議に出るということは、積極的に仕事に関わらなければならず自分に仕事が割り当てられるということだ。
嘱託になってからの佐田の仕事は、企画とか機密の案件から外されて、関連会社への指導とか監査員として出歩くことがメインとなった。全体的に負荷も軽くなり、出張も以前のように日程が厳しいこともなく、週に2日くらいの出張は楽しいと感じる。もちろん監査は簡単でも楽でもないが、そんなことは今までしてきたことで大変だと思うほどのことはない。
そんなわけで、佐田はのんびりと老後(?)の生活を楽しんでいる。

嘱託になって数か月が過ぎた。今日は田町の某所で開催されたISO14001規格改定の説明会に来ていた。そんな説明会でも受講料として大金をとるのだが、どこからか無料招待券が環境管理部に回ってきた。今では自分の上司にあたる竹山が、息抜きに行ってらっしゃいという。佐田はISO規格が改定されるまでは会社にいないよと辞退したのだが、どうせ忙しくないんでしょと言われてしまった。
講演会場は200人くらい入りそうだが、入場者は半分より少し多いくらいだ。ISOなんとか委員という人がプロジェクタで規格改定について説明するのだが、佐田には改定の意味も意義も理解できない。規格関係者とかコンサルタントに解説や本を書いて、お金儲けする機会を作るためとしか思えない。
そもそも1996年にISO14001が制定されてから今までに、社会にどのような貢献を成したのか、数値でとまでは言わないが、具体的に説明すべきだろう。そして「費用対効果が明白であるから認証制度を継続する」のだという説明を聞かないと認証の価値があるかどうかわからない。
そして「しかしながら今までのISO14001の不備、不足によってこのような不具合があって、これだけの損失があった。だから規格を改定することによりその不具合が解消され、これだけの改善効果がある」という説明なくて規格改定もないだろうと真面目に思う。
それがなくて単に改訂する時期が来たから規格を改定しますというような理屈には納得できない。もちろんISOだかなにかがISO規格のアンケートをしたとき佐田も回答をしたが、あんなアンケートでは規格改定の必要性が判断できるとは思えない。
ISO規格は5年ごとに見直しして、改定、継続、廃止を決めることになっている。その決定は、いいかげんなアンケートとか委員の気分で決めてほしくないね、ちゃんと経済計算をして決めてほしいものだ。
あっ、規格改定がないと認定認証制度関係者とISO事務局が失業してしまうので、その失業対策かも知れない!
給茶機

休憩になったので佐田はロビーで給茶機のコーヒーを飲む。
今の時代でも喫煙者というのは多いようで、喫煙室は満員状態だ。あんなところに入ったら、服が臭くなってしまうだろうと、タバコを吸わない佐田は考えただけでぞっとした。
突然ドンと肩を突かれた。ギョットして振り向くとなんと伊東委員長がいる。もっとも今でも組合委員長をしているはずはない。いったいどうしてここにいるのだろう? 何年ぶりだろう? 10年いや10数年になるのではないだろうか?
