審査員物語 番外編61 木村物語(その15)

17.03.16

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

今日、木村は会社である。このところ審査リーダーをしていなかったが、先週は久しぶりにリーダーをしたので報告書をまとめている。最近は新規や更新以外は判定委員会でなく書面審査となったので、リアルに人が集まった判定委員会でとっちめられることがない。審査リーダーにとっては楽になったが、判定委員会を省略した本当の狙いは費用削減が目的と聞いた。
認定機関のルールでは判定委員会そのものが必要条件ではないらしいが、ナガスネ認証は設立時に公平で客観的な認証機関を標榜するために、大学教授とか企業の環境担当役員など外部の人数人と認証機関の取締役などで判定委員会を構成し、そこで認証授与や継続を決定する仕組みにしたと聞く。言ってみればええカッコしたものの手間暇とお金がかかってしょうがないということなのだろう。大勢集めて時間をかけて、昼飯を食わせ手間賃を払っていては大変だろう。しかも認証件数が3,000にもなれば毎月の判定が200件以上あるわけで、1件10分としても2,000分、大勢を30時間も拘束しては費用が大変だ。
木村がよその認証機関の知り合いに聞いた話だが、新規の認証でも審査部長がひとりで決定しているという。
注:
某認証機関の判定委員会メンバーだった人の話では、実際には1件数分で処理していたと聞く。ちょっと長い組織名なら読み上げるだけで時間が過ぎてしまう。名目だけで判定委員会が機能していないのは明白で異常だ。
認証を受ける企業が審査費用として数十万から100万以上払っているのに、判定委員会で数分とかせいぜい10分で処理していると聞けば、もっとまじめにやってほしいと思うのが人情だろう。
オット、審査員の登録や更新でも判定委員会があるが、そちらは何分(何秒?)で処理しているのだろう?
なおその人の話では、あるとき費用削減という理由で外部の判定委員は全員解任されたという。
羽左お金の無駄だ羽右
そんなことを考えながらなんとか報告書を仕上げた。
コーヒーを飲もうと立ち上がったとき声をかけられた。顔を上げると、同期で審査員になった契約審査員の島田がいた。

