異世界審査員162.ノモンハン事件その3

19.04.01

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

5月 9日 23:00(アメリカ東部時間)
5月10日 13:00(扶桑国時間)
5月10日 12:00(中国東部時間)

アメリカ ワシントン 戦争省の大きな会議室
幅2メートル、長さ5メートルはありそうな大きなテーブルがあり、その上に満州の地図を描いた板、そこにいくつもの戦車や飛行機の模型を置いてある。 会議室机 それぞれ実際の配置を示している。
ホッブス准将、ミラー大佐を始め、私服もいるし将官から佐官まで10数人が座っている。
一番上位の私服は戦争省長官でホッブス准将に声をかけた。

どうでもいいことだが、アメリカ陸軍省は1947年まで戦争省という名前だった。
更にどうでもいいことだが、1947年に国防総省が作られ、それまでの戦争省、海軍省と、陸軍省から空軍省が分離されてその下部組織となった。海兵隊省というのはなく、海軍省が所管している。

戦争省長官
「お互い顔は知っているな。こちらは新聞などでご存じだろうが国務省次官だ。
さて満州司令官から、モンゴルとの国境付近でソ連の侵入があり、交戦したという連絡があった。現在国務省がソ連大使館と交渉中であるが、ソ連大使館も状況を把握しておらず本国との連絡をしているところだという。
ホッブス准将から状況を報告したいと具申があり、この会議を持った。そいじゃ始めてくれ」
ホッブス准将
「ハイ、長官閣下。まず場所ですが、この地図のこの部分、満州とモンゴルの国境線が入り組んでいるところで、なにもない草原です。一番近くにある村がノモンハンといいますので、今後この場所をノモンハンと呼びます。
ここを流れるハルハ河が国境線となっております。しかし河の流れが雪解け水によって変わりやすく、以前から国境線の確定が懸案事項となっていました。
本日昼過ぎ、現地時間では真夜中ですが、ソ連兵約1個中隊が国境線を超えてきたのを偵察機が発見しました。様子を見に行ったパトロール隊が今から1時間ほど前、現地時間では昼前に向こうと出会い、越境をした目的など事情聴取中に攻撃を受け、死傷者を出し撤退しました」

満州地図

戦争省長官
「ほう、真夜中に偵察機が騎馬隊を発見したとはすごい。撃ちあいは偶発的なのか?」

偵察機が騎馬隊の侵入を見つけたわけではない。扶桑国のスパイがソ連の騎兵隊に付けた発信機の信号が国境を超えたことから発覚したのだ。

ホッブス准将
「パトロール隊からの報告では撃ちあいではなく一方的に攻撃されたとそうです」
戦争省長官
「こちらから手を出したということはないな?」
ホッブス准将
「会敵してから交渉そして交戦まで、無線で音声が送られてきてハルピンにある満州司令部で受信して紙に記録しました。私も確認しましたが、向こうが一方的に交渉を打ち切り射撃してきました。そのため被害はこちら側だけです。
まして向こうが1個中隊、こちらは1個小隊もないパトロール隊ですから、こちらが手を出すとか挑発したとは考えられません」
戦争省長官
「なるほど。それで今どういう状況なのだ?」
ホッブス准将
「ご存じのように我国は扶桑国と同盟を結んでおり、扶桑国は我国にはない高性能の偵察機を保有しており、支援を要請しました。その偵察機は数百キロ離れた飛行機を見つけることができます。
直近の報告によりますと既に国境付近まで単機で飛行している数機の偵察機らしいもの、その後方約100キロに約40機の編隊が4個 満州に向かって飛行中とのことです。
欧州大戦以前は地上部隊が前進する前に砲撃をするのが常套手段でした。今は砲撃ではなく最初にするのは飛行機による爆撃です。今こちらに向かって飛行しているのは、爆撃機とその護衛戦闘機と思われます」
戦争省長官
「宣戦布告なき戦争か、それにしても160機も飛来とは穏やかでないな。
どうするつもりだ?」
ホッブス准将
「国境線近くで交戦しては、後で国境のどちら側かはっきりせずトラブルになる恐れがあり、国境からこちら側に50キロ入ったところで要撃します。まだ外交交渉中ですからこちらから侵攻するのもないでしょう。とはいえ我が国の租借地への侵攻や攻撃は排除しなければなりません。
その線まで到達するのにあと15分ないし20分。まずはまもなく領空侵犯するだろう偵察機を片づけます」
戦争省長官
「敵が160機というと大変な数だ。要撃はできるのか?」
ホッブス准将
「満州に戦闘機は250機しかありません。第一波要撃のためにそのほとんどを上げています。第二波があれば…扶桑国に支援要請が必要かもしれません。実は予め扶桑国に打診しており、既に100機の戦闘機は大連に配備されています。大連から現地までは900キロはあり、すぐに駆けつけられる距離ではありません」
戦争省長官
「支援を要請だと……我国に戦闘機がたった250機しかないということはなかろう? なぜ事前にもっと戦闘機を配備しておかなかったのか?」

