審査員物語 番外編34 ISO14001再考(その3)

16.09.15

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

CEAR(注1)に審査員登録している人には毎年講演会の案内が来る。とはいえ開催日はいつも平日だ。それに後で講演録が送付されてくるのでわざわざ聞きに行くこともない。そんなわけで三木は過去1・2度行っただけだ。
注1:
産業環境管理協会 環境マネジメントシステム審査員評価登録センター
今日は審査がなく会社にいたが、昼前に数人が講演会に行くからと席を立つのを見て、急に行ってみようかという気になった。京浜東北線で会社から30分、大して遠くはない。
会場に行って申し込んでいないのだけどと恐る恐る話すと、係の人は気にもせずに資料を手渡してどうぞという。会場の中ほどは半分くらい埋まっていて、前の方10列くらいと後ろ10列くらいが空いていた。出やすいようにと後ろから数列目の通路寄りに座る。
隣に座っている同年配の男小畑が髪の毛がないのを見て、三木はいささか優越感と憐憫を感じた。

講演はJABの人、CEARの人と続いたが、あまりためになりそうはない。配られた講演録というかパワーポイント集を斜め見ただけで内容を知るには十分というか、そもそも中身がない。休憩になったら抜け出そう三木は決めた。すぐに手にしていた資料類をバッグに入れようとゴソゴソ始めた。そそっかしいのは三木の欠点である。当然の帰結として資料がこぼれ落ち隣の方にも流れていく。隣人はオッと言って狭いところを体をかがめて資料を拾い集めてくれた。
ほどなく休憩になり三木は隣人にお礼を言って立ち上がった。すると隣人も立ち上がりそのまま出口に向かう。
三木は声をかけた。
三木
「先ほどはどうもありがとうございました。もうご退場ですか」
小畑
「何をおっしゃる、あなたもじゃありませんか。しかし退屈な話でしたね。自分たちの講演に価値があるとでも思っているのですかね」
三木
「まったくですね。無料だから文句も言いませんが、お金を取るなら来ませんよ。実を言って来るまでもなかったですね」
小畑
「まあまあいいじゃないですか。会社をさぼるいい口実ですからね。もちろんこのまま直帰ですよ。
袖触れ合うも他生の縁といいますから、ちょっとコーヒーでもいかがですか」

どうせ会社に戻る気もない。まだ3時前、帰宅するには早い。2時間くらいつぶせば夕飯にちょうどだろう。

三木
「いいですねえ〜、コーヒーがいいですか? それともビールでも」
小畑
「うーん、魅力的ですね。とはいえまだ居酒屋はやってないか。ファミレスにしましょう」

二人は駅近くのファミレスに入りビールとソーセージを頼んだ。
まずは健康を祝して乾杯をする。見知らぬ人でもこれなら無難だ。

ビール
三木
「審査員をされているのですか?」
小畑
「ああ、失礼しました。私こういうものです」
相手は名刺を差し出す。慌てて三木も名刺を交換する。名刺をながめると東証一部の大手で住所から本社勤務と分かる。肩書は環境保護部の課長で小畑 久太郎とある。
本社の課長なら部長級だが・・・目の前の男はそれほど貫禄はない。
三木が名刺を眺めているのを見て、

小畑
「アハハハハ、私の職階を想像しているんでしょう。ヒラですよ、ヒラ。肩書は飾りです」

三木は顔を赤くした。考えが顔に出てしまったのだろうか。

三木
「いえ、そういうわけでは・・・」
小畑
「三木さんは審査員をされているのですか。じゃあ平日の講演会を聴講するのは大変ですね」
三木
「そうなんです。今日はたまたま審査がありませんでした」
小畑
「聞いてもあまりためになりませんしね。しかし毎年参加していると面白いですよ。年ごとにテーマがドンドンと変わるんです。ある年の問題というか課題が翌年どうなったかという話はありません。翌年は前年とまったく関わりないテーマなんです。明日は明日の風が吹くというか、忘れっぽいんでしょうかね。PDCAとは無縁で毎年そのときそのときの話題を語っているだけって感じですか」
三木
「CEAR主催のこの審査員向けの講演会だけでなく、JAB主催の環境ISO大会もまったく同じですね。もっともあちらも出席できず、毎年講演録が掲載されている標準化ジャーナルを購入しているのですが、前年の問題はそれっきり、次の年は全く無関係なテーマを議論しています。まじめに議論しているとは思えません」

参考までに: 「標準化ジャーナル」は2010年に廃刊となり、それ以降の講演録は「アイソス誌」などに掲載されている。更には『環境ISO大会』も2013年から品質の『ISO9001公開討論会』と統合されて『JABマネジメントシステムシンポジウム』になった。。ずいぶんと時は経ち、状況は変わったものだ。