佐田
「伊東さんじゃありませんか! いったいどうしてここに?」
伊東
「久しぶりだな。だいぶ髪の毛が白くなったな。あそこに菅野さんがいるよ」
昔の話を忘れた方へ
15年ほど前、佐田が出向した関連会社で労働組合の委員長をしていたのが伊東であり、そこで佐田の助手になって品質保証体制を見直したりISO9001認証を手伝ったのが菅野である。
伊東はその後、タイの工場に行ってダイレクタになり、菅野は審査に来た外資系認証機関にみそめられ審査員になり、今ではその認証機関の取締役になっている。
そして佐田は本社に転勤になってISO認証や環境監査をするようになった。


佐田が指さす方を見ると懐かしき菅野さんが立っている。年相応に老けた菅野さんは、見覚えのある紳士と和やかにお話し中だ。相手は大手認証機関の社長のようだ。佐田は面識がないが、雑誌に写真が載っていたのを見たことがある。菅野も小さいとは言えど認証機関の役員だからお知り合いなのだろう。
伊東
「どうだい、こんな説明会なんて聞いてもしょうがないだろう。外に出て話でもしないか」
佐田も同感だった。どうせ会社に戻っても今日の予定はないし、規格改定説明会の報告なんてすることもない。社内でISOに関心があるのは佐田くらいだ。それに改定までまだ3年もあり、これからどんどん変化があるだろう。改定内容がまだ漠然としているのに説明会を開くとは、これも金儲けにすぎない。
佐田
「うれしいですね。ちょっと席に戻ってカバンを持ってきますよ」
伊東
「そいじゃ、俺は菅野さんに都合を聞いてみよう」
数分後、佐田がロビーに戻ってくると、伊東と菅野が待っていた。
佐田
「菅野さん、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
菅野
「私のISOの先生、お元気?」
伊東
「そいじゃ出ようか」

三人はまだ日が高い歩道を田町駅の方に歩いた。
伊東
「どこでもいいな」
そういって伊東は居酒屋というよりも古びた食堂のようなところに入った。
三人はあまりきれいとも言えない席に座ってビールを頼む。
乾杯をして話を始める。
佐田 ビール 伊東 ビール 菅野
佐田
「伊東さんは今どんなお仕事をされているのですか?」
伊東
「仕事なんてしてねーよ。俺はもう66だよ。この歳で仕事なんてしてらんねーよ」
佐田
「でもISO改定説明会に足を運んだなんて、なにもしてないわけないでしょう」
伊東
「まあな、タイで定年になったとき、日本に帰らず向こうで仕事がないかと探した。幸い付き合いがあった日系企業から来ないかなんて誘われて、2年ほどそこで現場の指導をした。62になってもう十分働いたと思ったんだよなあ〜、向こうに住み着くって選択もあったんだけど、なんだかその頃からタイの政情がきな臭くなってさ、まあ日本人が住んでいるところは安全だとは思うけど、万が一も困ると思った。
そんなことがあって12年住んでたタイにさよならして、日本に戻ることにした」
佐田
「息子さんがお医者さんになったと伺いましたが」
伊東
「そうなんだ。トンビが鷹を産むってやつかな。秋田の医学部を出て向こうに住み着いてしまった。 乳牛 俺たちも今更那須山麓で牛を飼うって気にもならず、もう仕事は何もせずに矢板あたりに住もうかどうか悩んだ。
伊東委員長は昔、兼業農家で乳牛を飼っていたのだ。
ところが拾う神はどこにでもいるもんで、タイで知り合った人が秋田に住んでいて、タイ進出のコンサルとISOのコンサルを一緒にしないかって声をかけてくれた。ということで、今、秋田に息子の近くに住んでいる」
佐田
「そいじゃ良かったですわね」
伊東
「まあ、コンサルいっても金目的じゃないからね、暇つぶしと社会貢献だよ。そういうことをしていると俺も世の中に役立っているって勘違いするじゃないか。勘違いでも生きがいになる。めったに東京になんて来ないよ。佐田はもう引退してしまったと思っていたよ」
佐田
「まあ年金がもらえるまでは働こうと思いましてね、
ところで去年の東日本大震災ではどうだったのですか?」
伊東
「幸い秋田県では震災の犠牲者はいなかったと思う。俺たちの住んでいるところも家具が倒れた程度で大した被害はなかった。もちろん停電はあったし交通機関が停まるなどはあったが・・」
