審査員物語 番外編60 木村物語(その14)

17.03.09

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

一昨日から木村は大宮で審査だった。審査が終了すると審査メンバーはその場で解散した。木村はその前に別の会社の審査だったので、4日ぶりに静岡の自宅に帰れると思うと気が緩んだ。京浜東北線に乗ってしばらくすると、向かい側の座席に見覚えのある人がいるのに気が付いた。1年ほど前に定年で辞めた横山だ。

木村
「あれ、横山さんじゃないですか?」
まだ終業時刻前で座席が空いていたので、木村は向かい側に行って座る。
横山
「おお、木村さん、お久しぶり。今日はこちらの方で審査でしたか?」
木村
「そうです。横山さんの近況をお聞きしたいですね。ちょっとどこかでお話でもしませんか?」
横山
「いいですねえ〜、どっちみち東京まで行くんでしょう。そいじゃ東京駅でだべりますか」

東京駅に着くといったん改札を出て八重洲地下街の食堂兼居酒屋に入り、ビールと肴を頼む。
木村
「もう1年になりますか?」
ビール
横山
「なりますかね。同じ仕事とは言え、職場が変わりますとわからないことばかりで時の経つのはアッという間でした」
木村
「認証機関が変わるといろいろ違いますか?」
横山
「そりゃまあ、切符の手配も旅費精算もシステムが違いますから・・・審査報告書ももちろん違います」
木村
「ほう、審査報告書が違うと言いますと、どんなところが?」
横山
「書式が違いますがそんなことはともかく、なによりもボリュームが違いますね。ナガスネは不適合がなければ3ページでしょう、不適合があっても4ページ。今の会社は最低でも10ページは書いてますね」
木村
「ナガスネだって会社側に渡すのは3ページ4ページですけど、会社に出す報告書は結構・・まあ10ページくらいあるでしょう」
横山
「いやいや、今のところは会社に渡すのが10ページはあります」
木村
「それほど書くことがありますか? いったい何を書くのでしょうか?」
横山
「ナガスネは証拠とか根拠があいまいというか、明確に書いてないでしょう。今の会社は証拠と根拠をはっきりとトレースできるように書かないとダメなんです。だから文字数が違いますね。ナガスネの報告書は全部で1,500文字もないでしょう。それもさ、エクセルのマクロを組んでいるんだから、キー入力するのはその半分もないんじゃないかな」

(注)報告書がプアなことで有名な某認証機関の2016年の手持ちの報告書を引っ張り出して文字数を数えたらなんと1,352文字だった。これで数十万、いや100万も取るとは驚く。1文字700円くらいにつく。
なぜおまえがそのようなものを持っているのかとは聞かないでほしい。


木村
「ウチだって証拠とか根拠はちゃんと書いていると思いますがね。『4.4.6運用管理では運用基準を明記することになっているが、排水処理施設の手順書で運用基準が不明確なところがある』とかね」
横山
「それじゃトレースできませんね。今、運用基準とおっしゃったけど何の運用基準なのか、排水処理の手順書というのはひとつしかないのかもしれませんが、何ページもあるかもしれないし作業工程はいろいろあるでしょう。どの作業のどんな基準が不明確なのか私はわかりません。それだけでは何がダメなのかわからないわけですよ。
会社の文書を示すにも文書名とか番号だけでなく、その中の何章の何項のどういう記述に基づきとか、他の人がトレース、つまりたどりつけるようにしなければならないんです。
あの〜論文なんかで引用文献を文献名称だけでなくページとかを明記しているでしょう、あれと同じですよ」
木村
「そう言われると私もあまり厳密には書いてないですね」
横山
「認証機関を変わってそう記述しなければならないって初めて知りましたよ」
木村
「ちょっと待ってください・・・そういえば三木さんは事細かく書いていましたね」
横山
「そうそう三木さんは違ったなあ〜、もっともそれが良いとされていたかというとその逆で、上から報告書の書き方をもっと簡略にしろとか言われていましたね。でもあのように具体的に明確にするのが正しいようだ」
木村
「いやどちらがあるべき姿なのかはわからんでしょう? つまりナガスネの方法が悪いということもないかも」
横山
「ええと、報告書に書くべきことは審査の規格に決まっていたはずです。トレースできるように書かないとダメなはずですよ」

