審査員物語 番外編40 小畑の日常(その3)

16.10.17

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

小畑が数日の出張から帰るとメールが山積みだ。もちろん今は小畑もノートパソコンを持ち歩いてはいる、しかし小畑は緊急などの表示がないメールは出先では読まないことにしている。まあ人それぞれ、信条というものがあるものさ。

まだ誰も出社していないオフィスでコーヒーをすすりながらメールを片付けていく。
大田区にある製造業の関連会社からのメールを開く。


小畑はまたコーヒーをすすって考える。小畑の企業グループでナガスネ環境認証に依頼しているところは数社しかない。というのもナガスネはあまり評判が良くないし、審査料金も一人1日14万もとっている。ノンジャブの倍だ。 コーヒー 今どき(この物語は今2010年である)べらぼうだと叫びたくなるような単価だ。良い安い速いというのは商品選択の三要素であり、それは認証機関選択でも同じだ。悪い高いでは客が付かないのも必然。とはいえナガスネは業界設立でその業界の企業の多くはナガスネに依頼しているし、その業界の取引会社も好んでかどうかはともかくナガスネに依頼しているところは多い。まあその結果、ナガスネのシエアはJAB認定認証機関では第3位である。森本テクノもメインの取引先からISO14001認証を要求され、そのときナガスネを使うように言われたというのを思い出した。
「これも渡世の義理か」と小畑はつぶやき、過去の審査のデータベースを開く。
検索してみたが木村も三木もひっかからない。三木、三木とつぶやいていて、アレッと気が付いた。ひょっとして半年ほど前に大宮かどこかの講演会で会った審査員も三木と言ったはずだ。引き出しから名刺のホルダーを取り出してながめると、確かにナガスネ認証の三木という審査員の名刺を見つけた。確認のためにCEARの審査員検索サイトで三木というのを調べると同姓同名はいないようだ。もちろんリストに公開を希望しない審査員もいるだろうが、その確率は低いだろう。ホウ、世の中は狭いものだ。
とりあえず小畑はメールの返信を書く。


その後、中山と小畑、中山とナガスネの間で何度かメールのやり取りがあり、小畑の見学が了解された。

ひと月半後のこと、大田区の森本テクノに小畑は出かけた。規模の大きさから午後一から審査開始で翌日の夕方定時までの一日半という審査スケジュールである。 小畑は昼休み前に行き、中山を初め関係者にあいさつした。中山は品質管理の担当者で環境は担当ではないが、小さな会社だからISOをすべて受け持っている。上司で管理責任者は大川部長である。従業員百数十名の会社で人事異動もあまりなく、3年前の認証活動のときからこの二人とは付き合いがある。
中山さん 大川部長 小畑
担当
中山さん
部長
大川さん
主人公
小畑

今度の審査員はどんな人か、審査員が代わると変化があるのか、ナガスネは料金が高いけど値引きできないか、いっそ鞍替えしたほうがいいのか、そんな雑談をしながら木村と三木を待った。
二人が登場し大川部長と中山が名刺交換した後に、小畑は三木に挨拶し木村と名刺交換した。

木村 三木
審査リーダー
木村さん
ホントの主人公
三木さん
登場人物全員が 👓 をかけているのはたまたまです
私も後で気がつきましたよ(汗)

木村
「ええと、小畑さんですか、小畑さんは親会社の方ということでこの審査に陪席を了解していますが、審査時の発言や質問などはご遠慮いただきます」
小畑
「承知しました。今回陪席させていただくのは審査を拝見して、今後当社グループで新規に認証する場合の認証機関の選定に参考にさせていただくためです」

木村は小畑の言葉を聞くとあからさまに嫌な顔をした。まあそう思わせるのが目的ではあったのだが。小畑は木村の表情に気が付かなかった風を装った。同時に三木の顔を盗み見たら三木も知らん振りしている。三木と木村は仲が悪いのだろうか?

