異世界審査員62.品質保証その2

18.02.26

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは
「不発」・「不発弾」とは爆弾や砲弾など弾着すると爆発するものが、爆発しなかった「こと」・「もの」をいう。一般には、ライフルやピストルの引き金を引いても弾丸が発射されないことも不発というが、専門用語では不発射弾というそうだ(注1)

砲弾の不発割合は、もちろん時代により種類により異なる。第一次大戦のとき大砲の不発率はなんと20〜30%であった(注2)大戦が長引くにつれ品質が改善され不発率が下がったというが、それでも1割くらいだったらしい。 3割いや1割でも軍事的には重大な問題だ。だって売上にならない押紙が1割〜3割あるのと同じだ(注3)製造も運搬も砲撃するにも3割増しでは骨折り損のくたびれ儲けである。
しかし不発弾の問題はそれだけではない。第一次大戦後100年経った今でも、激戦地跡には大量の不発弾が残っていて立ち入り禁止になっているところもある(注4)今も不発弾の処理を行っているそうだが、完了するにはあと700年かかるというから想像を絶する。今後700年間今の国が存続して、組織的に不発弾処理を継続すると考えるのは無理だろう。

戦争のあと、不発弾が問題になるのはどこも同じだ。
ベトナム戦争ではベトナムばかりでなく戦場となった近隣諸国では、60年近く経った今でも、農作業や子供が遊んでいて事故にあうなど不発弾は現実の問題である。 爆弾 もちろんそれらの国やNGOなどが、不発弾や残された地雷を処理しているが、例えばラオスでは処理するのにあと100年かかると言われている。
もちろん中東では今も戦争であり、日々、不発弾が蓄積されているだろう。そんな不発弾を面白半分で土産に持ち込もうとした毎日新聞の記者もいる(注5)
2016年に熊本地震が起きて、その後崩れた家々を建て直しする際に、床下などから不発弾を含む砲弾が多数発見された。100年以上前の日清・日露戦争に従軍した兵士が記念に持ち帰ったものだという。好奇心が強いのは毎日新聞の記者だけではないようだ。
そういった例外を除き今日本で発見される爆弾や砲弾は、ほとんどが第二次大戦時のアメリカ軍のものだ。70年以上前の太平洋戦争のときに、アメリカ軍がばらまいていった爆弾が爆発せずに残っていて、現在でも工事で地面を掘ったり崖が崩れたりすると、発見される。
私たちは不発弾発見や処理の報道を見ると「おお、またか」程度の印象しか持たないが、毎年なんと1,300件から1,700件くらい見つかっていて、自衛隊が処理を行っている(注6)不発弾処理の特殊勤務手当は出動1回5,200円だそうだ(注7)命がかかっている仕事にしては安すぎるのではないか。2010年ドイツのゲッティンゲンの建設現場で発見された1トン爆弾を爆発物処理の専門家が処理しようとしていて、3名が死亡6名が負傷した。もちろんロンドンやイギリスのその他の都市にも不発弾は多数眠っていて時々目覚める(注8)
第二次大戦のとき飛行機から落とした爆弾の不発率はどれくらいだったのか、ネットや書籍からは具体的な数字はみつからなかったが、なにかの本に「20%不発なら25%多く爆弾を積んでいけばいい」とあったから、第一次大戦の砲弾と同じくらいあったのではないだろうか。
もちろん現在はなにものでも品質管理が進んでいるから、爆弾の不発率も大幅に下がっているだろう。クラスター爆弾とは一発の爆弾から降下中に数十個から数百個の子爆弾が吐き出され、それぞれが爆発するもので、不発率が同じであっても不発爆弾の数は多くなる。そのためオスロ条約で、クラスター爆弾は不発率1%以下でなければならないとしている。ということは通常の爆弾はそれよりも多いと推察する。

ところで不発率1%が多いか少ないかと言えば、少なくはないだろう。前述したようにピストルの銃弾は不発ではなく不発射というそうだが、 ゴルゴの愛銃 例えば100発中不発が1発あると知っていれば、ギャングと撃ち合う警官は腰が引けるだろう。
マンガ「ゴルゴ13」では使う前に何百発も試射して、そのロットに不発弾が含まれていない(少ない)ことを確認していた。彼の場合は実戦(?)に使うのは1発かせいぜい数発だけど、普通の兵士がそんなことをしていたら撃つ弾がなくなってしまう。
なおネットを見ると通常の小銃弾や拳銃弾の不発率(不発射率)は、数千発にひとつくらいらしい。もちろん弾の種類によって違い、我々が外国の観光地で撃たせてもらう、ちいさなピストルは.22LRという弾が多いが、これは安いからか不発率が多いらしい。私は射撃が好きで、タイ、オーストラリア、ハワイ、グアムと行く先々で撃ってきたが、不発だったことは一度もないが、周りで撃っていた人が不発だったのは数回見た。練習用とか観光客用では不発でも問題ないが、護身用には使われないとか、何事も費用対効果で選択される。

