環境目標

19.09.30

ISO規格も認証も、もう世間に膾炙し情報は溢れるほどある。今更ノウハウとかノウホワイを学ぶ時代じゃなくなりました。
一方、認証件数は坂道を転がり落ちるような塩梅で、仕事がなくなるのを恐れた認証機関も審査員も、20世紀にはよく見かけましたが意地悪いお姑さんのように審査で重箱の隅をつつくようなイチャモンをつけなくなりました。
そんなこんなで、審査では審査員が理不尽で不毛な議論はなくなったようです。

ということで私も時代に合わせて、ガチンコ勝負は止めて、ちょっとおかしいだろうとか、間違いじゃないか、ということを語っていこうかと、ギアチエンジすることにしました。

語ることをやめてもいいぞといわれるかもしれませんが、まあ年寄りの暇つぶしですからお許しください。報道する自由と報道しない自由があるように、私に発言する自由もあれば皆さんは耳を貸さない自由もあります。


まずは小林 旭で一曲いきましょう……

ロックをダブルで
1996年には 目的と呼ばれたの〜♪
2004年も変わりはなくて、
2015年じゃ 目標と名乗ったの〜♪
規格が変わったその日から
あなたがさがして くれるの待つわ
変えた名前で出ています〜♪
ギター


本日は「目標」について考えます。いえ、「目標」についての妄想を語るだけです。
「目標」とは、そう、お気づきのように、2015年改定前までは「目的」と訳されていたものでございます。
おっと、日本語訳が変わっただけで、原文は「objective」で変わっていません。そしてISO9001では、1987年から「objective」を「目標」と訳していたのは内緒です。

振り返ればISO9001でも14001でも、規格改定のたびに原文は変わっていなくても、翻訳がコロコロと変ったことは珍しくありません。日本語訳が変わったときその説明がなく、後でエッとなったことも何度もあります。読む方は一語一句真剣に見ているのですから、翻訳には命をかけてくださいね。
とんでもない翻訳として、過去には原文がひとつの文章なのに、日本語訳では二つの文章になっていたものもありました。足りない単語はどこから見繕ってきたのでしょう?
そんなことで日本語訳であるJIS規格は信用なりません。

ところで1996年版と2004年版では、「objective」と「purpose」と原文では全く異なるふたつの言葉が日本語では同じ「目的」と訳されていました。異なる単語を同じ日本語に訳して大丈夫なのでしょうか?

purpose行動や判断などの理由や意図のこと。決意の意味もある。
objective達成する目標のこと。ゴールとほぼ同じ。
同じ意味でobjectも使われるが、objectは"もの"を意味することが多い。

参考までに: 他にも日本語で目標と訳される言葉がいくつもあります。
goalobjectiveと同じく、達成すべきこと
aim「狙う」とか「狙うところ」というニュアンスが強く、targetと同義
targetaimとほとんど同じ。遠くの目標を攻略するためにとりあえず目指すところ。
ISO14001:1996と2004では「目標」と訳されていました。

「purpose」が使われていたのは、2004年版の4.4.5文書管理で、「これらを何らかの目的で保持する場合には、適切な識別をする」ですから、まさしく「purpose」です。2015年版でも同じことを規定していますが、2004年版では2センテンスだったのを1センテンスにしたので、代名詞としてのpurposeがなくなった。
しかしひとつの規格の中で、全く意味の異なる二つの語を、同じ「目的」と訳したのは失敗でしょう。JIS訳するとき、一つの英単語は常に同じ日本語に訳すという決まりがあるそうですが、別の単語を同じ日本語に訳さないというルールも作るべきです。

さて2004年版では原文では、目標という意味に「objective」と「target」のふたつの単語が存在したから、日本語でそれぞれに「目的」と「目標」を使ったというのは言い訳というか言い逃れでしょう。
「objective」を「目的」と称するのは、別の箇所で「purpose」を目的としていることと、以前からあるISO9001では1987年版の翻訳の時から「objective」を「目標」としていたことを踏まえれば、ISO14001でも「objective」を「目標」とするべきだったと考えます。

「objective」を「目標」としても「target」の訳語に困ることはないはずです。某認証機関の講習会で、ロシア語では「objective」を「的(まと)」、「target」を「狙い」と訳したという解説を聞いたことがあります。ほんとかどうかわかりませんが、芳しくない。というのは同じ規格で「objective」を「目的」としたのですから混乱の元ですし、あげくには「目的は3年後の目標のこと」なんて珍説が産まれたと思いますよ。ともかく「objective」がおかしく理解され審査が行われたのは、翻訳によって発生した問題だ。

「objective」の意味をもう少し考えてみよう。
「目的・目標」なんて言い方をすることもあるが、「目的」と「目標」は別物だ。双方とも「目指すもの」ではあるが、「目的」は最終的に実現や到達を目指すものであり、「目標」とはとりあえず目指すものを意味する。
これは日本語の辞書を引いてもダメだ。第一義にはISO14001の英語の定義によるわけだが、理解するためには英語の語義を確認する必要がある。規格の定義だけでは真意に至ることはできないと思うから。