小畑
「ところで三木さんのお仕事はどうですか? 商売繁盛ですか?」
三木
「小畑さんもご存知でしょうけどISO14001認証件数は今年がピークでしょうね」

注:この物語は今2010年です。

小畑
「JABの数字はタイムラグがありますから既に減少が始まっているかもしれませんね。それに認証件数減だけでなく単価の下がっていますからねえ〜」
三木
「小畑さんは認証側ではないのにそういうことにお詳しいのですか?」
小畑
「詳しいわけじゃないですが興味がありますね。それに単純なんです。なにものでも需要が減れば価格が下がる。市場規模がシュリンクしてサービス内容で差別化できないとなると、あとは値引き競争しかない。ましてや最近はノンジャブがとんでもない価格で審査していますからね」
三木
「環境保護部と言ってもいろいろなお仕事があると思いますが、小畑さんはどういったお仕事なのでしょうか」
小畑
「ありていに言えば認証請負ですよ」
三木
「認証請負?」
小畑
「ウチの場合、本体では本社、支社、工場などが登録単位になっていますが、これらはもう10年以上前に認証しています。しかしグループ企業は300社くらいありまして、主要な製造業は認証済ですが、販売会社とか建設業などではまだ認証が必要だけれどもこれからというところが多々ありましてね、そういった会社の認証の指導です。社内コンサルいやグループ内のコンサルといいましょうか」
三木
「なるほど、これから認証するという企業も多々あるのですか?」
小畑
「建設系は認証したいというところが多いですね。商社はみな建設業ですからその数は大変です。入札時の加算点が欲しいといいます。実際にそれに意味があるのかどうかわかりません。
それから審査時のトラブル対応のお手伝いが仕事です」
三木
「小畑さんはISO専門というわけですか?」
小畑
「そうです、正直言って公害防止とか法規制の指導でもしたほうが意味があると思いますが、すまじきものは宮仕え、役に立たないと思っても仕事ですから。
いや、審査員の方を前にしてそんなことを言ってはお叱りを受けますね、アハハハハ」
三木
「小畑さんはどのような考え方でご指導されているのでしょうか?」
小畑
「どのような考えと言われても・・・やることはひとつしかありません。簡単に早くです」
三木
「耳にしたことがあるかもしれませんが、天動説とか地動説というのをご存知かと・・」
小畑
「実は私も2ちゃん大好きなんですよ。ISOの板でそういう言葉が使われてましたね。ええとISO規格に書いてあるからしなくちゃならないってのが天動説で、過去からしているはずだってのが地動説でしたっけ?」
三木
「ISOでは大体そういう意味に使われているようです。それで小畑さんは規格に書いてあるから環境側面を調べろ、法規制を調べろというのか、それとも過去からしていることを環境側面にして過去から対応している法規制を該当法規にするのかってことですが・・」
小畑
「それはその会社の認証の目的とか管理レベルなどを総合的にみてということになりますね」
三木
「えっ、総合的に判断する? どういうことでしょうか」
小畑
「審査員の多くはコンサルもされていると聞きます。三木さんもコンサルをしているのですか?」
三木
「契約審査員の多くはコンサルをしていますね。まあそういう仕事もしないと契約審査員だけでは実入りが大変だということもありますし、仕事も100%ありませんし・・
私は出向後転籍した社員ですから仕事の負荷は100%あるというか、社員の人件費は固定費ですからフルに働かせないと。まあ、そんなわけで私はコンサルはしていません」
小畑
「なるほど、正直あまり手の内を教えるのもなんだかなと思いましたので。」
三木
「アハハハハ、そんなに気を遣うことありませんよ」
小畑
「まあそうですね。ええっと、私が関連会社から認証支援の要請を受けたり、あるいは社内の部門から取引先を助けてくれと言われると、ドッコイショと腰を上げるわけですよ。
あっ、今のはたとえ話です。それほど暇じゃありません。現実は常に10件近くをかけもちです。私ほど依頼があれば街のISOコンサルは丸儲けですね」
三木
「それにしてもISO認証支援の専任者がいるなんてすごいですね」
小畑
「長い目で見れば一時的なお仕事ですね。1997年から2000年頃までは数人でこの仕事をしていたそうですが、認証が一巡すればおしまいです。私は2003年からこの仕事をしています。私の代になってからは私一人です」
三木
「小畑さんはISO14001専門ですか?」
小畑
「身の上調査ですか。私は以前田舎の会社で働いておりました。1992年のことEU統合になるとISO9001認証していないと欧州に輸出できないという話がありました。というかイギリスとフランスに輸出してまして、向こうの販売会社からISO認証を要求されたのですよ。当時はISO9001もJIS規格になったかならない時期で、日本語版が手に入らず英語のISO規格を自分で訳したものです。まあ何とか認証しまして、その後近隣の会社に指導してました。その後ISO14001が現れてその認証も何度かしました。
その後いろいろあって今の会社で認証の指導と審査のトラブル対応をしています」
三木
「ほう、じゃあ20年もこの仕事をされているのですか?」
小畑
