異世界審査員76.品質保証その8

18.04.19

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

川西清兵衛
川西清兵衛
1920年夏、ここは神戸の海沿いの工場地帯で、大きな建物には真新しい「川西航空機」という看板が掲げてある。
米山中佐と幸子が、神戸の連隊が差し向けてくれた自動車から降りると、社長 川西清兵衛が出迎えた。
川西はこのとき川西飛行機を立ち上げたばかりで、これから25年間に渡り、97式飛行艇、二式大艇、紫電改など名機を送り出す。

川西清兵衛
「これは遠くまでよくいらっしゃいました。私どもはまだ操業したばかりでございまして、お二人は口明けのお客さんですよ(注1)
米山中佐
「アハハハ、それはうれしいことを言ってくださる。私は軍人で中佐という階級ですが、実は今は枢密院の下部機関である政策研究所に出向しております。こちらは伊丹室長といい、やはり政策研究所の人間です。勘違いされないように申し上げておきますが、伊丹と私は上下関係はなく同階級です」
川西清兵衛
「はあ、女が中佐ですか!それとも高等官四等ということか?」
米山中佐
「さっそくですが、扶桑帝国はこの度、南洋諸島を統治することになったことはご承知と思います。あまりにも遠くまた島嶼が多々あるために、連絡用、輸送用に長距離を飛べる飛行艇が必要になったということです」
川西清兵衛
「おっ、なるほど、それで私どもに開発をご依頼というわけですか」
米山中佐
二式大艇 「話が速くて助かります。緒元を申し上げますと、積荷を10トン積んで航続距離5000キロ、時速400キロ程度、輸送機ですから武装はありません。
重量と航続距離には驚いたかもしれませんが、まあそれくらいでないと南洋との連絡機は務まりません」
川西清兵衛
「驚いたどころではありません。仕様を聞いただけで気が遠くなりました」
幸子
「中島さんをご存じと思いますが・・」
川西清兵衛

「中島知久平ですか、彼とは喧嘩別れしてしまいました」

参考までに 川西清兵衛は中島知久平が中島飛行機会社を始めたとき資本参加した。その後、川西が経営権を要求して争い、最終的に決裂して中島飛行機から数名の技術者を引き抜いていった。まさに喧嘩別れである。
どちらがいい悪いではなく、新興業界においてはよくあることだろう。
中島知久平
中島知久平

川西清兵衛
川西清兵衛
そして川西は神戸に川西機械製作所飛行機部を設け、後にそれは川西飛行機(株)になった。戦争中は種々飛行機を作ったが、中でも紫電改が有名だ。
中島飛行機が戦後、車メーカーとして存続したように、川西飛行機も新明和工業と名を変えてYS11(一部)、PS-1、US-2とずっと飛行機を作っている。US-2とはニュースキャスターの辛坊治郎がヨットで遭難したとき救助した飛行艇である。
なお、飛行機の油圧技術から理容店の椅子も製造していて、飛行機メーカーが床屋の椅子を作っていると知ったとき驚いた。後に新明和リビティックとして分社化し、2008年に事業終息した。

幸子
「私どもでは中島さんにも開発を依頼しておりますのよ」
川西清兵衛
「まさか同じ仕様で?」
幸子
「いえいえ、そんな露骨に競争をあおるようなことはしません。中島さんには陸上機をお願いしたのです。ただ仕様はだいぶ甘いですがね。水上機と違って陸上機は滑走路の制約とか脚とか難しいですから搭載重量を8トンとしました」
川西清兵衛
「彼は・・・そのう、やると言ったのですか?」
幸子
「もちろんです。こちらが2年半と申しましたら1年でやると言ってました」
米山中佐
「実を言いまして、中島さんには1500馬力のエンジンを提供するという条件です。お宅にも同様に1500馬力のエンジンを供与します。空冷星型と水冷V型の2種ありまして、お好きな方を」
川西清兵衛
「1500馬力のエンジン、うーん、そんなものがあるなら2年あれば十分な気がする。中島はとりかかってどのくらいになりますか?」
幸子
「まだひと月ふた月です」
川西清兵衛
「何機くらい注文が頂けるものですかね?」
米山中佐
「納期2年半厳守で10機、そこまでは保証します。そこから先は南洋諸島の統治形態とか所轄官庁がまだ決まっていませんでね、まあ50機くらいは大丈夫と思いますが」
川西清兵衛
「やりましょう。そのエンジンすぐにもいただきたいですね」
幸子
「今週中に届けましょう」


