19.10.10
ISO14001では環境方針を、作成し・文書化し・従業員に周知し・社会に公開しなければならないと決めている。
ところで環境方針とはなんだろうか?
経営者の環境への認識、意志、自戒、コミットメント、指示、そういうものかな?
いえいえ、ISO14001はご丁寧ご親切に、どんなことを書かなければならないのか、こと細かく決めている。まあ、なにごとでも仕様というものが提示されて、それを満たさなければならないのが渡世の義理、思いの丈を表すにも制約条件があってしかたない。
ところで、ISO規格を理解するには書いてある文言を、そのまま素直に文字解釈すればOKのわけですが、自己流に拡大解釈する審査員がいました。20世紀にはそんな審査員は少数ではなく多数派、いやほとんどそうだったのです。
ここでいう拡大解釈とは法律でいう拡張解釈ではありません。我々が普段の会話の中で使う意味の拡大解釈です。
日常会話での拡大解釈とは「あの人は頭のいい人だから、絶対にミスなどしない」とか「アメリカ人の友人は背が高いから、アメリカ人は皆背が高い」なんてのが拡大解釈といわれます。頭の良い人が間違いをしないわけではありません。そして実はアメリカ人の平均身長は日本人よりほんの数センチ高いだけです。こういうのは、正確に言えば拡大解釈というのではなく思い込みとか決めつけかもしれませんね。
なにごとでも良く考えずに思い込んでしまう人は、結果として自分が損することになります。よく見てよく考える、それが大事です。特にISO審査員の方々は決めつけ、思い込みが多いようですので念のため。
決めつけがなぜ悪い? それがどうしたと言われそうですね。
刑法的な意味で犯罪かどうかはともかく、そういう考えによって20世紀の日本のISO14001認証企業の環境方針は、画一的で面白みのないくだらないものになったのです。それは規格の意図とは大違いでしょう。
もしあなたが20世紀からISO14001に関わって来たなら、嘘だとは言わないはずです。
サンプルを上げましょう。
ISO14001の初版1996年版では環境方針についての要求事項は次のようでした。
ではこれを満たすためにはどんな環境方針なら良いのか?
思い込み審査員、決めつけ審査員に審査でイチャモンが付けられないようにしなければなりません。なにしろイチャモンを付けられれば、認証を受けられないのです。
そうすると規格の文言に、自社の特徴を織り込むというか代入しただけのものになります。規格の語句がないとだめなのだから……
そんな制約条件を満たそうとすると、こんな風になります。
某機械メーカーの環境方針の実物(2010年頃)
当社は産業用機械の各種部品の設計・製作を行ない、社会と環境改善に貢献しているが、この生産活動に使用するエネルギー・原材料の消費、廃棄物の排出によって環境に負荷を与えている。当社はこの環境方針に基づき環境活動を推進する。
- 環境マネジメントシステムの継続的改善及び汚染の予防を推進する。
- 当社の活動及び製品に関係する適用可能な法規制及び当社が同意するその他の要求事項を遵守する。
- 環境目的及び目標を設定しレビューする枠組みを作ります。
次の項目を環境管理重点テーマとして推進します。
- 省エネルギーを推進する。
- 紙の使用量の削減を推進する。
- オフィスから出る廃棄物を減らしリサイクルに努める。
- 環境方針を文書とする。
- この環境方針を、本社で働く又は本社のために働くすべての人に周知します。
- この環境方針は、一般の人が入手可能とします。
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あれ、御社の環境方針も上記の例と同様ですか?
それは良かった、何ていうわけありません……それはいけません、要改善です。
ISO審査員になるための研修では、マニュアルチェックという科目がありました。認証を受けたい企業から提出を受けた環境マニュアルが、ISO規格に見合っているか一語一句コンペアする練習です。ハッキリ言ってバカみたいですね。
そもそも、ISO14001規格では1996年の初版から、マニュアルは必要でありません。必要ないマニュアルをチェックして不適合が出るものでしょうか?
出たんですよ、たくさんの不適合が
!
