異世界審査員161.ノモンハン事件その2

19.03.28

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。

異世界審査員物語とは

戦争には上陸作戦がつきものだ。過去より世界中で行われ、第二次大戦では南太平洋でこれでもかとアメリカ軍にやられたし、開戦当時は日本もじゃんじゃんやった。
過去最大のものはノルマンディー上陸作戦だろう。「史上最大の作戦」というのは嘘ではない(注1)連合国側が133万人、ドイツ側が38万人というのもすごいが、戦死者もそれぞれ12万人、11万人とすごい。上陸初日に連合国側の1万人が戦死したという。
と言っても東京大空襲では一夜で8万人(10万説もあり)亡くなったのだから、たまげることはない。それに自ら戦いに行ったのと、日常生活で理不尽に殺されたのは大違いだ。

ところでノルマンディー上陸作戦に133万が参戦したと言っても、全員が一度に上陸したわけではない。航空機や艦船の人たちは上陸しないし、海からでなく空から舞い降りた空挺部隊だって何万人もいた。
ノルマンディー上陸作戦 海岸から上陸した人数は作戦開始初日で15万人、1週間で36万人という。それ以降ともなれば敵前上陸ではなく、安全な港の岸壁から上陸したのだろう。
ちょっと考えただけで、この上陸作戦を実行するのは大変なことだとわかる。初日の敵前上陸だけみても、15万人が上陸するためには海岸幅いくらほど必要だろうか? 仮に1キロ幅とすると1メートルあたり150人、これでは市民マラソンのスタート並みで、身を隠すどころではない。1メートルあたり10人としても海岸幅は15キロになる。
実際にはフランスのコタンタン半島から湾の反対側のル・アーブルまでの130キロくらいの範囲のいくつもの海岸に上陸している。当時の写真を見ると海岸近くの海面には上陸する兵士を乗せた船や軍艦がぎっしりだ(注2)
その中の一つオマハビーチでは、幅5.6キロの浜に34,000名の兵士が上陸した。1メートルあたり6名である。他も同様とすると初日に上陸した海岸の幅は25キロとなる。25キロというと、お台場から海岸線に沿って葛西臨海公園を経て、ディズニーランドを過ぎ、谷津干潟を過ぎ、幕張のコストコあたりまでになる。それほどの長さの海岸がないと15万人が上陸できない。もちろん人だけでなく様々な物資と戦車などを陸揚げした。

では陸上で侵攻作戦をする場合、兵士の密度はいかほどが良いのだろう? きっと計算式があるのだろうが、私は知らない。
つまらないことだがそんなことを考えると面白い、私には。


1930年5月 9日 14:00(アメリカ東部時間)
1930年5月10日 04:00(扶桑国時間)
1930年5月10日 03:00(中国東部時間)

アメリカ ワシントン 戦争省
ホッブス准将、ミラー大佐、さくら、石原がいる。

ホッブス准将
「昨日、扶桑国全権大使と我国で不可侵条約が締結された。これで一安心だ」
さくら
「良かったです。根拠がなければ我が国も支援に動けませんからね。
早速ですが数時間前、我国の偵察機がソ連軍1個中隊ほどの騎馬隊が越境したのを発見しました。夜なので詳細は分かりませんが、戦車などはないそうです」
ホッブス准将
「いよいよか、すぐに調査隊を出そう。飛行機で見ただけでは何とも言えない」

さくらは報告書と、発見場所が印された地図などをホッブス准将に渡す。
ホッブス准将は腕時計を見る。

ホッブス准将
「今、午後二時か。満州は……」
ミラー大佐
「真夜中の3時です。直ちにチチハルの司令部に指示します。朝、最寄りの駐屯地から出発すれば、昼過ぎにはこの場所に着けるでしょう」
さくら
「戦闘になりますか?」
ミラー大佐
「どうだろう、なぜか?」
さくら
「報告書にもありますが、偵察機からの情報では1個中隊の騎兵隊ということでした。こちらの調査隊が小隊規模では証拠隠滅のために殲滅されるかなと」
ミラー大佐
「立ち入りの理由を確認するだけなら戦闘にはならないだろう」
ホッブス准将
「扶桑国から貸与された無線機を持たせろ。発見したら実況中継させるんだ」
ミラー大佐
「承知しました。直ちに伝えます」