だるまストーブ 1916年もいよいよ押し詰まってきて、今日は御用納めである。3時過ぎ、藤原と伊丹は取引先の挨拶回りを終えて戻ってきた。
玄関を入ってすぐのパーラーというのか部屋とも廊下ともつかないところで、だるまストーブに手をかざしお茶を飲んでいる。外は風花が舞っているがここは暖かい。
藤原もこちらで仕事するようになってもう5年になる。おっと伊丹の息子と藤原の娘は4年前に結婚して、二人の孫はもう2歳になる。

藤原
「伊丹さんはお正月には向こうに帰るのですか?」
伊丹
「年に数回息子たちに会っているから、お正月と言っても特段行くつもりはありません。藤原さんは毎週孫の顔を見ているのでしょう?」
藤原
「毎週ではありませんが、まあときどき・・・家内はしょっちゅう行っているようです。伊丹さんはお正月はこちらですか?」
伊丹
「21世紀と違い、こちらはお祭りとか季節の行事を大切にしています。それが私にはとても心地よく、寺社参拝とか年始参りとかしております。こちらに来て親しくなった方々も年始にお見えになりますし」
やかん
藤原
「なるほど、伊丹さんはこの世界が好きなんですね」
伊丹
「好きですね。だから扶桑国は日本のような道を歩んでほしくないのです」
藤原
「向こうの世界だって、これから特定アジアなんかに馬鹿にされないようにしていけばいいと思いますが」
伊丹
「確かにそうです。でもこちらの世界で節々での決断を誤らなければ、日本よりもっと良い歴史を紡ぐことができるでしょう。そしてそれに私が貢献できるかなと思っているのです」
藤原
「なるほど、向こうの世界では我々は何の影響力もありませんからね」
伊丹
「家内もこちらの世界が気に入っているし、私たち夫婦はこちらに骨を埋めるつもりです。向こうの子供たちのことはよろしくお願いします」
藤原
「私の場合、家内がこちらの世界になじめませんでねえ〜。私もあと2年働き、年金がもらえるようになれば引退するつもりです。それにもうこちらの世界にも技能者が育ってきて私がいなければという状況でもなくなってきました。
私のように技能や技術ではなく、伊丹さんは考え方を教えているから奥が深く終わりということはありませんね」

伊丹も最近、藤原に指導を依頼する会社が減ってきていることに気づいている。だけどそれは技能を教えることと改善を指導することの違いではなく、藤原が過去に身に付けた技能を教えるだけで、新たなチャレンジをしていないからではないのかと思う。いつまでも旧式旋盤の技能指導していたのではだめだ。こちらの世界だってここ数年でバイトにはハイスを使うようになり、旋盤工と刃物研磨工が分離してきた。またラインシャフト方式からモーター直結の工作機械に切り替わりつつある。状況が変われば仕事の段取りが変わるはずだ。それを教えるとかやることは切りも限りもないはずなのだが。

そんな話をしていると二人の男が入ってきた。同時に、雪も吹き込んだ。
入ってきた二人は、ストーブにあたっている伊丹たちに気が付づかず、入り口で外套をバタバタ叩き雪を落とす。

