審査員物語23 事業目的

15.04.02
審査員物語とは

このところ三木は審査に連れて行ってもらうことが多くなった。それで既に審査員補から審査員に昇格申請できるくらい参加実績がある。とはいえすぐに申請するつもりもない。三木もだんだんとナガスネの仕組みというか考え方が分ってきた。JRCAやCEARの審査員のランクには、主任審査員、審査員、審査員補のみっつあるが、ナガスネは独自に主任審査員と審査員の認定をしている。そして審査のリーダーにはナガスネの主任審査員でないとさせないことになっている。つまりJRCAに審査員登録しようと主任審査員登録しようと、ナガスネで審査をするには実際には関係ない。ナガスネの審査員なり主任審査員にならなければならないのだ。だから指示された通りに審査して、CEARに昇格申請しろと言われたときに申請すればよいということだ。そして実際には申請書類のまとめは事務方がしてくれるので、自分が気にするはない。そして同期のメンバーも同様だから他を気にすることもない。
それとは別に、三木は性格なのか、認証を希望する企業からの申請書類のチェックが完璧だという評判が立って重宝されている。これは同期に比べて評価が高いので悪い気はしない。

ナガスネは雑居ビルの四つのフロアを借りている。5階が受付と応接室、6階が営業部と業務部と社長室、7階が審査部と技術部、8階が会議室と講習を行う部屋がある。取締役クラスは部屋を持っていない。みな部長兼務だからそこに机を持っている。
三木が審査部のすみっこの席で書類をめくっていると電話が鳴る。とると山内取締役からだ。下の応接室に来いという。ハテなんだろうと思いながら階段をふたつ降りる。ビルが古くエレベーターも古くスピードも遅いので2階分くらいの上がり下がりは歩くようにしている。
5階には小さな応接室がたくさん並んでいる。認証を受ける会社からの訪問者と交渉するのが主要な仕事だ。そして業者と会うのとは違うから個室でなければならない。それで応接室は多い。
言われた応接室に入ると山内取締役がひとりでコーヒーを飲んでいる。

山内取締役
「おお、来たか、三木もコーヒーでも持って来い」

コーヒー 三木も会議室が並んだ奥にあるコーヒーメーカーからコーヒーを注いで部屋に戻る。
座ってコーヒーを飲む。また山内取締役の雑談相手かと三木は思う。山内取締役は話し相手が欲しいときは出向者を呼ぶのである。三木は出張が少ないので名指しされることが多い。
山内取締役
「あのよ、お前は営業で生きてきたわけだ・・・それで相談というか話を聞かせてほしいんだが」
三木
「ハイ?」
山内取締役
「社長が来年は大卒女子を雇いたいって言うんだが、お前どう思う?」
三木
「ハイ?」
山内取締役
「こんな認証ビジネスでは一番大きいのは人件費だ。だから損益改善するには人件費を下げればいいのは誰でもわかる。ここの審査員はほとんどが業界傘下の企業からの出向者だ。そしてみな部長経験者、最低でも課長経験者だ。あげくに元の企業の賃金保証ときているから年収1,000万以上になる。人件副費を含めれば1,500万というところか」
三木
「確かに新卒なら安いでしょうね。それに一旦教育すれば認証ビジネスが継続する限り再教育は不要でしょう。それに対して我々の場合、50過ぎ、いや50代半ばで来ますので平均勤続年数は6・7年程度、10年未満でしょう。常に新人教育をしているようなものですね」
山内取締役
「そういうことだ。社長の論理も分るが、そういう発想でいいのかという疑問があるんだよな。
お前はこのナガスネの事業を拡大するにはどうすればいいと思う?」
三木
「ビジネスの拡大ですか、そりゃ一言では言えませんね」
山内取締役
「一言でなくてもいいさ。どうせ時間はあるだろう。お前の仕事は1時間2時間止まってもいいんだろう」
三木
「はあ、予定よりは半日以上先行していますから」
山内取締役
「お前のことを柴田審査部長がいい人に来てもらったと喜んでいた。三木は才能があるようだ」
三木
「ご冗談を、本当に才能があればどこか関連会社に出向していたはずで、ここに来ることはなかったと思います」
山内取締役
「三木の才能には需要がなかったんだろう。
えっとさ、話を戻すとさ、まもなく株主総会でさ、今ビジョンとか長期計画とか考えているところだ」
三木
「はあ?株主総会っておっしゃいますが、ここは業界設立でしょうし株主総会っていっても大手10社だけのはずですよね。そんな難しいことを考えることもなさそうですが」
山内取締役
「まあ、それなりに式次第はあるし繁文縟礼ってのもあるのさ」
三木
「わかりました。ビジネスの拡大といいますが、それは定款に基づくものか、あるいは組織の拡大なのか、それとも本質的なことを考えるのかというか、その他にもあるでしょうねえ」
山内取締役
「お前は話を難しくするタイプだな。俺に分かるように簡単に言ってくれ、どういうことなのか?」
三木
「いや、難しいことではありません。私もこの業界に来るとなってから、認証ビジネスというものをいろいろ調べて考えてきました」
山内取締役
「ほう、それは面白い、ぜひ聞かせてほしいな」
三木
「そう期待されるほどのことはありません。私は山内取締役のように特段認証制度やそれに関する情報があるわけではありませんし、それに関心を持ってからここ一年くらいですから詳しくはありません。取締役から見たら笑われるようなレベルですよ」
山内取締役
「笑ったりはせんよ。普通審査員になった人は、ISO規格とか審査方法については勉強するが、認証ビジネスがどうあるべきかとか将来について考える人はあまりいない」
三木
「そんなものですか。ともかく認証ビジネスは先が見えてます」
山内取締役
「先が見えてるだって?」
三木
「そうです。ISO9001認証は既に今から3年前、2000年頃に登録件数を二回微分したもの、つまり増加率というか加速度はマイナスになっています。ISO14001は昨年2002年からマイナスになりました。まあ計算しなくてもJABの登録件数のグラフを見ると一目瞭然です」
ISO登録件数

