*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。
審査員物語とは
三木が二社ほど問合せを終わったとき、隣で電話をしていた茂木が大声を出した。
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「ISOどころじゃないって、おたくも大変でしょうけど我々も一生懸命なんですよ」
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まわりの者が片手に受話器を持ちながら驚いたように茂木を見つめた。
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「そうしますと今月の審査は無理ということでよろしいですね」
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三木は心中ヤレヤレと思う。どんなやりとりがあったのか分らないが、大地震でテンヤワンヤしているところに、今月のISO審査ができるのかとかいつなら良いのかなんて聞くのは、まともな人のすることではない。 耳を澄ますと別の者も電話の相手ともめているようだ。 | |
「え、別の者が既に電話していましたか。私は聞いてませんでした。そんなあなた、電話に出るのも大変なんだとおっしゃられても・・ 我々もしなければならないことをしているわけでして・・・もう電話するなって、あなた あれっ、切られちゃったよ、まったくもう」 |
これはまずいなあ〜、三木が潮田を見ると席にいない。首を伸ばして見回すとガラス窓で囲まれた喫煙室にいる。他に数人いて談笑している。 三木は立ち上がり潮田のところに行く。 |
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「潮田取締役、ちょっとお話があるのですが」
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「どうぞ」
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「私はタバコが苦手なので表でお願いします」
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潮田が面白くなさそうな顔をして喫煙室から出てくると、三木は潮田を小さな会議室に連れ込んだ。
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「潮田取締役、今みなで認証されている会社に電話で問い合わせしていますが、ちょっと問題があります」
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「問題とは?」
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「みなさんの応答を聞いていますとお客様ともめているのが時々聞こえます。これはまずいです。客が逃げて行きますよ。相手がお客様なのですから、まず挨拶、お見舞い、それから相手を思いやって話をすることとか常識的なことを徹底しなければなりません」
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「私が初めに配ったマニュアルでは不足ですかね」
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「不足というかそれ以前の基本的な心構えとかを示さないと分ってもらえないと思いました。 工場が半壊あるいはぺちゃんこになって皆がテンヤワンヤのところで電話が鳴って、出てみたら来週の審査は予定通りできますかなんて聞かれたら怒りますよ、普通」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「えっ、それは、そいじゃどうすれば、いやどういう聞き方をすればいいのかな?」
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「まずは審査のことよりも先に先様の被害状況をお聞きするとか、地震のお見舞いを述べるとかがあるでしょう」
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「そりゃそうだ、みんなそういうことはしていないのかな?」
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「みんながみんなではないでしょうけど・・・お客様と大声でやり取りしている人もいまして私としてはいささか問題であると感じました」
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「そいじゃ三木さん、ちょっとみんなを集めて指導してよ」
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三木は潮田の言葉を聞いて力が抜けた。この人はこの会社を背負っていく気構えがあるのか? まあ、しょうがない。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ええと今11時20分ですか。それじゃちょっとまとめますので午後一にみんなを集めて私から話をする旨を伝えてください」
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三木は自分がつくった応答記録を若干修正し、また今まで聞こえていた問題をまとめて人数分コピーをした。 準備ができたらもうお昼だった。 ●
午後一、潮田が作業に入る前に状況確認部隊を招集した。
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「みなさんお忙しいところ申し訳ありません。午前中いろいろと問題があったようなので、聞取り内容の再確認とその際の注意事項について三木さんからお話ししていただきますのでご清聴願います。」
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「私がしゃしゃり出るのは僭越と存じていますが、当社の信頼にも関わることでもありますので、ちょっとお話させていただきます。 私たちは通勤電車の混乱、自宅も被害が出て、会社の建物も一部損壊という状況におりますが、問合せ先の工場や会社は震災をもろに受けて、建屋が全壊あるいは半壊、従業員あるいはご家族に死傷者が出ていることもあると思われます。そういう状況を良く理解して相手の心情を推し量ってヒアリングをしてほしいと思います。 電話がつながったらまずは先様にお見舞いを述べ被害状況を確認すること・・・