I-16とI-153
ソ連の主力であるI-16とI-153
史実では、ソ連の新鋭機I-16はスペイン内戦でデビューした。初めはドイツやスペインの複葉機を圧倒したが、ドイツのメッサーシュミットBf109が現れると対抗できず、それによりスペイン内戦は人民軍が敗北した。
スペイン内戦が収まってすぐに勃発したノモンハンでは、I-16とI-153を出してきた。I-153は複葉機であったが引き込み脚で「究極の複葉戦闘機」と呼ばれた。しかし日本陸軍の97戦に対してはI-16もI-153も劣勢で、日本の損失158機、ソ連の損失252機であった(注1)
航空戦ではランチェスター理論から機数の二乗が勢力となる。ノモンハンでは、ソ連軍900機、日本軍400機という5対1の圧倒的劣勢であったが、相手を5割も多く撃墜したのは稀有なことだ。よほど性能も技量も戦術も運も良かったとしか思えない。
なおノモンハンの航空戦はバトルオブブリテンに次いで史上2番目の大航空戦と言われる。
日本の主力97戦闘機
日本の主力97戦闘機

ホッブス准将
「スペイン内戦でソ連の新鋭機I-16は、複葉機を時代遅れにしてしまいました。我国でこれに対抗できるのは最新のP35しかありません。P35はほとんど全数満州に持っていきました」
戦争省長官
「うーむ」
ホッブス准将
「今回の戦闘は、扶桑国の先ほど申しました偵察機の協力を得て行います。つまり偵察機は発見したソ連機の位置情報を戦闘機隊に知らせるだけでなく、それを基に攻撃に最適な高度と位置に誘導し、そこから相手に気づかれる前に攻撃します」
戦争省長官
「目論見通りいくのかね?」
ミラー大佐
「お話中すみません。偵察機が国境を侵入し50キロラインに達しました。要撃戦闘機が交戦するようです。スピーカーから満州の司令部と飛行隊指揮官の交信が聞こえます」
戦争省長官
「ここから1万キロも離れたところの交信が聞けるのか。すごいもんだ」

「こちら司令部、敵機を発見したか?」
「こちら第一編隊指揮官、ただいま雲の中を飛行中で見えません。偵察機の指示に従い飛行中です」
「雲の中だと、見逃してすれ違うことはないのか?」
「偵察機はまもなく雲が切れると言います。あと数キロのはずです。
 雲から出ました。高度200m下方に発見。攻撃する」

 ……
「敵偵察機は煙を引いて草原に墜ちていきます。任務完了です」
「任務完了じゃない、編隊を組みなおし高度4000に戻せ。次のお客さんが来る。
 第三編隊、第二編隊、そちらはどうか?」