ミラー大佐が部屋を出ていく。

ホッブス准将
「あいつも少し殊勝になったようだ。戦場で指揮を執っている人間は、文官を馬鹿にする。ミラーが石原君が士官学校の秀才で陸軍大尉だったなんて知ったら腰を抜かすだろう」
さくら
「兵士でも敵の1個中隊に10騎くらいで相対したら恐怖でしょうね」
ホッブス准将
「ドクター石原、その1個中隊は何のためだろう?」
石原莞爾
「想像です。一挙に奇襲攻撃をするのでは大義名分が立たないから、軽武装の小部隊で国境警備中に、ソ連側に越境してきたアメリカ軍あるいは中華民国軍と交戦して大きくなったということにするのでは?」
ホッブス准将
「それって、こちらが越境した言われる恐れもあるのか?」
石原莞爾
「もう10年近く前、あのへんを彷徨ったことがあります。
町どころか人家もなく草原でランドマークがなく、自分がいるところが分かりません。国境は主に川で分けられていますが、川の流れは春先に雪解け水で変わることもあります(注3)
ホッブス准将
「そういえばドクターの書いた本で、ソ連軍が国境をずらして入植地に攻め入る場面があったな」
石原莞爾
「あれは若気の至りです。今、読み直すと恥ずかしいです」
さくら
「船のように六分儀とかでは所在を定めることはできないのですか」
ホッブス准将
「所在を確認する方法はあるだろう。しかし相手が侵略する気なら位置を調べても意味はないな」

ミラー大佐が戻ってきた。

ミラー大佐
「報告が2件あります。
ひとつ、先ほどの件、調査隊を未明に出すとのことです。
ひとつ、スペイン内戦がまもなく終わりそうという情報です」
ホッブス准将
「ほう! スペイン内戦はもう終わりか。随分と早かったな」
ミラー大佐
「ここ数日のフランコ軍の大攻撃で人民戦線が大敗しました。ソ連軍は派遣した正規軍に被害が出る前に早いとこ引き上げることにしたようです。ソ連軍の支援がなければ政府軍はあっという間に崩壊します。
人民戦線の残党はフランス国境を目指し敗走していて、フランスに亡命を求めるようです。
情報部の見解ですが、今後ソ連はスペインから手を引き満州の戦いに注力するのではとのことです」
ホッブス准将
「ソ連と言えど二方面の戦いは大変か。ともかく満州の戦いは間もなくか。
でもさ、スペインから兵隊を引き揚げてシベリアまで運んで来れば2週間や3週間はかかるだろう?」
ミラー大佐
「兵隊や武器はいくらでもあるでしょう。そうじゃなくて、物資とか経済力から一度に戦えるのが一方面ということではないですかね」
ホッブス准将
「話を戻す。ミラー君がいないとき、満州国境で小競り合いが起きたらどうしようかと話していたのだ。小競り合いが起きた場所を特定する方法はあるのか?
いや、向こうが国境のソ連側と言い出したときどうするかだが……」
さくら
「未明に偵察機を低空で飛ばし、越境を警告するビラをまきましょうか」
ホッブス准将
「効果があるかどうか……待てよ、派遣したパトロール隊が向こうと会敵するとき上空を飛ぶことはできるか?」
さくら
「それは可能です」
ホッブス准将
「飛行機が上空を飛んでいれば地上での交戦を抑止できないか?」
石原莞爾
「効果があるかどうかはともかく、我々が状況を見守ることはできますね」
ホッブス准将
「オイオイ、まるで我々が直接上空から様子を見られるように言うねえ〜」
石原莞爾
「リアルタイムではできませんが、数時間後に現地を撮影した写真は手に入りますよ(注4)
ホッブス准将
「それ頼むわ。向こうの早朝というとこちらでは……」
石原莞爾
「今日の夜10時頃ですか」
ホッブス准将
「では今はすることはない。明日朝会おう」


