審査員物語46 新事業その3

15.09.14

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

三木は日々出歩いて審査をするのが本業だから、肥田から相談された新事業の話などいつしか忘れてしまった。
久し振りに会社に顔を出す。今の時代、旅費精算や次の審査のスケジュールや資料などはすべて電子メールで送られてくる時代だから、会社に来なければできないことなど特段ない。以前は月に何度か連絡会なんてのがあったが、今はなにもない。審査員同志、上司と部下のフェイスツウフェイスのコミュニケーションがなくても問題ないのだろうか。三木は机上の片づけとか資料のプリントなどをしながらそんなことを思う。まあ、なにごとも時代なのだろう。それに自分はもう過去の人だ。今更改善提案などを言い出してうるさく思われることもない。
資料をプリントされるのをコピー機のそばで待っていると肥田がやってきた。三木は内心またかと思ったが愛想よく挨拶をした。
三木
「肥田取締役、お久しぶりですね」
肥田取締役
「いやあ三木さんとお会いするのはひと月ぶりですね」
三木
「私は審査してナンボの仕事ですから、会社にいては申し訳がたちません」
肥田取締役
「ちょっと、一段落したらでいいのですが、お話しできませんかね」
三木
「特段することもなく今は明日以降の審査の資料をプリントしているだけです、お話を伺いましょう」
二人は小さな会議室というか応接室に入る。
肥田取締役
「以前、三木さんたちに相談した新事業の件ですがね」
三木
「ああ、その後どうなりましたか。私も気にはなっていたのですが審査に歩き回っていて」
肥田取締役
「先日株主会社との定期連絡会がありました。そこで以前皆さんからご提案いただいたものをアレンジして提案したわけです」
三木
「ほう、それで反響はいかがでしたか」
肥田取締役
「うーん、山田といったっけ?あの三木さんが呼んでくれた人」
三木
「ああ、鷽八百機械の山田部長ですか・・・」
肥田取締役
「そうそう、こちらで彼の話を聞いたときのこと、こちらで新事業を考える前に出資会社が新事業に進出すべきと考えているかどうか確認した方がいいと言っていたが、その通りだったよ」
三木
「はあ、」
肥田取締役
「出資会社はどこも1990年代初めに日本のメーカーがISO9001に乗り遅れそうになったことがトラウマになっていて、ISO14001の規格が議論されていた時にナガスネを設立して14001が制定されると同時に認証を始めたわけだが、ああ、前置きはどうでもいいというか前置きも重要なんだけど、ともかくどこも自社グループがISO認証するために作った会社だからそれ以外にビジネスを始めることはないという考えのようだった。まあ本音は分らんがね」
三木
「ということは認証事業そのものがシュリンクすれば、この会社も縮小するのは仕方がないということですか?」
肥田取締役
「そういうことです。出資会社はウチのリソース、コンピタンスを知り尽くしているわけで、これからまったく経験のない未知の事業を始めることはリスク大とお考えのようだ。それと同じ業界団体に属しているといっても、出資会社によって得手不得手や製品分野が異なり新しいビジネスについても見解がいろいろだった」
三木
「なるほど、」
肥田取締役
「出資会社の意向を踏まえて社長を含めて話したのだが、新しい認証規格へは積極的に対応するとして、新事業は当面なしということに」
三木
「新しい認証規格といっても労働安全とか食品とか、エネルギー管理も検討中とか聞いてますし、いろいろありますから、トータルとしての売上規模は従来程度は確保できるのでしょう」
肥田取締役
「いやいや、QMSとEMSの落ち込みがひどいことと、新しい認証規格での認証がほとんどと言っていいくらい伸びていないから全体の規模はどんどん縮小しているよ」
三木
「そうなんですか?」
肥田取締役
「やはり9001と14001はドル箱だね。ドル箱というか90数パーセントがこの二つで占められている。この二つが売れすぎたということもあるのだろうけど、情報セキュリティとか労働安全などは本当に微々たる数字だよ。医療機器とか食品なんて全認証機関合わせて100件くらいだ。過去1年の減少は9001が1900件、14001が200数十件なんだから、もう話にならないよ」

