うそ800始末16.監査手法

20.04.06
うそ800始末とは

監査の方法というか仕方として、一般的に「項番順」と「プロセスアプローチ」があると言われる。
それにまつわることを本日は語る。

ISOMS規格いや品質保証のISO規格(注1)が現れるはるか前から、監査あるいはequivalentはあった。それらはどういう方法で監査していたのか、監査されていたのかということを振り返る。
1970年代、私の勤め先は電取法(注2)の規制を受ける製品を製造していた。数年に一度 通産省の監査(40年も前なので正式な名称は忘れた)を受けた。仙台の出先機関の偉い人が技術者を二人ほど引き連れてきて工場を巡回し書面をみた後、講評を行い、不具合あればすぐさま是正という流れだった。
そのときの監査方法は型式認可された通りかどうかがすべてだった。それは規制を受ける製品を製造するには、申請し認可されたものを申請通りに作っているかを確認するという趣旨だから当然だ。
対象製品を製造や検査する計測器は登録番号も校正方法などもすべて書面で届出ていた。現場審査では製造や検査工程で使われている計測器が届けられている登録番号であるか、 現場審査 耐圧試験や絶縁抵抗試験は指名業務者がしているか実施者のサインがあるか、一定台数ごとに耐圧試験の電圧測定をしているか、記録をチェックされた。次に登録されている計測器の校正記録がチェックされた。項番順監査そのものである。そして抜き取りでなくしらみつぶしであった。
もちろん申請に関わらないことについてはまったく無関心である。申請/認可に該当しない工程や検査でどんな計測器を使っているか見向きもしない。
要するに申請書に書かれたことすべてがその通りされているか否かを監査していたわけだ。
このとき品質方針の要求はなかったから、方針の周知についての監査はなかった。当たり前といえば当たり前だ。

客先の監査はどうだったろう。B to Cの場合、客の監査というのはあり得ないが、OEMなどB to Bの場合、品質保証協定書を取り交わすのが通常だった。そしてロットごとの立会検査に合わせて、品質保証協定書に基づく品質監査が行われた。品質保証協定書の内容の大部分は一般的な要求事項であったが客先が重要だと考えるところは違い、A社は計測器管理では校正間隔とか記録とか重視していて、B社では人の管理つまり指名業務とか教育訓練重視を重視するなどの違いがあった。そしてまた品質監査の方法も会社ごとにカラーがあり、現場重視とか書面重視とか、受入検査結果を先に行い、その結果から監査項目を決めるなどいろいろだった。
それを見て、なるほどと感心したこともあり、あまり有効ではないとかマンネリだと思うこともあった。

1990年代初頭に初めてISO9002を受けたときは、当然規格要求事項がマニュアルに書いてある通りに実施されているかどうかを監査された。だってISO審査とは、ISO規格要求が満たされているか否かを見るのだから当たり前といえば当たり前だ。
書面審査 「品質方針」とか「契約の確認」という項目は、それまでの監査の根拠である電取法や顧客の品質保証要求にはなかった。だから「方針の周知」ってどこまでしなければならないのか、どんなことを監査するのかという疑問と不安はあったが、品質保証部門としては特に何もしなかった。製品検査部門では当時の雑誌やインターネットのウェブサイトを見て、方針カードなるものを作って配った。私はそれを見て工場全体に配ればよかったかと少し心配した。
やってきたISO審査員は、工場長にインタビューして今年度の方針をヒアリングして、現場審査では作業者、パート、監督者、管理者に仕事の内容、気を付けていること、今年の個人の目標などをヒアリングした。私は審査員をアテンドして何を聞いたか何をしたかを必死にメモした。
方針以外の計測器などは社内規則で定めている種々の記録を抜き取りではあるが親から子、孫と次々とトレースしていって記録の存在と中身の整合性を確認した。
また現場の管理などは工場巡回時に壁に貼ってある温度記録とか点検表などを見て、今月当日まで記入されているか、記載内容の状況などを点検した。そして設備機械の日常点検票で不具合があれば、それをメモして保全部門に行ってその後どうしたのかとトレースしていった。

注:誤解はないと思うが、日常点検票に異常発生の記載があっても、規格不適合なんてことではない。機械や計測器に異常や故障が発生するのは正常だ。要はそれに対して適切な処置をとり、また再発防止策をしているかが要点である。
それとも費用対効果を考慮して、または現在の技術水準から不具合を飲むしかないと判断しているならそれはそれで適正な処置である。

