*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献はすべて実在のものです。
審査員物語とは
「今日は今までの調査結果を基に我々の考えのまとめと今後の方向付けを議論したいと思います。まだまだ調査することはありますが、とりあえずの中間報告をまとめたい」
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「では私から、信頼性というものを、誰が何に対してなのかをはっきりさせる必要がありますね。それは信頼性低下を初めて言った人が考えたことだけでなく、いろいろなケースについて包括的にまとめておいた方が良いと思います。それをひとつずつ検証するようなスタイルが良いと思います」
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「同時に信頼性をどう定義するかということが関わりますね。主体と対象の違いによって信頼性の定義も指標も異なると思います。しかしそうするとそうとう膨大な仕事になるし、もう一つの問題は低下したか否かという議論が発散というかあいまいになる恐れが多々ありますね」
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「いずれにしても信頼性は分子・分母をはっきりさせて定量化することが必要です」
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「同感です」
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「それではまず信頼性について決めましょう。主体と対象は前回議論しましたが、あんな考えでよろしいでしょうか?」
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増田は10日ほど前にホワイトボードに書いた表がまだ残っているのを見て、ゴロゴロと転がしてきた。 陽子はきれいにしたいと思うのだが、増田准教授はホワイトボードは消すな、本や資料は動かすなと指示しているので掃除しても場所を動かさない。増田は物が同じところにあると、アイデアを忘れても思い出しやすいのだという。
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「実際にはもっと多様であると思います。組み合わせを細かくするときりがありませんが、この程度にはしたいですね」
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今猿はホワイトボードの下に表を追記した。 | ||||||||||||||||||||||||||
「ええっと、前回に比べて主体に認証を受けた企業が追加で、対象の方は細分化したというわけか」
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「認証企業のパフォーマンスといっても工場省エネと製品省エネは期待する人が違いますし・・」
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「なるほど、いいんじゃないかな」
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「それぞれの組み合わせにおいて信頼性の分子と分母を決めたいですね」
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「おっしゃるとおりですが、実はこの図で対象が同じであっても主体が異なると指標以前に何を期待するかが違うように思います。例えば取引先からみた遵法と、主婦連からみた遵法が同じではないと思います」
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「と言いますと?」
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「違法でも重大性というか影響が異なると思います。排ガス改ざんといったものは操業停止などになれば調達に支障がありますから取引先にとっても重大ですし、消費者団体にとっても重大でしょう。いや消費者団体というか近隣住民かもしれませんが。ただ形式犯とか微小な事故といったものは取引先にとって悪影響はあまりないと思います」
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「確かに、しかしそうなると対象はこのような区分ではなく、もっと絞った具体名にしないとダメかな」
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「しかしあまり具体的な数項目に絞ると、それを満たせば信頼性が上がるのかとなるとそれもまた不十分に思えますね」
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「確かに、しかしこの程度に細分化してそれぞれにヒアリングしたとしても、語っているご本人が自分が何を問題にしているのかわかっているのかどうか、これまた定かではありませんね」
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「先生、それを言っちゃおしまいですよ、アハハハハ」
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「うーん、そこんところがねえ〜、信頼性を数値化しようと言ってすぐに否定するようですが・・・非常に疑問なのですが、信頼性が低下してきたと言っている人は、以前は信頼していてだんだんと信頼できなくなったと考えているものでしょうか? うまく言えませんが、信頼性が低いことに気が付いただけってこともあると思います。例えば一般消費者は元々はISO14001認証を信頼する以前に全く何も考えてもいなかったと思います。ところがマスコミが違反や事故を起こした会社がISO認証していたと報道したのを聞いて、ISO認証を信頼できないと言い出したってことですよね。それは信頼性が低下してきたのとは違いますよね」 | ||||||||||||||||||||||||||