ここは砲兵工廠である。例によって伊丹と藤田少佐そして黒田准尉が話し合っている。

藤田少佐
「品質保証協定を結んだところは不良率が相当下がってきている」
伊丹
「それは良かった」
藤田少佐
「しかし不思議というか分からないのですが・・・なんであのような文書を契約しただけで、不良が下がるのかということが不思議でならないです」
黒田准尉
「少佐殿、自分は分かったように思います」
藤田少佐
「准尉、どうしてなんだ?」
黒田准尉
「管理の基本は5Mです。5Mと言っても製品対応でいろいろ違いますが、特定の製品で十分管理してほしい項目を羅列したのが品質保証協定だと思います」
藤田少佐
「つまり我々が内部で管理していることと同じく、それを外に要求しただけということか」
黒田准尉
「自分はそう考えています」
藤田少佐
「しかし特段難しい管理を求めたわけではない。計測器は日常異常がないかを点検しろとか、定期校正をしろというのは当たり前だと思えるが」
黒田准尉
「普通の人も普通の会社も、当たり前のことを当たり前にできないのです。改めてしっかりやれと言われてやったということでしょう」
藤田少佐
「うーん、そういうことだとまた疑問が浮かぶ。
5Mを管理するということは工程の管理項目が明白になっているということだ。とすると全く新しい製品は管理項目が分からないこともある。ということは・・」
黒田准尉
「ということは、品質保証協定とは管理項目がハッキリしているものにしか適用できないということですね」
藤田少佐
「准尉、俺が考えていることを先に言わないでよ」
伊丹
「黒田准尉のおっしゃる通りです。どの会社でも失敗や成功を管理方法や管理項目に反映して改善していくでしょう。でも新しいというか未経験な製品には有効でないでしょうね。全く新しい製品だけでなく、開発業務に品質保証を適用することは難しそうです」

参考までに ISO9001が設計・開発にも適用されると考えている人は多いけど、そんなことはない。そもそもISO9001は開発(development)であって、研究(research)ではない。
「development」は「開発」と訳されているが、英英辞典を引くと、
the process of gradually becoming bigger, better, stronger, or more advanced だんだんと大きく成長する過程
the process of working on a new product, plan, idea etc to make it successful 新製品、計画、アイデアなどを実現する過程
等の意味である。日本語の「開発」もいろいろなニュアンスがある。ひとつに土建屋が宅地造成することを「開発」というが、それがdevelopment意味ズバリである。新しいものを創造することではなく、計画を実現することだ。ノーベル賞を取る方法やエジソンの発想が標準化できるわけがない。