戦争省長官
「敵の偵察機は何機だ?」
ホッブス准将
「4機です。20キロほど間隔を置いて並行に飛んできました。多分この60キロの範囲に敵地上部隊が侵入するのでしょう。その露払いに空爆をする」
ミラー大佐
「満州司令部より、偵察機4機を撃墜したと報告入りました」
戦争省長官
「さっき雲の中を飛んでいると言ってたが、雲があっても発見できるのか?」
ホッブス准将
「扶桑国の偵察機の装置をあまり教えてもらえないのですが、電波を出してその反射を見るそうです」
戦争省長官
「電波か……そう言えばイギリスがそういう研究をしていると聞いたことがある(注2)極東の後進国でさえ研究をしているのか、たまげたな」
ホッブス准将
「長官閣下、扶桑国を甘く見てはいけません。国力は我国に遠く及ばないでしょうけど、科学技術はものすごく進んでいます。あのような偵察機は我国にありません。今回の作戦のために購入した爆撃機もすごいです」
戦争省長官
「そいじゃ、満州の次に攻め取るのは扶桑国だな」

ホッブス准将はあっけという顔をして戦争省長官を見つめる。

ミラー大佐
「戦闘機隊と侵入してきたソ連の編隊が間もなく接触します」
戦争省長官
「この戦闘も、その偵察機とやらの指示によって行うのか?」
ホッブス准将
「さようです。敵の位置をはるかかなたから察知して、最高の条件のところに要撃機を誘導し、一撃離脱で攻撃します。乱戦にならないよう、こちらの被害を出さないような戦法を取ります」
戦争省長官
「じゃあ、楽しみだな」

ほどなく4か所で行われた空中戦は終了し、160機中20数機を撃墜した。P35の被害は皆無だ。ソ連機は散り散りになってUターンして引き返す。
時計を見ると23時40分、空戦開始から5分も経っていない。

戦争省長官
「追撃するのか?」
ホッブス准将
「追撃する前に敵の第二波に備えなければなりません。飛んでいる飛行機を着陸させて、燃料や弾薬を補給します。
P35
敵の第一波と第二波は機体も別で操縦士も別人ですが、それを要撃する我々は飛行機も操縦士も同じです。
現地時間はお昼の12時40分。敵はこれから離陸しても2時過ぎにこちらに来ます。満州の日没は19時くらいですから、最悪第3波もあるかもしれません(注3)16時に敵飛行場を離陸、こちらに17時半着、19時帰投ですか。夜間飛行は無理でしょうからその前に戻らないと」
戦争省長官
「その偵察機というのはどこを飛んでいるのか?」
ホッブス准将
「それが不思議な話でして、戦闘区域から100キロも離れた高空を飛んでいるのです」
戦争省長官
「安全なところから指図するだけか、気楽だな」
ホッブス准将
「偵察機の戦闘とは、そういうものだと考えるべきです」
戦争省長官
「その偵察機も着陸して燃料補給をするのか?」
ホッブス准将
「いや、偵察機は8時間交代です」
戦争省長官
「なんと! 8時間も飛んでいるのか?」
ホッブス准将
「それも扶桑国から飛んで来るのです。往復を含めると飛行時間は20時間くらいになりますね」
戦争省長官
「ほう……すごいものだ」
ミラー大佐
「偵察機からの情報です。敵の第二波が離陸した模様です」
戦争省長官
「敵国内の飛行場まで偵察機は見えるのか?」
ミラー大佐
「そうです。もちろん越境しているわけではなく、先ほど言いましたが満州の上空を飛んでいます。
ええと今回も基地4か所から離陸、各編隊50機程度とのこと。国境に達するのが2時20分頃」
戦争省長官
「この戦闘は早期に終結するのかね?」
ホッブス准将
「終わらないでしょう。飛行機も戦車も向こうは在庫豊富です。ソ連はスペイン内戦前から準備していたようです。長期戦になりそうですね。
正直言って我国は戦闘機も戦車も足りません。元々戦争をするつもりがありませんでしたから」
戦争省長官
「ということは偶発的ではなく、計画的なのは間違いないな。
だいぶ前にノモンハンという本があった。あれと同じ流れか」
ホッブス准将
「あの本を書いた扶桑の研究者は今アメリカの大学で教授をしてます。実を言いまして我々の顧問をしてもらっています」
戦争省長官
「その教授はどういう結末になると見ている?」
ホッブス准将
「緒戦で徹底的に叩かないと長引き、長引けばこちらの負けだと言います。というのは寒冷地ですから9月には霜が降ります(注4)雪が降ったら戦争できません。その間にソ連は体勢を立て直し来春に再侵攻すると言います。ですから今年の夏前に、完璧に負けたと思わせないとならないと言います」
戦争省長官
「なるほど、ではとりあえずは第二波を片づけることだ。追いかけても殲滅しないと」
ホッブス准将
「越境した場合、墜落すると敵地ですから乗員が心配です。墜落しても地上から助けに行ける我が領土で戦いたいですね。第一波の敵機が墜落したところには既に地上部隊が乗員を確保に行ってます」
戦争省長官
「分かった。向こうは昼でもこちらは真夜中も過ぎた。状況確認は最低限にして交代で就寝しろ。何かあったら私に知らせてくれ。
それから明日朝記者会見とラジオで公表するための下案を作っておくように。
悪いが、ちょっと眠らせてもらう」