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その他に話を聞いていてまずいと思ったことがあります。既に先方から連絡を受けている場合もあるようです。そういったとき再度同じことを問い合わせるのは失礼ですから、そういう情報は共有化して先様にご迷惑をかけないようにしてほしいと思います。それで問合せあるいは向うから連絡があった場合はエクセルの一覧表にその旨を記入し、ダブって聞くことのないようにしたい。 ・・・・・・・・
最後に初歩的なことですが言葉使いは丁寧に間違いないように願います。午前中のみなさんのやり取りの中で『おっしゃられた』とか『お承りました』なんて聞こえましたが、そういう日本語はありません。正しくは『おっしゃった』『承りました』です。敬語に自信のないときは単なる丁寧語にするか普通の言い回しにしてください。敬語でミスるなら、簡潔に平常語で話した方が百倍よろしい」
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「ちょっとちょっと、三木さん、我々は営業じゃないんですから敬語とか言い回しとか難しいことを言われてもできませんよ」
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「営業ではないとおっしゃっても、我々は社会人を何十年もしてきたわけです。それに日常審査でお客様と接しているわけでそれなりに発言することに慣れていると思います」
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「『おっしゃられた』と言っていけないなんて言われたら、言葉が出てきませんよ」
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「予め挨拶で何を言おうかとか、質問の文章を決めて練習しておくのです。今資料を渡しましたが私が質問していることが書いてあります。1社1枚の紙を使います。自分が話したらチェック印✓を付けてください。そうすれば漏れをなくせます。最終的にこれは聞取りの記録になります。 もちろんみなさんのしやすいように作り直してけっこうです」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「おお、ISOの記録みたいだぞ」
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「聞取りしたことはこのシートに記載し、挨拶やお見舞いを話したらチェック印を記入します。 向うは瓦礫の中で再建策、今後の生産、従業員への支援などに苦慮しているのですから、それを十分理解して無茶なことを言わないように。それには言葉だけじゃなく相手を思いやる気持ちで受話器を持ってください」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「めんどくさいこと言われてもなあ〜」
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「この震災で東北の会社は大きな被害を受けているでしょう。認証を止めてしまう会社も多いと思います。我々の電話でそういう人たちに力づけできるかもしれないし、認証を継続してもらえるかもしれません。そして当社のイメージアップもできるでしょう。 ちょっと思ったのですが・・・普通審査をするときに、みなさんは相手の心情を考えてお話しているのでしょうか。一方的に自分が知りたいこと言いたいことばかり話しているなんてことはありませんよね。 相手が話したいことを自由に話させて、自分が知りたいことを言わせるというのが審査員の力量じゃないですか」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「そんな器用なことができるんですか」
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三木は茂木の言葉を聞いてがっくりきた。彼が普段している審査はなごやかなのだろうか、それともぎすぎすしたものなのだろうか。仮にもめたとしてもお客様は文句を言わないから苦情もなく審査員を続けていることができるのか? そして自分がこんな話をすることがまったく場違いな気がした。こんな話は審査員研修以前のことじゃないか。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「それでは三木さんの指導に従って午後又がんばりましょう」
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潮田は三木の話を理解したのかどうか能天気に陽気な大声を出した。
三木は潮田そのものがもっと真剣にならなければ皆が付いてこないよなと思う。自分はどうあるべきなのか、なにをしたらよいのだろう。何もしないほうが良いのだろうか。
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翌日もまた同じ仕事であった。さすがに潮田もこの仕事に不向きな人がいることに気が付いたようで、茂木とその他二三名は客先の聞取り業務から外して社員の状況確認に回した。● ● 昼休み、三木は一緒に仕事している数人に自宅がどうだったかを聞いた。 会社に来るくらいの人たちだからご家族が負傷したとか自宅が損壊したとかいう方はいない。しかし実家が東北にあるとか、親戚が被災地に住んでいるという方もいて、怪我をしたとか行方不明だと語る人もいた。新幹線が走れば田舎に行く予定だと語る人もいる。 三木が一人離れてコーヒーを飲んでいると朝倉が話しかけてきた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「三木さんの問い合わせている会社はどんな塩梅ですか?」
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「私は福島県を割り当てられて聞取りしていますが、どこも大変なようですね」