5月 9日 17:00(アメリカ東部時間)
5月10日 07:00(扶桑国時間)
5月10日 06:00(中国東部時間)

在アメリカ扶桑国領事館
中野、伊丹、岩間、さくら、石原がいる。
さくらはホッブス准将との打ち合わせ報告と、偵察機によるソ連軍とアメリカ軍パトロール隊の会合場所での低空飛行を依頼した。

岩屋
「分かった。偵察機はソ連軍とパトロール隊の位置は把握している。明日朝に上空を低空飛行させよう」
石原莞爾
「好奇心からお聞きしますが、偵察機は、向こうの偵察隊とかアメリカのパトロール隊の位置をどのような方法で把握しているのですか?」
岩屋
「アメリカには我国の無線機を貸与している。無線機は通信時以外も、常時所在を知らせる電波を発信しているので、どこにあるかが分かる。元々はアメリカ軍が無線機を盗難するのを防ぐためだがね。
ソ連軍の方は、我々に協力しているモンゴル族や満州族が出会った時に発信器を荷物の中に放り込んでいる」
石原莞爾
「軍隊に現地人が近づけば警戒されるでしょう」
岩屋
「ロシア人は現地人そのものを無視しているからね。ともかくそういうわけで、双方の位置を数十メートル以内の誤差で把握している」
さくら
「今どんな塩梅ですか?」
岩屋
「今、現地時間で朝6時、夜が明けたところだ。双方の距離は約30キロ。ソ連軍は宿営しているがアメリカのパトロール隊は移動中だ。とはいえ馬も人も疲れているだろう。3時間では無理だろう。お昼前ではないかな?」
石原莞爾
「上空からの監視は大丈夫ですね?」
岩屋
「大丈夫、双方とも自分たちの所在が知られていることに驚くだろう」
中野部長
「低空飛行することになにか意味があるのか?」
石原莞爾
「ソ連がアメリカのパトロール隊を皆殺しにするのではないかと懸念しています。それを見ている第三者がいれば、それはないかと思います」
中野部長
「どういう話をするのだろう?」
さくら
「ソ連側は国境のソ連側であると主張するし、アメリカ側はそうでないと主張します。平和的に済めば双方が分かれて本隊に報告となるでしょう。しかしお互いがエスカレートして戦闘になる恐れがあります」
石原莞爾
「あるいは初めから紛争にするつもりかもしれません」
中野部長
「所在が国境のどちらか側かをはっきりさせられれば良いのか?」
伊丹
「いや、もっと悪質だと思います。奴らは国境を動かすなんて何とも思ってないでしょう」
中野部長
「なるほど、引けば相手はどんどんと押してくるか…ヤクザみたいだな」
さくら
「扶桑国の飛行隊に参戦を求められました。断りました」
中野部長
「我々のレベルでは回答できない。内閣には状況報告はしているが、まずアメリカとソ連が戦闘状態にならなければ我国は手を出せないよ。
ソ連が攻撃してきて、それにアメリカが反撃を表明すれば支援する。そうでなければ脇から見ているだけだ」
さくら
「売却した爆撃機を、アメリカが独自に運用するときは?」
中野部長
「我国の偵察機が誘導しなければ何もできない。そもそも目的地にたどり着けない」
石原莞爾
「なるほど、いずれ様子見ですね」
中野部長
「進展があったら連絡する。二人とも当分は領事館に泊まるように」


5月 9日 22:00(アメリカ東部時間)
5月10日 12:00(扶桑国時間)
5月10日 11:00(中国東部時間)

扶桑国在アメリカ領事館
中野、伊丹、岩屋、さくら、石原がいる。

中野部長
「先ほどから間もないが進展があった。
ソ連側とアメリカ側が出会って交渉中に撃ちあいになり、双方に死傷者がでた。アメリカ側は戦死者を残して退却した」
石原莞爾
「上空の飛行機は効果がなかったですか?」
中野部長
「飛行機に対しても自動小銃らしきもので対空射撃をしたらしい。高度100mほどの低空飛行だったが当たるわけはない。連中は戦争にしたいのは間違いない。
偵察機が撮影した空中写真はこれだ」

