審査員物語18 試験を受ける

15.02.26
審査員物語とは

三木は先週一杯、ナガスネ認証機関の審査員研修を受講していたので、月曜日久しぶりに出社した。まあ別に担当している仕事があるわけではなく、机の上はきれいなもんだ。もちろん書類がないだけでなく、毎日ビル清掃会社が床も机上も掃除をしてくれている。

まだ出社している人がほとんどいない。三木はコーヒーを飲みながら研修を思い返す。講義は今まで個々に受講した、 コーヒー ISO規格解説、法規制、環境側面などを集合させたようなものであって、特に新しいものを学んだという気はしなかった。今まで個々に講習を受けたのはお金が無駄だったかという気もしたが、事前知識なく直接5日間講座を受けたらやはり消化不良になってしまっただろう。だから重複ではあっても今までそれぞれの講習を受けていてよかったのだろう。
さて、問題は最終日の試験だなと三木は思う。とはいえペーパー試験でミスったという気もしない。まあ十中八九は大丈夫だろう。合格通知が来たら即、産業環境管理協会に審査員補登録をしなければと思う。
そうそう、申請に必要な書類のリストをもらったなと三木は思い出す。卒業証明書などを入手しなければならない。卒業証書のコピーでも良かったようなことも書いてあったような気もする。卒業証書なら自宅のどこかにあったはずだ。もっとも本棚や押入れを探すなら、大学に証明書を依頼した方が早いかもしれない。
それから5日間講習では講義だけでなく、いろいろな人に出会ったということがメリットだと感じた。そうだ、名刺交換した人にはお礼メールを出しておこう。今後なにかあったとき相談することもあるだろう。もしメンバーから審査員になる人がいれば、お互いに悩みごと相談ができるだろう。

三木はパソコンを立ち上げて、勉強計画の進捗を記入した。

勉強計画
今までのところ、ほぼ予定通りに進んでいる。公害防止管理者の試験まであとちょうど二月だ。試験直前になれば脇目を振る暇もないだろうから、今月は危険物取扱者の試験と特管産廃の講習を受ける予定にしている。危険物のテキストも何度も読み返し、過去問も繰り返し解いていて、大丈夫のつもりだ。とにかくひとつでも成果というか形あるものにしておかないと落ち着かない。審査員研修も合格ならとにかく審査員補登録をしておかねばならない。

三木は勉強計画表に進捗を追記してセーブして、メールでそれを課長と美奈子に送る。これが週報替わりである。彼らも三木が1週間いなかったので研修とその後の試験が気になっているだろう。
それから三木は講習会で配布されたテキストを広げる。気になったこと、調べる必要がある箇所にポストイットを張ってある。テキストの小口はもうハリネズミのようだ。これらの気になったことを調べてまとめておこうと思う。取り出したノートはもうVOL.8になっていた。

