審査員物語 番外編12 内部監査(その1)

16.05.09

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

シフトは終わったが、陽子はまだ学食にいた。朝礼のとき店長から仕事が終わっても少し残ってくれと言われたのだ。ハテ、何の用だろう?
私服に着替えてもよいのか、着替えない方がよいのか、陽子は判断つかずにそのままで学食のテーブルに座っている。
もうお昼時は過ぎて、客は数人しかいない。彼らも既に食べ終わっていて、雑談をしている。勤務中の同僚も皿洗いなどをしている。
陽子は壁の掲示板に貼ってある通知を眺めるともなく見ていた。
突然、わきから店長の声がした。
店長
「三木さん、お待たせして、すみません、今日は内部監査があるのですよ。私ひとりでは自信がないので同席してほしかったのです」
陽子は店長が言っている意味が理解できず、頭の上にクエスチョンマークが浮いた。
三木の家内です
「内部監査? なんですか、それ?」
 えっ、えっ
えっ、えっ
店長
「いやあ、私もわかんないんですが、ISOのことで質問されるんだそうですよ。一人では心細いんで、お願いします」
三木の家内です
「はあ? どれくらい時間がかかりますか?」
店長
「案内を見ると1時間程度とありましたが・・・」

まあいいか。特段用もないし、今日は夫が出張ではないから一緒に夕飯を食べるときの話のネタになるだろう。

三木の家内です
「分かりました。それはどういうもので、私は何をするのでしょう?」
店長
「私も知らないんです。とにかくはじめてなものですから」

そんな話をしていると、男女の学生と顔を見たことがある先生が一人現れた。
増田准教授宇佐美井沢
増田准教授宇佐美井沢

増田准教授
「学食の店長さんですね。私、准教授の増田といいます。今日の内部監査のリーダーです。こちらは監査員の宇佐美と井沢です」

ふたりの学生は何も語らずに頭を下げる。

店長
「私がこの店の店長で、こちらがパートの三木さんです。この二人で対応したいと思います。何分初めてですのでよろしくお願いします」
増田准教授
「私も初めてなので手際が良くないかもしれませんがよろしくお願いします」
店長
「ええと、特に会議室など場所がありませんので店でお願いします」

店長はみんなを隅の席に案内した。窓からキャンパスを歩く学生が見える。

増田准教授
「それでは内部監査の第一回を始めます。私が監査責任者でこの二人が監査員です。二人はJ△○○認証機関の内部監査員研修を受けています。実を言いまして私は内部監査の研修を受けていませんので二人に進めてもらいます。
では宇佐美君、井沢君頼むよ」
宇佐美
「それでは進めさせていただきます。私たちがいろいろ質問しますから、それに答えていただければよろしいです。あ、できたら書類などを見せて回答してください。
ええと、まず前回の指摘事項はありましたか?」
井沢
「ちょっと、ちょっと、宇佐美君、おかしいでしょ! 今回が初めての監査なんだから前回なんてあるわけが・・・」
宇佐美
「あっ、ごめんごめん。すみません、今のはなしです。
チェックリストは頭から順繰りにしてはだめなんだな、ええとそれでは規格のところからと・・・ISO規格の4.1では環境マネジメントシステムの適用範囲を決定して文書にすることになっています。どのように適用範囲を決めたのか説明してください」
注:この物語は2005年頃ですので、2004年版に基づいているのでしょう、タブン
店長
「はあ?」
宇佐美
「質問は適用範囲を決めたか、文書化したかということを聞いています。ですからお宅の回答は『決めました。ここに書いてあります』という風に答えてください」
店長
「だって、だって・・・・私、私は適用範囲なんて決めてませんよ」
宇佐美
「ええっ、決めてないって、それじゃ不適合です」
三木の家内です
「あのう、横から口を挟んですみませんがね、学生さん、あっ宇佐美さんでしたか、宇佐美さんがその質問をする相手は学食ではなく、大学のISOの責任者ではないんですか?
学食の店長とかパートの私がISOしようと決めたわけではありませんし、その適用範囲ですか? そういったものを決めてもいませんわよ」
井沢
「宇佐美君、このチェックリストはISO規格の全項目対応ですけど、この学食が関係するのはその一部じゃないのかなあ? このチェックリストの中で学食が関わるものを質問しないとならないんじゃないの?」
宇佐美
「うーん、ボクも変だと思ったんだよ。そうすると4.1の項目は学食には関係ないのかなあ〜?」
井沢
「そのようね」
増田准教授
「君たち研修受けたんだろう。君たちに分からないことがあるのか?」
ヤレヤレ 監査側の三人が顔を突き合わせて話し合っているのを見て、店長はヤレヤレという顔をする。
陽子は二人の前からチェックリストなるものを引き寄せてしげしげと眺めた。
三木の家内です
「ええと、私はまったくの門外漢ですけど、この4.1項ですか、それについての質問が学食に関係ないってわけでもないんじゃないですかね」
井沢
「はあ? でも学食は適用範囲を決めてないって店長さんお答えしましたよね」
三木の家内です
「そうなんですけど、学食が適用範囲を決めていないとしても質問することはあるでしょう。ただ同じことを質問するにしても、相手に合わせて聞き方とか切り口を変えないといけません。つまり、このチェックリストの文章をそのまま読んでもだめなんですよ。
例えば大学のISO本部では『適用範囲を決めましたか』と質問することになるでしょうけど、学食では『適用範囲を知ってますか?』とか『適用範囲はどこに書いてありますか?』と聞くのはありでしょう。だって決定し文書化するとあるのですから、当然それは決めたことを大学の人たちに知らせなければならないことですよね」
井沢
「ああ、なるほど、オバサン、スゴーイ」