米山少佐
「うわー、寒い寒い」
伊丹
「あれ、米山少佐と石原中尉ではありませんか?」

入ってきた二人はその声を聞いてギョッとしたように伊丹を見る。

米山少佐
「ああ、気が付きませんで、失礼いたしました。」
伊丹
「おおっ、階級章が変わりましたね。中佐殿」
米山中佐
「おかげさまで数か月前に昇進しました。こちらの石原も大尉になりました」
藤原
「それはおめでとうございます」
石原大尉
「いやいや、ご存じないかもしれませんが、陸軍大学校の入学資格は中尉か少尉となっていて、大尉になると入学資格を失います。そして陸軍大学校を出ないと将官になる見込みはゼロです。私も大尉になってしまったので、中佐止まりが確定です」
伊丹
「そうなのですか。それはなんといったらよいのか・・」
石原大尉
「伊丹さんは向こうの世界の石原莞爾をご存じでしょう。中野中佐が私の暴走を防ぐために、昇進させないように手を打ったのではないかと勘ぐっているのです」
米山中佐
「いや、仮に中野中佐がなにかしたにしろ、そういう意味じゃなく、石原君に新しい道を拓いてくれたとみるべきだろう」
石原大尉
「新しい道とは?」
米山中佐
「君に文官として生きていけという意味に私は受け取ったのだが」
伊丹
「なるほど、石原大尉はその方が向いているかもしれませんね」
石原大尉
「こうなったからには、私も退役して文官に採用してもらおうと願い出るつもりです」
伊丹
「まあ身分というか肩書が変わっても、する仕事は変わらないでしょう」
石原大尉
「自分もそう願っております。陸軍参謀より今の仕事は面白いと思います」
藤原
「しかし中野中佐はいつまでたっても中佐なのかい? あの年齢なら将官は無理としても大佐にはなっているでしょうに」
伊丹
「藤原さん、その話はちょっと・・、我々が下馬評してはいけません」
藤原
「そうかい、」
伊丹
「ところで年の暮れにおいでになったとは、なにかあったのですか?
お呼び頂けば馳せ参じましたのに」
米山中佐
「我が国はイギリスと同盟を結んでおり、欧州戦線への陸軍派遣を求められました。しかし我が国は、わざわざ火中の栗を拾うことはあるまいと、欧州に兵士を派遣しておりません。その代わりイギリスの輸送船団の護衛と弾薬の無償提供をしております」
伊丹
「承知しております」
米山中佐
「こちらで製造している砲弾は84mm口径の小型のものです。昨年1915年から月10万発の割で送っています」
藤原
「へえ!10万発、すごい数だ」
米山中佐
「でも欧州の戦争では10万発など1個砲兵大隊(通常12門保有)が半月で消費する数です(注9)イギリス軍だけでも月に一千万発くらい撃つでしょうから、彼らから見たら微々たるもんでしょう」
藤原
「ほう〜、想像もできない数だ」
伊丹
「それでどのような相談でしょう?」
米山中佐
「イギリスからいろいろと言われているのです。砲弾をもっと送れというのもありますが、それは政治的なことです。我々に関わる問題は不発弾が多いというのです」
伊丹
「不発弾ですか。正直申しまして私は砲弾の技術者ではありません。お役に立てるかどうか・・」
米山中佐
「実を言いまして、我々も砲弾など見たことがあるだけでなにもわかりません。それでどういうアプローチをしたものか伊丹さんに相談に上がったわけです。政策研究所では「問題起きたら伊丹の旦那」という合言葉がありますんで。今までも上陸用舟艇とか未来のエンジンとかお世話になりました」
伊丹
「えぇぇ、じゃあその伝では、うちの家内に関わるのもあるのでしょうか?」
石原大尉
「はい、その合言葉は正確には「伊丹夫婦は鬼より強い、企画は奥方、面倒は旦那」というのです」
伊丹
「じゃあ今夜はそれを肴に家内と晩酌しよう」
米山中佐
「伊丹さん、伊丹さん、真面目な悩みですよ」
伊丹
「ここではなんですから会議室に行きましょう。藤原さんも同席してよろしいですか?」
米山中佐
「どうぞ、三人寄れば文殊の知恵、いいアイデアを頂きたいです」