2015年9月13日時点JAB認定の認証件数は
ISO型番名称件数割合
ISO9001品質マネジメント3441064.08%
ISO14001環境マネジメント1850934.47%
ISO/IEC27001情報セキュリティ270.01%
ISO50001エネルギーマネジメント330.06%
ISO13485医療機器の品質マネジメント2030.38%
ISO22000食品安全マネジメント5151.00%

以前、情報処理会社に勤めていた知り合いが環境と品質の審査員をしていたが、これからは昔取った杵柄の情報セキュリティの審査ができると喜んでいたのは2年前。現実は腕のふるいようもないそうだ。

三木
「うわー、そうなんですか。それじゃ従来規格での認証の減少分をカバーできませんね」
肥田取締役
「件数もそうだが単価が下がる一方だ」
三木
「ともかく肥田取締役、もう私のお手伝いできることはないということですね」
肥田取締役
「いやいや三木さん、そうつれないこと言わないでくださいよ。三木さんもあの山田部長も言っていた、例の審査の質向上をしなければならないということを社長からも指示されたんだ。認証件数がシュリンクしても審査の質向上を計れば他社からの鞍替えさせることができるのではないかと思うんだが」

イヤハヤ、これまた面倒なことを言いだしたなと三木は心中苦虫をかみつぶした。

三木
「どうなんでしょうねえ〜、今は毎年数パーセントが鞍替えをしていると聞いてますが、その理由のほとんどは審査料金を安くするためで、審査の質向上のために認証機関を替えたという話は聞きませんが」
肥田取締役
「いやいや、そうじゃなくて逆だよ。ノンジャブだったところが最近はJAB認定を受けるようになってきた。だから認定の有無では差別化できない。彼らと同じ土俵で戦う時代になってしまった。それに業界団体の会社も躊躇なくウチを止めるところも出てきている。とはいえ値段をあそこまで下げることは我々のコスト体質からいってできない。だから値段の差を納得させるためには審査の質を上げなくちゃならないと理解しているんだ」
三木
「なるほど・・・おっしゃることは分りますが」
肥田取締役
「そこでだ、三木さんは過去からウチの審査の質向上にいろいろと発言してきたと聞いている。ベテランどころか長老の域に達した今、ウチの審査員の力量向上のために一肌脱いでくれないかというわけだ」
三木
「そりゃ社命とあらば否応はありませんが、ご存じのようにウチは10個師団とか言われていますし、契約審査員はお客様扱いです。例えば肥田取締役が『この項番はこう理解しろ。こういう判定基準だ』とおっしゃったところで徹底しませんよ。過去から企業や他の認証機関からナガスネ流と呼ばれて揶揄されてきた汚名返上など簡単じゃありません。いや、できないと言った方が本当でしょう」
肥田取締役
「いや、そこを三木さんがだね」
三木
「先日、あの山田部長のいらした前の会合で、木村さんが語ったのを覚えていらっしゃいますか」
肥田取締役
「木村さんが・・・・ああ、環境側面がどうとかといったことかな?」
三木
「ウチは先代というか創立時の指導的立場の人たちがおかしなことを言いだして、その人たちの指導を受けた第二世代、まあ私もそれに入るわけですが、第二世代もそれに感化された人が多いのです。といいますのは第二世代は常に創立者たちに指導監督されていましたから、そこから逸脱することはできない状況だったのです。私は異端児ですよ」
肥田取締役
「ええと環境側面を決める方法とか有益な側面がないといけないというのは重大な問題なのですか?
どうでもいいようにも思えますけど」
肥田取締役 三木
肥田取締役 三木
三木
「企業側が簡単にISO認証しようというスタンスならどうでもいい話でしょうね。そういうアプローチで認証した企業が過半だったと思いますよ。そしてその結果、棒にも箸にも使えないバーチャルなISO認証がはびこったわけです。まっとうなことをしようとしたら須々木取締役とか柴田取締役、ご存じでしょうか、肥田取締役からは二代前になりますが、そういった人たちに否定されだいぶいじめられたのです」
肥田取締役
「だけど三木さんはそういう環境下でも正論を語りがんばったと」
三木
「ご冗談を、私はそんなたいそれたことをしたわけじゃありません。そして当時の取締役にも同僚の審査員たちにも影響を与えることができませんでした。
うーん、最近私は思うのですが、ウチはもうこの偏ったというかおかしな考えを維持していくしかないように思うのです」
肥田取締役
「それはまたどうして?」