中野は10枚ほどのA4くらいの大きさの白黒写真を机の上に並べた。馬に乗った兵士が100人ほどと10人ほどの二つに分かれているもの、数人が地面に倒れている写真、兵士が大きく動いている様子が写っている。ズームイン・ズームアウトいろいろあるが、いずれも鮮明である。

さくら
「アメリカ軍のパトロール隊は無線機を持っていたはずです。アメリカの駐屯地へ報告したのでしょうか?」
岩屋
「ああ、チチハルにいる諜報員がその無線を傍受した。既にワシントンには報告が行っているだろう」
さくら
「この写真はホッブス准将に見せてもよろしいですね」
中野部長
「昨年、写真電送が実用化されたというから問題ない。だからこれは白黒写真にしてきた」
さくら
「これからはアメリカが外交ルートでソ連軍の満州への侵入と攻撃があったことの報告と、謝罪要求となるわけですね」
中野部長
「既にソ連が満州に侵攻したというニュースは、大連のアメリカ公館が公報して世界中に報道された。そちらは今夜中だから、アメリカ政府の発表は明日朝一番だろう(注5)
そしてソ連はアメリカが侵入したと言い返し、大挙して進撃すると思うね」
さくら
「ではとりあえずはホッブス准将のお声がかりを待つだけですね」
電話
そう言った時、部屋の電話が鳴った。
さくらが出ると領事館員からで、ホッブス将軍からさくらに電話が入っているという。即、つないでもらう。
さくらは受話器の耳当てを少し耳から話して声が漏れるようにする。皆近くにいるから聞こえるだろう。

ホッブス准将
「やあ、天才さくら姫、ロシアが君の予言通り行動した。大統領と話して、満州の司令官に対戦車砲部隊の前進と飛行隊出撃準備を命じた。もちろん歩兵部隊も前進させる。
扶桑国の大村基地にいる飛行艇部隊は出撃準備にかかっている。
それから国境から100キロ圏内の農家には避難命令を出した。ちょっと遅いが、やむ得ない」
さくら
「了解しました。それで扶桑国へ要請することは何でしょう?」
ホッブス准将
「もちろん正規の外交ルートで要請するが、どうせさくらは今 領事館で向こうのトップと電話会議中だろう。さくらに頼む。
ひとつ、敵飛行機が来たら扶桑国戦闘機に要撃に協力してほしいこと、そして航空管制をすること
ひとつ、対戦車砲隊の管制を頼むこと
ひとつ、敵戦車隊が国境を超えた時点で大村湾から敵基地攻撃隊を発信したい。その誘導管制を頼むこと」
さくら
「その要請、明日朝に貴国政府が公報発表した以降なら了解します。
速やかに我国外務省へ正式な要請をお願いします。私はすぐ内閣へ報告します」
ホッブス准将
「承知した」

電話を切る。

さくら
「お父さま、よろしかったですか?」
中野部長
「よろしい。ではもう寝なさい。明日は忙しくなる。こちらはお昼だ。これからどうなるかウォッチしなければ」

どうでもいいこと: 国家中枢が戦争や災害の現地情報をリアルタイムで知ることができたら対策も判断も確実に速やかに行えるだろう。
第二次大戦前は戦車同士のコミュニケーション手段は手旗ていどだったし、第二次大戦中でも戦車小隊長まで無線があっただけらしい。
朝鮮戦争やベトナム戦争までは小隊に1名通信機を背負った通信兵がいたが、どんどん技術が進み隊長が直接上位指揮官と情報交換できるようになり、兵士同士も交信できるようになった。
POSシステムは品物の動きだけだが、人の動きとか認識の情報まで中央に集めることができれば、バイトテロなどは起きないかもしれない。