陽子は井沢がオバサンと呼んだことにいささか気を悪くした。たぶん井沢は娘の裕子より若いだろう。覚えてらっしゃいと陽子は腹の中で思った。

宇佐美
「すみません、ではリセットして再スタートです。
店長さん、適用範囲を知っていますか?」
店長
「えええ、適用範囲ですか? そんなこと聞いたかなあ?」

陽子は店長が持っているA4サイズで20枚ほどホチキスで止めた資料を引き寄せて眺める。表紙に環境マニュアルと書いてある。めくるとページごとに章の数字が書いてある。今、宇佐美ボーイは4.1と言ったのだから4.1というところになにか手がかりがあるはずだ。

店長陽子
三木の家内です
「店長さん、この4.1というところに適用範囲と書いてありますよ」

店長はあわててそこを眺める。

店長
「ああ、確かに・・・ええと適用範囲はこの大学のキャンパス全部と書いてありますね」
三木の家内です
「店長さん、宇佐美さんの質問は『適用範囲を知っていますか?』ですから、『知っています』と答えればいいと思いますよ」
店長
「三木さん、ありがとう、はい適用範囲を知っています」
宇佐美
「それでは学食は適用範囲に入っているのですか?」
店長
「適用範囲はキャンパス全部と書いてありますから適用範囲に入っています」
宇佐美
「おお、なんだか監査らしくなってきたようですね。適用範囲は文書化されていますか?」
三木の家内です
「宇佐美さん、既に店長さんが宇佐美さんに環境マニュアルを見せて答えているのですから、その質問は聞くまでもないことではないですか?」
井沢
「オバさんの言う通りよ、宇佐美君、しっかりしてよ」
宇佐美
「ああ、そうですよね。ここはもうあまり学食に関係ないようだから次に行こうか。
それでは店長さん次の4.2に行きます。ええとここでもあれだな、本部で聞くこととここで聞くことは違うことになる。学食では(a)から(g)で関係するのがあるのだろうか?」
井沢
「宇佐美君、ちょっと私にも質問させてよ」
宇佐美
「どうぞ、どうぞ、ちょっと井沢君が質問するのを見学したいよ」
井沢
「環境方針は知っていますか?」
店長
「はい、先日構内にいる業者が集められて環境方針が配られました」
井沢
「店長さんは説明会でお聞きしたでしょうけど、ここで働いている人たちへはお知らせしたのでしょうか?」
店長
「ああ、説明会でもらった環境方針の紙を、ここで働いている人たちに配布しました」
井沢
「大変結構です」
宇佐美
「井沢君、ちょっとちょっと、口頭説明ではいけないって研修会で習ったよね。エビデンスだよ、エビデンス」
井沢
「あっ、そうだったわね。そうするとどうすればいいのかな?」
宇佐美
「いつ配ったかとかいう記録があればいいんじゃないかな
店長さん、環境方針を配ったというエビデンス、つまりなにか記録はありますか?」
店長
「ああ、そういうことですか。私は毎日仕事の予定とかシフトとかを説明したり確認したりしています。それを毎日の日報に書いています。環境方針を配ったということもそこに書いていたつもりです」
井沢
「それじゃ日報を見せてください」