5月10日 01:00(アメリカ東部時間)
5月10日 15:00(扶桑国時間)
5月10日 14:00(中国東部時間)

戦争省長官と高位の軍人が部屋を出ると静かになる。

ミラー大佐
「准将閣下、第二波が飛行中です。偵察機からの情報では今回はほとんどが戦闘機だそうです」
ホッブス准将
「第一波がやられたから今回は戦闘機を片づけようというわけか」
ミラー大佐
「それから戦車隊が国境から150キロほど向こうを進軍しているといいます。遠くて細かいことは分からないようですが数百両とのことです」
ホッブス准将
「いよいよ地上軍のお出ましか。戦車が出てくる前に露払いの爆撃をしとかないと奴らも予定が狂って大変だな。
ところでミラー君、夜間爆撃はどうなっている?」
ミラー大佐
「扶桑国から通知があります。本日扶桑国夕刻16時離陸……アメリカ東部時間では真夜中2時、あと1時間後です。飛行時間が6時間弱ですか。現地到着が向こうの夜。攻撃目標は今回攻撃してきた飛行場4か所だそうです」
ホッブス准将
「頼りにしているぞ。高い金を払って中古品を買ったのだから」
ミラー大佐
「准将閣下、それにしても扶桑国の科学技術はすごいですね。夜間爆撃も自信があるのでしょう」
ホッブス准将
「君がすごいと思うところはどこだ?」
ミラー大佐
「例えば訓練時も実戦時も飛行機が故障で飛べなかったことがありません。
2年前の満州の戦いで私が空挺作戦の指揮官だったのはご存じでしょう。あのときもそうでした。
我々と隔絶というほどではないけど、ワンランク違うという感じですか」
ホッブス准将
「数年前に扶桑国の工業調査団があった。団長がジョーンズ博士といったが、その報告書を読んでおいてくれ。向こうの能率技師というか品質の専門家を招聘して我国のレベルアップをしなければならんな」

「ホッブス准将! 敵編隊が国境を超えました」

無線を傍受していた下士官が叫んだ。

ホッブスたちは向こうの無線通信を実況で聞く。
今回も乱戦にならないように指揮管制して、ソ連機を30機撃墜、我が方も3機の損害が出た。敵は前回同様にUターンして帰っていった。