オープニングのあと経営者インタビューがあり、その後、書面審査に入る。
前回からの変更の確認をしていて、突然、木村は環境マニュアルが不備だという。

木村
「うーん、今更こんなことを言うのもまずいのだが、御社のマニュアルは実は不適合なのですよ。過去の審査で見逃していたのがまずいのですが」
中山
「不適合? どのようなところでしょう」
木村
「複数の箇所があるのだが、規格要求つまり『なになにすること』とある個所すべてに対応して『それをする』という記述がないのですよね。
簡単な例を挙げると・・・ああ、文書管理が分かりやすい。4.4.5文書管理ではshallは2個ですが、しなければならないことは10個くらいあるわけです」
中山
「a項からg項までに書かれていることですね?」
木村
「そう、ですからマニュアルには発行前に適切かを確認して承認するとか、文書をレビューしたりあるいは必要に応じて更新を行い改めて承認するとか記載してないと規格要求を満たさないことになる」
大川部長
「ええと、しかしながら当社は過去3年間このマニュアルで問題なく認証を受けていたわけですが・・」
木村
「ですから困ったなあと考えています。要件を満たしていないところが複数ありますので重大な不適合です。とはいえ更新審査で基本的なところで重大な不適合を出すのもちょっとまずいので、今回は軽微な不適合としようと考えてきました」

大川部長と中山は顔を見合わせた。お互いに口をへの字にして困ったなあと言う顔をしている。
だが大川部長はすぐに話を始めた。

大川部長
「先ほど木村審査員がおっしゃったように、過去3年間問題なかったことが今回問題だというのは御社の審査としては問題ではないのですか?」
木村
「そうかもしれないが、今不具合が見つかったのだから見ないふりをするわけにはいかないでしょう」
中山
「規格が変わったわけではありませんから、今回は御社の判断基準が変わったのだという理解でよろしいですか?」
木村
「いや規格の解釈は元から変わっていません。今まで気が付かなかったということです」
三木
「ちょっとさ、木村さん、この問題は不適合とかいうようなことではないのではないですか。マニュアルをゆくゆく修正してもらえばよいじゃないですか」
木村
「三木さん、これは重大な問題ですからそんなごまかしで妥協できることじゃありません」
大川部長
「ええと、木村審査員さん、ここで止まってしまってはなんですから、問題提起があったのはわかりましたから、審査を進めていただけませんか」
木村
「問題であるとご理解いただければよろしいです」
大川部長
「問題であることは理解しましたが、不適合であることを了解したわけではありません」
木村
「あのねえ〜」
三木
「木村さん、ちょっと審査を進めよう」

木村は面白くないような顔をしたが、三木に促されて他の審査に移った。


夕方定時になって三木と木村が帰ったあと、大川部長、中山、小畑の三人は審査に使った会議室でお茶を飲みながら話している。

小畑
「いやはや、なかなか面白い人ですね、あの木村という方は」
中山
「小畑さん、私は面白いと言えるほど余裕がありませんよ」
大川部長
「明日の夕方、最終的に不適合と言うのだろうね。どうしたものか」
小畑
「三木という人はまともなようですが、あの方が言ったようにマニュアルは修正するにしても不適合ではないとしてもらいたいところですね。いや本音を言えばマニュアル修正もしたくないですね」
大川部長
「小畑さん、ここんところはひとつバックアップをお願いできませんかね」
小畑
「喜んでと言いたいのですが、木村センセイは私が発言するのを喜ばないでしょうね。
私が審査で発言しないということなら、明日の夕方、大川部長か中山さんが反論していただくしかありません。そうでなければとりあえず明日は審査結果に不承諾としておいてのちほどナガスネに乗り込むか」
大川部長
「こんな問題を後々までひきづりたくはないですね」
中山
「小畑さんが反論の論旨を教えていただければ私が反論しますよ」
小畑
「そいじゃね、中山さん・・・」


二日目の午前中は各職場をめぐり、お昼からは公害関係、省エネ関係など環境管理部門で運用記録、法順守状況を確認された。特段問題はないようだった。
15時になると審査員打ち合わせと言って控室で報告書のまとめをしているようだ。
16時過ぎに事前打ち合わせをするという呼びかけがあった。
大川部長、中山、そして小畑が入る。

