審査員物語 番外編58 木村物語(その12)

17.02.16

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

2007年4月
木村がナガスネ環境認証に出向して4年経ち、56歳になった。
二月ほど前のこと、木村は山内取締役に呼ばれてナガスネに転籍してもらうことになったという話をされた。
今は認証機関も人件費などの関係で定年は60となっており、優秀な人は子会社に移って63くらいまで社員として働く仕組みになっている。そしてそれ以降も契約審査員として68くらいまで仕事をさせてもらえるのだ。ただ子会社に移れるか否かは、定年前に転籍した人だけと言われている。言い換えると子会社に移ってもいいよという人は転籍でき、転籍してほしいと言われない人は60定年でおしまいらしい。正直なところ「らしい」ということでほんとのところはわからない。

人生すごろく

木村が転籍ということになると、子会社で63までは雇ってくれるということだ。悪い話ではない。以前、駿府照明にいたとき転籍しろと言われたのとは意味が違う。木村は喜んで転籍の話を了承した。
そして恐る恐る三木のことを聞いた。すると三木は転籍しないという。それ以上のことは言わない。
木村は考える。三木は木村より二つ上だ。58になって転籍しないということは子会社に行けないということなのだろうか。木村から見て三木は悪い審査員ではないと思うが、なにかあるのだろうか。まあ、上の人たちとしょっちゅう口論しているのは事実だから口うるさい人を定年後雇用したくないのはありだろうと自分なりに納得する。
ともかく木村は転籍、三木はしないということは、俺の方が優秀と評価されたということだとうれしい。

もっとも木村の知らないところでは次のようなやりとりがあったのだ。
三木
「山内取締役、ちょっと話があるのですが」
山内取締役
「なんだ?」
三木
「木村さんが転籍すると聞きました。私も早いところ転籍させていただきたいのですが」
山内取締役
「心配するな、お前はまだ定年まで・・・ええと2年あったよな。お前が転籍すればウチの費用負担が年500万くらい増えるんだよ・・1年遅ければ500万、2年遅ければ1000万浮くことになる。それはウチにとって極めて大きなことだ、損益から見ればだが、」
三木
「転籍受け入れは人件費の関係なのですか?」
山内取締役
「そりゃそうだろう。出向者の場合、給料の半分は出向元から出ている。お前が1000万もらっているとして、ウチはお前を500万で使っているわけだ。ところが転籍したとたんにウチの人件費は倍になる。それだけでなく福利厚生、社会保険などいろいろあるからなあ〜
もちろん出向元はウチとは逆で転籍してもらえばハッピーだ。そこんところはいろいろ綱引きがある」

出向者の賃金の模式図
賃金の図
三木
「それでは木村さんも転籍させない方が・・」
山内取締役
「どの出向元からも出向者を転籍させろと言ってきている。まあ当然だな。
一定の頭数を引き取るなら賃金が安い人を転籍させた方がいい」
三木
「つまり木村さんの賃金が安いから転籍受け入れたということですか?」
山内取締役
「ウチの売り上げは30億弱、利益率は2%と少々だ。つまり利益は6,000万から7,000万だぞ、いかに微々たるものか笑っちゃうじゃないか。出向元からの出向者の賃金補てんがなければ大赤字だよ。正直、出向者が直ぐに転籍されてはやっていけない」
三木
「そうしますと、私は定年まで転籍しないで出向のままということになるのですか?」
山内取締役
「まあどうなるか、今の時点では何とも言えない。ただお前が子会社に行けるのは間違いない。心配するな」


2009年4月
木村は58歳になった。
今日は同期で出向したメンバーの送別会だ。今年定年になったのは横山と三木だった。三木は木村より遅く1年ほど前に出向からナガスネに転籍していた。そして定年以後は子会社に雇用されることになった。他方、横山は転籍にならず子会社にも雇用されなかった。
どういうわけか木村は知らない。今日飲みながらそのへんのいきさつについて聞かせてもらおうと木村は思う。
送別会には久しぶりに同期で審査員になった8名が集まった。