5月10日 03:00(アメリカ東部時間)
5月10日 17:00(扶桑国時間)
5月10日 16:00(中国東部時間)

ミラー大佐
「偵察機からの情報です。現時点敵飛行場を離陸した飛行機はなしとのこと」
ホッブス准将
「それはどういう意味か?」
ミラー大佐
「満州との国境まで飛行時間1時間、ですからもう第三波はありません」
ホッブス准将
「なるほど、今から離陸しては帰投する前に日が暮れるか。
じゃあ今度はこちらの番だな」
ミラー大佐
「爆撃隊は今朝鮮上空ですか。しかし片道1900キロ、ものすごい長距離爆撃ですね」
ホッブス准将
「敵がこんなに足の長い爆撃機があったらと思うと恐ろしいね」
ミラー大佐
「扶桑国が敵になるかもしれませんよ」
ホッブス准将
「扶桑国を恐れて扶桑国に戦争仕掛けるより、同盟国にした方が良さそうだ。
俺はあのさくらという小娘が気に入っているんだ」


5月10日 07:30(アメリカ東部時間)
5月10日 21:30(扶桑国時間)
5月10日 20:30(中国東部時間)

俺は今までB-6爆撃機に乗っていた。異動を命じられたものの、新たに乗る飛行機が名も知らぬ東洋の国から買った、それも中古品と聞いてたまげたしがっかりした。なによりも不安でしょうがない。
半月も船に乗って扶桑国のオオムラという基地に着いた。未開人と思っていたらちゃんと英語を話すのに驚いた。
それよりも驚いたことは、B-6爆撃機が幅23m長さ15mの大きさだったが、扶桑国の爆撃機は飛行艇だが幅40m長さ26mという巨体だ。しかも巡行時速がB-6が時速170キロに比べ300キロともう桁違いだ。

操縦方法は似たようなものだ。しかし航法とか爆撃が全く初めての方法だ。
まず自分は操縦かんを握って動かすことしかしない。今どこを飛んでいるのか、どこに向かっているのか考えなくても良いのだ。操縦席前に横15インチ縦10インチほどの四角い表示板が付いている。どういう仕掛けなのか分らないが、その表示板に数字とか簡単な絵が現れる。それを見て自分は操縦かんを動かすことになる。表示板だけでなく必要な都度音声で指示がくる。

飛行する前に爆撃システムの教育があった。爆撃システムとは要するに爆撃目標地の情報収集とそこまで飛行機を飛ばし爆撃の指示そして帰投するまでの情報の流れのコントロールだ。
簡単に言えば、どのコースを飛べとかどこを爆撃するかは、すべて偵察機から目の前の表示板と音声で指示するので、その通り実施すればよい。
もちろん離陸と着陸は操縦士が行うし、万が一誘導する偵察機が撃墜されたときは、表示板が自動的に帰投する目標を表示してそれに従い帰投するという。
そんなわけで曇であろうと夜間であろうと飛行して爆撃するのに支障はない。なにしろ自分の目で探すわけじゃない。

オオムラを夕方に離陸して何と高度9000を6時間ほど飛んできた。揺れもなく時速300キロ以上と戦闘機並みの速度だ。機内は加圧され暖房もあり快適だ。疲れはない。
尾部銃座 飛行機には、機長で操縦士の俺の他、副操縦士、通信士、爆撃手の3人の合計6名が乗っている。前に乗っていた飛行機では機関士もいたがこの飛行機にはない。エンジンの不調などないからいらないそうだ。
爆撃手が3人もいるのは、爆弾投下が自動でなく手間がかかるからだ。
後尾に機関銃がついているが専任者はいない。手の空いている者が操作するという。心配で質問したら、この高度をこの速度で飛んでいれば攻撃できる戦闘機はないという。言われてみれば確かにそう思う。