注:この物語は今2003年としている。認証業界が登録件数が減少するぞと危機感を持ってきたのは2004年くらいだと記憶している。物語ではあるが三木が2002年までのデータを基に将来を見切ったとすると、先見の明があると言っても良い。

山内取締役
「ほう、確かに俺も認証件数が単調増加していくとは思わなかったが・・・」
三木
「どんなものでも売るってことは今だけでなく将来性とか他社との関係を常に見ていなくてはできません。そんな過去からの習慣でしょうねえ。
まあともかく、私の予想が1年2年違っても、いずれ認証ビジネスは伸びが停まりやがては飽和するでしょう」
山内取締役
「そりゃねずみ講だって飽和すれば終わりだ。認証ビジネスだって永遠に伸びるということはないだろう。だけど、日本には250万とか300万の法人があると言われている。まあとにかくたくさんあるわけだ。現在、日本のISO9001認証件数は3万、14001は1万だ(2003年3月末の数字)。
それに法人はひとつでも工場や支店はいくつもあるわけで、認証件数は今の100倍はともかく10倍や20倍にはなりそうだ。先が見えてるとはどうだかな」
三木
「どうでしょうかねえ〜、イギリスなどではもう減少しているように見えます。まあそれはともかく、いつまでも増加するということはないでしょう。もちろん最終的にゼロになるということでもないでしょうけど。今は流行というか必要もない認証が多いと思います。ブランドとか営業宣伝のために、
でも実際に商取引とか自社の管理のためというところはせいぜいISO9001が2万くらいでISO14001はゼロではないのでしょうか」
山内取締役
「俺も昔は営業にいたこともある。製品が陳腐化しても需要がゼロになるわけではない。新しいカテゴリーの製品が開発されても古いカテゴリーがなくなるわけじゃない。例えばどの家庭にもテレビがあっても、今でもラジオはなくならずラジオ放送もなくならない」
三木
「しかし今現在、ラジオを大メーカーが作ってはいませんし、価格はべらぼうに安くなり金のなる木ではありません。製品の陳腐化とはそういうことです。
認証ビジネスも全く消滅することはないかもしれませんが、仮に10年後、20年後に存在しても、審査費用は今のように1日14万とか17万取れるとは思いません。審査員の賃金は世の中の一般事務職程度、今なら年収450とか500、審査費用も1日3万とかせいぜいが4万でしょう。もちろんそのときオーバーヘッドは限りなく削減しなければならないでしょう。そうでなければ成り立ちません」

