「○○を超えて」なんてタイトルの本はたくさんある。「時代を超えて」「限界を超えて」「文化を超えて」などなど…昔々は「Over the Rainbow」なんて歌もあった。
本日のタイトル「審査基準を超えて」はそれほど高尚ではない。正確に言えば「審査基準を逸脱して」とすべきかもしれない。じゃあ、なぜ「審査基準を超えて」にしたのかと問われると、ちょっと気取ってみただけ。
キャンディーズが活動を停止して早42年、時の流れの速さに驚くほかない。スーチャンは亡くなったし、ランチャンもミキチャンも60代半ば、いやあ、歳は取りたくない。
2000年代末より2010年代初期、ISO認証企業で不祥事が散発した。いや不祥事はISO認証が始まった時からあったのだろうけど、認証が必須の時代にはそんなこと口にできなかった。21世紀になって、審査員が神でないと言えるようになって、ごちそうをたかられたとか土産を…という話が零れるようになり、更に10年たって認証の効果・価値を論ずることができるようになったのかもしれない。
おっと、不祥事なんて忘れた人も多いだろうから、いくつか挙げておく。
年 | 不祥事 | 企業 |
2006 | 排ガスデータ改ざん | 製鉄会社、電力株式会社(複数) |
2007 | 賞味期限改ざん | 食品会社 |
2008 | 古紙配合比改ざん | 製紙会社(複数) 下記注 |
2009 | 再生材配合虚偽記載 | 家電メーカー 下記注 |
以下略 |
注:改ざんというと品質を実態より良く偽ったと思うだろうが、プラスチックも古紙配合比も、実際より悪く偽ったという理解できないオハナシ。
その結果、世間から「ISO認証は信頼できない」と言われた。もっともここでいう『世間』とはなんぞやというと、一般人ではなくマスコミと市民団体であろうか。なお現代日本では、市民団体とは市民の団体ではなく、特定の思想団体を意味する。
だって本当の市民はISOなんぞ知らない。私は20年間、ISO認証で家族を養ってきたが、家内は「ISOって、なにそれ? おいしいの?」レベルである。当時、池上彰がISOの解説をテレビでしたが、内容はうそ800だった。まあそれほど一般人には縁のない理解困難なものなのだ。
ともかくそういう世間?の反響を受けて、経産省は2008年「マネジメントシステム規格認証制度の信頼性のためのガイドライン」を出し、これを受けてISO認証関係団体は「MS信頼性ガイドラインに対するアクションプラン」を出した。
あれから10年、アクションプランの効果はどうだろうか? はっきりいってわからない、というか効果はないようだ。少なくても私は知らない。しかしその影響でか、ISO審査でその審査基準以外であっても異常を見つけたら不適合を出すようになった。果たしてそれはまっとうなことなのか? 見当違いか? 余計なお世話か?
審査基準とは:
つまり認証規格であるISOMS規格とその会社の規定類である。
当時、認証機関の知り合いの取締役に会ったとき、審査している企業で粉飾決算とかセクハラがあれば認証を取り消すのかと質問したら、そうなるかもって返事でした。
オイオイ、そりゃ、おかしいだろう!
実際の例として、某食品会社で賞味期限の改ざんがあった。それが該当するのはISO9001だろう。しかしISO9001はもちろんだが、ISO14001も認証停止となり、結果 認証を辞退したと記憶している。まさに落ちた犬は叩けである。ISO認証は一点の曇りもない企業に与えられるプライズなのであろうか?
これは疑問文ではなく、反語である。
もっとも、一点の曇りもない企業だけを相手にして、第三者認証ビジネスが成り立つのかは大いに疑問である。
一点の曇りもないエクセレントカンパニーなら、そもそもISO認証など必要としないだろう。実際にもうISOは卒業したと認証を返上した会社もあるし、日経環境経営度に参加しないことを表明した会社もある。
昔々1950年代のこと、デミング賞が始まって間もなく、デミング賞を受賞した企業が、受賞後ほどなく倒産した。それ以降デミング賞の審査においては経営状況も調べて、品質管理体制が良くても財務体質が悪い企業は表彰しないことにしたという。
まあデミング賞はプライズだ、なくても商売に関係ない。私の少年時代、デミング賞は社長の道楽、それにはまると会社をつぶすなんて言われた。それにデミング賞は公共の制度ではなく、民間の賞だから、授与要件をどう決めようと文句をいう筋合いはない。
だがISO認証はプライズではない。元々は商取引を円滑にするためにグローバルスタンダードを作ったのではないか? そして商取引における品質保証のためにISO9001を認証し、環境配慮をしていることを発注条件としている客先へそれを実証するためにISO14001を認証するのではないか……建前は
それにISO17021ではISO認証は、100%要求事項を満たしていることを保証していない。
ISO17021-1:2015
4.4.2 注記
いかなる審査も、組織のマネジメントシステムからのサンプリングに基づいているため、要求事項に100%適合していることを保証するものではない。
認証機関は審査が抜き取りであり認証していても100%適合でないと表明しておきながら、認証企業に瑕疵が見つかれば、認証を停止するとか取消すというのはつじつまが合わないと思うのは私だけか?