ついに目標地に着いた。窓の外は真っ暗、地面を見ても街の灯もない。
ピンポンとチャイムが鳴って指揮官からのメッセージである。

爆弾

爆弾

爆弾

爆弾

爆弾

爆弾

爆弾

「諸君、昨日夜、満州にソ連軍が侵攻して来て、我が軍地上部隊と衝突があり我が軍兵士数名が戦死した。そして本日昼、2度にわたって敵の飛行隊による攻撃があった。幸い国境から侵入した直後に我が軍の戦闘機が阻止し、地上の被害はない。
我国は直ちに反撃することを決定し、我ら爆撃隊がその第一陣である。
目的地まであと数十キロ、難しいことはない、オオムラで練習したように爆弾をプレゼントしよう。
敵の飛行機や高射砲の心配をしているかもしれないが、安心して良い。今高度9,000を飛んでいる。ここまで上がって来れる敵戦闘機はない。またここまで届く高射砲もない。だから心配せず偵察機からの指示に従い爆弾を投下すればよい。
仕事が終わったらオオムラではなく、我が国が中国から租借している大連に帰投する。到着は真夜中になるが着水面は広い海面で着水するところはしっかり照明している。
なお、出発のとき説明したが、爆撃隊は4つに分かれ、それぞれ飛行場1個所を爆撃する。この高度からでは当たるとは思えない。飛行機や建物があるあたりにばらまけ。
絶対に無理するな。命中させようとして高度を下げるな。機体に異常あれば偵察機に連絡、安全な着陸場所まで誘導を依頼する。
では行こう」

爆撃そのものは難しくない。目標地につく前に爆撃手は酸素マスクをつけて後方の貨物室に行く。我々も酸素マスクをする。一応貨物室とは仕切りはあるが、万が一密閉が保たれなかった場合、室内は一挙に9000メートルの薄い空気で零下40度になる。爆撃手は大変だが奴らの仕事は30分、我々は快適なところにいるが仕事は10時間、似たようなものだ。

爆撃が開始されて数分すると、下からサーチライトが何条も照らしてくる。そして散発的に高射砲が撃ちあげられた。砲弾ははるか下の方で爆発している。そんなもの痛くも痒くもない。
約30分で爆撃は終了した。長時間かかったのは50キロ爆弾を200発も投下したからだ。積むのも落とすのも大仕事だ。
やがて後方のドアが閉まる衝撃があり、しばらくして爆撃手が戻ってきた。
指揮官機へ爆撃終了の報告をすると集合場所を指定され集まって編隊を組む。後は指定されたコースで大連まで1時間40分、気楽なコースだ。



5月10日 08:30(アメリカ東部時間)
5月10日 22:30(扶桑国時間)
5月10日 21:30(中国東部時間)

アメリカ ワシントン 戦争省の会議室
昨夜と同じメンバーがいる。戦争省長官はぐっすり寝たようですっきりしているが、ホッブス准将とミラー大佐は眠そうな目をしている。

