最上位の文書 その2

19.11.18
前回は、マニュアルの冒頭に「このマニュアルは最上位の文書である」と書いてあるのが多いということから始まり、最上位の文書とはいったい何なのか、何をもって最上位と言えるのかというようなことを書いた。
今回は切り口を変えて、果たしてマニュアルとは何か、そこにはどんな要求をしたのか、最上位の文書であることを要求したのか、そんなことを語りたい。

毎度バカバカしいお話を パッと画面は変わって、私とマニュアルの付き合いを振り返る。
管理者として無能を晒した私は、品質保証部門に遠島の刑に処せられた。有期刑ではなく無期懲役である。もはや再び製造部門の土を踏むことはない。
さて品質保証のお仕事は多岐にわたるが、基本は顧客から品質保証を要求されたとき、自社が要求された品質保証を満たしていることを説明することだ。その説明書なるものを作るのもお仕事である。

1990年当時、品質保証を要求するところは、官公庁とかJRとかNTTとか電力会社とか防衛関係の会社だった。もちろん当時の勤め先がそんな大それた仕事をしていたわけではない。つまり私どもは下請けだ。品質保証要求というのは、直接顧客に納入している大手企業だけでなく、そこに収めている調達先をどんどんとネズミ講のよう、下請け、孫請け、彦受けと連鎖が続く。古くからISO9000sに関わっていた人はISO規格にその要求事項があったことを覚えているだろう。(cf. ISO9001:1987 4.6.3)
取引前に品質保証の概要を記述した書面を提出するのだが、その文書につけるタイトルも指定されていた。品質保証説明書ということもあり、品質保証システムとか、まあそういった名称である。
一部は輸出もあり、外国の顧客から要求されたタイトルは、Quality Systemとか、Quality Assuranceと書いたときもある。初めてISO9002受審したとき、イギリスの認証機関からQuality manualと書けと言われてその通りにした。別に反論することもない。客の希望通りにするのは当然だ。
ともかく品質マニュアルという言葉を聞いたのは、そのときが初めてだ。しかしマニュアルとは我々の間では機械の操作要領書とかパソコンの取扱説明書のようなものを意味したので、品質保証の文書が品質マニュアルというのは変だと思ったのを覚えている。実を言って今でもそう思っている。
ちなみに当時有効であった1987年版のISO9000sは、品質マニュアルの作成を要求していない。ともかく品質マニュアルと言っても中身はそれまでの顧客対応の品質保証説明書と同じだから作成するのは何ら新規性もないし違和感もなかった。

1997年のこと、今度はISO14001の認証を受けることになった。
審査を依頼した認証機関は○○方式で 悪名高い 有名なところだ。審査を申し込んで環境マニュアルを提出したら、文書審査で「環境マニュアルの位置づけが不適当である。「環境マネジメントシステムに関する最上位の文書である」と記載しなさい」という指摘があった。ISO審査で「指摘」とは「不適合」、つまりダメということである。
今まで国内、国外のお客様に出していた多数の品質保証説明書 オア イクイバレントにおいてはその冒頭に、「この文書は当社の品質保証体系の概要と御社の要求事項に対応する社内文書を示しその概要を記したものである」と書いていた。そして国内顧客でも外国の顧客でもそして認証機関でも、それでOKであった。だって品質保証説明書とは「要求事項が内部に展開している関連文書を示しその概要を説明するもの」だから…トートロジーじゃないか、
品質マニュアルがそうだから、私は環境マニュアルも「環境に関する最上位の文書」だなんて思っていなかった。今でもだけど、

公害防止が叫ばれたのは私が入社した1960年代末期である。それから30年もの間、公害防止活動(環境活動)の失敗や成功の経験や法改正によって加除修正が繰り返されてきた環境管理の手順書は、コンバットプルーフのprocedureなのだ。ISO規格要求を展開したものではありえない。ポッと出のISO14001なんてのと比較するのもおこがましい。
とはいえ、そうしないと不適合だという。ISO9001で既に数年鍛えられていた私はどの要求事項ですかと聞くと、「いや規格要求はないけど」と語尾を濁す。
まあ審査員の心証を悪くすると良いことはない。金もかからないことだし了解した。
だけど納得したわけではない。それは疑問というか欲求不満となり、ずっと私の中でくすぶり続けていた。

その後、近隣企業の環境マニュアルとか雑誌に載っていた品質や環境マニュアルのひな形をみると、ほとんどすべてに「この○○マニュアルは当社の○○マネジメントシステムにおける最高位の文書である」と書いている。私は、どこかおかしいと思った。
だってさ、その会社はISO認証のために社内文書を作ったとは思わない。

