*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。
審査員物語とは
「みなさんはISO規格を理解するのが難しいなら、監査チェックリストをそのまま読んでいただいて、その回答を聞いて合っているかいないかを判断してくれればよいです」
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「監査チェックリストをそのまま読むって言ってもねえ〜、それに返ってきた回答があっているかどうかって判断できるのかなあ〜。どうも話がつながらないように見えるんだが。 例えばチェックリストで環境方針のところにある『汚染の予防で気になる点はどんなことですか』というのは、どういう回答であればよいのですか?」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ISO規格でこれに見合った箇所はどこでしょう〜。 ええと・・・ISO規格では汚染の予防に関するコミットメントを含むこととなっているから・・・汚染の予防で気になる点とはどういう意味ですかね、永井さんどうかしら?」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「先生の井沢さんが分からないなら、私に分かるはずありませんよ」
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「井沢さんは研修を受けたと、先週、増田准教授が話していましたね。そういうことは習ったのでしょう」
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「そうなんですけど・・・困ったわ」
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「井沢君、規格では気になる点なんて書いてないよ。ここでは内部監査員が方針に必要なことが書いてあるかどうか確認すればよいので、方針に汚染の予防があったことを確認したら、そのあとに時間稼ぎに質問するためのものじゃないんだろうか」
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「なるほどねえ〜、そうすると単なる話のつなぎか」
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「あのう、発言してよろしいですか?」
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「あっ、どうぞどうぞ」
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「この質問はそんな時間稼ぎではなく、現実の汚染のリスクを理解して方針を作ったのかを確認するものではないのですかねえ〜」
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「はあ? 三木さんのおっしゃることは分からないわ。 ともかく永井さん、ここは相手の回答がつながっていればよいことにしましょう」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「俺が知りたいのはここばかりじゃなくて、他にもあるんだが。 ええと、やはり環境方針のところだが、『継続的改善の環境パフォーマンス指標にはどんなものがありますか』というのがある。これはどう回答があればいいんだね?」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「それは簡単でしょう。環境目的・目標にあげた省エネや廃棄物削減などという回答があればよいと思うわ。だからここでの回答はパフォーマンス指標なんだから・・・電力とか廃棄物という回答なら良いと思います」
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「そうなのか? あのさ、継続的改善とはなにかだが・・・規格では『環境マネジメントシステムを向上させるプロセス』と書いてある。ということは井沢さんがいうような省エネとか廃棄物削減といった改善テーマにあげた即物的なことじゃなくて、この大学の環境マネジメントシステムを向上させることかと思うんだが、」
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「えっ、ああ〜、そう書いてあるわ」
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「となると継続的改善の対象は電力でも廃棄物でもないようだ。すると、このパフォーマンス指標とはなんなんだ?」
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「うーん、そうすると環境パフォーマンス指標ってどういうことなのかな」
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「環境パフォーマンスとは『環境側面についてのその組織のマネジメントの測定可能な結果』とある。とするとこのチェックリストの文章がおかしいのかなあ〜」
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「この場合、どういう回答があればOKにするのですか?」
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「とりあえずは省エネとか廃棄物とあればよいことにしましょう」
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「わかった。そういう返事があればOKにすればいいんだね」