木村
「おお、島田さん、お久しぶりです。ちょうど一段落したとこです。コーヒーを飲みながらお話しませんか」

オフィスの隅のソファに腰を下ろして二人はコーヒーをすする。
島田さん
「木村さんは最近会社に顔を出してませんね」
コーヒー
木村
「最近はリーダーをしてないんです。私は主任審査員の更新に必要な回数をリーダーしましたんで、それ以降は陣笠です。報告書などを書かなくてよいので毎日が審査ですよ」
島田さん
「それはうらやましい。私は時々顔を出して、仕事を回してもらうようにお願いしてるんですよ」
木村
「そりゃ・・・」
島田さん
「仕事の割り振りの基本は、社員をフルに働かせて、あふれた分を我々に回すってのはわかってます。ただ最近は社員だけで間に合いそうですね」
木村
「私たちがここにきて7年ですか。あのとき2003年でEMSの認証件数は1万くらいでしたか。2010年の今は2万と倍になってはいますし、CEAR登録の審査員の数も減っているから一人当たり仕事は増えてもいいんですけどね」
島田さん
「審査員登録者数が減って来たと言ってもそれは審査員補でしょう。審査員と主任の数は当時より2割か2割5分増えている。それに全体はともあれ、ウチに限って言えば社員審査員は7年前よりも5割は増えた。そして稼働率を上げているから社員の審査能力は2倍以上になっている。その分、契約審査員の仕事が減った」
木村
「稼働率とは?」
島田さん
「審査員の勤務時間の何割審査しているかということさ」
木村
「私が審査員になった頃は審査前に相手先の会社情報とか過去の審査結果などを机に座って調べていましたね。今はネットで手に入る情報は機密じゃないという理由で会社じゃなくて自宅で事前調査が普通ですね。
厳密なこと言ったら風呂敷残業じゃないのかなあ〜」
島田さん
「その分、審査に使える時間が増えたわけだ」
木村
「確かに。私の1か月の出勤日数で審査日数を割れば稼働率か。先月は二日会議に来たから20割る22で90%くらいかな」
島田さん
「よその認証機関では自宅に審査スケジュールと資料を送って、現地集合で現地から現地へと移動させているところもあるよ」
木村
「それは契約審査員の場合ですか?」
島田さん
「いや社員の審査員も同じだ。余計な無駄は省くわけだ」
木村
「なるほど、人の使い方としては間違いではないですね」
島田さん
「結果としてわしの仕事がない」
木村
「ちょっと教えてほしいのですが、島田さんはISOコンサルのお仕事はいかがですか?」
島田さん
「元々わしはISOコンサルという意識はなかったがね。普通の作業改善などのコンサルをしていて、その中でISO認証の指導を頼まれたらするくらいだな」
木村
「なるほど、それで最近はいかがですか?」
島田さん
「数年前までは仕事はあったよ、特に建設業から頼まれた。一時は引きも切らなかったけど、もう峠は越えたね。業種ごとの統計で建設業の認証件数も数年前から減り始めたと聞いた」
木村
「へえ、じゃあISO認証はもう下り坂ですか」
島田さん
「業種に関わらず大手はとうの昔に一巡したし、中小はリーマンショックでISOどころじゃないんじゃないかな。建設業は国交省の点数加算で一時はものすごい勢いで認証していたけど、今言ったようにそれも終わりでしょう」
木村
「ISO認証の今後をどう見ていますか?」
島田さん
「そんなことわしにわかるわけがない。だけどさ、ISO認証だけでは先が見えたって気がするよ」
木村
「この事業を維持拡大するにはどうすべきと思いますか?」
島田さん
「わしはISO認証を増やそうという発想はないな。自分が食べていくには、仕事の範囲をある程度広げて、状況が変わっても対応できるようにしておかないとと思っている。ま、こんな仕事をしているとだね」
木村
「なるほど、具体的には範囲を広げるとはどんなことを?」
島田さん
「そう簡単にこれだとは言えないね、残念ながら。ただ長い目で見ると流行り廃りがあるのはわかる。ISO認証が現れてもう17年になる。その前のTQCが20年くらいでしょう。だからあと数年したら次なるものが出てくるのかなって気がしますよ」
木村
「ISOも流行だというのですか?」
島田さん
「流行と言い切るほど情報もないし無茶なことも言えないけどね、過去日本産業界でもいろいろなものが流行った。ZD活動、小集団活動、デミング賞なんてのもあったな。デミング賞というものは50年代からはじまったけど、もてはやされたというかすごいと思われたのは80年までかな。いまでもあるんだろうけど一般紙で大々的に報道されるようなことはなくなった。私の若い頃はデミング賞受賞となると朝日や読売の1面広告になったもんだ」
木村
「確かに、ちょっと違いますが紅白も今は昔と違いますからね。何事にも栄枯盛衰はありますね」
島田さん
「昔は紅白見なくちゃ年が越せないと思ったけど、今じゃ我が家ではだれも見ないねえ、レコード大賞もなにもかも。
いやそれどころか今はお正月といっても何の感動もないね。年賀状なんて数えるほどしか来ないよ。もっともこちらも出さないんだけど、アハハハハ
どんなものでも、いやものでなく仕組みとか行事であっても寿命というか効用のある期間は限られているのかもしれんね。制度疲労というのかどうか」
木村
年賀状 「年賀状そのものも、大昔からあったわけではなく郵便制度ができてからですから100年そこそこでしょう。年賀状を出す習慣そのものがなくなってもおかしくありませんし、電子メールのアケオメをどうこう言えませんよ。
ともかく、ものごとにはすべからく有効期間というか賞味期限があるのですね」
島田さん
「そうそう制度疲労というよりも賞味期限の方がよさそうだ」
木村
「ものなり行事なりは、時代によって習慣や社会インフラなどの環境が変われば重要性とか価値、ありがたみというかな、そういうものは変わります。でもISO認証の価値そのものは時代によって変わりませんよね」
島田さん
「価値ってそのものにあるのじゃなく、周りがどう見るかでしょう。ISOの価値なんてドンドン変わってきましたよ。1994年頃にISO9001認証した会社は素晴らしいと評価された。大げさに言えばエクセレントパンパニーですよ。1997年に認証した会社はそれなりに見えたでしょうけど、2000年以降に認証した会社は、なんで今更と思われたはずです」
木村
「なるほどなあ〜、ということはISOの賞味期限はたかだか10年でしょうか」
島田さん
「まだ流行が過ぎたってわけでもないだろうけど。
しかしこれから認証しようという会社をみると、何を考えているのだろうとしか思えないね」
木村
「まあ認証しても悪いことはないでしょうけど」
島田さん
「良い悪いではなく、投資対効果だよ。ISOの効果とは周りからどうみられるかだろうね。それともISO認証でないことをしたときとの比較かな、ISO認証が機会損失になるのかどうか」
木村
「ISO認証と比較されることはなんでしょうか?」
島田さん
「そりゃわからんね、業種にもよるだろうし会社にもよる。でもいまどきなら省エネとか生産性向上とかに投資したほうが利口な気はする。毎年審査費用に70万、いや目に見える外部流出が70万なら、社内の見えないコストは200や300はかかっているだろう。事務局専任なんている会社さえある。
毎年300万費用がかかっているとすると省エネなどの方がいいと思わないか」

