何を狙っているのか

15.04.20

*これはISO14001:2015のDISを基に2015/4/18に書いたものである。
今後、改定や正式版が出れば見直ししたいと思うが、しないかもしれない。そこのところはご了解してお読みいただきたい。

「0.2環境マネジメントシステムの狙い」を読み返しているのだが、どうも変だとしか思えない。とはいえ少しも変だと思っていない方が多いだろう。ということで、ここに一文をしたためる。

0.2環境マネジメントシステムの狙い 第二段落冒頭の句
環境マネジメントのための体系的なアプローチは、次の事項によって、持続可能な発展への寄与に関して長期的な成功を築き、選択肢を作り出すための情報を、トップマネジメントに提供することができる。

英文は
A systematic approach to environmental management can provide top management with information to build success over the long term and create opinions for contributing to sustainable development by:
(ISO14001:2015DISより)

ーん、これってどういう意味なんでしょうか?
まず「環境マネジメント」というものは定義がありません。定義されているのは「環境マネジメントシステム」です。環境マネジメントとは単に環境管理という意味なのでしょうか? ちなみに1992年まではenvironmental managementは公害防止と訳されていました。
「公害防止」を直訳すれば「Prevention of pollution」でしょうから、「environmental management」を「公害防止」と訳した人はいささか屈折していたのかもしれない。あるいは現実を知りすぎていたからかもしれない。
「体系的」も定義がありません。辞書を引くと、組織的、秩序ある、計画的とかいろいろありますが、システム本来の意味から類推すると「組織を決め、役割を決め、手順を決めて仕事をする」ことかと思います。
「アプローチ」とは、いわゆる「取り組む」ということでよろしいかと思いますが・・・
「持続可能」となると定義もなくそれを形容する文言もない。果たしてどのように解釈すればよいのか分りません。

しかし、なんかすごいことを語っていますね! 「can provide」ですからISO規格は「できる」って語っています。
しかし、この一文が語っていることは真実なのだろうか?
それほどこの規格は持続可能実現に効果があるのだろうか?
ところで、ISO14001DISをひたすら読み直したが、持続可能性という言葉は、ここ以外は前節の「0.1背景」にあるだけだ。ちなみに1996年版にも2004年版にも持続可能という言葉はなかった。

正確に言えば2004年版の序文で
組織のこのような対応は,厳しさを増す法規制,環境保全を促進する経済的政策及びその他の対策の開発,並びに環境問題及び持続可能な開発に対する利害関係者の関心の高まりを背景としている。
というくだりで1度だけ使われている。
まあ、あまり意味はないとみなしてよいだろう。
そもそもISO14001の興りは、1992年のリオ会議で持続可能性を実現するための規格を作ろうという発想だったとは聞く。しかしISO14001規格を満たせば持続可能が実現するとは思えない。どう考えてみても、ISO規格を守れば、つまりISO14001認証すれば、持続可能性が実現するなんて、そんな甘いもんじゃないよね!

っと、「0.3成功の要件」では、「国際規格の採用そのものが、最適な環境上の成果を保証するわけではない」とも書いている。この文章とここでの「トップマネジメントに提供することができる」はどう関係するのだろうか? 矛盾しているように思うのは私だけだろうか? トップマネジメントに持続可能な発展への寄与に関して長期的な成功を築き、選択肢を作り出すための情報を伝えることができても、それは持続可能とはつながらないということなのだろうか?
文章としても矛盾があるようだし、実際問題として成功につながらない情報を提供することにどのような意義があるのだろう(棒)
それとも「環境マネジメントのための体系的なアプローチ」というものは、ISO14001規格ではなく、もっとすばらしいものなのだろうか? だとするともったいぶらないで、そのすばらしいものを見せてほしいのだが・・・
 ワカラン
ワカラン

もっとおかしなことがある。ISO14001規格では、汚染の予防をしろ、継続的改善をしろとのたまうのであるが、汚染の予防と継続的改善を加えても掛け算しても持続可能とはイコールではない。つまり規格の要求する汚染の予防と継続的改善とを合わせたものと、持続可能とはものすごく隔たりがあるのだ。ここんところをどう説明するのか、私にはわからない。

つまらないたとえ話が頭に浮かびました。
「私たちは、車の運転をする際には、道交法を守り、事故を起こさないように努めております。とはいえ、ひたすらそれを実行したところで、交通量が増え混雑し渋滞が増えることを防ぐ効果はありません」
この文章は文法上も意味するところもおかしくないと思います。
ではもう一ついきます。
「私たちは、日々の暮らしと生産活動において、環境法規制を守り、事故を起こさないように努めております。とはいえ、ひたすらそれを実行したところで、資源を消費し、いつかは枯渇することを防ぐ効果はありません」
これも内容的におかしくないと思います。
でも0.2に書いてある文章をひらたく言いなおすと、
「私たちは、日々の暮らしと生産活動において、環境法規制を守り、事故を起こさないように努めます。そうすると資源の消費を止めて持続可能を実現します」
ということになります。なにごとにもシニカルな私だって、そうあってほしいとは思いますが、そうでないことに確信を持ちますね。

っと、そうすると「0.2環境マネジメントシステムの狙い」の問題ではなく、遡って「0.1背景」の記述がおかしいのではないかと
それについては既に書いております。
いやあ〜、ISO14001:2015って読めば読むほど疑問だらけ、不思議を感じますね、

ところでまたまた妄想が沸き起こってきた。
ISO関係者は、審査で企業が虚偽の説明をするからISO認証の信頼性が上がらない、といつもいつも語っている。それでいて規格を満たせば持続可能性が実現するだろうという。これはどうつながるのだろうか?
悪さしている不良少年を前にして、将来はノーベル賞をとれとか、総理大臣になりなさいなんて言うか? お父さんやお母さんを悲しませるな、世の中に顔向けできるようになれというのがせいぜいだろう。そんなことを思った。

更に妄想は止まらない。
ナチュラルステップなんてのをご存じだろうか?
最近はどうか知らないが、数年前はもう地球の救世主のようにもてはやされていた。
彼らは持続可能性の4原則なんて言っているが、その原則を満たせば持続可能になるという証明を私は見たことがない。

参考までに、ナチュラルステップが唱える持続可能の4原則とは
1:地殻から掘り出した物質の濃度が増え続けない
2:人間社会が作り出した物質の濃度が増え続けない
3:物理的な方法で劣化しない
4:人々が自らの基本的ニーズを満たそうとする行動を妨げる状況を作り出してはならない

この原則を満たせば持続可能が実現するかどうかわからない。更に言えば、この原則が実行可能かどうかわからない。証明されていないものを信じるのは宗教である。とするとこれは科学ではなく持続可能教であることは間違いない。
っと異議を唱えるお方、お待ちください、森の妖精ムッレなるものがでてくるものが宗教でなくてなんであろう?

うそ800 本日の結論
ISO14001:2015は、論理ではなく経典か聖書であったのか!
中身はどうあれ、信じる者は救われる〜♪と
全然関係ないのだが、英会話教室で「New Testament」と言ったら、先生から「New Testament of the Bible」と言わないと通じないよと言われた。そうなんですか
あるいは先生は正確な英語を教えようとしたのかもしれないな・・

うそ800 本日予想するご異議
本日は短すぎるぞという声が聞こえてきそうだ。
まあ、たまには早めに仕事を始めてください。



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