菅野
「大蛇機工は古い建屋は壊れたり、機械が壊れたりいろいろあったようでしたね」
伊東
「あそこは地盤が悪かったからなあ〜」
三人はしばし沈黙した。三人共震災で大きな影響は受けなかったが、それぞれ犠牲になった知り合いはいた。

佐田
「菅野さんはどんな状況ですか?」
菅野
「アハハハハ、私はあいも変わらずよ。ウチは外資系だからトップは外人のわけ。だから私は今以上に昇進する見込みはないわね」
佐田
「と言っても取締役なんだから十分じゃないの? M商事にいたら部長になれるかなれないかってとこでしょう。オロチはM商事に比べようもないけれど、オロチにいたって取締役になれませんでしたよ」
佐田もいささか辛辣だ。
菅野
「まあ、そう言えばそうよね。M商事で私と同年配の女子総合職で課長になった人は数えるほどだわ」
佐田
「じゃあ、大出世された今は十分じゃないですか」
伊東
「佐田はどうなんだ?」
佐田
「いやあ、お恥ずかしい。今は嘱託ですが、社員のときも平社員でしたよ。生涯一平社員、生涯一捕手の野村監督と同じです」
伊東
「野村とはレベルが違うような気もするが・・・まあ、元気にやっていればいいんじゃないか。しかし素戔嗚すさのおも見る目がないなあ〜。お前なら課長どころか部長くらいになっていたかと思っていたが」
佐田
「私はそういう職制に沿った昇進とは縁がなかったようです。まあ、自分自身会社人生を楽しんできたのですから良しとしましょう」
伊東
「確かにお前は指揮官というよりも、参謀と言うのか、スタッフ的な企画などに向いていると思うよ。お前には似合いの仕事だったのだろう。
そいで佐田は今何をしているんだ? ISOとかまだ関わっているわけ?」
佐田
「特にISOってわけではありません。関連会社の環境監査とか環境管理や法規制についての指導などをしております。その中でISOについての相談を受けることもありますが・・」
菅野
「ともかく昔一緒に働いた三人がここで会うなんて本当に奇遇ですわ。私たちの頑張ったおかげかどうかはともかく、大蛇機工も盤石だって聞いてますよ」
伊東
「年に一度、歴代役員が会合を持っているんだ。俺も引退したときは一応取締役になっていたから参加する。武田も今は取締役になっている。星山にも会う。彼は先輩からも後輩からも大蛇中興の祖と呼ばれて一目置かれている。確かにそれだけのことをしたからな。
だが佐田がいなかったら星山もあれほど成果を出せなかっただろう。佐田が参謀とすれば、星山はすべてを部下に任せて責任を取るっていうタイプだからなあ〜。参謀が良ければ名指揮官になり、参謀がダメなら無能な指揮官ってわけだ。星山は熱意も責任感もあったが作戦能力は佐田のおかげだ。本来なら佐田も呼ばねばならんな」
佐田
「よしてくださいよ。人間は過去の成果に安住するのではなく、常に前を向いてチャレンジしていなくちゃいけません。
それに最近は昔のことを考えると、できごとの前後関係がわからなくなることがあります。歳をとってしまったということでしょうね」
伊東
「ともかく佐田はISO認証制度のおかげで頭角を現したのは事実だな。今、武田が大蛇の取締役といっても、本社でグループ企業の環境管理を仕切っていた佐田には比べられない。文書に書かれた権限とか決裁できる金額ではなく、実際に大きな組織を動かすということはやりがいがあっただろう」
佐田も確かにそう思う。仮定の話をしても意味はないが、仮に佐田が順調に課長になっていたとしても部長になれたとは思えない。そして製造部門の課長なら、能率管理、品質管理、作業改善で日々過ごしていただろう。それに比べて本社で10数年グループ全体100数十社の環境行政をしていたというのは、役職とか賃金では計れないやりがいがあった。
もしISO認証制度がなければそういう仕事に就くこともなかったことだろう・・・
菅野
「ところで伊東さんはISOコンサルをされているとおっしゃいましたけど、今はどうなのよ?」
伊東
「どうなのよって?」
菅野
「ぶっちゃけた話、最近は新たに認証する会社が減ってしまって、私たちはオマンマの食い上げよ」
伊東