藤田少佐
「とはいえ全く新しい製品というものはあまりないよね。ボルトアクションの小銃から自動小銃に代わっても、部品加工やメッキは従来と同じだ」
伊丹
「もちろんそういうものもありますが、例えばここで戦車や飛行機を作るようになるかもしれない。そういうときは5Mでとり上げることが大きく変わるかもしれません」
藤田少佐
「ともかく新しい取引先などには、製作図だけでなく工作仕様として品質保証協定を提示して守らせることは方法として悪いことではないということですね」
伊丹
「先日も話に出ましたが、場合によるとコストアップになるかもしれません。現時点で問題がないなら、わざわざ品質保証協定を結ぶこともないでしょう」
黒田准尉
「伊丹さんは売り手の標準品を買う場合も必要ないとおっしゃってましたね」
伊丹
「基本的に買い手が立ち入りもできず管理もできないものや、管理項目を知らないなら意味がありません」
藤田少佐
「品質保証協定を結べば品質監査をするのは必須なのですか?」
伊丹
「必須ではないでしょう。ただ製造条件を要求しても実地で点検できなければ、絵に描いた餅です。品質保証協定の契約には、最低限、現場で点検する権利があることを明記しておいた方が良いでしょうね。
新規取引する時とか、問題が起きたときには監査は必須でしょう。問題ないならわざわざ監査に行くこともないでしょう。なにごとにもお金がかかります」
黒田准尉
「実は検査員の中から、監査に行くなら、ぜひ遠隔地に行きたいという声が上がっています」
伊丹
「確かに遠くに旅行する機会はめったにありませんから、そういう希望もありましょうね」
藤田少佐
「准尉、そういうのはみんな平等になるようにしてくれよ。そんなところから不満が起きては大変だ」
黒田准尉
「監査は遊びじゃないんですけどね」


ここは政策研究所である。吉沢課長が工藤社長と伊丹を前にして話をしている。

吉沢課長
「藤原さんのおかげで機械加工が大幅に進展し、伊丹さんは総合的なご指導をされてきた。そして今新たな技術者が必要になりました」
伊丹
「電子回路というかデジタル回路でしょう」
吉沢課長
「伊丹さんにかかってはすべてお見通しですね」

伊丹は思う。私も還暦を過ぎた。元同僚たちも、どんどんと引退しているだろう。彼らの中にちょうどした人材がいるだろうか?

吉沢課長
「以前、私が日本に見学に行ったとき、ほとんどの人が小さな四角くい薄い機械を持ってましたね。電話したり文字を伝送できると聞きました」
スマートフォン
伊丹
「スマートフォン、略してスマホと呼んでいます」
吉沢課長
「軍事でも官公庁の連絡でも、ああいったものがあると良いなと思いましてね。
あれと同じことができるようにしたいのです」
伊丹
「あれはいわゆる無線機とは違うのですよ。こちらで使われている無線機も向こうの世界の無線機も基本は同じです。要するに信号を乗せた電波を発信し、その電波を受けて信号を取り出すという通信をしているわけです。機器は単独で機能し他に依存していません。
しかしスマホはそうではないのです。数百メートルごとに小さな基地局があってですね、スマホは一番近い基地局と通信します。基地局はそれを相手のスマホがある一番近い別の基地局まで無線や有線で信号を伝えるのです」
吉沢課長
「えっ、そうなんですか。というとあれを動かすためにはものすごい数の基地局が必要で、その基地局をつなぐ電線を張り巡らすことが必要なのですね」
伊丹