山内はしばしの間、黙って首をひねっていた。

山内取締役
「お前はなかなかだな。俺もよ、一年前、お前が出向予定者ってのは聞いた。だけど入社以来営業一筋で環境とは無縁と聞いて、これはダメだと思っていたのよ。まして出向の条件として公害防止管理者ふたつ合格って条件だったからな。お前が一生懸命勉強していること、昨年末に公害防止管理者に合格したって聞いて驚いたもんだが・・
いや、本題を進めてくれ」
三木
「本題ですが、ビジネスの拡大というものがなにかを定義しなくちゃなりません。先ほど申しましたように、定款に基づくものか、組織として拡大なのか、それとも本質的なことかということです。
定款に書かれているマネジメントシステムの審査ということなら、事業の拡大とは登録件数を伸ばすことになりますかね?」
山内取締役
「そりゃそうだろう、それ以外の尺度のビジネスの拡大というのがあるのか?」
三木
「あります。組織としての拡大といいますか、この会社を拡大していくということなら別にISO認証に拘ることはありません。定款を書き直して、いろいろなコンサルビジネスを推進するというのもあるかもしれません。トッピなのはともかく、品質保証業務の指導、環境教育の請負、関係法規制の情報提供など考えるといろいろあるでしょう。
まあそれが実際にできるかどうかは、保有するリソース、つまり従業員の能力次第ですね」
山内取締役
「なるほど、それじゃ本質的なものというのはなんだ?」
三木
「本質的なものというのは、この会社の真の目的からの観点です」
山内取締役
「真の目的? そりゃ今している認証ビジネスだろう、定款に書いてあるぞ」
三木
「いやいや山内取締役、違いますよ。真の目的は、業界傘下の企業の職階の高い遊休人材の活用というか、彼らに仕事を与えることなんです。つまり山内取締役とか私のことですが」
山内取締役
「うーん、そう言われればその通りだな。この会社の設立の意図はまさしくその通りだ。となると・・」
三木
「この会社の目的というかレゾンデートルが業界各社の高齢管理者の雇用であるなら、新規に女子大生を雇うという発想はないでしょうね。おっと客寄せパンダというか、当社は女性活用していますとか、環境は女性パワーですと宣伝するためであるならそれもありです。しかし本来の目的を忘れないことですね」
山内取締役
「社長にそういう方向で話をするか・・・」
三木
「お待ちください。世の中そんなに簡単じゃありません。先ほど私が申しましたが、この認証ビジネスというものがあと何年続くのかということも考えなければなりません。あと10年、そうですね2013年とかで消滅するのであれば業界からの出向者だけで行くという発想もあります。しかし認証がまったくなくなるわけではないと思いますし、あるいは2020年くらいまで続くのかもしれない」
山内取締役
「認証が終焉したときは?」
三木
「そのときこの会社を他の認証機関に売却してしまうという方法もあります。いずれにしても認証件数が減少すればトップスリーとかトップフォー以外は利益が出るわけがありません。製品であろうとサービスであろうと、マーケットシエアをとっているリーディングカンパニー以外は冷や飯食いです。
それはどんな製品カテゴリーでも同じです。例えばかっては日本の全電機メーカーがテレビを作っていましたが、今では数社しかありません。それも多くは海外生産でしょう。それ以外は販売していてもOEMですからね」
山内取締役
「となった場合、中途半端というか不純な考えで始めたビジネスは長続きしないということか」
三木
「まあ、そうでしょうね。先ほど山内取締役がおっしゃったように年俸1,000万なんてべらぼうですよ。いや、今だって払い過ぎなんです。 ISOが始まる前からUL審査とか計量など審査を請け負うものがありましたが、そういった仕事をしている人が年収1,000万なんてことはありません。計量士の平均年収が443万というデータもあります。ISO審査員が計量士以上の力量を要求されているかどうかはともかく、計量士よりは資格試験が簡単なのは明白です。ひらたく言えばISO審査員よりも試験が難しいものってないようですがね」
山内取締役
「確かに、まあここの賃金は仕事に対してではなく、元の会社で部長や課長をしていた時の賃金保証的意味合いで決まっているからな」
三木
「そうそう、噂ですが、ここでは同じ審査員をしていても元部長は元課長よりも高収入だとか、」
山内取締役
「そりゃ噂じゃない、事実だ」
三木
「同一労働同一賃金に反しますね。今いる出向者はそれを知っていて諦めというか、母体での処遇の延長と理解しているから文句を言わないかもしれませんが、新卒を採用すると一挙に問題になるでしょうね。特に年配者で力量がない審査員に対しての不満が」
山内取締役
「確かに・・・それを回避するには人事処遇を公平にしなければいかんな」
三木
「公平にするだけでなく客観的で妥当性がなければなりません。例えば出向者といってもいろいろなのです。A社では一定年齢になると賃金が3割ダウンになります。他方B社は定年まで賃金は下がりません。ここに出向している人も同じです。ということはここでも同一労働同一賃金が保証されていません。まあどちらにしてもみなさん高給取りだから文句を言わないのかもしれませんが、そういう処遇が違う10社から集まっているのですから、お互いに不満を言わずにいるというのも不思議なことです」
山内取締役
「いやあ、言われる通りだ。当社は10個師団だからなあ〜」
三木
「話を戻しますが、認証ビジネスが下火になったときに、撤退するのか身売りするのかは重要なことです。長期ビジョンを考えているなら、今からこの会社を永続するのか、一定条件になった場合清算するかを決めておくべきでしょう。
あのですね、今この会社の損益はほとんどトントンですが、それは出向者に対して出向元から賃金の補てんがあるからです。ですからネットで、ああグロスに対するネットの意味ですが、ネットで考えたらこの会社は元々破綻しています。女子大生云々はそういう仮定というか虚像の上における議論のように思えます。
それと実は今まで話していませんが新卒を採用した場合、当たり前ですが親会社からの補てんがありません。今年収1000万の高齢者の代わりに、年収500万のプロパーを入れたとして、補てんがないのですから全然人件費削減になりません。出向者の健康診断などは派遣元負担になっていますから、実質人件副費増となるかもしれませんね」
山内取締役
「イヤハヤ、お前は審査部におくにはもったいない。業務部に来てもらって事業企画を担当してほしいよ。おっと、この会社は経理などを除いて、営業部も業務部もみんな審査員兼務だから心配するな。
三木の話を聞くといろいろとためになるよ。この会社にいると常識というか感覚が世の中とずれてきてしまうのかもしれん」
三木
「考えていることはもっと他にもあるのですが・・・」
山内取締役
「事業に関することか? それ以外なら別の機会にしてほしい。俺の頭はもう飽和してしまったからな」
三木
「事業に関することです」
山内取締役
「それじゃ話してくれ」
三木
「契約審査員のことですが、今の社員と契約審査員の割合みるとどうも中途半端なように思うのです」
山内取締役
「中途半端とは?」
三木
「そもそも契約審査員とは何の目的かということを考えないといけません。単なる人件費の削減というか薄めるためではないでしょう。つまり契約審査員がコンサルをした新規認証組織を囲い込むという意味も大きいわけです」
山内取締役
「そうだが・・・」
三木
「しかしながらだんだんと規制というか、倫理というかそういうマッチポンプのようなことができなくなってきましたから囲い込みもうまくやらないと命取りになります」
山内取締役
「かなりアブナイ話になってきたな」
三木
「まあ、ここは本音でいきましょう。ともかくそういういろいろなことを考慮して最適化を図らなければなりません。世の中のビジネスがQCDつまり品質コスト納期の観点で競争しているわけですが、このビジネスでもその面で勝負しなければウソでしょう。
そしてまた今出向受け入れするのに、部長経験者とか公害防止管理者の有資格者とか注文をつけていますが、それが真に適正なのかということもありますね」
山内取締役
「それは単に派遣者の職階で決めるのではなく、適切なというか実際に力のある者を受け入れろという意味か?」
三木
「そういう発想もあるかもしれませんが、逆に素人でもいいから受け入れて、いや母体が出したい人を受け入れてそれを何とか使うという発想をしないとならないかもしれません。
エコステップ認証という簡易EMS認証制度はご存知ですよね」