20世紀のISO14001の不適合の過半は、マニュアルの記述に関するものだったのです。それも規格に書いてある文言がマニュアルに書いてないという不適合です。嘘だなんて言っちゃいやですよ。証拠は十分あります。
ともかく環境方針にISO規格にある文言がないと、ISO審査で不適合になってしまうのです。
環境に一家言ある社長が「俺が立派な環境方針を作ってやる」なんて言ったなら、ISO担当者は社長の袴にしがみつき、「殿中でござりまする」と諫めなければならないのが様式美。
冗談ではなく、下手をすると殿様が切腹、いや認証がお陀仏ですもん、
私の言うことが嘘だって
?
あなたはISO審査員の恐ろしさを知らないのです。
これが20世紀のISO14001の審査の実態でした。いや私が引退した2012年までと言い換えます。それ以降は私は残念ながら審査に参加していません。
でも考えてみればISO14001の審査では、「should」の訳で「すること」とか「しなければならない」と書いてあれば「しなければならない」わけですが、「規格に書いてある通りマニュアルに書かなければならない」のかといえば、そうじゃありません。ISO規格は具体的でもなく数値基準を示すものではないし、元々が仕様書です。仕様書とは出来上がりを指し示すものであり、どのようにしてそれを設計するのかを示すものじゃありません。
例えば
「廃止又は改定された文書は使用現場から撤去しなければならない」とあっても、会社の実態に合わせて、各部門で処理しろでも良いし、文書管理部門が回収しても良いわけです。今ならイントラネットにアップしているでしょうから、そのときは「改定時には即ウェブのコンテンツを差し替えること」と「プリントアウトしたものは参考用の価値しかない」と決めておけばよろしい。
いずれにしても要求を満たすには多様な方法があり、組織(企業)は己に見合った方法を選ぶことができる。それを当然と思わない審査員は多いですけどね、
もちろん方針も同じで
「継続的改善及び汚染の予防に関する約束を含む」とあっても、継続的改善(規格で定義されている)に該当することや汚染の予防(規格の定義にある)について、我が社はこういう方向で活動しますと書けばよいわけです。
決して環境方針に「継続的改善及び汚染の予防を約束します」と書く必要はありません。
そんなこと元々当たり前のことでしたが、当たり前と考えていない審査員が多く、「規格に○○することと書いてあるのに、御社の方針に○○がないから不適合だ」ということが多かったのです。
いえ、嘘ではありません。我国の代表としてISOTCに参加されていた吉田敬史さんが、日経エコロジー誌に書いていましたが、そういう誤解、勘違いを防ぐためにISO14001:2015年版アネックスにその旨を追加したと書いていました。
この考えは2015年からかといえば、そうじゃありません。ISO規格が作られたときからそういう意図で規格は書かれていたのです。でも規格を拡大解釈したり恣意的に読む審査員がいて、揉めなくてもよい揉め事を起こしてくれたから、
規格作成者は
「予防処置」 「是正処置」を講じたというわけです。
当然その考えは環境方針にも適用されます。
ISO規格に
「汚染の予防に対するコミットメントを含む(2015年版)」とか
「継続的改善へのコミットメントを含む(同)」とあるからといって、環境方針に「汚染にキャラメル」とか「継続的改善を約束します」なんて子供の作文のようなことを書く必要はありません。
「予防処置」の定義に書いてあることに見合った活動を御社はしているはずですから、その具体事例をとりあげ「工場省エネ・製品省エネに努める」とか「排水や排気は法規制以上の自主限度を設けて管理し、経時的に基準を強化する」と書けば、「汚染の予防」の要求は十二分に満たします。ISO規格通りに「汚染の予防に努めます」なんて書くことはありません。そんな文言を見て「恥ずかしい」「サインしたくない」と思った経営者は一人二人ではなかったでしょう。
継続的改善も順守も環境目標も全く同じです。
「環境目標を設定し計画を作成して実行する」なんてガキの使いのようなことを書くのではなく、「当社は改善を事業計画にとりまとめ中期計画・年度計画に展開し、職制にて遂行状況を管理し実現する」とでもしたほうが現実に見合っているはずです。もちろん事業計画とか中期計画とか年度計画というのは、過去より行っているはずですし会社特有の呼び名があるはずですから、それを入れ込むのです。
ついでに言えば、ISO規格で求める仕組みや活動において、「ISO事務局」なるものは不要であり、会社組織(職制)で行うのは当たり前です。
なぜこんなバカバカシイことを力説するのかというと、私が指導した会社の初回の審査で、環境方針に「枠組み」という単語がなかった、「予防処置」という単語が入っていない、「周知する」という言葉がないなど、環境方針だけで4個も不適合を出された経験があるからです。
