うそ800始末10.恩師

20.02.20
うそ800始末とは


仰げば尊し〜わが師の恩〜 なんて歌が聞こえる時期となった。今でもあの歌を歌うのかどうかわからないけど、

思い返せば私が卒業式で心から師の恩を思って歌ったことはいない。小学時代はえこひいきと日凶組しか覚えがなく、中学時代は生徒と先生の関係が希薄。高校はさらに縁遠く、卒業してから尊敬していた先生に手紙を出したら「覚えてない」と返事が来てがっかりした。
そんなわけで小学校から大学院まで通して、恩師とか尊敬する師と呼べる人はいない。

本日とりあげる恩師は、学校とか職場ではなく、ISO認証についてご教示いただいた方々である。
だいぶ前、自分は、師も無し、弟子無し仲間無し、金も無けれど死にたくも無い六無斉だと書いたことがある。しかし10年も前に書いたものをよく覚えているものです。正直言って文章を書くときは結構考えます。そのせいか、書いた文章をまるまる覚えているわけではありませんが、何を書いたのかとその大要は覚えているものです。
囲碁棋士が自分が打った碁の棋譜は何年前のものでも覚えているといわれますが、それと同じようなものです。

おっと、じゃあ お前にISOの恩師がいるわけがないと言われそうです。
確かには講習会で習ったとか、日ごろ指導を受けたという師はいません。でも審査の場とか会議などで会って影響を受けたという方はそりゃいますよ。そこまでいかなくても素晴らしいと思った審査員や企業担当者は何人もいる。
ここでは普通に素晴らしい人ではなく、ISOに関して何事かあったとき、あの人ならどう考えるかと私が思う方をあげる。

ふたりとも有名な外資系認証機関のエライサンで、私よりひとまわり年上だったから、私よりはるか前に引退している。


NIさん
私が関わった最初のISO9001認証のときは、イギリスの認証機関でイギリスから審査員が来た。まだ日本ではISO認証が広まっていなかったから、日本に出先などなかったようだ。その認証機関を選んだのは営業部門だった。イギリスに輸出するのだから、イギリスの認証機関を選ぶのはおかしくない。
旅費はこちら持ちだが、彼らも考えていて日本で数社まとめて審査していたようだ。

その翌年、別部門がISO認証するときは神戸に事務所がある外資系認証機関を選んだ。このときはその製品の営業が認証機関を選んだと記憶している。
商取引で品質保証協定を結ぶ主体はその事業部門であり、相手先の品質保証協定(案)はその製品担当の営業から品質保証部門に渡され、それに対応するのが品質保証の仕事だ。だから我々品質保証部門が認証機関を選ぶという発想はなかった。

もうひとつ、当時は製品ごとにISO認証するものと考えていた。そもそもISO認証するのは顧客が認証を要求したからだ。今のように顧客から要求されてないのにわざわざISO認証するという発想はなかった。当時我々の認識は、客が定めた品質保証協定の代わりにISO規格に適合することを要求されたということだ。もし客が要求しないならISO認証する理由がない。

初めてのとき審査員のイギリス人は審査のときだけ来社した。それは通常の二者監査と同じである。しかしISO認証で日本に事業所がある認証機関の場合、当時は審査の正式なステップでなくて、審査員は企業が認証できるかどうか準備状況を知るために非公式に訪問して書類や現場を見ていた。そして事前に不具合があれば審査員は指導していた。
想像だが、一発勝負の審査で不適合になっては担当者は大変だろうという日本的温情(?)で、サービスしていたのかもしれない。四半世紀前の事情をご存じの方いらっしゃいましたら教えてください。

後にそういうことは禁止され、予備審査と称され認証機関と正式な契約に基づいて行われるようになり、さらに正式な審査前に予備審査を行うのはマズイとかになり……更にと審査の方法は何度も変わった。

さてやってきた日本人審査員は、書類をめくって大いに嘆いた。我々の準備が話にならないほどレベルが低くかつ大きく遅れている、これでは審査にならないというのだ。
我々も過去より品質保証協定に基づく二者監査をたびたびも受けていたし、その前年には前述したように、別の製品であるがイギリス人によるISO9001審査を受けてちゃんと認証を得ていた。そんなに粗相はないと思っていたので意外だった。 わかりません
ともかくその審査員はいくつか指摘をしたのち、我々のレベルにがっかりして帰っていった。我々も気が付いた問題は処置したが、わけのわからないことには対応できず、ときが経ち審査の日となった。

正式な審査は、前回来た審査員がリーダー、その上司のNIさんが審査員であった。
おっとNIさんも日本人である。NIさんは認証機関のナンバーツーだけど、外資系だから日本人はトップにはなれないのよと冗談を言っていた。実際は数年後そこのトップになったけど。

審査に入って審査リーダーがこれが問題だあれが問題だというと、NIさんが審査員にゴニョニョと話してなぜか適合となった。NIさんのおかげか審査はめでたく終了して認証をゲットした。経緯としてはそれがすべてで他に記すことはない。