店長は大学ノートを出して広げた。そこには野菜を買うとか、オーブン修理の支払いをしたとかいろいろ書いてある。

店長
「ええと、あれは2週間ほど前でした。ええとここですね、朝礼で環境方針を配布したとあります。その日休みだったのは高木さんと松村さんで、二人には翌日の朝礼後に環境方針を配りました。それは翌日のところに・・・ああ、ここに書いてあります」
井沢
「まあ、すばらしいわ。監査ってこんな風にするのね。じゃあこれはオッケーだわ」
三木の家内です
「あのう、周知って伝えることではなく、伝わったかどうかではないんですか?」
井沢
「えっ、伝えることでなく伝わったかって? 何が違うのですか?」
三木の家内です
「例えば店長が環境方針を配ったのは間違いないですが、私たちはそれを気にしなかったかもしれませんよね。それなら周知されてないことになりますでしょう」
井沢
「なるほど、とすると店長さんに周知したかと聞くのはお門違いで、ここにいる人に知っているかと聞くべきなのか・・・
ええと、それでは、オバさんは環境方針を知っていますか?」

陽子は夫が知っているかと聞かれたら紙を見せればいいと言っていたのを覚えていた。
陽子はエプロンのポケットから環境方針が書いてある折りたたんだ紙を取り出した。

三木の家内です
「環境方針は知ってますけど覚えてはいません。こんな長い文章を暗記することはできません。ですからいつも配布された用紙を携帯しています」
井沢
「さすが、結構です。環境方針ではあとどんな質問をするんだっけか?」
宇佐美
「一般の人が入手可能ですかって書いてある」
井沢
「一般の人? でもここに学生以外が来るのかなあ?」
三木の家内です
「近所の奥さん方とか、通りかかった人や大学に来たOBは食べに来ますよ。普通の食堂より安いですからね。それにオープンキャンパスや講演会や学会など、イベントがあると大勢きますね」
井沢
「そうか・・・店長さん、もし店に来たお客さんから環境方針が欲しいと言われたときお渡しする環境方針を用意していますか?」
店長
「えええ、そんなことをしなくちゃならないなんて・・・いや用意してありません」
井沢
「それじゃ、これからはもし環境方針がほしいと言われたら渡せるようにしておいてほしいです」
宇佐美
「井沢君、これは監査だから、こうしなさいというのはいけないんじゃないかな。OKかNGを、あっそうじゃなくて適合が不適合だったね、そういう判定になるんじゃないか」
井沢
「そうか、それじゃ不適合ってことになるのか、
あ、店長さん、ともかく配布用の環境方針の用意をお願いします」
店長
「そんなことをしろとは聞いていなかったが・・・」
三木の家内です
「あのう、すみませんが、」
増田准教授
「ハイ、なんでしょう?」
三木の家内です
「お客様が大学の環境方針がほしいと言ってきても、学食がその準備までするのはちょっとどうなんでしょう。本当なら総務とか、それとも正門の受付に言うべきことじゃないでしょうか。と言いますのはこの学食は場所を動きませんけど、植木の剪定をしている里見造園さんなんて、その日その日、構内のあちこちで仕事しているわけですよね。そういう仕事をしている人にですよ、外部の人が環境方針がほしいなんて言ってきたらどうするんですか。それに私たち業者がその対応をするなんてありえないですよね」
井沢
「じゃあどうしたらいいんでしょう?」
三木の家内です
「それはISO委員会が決めることですが、例えば大学のどこかの部門が準備していればいいじゃないですか」
井沢
「それもそうですよねえ〜、とすると環境方針は受付とかに用意しておけばいいのかなあ〜」
宇佐美
「だけど学食に来た外部の人が、環境方針がほしいと言ってきたらどうするの?」
三木の家内です
「あのですよ、役割分担ってものがあるでしょう。担当以外の人には、どこに用意してあるかを伝えておけばいいじゃないですか。もし環境方針がほしいと学食に言ってくる人がいたら、正門の受付に行ってくださいと答えられればいいと思います」
井沢
「でも実際はどうなっているのでしょうねえ?」
三木の家内です
「みなさんは内部監査員なのだから、ISO本部に行って、環境方針を外部に公開する方法を聞けばいいじゃないですか、そのときどこに行けば環境方針が手に入るのか学内に周知しているかと聞くのですよ。そして私たちには外部から環境方針がほしいと言われたらどこに案内するか知っているかを聞くのです。