三木
「だってですよ・・・・分ってもらえるかどうか自信がありませんが、1990年代末に審査で審査員から環境側面は点数でなければダメ、通勤を含まなければダメ、プログラムはふたつなければダメ、最近では有益な側面がなければダメと審査で指導されてきた企業がですよ、おっと、審査で指導なんてできるわけありません。ISO17021違反です。ですがそういうことをしてきたわけです。私自身、須々木取締役や朱鷺審査員と一緒のときは彼らの見解で審査してきました。そうでなければこの会社にいられませんからね。
そういう行いを過去してきて、今更ウチは審査の質を向上します。規格は正しく理解しましょうなんて言ったら石を投げられますよ。もう毒を食わば皿までしかありません」
肥田取締役
「そりゃ・・・」
三木
「意外かもしれませんが、一般的な審査員はあまり規格を勉強しようとか真理を追究しようなんてしません。先輩や同僚の考えを参考に会社内部で矛盾がないことを優先した考え方で審査しています。どんな考えでも内部だけでクローズすることなら社内が不活性化するとかいう支障はあるかもしれませんが、外部には関係ないことです。
しかし審査の判定、その基になる規格の読み方、解釈というものは常に他の認証機関とか認定機関とコンペアされますし、評価されます。その結果が今というわけです」
肥田取締役
「だが過ちて改めざるという言葉もあるだろう。変えなくちゃならないなら、今からでも変えることもできるはずだ」
三木
「過去にも改善しようとした人たちはいました。肥田取締役の前任の山内取締役も考え方の革新とか指揮の徹底などを図ろうとしましたが、結局できませんでした。
10個師団という言葉をご存じでしょうけど出資会社10社から来た審査員たちは、この会社の取締役とか部長という職制上の指示よりも、出身会社の考えを尊重しています。 ゴルフ そりゃそうですよね、お金がどこから来ているかを考えればお金を払う人の顔色をうかがうのは必然です。
失礼ですが肥田取締役も社内のゴルフコンペと元の会社のゴルフコンペがバッティングしたときは元の会社を優先しているでしょう」
肥田取締役
「うーん、まあ、それはだなあ〜」
三木
「いやいや、言い訳することはありませんよ。わかります。私はもう引退した身ですからなにも気を使うことはありません。しかし肥田さんはまだ若い、万が一ここがこけたら本体に戻れば別の関連会社の役員になれるわけです。ここを優先して行動していてつぶれたときは身の振り方が難しいでしょう」
肥田取締役
「そこまで露骨に言わなくても」
三木
「まあきれいごとを語ってもしょうがありません。同様に他の会社から来た人たちも、同じですよ」
肥田取締役
「それはそうだとしても規格解釈を替える、見直すというようなことであれば同意してもらう、その見解で審査してもらうということは差し障りないだろう」
三木
「そうでもないのです。出資会社もすべて過去においてウチの審査においてそのおかしな見解を押し付けられそれに合わせて文書記録を作ってきています。そして審査員になった人たちも元は企業でISO認証のために活躍した人が過半を占めているわけです。
ということは今更根本的に考えを変えますなんてことになったら、とんでもない仕事が発生する。それならバーチャルならバーチャルのまま、役に立たなくても現状をそっとしておくことが一番だと考えるでしょう。さわらぬ神にたたりなしですよ
理想を掲げて軋轢を恐れず正義漢ぶる人なんていませんよ」
肥田取締役
「ウチはナガスネ方式を継続するしかないということか」
三木
「いやいや、誰が決めるとかいうことじゃありません。肥田取締役だって強制はできないでしょう。誰が言うともなくなんというかそういう審査をし続けるだろうということです。現実がそうですから
よほどの強権を使わなければ変えることはできません。そして契約審査員はこちらの指示を受け入れるかどうかは彼らの考え方次第です。気に入らなければ他の認証機関と契約するでしょう。どちらにしても彼らにとって損はありません」
肥田取締役
「じゃあ三木さんはどうすればよいと?」
三木
「なにもありませんよ。我々は歴史の中で生きているわけです。過去の歴史を無視するわけにはいきません。明治維新だって外国から変革を強制されなければ起きなかったでしょう。
ウソの歴史を捏造するのは中国と韓国だけですよ」
肥田取締役
「待ってくれ、以前は他の認証機関だって点数方式を推奨していたと聞いたぞ。そういうことを考えればどの認証機関だって同罪じゃないか」
三木