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「私もわからないことばかりです。やはり環境方針のところですが、その次にある『環境法規制に関しては、特にどのような点が重要であるとお考えですか』というのは?」
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「うーん、これも先ほどと同じと考えると、経営者が関係する法規制をいくつか挙げて法律を知っていることを確認すればいいのかしら」
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「それでいいんじゃないかなあ〜」
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「すると法規制一覧表にある法律をひとつふたつあげることができたら合格でいいんですね。そして法律の名前を挙げることができなかったら不合格ということですね?」
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「うわー、どうするんでしょう?」
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「経営者って学長だっけか?」
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「理事長よ。となるとこの質問に答えられないと困るわ。この質問ばかりじゃないけど事前勉強してもらわないと」
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「えええ、偉い人に細かいことまで勉強してもらうってのも・・・」
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「あのう・・・環境方針に省エネとか廃棄物削減というのがあるわけですが、そういうのは法規制とか世の中の動きを反映して決めたわけですよね、だからここは細かいこと、具体的な法律の名前なんかを覚えることではなく、例えば省エネ規制が厳しくなってきてそれに対応したとか、循環型社会構築のために大学の廃棄物の削減とリサイクルを推進するように方針に盛り込んだという説明ができればよろしいのではないですかね」
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「ああ、なるほど、ここは法律を知っているかという試験じゃなくて、方針がどうして決められたかということだものね」
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「ああ、わかりました。そういうニュアンスですか、それなら納得です」
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「ああ、いえ、そうかどうか私にはわからないわ。三木さん、それでよろしいの?」
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「私は前後関係からそう考えたというだけです。井沢さんは研修を受けたのですからご存知と思いますが」
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そんなやりとりが延々と続く。そしてはっきりとした回答も指導もなく時間が過ぎた。 どうも井沢も宇佐美も研修では、チェックリストの文言を読み上げて講師が答えた回答があればOKということしか習わなかったようだ。陽子は不安が尽きない。永井も成田も同じような気持ちらしくそれが顔に出ていた。 陽子は内部監査がうまくいくかどうかということよりも、この大学のISOというものが講習会で習ったことをそのまま形にしたようで中身がないのではないのかと気になった。先だっての学食の内部監査は実がなかったように、他の部門の内部監査も形だけなのだろう。そして大学の環境マネジメントシステムも形だけで意味のないものなのだろうなあと思う。 成田も永井もいくら質問しても暖簾に腕押しでやがて質問が途絶えた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「それじゃもうご質問もないようですので、次回から実際の内部監査を行い、みなさんには交代で参加してもらいます。もちろん数回参加していただいたら、それ以降はみなさんに独り立ちしてもらい監査をしてもらいます。」
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成田も永井も自信なさそうな顔だが何も言わずに聞いている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「さっそく明後日の午後1時から環境経営者の内部監査を行います。環境経営者は理事長です。ISO審査の時はもちろん理事長にご対応していただきますが、内部監査は管理責任者の 内部監査員は監査責任者の増田先生と私、それに研修として永井さんと三木さんで行います」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「ええ、俺!?」
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「そうです。もちろん研修といっても、脇で見ているだけでなく積極的に質問してもらって結構です」
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「持参するのはこの前配布された規格、マニュアル、チェックリストでよろしいのですね?」