まあそんな審査だった。
質疑応答をひたすらメモしていると周りが見えなくなる……なんてことはない。質疑応答を逐次書いていくことによって、この人は何を聞こうとしているのかとか、聞かれた人は質問を理解して回答したのか・頭真っ白になっているなど、そういうことは質問し回答する人よりはるかに把握できる。授業でも監査でもノート(速記録)をとるというのは重要だ。
私はその審査員(注3)の語ることをメモしていて、この人はすごい人だと実感した。そして監査の方法はそれまでの要求事項そのものを裏返して行う方法だけでなく、間接的に回答を見つける方法もあるのだと理解した。それを見てそれまで直接的な監査しかしたこともなく/されたこともない私は、監査すべき事項の性質によってはこの方法しかないものもあるのだと理解した。それまでの品質保証協定書では直接的な質問で回答が得られないタイプの要求事項はなかったのでそういうことに気づかなかったのだ。

その後、一般企業からISO審査員に転身した方がやって来るようになると、純粋な項番順審査になった。それも項番順というだけでなくshallと書いてある所だけ順々に「しているか?」、「あるか?」という単純な質問になっていく。 あきれた それもオープンクエスチョンでなくクローズドクエスチョンだ。はたで聞いていて笑いたくなる。
以前最初に来られた審査員が方針について質問したような、からめ手からというか帰納的な質問をするようなことはなかった。
それどころか「方針カードを持っているか?」という質問をする低レベルの審査員が多くなった。「方針を周知している」ことを確認するのに「方針カードを持っているか?」と質問する人は異常だ。そういう質問をする人たちは、日本語で書かれたISO規格の意味を理解できないのかもしれない。なにはともあれ審査員に不適であることは間違いない。

そんな第二世代のISO審査員に「しっかりしたチェックリストを作れば、パートの人にも内部監査ができる」と言われたときは失笑した。こんな人がお金を取ってISO審査をしているというのが信じられない。

注:1995年頃有効なISO9000:1995では審査員とは「審査を行うための、実証された個人的特質及び力量を持った人」だから、力量がない人は「審査員」でなく「人」としか呼びようがない。
残念ながらISO9000:2015では「審査を行う人」と定義されている。これは力量がある人が審査員であるなら、審査員と呼べる人がいなくなったためかもしれない。

パートの人の能力を蔑むわけではないが、チェックリストがあれば監査ができるというのはいかがなものか? いやそんな婉曲な言い回しでなくはっきり言えば、ISO審査員はチェックリストを順繰りに読み上げているだけなのか? と言いたい。
実を言って21世紀2020年の現在でも、そんなバカげたことを語る審査員は多い。それどころか某審査員研修機関では「良い監査チェックリストの作り方」なんてセミナーをしている。ISO19011でも良い監査にはチェックリストなんて語っていないし、それ以前にチェックリストが必要なんて書いてない。監査に重要なのは監査計画である。まさか審査員研修機関がISO19011を読んでいないとは思えないが……

注:ISO19011:2018では、「チェックリスト」を必須としてはいない。但し6.3.4では「作成すべき文書化した情報」として「チェックリスト」を挙げている。

世の中にISO規格とか品質管理や環境管理の監査についての書籍は腐るほどあり、その中で監査チェックリストについてものすごい文字数を費やしている。だけど本当に役に立つのかといえば、監査を知らない人に具体例を示しているにすぎないと私は思う。
よく見かけるのはshallをすべて確認せよというものだ。
ISOMS規格(初期のISO品質保証規格)に書かれているshallひとつづつに「している?か」、「あるか?」と聞いていけば監査が完了するのか? 現場、現物、現実が把握できるのですか。いやできるわけがない。それもいろいろな意味でダメなのである。

先ほどあげた品質方針であれば、周知されているかということを、現場に行って見かけた人に「環境方針を知っていますか?」と聞いてもダメです。
どうして?って、あなた全然わかりませんか?
そもそも規格の「周知」って日本語の「周知」ではないよね、「communicate」の翻訳です。「communicate」とは英英辞典では「to express your thoughts and feelings clearly, so that other people understand them」、つまり「あなたの考えや思いを他の人に伝え理解させること」となります。
「あなたの」とはここでは「経営層の」となりましょう。つまり「工場長が方針に書いた「考えや思い」が各部門の各階層に伝わり理解されているか」となります。実際はそれだけでは足りなく行動につながらなければ方針足りえません。
方針カードを持ってます
方針カード持ってても趣旨を
理解してなくてはだめですよ
となると「環境方針を知っていますか?」ではまったく「communicate」されているかを調べるには見合っていないというになります。もちろん環境方針カードを携帯しているなんて無意味!
これを調べるには、まず審査員は工場長にインタビューして、品質方針に込めた思いとか目標をしっかりと理解しなければなりません。それから各部門・各階層の人たちに(もちろん抜き取りですが)ヒアリングして、聞き取りした人の職務/職階とそれぞれが自分の立場で何をしようとしているかを把握しなければならない。そして経営者の発信したものと従業員たちの意識と行動がマッチしているか否かがアウトプットとなるはずです。
あなたは「方針の周知」を確認するために、そういう監査をしていますか?
そのへんに転がっているアホ審査員がしている「枠組みという語が入っていない」とか「コミットメントという語が…」なんて所作では、監査の神様の神罰を受けて地獄に落ちるしかありません。

