審査員物語 番外編15 内部監査(その4)

16.05.26

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。

審査員物語とは

三葉教授の監査を終えて、増田准教授をはじめとする監査側とコンサルの今猿はISO学生委員会に戻った。
今猿さん 増田准教授 井沢 永井 三木陽子
コンサルの
今猿さん
増田准教授 井沢 永井 陽子
一同が疲れ果てたようにドサッと打ち合わせ場に座る。
すぐに井沢が口を開いた。
井沢
「三木さん、困りますよ。監査は監査チェックリストから質問を選んで質問してほしかったですね」
陽子
「あれ、前回の時には井沢さんはチェックリストにあるものだけでなく、各自いろいろ考えてきて質問するようにとおっしゃってましたよね」
永井
「私もそう聞きました」
井沢
「そうだったかもしれないけど、三木さんが余計なことを質問したから流れがどんどんおかしくなったのよ」
陽子
「流れがおかしくなったとは思いませんよ。もし私が質問しなければ誰も気が付かずにあとで大きな問題になったかもしれません」

増田准教授は両手で二人のやり取りを抑えた。
右手増田准教授
左手

増田准教授
「井沢君、冷静になろうよ。まずこの監査チェックリストというのは誰が作ったものなんですか?」
井沢
「それはですね、以前、講師をお呼びして学内で内部監査員講習を受けたときに、監査資料の一部として配布されたものです。私はこのリストの質問をするのが内部監査と思っていました」
増田准教授
「今猿さん、今日、三葉先生から監査での質問を検討しろと言われましたが、この監査チェックリストは適正なのでしょうか?」
今猿さん
「チェックリストが良いか悪いかというのは一概には言えません。問題は用途に見合っているかどうかでしょう。現実のマネジメントシステムを対象にするのではなく、内部監査を勉強しようというならこういうものになるのでしょう。
しかしお宅の場合、大学の活動というか事業は現実のものであり、その環境影響も組織体制もリアルに存在しています。ですから内部監査を行うときには、その実際の組織に見合った監査チェックリストを作らないといけません」
増田准教授
「といいますとこのチェックリストは監査の練習用ということですか」
今猿さん
「練習用というかサンプルでしょうね。このままでは実際の内部監査には使えないのですよ。
お宅なら、そうですね例えば『環境経営者のすることはなんですか』とかいう質問がありましたが、そんな言い方でなく単純明快に『理事長のすることはなんですか』と言ったほうが誤解を招かないし理解が早いでしょう」
増田准教授
「なるほど、井沢君、どうだろう?」
井沢
「じゃあ、今猿さん、この大学用のチェックリストを作りましょうよ。というか、今猿さんがチェックリストを作ってくれたらいいんです」
今猿さん
「チェックリストといっても一つあればよいというわけではありません」
井沢
「だって今、今猿さんがおっしゃったでしょう。この大学に見合ったものを作る必要があるって」
今猿さん
「そうです。そうではありますが、監査をするたびに監査チェックリストは変わるのです。変えなければならないというべきでしょうか」
増田准教授
「ほう、それはどうしてですか」
今猿さん
「考えてみてください。監査で何を調べるのかということを考えるとお判りでしょう」
井沢
「今猿さんのお話が見えませんけど」
陽子
「コンサルさん、初めまして、学食のパートをしている三木と申します。
あのう私が理解したことが間違いないかどうかの確認ですが、初めて監査をするときはISO規格で『すること』と書いてあることが漏れなくあるのかということを調べる、次にはそれを実際にしているかを確認する、その次の段階になれば調査項目は抜き取りでも良いけれど、実際の運用状況を事細かく点検するというような流れになるということでしょうか?」
今猿さん
「三木さん、その通りです。そして認証して数年たてば『しているか?』、『あるか?』という質問は卒業して、システムを改善するための手がかりを探すことになるでしょう。
ですからチェックリストは、その組織の成熟度によって変わります。変わらないと監査の目的を果たしません。
しかし三木さんはただものじゃありませんね。普通の人がそんなことを考えませんよ」