「ウチは名誉ある創業者として『ナガスネ方式』とか『ナガスネ流』という固有名詞までつけていただいてますからその名誉から逃げるのは難しいでしょうね」
肥田取締役
「ふうむ、だが点数方式はだんだんと風化してきたということは間違いないだろう」
三木
「そうですね、人間は忘れやすいですし、どんどん企業の担当者も代わりますからね、今は10年前の点数方式強制の風景を思い出す人は少なくなったでしょうね」
肥田取締役
「そっと少しずつ変えていけばいいわけだな」
三木
「それはありますね。もっともウチの10個師団を説得できるかどうかがまずありますが」
肥田取締役
「話は変わるが、今は有益な環境側面という考えが流行と聞いている。私はよく知らんのですがあれはどうなのですか?」
三木
「正しくないでしょう。というか規格にはない考えです。そもそも環境側面とは窓というか出入口というか、組織内部と外部環境をつなぐものですから、そこを通る影響に良い影響とか悪い影響はあるでしょうけど、悪い窓とか良い窓というものは概念としてありえません」
肥田取締役
「すまん、私は難しいことを聞いても良く分らない。要するに有益な側面という考えはまっとうじゃないということですね。となるといずれ有益な側面論もまな板にのせられるということになる」
三木
「幸いなことに有益な側面論はウチが主張したわけではありません。某審査員研修機関と独立系の某認証機関の社長が唱えたものです。それに感染した人は多いですがね。最近はJABの認定審査員が、認証審査で有益な側面に言及していないと認証審査員にダメ出しをしたという話も聞いています。世も末ですね。
まあ外資系の認証機関は自分たちだけで学説を立てることはできないようで、本国の本社と考えが一緒ですから有益な環境論を唱えているところはありませんね」
肥田取締役
「えっ、というと外国では有益な側面という発想はないのですか」
三木
「ないと聞いています」
肥田取締役
「あのさ、なんでもかんでも外国、特にアメリカや欧州ではやると日本に入って来るよね。有益な側面論が日本独自ならどうして日本で流行ったのだろう?」
三木
「肥田取締役、環境側面を点数で決める方法はISO14001の黎明期にイギリスに調査に行った人たちが持ち帰ったと聞きますが、それでなければならんと言い出したのは日本独自です。その他プログラムふたつとかいう論も日本独自のようですね。ISO規格は本来英語ですが、それを読んだ人の気分というか意思が反映されて局解されたのです」
肥田取締役
「よく分らないが、ともかく有益な側面はウチに責任はないと・・・実際はどうなんだろう?」
三木
「実際とおっしゃいますと・・・ああ審査の場でですか、最近はほとんどの審査員が『有害な側面だけでなく有益な側面も取り上げなさい』と語っていますね」
肥田取締役
「ちょっとちょっと、さっきの三木さんの話と矛盾するんじゃない。さっきは環境側面には良いも悪いもないって言ったよね?」
三木
「おっしゃる通り。ですから『有害な側面だけでなく有益な側面も』と言った時点でその審査員は規格を理解していないってことがバレバレですね」
肥田取締役
「ええと、つまりウチの審査員も有益な側面があると考えている人が多いということですか?」
三木
「そうです。そういう考えが進んでいると思っているようです。先ほどの肥田取締役のご心配ですが、ウチが有益な側面について初めに主張したわけではありませんが、宣教に一役買っているのは確かですね」
肥田取締役
「それは後々、つまり有益な側面の考えが間違っていることが明らかになったときに問題になるということかな?」
三木
「うーん、どうでしょう。点数方式と違い、ほとんどの認証機関が有益、有益、騙っていますからね、我々だけが悪者になることはないかと思います」
肥田取締役
「だって外資系は有益とは言ってないんだろう」
三木
「アハハハハ、日本は悪くても良くても、大勢が同じなら問題ないんですよ」
肥田取締役
「なるほど、私もだんだんと三木さんの考え方になじんできましたよ」
三木
「あまりなじまないでくださいね、私はここの審査員とは異質です。肥田さんが私を基準に物事を考えるとまずいかと思います。そうだ、木村さんを標準と考えれば間違いありません」
肥田取締役
「ちょっと話を変わるけど、私は三木さんに興味があるんだ」
三木
「はあ、なんでしょうか?」
肥田取締役
「三木さんはウチの一般的な審査員と考えも審査の方法も違うと聞いています。どうしてそうなのか、なぜ過去に取締役たちと葛藤を生じてまで意見を主張したりしたのでしょうか?」