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「そうです。もちろんチェックリストにあるだけでなく皆さんもいろいろ考えてきてください」
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何が何だかわからないがそれで内部監査員研修は終わりだ。永井、成田、陽子の三人はブツブツ言いながらISO学生委員会を後にした。 ●
家に帰ると陽子は経営者に対する質問にはどんなものがあるのかと、チェックリストを眺めた。そもそもISO規格要求事項の中で経営者が関わるものはどんなものがあるのだろうか。● ● 以前作った対照表をながめて考える。規格にある経営者の役割とは、方針を出して目的を決めたら半分は終わりだ。残りの半分は指示したことの進捗やシステムの運用状況を把握し、それを踏まえて定期的に方針を見直したり是正の指示をすればよいようだ。まあ、社会人なら、それは当たり前のことだとわかる。一人の人が管理できることには限界があり、職階が上の人は細かいことは部下に任せるのは当然だ。そして細かいことは下位の管理者が決裁し、大きな問題は上位の管理者が処理し、そして組織の根本にかかわるようなことのみを経営者が判断するという仕組みになる。 経営者に細かいことを質問するのは失礼だし、聞いてもわかるはずがない。じゃあ、どういうことを聞くべきなのか。 渡されたチェックリストは役に立つのだろうか? 規格で経営者の役割とされたことについての確認に必要十分なのだろうか? ●
経営者の内部監査となった。場所は三葉教授の研究室だ。教授の格によって部屋の広さが違うらしい。三葉センセイは某新聞社から三顧の礼で来てもらったくらいだから一番広いと聞いていた。10人くらい座れる机に向かい合って座る。● ● 先方は 三葉教授と コンサルが1名、監査側は、増田准教授と井沢、永井そして陽子である。
「そいじゃ内部監査を始めさせていただきます。こちらの監査員は井沢君、見習いが永井さんと三木さんです。永井さんは本学の施設管理会社の方、三木さんは学食のパートさんです。ISOは全員参加ですから」
「いやあ、すばらしい。一部の先生と学生だけのISOではつまらないからね。これこそが私の理想だよ」
「三葉先生のご期待に応えるよう頑張ります。じゃあ、井沢君開始してくれ」
「環境学部の井沢です。三葉教授の環境概論と環境マネジメント論をとっています。 ええと本日は経営者に対する内部監査のわけですが、理事長がお忙しいために三葉教授が理事長になったつもりで対応いただきたいと思います。質問も理事長に対するものですから、回答も理事長のつもりでお願いします」
「わかった、わかった」
「それでは環境方針から伺います。ISO規格では環境方針にもいろいろな要求がありまして、それを満たしているかということと、どのような思いで方針を作られたのかをお聞きします」
コンサルがマニュアルの方針のページを開いて三葉教授の前に置いた。
「それでは、規格では組織の活動、製品及びサービスの、性質、規模及び環境影響に対して適切であることとなっています。この方針は大学の性質や規模、環境影響に見合っているとお考えですか?」
「ああ、もちろんそう考えて定めたわけだ。方針の一番目に省エネ、廃棄物をあげており、これは大学の施設運営上の環境負荷だね。それから二番目には研究や教育をあげている。これこそが大学の本来の仕事だからね。そういうことだから大学の性質や環境影響に見合っているといえるだろう」
「はい、わかりました」
「すみません、私にも質問させてください」
陽子が発言したので井沢も増田も驚いた。三葉は学食のパートが監査で活躍するというのがうれしいようだ。
「一番目ですが、省エネ、廃棄物削減、節水とあります。この大学には理学部や薬学部それに工学部もあります。そういったところでは化学物質も使っているでしょうし、騒音や振動その他の環境影響も発生させているわけです。省エネ、廃棄物、節水だけではこの大学の性質には見合っていないのではないでしょうか」
一瞬、監査側も被監査側も黙ってしまった。まず環境方針にケチをつけるのはとんでもないことだという認識があったようだ。理事長がハンコを押しているし、今更修正というのができるのだろうかということが井沢の頭に浮かんだ。三葉は長年仕事をしてきただけ回復が早かった。
「なるほど、そういわれると理学部や工学部の環境影響には、言及が足りなかったかもしれないな。今猿さん、どうですかねえ〜」
「確かに言葉が足りないかもしれません。しかしよく見ると『等』という字があります。省エネ、廃棄物などは一例と考えられませんか、」
「なるほどそうとも読めますね。ただどうでしょうか、生活用水と理学部や薬学部の薬品などから具体例を選ぶとすれば薬品を取り上げて水が落ちるのではないでしょうか。むしろ電力、化学薬品、産業廃棄物等とするのが普通でしょう」
「うーん、これはよく考えてみたい。とりあえず次の質問に進んでもらえますか」
「本学の汚染の予防で気になる点はどのようなことでしょうか?」
「汚染の予防で気になる点・・・うーん、質問の意図がわからないが、どういうことでしょうか」
「ええっと、三木さん、この前はどんな理解でしたっけ?」
「ちょっと文章の言い回しが前後しているようで、言い換えます。この方針を作られたとき、この大学で発生する恐れがある汚染とは、どのようなものがあると考えられましたか?」
「ああ、そういう意味ですか。正直言えば方針を決めたのは、まだ環境影響とか環境側面を調べる前でした。ですから実際の環境負荷とか事故の恐れということまでは把握していませんでした。とはいえ大学からの汚染といえば、あっここでいう汚染とはいわゆる汚染だけでなく、資源の消費とかエネルギー使用なども含むわけですね、ともかく省エネ、廃棄物削減は汚染防止になります」