「うーん、確かに。実際に調査するとして、現在信頼しているかどうかはともかく、半年前、1年前は信頼していたかどうかは把握できそうないね。本人が自覚していないだろうし、我々がヒアリングすることによって、回答者自分の記憶が書き換えられてしまう恐れもあるだろうねえ〜」
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「観察者効果ですか」
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「ひとつの例ですが、グリーン調達などにおいてISO認証を取り上げていたかどうかというのはある程度時間的推移は把握できるのではないですか。グリーン調達基準は文書化されているでしょうから信頼性問題以前と以降のグリーン調達基準におけるISO認証の重み付けの比較はできるかと思います」
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「なるほど、認証企業の取引企業については把握できると・・・ そういえば国交省のISO活用状況も使えそうだな」 | ||||||||||||||||||||||||||
「先生それはちょっと、といいますのは行政の動きはものすごく時間がかかるのです。実際今回の信頼性問題が起きてもまだそれを反映していません」
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「なるほど、指標に使えるものは限られるか・・・ ところで日経の環境経営度調査でもISO認証が項目になっていたはずだ。SRIの項目にもありそうだ」 | ||||||||||||||||||||||||||
「先生、環境経営度とかSRIの対象となる企業は全部ISO認証しているでしょう。そういったことの評価対象になる企業にとってはISO認証は最低レベルなんですよ」
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「認証は最低レベルというなら、ISO認証していても事故も違反もあって当然じゃないですか」
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「確かに、そうであればISO認証企業は完璧とみるのではなく、認証してない企業より少しましな程度と考えるべきなんだろうなあ」
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「そういやISO規格の序文に『この規格の採用が最適な環境上の成果を保証しない』って文章があったなあ〜」
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「フフフ、それじゃ元々この規格は遵法と汚染の予防を保証しませんってことですか。あげくに審査が抜取なら認証企業で違反と事故が起きて当然だわ」
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「まあまあ、ヨシ、じゃあ次は信頼の組み合わせごとにどんな指標にするかだが」
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「認証制度が認証制度に対する信頼というのは、これまたいろいろな面がありますね。しかし一番は認証制度が永続できることでしょう。経営的といえばかっこいいけど、要するにビジネスとして儲かるかどうか永続できるかどうか業界規模が拡大できるのかどうか、彼らにとってはそれが一番でしょうね」
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「そういう観点では既に認証ビジネスのライフサイクルは衰退期に入ったと見えるね」
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「認証件数が減ったのは事実にしても、それが認証の寿命が尽きたのか欠陥のためかあるいは競合製品の登場とかいろいろありますよ。認証件数減少イコール衰退期に入ったとは言えないでしょう」
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「確かにそれもまた検討課題だな」
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「ISO認証件数が減少傾向になったのは信頼性が低下したのだというのは、認証件数が信頼性の指標とみているということでしょう」
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「信頼性そのものもまだ定義してませんが、認証件数って単純に信頼性の従属変数ではないでしょう。認証件数はいろいろな要因で決まりますよね。ビジネス上必要か、流行というか同業他社が認証するという環境にあれば日本は隣百姓ですから。 反対に費用もあります。認証したもののメリットがなければ止めようってことになるでしょうし」 | ||||||||||||||||||||||||||
「確かにね、私は親会社や取引先からの要請、出向者を出すために認証するってのも見聞きしてます」
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「いろいろな変数があるわけですけど、信頼性ってそのうちのどれでしょうか?」
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「うーん、どれなんでしょうかねえ、要するにビジネスに、いや企業活動への貢献を費用対効果で評価したところ、役に立たないと判定されたということが信頼性の低下ということなのだろうか。だとすると認証件数は信頼性の指標と言えるし、JABがISO認証件数が減少したのは信頼性が低下したと言ったことは正しかったということになる。でもそれって事故と違反とは関わりないな、いや堂々巡りのようだ。 アハハハハ、わかりません」 |
「なんかこのひと月いろいろ調べたけど少しも前進してないようだ」
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増田は立ち上がってコーヒーを注ぐ。陽子も立ち上がり今猿と自分の分のコーヒーを注ぐ。それから冷蔵庫を開けてタルトを3個持ってくる。 増田と今猿はタルトを見るとすぐにパクついた。今猿は口からタルトのかけらをこぼしながら話し始める。 |