注:ここでエコステップ認証というのは架空の認証制度名称である。実際にあるKESは2001年、エコステージは2000年から存在している。

山内取締役
「エコステップがどうした?」
三木
「あれは某事務機メーカーが社内の遊休人材活用のために始めたものです」
山内取締役
「そうらしいな」
三木
「ですから有資格者とか適性とかじゃなくて、現実の余剰人員を審査員に向けているわけです。あの審査員は元資材部長とか元技術管理部長なんて方ばかりです」
山内取締役
「それでうまくいっているのか? もっともエコステップはIAFともISOとも関係ないから審査員の力量は自分が決めればいいわけだし」
三木
「出発点に戻ればですよ、それならISO認証に参入するのではなく自分が新規の簡易認証制度を作っても良かったわけですよね」
山内取締役
「そうは言っても・・・」
三木
「まあ、そこはいろいろなしがらみがあるのは分ります。大企業がしかも大手業界がまるまるひとつがISO14001じゃなくて簡易EMS認証では欧州輸出にも差し障りがありますしね。あるいは経団連から文句を言われるでしょう」
山内取締役
「うーん、結局お前が言いたいのはなんだ?」
三木
「取締役が質問されたことへの回答ですよ。この会社の存在目的次第で方向が決まるということです。いや方向を決めるべきだということですね」
山内取締役
「まあ、その通りだな」

うそ800 本日の疑問
認証機関の定款はどう書いてあるのかと調べようとしたら、認証機関で定款を公開しているところはない! そしてウェブサイトの逆検索やソースを調べようとしたら、なんとソースも読めないようにしているところもある。
イヤハヤ、情報非公開の最たる業種のようだ。

うそ800 本日の言い訳
ここに書いてあることなんてどの認証機関だって考えているぞって声が聞こえます。
もちろんビジネスをしている側は当然でしょう。だけど一般人はそんなことも知らないのではと思って一文書いたわけです。

うそ800 本日のひとこと
今日も長くなりそうでしたので、とりあえず約7,000文字で止めました。
忘れてましたが、業界系認証機関の審査員の皆様、嘆くことはありません、企業のISO担当者だって捨扶持もらっているわけで・・
おっと、ひとことでなくふたことでした


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