「確かに俺は今の仕事を始めて数年しかたっていないけど、今は新たに認証したいとコンサルを依頼してくるところはほとんどないな。俺が日本にいないとき、今から10年くらい前は建設業界はISO認証が大流行だったと聞く。でも今は建設業もISO返上するところが増えているな」
菅野
「そうでしょう。困っちゃうわ」
佐田
「そりゃISO認証して効果がなけりゃ、無駄なお金を使うのを止めるのは当たり前でしょう」
菅野
「まして数年前に企業不祥事が多発したときに、JABが認証は信頼できないなんて言い出したものだから・・呆れてしまうわ」
佐田
「あのとき私は非常に関心があったと言いますか、私の本務でしたからいろいろ調べました。データを調べると環境不祥事が多いとか、認証企業に不祥事が多いなんてまったくの間違いだとわかりました。私はISO認証が効果があるとは考えていませんが、結果として認証している企業の方が認証していない企業よりも、事故や違反が少ないのは間違いないようです」
菅野
「JABが認証が信頼できないなんて言ったとき、私たち認証機関もずいぶんいろいろあったのよ。
国内系の認証機関はJABにあまり反論しなかったようだけど、外資系の認証機関はJABの見解に反対だったの。まあ、ここは日本だからああいう納め方しかなかったのかもね」
伊東
「ISOの始まりから関わっていた俺に言わせると、ISO認証で会社が良くなるとかパフォーマンスが良くなるなんて考えることがおかしいと思うね」
佐田
「伊東さんのおっしゃる通りです。でも世の中はそれでは通用しないようです」
伊東
「通用しないって? そりゃどういう意味だ?」
佐田
「世の中の人、つまりウチの家内とか娘なんてISOも知りませんし、息子はISOなんて聞いたことがあってもそれに価値があるなんて思っていません。
でも世の中には変なことを考える人がいましてね、主婦連なんてご存じでしょう」
伊東
「ああ、怖いおばさんたちだよな。俺がタイにいたときこんにゃくのお菓子でのどを詰まらせた子供がいるから売るなって騒ぎを起こしたって向うでも報道されていたなあ〜」
菅野
「こんにゃくでのどを詰まらせる人よりも、餅をのどに詰まらせる人が多いんじゃない」
伊東
「それを言うならご飯やパンをのどに詰まらせるほうが餅よりも多いと思うよ」
佐田
「そういういい子ぶりっ子が年だけ食ったようなおばさんたちは、ISO認証が倫理まで評価しているように思ったんでしょうねえ。呆れたことです。
主婦連の事務局長でしたか、『認証制度の信頼を裏切った』なんて言いましたっけ。笑っちゃいますよ」
伊東
「はっ、意味が分らんが・・・」
菅野
「伊東さん、それはね、元々一般主婦がISO認証を信頼していたどころか、ISOそのものを知らなかったのですから、『信頼を裏切った』なんて言うのは論理的に偽でしょう」
伊東
「ああ、そういうことか。なるほど、日本では感情的なことでISO認証が非難されていたというわけか。ま、タイでもISO認証ってすごいって思われているけれど信頼はされていないな、アハハハハ」
佐田
「ともかく、認定認証制度の元締めであるJABが認証の信頼性がないと語っているのですから、信頼性が上がるわけありませんよ」
伊東
「なんかで読んだが『MS信頼性ガイドラインに対するアクションプラン』ってのを作って活動しているとか」
佐田
「アハハハハ、伊東さんそれをお読みになりましたか? 連中は、いや失礼、菅野さんもその一派でしたね、彼らはISO規格を読んだことがないようだ。ISO14001では実施計画とは『関連する部門及び階層における、目的及び目標を達成するための責任、手段、日程』を文書化することになっています。でもそのアクションプランとは名ばかりで、願望を描いただけ。責任も手段も日程もありません。そもそも線を一本引いただけの図を活動計画とは呼びませんよ。あんなもので良いのなら、ISO審査で環境実施計画の不適合が出るはずがありません」
菅野
「佐田さん、ちょっと待ってよ、あんなアクションプラン私たちだって認めてないわ。でもこれまた日本的なのよね。大東亜戦争を誰が決定したのか分らないっていうじゃない。その場の雰囲気、権力者の様子、要するに空気よ、空気