「増田先生、前進していないわけじゃないと思いますよ。認証の信頼性とは主体と対象がいろいろあること、そしてその組み合わせによって全く異なるということがわかったわけです。確かに全体をとらえて信頼性もその指標も決めることはできませんが、分類したものについての信頼性の定義と指標化はできるでしょう」
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「しかしそうすると多数の信頼性ができて、あるものは向上したりあるものは低下したりということになるのでしょうかね?」
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「しかしちょっとおかしいと思うのですが・・・」
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「三木さん、何が変なのですか?」
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今猿さんの説ではあるものは向上あるものは低下とおっしゃいましたが、すべてが低下していないと話が合いません」 | ||
「確かにそう言われると変ですねえ。ええっと、図から考えると行政は事故も違反も起きたから信頼性が低下したと考えた。主婦連も事故違反か、それは同じだな。認定機関は認証件数が減ったから、まあ認証件数は他の従属変数と考えると・・・」
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「でも認証を受けた企業は信頼性が低下したとは言いませんでしたね。それはどうしてでしょう?」
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「まず信頼性が低下したと言われたのは認証企業において事故や違反が起きたからで、それは企業が審査時に嘘をついたからと言われた。そういう状況では企業サイドが認証の信頼性が低下したとは言いにくいでしょう。認証を利用する企業の立場では言えるでしょうけど、この二つの立場を分けて発言することは難しいでしょう。 とはいえ、認証企業からみてISO14001認証は企業のパフォーマンス向上に寄与しなかったというのは実感していますね。金ばかりかかって目に見えるメリットがありません」 | ||
「目に見えるメリットとなると国交省の入札時の加点くらいですか」
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「それもねえ〜、背を高く見せようとシークレットシューズを履いてみたものの、みんな靴底を厚くしたら同じわけですよ。最近ではあれほどブームだった建設業でもISO返上するところが出てきましたね」
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「考えてみるとISO認証っておかしなことだね。全企業が認証してしまったら差別化ができなくなる。そうなれば全企業が認証を辞退する可能性もあるわけだ」
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「あら、でもみな認証しても認証する意味がないわけではありませんよ。外部の検証が入りますから。それによる牽制効果、改善効果もあるんじゃないですか」
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「ご主人が審査員だから審査の効果を期待されているかもしれませんが、それはないと思いますよ。それと外部の検証が入るからクリアだというわけでもないでしょう。企業において公認会計士の監査は必須ではなく、公認会計士を入れない企業がブラックというわけでもない。同じくISO認証してない企業が認証している企業に比べて遵法レベルが悪いとか情報を公開していないということでもありません」
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「話を皆がなぜ一緒になって走り出したのかということに戻れば、一種のヒステリー現象だったのだろうか?」
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「確かに大勢と同じ意見を言ったほうが、楽だし責任を負わずに済みますからね。 ただ立場によって信頼性を考える対象が異なっていても、ほとんどの人が認証を信頼していなかったと言えるのではないでしょうか。 多くのというかほとんどの審査員はISO認証を信頼していないと思います。それは事故が起きたり違反があったりしたからではなく、非常に抜取率が少ない抜取監査で、短時間書類を見たり工場見学した程度では実態なぞ分かりませんよ。ましてや改善の提案などできるわけがない。私はコンサル稼業ですが、認証指導するには週に何時間か行って一年近くかかります。それも単なる認証取得ではなく、実質を良くしようと思うほど時間がかかります。審査員の多くはコンサルをしていますから、そういったことを体験しているはずです」 | ||
「ということは現行の審査手順が不十分であるということになるのかな」
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「不十分、不十分、まったく足りません。おっと話を戻しますと、審査員だけでなく誰もがISO認証を信頼していないのですよ」
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「誰もが?」
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「そうです。但し立場によってISOの何を信頼していないかは違います。今申したように審査員は審査のメッシュが荒すぎて自分の審査に自信が持てない。企業担当者はISO審査対応のバーチャルなシステムは嘘っぱちと知っている、消費者団体はISO認証した企業が事故や違反を起こすと裏切られたと叫ぶ、行政は公害防止や遵法にISO認証の有無の差が見えない、ということで人さまざまではあるけれどISO認証を信用していないという結果は一緒です。 だから『ISO認証は信頼できない』という声を聴いたとき、皆それに賛成したのだと思います。思っていることは違うけどワンセンテンスで言えば一緒なんです」 | ||