木村も報告書に証拠と根拠を書けというのは審査員研修でも習った記憶があるが、どこまで細かく書くのかはわからず、先輩審査員が書いた報告書を見習った。今書いているようなことでは世の中の水準ではないのかと木村は驚いた。

注: ISO17021:2011の9.1.9.6.3で、不適合の記述については『不適合の明確な記述』と『不適合の根拠となって客観的証拠』を記すことを求めている。
なお、この物語は2010年時点であり、そのとき有効なISO17021:2006の中ではその要求は記載されていなかったが、その代り9.1.9においてISO19011を引用しており、当時のISO19011でその旨の記述があった。
不適合の記述としては『状況』『証拠』『根拠』が三要素となるはずだ。上記『不適合の根拠となって客観的証拠』とは証拠なのか根拠なのか定かではない。文章を書いた人が理解していないように思える。

横山
「それとさ・・・これもとても驚いたんだけど、いや当たり前というべきかな・・・」
木村
「なんでしょう?」
横山
「ISO規格の解釈なんだけど、こう解釈すべきだという発想がそもそもないんだ」
木村
「規格解釈の発想と言いますと?」
横山
「例えば・・・そうそう環境目的を例にあげると、ナガスネに入社したとき目的とは長期目標と考えること、その期間は3年以上でなければならないなんて教えられたよね」
木村
「覚えていますよ」
横山
「でもISO規格には環境目的とは長期目標だとは書いてないし、3年以上なんてことも書いてない。ただナガスネはそう解釈するのだと強制された。そして現実に達成時期が3年以内だとダメと判断するように言われた」
木村
「あれからもう7年ですか、それが当たり前になってしまいましたね」
横山
「だけどさ、目的っていう訳語そのものもおかしいよね。目的って言っても英語はpurposeじゃなくてobjective、その意味は単なる目標だ。君もISO9001の審査員だろう。ISO9001ではその言葉を目標と訳している。ISO規格が異なっても英語で同じ単語の意味が違うはずがない。ISO14001だって目標を決めろとあるだけで長期だとか3年という要求はないはずだ」
木村
「でもISO14001では目的を展開した目標(target)という語が出てきますからISO9001と違い二段階で、目的は目標より長期だと思われますよね」
横山
「objectiveはtargetより上位概念かもしれない。でもそれは時間的な意味だけでなく、範囲というか、例えば部門の目標をtarget、全体の目標をobjectiveとしても考えが成り立つような気もする」

注: 部門の目標をtarget、全体の目標をobjectiveという解釈をしている人や機関を知っている。それでも良いかなという気もするが、そう言い切るのもなんだかなとは思う。
もっとも2015年版となった今ではそんなことを議論する意味もない。ということは1996年から議論する意味がなかったような気がする。
10年間、無為な時が過ぎたわけか・・・