三木はちょっと沈黙した。そう言われるとその通りだ。どうしてなのだろうか?

三木
「うーん、そう言われるとどうしてなのでしょうか?
ふたつありますね。ひとつはなぜ先輩諸氏から教えられたことをそのまま信じないで自分が考えたのかということ。もうひとつは黙っていられずに発言し上からにらまれるようになったのか、にらまれても黙っていなかったのかということ」
肥田取締役
「私がこちらに来てから元の会社から出向してきた人全員と面談したのですが、自分の考えを持っているという人はあまりいませんでした。みんな先輩の考えに染まってその通りの審査をしている。それが正しいのかどうかさえ考えない。そうでない方もいくらかいましたが、三木さんが特出してユニークだった。それで私は三木さんにいつも話しかけていたのですよ」
三木
「なるほど、そうでしたか。話を戻しますと、なぜ私がISO規格に関心を持ったかということで思い当たることが一つあります」
肥田取締役
「それはなんでしょう?」
三木
「木村さんを始め、ほとんどの方は会社にいたときからISOに関わっていた。木村さんはISOについては玄人で、審査員になりたいとずっと異動を希望していたと聞きます。
会社で審査を受けるときから環境側面は点数で決めるものと洗脳されてしまえば、審査員になってもそういう審査が当たり前と疑うことはないでしょう。だって点数方式でなければ不適合になってしまう、まして審査員は神のごとく絶対の権力を持っているという状況において、点数方式に疑問を持つはずがありません。
私は正反対で役職定年になってISO審査員になれと言われたとき、審査員という言葉を初めて聞きました。ですから審査の現場を知らず先入観を持たずに規格を一文字一文字、一語一句読んだからかと思います」
肥田取締役
「なるほど、三木さんはISOに無関係でいたから規格をしっかりと読み自分で考えるようになったというわけですか。
でもISOに無関係でいたから上司の教えに染まってしまうということもありそうですね」
三木
「うーん、ということは私はたまたまそうなったということでしょうか。ものごとは必然だけでなく偶然の方が大きいのかもしれません」
肥田取締役
「では取締役連中に反論してもそれを主張したというのはどういうことだったのでしょう?」
三木
「うーん、どうしてなんでしょうねえ〜。それも私の性格と言ってしまえばそれまでですが、良い仕事をしたいと思っていたからでしょうか」
肥田取締役
「良い仕事をしたいと思っていたとは?」
三木
「私は営業一筋で生きてきました。営業って無理やり売りつけるわけじゃありません。お客様が必要なものを一緒に考えるのが私の考えている営業です。多くの場合、お客様が欲しがっているものを売るのが営業だと思われていますが、本当は欲しがるものではなく必要なものでなければなりません」
肥田取締役
「なるほど」
三木
「ISO審査というのは物じゃなくてサービスです。でも相手が欲しがるサービスを提供するという観点では同じでしょう。そしてサービスというのは客観的な評価ができません。提供する方も受け取る方もその瞬間が勝負です。サービスの特性なんて大学時代習いましたね。
まあ、そんな経歴ですから自分が良いと思い込んだサービスを提供するのは商道徳に反すると思っただけです。
それから私は取締役とか上下を気にしません。それも自分の生い立ちからですが、営業の第一線では肩書とかコネでは行き詰りますよ。やはり売るものが良く、売る人に誠意がなければなりません。そのとき本社の上司がなにを言おうと関係ありません。自分が社長になったつもりで商売していたということですかね」
肥田取締役
「なるほど、相手にとって最高のサービスを提供することが最優先で、取締役が語ることは非優先ということですか」
三木
「しかしながら多くの審査員は、提供するサービスの品質よりも上司の気分を優先するようです。それで社内での自分の評価が上がればいいということなのでしょうね。当座としてはそれがいいのかもしれませんが、長期的には先細りかと思います」
肥田取締役