さくら
「岩屋叔父様、敵戦闘機隊が地上にいるとき叩きたいのですが」
岩屋
I-16
「既にソ連の飛行隊は離陸して満州へ飛行中だ。だから最初の空襲は防ぎようがない。
報復爆撃は今夜予定していて大村基地出撃が本日16時、あと4時間後だ。敵飛行場は複数だろうから、帰投する敵飛行場を把握しておく。
爆撃隊を分散させても、1個所だけでなくすべての飛行場を爆撃すべきだろうな」
さくら
「上手くいってほしいです。我国が売った飛行機が役に立つところを示さないと先々やりにくいですから。
今夜、敵飛行機が壊滅したら地上部隊は撤退するでしょうね」
石原莞爾
「飛行機は分散させてかつ掩体壕に隠しているだろうから、簡単に行きませんよ。2・3割破壊できれば御の字です」
中野部長
「それに被害を出しても短期間ではソ連も収まらないだろう」
さくら
「えっ、どうしてですか?」
中野部長
「独ソ不可侵条約を結んで西側の安全を確保した。このめったにない機会に満州を取ろうするから少しの損害では諦めないだろう」

* 史実は順序が逆で、東側でノモンハン戦争が激しくなり、西側の憂いを無くすためソ連は独ソ不可侵条約を結んだ。
ヒトラーはおかげで東側の脅威がなくなったために西進を図ったわけだ。いずれにしても世界中の出来事はつながっている。


さくら
「ソ連は被害を出しても長引きますか、考えなければなりませんね。
ところで入植者は避難できたのでしょうか?」
岩屋
「さくらが懸念したようにアメリカは意図的に避難を遅らせたようだ。それでも小競り合い前に避難を開始したから、本日夕刻に起きるだろう戦闘前にはなんとかなるだろう」
さくら
「それはようございました。どこもいろいろ考えがありしがらみがありますから面倒ですね」
中野部長
「だが、先ほども言ったが、明日敗退しても敵は侵攻を止める保証はない。向こうの後背地には戦車も飛行機も大量の予備がある。こちらは前もって準備していたわけではなく1カ月以上継戦するのは難しい。アメリカも扶桑国も飛行機は少ないし爆弾の備蓄も少ない。
ひと月で戦いが収束しないと、こちらの弾薬が尽きる。それに扶桑国もアメリカも厭戦に世論が傾く」
さくら
「1カ月戦ったら相手が諦める、その筋書きは難しそうですね」


うそ800 本日思い出したこと
「史上最大の作戦」という映画は私が中学生の時に公開された。アメリカと日本の戦争映画は、出てくる日本兵は変だし日本がやられる場面ばかりで面白くない。欧州戦線の映画はやられるのがドイツ兵なので楽しく見られた。
ただ映画としてはオールスターの顔見世のような感じでいささか食傷気味。「西部開拓史」そうだし「アラモ」もアメリカの大作はみなそんな感じ。
なんでそういう顔見世映画を作るのか私にはわからない。大好きなスターが出てくればストーリーなどどうでもいいという人も多いのだろうか?

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注1
「史上最大の作戦」という表現は、映画「The Longest Day」に日本向けのタイトルとして水野晴郎が名付けたにすぎない。
ノルマンディー上陸作戦が「Greatest strategy ever」とか「The greatest Operation」と英語で呼ばれていたわけではない。
ついでに言えば「The Longest Day」という原題にも特段の意味はないようだ。複数のウェブ英英辞典を見たが、「夏至」とか「映画のタイトル」しか出てこない。英語版googleでも、「映画のタイトル」と「映画のタイトルからD dayを意味する」という記述しかなかった。映画がなければD dayが「一番長い日」と呼ばれることもなかったのだ。

注2
注3
ノモンハン事件の発端はハルハ河を国境にしていたのが、河の流れが変わってもめたとも言われている。
Cf.「ノモンハン事件の真相と戦果」小田洋次郎 他、有明書院、2002

注4
無線による写真電送は1929年に実用化された。
もっとも石原はテレビを思い浮かべていただろう。

注5
ラジオ放送はアメリカでは1920、日本では1925年開始である。この物語の1930年にはアメリカでは既にラジオの黄金時代だった。
ラジオ聴取者100万人突破の時代