「18年になりますか。ISO9001の認証は5回、ISO14001は3回、自分が中心になってやりました。指導したのは数知れず、アハハハハ、認証請負人ですよ。巷のコンサルと違って仕事を選ぶことはできません。指示されたものはすべて受けて達成するのが仕事です」
三木
「先ほど言いかけましたが、その小畑さんのアプローチというか指導は天動説なのか地動説なのか・・」
小畑
「それはその組織によって違います。明日にも認証が必要というなら、それを達成する方法を選択します。認証の必要はないというなら、システムとして不十分というか弱いところを補強することをします。それがISO規格を満たさなくてもそれ以上でもどうでもよいです。会社を良くしたいというならトップの意向をヒアリングして希望を実現します。
天動説と地動説というのはどちらが正しいとか間違っているということはありません。原始人が大体の時刻を把握したり、狩りから家に帰る方角を知るだけなら、地動説よりも天動説の方が直感的で簡単明瞭でしょう。機械設計や土木建築にはニュートン力学で間にあい、相対性理論はいりませんます」
三木
「なるほど、天動説と地動説は相矛盾するのではなく用途次第ということですか?」
小畑
「純粋とか理想なんて関係ありません。使命は何か、目的は何か、タスクを最短で実現するだけですよ。私はプロサラリーマンですから余計なことは悩みません」
三木
「というと審査員の言われたとおりにするということですか?」
小畑
「そうではありませんね。会社にとって望ましいものを目指して手間暇のかからないアプローチをとります。ですから審査員が余計なこと、つまり環境側面は点数だとか有益な側面なんて言い出した時は、おっと三木さんのお考えはどうか知りませんよ、まあそういうときは断固として排除します。それは考えが間違いだからではなく会社にとって無駄、無用だからです。
ただ相手が間違ったことを言ってもその悪影響が大きくなく、審査員を説得するがめんどくさいならそれを受け入れます。環境マニュアルに『これは環境マネジメントシステムの教科書である』と書けというくらいなら、いうことを聞いてもお金も手間もかかりません。実際にいるんですよ、そういう審査員が、
要するに地動説に拘らず、与えられた条件で総合的に考え最善を尽くすだけです」
三木
「なるほど、プロサラリーマンですな。ちょっと動機が不純に見えるけど」
小畑
「ハハハ、営業でも相手の言うことが理不尽な時だってあるでしょう。そのとき建前論だけではうまくいきません。妥協ですよ、妥協。但し譲れないところは譲らない」
三木
「なるほど・・・話を変えます。小畑さんにとってISO14001とは何ですか?」
小畑
「簡単です。飯の種ですね。工場でリストラになって途方にくれました。しかし芸は身を助けるといいますか、ISOのおかげで10年間妻子を養ってきました。ありがたいことです」
三木
「そうするとISO認証制度がなくなったら困りますね?」
小畑
「困りませんね。定年後少し働けば年金までなんとかなるでしょう。
おっと私はISO規格だけでなく、環境法規制だって詳しいですよ。公害防止管理者、作業環境測定士その他の資格も持ってますし、そういった仕事の経験もあります」
三木
「ISOとか認証そのものに対する愛情って言ったら変ですが、そういうお気持ちは特にないですか?」
小畑
「ISOへの愛ですか? 掃除機を設計している人は、掃除機を愛さなければならないこともないでしょうし、受入検査をしている人が抜取検査規格を愛すると思いますか」
三木
「もう一つ質問ですが、あなたは認証とはどういうものとお考えでしょうか?」
小畑
「仕事ですよ。三木さんは元営業でしたっけ、あなたにとって営業とは何ですかと言われたら、その仕事を通じて社会に貢献することだとおっしゃるのでしょうね」
三木
「いや、それほど・・」
小畑
「お前の賃金は誰からもらってるのかって昔々新入社員の時言われましたね。答えは多様だと思います。お客様ですというのもありでしょう、会社から、仕事から、上司から、まあ正解はありません。ただ賃金を上げてもらう、査定を良くしてもらうという意味では上司からもらっているというのが一番現実的でしょうね。ということはお客様は上司ということです」
三木
「それが認証の意味と・・」
小畑
「なにごとも立場により違うということです」
三木
「えっ、立場によって違う?」
小畑
「私にとってISO認証はありがたい仕事です。でも私が支援している組織の人たちにとってはありがたくない仕事だと思います」
三木
「その違いは?」
小畑
「私にとってISO認証は目的化しています。認証することがいかなる意味があるのかと考えることはありません。期限までに省力を図って認証することが目的です。
でも企業で働く人にとってISO認証は目的じゃありませんよね。商売の手段というか義務というか、いや商売に必要かどうかさえ分からない。いずれにしても本来やらなくてもよいことでしょう。
うーん、なんというか営業の人は良い製品を売ることで社会に貢献するでしょう。設計者しかり、保守とか総務ならそれなりの仕事がメインにあるわけです。
ISO認証が目的だなんて人がいるはずがない。誰にとっても余計なことです」
三木
「つまりISO認証なんて会社で働く人にとっては無駄なことというわけですか」
小畑
「エッ、無駄じゃないんですか?
ああ、よくISO事務局なんて称している人たちにとってはISO認証維持は本来業務なんでしょうねえ。傍から見れば穀つぶしなんだけど」