品質保証の国際規格
監修 久米 均
日本規格協会
審査でNIさんをアテンドした。ものすごく腰の低い方でいろいろと話をしてくれた。それが非常にためになった。
1994年頃はISO認証を解説した書籍などなく、もちろんアイソス誌もなく、ISO審査員という人種もまだ希少な時代で、とにかく情報がなかった。我々が持っていたのは「品質保証の国際規格」という本だけだった。認証制度の仕組みもまた聞きした程度しか知らない。
それで審査中、暇があると私たちはいろいろと質問してNIさんはそれに応えて教えてくれた。

まずは規格の読み方である。


NIさんとお会いしたのは都合3回だったと思う。初回は2日間、その後審査員が足りないとかいう理由で二度ほど審査に来た。だからお話ししたのは合計4時間もない。それでも恩師と呼ばせていただく。
彼に習った時間は短いけど、ISO規格解釈の基本はすべて習ったと思う。

それは
またISO審査の基本は
それだけでISO担当者には必要十分な知識だ。それを習得するのはこちらの責任だ。
最初にきた○さんは審査員として未熟だったのだろう。規格適合を我々が説明しなかったから、彼は我々が準備不足であると判断したのだ。
多分、NIさんは○審査員の報告を受けて、このままではいかんと考え教育を兼ねて一緒にやってきたのだろうと推察する。審査工数からは2人来る必要がない。

それから20年、私は企業側でISO認証に関わってきたが、○審査員が未熟だとすれば、日本には未熟な審査員があふれているようだ。それともNIさんが特別なレベルで稀有なのか。更に言えばNIさんでも審査員を育成することができなかったのか?


NHさん
都会に出てきて間もない2002年頃、私は泊りがけのISO認証機関と企業担当者の懇談会というか討論会というかそんなイベントに参加した。ひょっとしたらアイソス誌あたりが主催したのかもしれない。
アイソス誌とか新聞でしか見たことのない認証機関の幹部とかISOTC委員とか、数多のご尊顔を拝して感動しました。と同時にみんな私と変わらない普通の人間だと思いました。
前述のNIさんは参加していません。神戸からわざわざ関東までは来なかったのか、それとも既に引退していたのかもしれません。

日中は認証機関の幹部が入れ替わり講演し、夜は酒飲んで三々五々と議論するという風景でした。
NHさんはときどきアイソス誌に顔写真も載っていた有名な外資系認証機関の取締役です。この方が昼の部で審査員が企業で理不尽な反論を食ったという話をしました。ちょっと聞き捨てなりません。私の知る限り理不尽な目にあっているのは企業側です。
お酒 酒が入ってからNHさんを捕まえて私が過去10年間、いかに審査員にひどい目にあってきたかという苦情を申しました。NHさんの語るようなことはありませんよって…
まあお互い大人ですから、名刺交換して別れました。

それからまもなく都内でNHさんの認証機関の無料の講習会があり、仕事に飽きたからちょっとお出かけして講習を聞きに行きました。東京は便利でいいです。特に丸の内勤務ですと、山手線内であればだいたい30分で行けます。
なんと取締役であるNHさん自らご講演していました。お題は、ISO認証するためになにをするのかというテーマでした。NHさんはカルタ取りと呼んでましたが、会社の文書や帳票を広い部屋に広げておいて、ISO規格要求をひとつひとつ読み上げ、それに該当する文書や記録を探してあればメモっていくという話でした。そしてすべての要求に対応するものがあれば、その関係を図なり文章にすればそれがマニュアルであり審査準備は完了と言います。
実はこれ、10年前から私がしていた方法そのものです。それを見て、このお方はまっとうな考えだと思いました。少なくても多くのコンサルや認証機関が教えていることとは大違いです。だいたいマネジメントシステム構築なんて騙っているようじゃもうダメです。
講演ののちにNHさんに挨拶してそのことを話した覚えがあります。

それから半年経った頃、関連会社から「ISO14001の審査中で規格解釈でもめていて、不適合を食らいそうだ」と電話がありました。聞けば審査員の言うことが全くおかしい。私はアドレナリンがふつふつと湧き上がってきましたね。レース前の出場選手のようです。
書類審査 しかし私の考えだけでは権威が足りません。そのときNHさんを思い出し、電話で問い合わせしました。切り返し方のご教授をいただきましたが、そんなおかしな認証機関を止めて当社に鞍替えしなさいよと言われました。NHさんに教えを乞うと高くつきそう……ともかく関連会社は間違ったことをいう審査員の不適合を覆すことに成功しました。
そんなふうに助太刀を頼んだことが何度もあります。

NHさんから教えられたことは、規格は9001や14001だけでなく、関連するものをしっかりと読めということ。
それと常識で考えられることは必ず規格に書いてある。論戦になったら即座にそれを思い出せるようにということ。
実例として教えられたこととして、環境目的の実施計画と環境目標の実施計画が必要という間違いを語る人が多いけど、ISO14004を読めばその論理は間違いであることがわかる。ISO14004にはISO14001を拘束するものではないと書いてあるけど、矛盾することが書いてあるはずはない。そういうことを知り、いつでも引用できるようにするんだとのこと。