お断り、
枠組みが明示されていないとか、予防処置に該当する記述がないとか、周知することが記載されていなかったのではありません。「枠組み」と「予防処置」と「周知する」という「語句」が方針になかったということです。
審査員のご芳名は今でも覚えております。MHさんと仰いましたね。2019年9月6日に閣僚懇談会で、日本人の名前を英字で表記する場合、名姓でなく姓名で表記するようになったので、HM審査員と書くべきですか。
なお犯人もとい審査員は、現在の
審査員登録リストに出てこないので、既に引退したようです……このダジャレが理解できる方はいらっしゃるでしょうか。
あれから薄ら10年経ちますが私の怒りはいまだに収まりません。
おっと、前振りから思い出話になり、怒り沸騰して脇道に反れるばかり……
しかし前振りが長いぞなどとお怒りになりませんように。
と言いますのは、環境方針一つ取ってみても、規格の語句が入っていないと不適合だという審査員が絶対多数存在したこと、そして審査において審査員の理不尽な強要があり、企業のISO担当者は苦しんできたこと、
そういう状況をご理解いただかないと、今回私が行った環境方針の現状調査の意味がご理解されないからです。
ISO審査がISO規格との適合判定であるなら、なぜバカバカしいそんな問題が長年続いたのかということは研究に値することだと思うのです。それは単なる好奇心や企業担当者の恨みつらみではなく、ISO認証制度の存続に関わる……いえいえ、ISO認証制度が成長せずポシャッてしまう原因だということなのです。
そういう重大問題を放置していたということが更なる問題なのです。
ところで、
誰が 放置していたのでしょう
?
さて本題である。
昨今のISO14001認証企業の環境方針はどうであるのか?
21世紀になって20年が過ぎた今も前世紀のように、審査員や認証機関に言われるままに、「ひとつ軍人は」とバカの一つ覚えをやっているのであろうか?
さて環境方針の状況を知るために、どういうアプローチが良いか考えた。私の古巣とか知り合いを聞き集めても偏るし、なにしろ数が少ない。
それで東証一部上場企業でISO14001を認証している企業を母集団とした。東証一部上場企業は2,153社(2019/10/07)あるから全数検査ははなから無理なので、抜取検査とする。
上場企業サーチ
「東京証券取引所の市場第一部に上場している企業の一覧」では1ページ20社載っているので全部で114ページとなり、4分の1調べればいいかと30ページ600社についてISO14001の認証の有無を調べ、次に認証している企業の環境方針を探し、方針の記述に規格の語句が盛り込まれているか否かを調べた。
方針だけでも要求している語句は多数あるので、私の経験から審査でもめた「枠組み」「汚染の予防」「順守」「継続的改善」の四語を選んだ。
さて結果はいかがであっただろうか?
600社抜き取った中でISO14001認証している企業は、38社(6.3%)であった。
その方針を調べた結果であるが、
| 枠組み | 汚染の予防 | 順守 | 継続的改善 |
方針に語句があった件数 | 0件 0% | 18件 47% | 28件 74% | 22件 58% |
「枠組み」
「枠組み」という言葉を入れるのはさすがにバカバカしいと考えたのか、環境方針に盛り込んでいた会社はありませんでした。
一昔前ならそれだけでイチャモンがついたものですが、今は審査員も世間の常識をわきまえるようになったのでしょう。
あるいはイチャモンをつけると認証を止められるかもしれません。審査員も失業したくはないでしょうし……
「汚染の予防」
ほぼ半数に留まりました。
いまどきわざわざ「おせんにキャラメル」なんて言わなくても、省エネ、廃棄物削減などをしていない会社はありません。いえいえ、法律で公害防止だけでなく、省エネしろ、廃棄物を減らせ、と強制しているからわざわざ盛り込むまでないと考えたのかもしれません。
「順守」
これはなんと4分の3の環境方針で使われています。
法を守るということは、省エネなどのように具体的な表現ができないから代名詞的に使われているのかもしれません。
ちなみに国語的には「遵守」が正しい漢字ですが、ほとんどの会社は規格に合わせて「順守」としていました。「遵守」としていたのはほんの数社でした。やはりISO規格の影響を受けているのですね。国語を愛する皆さんは翻訳者に抗議すべきです。日本語の汚染は、国家規格であるJIS規格から始まるとは許せません。
1996年版で寺田さんが「遵守」でなく「順守」としたいきさつを書いたのは、読んでいることを申し添えます。納得も同意もしませんけど、
「継続的改善」
これも具体的なことが頭に浮かばず規格の言葉そのまま使ったのでしょうか?