島田の言葉は木村にグサッと刺さった。
俺は一体何をしたのだろう
木村
木村は静岡工場や駿府照明では、おれはISO事務局だという誇りをもっていた。確かに認証しなければならないという状況で木村は頑張ったしそれなりの成果を出したと思う。
しかし客観的に見て、それは会社にとっていかほどの価値があったのかと振り返れば、見た目だけだったのではないだろうか。文書管理が良くなったということもない。生産性が上がったわけでもない。品質が上がったのかと言えばそんなこともない。
そもそもISO事務局とはなんなのか!?無用の長物ではないか、
木村は自分の過去20年が無駄そのものに思えた。

木村
「島田さん、実を言いましてウチも認証事業だけでは先行き暗いと思います。新事業を考えなければと思うのですよ」
島田さん
「おっしゃる通りだ。ISO認証以外の柱を作らないとね」
木村
「何かアイデアありませんかね」
島田さん
「すぐにはでてこないよ」
木村
「島田さんはISOの前は作業改善とかサークル活動などのコンサルをしていたそうですね」
島田さん
「食うためにね、それが本職ではなかったが」
木村
「島田さんの専門分野のコンサルをしたらどうでしょう。ここには島田さんのような人がたくさんいる。いろいろな専門家が大勢いるわけでビジネスになりませんか」
島田さん
「簡単じゃないよ。世の中には最先端を研究している人たちがいる。わしは10年とか15年前の技術しかないから指導なんておこがましい。それに専門的になるほど範囲は狭くなり一人の力ではできず大勢の力を合わせることが必要だ。ウチの社員の専門をかき集めてもどうにもならないよ。試しに社員が企業に提出する際の資料にある保有資格とか専門分野をリストアップしてごらん、売り物になるとは思えんよ」
木村
「肥田取締役はドクターだっていいましたね」
島田さん
「ドクターっていっても何年も前のことでしょう、当時の研究が今役に立つのかどうか、
うーん、ドクターといっても名刺に箔をつけるくらいしか役に立たないんじゃない」

それからしばらく雑談をして島田は帰っていった。
潮田取締役から新事業を考えろなんて言われたが、そんなに簡単じゃないなあと思う。
ただ島田と話をしていろいろ勉強になった。まずなにごとにも永遠ということはないということだ。
発表会 木村が元の会社にいたとき小集団活動をしていた。自分は製造現場でなかったので脇で見ていただけだ。初めの頃は現場のモチベーションを上げるには有効だと思っていたが、何年か経つと形骸化してきて発表がうまいグループが賞をもらうようになった。実質がなければ長続きはしないと思っていた。今もしているのだろうか。
ISO認証も20年続くだろうと島田が言っていたが、あと数年続いてくれるなら木村が現役の間は大丈夫だろう。とはいえ個人は現役引退できるが会社は永続しなければならない。この会社はISOの次に何をすべきなのか。待てよ、次の事業も20年しか持たないのかもしれないな。いやいや、世の中を見渡せばどんな会社も時代に乗り遅れないように常に事業を乗り換えていくのじゃないかな。製造業だけでなく流通だってなんだって
こういう話は三木が得意だ。彼と話をしたいなと思う。もっとも潮田取締役は三木にも声をかけているという。とりあえず自分は自分なりにアイデアを考えておかねばと思う。
島田が当社の従業員の持つコンピタンスをまとめてみたらどうかと言っていた。総務に行って資格者リストを見せてもらおう。島田は期待できないような口ぶりだったが、何事もやってみなくちゃわからない。