三人は会議室に移った。ここには黒板もあるし本棚には技術図書もおいてあり打ち合わせに向いている。今ストーブを点けたところだがすぐに暖かくなるだろう。

米山中佐
「まず使われる大砲はQF18ポンド砲と言いまして、口径84ミリで射程6000米くらいの小型の野砲ですね。
QF18ポンド砲 あっ、野砲とは車輪付きの大砲で馬数頭で牽引できる小さなものを言います(注10)
口径が小さいですから薬莢形式です。使われる弾頭は榴弾、徹甲弾、毒ガス弾などいろいろありますが、イギリスから要求されたのは榴弾です。
そして問題になっているのは信管ですが、これは時限信管なのです」
伊丹
「すみません、全くの素人なので、時限信管とはなんですか?」
米山中佐
「固い城壁などを打ち破る徹甲弾は、砲弾の頭に突起があり何かにぶつかると突起が押されて起爆剤、雷管のようなものですね、それを発火させて本体の火薬に点火します。
時限信管とは、大砲から発射して一定時間経過すると予めセットしたタイマーで爆発します」
伊丹
「すると地面に着く前に空中で爆発するわけですか?」
米山中佐
「そうです。というのは今の欧州の戦いは攻城戦ではなく、塹壕戦です。塹壕に隠れた兵士を斃すためには、ある程度の高さで爆発させ細かい破片を撒き散らすわけです」
伊丹
「ウワー、想像するにひどいもんでしょうね」
米山中佐
「でもなにごとも一方的ではありません。相手も同じく時限信管で空から破片を撒き散らします。そしてお互いに塹壕を掩蔽して、結局はいたちごっこです」
伊丹
「なるほど、すると不発とは砲弾が目標上空で爆発しないことですか。しかし時限装置と言っても微妙でしょうね。射撃から弾着まで飛ぶ時間はせいぜい10秒、コンマ1秒違えば数十メートル違いますよね」
米山中佐
「そうです。発射前に時間を調整しますが、目盛りは百分の1秒です。とはいえ目盛りが細かくても実際の精度が悪ければ意味がありません」
伊丹
「向こうからイギリス製と我が国の不発率の違いとか情報は得ているのですか?」
米山中佐
「それが細かい数字は分からないのですよ。口頭で不発の割合がイギリス製は1割で扶桑製は3割以上とか言われています」
伊丹
「砲弾の依頼を受けたときに、図面や完成したときの検査方法などは打ち合わせたのでしょう」
米山中佐
「そうです、しかし簡単にはいかないのです」
伊丹
「と言いますと?」
米山中佐
「支給された図面には寸法公差がありません。伊丹さんが来てから砲兵工廠とか海軍工廠では加工したときの許容差を図面に記載するようになりました。10ミリプラスいくらマイナスいくらという風に、
しかしイギリスの図面には呼び寸法というのでしょうか、例えば10ミリとあるだけで、寸法公差というか許容差というか、いくらからいくらまで合格とは記載されていません。いや正確に言えばインチ表示です」
伊丹
「なるほど。ということは実際のはめ合い状況は分からないわけですね」
米山中佐
「それから完成した砲弾は群馬県の山中で試射するのですが、もちろん全部撃つわけにはいきません。今までは毎日3発撃って確認していたと思います」
伊丹
「一日何発くらい製造しているのですか?」
米山中佐
「4千発だそうです」
藤原
「0.1%にも満たなければ抜取検査にもならないだろう。伊丹さんどうなんだね?」
伊丹
「それでもひと月に75発試射していることになる。毎日3発撃って不発弾はどれくらいあったのでしょう? つまり飛翔中に爆発しないものということになるのかな」
米山中佐
「先月は78発撃って、不発は2発だったそうです。それ以前も月に1発から5発くらいの間でした」
伊丹
「不発があったらどうするのでしょう?」
米山中佐
「ええと1週間6日間に不発が2発以内なら合格だそうです。我が陸軍に納入している基準でイギリス向けも製造しているとのこと」
伊丹
「とはいえ我が軍の砲弾は時限信管ではないのでしょう?」
米山中佐
「ええっと」
石原大尉
「そうですね。我が軍はほとんどというか全部が着発信管といって弾着によって起爆します」
伊丹
「我が国の弾丸製造部門は時限信管に慣れていないのではないでしょうか?」
石原大尉
「それはあるでしょうね」
伊丹
「輸送船で送る時に湿気や振動で劣化とか故障することはないのでしょうか?」
石原大尉
「その可能性はあります。火薬も影響を受けるでしょうし、時限信管とは早い話、小さな時計が弾頭に入っているわけで精密機器ですから」
米山中佐
「とはいえ試射して動作確認しているわけだから」
石原大尉
「現地到着後には試射はしていませんよ」
伊丹
「不発率って戦場ではどうやって数えるのでしょうか?」
石原大尉
「私は歩兵科でした砲兵のことはよく知りません。ただ大砲というのは基本的に間接射撃をするのです」
伊丹
「間接射撃とはどんなものですか?」
石原大尉
「小銃や機関銃は射手が目標を見て、それを狙って撃ちます。それを直接射撃とか直接照準射撃といいます。
大砲の場合は目標が何キロも離れています。この小さな18ポンド砲でも射程は6キロありますから、目標までは最低でも1キロから数キロ。となると遠いだけでなく山の陰とか建物の陰になりますから、砲手は目標が見えません。
そこで役割に分かれます。目標が見えるところに観測班を配置します。そして弾が目標からどれくらい外れたかを、電話や手旗で射撃指揮所に報告します。
射撃指揮所は報告を受け弾道を計算して、方角と仰角の調整を砲手に指示します。砲手はその指示を受けて調整し砲撃します。そういう方法を間接射撃といいます(注11)
伊丹
「ご説明よく分かりました。となるとイギリス製砲弾と扶桑国砲弾を識別して撃っているのでしょうか」
石原大尉
「言われてみるとイギリス製と扶桑製の不発率を把握しているのかどうか怪しい気がしますね」
米山中佐
「ウーム、そういう証拠というかデータを要求しても埒が明かないな、どうしたものか」
伊丹
「まずできることをしましょう。部品調達から製造、完成品検査までイギリスからの指定通りかどうかの再確認、当然それを裏付ける各部品の検査記録とか機械のメンテナンス記録、完成品検査記録を集める。
輸送中の温度や湿度による劣化を確認にするために、イギリスで試射をしたい。数としては何十発か撃てば統計的に検定できるでしょう」
石原大尉
「統計的と言いますと」
伊丹
「1000個の山から10個抜き取ったとき不良が1個あれば、元の山には何個あるかという推測ができます。そういうのを統計的手法と言います。石原大尉、統計的手法を勉強しましょう(注12)
石原大尉
「ハイ」
伊丹
「それから実戦での不発率、扶桑国の弾丸とイギリス製の弾丸の比較を知りたいね」
米山中佐
「造兵廠の技師か技術士官をイギリスに派遣しましょう。先ほどおっしゃったイギリスでの試射も実施する必要があります」
藤原
「イギリスでの保管とか輸送も確認した方がいい」
米山中佐
「おお、そうですね」
伊丹
「そいじゃ今申しましたことを具体的にどうするか、お正月明けにもう一度お会いして打ち合わせましょう。
まあ、お正月はゆっくりとお休みしましょう」
米山中佐
「実はお願いがありまして、」
伊丹
「ハイ、なんでしょうか?」
米山中佐
「政策研究所で伊丹室長と一緒に仕事している者たちが、一度伊丹邸を訪問したいと言っておりまして」
伊丹
「そいじゃ遊びに来なさいよ」
米山中佐
「ありがとうございます。それじゃ年始の挨拶に伺わせていただきます」
伊丹
「おっと、何人くらいなの?」
米山中佐
「そうですねえ〜、20人くらいになるかと、多すぎますか?」
伊丹
「いいんじゃない、楽しみにしてますよ」