そうするとですよ・・・ええと、この規格に書いてある(g)はオッケーになるんじゃないですか?」
井沢
「すばらしい、オバサン、いや三木さんでしたわね、すばらしいアイデアですわ」
三木の家内です
「とはいえ、今ここでは外部の人から環境方針がほしいと言われたときの対応が分からなかったのですから、それは問題ですよね。でもその問題の対応は学食ではなくISO委員会だと思いますけど。
あのう〜立ち止まってばかりではどんどん時間ばかり経ってしまいますから、早いとこ終わってほしいのですが」
井沢
「ではこの項目はおしまいにして、ええと4.3.1に進みます。環境側面はどのように特定しましたか?」
店長
「ええ、環境側面ですか・・・環境ISO学生会議から依頼されて、この店のいろいろなデータ、つまり食材の使用量とか廃棄物の量とか電気やガスの消費量を調べてですね、提出しました。どのような方法で決めたのか分かりませんが、その後本部からうちでは食用油が著しいと言われて、その手順書を作る必要があると言われました」
井沢
「著しいではなく、著しい環境側面です。でも特定と決定をしなければなりません。していないとなると」
店長
「名前はどうでもいいですが、ウチではその特定も決定もしてません。言われたことをしているだけで・・」
井沢
「店長さん、そういうことをよく理解しておいてくれないと困りますよ」
店長
「理解って言われても、その本部からなんの指導も受けてないし・・・」
増田准教授
「宇佐美君、こういうのはどうなるんだい?」
宇佐美
「いやあ・・・ボクは・・」
三木の家内です
「口を挟んでよいかしら?」
増田准教授
「どうぞどうぞ」
三木の家内です
「あのうチェックリストに書いてあることは大学全体としてしなければならないことしょう。このお店は大学のほん一部門にすぎません。ですから先ほどの方針と同じで、環境側面を決めるのは大学の別の部門がしていると考えればいいわけで・・・というか実際そうじゃないですか」
増田准教授
「とおっしゃいますと・・」
三木の家内です
「環境側面とかいいましたけど、それを決めるのはいくつも工程があるわけでしょう。学食はいろいろなデータを取りまとめて環境ISO学生会議に報告して、そこが特定でしたっけ、決定でしたっけ? まあ、そういうことをしているわけでしょう。ともかく、ひとつの部門が全部をしているわけじゃない。
ならば学食の内部監査では、データとりまとめとかここですることをちゃんとしたかどうかを聞けばいいわけです。そして特定とかなんとかは環境ISO学生会議の内部監査で聞けばいいじゃないですか」
増田准教授
「ああ、なるほど、そうですよねえ〜」
宇佐美
「でもそんなふうにはチェックリストには書いてありません」
三木の家内です
「みなさんがそのようにチェックリストを直せばいいじゃないですか」

監査側が慣れないこともあるし、受ける側も初めてであり、時間ばかり食って進まない。
1時間ほどたったとき増田が時計を気にしだした。

増田准教授
「井沢君、宇佐美君、おれは午後ちょっと外出しなくちゃならないんだ。元々1時間の予定だったよな。悪いんだけどそろそろまとめに入ってくれないか」
井沢
「そいじゃ学食の内部監査第1回はおわりにします。よろしいですか」
三木の家内です
「ちょっとちょっと、増田先生、学食に問題があるのかないのか結論はどうなのですか?」
増田准教授
「井沢君、宇佐美君、内部監査の結論は大事だ、それはどうなんだい?」
宇佐美
「今までのところでは成果と言えるようなものはないですね」
井沢
「うーん、結論出せるまで私たちの力量がなかったということでしょうか」
宇佐美
「いや内部監査ができるまでに監査する側もされる側も準備が進んでいないということでしょう」
増田准教授
「今回は練習にとどまったというわけか。じゃあ、今回の結論はISOシステム構築途上にあり順調に進んでいるが、完成するにはまだ時間がかかるということにしましょう。
もちろん第二回の内部監査をします。店長さん、そういうことで次回はお互いにもう少し準備を積み重ね監査ができるレベルにしましょう。ISO審査前には内部監査で問題ないという状況にしておかないとなりませんので」