ロングマン英英辞典によるとobjectiveは
1 something that you are trying hard to achieve, especially in business or politics
達成しようとしていること、特にビジネスや政治で使う
2a place that you are trying to reach, especially in a military attack
特に軍事攻撃において、あなたが到達しようとしている場所

単語の語義からは「達成したもの」でなく、「自動的に達成できるもの」でもなく、意志をもって「達成しようとするもの」であることは間違いない。

2015年版ISO14001の定義では、3.2.5目標objectiveでは「達成する結果」となっている。しかし原語はどうか? と見れば「result to be achieved」だ。「to be」だから直訳すると「達成すべき結果」ではないか。日本語で「達成する」は終止形か連体形であり、意思とか義務というニュアンスは薄い。「する」という終止形あるいは連体形と、「すべき」という「する+べき」が持つ意思あるいは命令のニュアンスとは大きく違うだろう。
翻訳は原語の意味が日本語訳に反映されているとは思えない。

英語の単語と日本語の単語は1対1でないことはもちろんで、「result」には結果だけでなく、成果、効果、成り行き、できばえ、産物、来たる、などの訳が辞書にある。
日本語の「結果」には終わってしまったというニュアンスであるが、resultはなにごとかによってどうなるかであり、過去ではない。

登山 さてそういうことを踏まえると「objective」と「target」の違いは明快だ。
登山で言えば、我々の「objective」は山頂であり、今日の「target」は山小屋である。

しかし某認証機関が口を酸っぱくして言っていた「目的が3年」ということは絶対にない。
実際の審査で、欧州で含有物質規制が施行されるので対策完了を欧州の規制開始時にしていたとき、審査で達成期限が3年以内だからそれは目的にならないと言われた。
バッカじゃなかろか
現実とかけ離れた空理空論がISO14001の意図なのであろうか!
そういう発想をする審査員がいたから(ひょっとして現在もか?)ISO審査が揶揄されて、ISO認証の価値が暴落したのだよ、
逆に時期が3年以上先であっても、最終到達点でなければそれはあくまでも「long term target」であり、「objective」ではない。

ともかく、ここまでをまとめると、目的であろうと目標であろうと、objectiveは「達成すべき成果」であるということだ。「達成する結果」ではない。
では次に進む。

それだけではない。現実においては状況によっては「objective」がなく「target」だけ立てることもあり、「objective」はあるのだが方法が思いつかず、「target」が立てられないこともある。それがISO規格要件を欠くのであっても、現実は変えられない。

似たようなものに、根本原因の対策(是正処置)をしていないから不適合ですと言われたこともある。そりゃ学校の試験なら正解があるから、それにたどり着けないと不合格というのは納得する。だが現実には技術的に未解決のこともあり、材料入手や法規制などによって根本対策がとれないこともある。不具合の除去だけで当分凌ぐしかないということも、経営判断としてあり得るのだ。

長々と駄文が続いたが、元々がひとつのことに考えをめぐらす(妄想する)ことが目的(purpose)だからイチャモンは付けないでほしい。

さて、いよいよ本題である……今までは何だったのかなんて言ってはいけない 
「目的」は「達成すべき成果」であるが、「達成すべき成果」はなんなのか?

某コンサルの解説(これは2015年版対応です)
環境保護のために何らかの活動を行なうことが求められています。
環境のためにこういうことをしよう!と決めたことを、『環境目標』として設定します。
環境活動の第一段階で、まだ社員に環境意識が浸透していない会社では、いわゆる『紙、ゴミ、電気』の節約といった基本的な環境活動からはじめてみてもよいでしょう。
例)「コピー用紙をムダにしない」「電気はつけっぱなしにしない」「室温の管理」等


これは解説ではなく怪説だろう。このコンサルは環境目標を理解していない。
規格には「環境意識」なんて言葉は出てこないし、社員に環境意識を持たせろという要求もない。
「7.3認識」では自分の仕事に関する著しい環境側面と環境影響そして環境パフォーマンス向上の意義を知らしめることが要求されている。これはいわゆる環境意識といわれる、「紙ごみ電気」とか「シロクマを守れー」というのとは無縁である。
ISO14001の求めるものは、皆がエコバックを使ったり商品のフットプリントを考慮したり、節電をすることではない。ISO14001が要求するのは、組織で働く人々が、己が関わる著しい環境側面を理解し、己ての役割において事故など起こさないこと、ルールに従った業務遂行である。
この基本を押さえていない審査員もコンサルも失格、落第である。