うそ800 本日のつぶやき
白状しますが、信管も大砲も全く知りません。イギリス版のgoogleを検索してひっかかった英文を私の怪しい英語力で読み、当時の信管とか射撃方法を調べました。しかし100年前に殺傷力をあげようと時限信管を使うとかいろいろ工夫したのですね。まさに必要は発明の母だったのです。
と書いてすぐに否定する私ですが・・・「必要は発明の母」とは英語のことわざの和訳で、原文は「Necessity is the mother of invention.」であります。しかしmotherは生物上の母親でありますが、the motherはそうではなく、出所、源泉、起源、始まりの意味だそうです(注13)そしてこの意味の例文として「Necessity is the mother of invention.」が揚げられています。ですからニュアンスは日本語と大違いで、「必要が発明の原動力」とかにすべきかもしれません。

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注1
弾頭の中に火薬を装填し弾着すると爆発するものを榴弾(りゅうだん)という。普通、口径20mm以下では榴弾にすることが物理的にできない。12mm以上のライフル弾には弾頭に火薬を詰めたAPI弾というものがあるが、それは爆発の破壊効果ではなく貫通力を高めることを目的としている。
参考資料
 Wikipedia
 High-explosive incendiary/armor-piercing ammunition
 Artillery fuze

注2
「第一次世界大戦」木村靖二、ちくま新書、2014、p.82

注3
押紙とは新聞の部数を水増しするために余分に印刷して廃棄しているものをいう。それは無駄というだけでなく、広告主に対する詐欺行為であり、販売店は余分の金を払わされている。実数はもちろん闇の中だが、朝日新聞は公称600万部の30%以上の300万部とも言われている。他紙も押紙が言われているが、朝日ほど水増しは多くないとされている。産経新聞は2008年に自ら押紙を止めたと言われている(公称発行部数が2008年に急減している)。
参考資料
 新聞発行部数推移
 公正取引委員会事務総長定例会見記録
 「押紙という新聞のタブー」、黒藪哲哉、宝島新書、2009
 「新聞社 破綻したビジネスモデル」、川内孝、新潮社、2007