木村は総務から資格者リストを見せてもらった。総務の担当者からは情報管理をしっかりしてねとくどいほど言われた。どうせ企業に出している資料でしょうと言うと、ひとりひとりのデータは個人情報にならないらしいが、複数人のものは管理対象なのだという。名刺も1枚なら管理対象外だが、名刺ファイルは情報管理対象なのだそうだ。その理屈は木村はわからなかった。
もらったデータをながめる。公害防止管理者、危険物などは一般的で8割くらいの人が持っている。技術士になると1割いない。ドクターはとみると200名のうち20名いた。少なくはない。これは意外だった。ただ年齢と学位取得時期からほとんどは論文博士のようだ。その他、行政書士、司法書士、測量士、宅建などなど。税理士なんてのもいる。さすが弁護士というのはいない。
最近は税理士も多すぎると聞く。お客様が付かないと大変だ。税理士事務所構えるよりISO審査員という選択があるのかもしれない。しかし弁護士ともなるとISO審査員という選択はないのだろう。ということは初めからその資格で飯が食っていけるならISO審査員になることはなかったということなのか。ならば現在ISO審査員をしている人の保有資格で、本来の職業なりコンサルなりをビジネスとすることは難しいということになる。
そういえばと駿府照明時代のことを思い出した。経理にいた50くらいの人が毎年税理士の試験を受けていた。いくつか科目合格をしたようだがまだまだらしい。部長が酒を飲んだときに、あいつは仮に合格しても税理士として仕事はできないという。部長が言うには税理士の資格と税理士として食っていけるということは全然違う、税理士事務所で働いて名を売ってお客様を開拓しそれを持って独立しないとやっていけないし、元からの客を引き抜いたら大問題になるという。そしてあいつの税理士受験は趣味だという。そんなものかもしれない。
ということは現在の有資格者をリソースとして考えることはだめだということだ。

ちょっと待てよ、ISO審査員の多くは審査のときに御大層なことを言っている。それが大言壮語でないなら、それをやってもらったらいいじゃないか。
経営とかのレベルでなくても、品質問題の是正処置がしっかりされていないというならお手本を見せて指導すればいい。内部監査の深掘りが足りないというなら、これが内部監査だというのをしてみせればいい。文書管理が古い、今は電子化だというなら、電子化された文書管理の講演をしてもらったらどうか。
木村は先週の審査を思い出して苦笑いしてしまった。
一緒だった先輩格の審査員が、会社の規定の文章が分かりにくいとかイチャモンを付けていた。だがご本人が書いた審査報告書の文章は主語述語がつながっていなかった。会社の担当者は審査後帰るときに木村に嫌味を言っていた。ああいう審査員こそ、文章の書き方を指導すればいいじゃないかと思う。
そしてその審査員がいつも上から目線で語っているのを思い出し、礼儀作法の講師もやってもらおうと心の中で思った。

うそ800 本日の疑問
私が会った審査員の9割は審査中いろいろとご指導してくれた。
「この書式はこうしたほうがいい」
「私は○○の専門だ。この不良はこれこれだから起きている。こう対策するものだ」
「文書管理が自分が勤めていた会社の方法と違い全然なっていない」
そういう権威者(?)であれば審査員などせずに、本を書いたりコンサルや講演をすればもっと稼げるだろう。
おっと、私が1995年頃にISO9001審査員研修を受けたときに講師が言った。「審査では適合か不適合かだけを証拠根拠を添えて言え。仕事の方法などにコメントしてはならない。なぜならそれは審査からの逸脱であり、裁判になるかもしれないから」
世の審査員の多くは勇気凛々で、訴えられることなど恐れていないようだ。


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