木村
「えっ、そうなんですか・・・」
横山
「まあいろいろな考えがあってもいいというのが今の勤め先の基本路線のようだ。ただ規格にないことを要求するというかごり押しするのは禁止されている」
木村
「いろいろな考えがあってもいいというと・・・ 審査員のばらつきが大きくなりすぎませんか?」
横山
「バラツキが大きくなるといっても、規格文言から考えられる範囲内であればいいわけだよね。いや審査員によるバラツキが発生するのではなく企業によるバラツキがあっても審査員は適合判定するだけのことだ」
木村
「ちょっと具体例が思いつきませんが、例えば?」
横山
「例えばか・・ 環境側面を点数法で決めるというのがいわゆるナガスネ方式だ。悪名高いと言うべきかな」
木村
「いろいろ言われていますね」
横山
「まあそれはともかく、今勤めている認証機関は点数で決めろなんて言わない。というか環境側面の決め方に口をはさむことはないと考えている。企業が決めることであって、○×でもいいだろうし、専門家が決めても良いはずだ。但し決定プロセスが定まっていて誰が決定しても同じに結果になることというのは言われている」
木村
「ええっと、その横山さんの認証機関では点数でなくてもよいというのかい?」
横山
「そうじゃない。審査側はなにも言わず、出された手順を拝見して判断するだけだ」
木村
「点数を使わずに環境側面を決めるって具体的にどうするのかなあ〜」
横山
「オイオイ、木村さん、それじゃ困るよ。環境側面とは何かと考えればいろいろな方法があるでしょう。点数が真っ先に思いつくようでは困りますよ」
木村
「規格通りなら・・・ じゃあ例えばA審査員が初回審査に行って○×方式でOKしたとする。次回別の審査員が行ってその審査員は点数であるべきと考えていたら不適合になるんじゃないの?」
横山
「審査員は規格に照らして適合/不適合を判定するわけだから、後から行った審査員が○×方式を不適合と判定する根拠はないよ。だって規格には環境側面を決めろとあるだけで方法は書いてないんだから。審査では環境側面を特定する手順と著しい環境側面を決定する手順があるかを見るだけだ」
木村
「ええとナガスネだって、点数でない方法で決めていても、それを理由に不適合にはしていない。実際には評価が客観的でないとか誰が評価しても同じ結果にならないという理由で適合判定していない」
横山
「そうなんだよね〜、ずるいというか卑怯なやり口に思える。点数なら客観的なんだろうか、○×なら別の人が評価しても同じ結果にならないのだろうか。
結果は同じだろうと思うけどね」
木村
「うーん、ちょっと納得いかないなあ」
横山
「審査では毎回、環境側面の点数を付けた表を眺めると思うけど、あの点数が正しいかとか計算結果が正しいかなんてチェックしているかい?」
木村
「冗談でしょう。そんなことはできませんね。なによりも時間がありません。
ただ点数が大きいものが著しい側面になっているかは見ていますけど」
横山
「配点が論理的だとか計算に間違いないかどうか、露骨に言えば表のセルの算式に問題がないか、一部のセルの算式が違っているとかチェックしていないだろう。チェックするのは結果だけだ。要するに審査員も会社も結果はわかっているのさ。自分たちが考えている結果になるように点数と算式をいじっているだけだ。
ならば○×でもいいじゃないか。というか○×で悪い理由がない」
木村
「それではなぜ点数方式でなければ客観的でないとか誰が評価しても同じ結果にならないと否定しているのだろう?」
横山
「そりゃ本音はわからないけどね、想像だけど審査員がわからないから自分が納得できるようにしてもらいたいということじゃないかな」
木村
「ええ、どういうこと」
横山
「私は元時計部品を作っている会社の環境部門にいたんだ。排水とか廃棄物とか一通りのことはしてきた。だから似たような製造業なら管理の要点が何かは一目見れば大体わかる。そして著しい環境側面はこれこれですと言われたら、それが適正か否かはわかる。そもそも現場で管理していたらそうでなくちゃ仕事にならない」
木村
「そういう仕事をしていないと審査員は勤まらないということですか?」
横山
「極論すればそうだろうなあ〜。ナガスネの我々の先達は実際に仕事をしていなかった自分がわからないことを理解できるようにさせようとして、点数法を考え実施させたんじゃないかって気がするよ。誰だって50点と70点は比較することができるからね」
木村
「でもISO審査はシステムを見るのであって、具体的な方法とか手順をみて適正かどうかを判断するわけじゃないですよね」
横山
「どうだろう、システムを評価するというのは、そのシステムのプロセスが正しいのかどうかを論理回路をチェックするような方法もあるだろう。だけど現実の平常時、異常時にどのように処理されているかを見なくては判断できないんじゃないかな。そうでなければ審査員に専門性とか業種の経験など要求されないじゃないか」

