4.2利害関係者のニーズ及び期待の理解

18.12.11
2018.12.09 goems様よりお便りをいただきました。
お久しぶりです。
最近来たEMS審査員様がおっしゃったことですが...
おい、2015年度版の最初にある要求事項だから、答えろよという戦中うまれの方がいらっしゃいまして、結構混乱しています。
この要求事項は全社的な話であって、個々の部署に聞く話では無いと思っていました。当然各部署の目標も決まっていてそれを達成するために方針管理をしています。最近色々なコンサルさんに聞いても各部署に聞く話では無いと聞いています。先生のご見解はどうでしょうか?社内で監査員を養成するものですが、よろしければおしえてください。大手のEMS事務局です。

goems様、お久しぶりでございます。
9日は田舎に法事で帰省しました。帰宅時に新幹線の停電がありまして夜遅くなってしまい、goems様からのメールを拝読しましたのは10日の夜でございました。
まずは遅くなった言い訳で申し訳ございません。

2015年版の解説(怪説)を書こうと思ったのはもう3年前、しかし私も関心が薄れ、いつしか忘れクモの巣が張っておりました。
頂きましたお題に愚僧の見解を加えて1ページ追加しました。

確認しますが、「項番4.2の利害関係者のニーズ及び期待の理解」は各部門で質問することなのか、事務局あるいは環境部門に質問することなのか、ということですね。
ではいきます。

まず規格を理解するには余計な情報(雑音)に耳を貸さず、ひたすら規格の文章を読んで考えるのが一番です。
ところがこれも一筋縄ではいきません。というのはISO14001とJISQ14001ではニュアンスが異なるところが多々あるからです。いや、まったく意味が違っているところもあるかもしれません。
私は英語が不得意で、日本語を読んでいて「あれ!ちょっと変」と思ったところの英文を読んでいる程度ですが、英文をしっかり読んで自分で和訳してJIS規格と比較すれば、意味が異なるところがゴロゴロ・ザクザクあるかもしれません。
ということで日本語は何度も読んでいるでしょうけど、改めて英文を読んでみましょう。
何分英語不如意でありまして、英英辞典を四つばかり使い常にチェックしました。本の辞書が二つ、ネット辞書が二つです。

注:OXFORD word power、ロングマンハンディ英英辞典、そしてLONGMANDictionary.comです。


では最初は表題です。
4.2 利害関係者のニーズ及び期待の理解
4.2 Understanding the needs and expectations of interested parties

「英文を素直に訳せば「利害関係者のニーズと期待の理解」で特段なにもないようですが・・
ここの主要単語はふたつ、
「ニーズ及び期待」と並んでいますが、その格差は大きいようです。
「お金がなくて食べられません」というのがneed、「手取り30万になったらプロポーズしよう」というのがexpectation。

関係ないですが、パーティーとは英英辞典では「a social event when a lot of people meet together」とか「a social gathering」つまり「多くの人が集まるイベント・集会」のこと。オンライン・オフラインを問わず、組織化されていてもいなくてもよいようです。

組織は、次の事項を決定しなければならない。
The organization shall determine.

まずここでいう「組織」は登記している会社とか、客観的に見てひとつの組織と判断されるものではありません。この場合は単純明快で「認証範囲」のことです。ですから工場単独で認証していれば、本社や支店は「組織」の一部ではなく、「利害関係者」になります。
ということは「工場は本社や支店のニーズ及び期待の理解するための仕組みを作り運用しなければならない」ということです。

次に問題ですがISO規格を和訳するとき「Determine」を一律に「決定する」としていますが、これは大きな誤訳でしょう。
過去私は何度も申しておりますが、「determine」とは「(己の意思で)決定する」ことではなく、「(調査した結果、なにものかであるかを)決定する」あるいは「(制約条件によってなにかが)決定する」という意味です。
見知らぬ魚を釣り上げて図鑑を見たら名前が分かったとか、新しい機械を導入するために法律を当たったら、届け出に必要なのことが決まったということです。
スズキ鯛
鯛と思って図鑑を調べたら、スズキだった。残念

ですからこの文章は原文の意味を正しく示すためには「認証組織は、次のことを明らかにしなければならない」とか「認証組織は、次のことがどうであるかを明確にしなければならない」と訳すべきでしょう。

a) 環境マネジメントシステムに関連する利害関係者
a) The interested parties that are relevant to the environmental management system;