始業後一時間ほど経った頃に美奈子が三木のところにやってきた。
美奈子
「三木部長、メールは拝見しましたが、研修はどうでした?」
三木
「ああ、みなちゃんか。うーん、今まで受けた講習と内容はたいして変わらないように思ったけど、今回は試験があり、合格しないと大変だから受講者は今までと違って真剣だったよ。私もだけど。
不合格になると受講料がパーだからね」
美奈子
「しかし受講料が32万なんてすごいですよね、40時間として1時間8千円ですか」
三木
「確かに。まあ昼飯が豪華だったね。1食千何百円かしたんじゃないかな。それとディナーが一回ついていて、講師と語るという機会があったよ」
美奈子
「それにしたって弁当代が5日で7千円、ディナーが4千か5千というところでしょう。あとは講師代と資料代、そして会場代ですか」
三木
「そう考えると講習会というのは丸儲けだね。20人いたから640万の売上でコストはせいぜい200万か、利益率60%とは驚きだ。普通の商品じゃそんなぼろ儲けはないね」
過去に私は審査員研修の損益を検討したことがある。
あのときの結果は、受講者7名が損益分岐点で、それ以上となるとウハウハの大儲けになるという結論だった。
もちろん受講者が20人いるという前提でだが・・・実際はどうなんだろう?
美奈子
「部長、大事なことですけど、修了試験の見通しはいかがですか?」
三木
「おお、みなちゃん、それは・・・大丈夫だと思うよ。ミスはあるかもしれないけど自己採点では9割は取れたと思う」
美奈子
「それじゃ安心ですね。審査員補申請の準備をしなければ・・」
三木
「卒業証明書を取り寄せるとか、リストをもらってきたよ」
美奈子
「業務従事の証明とかいろいろありますわよ」
三木はガサゴソと資料を探った。
三木
「あった、あった、申請に必要なリストだ」
美奈子
「それじゃ部長、できるところは手配していただけますか。従事の証明はまだここに来て半年たっていませんからどうしましょうかねえ〜」
三木
「そういえば大宮支社の支社長は異動になったそうだね。とすると誰に書いてもらえばいいのだろう?」
美奈子
「本部長に書いてもらえばいいですよ。職制上、本部長は支社長の上ですから問題ありません」
三木
「おいおい、本部長って、役員の手を煩わすなんて・・」
美奈子
「あらご心配なく。私がすべて埋めてサインだけいただきます。部長はご自身でしかできないことをお願いしますね」
三木
「ええと、これをみると環境業務従事経験が必要とある。私は環境業務なんて関わったことがないが・・」
美奈子
「環境管理部の本田さんに伺いましたが、美味いこと表現すればどんなお仕事でも環境に関わるっておっしゃってましたよ。三木部長も営業部門として顧客の環境配慮情報収集を行い、製造部門とその実現のために仕様検討と検証を行ったとか、まあそんなことを書けばよろしいそうです。私が見繕っておきますから部長が後でご確認ください。」
美奈子はなににつけても如才ない。三木は美奈子に頼むことにする。
美奈子
「ええとご参考までですが、今日の午後一から今年出向した方々が出向元への報告で本社に来ます。もちろんここではなく、事業部から出向されていれば事業部にいらっしゃいます。もしお会いしたい方がいらっしゃいましたら、事業部の庶務の方に声をかけておかれたらよろしいかと思います」
三木
「どうもありがとう。事業所長クラスになれなかった連中はみな出向したんだろうなあ。私だけかここに残ったのは」
美奈子
「みなさん出向して落ち着けば、まあ1年くらいですかね、転籍になります。それまで打ち合わせとかなにかで二三度お見えになります」
三木
「よし、あとで事業部に顔を出してくるよ」