三木
三木
横山
横山さん
木村
木村さん
刺身 サラダ
ビール ヤキトリ ビール
島田さん
島田さん
菊地さん
菊地
茂木さん
茂木さん
朝倉
朝倉
小浜さん
小浜さん
注:
実を言いまして元々同期は7名でした。物語を進めるうえで人数が足りなくなったので、横山さんという人を追加しました。

乾杯のあと、三木と横山が挨拶する。三木は、部屋は変わるけどこれからも同じ建屋で同じ仕事をするのでよろしくと言っただけだ。
横山が挨拶する。
横山
「私は三木さんや朝倉さんと違いまして、株主会社から出向したのではありません。株主会社からの方は、元の会社にいても63歳くらいまで雇用してもらえたということで、ここでも年齢まで子会社で働ける仕組みになっているようです。
残念ながら私の場合は元の勤め先がここの株主ではなく、認証を受ける代りに出向を受け入れしてもらったようないきさつです。それで60まで出向のまま、そして定年でおしまいということになりました」
三木
「私がのうのうと子会社に転籍できて申し訳ない」
横山
「いえいえ、ここの子会社はそういうためのものでしょうしね。幸い環境の主任審査員と品質の審査員資格がありますので契約審査員としてこれからも働く予定です」
島田さん
「契約審査員で働くのか? それなら私のお仲間だね」
横山
「いやあ、違います。実は身の振り方をいろいろと考えたのですが・・
今ノンジャブがどんどん伸びています。仕事量はウチとか他のエスタブリッシュメントとは比較にならないほどあります」
木村
「エスタブリッシュメントって?」
横山
「深い意味はなくノンジャブに対するジャブ体制の認証機関というだけですよ」
島田さん
「でも日当が全然違うんじゃないか、同じ契約審査員でもノンジャブはウチの6割とか7割とか聞いたよ」
横山
「それはホントです。おっしゃる通りノンジャブの日当は低い。でも仕事量が違います。この会社は仕事が少ないときは社員の審査員を遊ばせないように割り振りますから、契約審査員は干上がってしまいます」
島田さん
「確かに、わしは年間50日というところかなあ〜。本当はもっと仕事が欲しいのだが」
横山
「ウチばかりではありませんが、エスタブリッシュメントでは契約審査員だとリーダーをさせてもらえないので主任審査員資格の維持ができないという契約審査員もいます」
島田さん
「そうなんだよ。仕事の割り振りもだがリーダーの割り振りも社員の審査員優先だから、契約審査員は年に1・2回しかリーダーができない。いや年に一度もできなかったという人もいたな。
社長を始め取締役は審査に参加すると常にリーダーだしね。ずるいと言いたいよ」
三木
「CEARも資格維持についての基準を緩和するとかいう話を聞いたが・・・」
小浜さん
「あれは新規が少なくなってきたからでしょう。契約審査員救済じゃない」
島田さん
「あまり大きな声では言えないが、ウチの契約審査員で主任の資格を維持するためにノンジャブでリーダーをさせてもらっている人もいる」
木村
「会社には内緒でですか?」
島田さん
「ここは契約するとき他の認証機関の仕事はしないという約束だけどね・・・会社も見て見ぬ振りだよ。半分公認だね。だって主任の資格が維持できないとお互いに困るもの。それに会社が仕事を出せないなら資格維持のためにはそうするしかない。
だけどさ、ノンジャブでリーダーさせてもらうときは無給とか言ってたなあ〜」
木村
「ええ無給!、それって最低賃金法とか関係ないのですか?」
島田さん
「会社勤めの審査員補が補を取るのにお金をはらって審査に参加させてもらっているのがあるよね。あれと同じで研修とみなせば無給でも違反じゃないんじゃないのか」
横山
「とにかくノンジャブでは仕事量はありますからなねえ〜。そういう心配はありません。
仕事は満杯にあるでしょうから同じ契約審査員をしても、年間通せばここよりは収入はあるでしょう」
木村
「それじゃコンサルをする暇がないんじゃないですか?」
横山
「最近は認証件数の伸びも止まっちゃってさ、新規に認証するところが非常に少なくなった。以前QMSは国交省の経営事項評価ナンチャラでいっときは建設業がドンドン伸びていたけど、もうその建設業も止まったどころか減少しているからね。
だからコンサルの仕事はめったにない。コンサルではもう稼げないよ」