「そうです。そして単なる無線機ではありませんから交換機も必要です。細かくなりますがスマホは人と一緒に移動しますから、常にどこにいるのかを把握しなければなりません。そんなこんなありまして、そのための設備、俗にインフラといいますが、それが携帯電話事業するにあたっての難関なのですよ。そういった設備を整えるには、時間と金がかかりますからね。それを用意できない会社は、既にインフラを構築した会社にお金を払って回線を使わせてもらうわけです。
おおそれだけでなく、各種データ例えば地図とかその他の情報を提供するインフラが必要です。無線機と違いスマホは単独では機能しません」
吉沢課長
「ええと正直に言いますね、私がイメージしているのは、例えば飛行機、あるいは戦車でもいい、そういうものが自分が今どこにいるのかというのを画面の地図上でわかるようにできないかということです。もちろん僚機や敵機との位置関係も画面で分かるようにできないかと」
伊丹
「スマホで自分がどこにいるのかを表示するのは、いろいろな方法がありますが、基本そういうインフラに依存しています。
数年前に潜水艦を画面に表示するってのをやりましたね。あの探査は直接電波や音を出して反射を受け取るという方式でした。ですからスマホとは全く考えが違うわけです」
吉沢課長
「ええと、要望を具体的に言いますと、飛行機や戦車が自分の位置を知り、指揮官あるいは本部から指示された地点を知り、移動方向を知るということで、なんとかなりませんか」
伊丹
「要するに自分の所在地を把握しないとどうにもなりませんね」
吉沢課長
「不可能ということですか?」
伊丹
「いや、世の中に不可能なんてめったにありません。ただ実現する費用が高くつくから諦めることが多いですけど。
スマホのように基地局をいたるところに設置することは不可能です。
どうするかと言えば単純な例ですが、この国あるいはどこでもいいのですが、数か所から電波を出します。周波数などでどこの電波か分かるようにしておきます。
そして二つ以上の電波を受けて、その方向を知れば位置を特定できます。自分の所在を把握すれば目的地も移動も算出できます」
吉沢課長
「なるほど、そういう方法は確立しているのでしょうか?」
伊丹
「そういうのをビーコンと言いまして、もう少し時代が下ると定番になります。この国なら北海道と九州にそれぞれひとつ、あと南洋の島にひとつかふたつおけば、海上の飛行機でも船でも位置ははっきりわかります。
これから南洋に定期便が飛ぶようになると必要になります」
吉沢課長
「なるほど、しかしそれだけでは大変ですね。簡単に位置を把握できるような回路と表示装置が必要になりますね」
伊丹
「今のスマホのように地図を表示し、その中に自分と目的地を表示するのは結構大変です」
工藤社長
「伊丹さん、今の話の方法では、例えば中国に飛んだ飛行機は位置を把握できるの?」
伊丹
「二つ以上の無線を取れれば位置は分かります。ただ二つのアンテナに挟まれていた方が正確でしょうね。図に書けばわかるでしょうけど」
吉沢課長
「具体的に言えば、震災が起きたとき、飛行機や人が自分の位置を知る方法ってありますか?」
工藤社長
「なるほど、ランドマークがなくなってしまったら、東京市内でもどこかわからなくなりますね」
伊丹
「そのように場所が限定的であるなら、震災の影響がなさそうなところで東京府に近い山頂など、そうですね天城山、高尾山、筑波山あたりにアンテナを置けばどうでしょうか。正確を狙うなら4点くらいとれば大丈夫でしょう」