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「私は茨城県ですが、ここも操業開始までは大変な道のりのようです」
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「茨城県といえばつい最近事業継続マネジメントシステムを認証したという会社がありましたね。もちろんよその認証機関ですが、そこはどんなふうだったのでしょうか?」
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「ああ、認証したときニュースになった会社ですね。いくら災害とかトラブルなどの対応策を整備しても従業員が出社できないとか電気も水も来ないという、こんな大災害に有効とは思えませんね。BCMSなんて認証する意味があるのかどうか」
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「昔々の話ですが、東名高速で事故が起きて止まったことがありましたね」
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「ええっと日本坂トンネル事故ですか、私が主任になった頃だから1980年前後でしたか」 (1979年7月11日であった) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「あのときトヨタが即時に生産ラインを止めて下請にも生産調整を徹底したのを覚えています。あの対応を聞いてさすがトヨタと思いました。実を言って私が事業継続マネジメントシステムと聞くとあのトヨタの対応しか思い浮かばないのですよ。 今回の大震災ではどうだったのでしょうか」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「自動車メーカーも組み立ては関西が多いですが、エンジンとか部品などは全国で作っているでしょうから、どうなのでしょうねえ? 状況を把握してラインストップなどの手を打ったのでしょうね。 でもあの時と違い今回は通信も交通も途絶ですから、情報不足でそう簡単には決定も実行もできなかったでしょうね」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ともかく形式的なシステムであれば認証を受けていても実際の緊急事態には役に立たないことが明白になってしまう。そのときは認証を受けた企業の恥なのか、認証機関の恥なのか」
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「なるほど、ウチはまだこの規格の認証を始めてませんけど、このシステム認証はある意味、認証機関にとっては踏絵ですね」
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「まあそれを言っちゃQMSもEMSも同じですよね。今までも製品クレームを出したり環境事故を起こしたりしてマスコミや消費者団体に騒がれたこともありますし」
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「でもQMSはあくまでもマネジメントシステムですからね」
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「それを言えば事業継続マネジメントシステムだってシステムです。でもシステムだけで結果がだせなくちゃだめでしょう。ISO9001認証というのは品質マネジメントシステムが一定基準を満たしていることだといっても、認証すれば企業は品質保証レベルが一定水準であろうと自負するでしょうし、消費者もそれを期待します。システムは良いけれど結果が常に良いとは限らないというのは理屈からいえばそうなんだけど、結果が良くならないシステムなら存在意義がない」
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「そんなことをいったら認証とはなんだということになってしまう。 まあ三木さんのおっしゃるとおりですが、そこんところが微妙ですよね」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「微妙と言えば微妙なのでしょうけど、それは存在意義そのものですがね」
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「もっとも脱税した会社にISO14001認証を辞退しろなんて言っていた消費者団体もありましたが、あそこまでいくと言いがかりというかキチが入ってますね」
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ISO認証企業の企業不祥事がマスコミで報道された頃、某認証機関の取締役と話す機会があった。そのときその方は、セクハラ、汚職、使い込みなども認証停止や取り消しの対象となると語った。 私はそれを聞いて呆れた。だってISO9001や14001の審査で、セクハラとか汚職についても審査するのか? それに俺たちは認証してやるのだ、悪いことをしたら認証を取り消すのだという上から目線にものすごいいやらしさ、汚らしさを感じた。 その認証機関の名前は言えないが、JAB認定の大手であった。 しかしそういう発想ではISO認証とは規格適合を意味するのではなく、プライズなのだろう。もちろん品質限定とか環境限定ではなく、企業の価値、ブランドの評価のようだ。 しかし待ってくれ! それなら審査するまでもなくその企業の損益とか一般消費者のイメージを調べて審査登録証を発行すればいいじゃないか。そして不祥事があれば取り消せばいい。簡単だ! | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「話を戻しますと、私はこの大震災でISOマネジメントシステム認証の再評価が行われるような気がするのです」
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「おっしゃることはよく分ります。ただ、どうなんでしょうか、この大震災は規模的に日本の危機とまでは言えないでしょう。ISO認証制度にとってもそう大きなインパクトはないような気がします。気がするだけですけど」
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