あなたの組織の利害関係者って誰かを認識しておきなさいということですね。
昔々、利害関係者にはあれが入る、これが入る、これが抜けているなんて、指導をしてくれた審査員が大勢いました。もう草葉の陰にいらっしゃるのでしょうか?
しかし利害関係者とはなんぞやと悩むことはありません。あなたの会社になんだかんだ言ってきた人や団体が利害関係者であり、言ってこないのは利害関係者じゃありません。おっと、上から目線で来年の目標はこうしろと言ってくる本社も利害関係者です。
詳しくはこちら2004年版規格解説の「3.13利害関係者」をご覧ください。
くじら
「海の羊飼い」と名乗るテロリストが抜けていると審査員に言われたことはありませんが、間違っても彼らは、一般企業の利害関係者ではないとお思います。
もっとも運送会社ですと、輸送を委託されたクジラ肉を盗まれたりすると突然 利害関係者になります。

よって「環境マネジメントシステムに関連する利害関係者」を「御社に環境関連で過去から付き合って来たところ、文句を言ってきた人、市役所から間接的に苦情があったところ、うるさい本社」と言いなおすことができます。簡単です。

おっと、前項で申しましたが、「当社は利害関係者を○○と○○に決定する」なんてボケをかましてはいけません。「当社の利害関係者は○○と○○と判断した」あたりが妥当でしょうか。

b) それらの利害関係者の、関連するニーズ及び期待(すなわち、要求事項)
b) the relevant needs and expectations (i.e. requirements) of these interested parties;

これも小難しく考えることはありません。前述した利害関係者(付き合いのあった人、文句を言ってきた人)が何を欲しているかということです。
「うるさくて眠れない」、「祭りのとき酒を出せ」、「昼休時間のチャイムがうるさくて赤ちゃんが起きちゃうの」というのがニーズで、「建物が汚いからきれいにしてほしい」、「トラックの出入りが多い」、「働いている人が通勤するとき生活道路を使うな」、まあそんなことが期待なのでしょう。
ニーズは満たされないと死んじゃうらしいので対応しなければなりませんが、期待に応えるかは組織のふところ具合次第です。
ともかく会社は利害関係者のニーズと期待を把握しておけということです。とはいえ日々苦情はあり石を投げられている環境担当者は、改めて考えるまでもなく日々身をもって認識しております。

私が常々不思議に思うのは、我ら企業の環境管理担当者の最大・最強・最悪の利害関係者であるISO審査員のニーズと期待です。
ニーズとはなければその人が存在できないものですから、審査員のニーズは企業の環境トラブルでしょうか?
と言いますのは、企業が環境事故も環境犯罪も起こさない、廃棄物削減も粛々と進み、省エネ製品がザクザクと開発されリリースされると、ISO規格も認証も審査員もいりません。我々にとっては理想ですね。
つまり審査員から見て企業が絶対具備しなければならないものは、環境事故、環境犯罪、環境製品の困難さではないのでしょうか?
そして審査員の期待は前項が継続すること、環境担当者の能力不足、開発技術者、製造部門の無能力かと・・

c) それらのニーズ及び期待のうち、組織の順守義務となるもの
c) which of the needs and expectations become its compliance obligations?

さて利害関係者とは誰か分かった。そして利害関係者の要望も認識した。
次なることは、奴らが、いや利害関係者のみなさんのニーズや期待するものの中で法規制があり守らなければならないことを認識しておきなさいよ、ということであります。
法規制に関わらないニーズというのがあるのか、いやニーズであれば法規制に関わるのではないかという気もします。それは理屈では同じでないのはわかりますが、現実的には等しいのではないかと思います。となるとこの条項はなくても良いような気がします。



さて、goems様の問いは、「項番4.2の利害関係者のニーズ及び期待の理解」は各部門で質問することはなく、事務局あるいは環境部門に質問すればいいじゃないかということですね。
では以上を踏まえて申し上げます。

規格には、利害関係者をリストしておけとは書いてありません。またすべての人がすべての利害関係者を認識しておけとも書いてありません。
規格を満たすには、担当者は自分が関わっている利害関係者は誰かを認識して、その人たちの悩みや苦しみ知り、法に関わることも知っていることでありましょう。
でもそれって、会社で働く人は、環境に限らず仕事に必要十分なことは以前から知っているはずです。
しかし突然「環境マネジメントシステムに関連する利害関係者は誰か?」とか「組織の順守義務となるものは?」なんて日本語と思えない呪文のような言い回しで聞かれたとき、驚きのあまり頭が真っ白になっただけではないのでしょうか?