みんな立ち上がった。
陽子は一言言いたくなった。

三木の家内です
「あのね、御嬢さん、あなたのような話し方では世の中渡っていけませんよ。まず、オバサンとはなんですか? 見知らぬ人を呼ぶときそれは失礼ですよ。
これから就職したり結婚すれば、コミュニケーションが重要です。お子さんも生まれて公園デビューもするし幼稚園、学校のママ友との付き合いもあります。言葉使い、言い回しに気を付けなくちゃいけないよ。
もしママ友が素敵なピアスをしていたとき、どこで買ったの、おいくらしたのなんて言い方したら失礼ですよ。即COされるわよ」
井沢
「すみませんでした。じゃあどうお呼びすればよかったのですか?」
三木の家内です
「いくらなんでもオバサンはないですよ。あなたは目下のときですね。そちら様なら問題はないわね。それからお気づきと思うけど、私が御嬢さんと呼んだのは皮肉ですよ」
宇佐美
「すみません、三木さん、さっきのピアスの値段とか知りたいときはどう言えばいいんですか?」
三木の家内です
「この論点は、単に尊敬語を使うということではないのよ。相手を質問責めするのではなく、リラックスさせて気分よくおしゃべりさせるように心がけるべきなの。素敵なピアスね、お似合いですよとかほめあげれば、相手は気を良くしてどこでいくらで買ったとか、誰のプレゼントだとか自分から言い出すわ。昔から言いますでしょう、語るに落ちるって」
増田准教授
「内部監査も問い詰めるのではなく、相手に話をさせるようにしないといけないね」

監査チームが立ち去った。

三木の家内です
「店長、そいじゃ私はこれで失礼しますね」
店長
「いやあ、三木さんがいて良かった。以前から三木さんがしっかりした方だと思ってましたよ。それで今日は一緒に監査を受けてもらおうって決めたんです」
三木の家内です
「店長、冗談はよしてくださいな、それと次回があるなら時間外は付けてもらわないと困りますよ」


今日、三木は出張ではなく7時半には帰宅した。ふたりで晩酌しながら陽子は今日の内部監査の話をした。

三木の家内です
「おとうさん、今日は内部監査だったのよ」
晩酌
三木
「へえ、だいぶ進んだんだね、内部監査ができるようになったらもう8割方は終わりだよ」
三木の家内です
「どうもそうでもないようですよ。内部監査とはいったものの、監査にならずに雑談しただけで終わったもの」
三木
「へえ、陽子も一緒だったの?」
三木の家内です
「そうなのよ、今朝突然、店長が私もいっしょに出てくれって言うの」
三木
「おやおや、だいぶ気に入られたようだね、さすが俺の嫁さんだ」
三木の家内です
「冗談はよしてくださいよ。まあ私も好奇心が強くて店長のお誘いに乗ったんですけどね・・やりとりが面白かったわよ」
三木
「それじゃいろいろあっただろう。聞かせてほしいな。
あれさ、環境方針を知っていますかって聞かれただろう」
三木の家内です
「その通り。そしてあなたから聞いたとおり方針が印刷された紙を見せておしまいよ」
三木
「本当は方針の紙を携帯していても意味はなく、方針を理解していなければならないわけだけど」
三木の家内です
「私もそう思ったの。でも内部監査員の先生も学生もそんなことを理解していないようで、余計なことを言わずに相手のレベルに合わせていた方が簡単よね、アハハハハ」
三木
「まあ、そりゃそうだ。別に陽子が指導する義理はない」