「井沢さん、三葉先生の回答でよろしいですか」
「ああ、ハイ、わかりました。次に進みます。 環境法規制に関しては、特にどのような点が重要であるとお考えですか?」
「そりゃ法律全部だよ。おっと、ちょっと待った。その質問はいろいろな意味にとれそうだ。 まずひとつの考えとしては、環境法規制には廃棄物、省エネ、消防法、安衛法、たくさんあるわけだが、そのどれが重要かという問いと理解するのもある。そうだとしたら、すべてが重要で特定の法規制を重要と考えているわけではないということだ。 それから、法律を遵守するためのステップにおいてどんなことが重要かという意味にもとれる。それなら法規制をよく調べて、運用にあたって必要なことは学内に文書で知らしめている。一般のごみの分別のようなものは、すべてのごみ箱に分別の種類を貼り付けているし、省エネは特にエアコンには設定温度を貼り付けている。その他、薬学部とか理学部では薬品や廃棄物の処理は大学の廃棄物処理要綱というものを作って、そこに手順を書いている。ああ、永井さんはそのご担当でしたね。ええとマニフェストといったかな、そういう帳票の記載とか業者への引き渡しは施設管理会社さんでしてもらっているわけだが、そこに引き渡すときの分別とか危険の表示とかについては先ほど言った要綱に定めて学生や指導者に徹底している。そういうことが重要だと思うよ。 井沢さん、質問するときは意味が二通りにとれるようなこととか、先ほどのどのような意味なのか分からないような言い回しは避けたほうがいいね」
「わかりました。次に進みます。 大学には教員や事務職員のほかに、ここにいる永井さんや三木さんのような業者さんも多いですが、そういった人たちにはどのように方針を周知していますか?」
「ISO認証することを決定したのは教授会ではなく、法人としての運営委員会で決めたことです。そこには構内で事業している会社さんの代表も参加している。ですから構内の会社さんに対してもそういうルートから参加と活動協力の要請をしています。当然、方針についても周知と協力をお願いしているわけです」
「なるほど、単なるお願いではなく強制力があるということですね」
「まあ強制と言われるとちょっと引くけど、内容的には無理なことは言っていないし、今の世の中環境保護は当然という認識となっていると思う」
「おっしゃるとおりですね」
「すみません、質問させてください。 方針では『学生、教職員及び本学で働く全ての人が、内外の環境活動に参加する。』とあります。こう言える根拠はおありでしょうか。質問の意味は、学生やその他の人たちから訴えられるということはありませんか?」
「訴えられるですって! まさか、そんな」
「学生は入学に際して時に誓約書を出しますね。でもそこにあるのは勉学、支払い、法の順守などであって個人的な時間の使い方についてはありません。 また私たちパート従業員は雇用契約を結んでいますが、その契約にはISOとか環境活動ということは文言にありません。 この方針のように内外の環境活動に参加すると言い切るのはまずいのではないでしょうか。せめて積極的にと形容詞をつけるとか、参加するように指導するとかではないのですか」
「おい、今猿さん、これはどうなんだ?」
「確かに三木さんでしたっけか、おっしゃることは一理ありますね。私の知る限りほかの大学では積極的に参加するとか、協力するという言い回しですね。 それと、基本的に方針は大学というか認証を受ける組織のウィルでして、その構成員のウィルではないのですよ」
「構成員のウィルではないと? 組織に属する全員の意志ではないのか?」
「そもそも方針とは組織の経営者が定めるものですから、経営者のウィルなんです。組織に属する人は組織内の行為や判断についてのみ従う義務があります。 例えば学生なら単位を取るために環境活動をするとか、従業員なら就業時間内に行う環境活動に参加する義務があるでしょうけど」
「私もそう思います。ですから雇用契約あるいは入学の誓約書の範囲であれば従う義務がありますが、組織外のこと勤務時間外については方針に書くことはできません」
「へえ、そいじゃここは文言を直さなくちゃならないのかな。 ちょっとまてよ、おい増田君、あとで法律の先生に聞いておいてくれ。先ほど三木さんから指摘されたことも直さなくちゃならないなら全部まとめて処理したほうがいい。 おっと、それだけなのか? ほかに問題はないのかな? 今回は内部監査の練習だよな。このへんを整理してから、もう一回内部監査をしよう。 その前に方針について増田君、関係者を集めて検証してほしい。今猿さんも入って指導してほしいな。 まとめると、方針の見直しは即手を打ってくれ。それから内部監査は質問をもう少し工夫してほしいな。実際は俺じゃなくて理事長だから、日本語で分かるような質問にしてほしい。なんか聞いていると井沢さん自身が理解していないような感じだ。自分が聞きたい事、知りたいことを明確にしてさ、それを自分の言葉で語ってほしいね。 それとさ、経営者に対しては具体的な法律とか細かいことではなく、世の中の動きと大学の方針の関係とか大局的な質問をしてほしい。俺だからいいけどさ、理事長に今日のような質問はまずいよ」
「すみません。改善を図ります。それから方針の見直しを早急にいたします」
解散となった。井沢は陽子を睨んでいたようだが陽子は気にもしなかった。 陽子の頭には、ISO規格を知らないとマニュアルに書いてあることを実際にしているか確認のための質問というのもあり得ないなという考えだった。ISO規格を知り尽くしていれば、マニュアルや現実を見てそれが規格適合か否か即座にわかると思う。しかしマニュアルに書いてあることをしているかいないかを見るだけでは、意味がないような気がする。まずは規格を自家薬籠としなければいけないと思う。 |