「先ほど10個師団という話もありましたが、一つの会社の中で上意下達も徹底できないようでは問題ですね」
三木
「よく合併した銀行で10年経っても社員が融合しないなんて問題が語られますが、ウチじゃ毎年次々に新しい出向者が供給されているわけで、融合なんてありえないのかもしれません」
肥田取締役
「確かに・・・今後出向者を受け入れるときには、当社方針に従う旨の誓約書でもとらないといけないな」
三木
「そうそう、もうひとつありました。この会社では昇進とか昇格というものがありません。取締役は出資会社から来る。部長は取締役が兼務する。それ以外は全員平社員。私も以前は副部長なんて肩書を頂いていましたが、権限は一切ない。勤務評定のない公務員社会みたいなものです。定年までのひとときを過ごすだけならそれでも良いのかもしれませんね。しかし活気はなく、上昇志向というか向上心を持つのも困難な社会でしょう。
言い換えると私はどっちに転んでも今より良くも悪くもならないから自分の疑問、不満を表に出しただけなのかもしれません」
肥田取締役
「いやはや、問題山積ですね」
三木
「肥田取締役が私にウチの審査員の力量を向上させろとおっしゃいましたが、力量というのは教育すれば良くなるというものではありません」
肥田取締役
「というと?」
三木
「仕事で段取り8分と言いますように、実際の仕事に入る前の前準備が大切です。教育する前にレディネスが重要です。あなたの存在意義は何か、この教育はその目的にどのようにかかわるのか、教育を受けるとどのような知識・技能が身につくのかということをしっかりと理解していなければ真面目に勉強する気にはならないでしょう。ウチでも審査員研修から始まり定期講習などでいろいろ教えていますが、その内容がテクニックとか知識だけで、そもそもの目的がはっきりしていなくちゃ成果につながるわけがありません」
肥田取締役
「ええとコンピタンスとかなんとかのためにウチも全員に教育しているな。ああいったものではだめなのですか?」
三木
「教育がダメとか必要でないというわけではありません。その教育の重要性、それを受けなければならない理由を認識させないとダメということです。
ISO規格にだって書いてありますよね。自覚、認識、アウェアネスってやつですよ。まあ翻訳が悪くその意図は完璧に伝わっていませんが、アハハハハ」
肥田取締役
「そういうことが徹底していないというのですか?」
三木
「そうとしか見えませんね。例えば木村さんは今でもプログラムはふたつ、環境側面は点数でなければならないという。それに対する反論は感情的に否定してしまう。
木村さんに対しては、世の中のというか他の認証機関の規格解釈の実態、環境側面というものの理解を深めてもらう、環境管理と規格との関係といったことを知ってもらうというようなことをしなければならないでしょう。単に規格を読めばプログラムがふたつ必要とは書いてないといっても二つ必要だという理由を考えてしまうでしょう」
肥田取締役
「木村さんの名前をあげましたが、他にもそういう審査員が多いというわけですか?」
三木
「そう考えます。ナガスネ流は不滅です。先輩から後輩、上司から部下に途切れることなく継承されているようです」
肥田取締役
「どうすればいいのでしょうか?」
三木
「うーん、わかりません。本音を言えばあまり関わりたくないです。私もあと1年2年ですからわざわざ余計なことをしたくありません。それに私のように子会社に転籍した身分の者が何を言っても誰も聞きもしないでしょう。みなさん子供じゃありません。自分の身の処し方は自分で考えるしかありません。そして道を誤ったなら責任を負うべきです」
肥田取締役
「だけどこの会社の結果責任を負うのは私のような取締役のわけだ。ここでは新人だけど」
三木
「本当に改革する気があるなら、10個師団の解体をしなければならないでしょう。また出身・前身に関わらず公平な処遇をするとか、制度を替え人心一新しないとどうしようもりませんよ。肥田さんが本気なら新しい方針に従わない人はカチンの森並みの大虐殺、いや強制引退などしなければならないでしょうね」