なるほど、もっともなことです。
ISO9001とISO14001は暗記してますから、MS規格以外のISO規格、IAFガイド、JABの規則類をプリントして製本した。Aサイズで厚さ1センチくらいになりました。そういった規則類はしょっちゅう改定があり、そのたびにプリントし製本しました。
引退したときすべて捨てたつもりだったけど、今 本棚を見たら棚の下に2008年プリントと書いたものが残っていた。引っ張り出して収録した文書を見ると

これだけあれば理論武装は十分でしょう。

出歩くときは持ち歩き、暇があればひたすら読みました。アンダーラインを引きポストイットを貼り、丸暗記はできませんでしたが、どんなことが書いてあったは覚えました。

これ実戦で結構役に立ちました。
審査員が「それは弊認証機関の統一見解です」と言ったことがありました。
ガイド62/66(後にISO17021)では認証機関が独自の審査基準を追加することを認めています。しかしその場合はそのことを事前に公表しておかないとならないと決めています。後出しじゃんけんはいけません。
「認証機関が独自に決めた審査基準は事前に公開しなければなりません。御社では統一見解を公表していませんね」そう言いますと
「いや、間違えた。統一見解じゃない」といいます。
なら、それに拘束されませんねと返したら、もうなにもなかったように次に進むのです。相手が無知と見ると強く出て、正論を返されるとなかった振り、恥を知れ! 侍なら腹を切れ 💢
そんな審査員がいて信頼性もないもんだ、ねえ、飯塚先生?

そんなことはたびたびありました。
審査員が要求事項にないことや、独自基準を持ち出すのですから企業側も寝ぼけてはいられません。ぜひともそんな予防処置とか事前勉強などしなくてよい審査をお願いしたいですね 😠。

そんなことを思い返すとNHさんに教えていただいたことは、ISO認証の表街道ではなく、審査員との戦い方の裏街道かもしれません。

羽左先立つものは金羽右

羽左万事お金羽右

審査料金高すぎ!

ただこの先生、二言目には「当社に鞍替えしなさいよ」と言うのが口癖で、これには参りました。
なにせNHさんの認証機関は審査単価が高いのですよ。当時1日18万くらいしたと思います。10人工もかかったら審査料金180万じゃないですか! 審査の質は最高と聞いてましたけど、お値段がね…ちなみに日系の高いところで14万、ノンジャブは7〜8万と言われた時代です。今はこの半値じゃないですかね?

20世紀は審査費用の見積もりが来るとそのまま払ってましたけど、21世紀は相見積もり、値引き交渉が当たり前になりましたし、認証機関もエライサンが出てきて戦略価格ですなんて出す数字は見積書の半値くらいになりました。

あるとき関連会社がISO14001を認証するので、私に認証機関を推薦してほしいと言ってきた。私の勤め先とその関連会社は、当然というのもおかしいけれど業界設立の認証機関に依頼するのがデフォでした。日本の悪習です。それで業界設立の認証機関(本命)とNHさんのところ(当て馬)を紹介しました。
その関連会社が双方に見積依頼したところ、本命会社は、業界からみでどうせ依頼が来るだろうとたかをくくって返事もしなかったそうです。
当時、業界設立の認証機関のスタンスはそんなものでした。大手企業のエライサンが認証機関に出向すると、昔の部下が出向した関連会社に顔を出して、審査してやるぞと親分風を吹かせるのが営業活動と思っていたらしい。

NHさんのところは、見積依頼があった翌日に取締役NHさん自ら訪問して挨拶とプレゼンをしたとのこと。関連会社の責任者がいたく感動して、そこと契約しました。
そのため私は「なんで業界設立の認証機関にしなかったんだ」と上司に怒られた。いやいや、関連会社にも日本のためにも良かったと自負しております。😃
その後もNHさんのところに何社も紹介しましたから借りは返したでしょう。


NIさんにはISO認証の基本を教えてもらい、NHさんには実際の運用と応用編を教えてもらったと思います。まあNIさんは全くの善意、NHさんはギブアンドテイクではありましたが、

私がISO認証に関わっていたとき、数多くの審査員、認証機関の幹部、コンサルと会いました。チャンチャンバラバラしたことも、お互いに愚痴をこぼしたこともあります。でもこのお二人のように恩師と思った方は他にいません。
もちろん偉大な人は常に偉大ではないというように、お二人が私の知らないところでも素晴らしかったかどうかは知る由もありません。でも私がお世話になったことは間違いない事実です。

ちなみにお二人が働いていた認証機関も、お二人が去った後には内紛があったり、某認定機関から認定停止を受けたり、登録件数も減少したりと歴史を紡いできました。報道や噂が事実か否かは私にはわかりません。ともかくなにものも常に偉大とか強者ではないのも事実。諸行無常であります。
ただ私の人生のあるときにおいて、素晴らしい人たちにお会いできたことは事実、引き合わせてくれた神仏に感謝いたします。


うそ800 本日の感謝
私は偉大ではないが、偉大な師をもったことは幸運である。





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