具体的な話になるが、前回(その1)で、
図面では親図面(組立図)は子図面(部品図)を指定するが、子図面から親図面をたどることはできない。文書や法律の場合はその逆で、子規則は親規則を明記しているが、親規則から子規則をたどることはできない。
と書いたが、実は存在するすべての○○マニュアルは、すべて子供となる社内規則や規定の文書名や文書番号が書いてあり、子供をたどることができる。
嘘だと思うなら御社のどんなISOのマニュアルでもご確認ください。
「当社は○○を確立し、実施し、維持する。詳細は○○社内手順書(文書番号 云々)に定める」
と書いていませんか? 書いているでしょう。
例えば公害防止の手順書の多くは1970年頃、省エネの手順は1980年頃に作られている。しかし1996年以前に制定された環境マニュアルと称する文書を見たことがない。
親よりも子供が年上というのはベンジャミン・バトンくらいではないか?
どう考えても、マニュアルは最上位の文書というか文書体系の親ではない。

ISO4001の認証前か後か忘れたが、私は審査を依頼した認証機関以外に、二つの認証機関の講習会というか説明会に出た。当時田舎に住んでいて東京出張というと許可を取るのも大変だった。講習会そのものは認証を考えている企業相手だから無料なのだが、新幹線往復が当時15,000円でそれが出してもらえない。
当時娘が大学に入り仕送りしている私は、我が家の大蔵大臣(家内)をなんとか説得して自腹で講習会に出た。無駄金は使えないから一日で二つの認証機関のダブルヘッダーである。

最初にお邪魔した某外資系の認証機関の講習会は、受講者が5・6人しかおらず応接室で行われ、講習会というより和やかな話し合いであった。
そこで講師が語ったのは、
「公害防止の法律は、親となる公害対策基本法が1967年に作られ、それを根拠に騒音規制法(1968)、大気汚染防止法(1968)、水質汚濁防止法(1970)、振動規制法(1976)と作られてきた。そして企業においてはそれを展開して規定が作られているだろう。それらは一つの親規定の下にあるわけではない。しかしISO規格対応として説明するには疑似的に環境マネジメントシステムとしての文書が必要となり、それをマニュアルというのだ」
なるほどと思ったが、なぜマニュアルが上位文書なのかという質問には、講師も明快な説明ができなかった。

午後にお邪魔したのも外資系認証機関で、ここも受講者は5・6名、部屋は30人くらい入れる会議室だったが、皆講師に近い一番前の席に集まって話を聞いた。
この講師が語ったことは、
「ISO規格要求はたくさんあり、それぞれの要求に見合ったことを会社はしているだろうが、多くの規定はそれぞれの親子関係にあるだろう。例えば排水管理なら公害防止のカテゴリー、廃棄物は廃棄物のカテゴリーに、あるいは文書管理は昔からある文書管理規定だろう。教育・研修は人事の規則にあるかもしれない。だからISO規格対応でまとめる親となる規定はないので、ダミーとしてそれらの親としてマニュアルを作るのだという。だから社内的にはマニュアルは最上位の文書ではないという。しかし管理文書であるという」
「社内の文書管理規則にマニュアルというものはないが良いのか?」という質問があり、それに対して「文書管理規定になくても良い、認証機関はその会社の要求事項に対応する最新の文書を知りたいのでマニュアルの最新版を認証機関に提出する仕組みがあれば良い」という。
マニュアルを作る理由そしてそれが上位文書という理屈も半分くらい分かったような気がしたが、半分は納得しなかった。

私は元々あまのじゃくである。偉い人や先輩が言うことを真面目に聞かなかった。いや言葉は真面目に聞いた。そしてその意味が本当に正しいか嘘かをじっくりと考える人間だった。真理を掴もうというよりもケタグリをかけて権威を覆すのが好きなのだ。
それはISO規格でも同じだ。ISO9001の認証を受けるときも、認証機関による規格の説明会に二三度参加したが、ある講習会で「規格は英語が基本、日本語がおかしいと思ったら英文を読みなさい」という言葉がしっかりと頭に刻み込まれた。

そもそもマニュアルって何なんだ?
ISO9001でも初版1987年版では要求していない。最初にマニュアルを要求したのはISO9001の1994年版であった。
そのときの要求事項はなんだ?

ISO9001:1994 4.2.1 一般
供給者は、この規格の要求事項をカバーする品質マニュアルを作成すること。品質マニュアルには品質システムの手順を含めるか、又はその文書を引用し、品質システムで使用する文書の体系の概要を記述すること。
参考6 品質マニュアルについての指針は、ISO10013に示されている。
  注:ISO10013は1995年に制定され、現在は廃止されている。

ISO10013では面白いことを言っている。
品質マニュアルには3種類あるのだという。

ISO10013では全般的な品質マニュアルのガイドラインである。ではISO9001で要求しているのは上記3種類のうちどの品質マニュアルを要求しているのだろうか?
ISO9001:1994では明記されていない。いやQuality manualとしか書いていない。では内部外部両方に使えるものなのだろうか?