井沢が不満そうな顔をするのが陽子は気が付いた。

井沢
「そんなこと内部監査員研修では教えられなかったわ」
今猿さん
「まあ内部監査というものはノウハウの塊ですから、1回の研修会で教えるのではなく何段階も研修をして教えているようですね。それだけお金にもなりますし。。。
それに教えればできるというものでもないでしょう」
井沢
「しかしひどいじゃないですか。大学は私たち学生に内部監査員研修を一度受講させただけで、あとはしっかりやれという。私たちがそんなにうまくやれるわけないでしょう」
増田准教授
「まあまあ、井沢君、そう感情的にならないで・・・
そうしますと我々は準備不足のまま走り出してしまったようですね。
内部監査は初めから完璧を期すのではなく、初回は半分練習、二度目はさまになるように、三度目にはISO審査対応の記録を作るというふうに考えないといけないということですか」
今猿さん
「そういうふうに段階を踏んで進めればよろしいですね。まあ多くの場合はそう考えてもそうはいかず、なんとかISO審査で見せられる監査記録を作るというのが関の山でしょう」
増田准教授
「関の山と言わずにそういう指導をするのが今猿さんの仕事じゃありませんか」
今猿さん
「まあそうですが、お宅では内部監査員教育を大手の認証機関に依頼されたので、私の出番がありません。
出番がないだけでなく売り上げもないんですがね」
井沢
「大学の認証機関を決めたとき、そこから内部監査員研修を受けてほしいという話があって、そうなったらしいですけど」
今猿さん
「まあどこも商売が大変ですからねえ〜。お宅も認証機関に内部監査員研修を依頼しないと審査が怖いということもあるでしょうしねえ」
増田准教授
「いやはやいろいろしがらみがあるようですね。そういえば認証機関は三葉先生が決めたとか・・」
今猿さん
「まあ三葉先生は三葉先生のお考えがあるでしょうし、義理もしがらみもありますからね」
陽子
「あのう、今日これから何をするのか、そういうことをお話ししていただけませんか。それと私はパートで既に勤務時間は過ぎていますので、できましたら・・」
増田准教授
「うーん、どうしようかなあ〜、今猿さんがこれからの内部監査をする道筋とチェックリスト作成の指導をしていただけませんか」
今猿さん
「そうですねえ〜、そいじゃ今日はこれから増田先生と井沢さんとで今後の予定を検討しましょう」