ただ方針の中で使われている継続的改善は2015年版の定義
「パフォーマンス向上のための活動」のケースと、2004年版の定義
「環境マネジメントシステムを向上させるプロセス」のケースと両者ありました。
ま、どっちでも関係ないでしょう。そもそも、言葉の定義が変わったから環境方針を変えろなんていうなら、ISO規格が企業活動よりも上位だということで、そんなことあるはずがありません。
それこそ
「組織が用いる用語をこの規格で用いている用語に置き換えることも要求していない」じゃありませんか。その会社が考える「継続的改善」の意味で方針を書いても何ら問題ありません。もちろん継続的改善という言葉を使わなくてもOK
なお、ここに取り上げた四語ともないという会社が9社ありました。全体の4分の1というのは少なくありません。スバラシイことです。
そのひとつ、大林道路株式会社のものを示します。
大林道路株式会社 環境方針
私たちは地球環境保護への取組みとして、地域を汚染から守り、資源の枯渇に配慮し、社会から信頼される会社を目指します。
- 法律や倫理に対して誠実な対応を行い、社会から信頼される会社を目指します。
- 「もったいない」気持ちを大切に資源の有効利用を目指します。
- 当社の環境技術を広め、住みたい街づくりに貢献します。
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とても素敵だと思います。こういう方針なら社長もニコニコしてサインするんじゃないでしょうか。
そして日本の認証機関もこういう素敵な環境方針を認めるまでに成長したことを喜びます。
結論として、環境方針は審査の呪縛を逃れて本来のあるべき姿に近づきつつあるとなりましょうか。
ところで、東証一部上場企業の6.4%がISO14001を認証しているのは多いのか少ないのか、どうでしょう?
日本の企業数は法人が189万社、個人経営が197万社(2016)だそうです。個人といっても大きなものもあるでしょうし、法人といっても専従者一人というのもあるでしょう。また複数の企業が合体して認証を受けたところもあるし、製造業ですと工場単位で認証しているところもある。いろいろ考えると母数そのものも不確かで、多い少ないというのは難しい。
おお、それにJAB認定ばかりでなく、ノンジャブも多々あるわけです。
とりあえず大雑把に考えてみましょう。ISOサーベー2018では、日本の2017年のISO14001認証件数は23,901件となっていました。日本の法人189万社で認証企業が24,000件とすると、ISO14001認証企業は全体の1.27%になります。
そうしますと東証一部上場企業の認証率6.4%は全企業の5倍となりますから、やはり東証一部に上場される企業は環境に配慮していると言えるのでしょうか?
本日のひとこと
たった38社の環境方針を調べただけで、大きな顔をすんじゃねーよと言われそうです。
そう言わないでくださいよ、このデータをとるだけで三晩潰れました。簡単ではありませんね。まあ私は暇がつぶれて嬉しかったのですけど、
更なる蛇足……
認証機関による語句の有無はどうなんだ? というご質問があろうかと思います。
JAB認定を受けたISO14001の認証機関は39社ありますから、サンプルを数百確保しないと論じられないと思います。それには東証一部上場企業では足りません。
いや、単にめんどくさいだけですけどね
匿名希望様からお便りを頂きました(2019.10.15)
ISO委員が誤解防止のためにアネックスに追記したことを「予防処置」と書いていますが、既に不適合が発生しているので「是正処置」ではありませんか。
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匿名希望様 ご指摘ありがとうございます。
おっしゃるとおりです。修正いたしました。
ISOなら詳しいと自称しておりましたが、年だけ取ってもいまだ未熟なるを認識しました。
今後ともご指導のほどお願い申し上げます。
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