ここで追加説明することがあります。
会社で働いている人はISO規格を知らなくても良いのです。もちろんISO用語を知らなくても問題ありません。
驚くことはありません。ISO14001規格に書いてありますよね、2015年版のアネックスA.2に「この規格では、組織の環境マネジメントシステムの文書にこの規格の箇条の構造又は用語を適用することは要求していない。組織が用いる用語をこの規格で用いている用語に置き換えることも要求していない」
ということは企業の人たちは(ISO事務局の人を含めて)ISO規格など知らなくてもよいのです。現実にしている仕事の手順がISO規格を満たしていれば良いのです。

実は、ISO14001が改定される前から、同じことは決めてあったのです。
ISO14001は、企業が認証を受けるための要求事項を決めた規格です。それと違い、認証機関/審査員が、企業の審査をするときの要求事項を決めた規格としてISO17021があります。この件に関してどんなことが書いてあるでしょうか?

ISO17021:2011(2018年12月時点これが最新です)
4.4.1 認証の要求事項への適合の責任をもつのは、認証機関ではなく、依頼組織である。
4.4.2 認証機関は、認証の決定の根拠となる、十分な客観的証拠を評価する責任をもつ。

読んで字の通りです、くどいでしょうが言い換えますと、
4.4.1 審査で不適合があったら企業の責任です。
4.4.2 審査で証拠を探すのは認証機関の責任です。企業が進んで出してくるものなんて客観的証拠となりません。自分で見つけなさい。
ということです。

もっと言い換えます。
審査員が「利害関係者は誰を想定していますか?」とか「利害関係者からどんなことを要求されていますか?」とか「利害関係者の要求には法に関わることがありますか?」なんて質問はしてはいけない、それは稚拙であり幼稚であり愚かであるということです。
そんな手法はイカンよと偉大なるJABが2007年に認証機関に通知を出しています。

じゃあ、この項番についてどう質問するべきなのか?
審査員は、その企業がISO規格要求事項を満たしているか否かを知るために、企業の人たちに普通の言葉でいろいろな切り口で質問しなければならないということです。
そして企業の人たちは質問が理解できたなら、知っていることを素直に回答します。ISO規格の言葉で聞かれて質問が理解できなければ、仰ることが分かりませんと言えば良いのです。

簡単です・・・と言っても嘘ついていると思われるから、例を挙げます。
例えば、

審査員審査員「あなたのお仕事では外部の人たちとお話することがありますか?」
ガードマンガードマン「いつもここにおりますから、外部の人たちからは会社の窓口と思われています。それでときどきありますよ」
審査員審査員「苦情もあるのでしょうね?」
ガードマンガードマン「最近では、当社に出入りする車が住宅地の中の生活道路を通らないようにして欲しいと言われたことがあります」
審査員審査員「法律に関わることですか?」
ガードマンガードマン「いや通行禁止など法規制はないです。でも迷惑なのは分かりますから、総務に取り次いで善処するようにお願いしています」

注:ガードマンは社員でないことが普通だろう。だけど7.2力量のa)では「業務を組織の管理下で行う人」となっていますから、当然 組織の人としての対応が要求される。
この質問をすれば、4.2だけでなく7.2までも分かってしまったではないか。質問の仕方を工夫すれば審査員はラクチンだね。

もちろん組織の人は無制限に回答する義務はありません。知らないことや権限外で答えられないことには、答えることはありません。それは社会人としての常識でもあります。
審査員審査員「先日受けた苦情処理はどうなりましたか?」
ガードマンガードマン「それは私の担当ではないので、総務にお聞きください」
審査員審査員「あの立ち入り禁止の建物にはなにがあるのですか?」
作業者作業者「それはコンフィデンシャルです。上長にご確認ください」