木村はしばし沈黙した。 真っ先に思い当たったのは三木のことだった。三木は他の認証機関の情報もなく、指導を受けたわけでもないのにナガスネがおかしいことに気が付いて、改善策というかあるべき姿を自分で考え付いた、彼は天才なのか?
しかもまわりとの、いや上司との軋轢を恐れずに自分が考えたことを主張した。
それに対して先輩や上司に言われるままに仕事をしてきた自分は何だったのだろう。会社にいた頃、審査員の横暴に自分が審査員になったらもっと良い審査をすると思ったのに、
自分は未熟だったのか、それとも周りに染まってしまったのか、

木村
「横山さん、気になるのですが・・・他の認証機関はナガスネをどう評価しているのでしょうか?」
横山
「アハハハハ、あまりポイントは高くないね。実際、そんな話になると私も肩身が狭い。
今までで一番ひどいことと思ったのは、ウチの取締役が『認証制度の恥部』と言っていた」
木村
「言い方はともかく、何が悪いのでしょうか?」
横山
「彼にいろいろと話を聞いたけど、単なる環境側面は点数だとかということではなく、審査員の質が全般的に低いということ、そしてそれを向上させていないからと言っていたね」
木村
「ウチは審査員の質が低いのですか」
横山
「質といってもいろいろあるが、各人の考えが前向きでないのかもしれない」
木村
「でもですよ、ナガスネはトップではないけど業界大手ですし他の認証機関に比べれば登録件数の減少も少ないです」
横山
「それは審査の質とは直接関係してはいないよ。設立した業界団体の結束が固ければ他の認証機関に流れるのは少ない。義理と実質の兼ね合いだね」
木村
「質の向上というと、横山さんのところではどんな教育研修をしているのでしょう?」
横山
「私は契約審査員だからそれほど教育研修というのはない。年に数回集められて、前回以降の状況変化とか起きた問題について対応を指示される程度だ。
ただみんな長年審査員をしてきた人ばかりだし、まあ大人だから他山の石にするという意識はあるね。礼儀作法とか審査で議論をしないというようなことは常識というか」
木村
「ナガスネだってそういうことはあると思いますが」
横山
「ナガスネは大企業だからお客さんの顔を見ないで仕事ができるということもあるのではないかな。認証機関に限らず会社が大きいと社内政治とか人間関係で会社の方向が決まったりするでしょう、
小さな認証機関だとお客様が身近な存在になるし、審査員も事務員も一人一人が個人事業者のような意識になる。まあそれがビジネスの出発点なんだけど」
木村
「というとナガスネの問題は出身会社を引きずっているようなことですか?」
横山
「それはあるね。木村さんも定年になれば子会社にいけるでしょう。そういったところも出身会社と同じだ。私は株主会社からではなかったから子会社に行けなかったわけだ、
だからナガスネの人たちは目の前のお客様や職制上の上司よりも、出身会社から来ている取締役の顔色を見て仕事をする。まあ、それをどう考えるかだけど
ナガスネは従業員200人もいないけど体質は大企業なんだよね」

うそ800 本日の願望
もう5年くらい前ですが、ノンジャブは信頼できないと語った大手認証機関の経営者がいました。ノンジャブは安かろう悪かろうだと語った大手認証機関もありました。当認証機関は経営に寄与する審査をしますと語った認証機関もありました。
なにをもって信頼できるできないと判断したのか、経営に寄与するとはどういうことなのか、悪かろうというのはどういう証拠があって語ったのか、まだそんな昔のことじゃありませんからぜひとも当時の経営者にヒアリングしたいなあと考えているのです。
とはいえ、いまさら諸悪の元凶を明白にしたところで、起死回生の手を打つのは難しそうです。


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