三木の家内です
「それからお店に来た人から環境方針がほしいと言われたら、どうするのかという質問をされたわ」
三木
「ほう、それにはどう答えたんだろう」
三木の家内です
「監査する方もされる方も、どうしたらいいか分からず固まってしまったの。
私はISO規格の要求は大学全体で満たせばいいと思ったわ。学食が全部しなくちゃならなくてもいいということね。だからそういったことは大学のISO委員会でしたっけ、そういうところで対応を決めて、それをみんなに指示すればいいと思うと言ったの。例えば正門のガードマンとか総務に用意しておいて、学食に来た人が方針がほしいと言ったら、私たちは正門でもらってくださいって言えばいいんじゃないかって。まあ、思った通り言ったんだけど」
三木
「それが正解だと思うよ」
三木の家内です
「似たようなことがいくつもあったわ。環境側面を特定とか決定する方法はどうしているのかとか。
学食は材料や燃料のデータを委員会に報告して、委員会が計算をして決めて、私たちは決めたことについて手順書を作るということを言ったわ。なんだか内部監査員の人たちも大学の環境管理の仕組みを知らないみたい」
三木
「うーん、それは一概にどうともいえないな。その内部監査に来た監査員は大学の仕組みを本当に知らなかったのかもしれないが、内部監査では何を聞いてもいいわけだから、そういう質問が間違っているとかお門違いというわけでもない。むしろ大学の人たちが仕組みを理解しているかという意味で担当でないことであっても質問すべきかもしれない。
そして聞かれた方は陽子のようにそれは委員会に聞いてほしいとか、自分たちの仕事ではないと答えればいいと思うよ」
三木の家内です
「ああ、なるほどそういう考えもあるんですね。確かに言われてみるといろいろな質問をして相手が知っているのか、間違えていないかを確認することも必要ですね」
三木
「監査とか審査というのは、狸と狐の化かしあいでもあるから、やりとりをいちいち気にしても仕方がない。話を聞くと陽子は結構うまくさばいたんじゃないのかい」
三木の家内です
「アハハハハ、あなたのお褒めにあずかってうれしいわ、
私がいなかったら店長は手も足も出ないどころか言葉も出なかったと思うわよ」
三木
「それでこれからはどうするんだろう?」
三木の家内です
「今回の内部監査は練習にしかならなかったから、今度記録に残せるような内部監査をしなければならないって言ってたわ。そのためにはいろいろな対策をしなくちゃならないでしょうけど」
三木
「そりゃそうだろうね」
三木の家内です
「まあ、とりあえずは私は無罪放免、無関係よ」
三木
「そうもいかないだろう。店長は次回も陽子に頼ってくるんじゃないか」
三木の家内です
「お断りよ。ところでおとうさん、そもそも内部監査ってどういうこと?」
三木
「まずISO規格ってのがあるわけだ。ISO認証というのは企業がそのISO規格を満たしていますという証明だな。そのために俺たち審査員は会社がISO規格を満たしているかどうかを調べるのがISO審査だ。
審査を受ける会社は、俺たち審査員がISO審査に来て問題が見つかっては困るわけだ。そういうことがないように、事前に自分たちでISO規格を満たしているかどうかを点検することになる。それが内部監査だな。内部とはそういう意味だ」