作成方法も書いてある。

ここで言っていることは、マニュアルは品質なんなり特定のカテゴリーにおける上位文書ではないし親でもない。特定のISO規格の要求事項に対応する実際のドキュメントや実施状況を対照できるようにした文書ということでしかない。

おっと、ISO9001は何度も改定された。それ以降はどうだったのか?

ISO9001:2000 4.2.2品質マニュアル
組織は、次の事項を含む品質マニュアルを作成し、維持すること。 a)品質マネジメントシステムの適用範囲、除外がある場合には、その詳細と正当とする理由。 b)品質マネジメントシステムについて確立された文書化された情報又はそれらを参照できる情報 c)品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述

ISO9001:2008 4.2.2品質マニュアル 組織は、次の事項を含む品質マニュアルを作成し、維持しなければならない。 a)品質マネジメントシステムの適用範囲、除外がある場合には、除外の詳細、及び除外を正統とする理由 b)品質マネジメントシステムについて確立された文書化された手順又はそれらを参照できる情報 c)品質マネジメントシステムのプロセス間の相互関係に関する記述

ISO9001において2015年版以前において、品質マニュアルが品質マネジメントシステムにおいて、最高位の文書とか親であるべしなどと書かれたことは一度もないということをご確認願いたい。
そしてもちろん2015年版においては品質マニュアルの要求そのものがない。

っ、ちょっと待ってくれよ!
2015年版において品質マニュアルを要求していない、そしてもちろんISO14001においては過去より環境マニュアルは要求されていない。
ということは、特定のマネジメントシステムに関わるマニュアルはそのカテゴリーにおいて最高位の文書でないのは間違いない。だってなくても良いのだから!

ここまで4500文字も、バカバカしいことを書いてきた。その1からだと1万字も費やしてしまった。
言いたいことというか結論は、マニュアルは最高位の文書ではないし、そのマネジメントシステムにおいての親でもないということだ。
それは私が叫ぶだけでなく、過去よりISO規格(9001や14001だけでなく10013などでも)要求されていなかったということだ。

ゃあ、マニュアルとはなんなのか?
既に何度も出てきたじゃないか、それは「要求事項が内部に展開している関連文書を示しその概要を説明するもの」だ。そしてそれは最高位の文書でもなければ、そのカテゴリーの親規則でもない。
なんのための存在するのかとなれば、それも簡単明瞭だ。ISO10013で定める「外部向けの文書」であり、社内で使うことを目的としていない。それはISO10013にある作成手順から自明だ。

マニュアルとはISO規格と社内文書の対照表である

じゃあ、どこをどうすれば最上位の文書という発想が出てくるのか?
私には分からない。
そう言えば思い出すのだが、ISO14001の審査で「環境マニュアルは教育にも使えます。ですからマニュアルの目的に、社内教育にも使うと書きなさい」とのたまわった審査員がいた。

なこと、余計なお世話です。なんで認証機関のために分かりやすくマネジメントシステムを記述した品質や環境マニュアルを社内教育に使わなければならないのですか?
百歩譲って、マニュアルが教育に使えたとしても、それをマニュアルの中に「このマニュアルは社内教育にも用いる(その審査員が語った言葉)」と書かねばならないのでしょうか?
その認証機関や認定機関はそういう事実を知っていたのでしょうか?

更に連想するのですが、私は環境法規制一覧表というのを作らず、規制を受ける法規制一覧表というのを作っていた。
怒 すると審査で「環境の審査のために環境法規制一覧表にすることが必要です」という。
私は「いや、それは仕事に使えませんよ。廃棄物処理委託契約書を作成する手順書に、廃棄物処理法の関連だけ記載して実務に使えますか? 印紙税法、支払処理、下請法は関わらないとしても支払とかはあんまり変なことはできない。そういうことは別の手順書にするのですか?」と返した。
するとその審査員は「まあ〜、あのですね〜、」
結局グダグダになっておしまいでした。多分その審査員は廃棄物処理委託契約書を作成したことがないだろう。でも業者から「支払方法も書いてない契約書にハンコは押せないよ」と言われるなんて想像もつかないのか?
不思議なお考えの人もいるということですか… …トホホ


うそ800 本日のまとめ
マニュアルが最上位の文書だなんて言ったのは、どの認証機関のぼけ老人だ?
マニュアルが最上位の文書なんて、真っ赤な嘘。
ところで日本では真っ赤な嘘というけど、英語ではブラックライ、悪意のないのがホワイトライ。ところによって嘘の色も変わるのは不思議!



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