戦争省長官
「爆撃はうまくいったと聞いたが報告を頼む」
ホッブス准将
「爆撃機100機が、昨日攻撃してきた飛行機が帰投した4つの飛行場に対して爆撃を行いました。我が方の被害はありません。
夜間ということと高高度からの爆撃のためかなり分散しました。まだ現地は夜が明けていませんので効果のほどは分かりません。現地時間の明日早朝に偵察機が越境して写真を撮ります。
こればっかりは、現地上空でなければ分かりません」
戦争省長官
「一か所当たり爆弾を250トンも落としたのだろう。壊滅状態ではないのか」
ホッブス准将
「閣下、飛行機は分散して掩体壕などに隠しますので、そんなにうまくはいきません。滑走路は破壊しても半日もあればブルドーザーで復旧するでしょう」
戦争省長官
「すると二度か三度、爆撃をするのか?」
ホッブス准将
「仮に今回の爆撃で飛行機を破壊したとしても、ソ連はバックヤードに1000機用意しているのを偵察機が見つけています。そこから前線の飛行場に運ぶのに1日あれば十分です」
戦争省長官
「ソ連は相当前から準備していたということか」
ホッブス准将
「彼の国はシベリア出兵からずっと満州の利権と不凍港ウラジオストクの奪還を計画していたでしょう。一昨年、満州にソ連が侵攻してきました。そのときは中華民国と我国が連携して追い返しました。そして今回です」
戦争省長官
「今後の見通しは?」
ホッブス准将
「することは決まっています。飛んでくる飛行機があれば墜とす、向こうの飛行場を爆撃する。地上部隊が来れば撃破する。その繰り返しです」
戦争省長官
「いつまで?」
ホッブス准将
「スターリンが諦めるまでです。さもなければ我々が満州を諦めることになるでしょう。
満州には既にアメリカ人25万人が入植しています。引き上げるとなると暴動が起きます。大統領が罷免されるかもしれません」
戦争省長官
「いくらなんでもそれは大げさだろう。
ともかく爆弾と飛行機の生産が急務だな」
ホッブス准将
「爆弾は大連に5000トンほどあります。とはいえそれは爆撃5回分です。毎日行えば5日でおしまいです。
昨日の戦闘で敵機を50機近く撃墜しましたが、我が方も被撃墜と帰投した後で修理不可と判断し廃棄したもので8機になります。毎日8機の損失とすると単純計算でひと月でゼロになります。
飛行機も爆弾も生産していますが、満州まで運ぶのに半月、戦いを継続するのも大変です」
戦争省長官
「ソ連だって1000機あっても毎日50機失えば20日でゼロになる」
ホッブス准将
「確かに、しかしいつまで我が方の優勢が維持できるか…」
戦争省長官
「変わる要因があるのか?」
ホッブス准将
「昨夜、ソ連の高射砲は我が方の爆撃機に届きませんでした。
でも今頃は高高度用の高射砲を持ち込む手配をしているでしょう。その他、国境付近の見張りを強化して、爆撃機の侵入を検知したら戦闘機を飛ばして待ち構えるとか対策を取ったはずです」
戦争省長官
「行き着くところは消耗戦だな」
ホッブス准将
「満州は現在租借地ですが、入植者がいますから我国の領土同然です。それを防衛するのは当然です。
そして防衛戦争に多くの犠牲が出れば、国民は満州を我が国の領土にしろと主張するでしょう。そうすると今度は中華民国との戦いです」
戦争省長官
「分かった。広報発表の用意はできているか?
おーい! 国務省からの連絡はあるか」


うそ800 本日思い出したこと
映画「ファイナルカウントダウン」とは40年も前の1980年の映画でアメリカの空母ニミッツが突然嵐に巻き込まれ、 サムライ 現れたところが1941年の真珠湾攻撃直前のハワイ島沖というお話。まあ、誰でも考え付く安易なお話だ。当時最新鋭のF14で半世紀前のゼロ戦を撃墜しても面白くもない。
「戦国自衛隊」の映画は観ていないが、半村良の小説では初めは20世紀の武器で大勝利するけどすぐに弾薬も燃料もなくなる。それからは自衛隊員が知恵を駆使して武器や戦術を考えて戦い、勝ち続けるところに醍醐味がある。
人間の価値は知識でなくて知恵だ。クイズが得意よりもパズルが得意でなくちゃ

注:クイズとは知識で解くもので、パズルは知恵と工夫を必要とするもの。ひな壇番組で出されるのはすべてクイズである。
クイズ王なんて自慢にならん、アインシュタインより知恵があるなら自慢してよし!


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注1
「ノモンハン航空戦全史」D.ネディアルコフ、芙蓉書房、2010

注2
レーダーはイギリスとドイツが1930年代に研究を開始し、イギリスは1940年に実用化した。1942年にはPPIスコープ(平面座標指示画面)を使用するようになる。

注3
注4

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