計測器管理であれば計測器管理の手順書を見て、計測器の校正記録や修理記録あるいは廃棄の記録を抜き取りで手順書通りなのかどうか、 指サック 指サックをして記録をひたすらめくるという監査をしなければならない。経理の監査で支払伝票をひたすらめくるのと同じです。
サインとハンコがどちらが先にされたのかも確認しましょうね 合格
それは項番順監査でもなく力仕事監査とでも言いましょうか、

このように調査対象によってアプローチが変わるんですよ。常に項番順監査とか常にプロセスアプローチって決めつけるのはいけません。
その組織を初めて監査するとき、二度目のとき、幾たびも監査をした組織、製品・サービスの品質が維持されているとき、品質がバラついているとき、異常が発生したとき、まさか同じ切り口で監査をするはずないよね? 項番順監査よりプロセスアプローチが良いわけではなく、すべての要求事項をプロセスアプローチでできるわけでもない。
そういう実態を考えると……良いチェックリストがあればパートの人にも監査ができるなんて口が裂けても言えないでしょう。

冒頭の言い回しに戻る。
一般的に監査の方法は、項番順監査とプロセスアプローチがあるといわれている。最近私は、それは間違いだと思うようになった。監査には直接的アプローチと間接的アプローチがあるというべきではなかろうか。ここで直接的アプローチ/間接的アプローチとは、直接射撃(直接照準射撃)/間接射撃(関節照準射撃)とのアナロジーである。
直接射撃とはピストルとかライフルで獲物を狙ってトリガーを引くことである。飛び道具のもっとも基本的な照準方法といえる。
残念ながら見えない目標のとき、この照準方法は使えない。
見えない目標とは何か
例えば迫撃砲という兵器がある。この兵器の弾道は大きな山なりに飛ぶ。だから遮蔽物や山の陰にある目標攻撃には最適だが射手には目標が見えない。目標が見えない目標に、どう狙いをつけるのか?
目標が見えるところで弾が落下したところを見て、もう少し遠くとか右とか射手に指示を出すほかない。これが間接射撃である。ピストルとか小銃のような短距離用の武器以外はほとんどが間接射撃である(注4)

注:なお最近では技術の進歩により、近くから目標にレーザー光線を当て、その反射を目指して攻撃したり、GPSを使って目標座標に超長距離攻撃をする方式も現れた。

また前述したように規格要求事項のshallに対応して、大量の文書や記録をめくったり、ひたすら作業者の行動を観察する方法もある。それは決して時代遅れとか低レベルな監査ということでもない。規格要求によってはそれが必要なこともある。
そして規格要求によっては、一つの事象だけをいくら多数観察しても要求事項を満たしているか否かを判定できないこともある。その場合は二つ以上の指標を観察して、それから目的とする指標を算出あるいは推定しなければならないものもあるということだ。
あなたが監査計画を立てるとき、そういう総合的な観点から監査計画を立てチェックリストを作らないとならない。
まあ、それをやっている人はめったにいないんだけどね。

話をはしょって、本日はここまで。というのは新型コロナウイルス流行中の今はフィットネスクラブに行くのも叶わず、せめてもと通行人が少ない道を毎日ひたすら歩くのが日課となっている。
本日はこれから二宮神社を経由して習志野台の日大理工学キャンパスまで1時間ほど歩く予定である。帰りも歩くつもりだが、疲れたら電車だな…