三木は出身事業部に行って担当の女性に誰が来るのかを確かめ、来たら連絡してほしいと頼んでおいた。出向先の報告とか相談とかいろいろあるようで、午後一に来て3時くらいまでかかるようだ。
3時少し前に電話をもらった。三木は上着をはおって出かけた。
事業部の打ち合わせ場に二人が待っていた。
大曾根島田三木
大曾根島田三木
三木
「やあ、しばらく、お二人とも元気そうだな」
大曾根
「三木よ、お前はまだなにも仕事せずにここにいるんだって?」
島田
「おいおい、うらやましいなあ。俺なんて大変だよ」
三木
「いや、俺も大変なんだよ。新しい仕事に就くには資格が必要で、それに合格しないと引き取ってもらえないんだ」
大曾根
「おれだってまったく見知らぬ仕事で今のところ勉強が仕事だよ」
三木
「勉強ってどんなこと?」
大曾根
「我々は営業にいたから営業の仕事ってわけじゃなく出向先が販売会社だってことだ。だから出向して営業を担当するわけじゃない。俺の仕事は総務でさ、総務の仕事なんて全く知らないから勉強中だ。もしなんとか勤まるってわかれば総務部長になってゆくゆく取締役になるってコースだ。もっとも総務部長って言っても、親会社とは違うから人事も経理もビル管理もなにもかもが、言い換えると営業以外担当ってことになる」
三木
「大曾根君、総務部長なら資格もいらず試験もないじゃないか」
大曾根
「弱音は吐きたくないが、最近はいろいろと難しくなってきているんでなあ。例えばセクハラだろう、セキュリティだろう、話す言葉も差別とか使用禁止語とか。それに情報システム管理なんて俺は今まで関わったことがないぜ」
島田
「俺は営業担当なんだが、とんでもない会社でさ、過去数年間売上絶賛減少中、累損厖大ってところで、これを建ち直せってのが与えられた仕事だよ」
三木
「いやはや、お互い大変だな」
島田
「お前は大変じゃないだろう。たかが試験を受けて合格すれば出向できるならうらやましい限りだ」
三木
「うーん、それも大変だな。俺たちも若いときと違って無理もきかないしね」
島田
「試験も大変だろうけど文字通りの試験なら解があるというだけで困難さが違うよ。俺の場合、売り上げを伸ばして利益を出すなんてことには、そもそも解がないような気がしている。会社としては最大頑張ったという姿勢を社員に見せて最終的には清算をもくろんでいるんじゃないかな。つまり俺は人身御供ってわけだよ」
大曾根
「そんなことないだろう。お前が起死回生の手を打てば社長にだってなれるかもしれんぞ、アハハハハ」
島田
「またまた冗談じゃないよ。ま、確かにそこのプロパーから見ればその会社が最終的にダメになったとしても、俺はまた次の職場があるだろうけど、そこの人たちはおしまいだからな。でももっといい会社に行きたかったとは思うね」
大曾根
「だけどいいところなんてあると思うのもおかしいぞ。いまどき机に座っているだけで62とか63までは賃金保証なんて仕事があるはずがない。それにそんな天下りではやりがいがないだろう」
島田
「ま、それはそうだ」
大曾根
「三木は具体的にどんなことをしているんだ?」
三木
「俺の場合、出向するには公害防止管理者という国家資格、まあ試験のむずかしさからいえば現場の優秀な奴なら合格するレベルかな、公害防止管理者といってもたくさんの資格に分かれているんだが、その主なものを二つとること、それとISO審査員という業界資格の試験に合格するってことが出向の条件なんだ」
大曾根
「合格しないと出向できないのか?」
三木
「まあそうだ。人事は合格できなかったらどこか出向先を見繕ってくれるということは聞いている。いつまでも俺をここに置いておくわけにもいかないだろうからな」
大曾根
「まあその次善の道はあまり期待しないほうがいいな。おれたちよりも楽な仕事があるとは思えない」
三木
「俺もそう思うよ」
島田
「だけど考えてみれば俺の場合とは違い、三木の場合、単にペーパー試験に合格するだけならがんばればなんとかなりそうに思うね。少なくても合否を決めるのは己の努力だけだ。ビジネスでは買い手も競争相手も、その他の環境の要素が大きく、自分の努力だけではなんともならないから」
三木も確かにそう思う。
大曾根
「確かにそうだな。俺の場合だが、昨年やはり営業から代理店に出向してそこの総務部長になった人がいた。彼に女子社員が飲み会で酒を勧められて困ったという相談があってさ、そのくらい我慢しろといったらしい。その後、その苦情が監督署に行ったとかで大騒ぎになって、結局その総務部長は会社を辞めたというか辞めさせられた。あんなふうになるなと言われたよ」
島田
「我々が若かったときの感覚ではやっていけないね。入社したときは事務所にヌードカレンダーなんて飾ってさ、それが若手にやる気を出させるなんていってたけど、今じゃ完璧なセクハラで訴えられてしまう。もっともそれは女性だけでなく男同じだよ。酒に誘っても、ついてくるのは3分の一もいないよ。まあ、さばさばしているとも言えるけど、こちらとしては日々の慰労とか若手に教えようかって気もあるのだがね」
三木は誰もが順風満帆でもないのだな、いや、自分の方が楽な仕事ではないかということを認識した。


ほどなくして審査員研修の合格証が三木の元に届いた。三木はうれしかった。美奈子もわがことのように喜んだ。三木は、というよりもほとんど美奈子がしたのだが、必要書類を集めて産環協に審査員補登録申請をした。ひと月後にカード形式の審査員登録証が三木の元に届いた。たいしたことではないが、橋頭堡を確保したと三木は思う。
危険物の試験を受けた。これはその場で合格したと確信した。もちろん合格して、やはりカード形式の危険物取扱者免状が届いた。
特管産廃に至っては少しも感動もしなかった。まあ、当然だろうけど
あとは公害防止管理者だけだ。