考えたのだが: 所在地を知る方法は無数にあるだろう。本格的なビーコンとかでなければ数地点から電波をだし指向性の高いアンテナでその方角を特定できればかなりの精度で位置決めができるかと思う。周波数が問題となるが、関東大震災の被災範囲は左上から右下にかけての長方形であり、その外側に発振するアンテナを置けば何とかなるような気がする。候補を上げると、天城山から直線で100キロ、高尾山から50キロ、筑波山から66キロになる。周波数が高い方が精度があがるが、それらであれば50MHzなら数十Wの出力で十分届くだろう。
逆に移動体から信号をだし、それらのアンテナで受信する方法もある。このとき出力とか受信側のアンテナを指向性の高いのを回転させるとかフェーズドアレイが可能かとか考えるとハードルが高まりそうだ。
フェーズドアレイアンテナが考えられたのは大昔だろうが、実用化されたのは1960年頃からだろう。
このお話でどこまで使えるのか、あるいは魔法(先端技術)を使うか・・・

吉沢課長
「位置精度はどれくらいになりますかね」
伊丹
「方法と周波数とアンテナ次第ですね。船舶のビーコンでは数メートルだったそうですよ。この場合は20KHzほどの低い周波数でしたが、アンテナの大きさに制約はなかったようですからできたのでしょう。いずれにしてもこれから開発が必要です。でもまあ10mとかそれくらいはいくんじゃないですかね(注2)
吉沢課長
「スマホの位置精度とはどれくらいですか?」
伊丹
「周囲に建物があるか、近くに基地局があるかなど条件によって相当違うでしょうけど、5mから20mくらいの誤差には収まると思います」
工藤社長
「20mの精度ならランドマークが焼失しても十分でしょうね」
吉沢課長
「システムをどうするかとその開発が必要となりますね」
伊丹
「精度、表示方法、情報を必要とする広さなどによって変わるでしょうね」
吉沢課長
「私のイメージは、飛行機なら操縦席にスマホの画面を置いて、その画面に方向と速さ高度などを表示したいのですよ。おっと、地図と自分の位置、目標の位置、他の飛行機や飛行場などの位置も表示したいですね。そうできれば命令を言葉で伝えることもなく、僚機との衝突なども防げる」
伊丹
「正直言って専門家が欲しい。私はその通信機も作れないし、理論構築も難しい。ハッキリ言いまして、潜水艦戦のときよりもはるかに難しいです」
工藤社長
「こうしたらどうですかね、」
吉沢課長
「なにかアイデアが?」
工藤社長
「いくつかの位置で狼煙(のろし)でも上げるのですよ。ランドマーク代わりです。どの狼煙の右とか左、距離はいくらというように指示すれば何とかなるのと違いますか」
吉沢課長
「その位置は誰がどう調べるのですか?」
工藤社長
「その現場から狼煙を見て逆算するのもアリでしょうし、飛行機より高いところで飛行船を置いてそこから俯瞰して指示を出すとか」
吉沢課長
「なるほど、原始的なところから考えないとダメか」


新世界技術事務所である。久しぶりに工藤と伊丹が会社にいた。最近は若手連中も仕事で出払っていて誰もいない。けっこうなことだ。
玄関で誰かが怒鳴っている。今日は南条さんが休みだ。伊丹は立ち上がって玄関に行く。
半蔵時計店の宇佐美事業部長がいた。

伊丹
「おや宇佐美さん、お久しぶりですね」
宇佐美
「お久しぶりと言いたのはこちらですよ。伊丹さんを捕まえようとしても政策研究所に行ったとか、砲兵工廠に行ったとか、なかなかお会いできません」
伊丹
「最近また砲兵工廠から仕事を頼まれちゃいましてね」
宇佐美
「なにをしているのか興味があります。やはり品質保証ですか?」
伊丹
「秘密じゃありませんからお話しましょう。工廠の内作より外注は品質が落ちるのだそうです。しかし今では工廠も外注も、工作機械も刃物も同じです。なぜ品質が違うのかと依頼されたのです」
宇佐美
「管理レベルが違うからですか?」
伊丹
「さすがですね。それで品質保証協定を結ぶようにしました。
宇佐美さんのところもメーカーや下請けにそういったことを指示しているのでしょうか?」
宇佐美
「そこまでは行きません。確かに図面だけでは足りないところがありますね。そこをどうすればいいのか分からないのです」
工藤社長
「おや、宇佐美さんじゃありませんか。どうぞ中へお入りください」
宇佐美
「工藤社長が出てくると、話を聞くのもただってわけにはいかなくなるのですよね」
工藤社長
「そりゃ私のところの売り物は品物じゃなくてサービスですから、そのサービスをタダと思われてはやっていけません」

伊丹は宇佐美を会議室に案内して、お茶を入れて持っていく。

宇佐美
「私のところでも、外注から入ってくる部品が寸法公差内なのはもちろんですが、公差一杯にばらついている会社と、バラツキが少なく中心寸法に集中している会社があります」
お茶
工藤社長
「腕が良いか悪いかじゃないの」
伊丹
「人的なことも機械的なこともあるでしょうね」
宇佐美
「人的なことと言いますと?」
伊丹
「社長が申しましたように腕の良し悪しもありますし、公差に入っていれば良いと考えているか、中心寸法を狙うべきと考えているかということです」
宇佐美
「なるほど、機械的とは?」
伊丹
「機械の良し悪しもありますが、機械が同じでも、切込を大きくしたり加工速度をあげればバラツキが大きくなる。あるいは積極的に、公差範囲を有効活用しようと公差内ならバラついても気にせず加工することもあるでしょう」