注: えー、ここは審査員の夫が、妻にわかりやすく説明している情景です。内部監査とはそんなもんじゃねえ、ISO規格デー、PDCAガーとか、会社法デハーとか言わないこと、
最近は細かいところにクレーム付けてくる方がいらっしゃいますので予防処置を・・・

三木の家内です
「なんだ、そんなことですか。でもISO規格を満たしているかを確認すると言いましたけど、今日来た学生はISO規格を持ってませんでしたが・・」
三木
「ISO規格は漠然としているから、規格を満たすために実際にどのようにするかは会社や大学が決めることだ。それでISO規格に沿って、その企業がどんなことをしているかを具体的に記述したものを作ることになり、それを環境マニュアルと呼ぶ。ISOには品質もあるが、それは品質マニュアルと呼ばれる」
三木の家内です
「ああ、そうしますと内部監査とは環境マニュアルに書いてあることを実際にしているかを確認することって考えればいいのですね」
三木
「そうだ。しかし厳密に言えば、その前に環境マニュアルがISO規格を満たしていることの確認が必要だ。だがそれは内部監査よりも前の段階のシステム構築の過程で検証されるだろうし、もうひとつ認証機関はマニュアルが規格適合でないと審査を開始しない。以前はそれが規格に明記されていたけど、今はどこにあるんだろうか、俺も知らない」
三木の家内です
「なるほど、いずれにしても環境マニュアルに書いてあることをしていれば、内部監査ではOK、ええと規格適合と言えばいいのですね」
三木
「そういうことだ。満たしていなければ規格不適合という。合格とかOKとか言わないのは、ISO審査というものはその会社とか仕事の仕組みが良い悪いという判断をするのではなく、規格に合っているか合っていないかを見るだけのことだから、良し悪しとかOK/NGとは言えないんだ。もちろん規格適合か規格不適合のいずれかを明確にしなくてはいけない」
三木の家内です
「なるほど・・・」
三木
「当然だけど、規格不適合のときはISO規格のどの項番、項番って分かるよね、4.1とか4.3.1とかいうあれだ。一つの項番にも要求事項、つまり『○○すること』というものがいくつもあるから、どの『○○すること』を満たしていなかと、その証拠を併せて記載しなければならない」
三木の家内です
「なるほど、それは裁判と同じですね。根拠となる法律がなくちゃならないという罪刑法定主義と事実認定には証拠が必要という証拠裁判主義
でもそうすると内部監査をするにはISO規格を暗記していなくちゃならないんですか?」
三木
「俺は商売だから暗記しちゃったけど、別に試験じゃないからISO規格を見ながら監査したってかまわない。
それに内部監査のときISO規格項番対応で不適合を示しても良いけれど、ISO規格を根拠にするのではなく環境マニュアルを根拠にして不適合としても良い。
つまり不適合の記述を『規格で○○することとあるがそれをしていない』ではなく、『環境マニュアルに○○すると書いてあるがしていない』という表現でもよい」
三木の家内です
「おとうさん、ええと不適合をそう書くのは分かりました。当然、適合のときもISO規格の項番とその『すること』に対応して実際にしていることを書くのですね。例えば『環境マニュアルで○○すると書いてある通り実行していた』というふうに」
三木
「本当はそうあるべきだろうねえ。だが実際にはISO審査でも内部監査でも『適合している』ことは書かない。書くのは不適合だけだ」
三木の家内です
「はて、どうしてなんでしょうか?」
三木
「不適合だとするのは簡単だ。不適合の例をひとつ示せばいいからね。でも適合だとするのは不可能に近い。一種の悪魔の証明ではないのかな。ともかく書かないね」
悪魔の証明とは: 「あること」はひとつ事物を示せば証明になります。しかし「ないこと」を証明することはできません。これを悪魔の証明と言います。
生きている恐竜を見た人はいませんからいるとは言えませんが、死に絶えたかどうかはわかりません。なぜなら、南米とかネス湖とか人里離れたところに生息しているかどうかわからないからです。
そういえば、数日前の夜、風雨が激しくカーテンを開けて外の様子を見るとベランダに見知らぬ人が立っていました。一瞬心臓が止まりましたよ。よく見たら家内が雨の中自転車で行ったとき着た雨カッパが、隣の家の明かりでたまたま人に見えたのです。あれは、悪魔の照明ですね。
おっと、「慰安婦を強制連行してない証拠を出せ」というのは、悪魔の証明ではなく、アホの証明といいます。

三木の家内です
「なにか片手落ちのような気がしますね。ISO審査する方が、いや内部監査もですが、審査を受ける方よりも簡単だということになります」
三木
「そう言われるかもしれないが・・・実を言って裁判だって同じじゃないのかな。裁判官は誰を裁いているのかという問いがある」
三木の家内です
「それは簡単よね、裁判官は被告人を裁いているわけでしょう」

どうでもいいこと: 被告と被告人は違う。被告は民事訴訟のとき訴えられた方を呼び、被告人とは犯罪の嫌疑で起訴された人(法人を含む)を言います。

三木
「いや、普通、裁判官は検事を裁いていると言われる」
三木の家内です
「へえ?」
三木
「刑事訴訟法で、被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、無罪の言渡をしなければならないと定めている(336条)。つまり検事が出した証拠が信頼できるのかと罪となる根拠が確かなのかを判定しているというわけだ」
三木の家内です
「なるほど、無罪とは犯人じゃないということではなく、犯人であると認定できないことなのね」
無実 ≠ 無罪
「無実」とは罪を犯していないことで、「無罪」とは有罪とする証拠がないこと。そして「有罪でなければ無罪と推定する」ことを推定無罪という。

 有罪無罪
有実当然です。証拠不十分だけでなく、すぐに精神鑑定とか持ち出すのはなぜ?
心神喪失とか精神衰弱で無罪って納得いかん。
無実冤罪です。当然です。
でもその人が本当に白かどうか、真実は分からないんだよね。

陽子はそれっきり口を閉ざした。陽子は何かを考えているようである。だが三木はそれに気が付かなかった。

うそ800 本日のストーリー
過去、私はISO認証準備というものに数十回関わりました。そんなときの体験を思い出していくつかつなぎ合わせるとこんな物語はいくらでも書けます。これは小一時間しかかかっていません。
とはいえ調子に乗って今回も12,000字をオーバーしました。お読みになられた方の忍耐に敬意を表します。