三木はいささかムッとした。言いたい放題の嫌味な奴だ。

三木
「認証制度って社会に必要だから存在しているのではないですかね?」
小畑
「いやいやこれは失礼。三木さんが認証制度側の人であることを忘れてつい本音を言っちゃいました。認証制度を社会財なんて語る人がいます。社会財(注2)ってなんですかね? 自分たちにそれほど価値があるとお考えなんでしょうか」

注2:
社会財という言葉は国語辞典には載っていないし、法律でも使われていない。ちなみにググると英語のsocial goods の訳らしい。
ではsocial goodsの英語の定義ですが、英英辞典その他にはない。USAとUKのグーグルで探すとどこかのウェブサイトに説明があった。
A good or service that benefits the largest number of people in the largest possible way. Some classic examples of social goods are clean air, clean water and literacy; in addition, many economic proponents include access to services such as healthcare in their definition of the social or "common good".
どう考えても第三者認証が空気や水ほど我々に必要不可欠とは思えず、大勢の人に多大な利益をもたらしているとは思えない。第三者認証関係者が社会財と自称するのは、それほどの価値があるとお考えなのでしょうか?
ディオニス王に「だまれ、下賤の者」と一括されてしまうよ

三木
「実は私も社会財という表現に違和感がありました」
小畑
「それどころじゃありません、私のような仕事をしていると会社側の人がISOと関わって大変な目にあっているのをいつも目にしています」
三木
「その口ぶりでは企業側はISO認証のメリットよりデメリットが大きいということですか?」
小畑
「えっ、認証すると何かメリットがありますか?」
三木
「商取引上とか会社の仕組みの見直しとか・・・」
小畑
「失礼ながら三木さんはご自身で認証をしたことがありますか?」
三木
「いや、ありません」
小畑
「私は認証の責任者とか担当者をしたことがない人が審査員をしてはいけないというつもりはありませんが、実際に認証準備とか審査対応をすればいかに認証がバカバカしいかってことが骨身にしみますよ。私は20年やってきましたからもうたくさん、アハハハハ」
三木
「確かに規格の理解が不十分とか独自解釈をごり押しするとかいろいろと問題があったと聞いてはいますが」
小畑
「まあ規格解釈は21世紀になってかなり改善はされましたね。まっとうな考えでないと客が逃げて商売あがったりってこともあるでしょうし、
それとタカリがなくなりました。お聞きと思いますが以前は豪華な食事とか送り迎えの要求とかありましたからね」
三木
「私が審査員になった頃はそういう悪弊は大分なくなっていたと思います」
小畑
「まあ過ぎたことを今更どうこう言うつもりはありません。ただ今現在、ISO認証の効果というものがはっきりしないのに、そのために多大な労苦をしている人たちがいるという現実は認識してほしいと思います」
三木
「ちょっとちょっと、そこんところkwsk(注3)
注3:
kwskとは2ちゃんでは「詳しい説明を求む」の略である。

えー、1回当たりの文字数が長くならないようにするには分割するしかありません。7,000文字となりましたので、本日はここまで続きは次回ということで・・・

うそ800 本日のご芳名
今回は、私お化けのQ太郎 おばQ の友情出演でございます。初めは小場久太郎としようかと思いましたが、ちょっとわざとらしいかと思い小畑にしました。
できればこのお話を、小畑 健の作画でコミックにしてもらえないものでしょうか? 密かに希望しております。きっとバクマンやデスノート以上の人気コミックになろうかと・・
ところでこの小畑さんの経歴はお前の投影かと言われると・・・どうなんでしょう。


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