「それで」
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「カラオケでマイクをスピーカーに向けていると、いつしかピーという音がでてドンドンと大きくなります。発振ですね。地球温暖化でいうフィードバック、あれと同じですよ。 信頼性が低下したという声が伝言ゲームを繰り返すことによってドンドンと大きくなり、最後には誰もコントロールできなくなった。いまさら俺が思ったのはそういう意味じゃないと言える状況じゃなくなったのです。そして落としどころとして企業が嘘をついていたといって連鎖を止めようとしたのかと思います」 |
「まさにスパイラルアップですね。本来の意味の反対ですけど」
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「そうそう、継続的改善ではなく不信増幅のスパイラルアップです」
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「それでどうなったってわけですか?」
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「つまり今があるわけです」
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「結局、誰が得して誰が損したんでしょう?」
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「誰も損も得もしなかったというのが実態じゃないんでしょうかね。 企業は名誉を棄損された。とはいえ実質的な被害は何もない。過去からの公害防止組織は法規制ですからISOの信頼がどうなろうと変わるわけはありません。 ISO認証制度は認証件数が減少してきているのは信頼性騒ぎ以前からのことで、実質的に信頼性騒ぎでダメージを受けたとも言えない。もちろん減少傾向が多少加速されたとは思いますが。 認証企業の取引企業としては、元々ISO認証を調達先選定の際に重要視していなかったから今さらどうこうはない。 消費者団体も元々ISO認証企業からの購買を推奨していたわけでもなく、なんも変わらない。一般消費者はISO認証なんて知らなかったのですから、今後も認証の有無に関心ありません。 自治体、行政にとっては工事や物の発注に際してISO認証を考慮するのはWTOなどのからみがありますから継続するとしても、特段どうこうない。加点の影響なんて微々たるものでしょう。 だから誰も損も得もない、ただISO認証ビジネスは以前より厳しくなったでしょうね」 | |
「そう言い切られると、認証の信頼性が低下したというのはデマゴーグあるいはヒステリーってことだ」
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「認証の信頼性といってもいろいろなことが考えられるけど、『認証の信頼性が低下した』と叫んだ人たちは空騒ぎ、夏の夜の夢だったんですか」
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「夏の夜の夢ならば円満解決するはずなんだが、信頼性低下は悪夢のままか」
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「企業担当者の中には名誉を傷つけられたと不満を持った人は多いでしょうけどね。まあ彼らとしても別に賃金が減ったわけでもなく、個人の名誉が失われたわけでもなく」
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「増田先生、論文はどうするのですか? それと三葉先生への報告もしなければなりませんし」
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「いや改めて考えると結構面白いと思いました。今までの情報だけでも外に出す論文は無理としても紀要に載せるくらいはすぐにまとまるでしょう。修論のテーマに困っている院生にやらせてもいい。そのときは関係部門へのヒアリングとか不祥事のデータをもう少し補強が必要かな。データをもっと取れたら個人的にはうれしいですね。単なる好奇心ですが」
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「そのときは私にも教えてください。私の仕事の先行きを予測する貴重なデータになります」
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「結局、信頼性問題が認証企業で不祥事が起きたことに由来したとしても、問題が大きくなって結局うやむやになったのは、真の問題を究明せずに企業をスケープゴートにして先送りしただけであるということね」
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「まあ簡単に言うとそうでしょう。認証制度の責任逃れだな。真の原因はいろいろあると思いますね。認証制度の説明が足りず、パフォーマンスを期待する消費者団体が存在すること、認証制度の審査基準や手順が適正なのかということ、そういうことをはっきりさせ社会が納得する仕組みに改善していかなければ認証制度が社会に根付くことはないかなと思います。このままでは先行き時限爆弾が破裂するでしょう。それは緩慢な自殺ですかね」
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「緩慢な自殺というよりも問題をどんどん大きくして、被害を大きくするだけのように思えますね。周りの者を巻き込まないでほしいですけど」
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「中国バブル崩壊が先か、ISO認証制度崩壊が先かと」
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「どちらも既に崩壊は始まっているようですけど」
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「まあ中国バブル崩壊がヘビー級なら、ISO認証制度崩壊はミニマム級程度でしょう」
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