うそ800 本日の駄文を書いたわけ
私の先輩とか同僚が出向して審査員になり、その後転籍して定年後も契約審査員をしているなんてケースは十指どころか二十指に余る。そんな人たちの考え、行動を見ていて「ああ、これはイカン」と思ったことは多々ある。先輩に教えられたことを金科玉条として10年一日の意味のない質疑を繰り返し、規格適合よりも自分が過去にしていた仕事のやり方を押し付けようとする、そんな人たちを多数見てきた。
引退して3年、今は良くなったのかと思い、後輩やまだ現役の知り合いに聞くと、私が現役時代と全く変わらないようです。何度規格が改定されても何も変わらないのではないかと思います。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2015.09.14)
あれほど大山鳴動したEnMSは、たった33件ですか。これでは寺田先生も浮かばれませんね。
まぁ、「私が認証すればゴルフが画期的に上手くなりますよ」と言われて信じないのと同じですからね。


エネルギーマネジメントについてちょっと考えれば、実現不可能といえるほどとっても厳しい日本の省エネ法があるのに、なんでわざわざ屋上屋を架すのかと2時間ほど寺田さんを問い詰めたい。
彼らは省エネ法なんて知らなかったのでしょうねえ 遠い目
まして大震災以降は、企業全体、グループ全体、業界全体、なんて悪しき全体主義のように落ちこぼれを防ごう、抜け駆けを防ごうって、そりゃ大変です。そしてエネルギー管理統括者、エネルギー管理企画推進者、エネルギー管理者、エネルギー管理員なんてもう責任者というか肩書ばかり増えて、実際に活動する人はどこにいるのかって疑問です。
もうマネジメントシステムじゃねー、あがってナンボ、結果を出せって経営者が怒鳴るんでないですか。

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