注:私の経験では「コンフィデンシャルです」という言葉(拒否)をISO審査ではあまり使わなかったが、客先による二者品質監査では頻繁にあった。別のお客様へ納品するものとか、会議などを詮索されてはたまらない。
また、ISO審査で認証範囲外の場所や部門を見せないのは当然だ。プロの審査員はそういう説明をすれば納得する。イチャモンを付けるのはプロではない。

もちろんプライベートとか興味本位の質問も拒否します。
審査員審査員「体重は何キロですか?」
事務員OL「それは犯罪ですわよ、オホホホ」

そう答えるのは当然のことです。

あるいは、情報不足のこともありますし、審査員の質問が理解できないこともあります。
そのときも堂々と「知りません」と回答しましょう。
審査員審査員「環境マネジメントシステムに関連する利害関係者をご存じですか?」
事務員OL「おっしゃることが分かりませんわ、オホホホ」
審査員審査員「利害関係者の、関連するニーズ及び期待を認識してますか? すなわち要求事項のことです」
作業者作業者「はあ? 知りませんね。「すなわち」って「いいかえれば」って意味だよね、要求事項なんて言葉は知らないからいいかえるわけないわ」
審査員審査員「利害関係者が要求してくることには、法規制に関わることもあるんでしょうね?」
フォークリ
フト運転手
フォークリフト運転手「俺は弁護士じゃないから知らんな、ハイ、危ないからどいて」

ちなみにこういう回答をして不適合になる可能性はゼロです。そりゃ審査員の質問が悪いのですから無問題。もし不適合を出す認証機関があれば面白い。
まっとうな審査員なら、ISO17021を思い出して、一般人が理解できる言い回しに切り替えるでしょう。

よく裁判のドラマなどで、証人が理解できないときに弁護人や検事は「質問を変えます」とか「言い方を変えます」なんて言いますよね。質問された人が理解できないなら、質問の存在意義がありません。そして質問者の存在意義もない。
ですから審査員はコミュニケーション能力を求められる。

ISO審査員の力量としてISO17021の附属書Aで「面談の技能」を挙げている。
また附属書Dで「望ましい個人の行動」として
 c)人と上手に接する
 d)他人と効果的なやり取りをする
 g)異なる状況に容易に合わせる
 h)根気があり、目的の達成に集中する
などがある。
自分の質問が理解されなくて逆上するようでは審査員は務まらない。
相手の理解度に合わせて、自分が望む情報を得るために質問を工夫するのは、弁護士や審査員に限らず社会人が備えなければならないスキルである。

結論
  • 審査員は、組織内であればどこでも誰にでもどんな質問でもすることができる。
  • 質問された人は、自分が知ることを回答できる範囲内で誠実に答える。
    分からないことがあれば「分からない」と返して良い。
  • 適合・不適合を判断する情報収集は審査員の責任である。
    判断する十分な証拠を集められなかったなら、それは審査員の力量不足である。

    審査員が欲しいものを予期して(忖度して)提示するなんて、失礼です
    知らんふり、知らんふり


うそ800 本日の言い訳
バカバカしい余分な文章を書かないで、結論だけ書けば良いと言わないでください。
せっかくだから、今回は4.2項についての解説を書こうとしたわけで・・ついでに審査員教育までしてしまった。



goems様からお便りを頂きました(2019.12.12)
【お礼】
ありがとうございます!
かなりの長文でびっくりしました。よく理解出来ました。。
ついでに審査員教育もしていただいて・・・(^^)
毎朝、出社したら初めにチェックしています。
他のお話も毎回楽しんでいます。
たまには、解説の方もよろしくお願いします。

goems様 毎度お世話になります。
私はダジャレが服を着て歩いているような者ですから、同僚や家族に白い目で見られておりました。
goems様のお問い合わせに、真っ向から回答すると面白みがないかなと脇道にそれてみたものの、最後まで脇道だったかと心配しておりました。
そういえば、以前このような回答をしたら質問者からいたく非難を受けたことがあります。
ダジャレ人間の生きる道もなかなかつらいものであります。
これに懲りず、ときどきツッコミをお願いします。

おっと、解説と言われてもトリガがないのですよ。goems様からお題を頂ければアッという間に書き下ろす自信はありますが、なにもないと書こうとする意欲が湧きません。


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