公害防止管理者試験会場は都内白金台の大学だった。ものすごい受験者の数に三木は驚いた。試験会場はもちろん受験者が入っているが、次に受験する人たちが廊下や屋外にたむろしている。平日学生がいるときの倍や三倍はいるのではないだろうか。みな雑談したりテキストを広げたりしている。これほどの数が公害防止管理者試験を受験するとは、この公害防止管理者という資格は需要があるのだろう。あるいはこの資格を持っていると就職などに役に立つのかもしれない。公害防止などに関わったことのない三木にとってはこれほど受験者がいるのが不思議でならない。
試験を終わって出ると、試験会場の外では名前を登録すると正解を後で送るという人が受付をしていた。まわりの受験者に聞くと、通信教育やテキストを売るために住所氏名を集めているのだという。不合格になった人はダイレクトメールを見て通信教育を申し込む人もいるのだろう。いずれにしても受験者が多くないと成立しない商売だなと三木は感心した。
三木にとっては水質と大気と二日がかりだったが、ともかく試験は終わった。合格発表まで二月もあるというのは辛い。以前、誰だったか忘れたが公害防止管理者試験のウェブサイトがあると聞いたのを思いだし、検索エンジンで探したどり着いた。そこにはすでに今回の公害防止管理者試験の正解と思われるものが掲示されていた。三木はそれと自分の回答を比べた。合計ラインは合計で6割以上、一番悪い科目で4割以上とることだと聞いた。三木の回答のいくつかは正解案と異なっていたが、正解数はそれを上回っていると思われた。ただその掲示板には多くのコメントが付いていて、最初の正解案は何度も修正されている。もちろん9割方の問題の回答は一致しているのだが、各科目1・2問の回答については多々意見がありまとまらない。三木自身もそれらについては正解を決めかねていた。誰もが悩む難問なのか、あるいは正解が二つ以上あるとか正解がないという問題作成のミスなのだろうか。ともかくこれじゃ、合否がはっきりするのは12月の合格発表までわからないなと三木は思う。
しかし、最終的に合否が12月までわからなければ自分はどうしたらいいのだろう? 不合格だった場合に備えて受験勉強を継続するのか、あるいは更に環境関係の別の資格をとるとか、それとも・・
ここはどうすべきか美奈子と相談するのが一番だろう。美奈子は課長や部長に話をするだろうしと、三木は思う。

翌日会社に行くと始業後すぐさま美奈子がやってきた。
美奈子
「三木部長、試験どうでした?」
三木
「みなちゃん、正直言って難しかったよ。ISO審査員の試験とは比較にならない。うーん、合格したとは思うけど大丈夫かなという不安も半分だ。ネットには正解案がアップされているが、それもいろいろな意見があって決定版はまだない。私の回答をメモっているのだけど、正解案と比較すると合格ラインよりは上なのだが、確信はないね」
美奈子
「合格発表までまだだいぶありますね」
三木
「そうなんだよ。私の出向はいつ決まるのだろう。合格になればよいのか、あるいは合格証が届かなければならないのか、聞くと合格発表から合格証が届くまで更にひと月くらいかかるらしいね。合格通知があればよいなら2ヵ月半だが、合格証というなら4か月になる」
美奈子
「まあ、そのへんはどうにでもなるでしょうけど、ともかく合格したという事実がないとどうしようもないですわね」
三木
「そうだよねえ、とりあえず私から課長に報告しておくわ」
美奈子
「それで万が一、今回の試験で不合格になったとしても、とりあえずまた試験勉強を継続する気にはならないでしょう。これから合格発表までの二か月はISO審査の見学とかISO認証準備をしている会社の見学でもされたらいかがですか?」
三木
「みなちゃん、私もそう考えていた。環境管理部の本田さんに聞いてISO審査の見学をしようと思っていた」
美奈子
「三木部長、その他に環境関連の講習会を聞いたりするなど、いろいろされたらどうですか。今まで気が重かったでしょうから少しは息抜きをしなくっちゃ」
三木
「そんな手頃の講習会があるのかい?」
美奈子
「産環協で環境事故防止の講習会とか、労働安全衛生法の講習会なんか環境に関わりがありますから勉強になりますよ」
三木は美奈子は三木のために相当勉強しているのか、それともそのくらいは知っているのが普通なのか、それともスーパー庶務担当者なのか分りかねた。
とりあえず美奈子の意見を参考に二月過ごすことにしようと三木は思う。

うそ800 本日の予定
ええっと、審査員になるまでが長すぎたと思いましてここ二三回で途中をはしょります。次回は出向させたいなあ〜


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