神部様からお便りを頂きました(2016.05.09)
審査員物語 番外編12 内部監査(その1)を読んで
陽子さん・・・今後どんどん巻き込まれていく姿が脳裏に浮かびます。目の前で起こった低レベルのトラブルって口を挟みたくなりますもの。巻き込まれるのを期待してヤレヤレ↗タイプ(やっておしまい!)ならともかく、めんどくさいなぁ〜ヤレヤレ↘タイプ(も〜やだ〜)のような陽子さん。学生に教授も含めてどういう風にISOを進めていくのか楽しみです。^^

そして「アホ」の証明。あちらさんの理屈に乗って「当時の朝鮮半島は日本」→「当時の日本人は現日本人+韓国人+北朝鮮人」と持っていけば、「当時合法だったとはいえ、慰安婦を連れて行ったのが現韓国人・現北朝鮮人でない証明をせよ」とするのはどうでしょうか?「当時の朝鮮半島は日本」を否定すれば彼らの言う「侵略」はなかったことになりますし、肯定すれば現韓国人・現北朝鮮人でない証明をしなくてはならなくと思うのですが。いかがでしょう。
人権救済の為、日本も頑張らなくてはなりませんね。特にコピーノ問題 ^^; お淑やかでは頭に乗る人々には通じませんもの。過去と未来の日本の為しっかりと意見を言うべきですよね。

お嬢様! いや〜、実を申しまして先の事は考えておりませんでした。お嬢様のアイデアを頂いて、これからどうするか決めましょう、
とりあえず思いついたのは、次のようなものですが、どれがお好みでしょうか?
1案
陽子さんが大学のISO認証の渦中に取り込まれ、家事をおろそかにして離婚の危機
 2ちゃんの読みすぎか?
2案
内部監査から始まって、大学のISOのあるべき姿を推進者である○○教授に教えることとなり、やがてISO雑誌のインタビューを受けてカリスマISO担当者として有名になる。
3案
ISOで張り切るものの学食で浮いてパート仲間から疎まれ、退職する羽目となる。
 これってつまらなそう?
4案
ISOに興味を持ち審査員研修を受け、最後には契約審査員となる。
でも審査員がスゴイって思われたのは20世紀のことだからこれも却下かな?
5案
話し方、対応などが評判となり、就活指導者となる。
 まっさかねえ〜
6案
実を言って予定していた筋書きは、井沢に内部監査をやってみろと言われて、(見よう見まねではなく)自分があるべき内部監査像を考えそれを具現化してしまい、周りから賞賛を受けるというものだったのですが、これではお嬢様のお眼鏡には・・
すべて却下という場合、ご提案をお願いします。

ところで神部お嬢様はご自分のウェブサイトをお持ちですか? 記号を16進で書くあたり只者ではない?


神部様からお便りを頂きました(2016.05.10)
佐為様 ありがとうございます。
色々ともったいないお言葉、ありがとうございます。
続編のアイデアですが私などが口出すのはおこがましく思います。もとより、あらゆる作品は作者の思いが最優先されるもの。他の方々も佐為様の作品を楽しみにしていると思います。故に予定していた筋書の6案でお願いします。読み物として、またISOのテキストとして楽しまさせていただけるのを待っております。
追記1
記号を16進で書いたのはパソコンの力。私はそれに頼っただけで何の力もありません。
追記2
さて私を「お嬢様」とされたのは作中の陽子さんと同じでしょうか? ^^;
物事を裏からも斜めからも眺める私の癖。お許しを ^^

神部お嬢様、なにをおっしゃいますか!
今までケーススタディとかマネジメントシステム物語など書いてきましたが、わが同志である名古屋鶏様やぶらっくたいがぁ様、N様などの突込みとか提案、脅迫など数え切れず・・・というかそういう突込みの積み重ねでストーリーが決まってきました。恐ろしいのはお友達、「友達でいたい」というのはマフィアの脅し文句だそうですが、それは関係ないか・・
ではお嬢様のご期待に応えて第6案ということで・・
おっと、「お嬢様」と申しますに、他意はございません。今までは女性からお便りいただいたときは「姫様」とお呼びたてまつっておりましたが、いささか時代錯誤かと思いましてお嬢様としましたが、これでも明治時代かもしれません。昭和となりますと「お嬢」でしょうか?
私の暦が昭和になったときにはお嬢といたしましょう。
平成になったときは・・・私の暦が平成になる前は寿命が尽きているでしょう。

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