そして更に重大なことなのだが、このコンサルだけでなくISO14001を作ったISOTC委員たちもISO規格を理解していなかったのではないかという懸念がある。

ISO14001 6.2.1 a) では環境目的の満たすべき要件を羅列しているが、その一番目が「環境方針と整合している」である。
英文は「consistent with the environmental policy」である。「consistent」が「一致」か「整合」かはともかく、訳はまっとうと思う。しかし重大なことは原文からして環境目標を理解していないのだ。
まず根本的なことが抜けている。それは「環境目標とは環境方針を展開したもの」ということだ。
規格では環境方針とは、c項「環境保護に対するコミットメントを含む」、d項「順法のコミットメント」、e項「継続的改善のコミットメント」とあるが、それを環境目標に展開することが書き漏らしている。環境目標が環境方針のコミットメントを実現するものでなければ経営者が泣くぞ!
故に、環境目標は「環境方針と整合している」のではなく「環境方針を展開したもの」でなければならない。つまり「consistent」ではなく「implemented」であるべきだ。これは6.2.1の記述が間違っているだけでなく、定義3.2.6も間違いだ。
「環境目標」の定義も位置づけも規格そのものが間違えているのだから、コンサルが間違えるのも当然だ。

参考まで: ISO14001:2015のアネックスA6.2では次のように記述している。
「環境方針と整合しているとは,環境目標が,継続的改善へのコミットメントを含め,環境方針の中でトップマネジメントが行うコミットメントと広く整合し,調和していることを意味する。」
これを読んでも方針を展開するのだという意図は見えてこない。
ISO14001規格の作成者は、環境方針は周知するだけでおしまいで、強制的に実行させるという気持ちはないようだ。

軍事において最上位の方向付けは「戦略」である。その部分的展開が「戦術」であり、更に個々の「作戦」に展開される。このとき「戦術は戦略と整合していること」なんて理解は許されない。戦略を戦術に展開できなくては戦う前から負けである。「戦術は戦略を展開したものであり、戦術の合計は戦略と等しい」ものでなければならない。
そんなことは軍事に限らない。図面を考えてみよう。「組立図」と「部品図」の関係を考えれば、「組立図」を展開したものが「部品図」であり、「部品(部品図に指定されたもの)」を調達すれば「組立品(組立図で表されたもの)」ができあがるのは必然である。そうでなければ完成品ができないのだ。
ISO14001において方針は「トップマネジメントによって正式に表明された、環境パフォーマンスに関する、組織の意図及び方向付け(ISO14001:2015 3.1.3)」と定義されている。マネジメントシステムが上位下達であるならば、「環境目標」が「環境方針」を満たさなければ、それは完璧な不適合だ。
すなわち、現行のISO14001は全規格要求事項を満たしても、環境保全をするには不十分であるという事実だ。
もちろん「環境目標」が「環境方針」に「横出し」や「上乗せ」でも問題ない。だが環境方針を満たしていなければ箸にも棒にもかからない。

今頭に浮かんだのは、「環境側面」から「環境目標」のを選ぶというアイデア(皮肉だよ)である。世の中にはそんな世迷い事を騙る人が多いから、そんな戯言を信じる人も多いのだろう。
これは規格を読んだ人の間違いであり責任だから、規格の問題ではない。
しかし方針を徹底的に展開し実行せよという文言がないのは、ISO14001の根本的な欠陥である。

それにしても「『紙、ゴミ、電気』の節約といった基本的な環境活動からはじめてみてもよいでしょう」はないだろう。あまりのことに呆れるしかない。
それじゃ気分だけ、自己満足、オママゴトだよ。
大きな声で言うが、そんなアホなことISO14001とは全く関係ない
『紙、ゴミ、電気』は1990年代末に手軽なテーマとして流行し、21世紀になって揶揄された。もてはやすのもけなすのも、どちらも間違いだ。
『紙、ゴミ、電気』が環境方針にあるなら環境目標にして改善を進めなけばならないし、方針にないなら環境目標にしないというだけだ。

蛇足である。
オフィスなどで環境負荷もたいしたことがない、とはいえISO14001を認証したからにはなにかしないと審査で適合にならないと困り切って、「PCBの管理徹底」とか「廃棄物の遵法徹底」なんてのを環境目標にしている会社をいくつか知っている。
「管理の徹底」とか「遵法」はするのが当たり前、わざわざ改善すべきこととして「環境目標」に取り上げるものではない。営業活動とか事業展開に取り入れるべき環境配慮があるのではないだろうか?
いくら考えてもオフィスが環境に関わりないなら活動することはない。他部門の活動を応援しよう。他部門にも著しい環境側面がないなら、ISO認証を返上するのが環境に貢献するような気がするのは、私だけか?


うそ800 本日のまとめ
素直にISO14001:2015を読むと、規格策定者は環境方針を周知するだけでなく強制的に実行させるという気持ちはなかったようだ。 問題は明快だが、解決は困難じゃ
環境方針を至上命令と考えていないなら、ISO規格など無用というか無意味である。
環境目標が方針を展開したものにならない原因は、審査員やコンサルの規格の読み方ではなく、規格の文言そのものにある。それこそが問題じゃないか?
もうISO規格について書くまではないと思っていたが、こんなことでは、まだまだ死ねん!


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