木村
「昨日今日と審査をしました結果、いくつかの改善の機会と1件の不適合を提示したいと考えます。
まず不適合は昨日お話しましたマニュアルがshallをすべて網羅していないという問題ですが、これにとりかかると時間がかかるかもしれませんから改善の機会を先に説明したいと思います。三木さんから」
三木
「そいじゃ改善の機会として3件考えています。
ひとつは省エネの目標が1.5%ですが、廃棄物削減が3%となっています。省エネといっても電気だけですが、目標が1.5%とは廃棄物に比べて低いのですが、どうなのでしょうか」
大川部長
「目標の決め方はいろいろありますが、必要性とか実現可能性とか、もちろん法的義務ということもありますね。この会社のエネルギー費用は年間6000万、廃棄物処理費用は300万、当然省エネにはそれなりの労力、費用、時間を投入して削減活動をしているわけです。しかし手近なテーマはほとんどやり尽していて更なる省エネは大変厳しい、まさに乾いたぞうきんを絞るような有様です。それに比べれば廃棄物の方は現時点まだまだ削減の余地があります。
それと割合じゃなくて絶対額を見れば、省エネは1.5%で年90万削減、廃棄物は3%削減して10万ということで、決して1.5が小さいとか楽ということはありません。我々も省エネを最重要課題と認識しています」
三木
「なるほど、どうでしょうか木村さん」
木村
「達成の見通しはどうなんでしょう?」
大川部長
「1.5%というのは環境実行計画をご覧になったように、今年は電力の配電系統の見直し、変圧器も更新し台数も減らすことによるロスの減少と、コンプレッサーの制御改善です」
木村
「なるほど、そういった投資で1.5%ということですか。それじゃ、それに従業員の意識向上による削減を1%上積みして2.5にはできませんか」
大川部長
「えっ、意識向上で削減するって そりゃありえんでしょう」
木村
「だって無駄な照明を消したり、使っていないOA機器をOFFすることは意識向上でできるでしょう。
一日8時間で480分、無駄な照明を5分消せば1%を超える節約ができますよ」
人感センサーだよ

無駄は消せ
大川部長
「当社は照明、空調、OA機器などの運用規定を定めておりまして、それに基づいて運用しています。運用基準を守っていないならともかく、意識を変えても省エネになるわけがありません」
木村
「意識を変えても省エネにならないと?」
大川部長
「意識を変えれば省エネとか廃棄物が減るという発想が分かりません。作業、もちろん現場だけでなくオフィスとか営業活動も含めてですが、必要なリソースを用意し適切な手順を定めてそれを実施させる、当然その基準、手順を守れば最適な成果が出るように職務を設計しているわけです。それが管理です。意識によって省エネとか廃棄物が減るなら、今まで無管理だったということです」

木村は大川部長の話を聞いて怒りなのか興奮したのか手をプルプルさせた。

木村
「うーん、どこの会社も意識向上で省エネや廃棄物を減らしているが・・・」
大川部長
「現場の成果は5M、つまり材料、機械、方法、人、管理などによって決まります。成果とは品質も生産性もコストも安全もすべてです。心構えとか気持ちというのは、5Mをしっかり管理せず、あるいは管理すべき要素を把握していないレベルが低いとき、それかリソースを提供できないとき、担当者に責任転嫁しているだけではないのですか。
いや、違うな、単なる精神論ですよ。心頭滅却してもエアコンは必要です」

木村は神経質にあたりを見回した。
大川は気にせずに話をつづけた。

大川部長
「当社は作業を標準化しリソースを確保し人を教育して当たらせてます。ですから改善するには、設備を変えるとか方法を変えることになります」
三木
「木村さん、どうだろう、これは削除しませんか」
木村
「三木さん、そいじゃ削除してください」