それを聞いて陽子と永井は立ち上がった。


その夜、陽子は夫と晩酌しながら話をする。

陽子
「という塩梅だったのよ。私としては出しゃばったことはしていないと思うけど、まあ一生懸命やってきた学生から見ればパートのおばさんが気に食わなかったのでしょうねえ」
三木
「客観的に監査という観点から見れば陽子の質問は適切だと思うよ。だが陽子もあまり余計なことをせずに、脇から生暖かく見ているだけでいいんじゃないのかな」
晩酌
陽子
「私も反省しています。はっきり言ってISO認証でボロが出ようと私には関係ありませんものね」
三木
「まあそこまでシニカルになることもないだろうけど。ところで次回のチェックリストはコンサルが作るのだろうか」
陽子
「そのコンサルさんと学生がチェックリストを作るという話でしたけど、」
三木
「話を聞いた感じではそのコンサルはまっとうじゃないかな。監査のたびにチェックリストを変えるというのは以前俺も言ったと思う。陽子の話を聞くと大学の内部監査員がまだ規格を理解していないとか、内部監査の手順を分かっていないという気がするけど、どこでもそんなものじゃないかな。
まあその程度の段階なら審査を受けるまであと1年近くかかるだろう」
陽子
「そういえばいつ審査予定なのか聞いてませんでしたね。明日でも聞いてみます。」
三木
「あのさ、コンサルがチェックリストを作るとして、そのまま読むかどうかとなるとまた難しいな」
陽子
「とおっしゃると?」
三木
「この前も言ったと思うけど、内部監査というのは知りたい情報を集めることだ。だから立派なチェックリストがあったとして、それを順々に読んでいけば良いわけではない」
陽子
「思い出しました、監査とは知りたいことを知ることで知りたいことを聞くことじゃないって」
三木
「そうだそうだ、そこで問題がある」
陽子
「ハイ、なんでしょう?」
三木
「俺は今主任審査員ということでしかも審査のリーダーをすることが多いから、自分の思うままに審査をしている。と言っても悪いことをしているわけじゃない。自分が考えた通りに質問をしたりしなかったりということだ」
陽子
「ハイ?」
三木
「そのコンサルがまともで、作ったチェックリストもまともだとしてだ、陽子がそのチェックリストを順々に読んでいけば、良い監査ができるかというとそうではない」
陽子
「ああ、おとうさんの言うのがわかったと思います。既に分かっていることを質問したり、前の質問でおかしなこととか聞き足りないことがあっても確認しないかもしれないということですね」
三木
「そうだ。となるとどうするのか?」
陽子
「どうしますかね、要するに監査員という者はある程度裁量がなければどうにもならないですね。いや裁量以前に、監査というものは筋書き通りには行かないから成り行きによってはまっすぐには進めないということですね」
三木
「そうだ。もちろん迷路に入り込んだまま終わっても困る。考え方だけれどわき道に入ると考えるのではなく、知りたいことを追及していると予定していた道と異なる道をたどることもあるということだろうね。チェックリストから離れたとしても知りたいことを知るという目的からは離れてはいないのだから」
陽子
「なるほど、そうしますと立派なチェックリストがあっても、それを金科玉条としては監査にならない。となると問題は監査の方法についてどうあるべきかということについて、増田准教授という責任者やほかの監査員たちと話し合っていかないとなりませんね」
三木
「そういうことになる。そして今話したようなことを理解せず、チェック通り質疑をするのだという結論になったときは陽子としてはどうするかだ」
陽子
「なるほどねえ〜、私があるべき姿を教え諭すということはありませんね。私にそんな責任はありませんから」
三木
「まあ、そうだろうなあ〜。その大学生たちは認証機関が行った内部監査員研修を受けているから自尊心もあるだろうし、言い換えれば責任も感じているだろう。陽子がこうですよなんてリーダーシップをとって内部監査を進めたらトラブルの元だ」
陽子
「どうしたもんでしょうか」
三木
「ちょっと話が発散するけど、俺は監査チェックリストというものは覚書だと考えている。この前、陽子から見せてもらったものは『○○はありますか』とか『○○についてどう考えていますか』なんて文章になっていた。それをそのまま読むと思うと恥ずかしくなったよ」
陽子
「わかります、分かります。なんであんなに主語述語のある文章にするのでしょうかね?
何を聞くかの要点だけをメモっておけばいいのに、口にする文章を全部書いているなんて、まして敬語を使って」
三木
「たぶんだが、チェックリストを作った人は知らないのではなく、チェックリストを使う人が質問の仕方がわからないと思ったのではないだろうか」
陽子
「なるほどねえ〜、確かに大学生の内部監査員はそのようだわ。社会人になれば何を調べろと言われれば、なんとかそれをやり遂げようと思うけど、命令を受けて仕事をするという経験がないと言われたことしかしないというか、言われていないことまで思い至らないのかもしれませんね」
三木
「まあ俺はその大学生に会ってないから何とも言えんが・・・ともかくチェックリストには『方針の周知確認』とか『最近の○○法改正が反映されているか』程度を書いておけばいいと思う」
陽子
「おっしゃるとおりですね。主語述語のあるチェックリストなんて、お芝居の台本のようですね。勧進帳を読むという言い方がありますが、監査なんて初めから台本がないわけですから」
三木
「それに関係することだが、質問はクローズドクエスチョンでなくオープンクエスチョンでなければならない」
陽子
「なんですかそのオープンとかクローズドって?」
三木
「質問の回答がイエス・ノウで答えるものではなく、相手に自由意見を言わせたほうがいい。
『明日は晴れますか?』と聞くよりも、『明日の天気はどうですかね?』と聞くほうが相手は考えて答えるだろう」
陽子
「ああ、わかりますよ、それ。主婦が集まっての話なんてそういうことばかり。だってさ、誰だって自分家のことなんて自分から言い出さないじゃない。それをうまいこと言わせるってのが主婦のテクニックよ」
三木
「俺よりも陽子のほうがそういうことには長けているだろう。それにイエスかノウかってな質問は尋問みたいで面白くもない」
陽子
「あなた、話を戻すと大学でコンサルさんが作ったチェックリストがイエスかノウかだったらどうしましょうかねえ〜」
三木
「何事も話し合いってのが大事だろうな。まずそのコンサルがまっとうなら、話す文章のようなチェックリストを作らないだろう、つまり聞き取るべき事項のリストになるだろう。そうではなくチェックリストが文章であったとしても、クローズドクエスチョンのものではないだろう。
陽子が困るのは文章形式であってクローズドクエスチョンのときだけだ」
陽子
「ああ、そうですわねえ、
ええっと、ちょっと変なことに気が付いたのですけど、クローズドクエスチョンであれば答えはイエスかノウですから、判定に悩むことはありませんよね。
でもオープンクエスチョンですと、相手の答えはいってみれば○×ではなく記述回答ですから、その回答から監査結果が適合か不適合を判断するのは、その回答から質問に該当する箇所を抽出し、それを規格の意図を理解して判定できることが内部監査員の条件になります」
三木
「そりゃ当たり前だ」
陽子
「でも、それってとても難しい事じゃないですか。主婦同士がゴミ出しとか幼稚園に送り出した後の雑談なら、OK/NGつけることもありませんし、回答が質問とかみ合わなくても問題ないですけど、監査で相手から十分情報を引き出すのは難しいでしょう」
三木
「そりゃそうだ。普通の会社で資材購入とか経理とか営業でもなんでもいいが、一人前になるにはどれくらいかかるかな? まあ新卒入社で3年や5年かかるだろう。内部監査もそれと同じでまっとうにできるにはそれくらいの経験年数は必要だろう」