注4
注5
注6
注7
注9
注10
注11
昔はレーダーもGPSもないから、観測地を確保するのが第一の仕事だった。観測地点は必ずしも目標に近い必要はなく、遠くの山頂でも良いし、気球も使われた。日露戦争の時の203高地攻略はまさにこの観測地点を取るためだった。ところがいつのまにか観測地点確保の戦いがとんでもなく被害を出してしまったという流れのようです。
山本七平は砲兵士官だったので、彼の書いたものには太平洋戦争時の砲撃のお話がたくさん出てくる。彼の「私の中の日本軍」は恨み辛みのオンパレードであるが、間接射撃についても書いている。彼の説明では指揮官が観測と射撃指揮を兼ねていて、電話で射撃指示をしていたとある。更に QF18ポンド砲 観測所は敵に一番近く見つかりやすく指揮官に戦死が多かったという。
私が入社したとき40歳以上はみな戦争に行っていた。一人は朝鮮で砲兵の訓練を受けてイザというとき終戦になったと言っていた。その人は酒を飲むたびに、私に間接射撃の方法を話してきた。彼の話ではまずどこからでも見える目標(山とか建物)に大砲についている水平面の目盛りをゼロに合わせて、それから指揮官からの指示によって大砲の向きをそのゼロを基準に左右に何度とか、高さは水平から何度何分と指示されたそうだ。その角度を合わせるにも計算しなければならず、計算が得意だったと自慢していた。その大先輩は数年前88くらいで亡くなった。葬儀に行けずすみません。

注12
統計学の歴史は古くは17世紀にパスカルの確率論などがあるが、回帰とか考えたピアソンが19世紀末から20世紀初め。抜き取った標本から母集団を推定する推計統計学は1930年代のことだ。この時代はまだ確立したものはなかったはず。

注13
Long Man Dictionaryより
the mother of something
a)the origin or cause of something
Necessity is the mother of invention
(=people have good ideas when the situation makes it necessary).
b)informal a very severe or extreme type of something, usually something bad
I woke up with the mother of all hangovers.



外資社員様からお便りを頂きました(2018.02.26)
おばQさま
毎度、興味深いお話しを有難うございます。
一次大戦直後では、まだ英国でも図面寸法での誤差定義が明確でなかったのですね。
第一次大戦は、当初 塹壕戦になって、今の冷戦のように睨み合いになるだろうとの予測が、ありましたが、実際には大量の銃砲弾を消費し、大変な死傷者を出してしまいました。
この時の経験が、大量の動員体制、銃砲弾の大量生産体制の構築につながったのでしょうか?
不発弾の問題、これは帝国陸軍では最後まで続いたようです。
二次大戦での砲や爆弾では信管の設計と品質の問題ですね。
今回は、どんな原因かが楽しみです。
外資社員

外資社員様 毎度ありがとうございます。
寸法公差の件、書物を読んだだけなのですが、20世紀初めには寸法公差という考えはあったということです。
しかし実際にそういう図面をみたことはありません。先進的なところでは使われていたのかもしれません。寸法公差が一般化したのは第一次大戦後であったのは間違いないようです。
鉄兜(正式名は鉄帽)というのは小銃弾も防げないそうです。では無駄かと言えばそうではなく、そもそも小銃弾や機関銃に当たって戦死したというのは第一次大戦では1割もいなかったそうです。9割は榴弾、砲弾が破裂した破片によってだそうです。そしてそういったものは初速も遅く貫通力も弱いので鉄兜で防げたといいます。
またものすごい戦死者が双方で出たわけですが、変な話ですが欧州では元々マスデス(大量死)という経験をたびたびしているので我々が感じるのとは違ったようです。203高地で1万6千とか1万8千戦死したということを、あの戦いでは当然だろうというのが欧州の観戦武官の反応だったと言います。203高地の戦死者に日本人が腰を抜かしたのは、デスマスにうぶだったからだと司馬遼太郎は書いていました。
不発弾に限らず、戦闘機の稼働率の悪さ、戦車の鉄鋼の材質など、後知恵というのかわかりませんが、日本人として残念です。その分、この物語の中では失敗しないように頑張ってほしいです。
次回は、外資社員様の言うとおりに物語は進む予定です。
アドバイスください。

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