うそ800 本日のまとめ
監査の方法には「項番順監査」と「プロセスアプローチ監査」があるなどと言われる。
実際に監査をしていると、現実にはどちらが良いとか、どちらでなければ、なんてことはない。そもそも分けようがないときもある。
結局対象項目について最善の方法を選ぶことだ。具体的には組織の性質、過去の監査回数、過去の監査結果、そして要求事項に合わせて最適なアプローチを選ぶことだ。それを教えている審査員研修機関を私は寡聞にして知らない。
よく見かけるが、毎度同じチェックリストを使うのは馬鹿、同じアプローチを繰り返すのは阿呆。教えられたことを金科玉条とするのは腑抜けである。
異議は承る、お待ちしております。



注1
ISO9001の初版はマネジメントシステム規格でなく品質保証規格であったことを思い出せ。もっとも名は体を表さず、マネジメントシステム規格を名乗っても本質は品質保証規格のままである。

注2
2001年に電気用品安全法と改称された。細かく言えばきりも限りもないが、従来型式認定を受ける必要があったのが自主適合確認と自主検査になったものなど、製造者に移管されたことが多い。

注3
この審査員は今考えてもものすごい人だと思う。まさに審査員の鑑である。
この方は「うそ800始末10.恩師」に登場するNIさんである。

注4
間接射撃で重要なのは落下地点を把握するための観測地である。日露戦争の203高地の攻防は、実は203高地を観測地として確保するための戦いだった。
203高地とは海抜203mの高台という意味であり、そこから旅順の街と港が一望できた。
もちろんロシア軍はそうはさせじと守ったわけで、その攻防で双方が多くの犠牲を出した。日本ばかりが大きな損害を出したように思っている人が多いが、日本軍戦死者15,400人、ロシア軍戦死者16,000人と要塞で守るほうがこれほど被害を出している。
直接射撃
敵から見れば観測地は目の上のたんこぶ、だからいずこの戦いでも敵方から観測地が見つかると総攻撃を受け、そこにいる射撃指揮官の戦死が多かった。
なおライフルや機関銃で長距離(100〜500m)射撃をするとき、弾丸の沈降を見込んで目標までの距離に合わせてスコープや照準を調整するが、これは間接射撃ではなく単なる補正である。和弓の遠的(60m)で的の上を狙うのも間接射撃ではなく直接射撃に変わりはない。



コマゴマ様からお便りを頂きました(2020.04.07)
いつもお世話になっております。
方針カードを持っているか、方針を記憶しているかは昔指摘をされたことを今でも覚えています。
確か10年ほど前の2010年頃だったと記憶しています。当時は若く何も思えなかったのが今となっては悔しいですね。
第二世代のISO審査員は少なくとも2010年頃までは同じ指摘をしていたとなると、まるで成長していないというかなんと言いますか…

コマゴマ様 毎度ありがとうございます。
品質方針でも環境方針でもカードを配らなくても、管理者の年頭あいさつとか会社の社内広報誌などに印刷していると思います。それと自分の直属の上長が、うちの部門では今年これを達成するぞとか、この仕事は社運をかけているんだから必達だ!なんて言っていると思います。それを受けて自分は何をすべきかと考えるのは当然で、それが方針の周知であり展開であるという当たり前のことを会社も従業員も審査員も理解すればいいだけなんですけどね。そして社長が語るだけでは意味がないわけで、
方針カードが悪いわけでなく、そこに自部門のすべきこと、自分がすべきことを書くところがあれば意味があると思います。そして元々の方針を忘れても自分がすべきことを忘れずに実行すればいいわけで……
現役時代、いろいろな人から方針カードを作らなくちゃならないのかと聞かれました。総務部は従業員に品質、環境、その他いくつも持たせるのは現実的でないといい、ISO担当者は金がかかるといい、現場の管理者は携帯しても邪魔になるだけで意味がないといい、まあいろいろですが皆さん方針カードを配りたくないようでした。
私はいつもカードは必須でない、従業員ひとりひとりが己がなすべきことを理解していることが必須ですよと回答していました。それに対しては、そんなことはできっこない、カードを持たせるほうが簡単と……結局、多くの会社で方針カードを配るのは、難しいことしたくなく、お茶を濁しているだけのようです。
でもさ、ISOと関係なく社長とか工場長が考えたこと、目指すことをひとりひとりが認識し協力してくれなくちゃ方針って何なんでしょうね?
それってISOと関係ない根源的な問題だと思います。
ちなみに骨の髄から標準化人間、計画的人間である私は、70歳までに、75歳までに、80歳までにとobujectiveをかかげ、毎年それを実行するtargetを決め、粛々と実行しております。
2020年の目標は平泳ぎが自己流でなくセオリー通りに泳げること、熱田神宮参拝、古事記の勉強などを掲げて頑張ってます。


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