受入検査で合格し受け入れたのち不良品があったとき、現物の交換を求めるのはわかるが、不良品混入を問題視するのはそもそもおかしいと思わないか?
各MS規格にはそれぞれのカテゴリーの守備範囲についての要求事項があり、それが審査基準である。審査は要求事項を満たしているか否かの調査である。ISO審査において、審査基準以外について不適合を出す根拠は不明だ。というか不適合の根拠はどうするのか?
もちろん審査において明らかな異常があれば問題提起してもらうのは結構であるが、それは不適合となるのか否かについては議論の余地がある。
もうひとつ問題なのは、例えばISO14001の審査員は環境については専門家であろうと期待する(多くの場合その期待は裏切られる)が、労働安全とかセクハラとか財務とかの法規制や業務についての知識をお持ちだろうか? ISO14001の審査で法違反を指摘され、何度も市役所とか県の出先機関に相談に行き、その結果問題ないとなった経験豊富な私はそんな疑問が湧き出てきて不安である。
MS規格の要求事項を超えると思われるとはどのようなものか、私の経験や伝聞をもとに、いくつかの事例を考えてみた。
あなたはISO審査員です。さあ、行ってみよう。
「キシレンは劇物ですから表示をしなければなりません。表示してないと毒劇物取締法違反です」
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「キシレンは濃度50%以上が劇物です。うちでは洗浄用にキシレンを使っていますが、濃度50%以下のものを購入しています。だから対象外です」
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「万が一、誤って濃度50%以上のものが入ってきたらどうしますか?」
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「受入時に伝票と缶の表示を照合します」
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「でも表示と中身が違うかもしれない」
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「使うとき缶を開ければ臭いが違いますよ。日常作業していれば気づきます」
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「作業者が風邪をひいているかもしれない」
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「そこまで心配なら、普通の洗剤やオイルを買ったときも、誤って毒物とか劇物が納入されるのを想定しなくちゃなりませんね」
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「その通りです。だから劇物表示が絶対必要です。とりあえずこれは法で定める表示がないということで不適合でよろしいですね」
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「アホラシ」
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「顧客の要求では保管中の温湿度管理を求めています。この倉庫では温度の記録はありますが、湿度は測っていないようですね」
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「ここは本日審査を受けているA製品ではなく、別製品の倉庫です」
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「でも工場巡回でここに来たのは審査するためでしょう」
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「A製品の倉庫はこの隣です。我々は近道するためにここを通っただけです」
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「ここにA製品を置くこともあるでしょう」
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「そんなことありません。ルールに定めてますし、今ご覧になっても分かるようにA製品は置いてません」
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「いやいや、間違えて置くかもしれない。湿度管理していないという不適合です」
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「夜遅くまで頑張っていたのですね?」
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「アハハハハ」
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「勤怠の記録を見せてください」
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「5月はコロナ流行の非常事態宣言発令で、私はテレワークしてました。この規定は私の自宅で作成したのです」
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「でも深夜ですね。テレワークでも裁量労働制でも……使用者は勤務時間が適正かを確認する義務があります。これは不適合ですね」
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「どのISO14001規格要求に当たるのですか?」
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「労働法違反でしょう」
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「そうですか〜、労働法違反だとして、ISO14001の不適合ですか?」
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「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」 | ||
「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン解説」 |
「うわー、すごい臭いですね」
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「有機溶剤の臭いをかいだことがないと、きつく感じるでしょうね。でも作業環境測定はちゃんとしてますし、測定結果はいつも規制をクリアしてます。作業者は活性炭マスクもしてます」