まさに山本七平の空気ですよ」
山本七平なんて今の人が知っているかどうかはわかりません。
伊東
「ISOの考え方の対極にあるということのようだな」
菅野
「そうなのよね。そういう空気の世界において、ISO的考えが根付くはずはなく、それ以前にISO的考え方、手法が日本になじまないと思う」
佐田
「そうですかねえ〜、ISO的考え方といっても別に日本人に合わないわけじゃないと思いますよ。というか、今までしてきたことを文章にしただけって気もしますがね」
菅野
「あらそうかしら、じゃあISOが効果がないとか言われているのはどうしてなの、佐田さん」
佐田
「ハハハハ、そう問い詰められても困りますよ。私はISOはというか現行のISO規格は守備範囲がもっと現場よりのもの、現場のツールにすぎないと思っているのです」
伊東
「ホウ、どういうことだろう。もう少し詳しく・・」
佐田
「昔、小集団活動なんてのを覚えていますか?」
菅野
「1970年から1980年頃流行ったものですね。現場の人たちに自ら課題を見つけさせ自ら解決していくという流れでしたよね」
伊東
「今だってやっているところは多いよ。QCサークルなんて名前が多いようだけど。
で、小集団活動がISOとどう関わるのかな?」
佐田
「ああ、いや小集団活動とは関係ないんですがね、会社の経営を小集団活動でしようって考える経営者はいないと思います。いや会社を小集団活動で良くしようとさえ思わないでしょう。小集団活動は現場のやる気を出させるものですから」
伊東
「思い出したぞ、20年も前だったけどお前が現場を改善しようとしたとき、まず現場の人たちにやる気を持たせるということだったな」
佐田
「そうそう、なかなか本題にたどり着きませんがね・・・私の言いたいことはISO14001でもISO9001でも会社経営レベルとは関係ないだろうということです」
菅野
「会社の経営と関係ないと言われると同意しがたいわね」
佐田
「半年ほど前、私が住んでいたマンションのオーナーに相談されたのです。マンションのオーナーといっても本業は饅頭屋なのです。それで饅頭屋の売上拡大とか改革をISOでできないかというのが相談事でした」
伊東
「ほう、それは面白そうだな」
佐田
「伊東さん、面白いわけがありません。伊東さんはお金になるかもしれませんが、私にとっては休日がつぶれるだけでお礼もなしですよ。
ともかく、ISO規格はそんな力はありませんよ。もちろん頭から決めつけたわけではありません。そのときオーナーと現社長やその息子などといろいろ考えたり試行したりしました。結論として当たり前のことを再確認したというわけです」
菅野
「当たり前のこととは?」
佐田
「企業というのは創業者の理念とか理想があって存在し、その目標の実現に努める組織ですよね」
伊東
「まあ、理想論からいえばそうなんだろうなあ」
佐田
「ISOとはそういう観点から見れば、指値さしねで与えられた目標を、効率的に確実に実現するための仕組みを作れという要求事項にすぎないということです。
会社の経営を見直すにはもっと上位の概念というか発想でなければならないということ」
伊東
「ああ、言っていることが分かったぞ。要するにISOの効果というのは小集団活動と同様に低い階層を対象にしているというのだな。そして経営レベルには有効ではないということだ」
菅野
「そんなこと当たり前でしょう。経営ってのは経営判断っていうけれど、ISO規格要求のようなものをいくら書き出してもできるものじゃないわよね。もっとも変にISOに関わっている大学教授なんかは、ISO規格は経営の規格だとか、真の経営者でないとISO規格の価値が分らないなんて言うのよ。
アハハハハ、あっ思い出し笑いよ。先日お会いした有名大学の環境経営の教授がね、『海外の企業経営者はISOを理解しているが、日本の経営者はISOを現場のものだと思っているからダメなんだ』と騙っていたわ。まったく分ってないんだから。イギリスの経営者がISO規格をありがたがっているとでも思っているの! BS7750は単なる品質保証が発祥なのに。そんなことも知らずに舶来だからってありがたがっているなんて」
佐田