外資社員様からお便りを頂きました(2019.03.28)
ORのお話し、大変興味深い読んでおります。 日本が英米に大敗したのは物量のせいだと言う人が多いですが、それ以上に質の問題がありますよね。 ORやレーダによる射撃管制などは、まさにソフトの質ですね。
兵器についてですが、私も詳しくないですが、トラックに大砲、飛行艇の爆撃が実用されなかったのは理由があるのだと思います。 ゲリラなどがピックアップトラックに砲を乗せているのは、無反動砲かミサイルで反動がないからです。 ここに対戦車に使えるような砲を乗せたら、反動でひっくり返ります。 後方に向けて撃ってもサスペンションが耐えられないと思います。
実際の砲は、地面に砲鍬を食い込まして、砲架が反動を受け止めて撃ちます。
これをトラックの上で行うのは無理だと思います。最低でも、クレーンのついたトラックのように両側に固定用の足4本が必要とおもいます。

飛行艇の後方から爆弾投下は可能ですが、精密爆撃は無理ですね。 放出速度と角度を制御して、更に機速、風速、高度を考えると、かなり高度な計算をしないと、おおまかな狙いも付かないと思います。
そうした問題を、さくらさん達なら何とかしそうにも思えますが。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
おっしゃるようにタイヤの車両で大砲を射撃できるようになったのは近年ですし、行進射撃とか連射できるようになったのは16式機動戦闘車(2016)が初めてだそうです。
でも155mmりゅう弾砲なんてタイヤを横にして撃ってますから、トラックに大砲を固定しても車体をアウトリガーで固定すればどうかなって気はします。なにせ当時の対戦車砲は世界的に口径37mmが標準で、重量も300キロから400キロ程度でした。このお話で47mm程度ですから大丈夫じゃなかなって気がします。
おっと、責任は持てません。
この物語の扶桑国は現実より10年くらい進んでいると想定しています。年代だけはこの物語と同じ史実の満州事変(1931)では、石原莞爾の伝記によると飛行機から爆弾を手で持って投下しました。命中する以前に照準どころではありません。はたして高度9000とか1万から投下してどこに行くのか、金田でしたっけ「球のゆくえは球に聞け」というくらいなのでしょうね。まっとうな爆撃照準器は1943年頃からです。
車から対戦車砲を撃つのはRPG(1972〜)以降、真の爆弾はスマート爆弾(1972〜)からということなのでしょうね。
科学・技術の進歩がなければ国力もなく、戦力もないということなのでしょう。

2019.03.29追加
対戦車砲弾のエネルギー計算をしてみました。
37mm対戦車砲には種々ありますが、
時代国名型名弾頭重量(g)初速(m/s)MJ(メガジュール)
第二次大戦日本94式榴弾6455830.11
94式徹甲弾7005740.12
ドイツAP-HE6857450.19
APCR36510200.19
アメリカM74徹甲弾8708840.34
M63榴弾7307920.22
2019年現在アメリカ
日本
M735
L66A4
410014904.55
2019年は37ミリではなく105ミリです。今は37ミリなんて大砲は存在しません。
    参考にしたところ
  1. 九四式三十七粍戦車砲
  2. 3.7 cm PaK 36
  3. M3 37mm砲
  4. APFSDS
  5. 初速:ジュール(J)計算フォーム
確かにトラックで37mm砲を撃てばそうとう揺さぶられるでしょう。
ただ九四式37mm速射砲は327kg、トラックに積めばトラックや弾薬を含めて総重量2〜3トン、それに対して16式機動戦闘車は26トンです。エネルギー量は105mmの2.5%ですが、全体重量は1割になりますから、アウトリガーで完全に固定できるならどうかなという気はします。
どんなものでしょうか?
ただ表にして驚きましたが、同じ37mm対戦車砲といっても、日本はアメリカ・ドイツに比べて半分のエネルギーしかありません。これは悲しい。技術がないことより、対戦車砲を撃つ兵士が可哀そうです。

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