注:
この物語は今2009年である。建設業におけるISO9001認証件数は2006年から減少している。
ところでISO9001の減少は2006年からだ。それを考え合わせると、国交省のアフターバーナーがなかったら、ISO9001は2002年頃から減少していたことになる。ISOブームはほんの5・6年しかなかったわけだ。

朝倉
「ノンジャブが他の認証機関からお客さんを取っちゃうもんでさ、困るんだよね。ウチからも年に数十社鞍替えしているんじゃないか」
小浜さん
「でもさ、ノンジャブは安かろう悪かろうって言われているだろう」
木村
「値段の安さだけで客を取っているんでしょう。審査の質は悪いってよく聞きますね。
横山さん、そんなところで働くとプライドなくしちゃうよ」
菊地さん
「それは根拠のない非難だよ。本当は審査の質なんて変わらないと思う。私も契約審査員をしているから、他の認証機関の知り合いとかからいろいろ聞いている」
島田さん
「質が悪いと言われているけれど、それって逆じゃないかなあ〜。ウチのようなおかしな規格解釈をしているノンジャブは少ないよ。ノンジャブの方がまっとうな気がする。審査の質というけど、社員の審査員は他の認証機関の審査を知らないから自分のところを客観視できないんじゃないか」
木村
「島田さんは契約審査員だから客観的に公平に見ることができるというのですか?」
島田さん
「実を言って私は他の認証機関の仕事はしていない。だけど他の認証機関の知り合いは多いからいろいろ情報は入って来る。それは菊地さんと同じだ。
木村さんは他の認証機関の審査員の知り合いや友人はどれほどいる?」
木村
「いませんけど・・」
三木
「私は契約審査員じゃないけど、いろいろ耳に入って来るよ。ウチの評判は悪いね。ナガスネ方式、ナガスネ流なんて言葉を聞くと身の縮む思いだよ」
木村
「三木さん、それは目的3年後の目標値とか環境側面は計算方式とかいうことですか? 別におかしいとは思いませんが
なんで三木さんが恥ずかしいと思うのかわかりません」
三木
「社内ではそんな考えをメジャーと思っているかもしれないけど、一歩外では常識というか基準が違います」
島田さん
「取締役連中とか古参審査員と一緒のときはナガスネ流で審査をしなければならないが、わしは内心バカバカしいと思っているよ」
菊地さん
「木村さんは素直にナガスネ流で審査をしているようだけど、心の中ではどうお考えなんでしょうか」
木村
「ええ、僕はなんら疑問に思っていないよ。そりゃ環境側面を決めるにはいろいろな方法があるかもしれないが、こうだと言い切ったほうが迷いがないし、特段悪いとは思いませんが」

島田と菊地は顔を見合わせてうなずいた。
木村は自分がおかしなことを言っているとは全く思いもしない。
認証機関での6年間は木村を変えていた。かって企業側にいたときは、ナガスネ流で審査する審査員や、規格を理解していない審査員をバカにし憎んでいたが、今自分は完全にナガスネ流に染まり、自分の考えや判断に疑問を持っていない。木村はそれに気がついていない
普通の物語は主人公が成長し洗練されていく。しかしこの物語の主人公木村は初期の志を失いお金儲け、人を蹴落とす、復讐に堕してしまった。そこんところが多くの物語と違うが、実際にこのような審査員の知り合いが何人もいる。なぜそうなったのだろうか?

うそ800 本日考えていること
私はノンジャブすべてがまっとうな考えをしているという情報は持っていない。ただ関係のあったところではおかしな解釈、つまり有益な側面なんて騙ってはいなかった。
いろいろな理由があるだろう。ノンジャブは外資系とか外国の認定を受けているところが多いから、規格解釈がドメスティックでなくグローバルであるという可能性(ジャブ系に対する皮肉である)
審査員があまり審査に思い入れがなくまた審査で経営に寄与するなんて考えておらず、規格適合であれば文句を言わない。
他の認証機関を引退してからノンジャブの審査員になった方が多く、過去の認証機関のバカバカシイ考えに飽き飽きして素直に審査していること
他に何かあるだろうか?


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