正規分布曲線
バラツキを押さえることがベストとは限らない
正規分布曲線
公差内にバラつかせコストミニマムを目指す方法もある

宇佐美
「品質保証要求として、バラツキを小さくしろと指定してもよいですよね」
工藤社長
「バラツキを小さくしろというのと品質保証とどう関係するんですか?」
宇佐美
「品質保証要求にバラツキの改善を盛り込んでも良いと思いましたが」
伊丹
「バラツキを小さくというのは品質保証じゃなく、製品仕様ですね。もちろん管理向上によって結果としてばらつきが小さくなるかもしれない。しかしバラツキを小さくしろというのは仕様変更です。それには図面改訂が必要で、そのために今より手間暇かかるならお金を払うしかありません」
宇佐美
「でも同じ図面で同じ単価でも業者によってバラツキの大小があるわけで」
伊丹
「バラツキを小さく加工している会社は、技術水準が高くバラツキを小さくしてもコストが変わらないのかもしれません。あるいはバラツキを大きくすることによるコスト削減に気が付いていないのかもしれない。
作る立場で考えれば、最小の手間、コストで仕様を満たすことを考えますね。
発注する立場なら、バラついても良いようにするか、バラツキを指定するしかない」
メタルソー
ずっと昔、私が現場にいたとき板に溝を切る加工があった。私は公差上限の幅のメタルソーを手配して溝を切るようにした。刃物研磨を繰り返してカッター幅が痩せて公差下限になったとき廃棄して新しいメタルソーを買った。
このときの分布曲線は正規分布どころでなく、公差両端まで出現頻度が一定の矩形になる。
そういう方法は常套手段であって、卑怯でもなく間違いでもない。

宇佐美
「私は品質保証要求によってバラツキを小さくできると思ったのですが」
伊丹
「品質保証で仕様を要求することはできませんよ」
宇佐美
「えっ?」
伊丹
「宇佐美さんがおっしゃったように下請け甲社と乙社でバラツキが異なっても、図面仕様に入っているわけでしょう。となると図面上は両方とも良品のわけです。
バラツキを不具合とする根拠がないなら、品質保証要求すれば解決するわけじゃありません」
工藤社長
「公差もバラツキも設計仕様ということか」
伊丹
「品質保証要求事項とはあくまでも製品の要求事項を補うものに過ぎません(注3)
宇佐美
「はっ?」
伊丹
「品質保証要求とは、製品仕様が決まっていて、製造技術が確立しているとき、仕様通りに作らせる仕組みに過ぎません。品質を上げることは品質改善、不良を減らすのは品質管理、品質保証は、不良を出さない仕組みっていうだけです」

品質保証とは

うそ800 本日の暴露話
えー、今回の7500字で大事なことは次のフレーズだけである。
品質保証要求事項とはあくまでも製品の要求事項を補うもの(ISO9001:2015序文)
でも、それだけでは、その文章を理解してくれないでしょう。その証拠に、この世の審査員や企業担当者には、ISOで製品を良くしようとか会社を良くしようってボケを語っているのが多いからね。

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注1
私はずっと「口明けの客」ってなんだろうと思っていたが、元々は酒瓶の口を開けるから「口開けの客」だったらしい。

注2
GPSが普及する前のビーコンの精度についての論文は多々あった。数メートルの精度であれば飛行機や船舶は十分だったろうけど、その設備は電波の波長を考えただけでもスマホのサイズに収まるとは思えない。
ランドマークを喪失したとき、消火活動の方向指示って簡単に行かないように思う。まさか東京で富士山と太陽の方角から自分の位置を判断することはできない。ましてや有機的で細かな消火活動はできそうにない。
これからつじつまがあうストーリーを考えよう。

注3
この文言は1987年販から2015年版まで、長年序文にある文言である。なぜかこれを読み落としてしまう人が多いのが不思議だ。


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