三木は頭のどこかに引っ掛かりを感じた。何か言い忘れたような気がしてならない。
だがそれを思い出す前に陽子が話し始めた。

陽子
「おとうさん、それは逆かもしれませんよ」
三木
「逆とは?」
陽子
「会社で経理とか営業で一人前の人なら、そのまま内部監査員が務まるんじゃないかということです」

三木は腕組みをして斜め上を見上げた。
内部監査とはISO規格では規格適合を確認することだ。

注: 人の絵 この物語は2005年頃ですから、2004年版のISO14001規格をもとにしています。
えっ、なんでそんなことを書くのかって?
2004年版には「規格の要求事項(中略)に適合しているか」とありますが、2015年版にはその文言がないからです。

内部監査とは、マネジメントシステムが規格に適合していることを確認することだ。経理や営業の一人前の社員なら内部監査ができるのだろうか?
待てよ、三木が務めていた会社ではISOなど現れるはるか前から内部監査をしていた。そして経理だけでなく、業務監査という名称で全部門、全業務について法を守っているか、会社規則を守っているかを定期的に点検している。監査員はベテランの部長級が交代で担当している。彼らはISO規格など知らないからISO対応の内部監査はできないのか?
いや、そんなことはない。というのはISO認証したとき、ISO規格通りに仕事をしろと言ったわけではない。ISO規格の要求事項に対応することを従来から行っていればそれで良し、もし要求事項に見合ったことをしていなかったらそれを会社規則に追加して対応したはずだ。
ISO規格ばかりではない、法律だって会社で法律に従って仕事をしろというのはなかったはずだ。ほとんど、いやすべての法律は会社規則に展開されている。印紙金額を知るには印紙税法を見るのではなく庶務の規則に一覧表があったし、輸出管理の法律を見るのではなく営業規則の中に直接間接の輸出の際に注意すべきこと、実施すべきことが記載されていた。
ということはベテラン社員なら会社規則を知っているから実務が会社規則を守っているかを確認する能力がある。そしてそれはISO規格要求事項についても自動的に点検しているということだ。
ゆえに一人前の人なら、ISOの内部監査員になれるということになる。
ただと三木は躊躇した。確かに資材部門の社員なら資材関係の会社規則に詳しいし、営業なら営業関係の会社規則を知っているだろう。しかし資材や営業が設計や製造に詳しいとは思えない。そこんところはどうかなあと思う。

三木
「会社でどんな仕事であれ一人前ということは、内部監査員になる十分条件ではなく、必要条件ではないのかな」
陽子
「あれ、おとうさん、まだ考えてたんですか! そうですね、そうかもしれません。
でもそうすると、大学の内部監査員には学生はなれないということになりますよ」
三木
「常識で考えて内部監査員が務まるはずはなかろうよ」
陽子
「そう言っちゃえばそうですよね」

そのとき三木は引っかかっていたことが何かに気が付いた。これは陽子に伝えておかねば・・

三木
「ああ、大変なことを忘れていた。さっき監査ではオープンクエスチョンでなければならないといったが、ちょっと修正する。
初回のしらみつぶしの点検では文書、記録、行為の有無の点検になるから、クローズドクエスチョンでなければならないんだ」

三木も今猿も同じことを語っているとか、三木は同じことを何度も語っていると突っ込みがあるでしょう。
そうです、私は同じことを書いています。推理小説などではなにかをサラッと書いておいて、後でそれを謎解きの手がかりにするのが多い。そして前に書いておいたから、後出しじゃないとするわけですね。
でも私が書いているのはは推理小説ではなく、読んだ人に少しは役に立ってほしいと思っているわけです。ですから大事なことはくどいくらい何度も書いています。
内部監査は認証準備の段階によって変わらなければならない、だからチェックリストは当然成長していかなければならない。質問は初めはイエス・ノウのクローズドクエスチョンでやがてはオープンクエスチョンにすること。今回はそんなことを繰り返し述べています。
まあ、私も少しは考えているのです。

うそ800 本日思い出したこと
先日、古い仲間と八重洲で飲む約束をしたとき東京駅に着いたのが少し早かったので八重洲ブックセンターで立ち読みして時間をつぶした。
本の書名は忘れたがそのとき見た内部監査の本に載っていたチェックリストには「○○はありますか」とか「○○はどのようにして決めましたか」なんてのが並んでいた。時代は21世紀になっても、進歩しない人はいるものだ。


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