「外資系認証機関にいるとそういう認識なんですか。私はそれを悟っていませんでしたよ。自ら試行錯誤して気付いたところです」
伊東
「それよりもさ、昔、佐田から教えられたけど会社には、固有技術、管理技術、士気が必要だって言われたよな。現場にいるとそれは実感するよ。そして最低必要なものは固有技術だ。それがなくちゃなにもできない。
ISOは管理技術だからな。固有技術があってそれを継続して安定して作るときに必要になるわけだ。管理技術をいくら極めてもなにもできない」
佐田
「そうですね。しかしなぜに世の中はISOにコロって騙されちゃったんだろう」
菅野
「騙すっていうと聞こえが悪いわ。仲人口を語るコンサルや認証機関があったってことでしょう」
仲人口なこうどぐちとは、仲人が縁談をまとめるため、悪いことを言わず良いことばかり話すこと。
仲人など出る幕のない現在では死語か・・・
伊東
「俺も向こうに行ってからISOの本とかをずいぶん読んだけど、会社を良くするとか経営に寄与するなんて書いてあるのがほとんどだったなあ〜」
菅野
「結局できもしないうまい話ばかり語っていて、世の中がそれを信じ込んで、実際にはできなかったから世の中が離れたという単純な流れなんじゃない」
伊東
「じゃあ、初めからISO規格なんて商取引の要件に過ぎませんよと言っていれば良かったんだ」
菅野
「ただそれでは市場規模が小さいのよね。まして参入障壁が低いビジネスモデルだから、誰かが禁断のキャッチフレーズを使い始めると他の認証機関も追随しないとやっていけないわけでしょう。そしてみんな走り始めると止まるに止まれずに崖に向かって走っているのだと思う」
佐田
「マネジメントシステムなんて発想そのものがしょせん刺身のつま、真打は固有技術なんでしょうね」
伊東
「ISO規格とISO認証は違うけど・・・ISO認証というのは生産に寄与するものではなく、企業の外だけでなく内部でも本業に寄生して甘い汁を吸った人たちがいたということなのだろうなあ」
菅野
「私が言うのも変だけど、ISO認証制度は終わったと思うのよね。制度が存続するとか登録件数がどうこうではなく、客観的に価値が認められないということで制度は崩壊したのよね」
佐田
「菅野さん、崩壊って、まだそんな状況じゃないでしょう」
菅野
「まだ損益がとれなくなる状況になっていなくても、過去のトレンドを見て間違いなくそうなると思えるわ。少なくてもこれでビジネスをしている者としては、撤退するか残存利益をかき集めるか、その判断をしなくてはならないし、しているところよ」
2014年、某予備校が各地の教室を大幅どころか徹底的に縮小して話題になった。素晴らしい経営判断だと思う。そういう判断は絶対にISOなどとは関わりない。まさかISO規格を理解していればそういう経営判断ができるなんて語るコンサルも認証機関もないと思う。
伊東
「ほう、もうそんな状況かい?」
菅野
「QMSとEMSが主力商品だったけど、もうライフサイクルは終末よね。新しいMS規格でそれに代わるようなものがない状態でしょう。具体的には言えないけど、同業他社には撤退や身売りしているところもあるし、業務提携とかいろいろあるわね」
佐田
「私はISOが本業じゃないし、伊東さんは老後の暇つぶしでしょうけれども、菅野さんとしては辛い立場じゃないの」
菅野
「認証件数はどんどん減っているし、ノンジャブとか自己宣言の確認するビジネスもあるし、もう安値攻勢も大変だわ。せめてもの救いは私の場合、個人的にはいつ辞めてもいいということかしら」
伊東
「田舎に帰って旦那さんの商売を手伝うのか?」
菅野
「まあ、長いこと勝手気ままにしてきたから、夫ばかりでなくお舅さんにもお姑さんにも罪滅ぼしもしないとね」
佐田
「娘さんは今どうしているのですか?」
菅野
「アメリカに留学中、日本に戻って来るかどうかわからないけど」
佐田は伊東の息子が医者になって、菅野の娘がアメリカの大学院に留学していると聞いて、自分の豚児を思うといささか気が滅入った・・
まさに石川啄木が如く、じっと手を見るのであった。

うそ800 本日の舞台裏


マネジメントシステム物語の目次にもどる

Finale Pink Nipple Cream