その後、提起された改善の機会2件も大川部長は聞いただけで笑い飛ばしてしまった。木村、非常に気を悪くした模様である。

木村
「それでは不適合ですが、昨日もお話しましたが環境マニュアルにshallすべてが網羅されていないこと、本来は重大な不適合なのですが、過去のいきさつがあるので軽微な不適合としたい。これについては異議ありませんね」
大川部長
「昨日、そのお話を聞いて内部で検討したのですが、不適合ではないと考えます」
木村
「不適合ではないと?」
中山
「それでは私から・・・木村審査員さんにお聞きしたいのですが、ISO審査で不適合にするには証拠と根拠が必要と聞きます。この場合の根拠ですが、どの項番でマニュアルにshallをすべて記載せよと定めているのでしょうか?」
木村
「不適合の根拠は、規格要求のshallがマニュアルにないということです」
中山
「ええと、ISO規格のどこに規格要求のshallに対応する語句がマニュアルになければならないとありますか?」
木村
「そんなこと常識だろう。shallがなければ規格要求を満たしていないじゃないか」
中山
「根本的なことですが、ISO14001では環境マニュアル作成を要求していません。つまり元々マニュアルを作れという要求がないのですから、そこにshallがなくても問題にならないじゃありませんか」
木村
「ええっ、じゃあお宅はなんで環境マニュアルを作っているの?」
三木
「木村さん、それはウチの要求だよ、忘れたかい」
中山
「環境マニュアルを作成しているのは御社ナガスネ環境認証機構から環境マニュアルを作成することが要求されているからです。ええと、御社の『認証契約についての附属書』という中で、提出資料を列記していて、そこに環境マニュアルがあります。
環境マニュアルとはどんなものかという説明もありまして、環境方針、決定された著しい環境側面、適用可能な法的およびその他の要求事項、環境目的目標、その他いろいろあります。
そこではISO規格が要求する確立された手順または文書を引用するか参照できる情報を記載することとあります。私どもの環境マニュアルの各項目でshallに関係する社内手順書、当社の場合会社規則とか作業手順書と呼んでおりますが、それらの文書番号を記載しておりまして、その中で規格要求であるshallはすべて満たしています」
木村
「三木さん、それでいいのですかねえ〜」
三木
「問題ないと思います。不適合とは要求事項を満たしていないことですが、規格にマニュアルにshallを書けという要求はありません。もちろん当社の『認証契約についての附属書』でマニュアルにshallを書き込めという記述があるなら、当社との契約事項違反を根拠として不適合を出せますが、そういったことも記載されていません」

参考までに: 質問です、認証機関との契約違反で不適合になることがあるでしょうか?
あります、認証機関や認定機関のロゴマークの使い方、審査登録証のコピー配布、審査の守秘などは認証機関との契約に記載されており、これに反した場合は認証の停止などになります。
なお、認定機関(JAB)がいかなる基準を決めようと、それを根拠に不適合とか認証の停止になることはありません。なんとなれば企業は審査契約を認証機関としか結んでおらず、認定機関が企業に対して民事訴訟を起こす根拠がありません。ですから認証機関は認定機関の定めたことを審査契約に展開する義務があります。
 但しロゴマークの無断使用は商標登録違反となります。
同様に企業は認定機関と一切の関係がありませんから、認定審査員の陪席を要求されたとき、認定審査員の管理、つまり守秘義務、安全行動、立入禁止などについて認定機関ではなく認証機関に要求する権利と義務があります。認証機関はこれを拒むことはできません。
 認定審査員とはJABから派遣され、認証審査を審査する人
木村
「じゃあなぜマニュアルにshallが全部入っているかをチェックするのですか?」
三木
「それはうちの問題でしょう。とりあえずマニュアルが不備だから不適合であるというのは撤回しませんか」
木村
「しかたがない。不適合はありません」


クロージングが終わって帰り支度をしているのを中山と小畑が待っている。

三木
「小畑さん、先ほどの中山さんの論理は小畑さんの入れ知恵ですか?」
小畑
「何をおっしゃいますか、それは中山さんに失礼ですよ」
三木
「昨日お会いしたとき、小畑さんは見学した結果を今後ISO認証する会社での認証機関の選定に参考にするとおっしゃったがご感想はどうでした?」
小畑
「あれ、そんなこと言いましたっけ? いやなかなかしっかりした審査だったと思いますよ。今後とも期待しています」

木村はムッとした顔を変えずに部屋を出て行った。慌てて三木と中山そして小畑がその後を追った。
工場の門まで中山と小畑は見送った。

中山
「小畑さんお世話になりました。小畑さんがいなければ不適合になるところでした」
小畑
「いえいえ、中山さんの活躍ですよ。それにしても・・・まあ時期を見て鞍替えしたほうがいいかもしれませんね」
中山
「それよりも認証を止めた方がよさそうです。元々大手客先からの認証要求だったのですが、そこでは納入企業が100社に認証を要求したと聞きますが、実際に認証したのは半分もなく、それもISO14001ではなく安くつくエコアクション21とかエコステージもあるそうです。リーマンショック以降どこも厳しいでしょう。年間50万の出費は大金ですよ」
小畑
「元は取れませんよね」
中山
「無理無理、ましてや木村さんのような審査員では時間の無駄でしょう」

小畑はあとで三木に感想を問い合わせようと思った。


うそ800 本日予想される疑問
こんなことを経験したことがあるかという問いがあると思います。
あります、あります・・・私は経験したことしか書いてません。初めて審査を受けたときから引退までの20年間に、規格のshallに見合って「する」と書かねばならぬと何度審査で言われたことか。


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