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「しかし私の鼻では……これは基準を超えてますよ。安衛法有機則違反ということで良いですね」
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「ちょっとちょっと!」
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「おーい、みなちゃん、麦茶お願い。冷たいやつ」
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「ハーイ、お疲れ様で〜す」
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「御社ではお茶くみを女子社員にさせているのですか?」
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「決めてはいませんが男女限らず若い人が上司や先輩にお茶出ししますね」
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「年下や部下が上司や先輩にって、そりゃパワハラでしょう。 みなちゃんと呼ぶのもパワハラですよ、セクハラかな」 | |
「パワハラって『職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にした、業務上の適正な範囲を超える言動により、他の労働者に精神的、身体的な苦痛を与えたり、就業環境を害すること』でしょう」
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「みなちゃん、麦茶を頼まれて精神的・肉体的苦痛を受けたかい?」
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「まっさか〜、むしろ今の審査員さんの言葉で精神的苦痛を受けたわ」
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「ともかくこれはパワハラ防止法(労働施策総合推進法)にひっかかります」
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「100歩譲ってパワハラとしてですね、パワハラ防止法がISO14001と関係あるのですか?」
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「ISO14001で環境の定義は『組織の活動を取り巻くもの』ですから、当然人間関係も入ります」
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「ほう、このカレンダーは水着の女性ですね」
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「これは関連会社の旅行会社のカレンダーです。当社グループにしては垢抜けしていて、評判いいですよ」
注:大企業ですと、出張の電車やホテルを手配するための子会社を作っているのは珍しくありません。当然、業務委託されたものだけでなく、自主事業として旅行会社の代理店もするし、自社でツアーも企画します。 | |
「水着のカレンダーを掲示してるのはセクハラにあたります」
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「水着といってもエロチックでありませんし、それに家族連れの写真ですよ。実際、女性従業員にも好評です」
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「ともかくこのカレンダーはセクハラにあたると……」
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「えー! このカレンダーがセクハラで、それでISO14001の不適合なの。 グループ会社のカレンダーも貼れないとは……」 |
注:収入印紙金額不足そのものはマネジメントシステムの不適合ではないでしょう。そういった証拠を基にシステムが悪いのかどうかを突き止めなければなりません。
あなたは毎日の審査で、本来の審査基準以外について、どのような判断をしているのでしょうか?
実はときどきこのウェブサイトに感想文を送ってくれる方が、「認証を受けているMS規格の要求事項以外で不適合を出されたんだけど、それってありかい?」とご質問されたので、要求事項以外の不適合を思い出して書いてみました。
私の言いたいことは単純である。
先日、マンションのご老人(私も老人だが)と議論になった。彼が言うには「老人はITを使えない。俺を見習って不勉強せい」と語った。その前段が事実か否かは証拠を提示されないと何とも言えない。
しかし後段を聞いて、カチンと来た。実は2年ほど前、彼に頼まれてマンションの老人クラブ専用のネット掲示板を作った。ところが彼はそれを使いこなせず、今は埃をかぶっている。
それをとりあげて、不勉強な老人にはあなたも入るのではないかと反論した。彼は過去のことはいいのだという。私は、人を批判するのに自分が批判されるのを拒否するダブルスタンダードを許すことができない。
審査員は規格適合/不適合を判断することが仕事だが、その判断が適正か/不適正か相手に吟味されるのも当然だ。その覚悟はしてますよね。
野球部員が不祥事を起こして甲子園出場辞退という処置は、私はどうかと思う。まあ、世間に納得してもらうためにはやむを得ないかもしれない。
しかしそのために合唱部も大会出場辞退となると、それはおかしいと思う。
人間は感情があるからそこんところは割り切れないし、人によってどこまで許容するかはいろいろだろう。
だが限度ってのはある。
そこで問題です |
もし上記において認証機関が認証を停止/取消しようとし、それを受けて企業が認証機関相手に民事訴訟を起こしたらと考えると、軽々しくISO認証を取消とか停止なんてできないと思いますね。私は、審査や認証の問題で認証機関を被告とする裁判が起きないかと見守っているのですが、なかなかありません。
10年近く前、売却した土地に土壌汚染が見つかり認証機関が認証を取消しようとしたとき、認証を受けていた土地を売った企業が裁判を起こすと言ったという話を聞きました。あれはどうなったのでしょう?
あのときついでに土地を購入した企業が認証機関を訴えたなら、認証の位置づけや信頼性のモヤモヤが一挙に解決したのではなかったかと残念です。
もしそうだったら、二つの裁判の判決の4通りの組み合わせがどうなったかと思うと、ワクワクしませんか?
そもそもISOMS規格はシステムの規格ですから、犯罪や不可抗力による事故を防ぐことはできません。犯罪や事故が起きたとき、それへの対応をみてシステムが有効か否か判断されるべきでしょう。
本日の覚悟
古代ギリシアでは誰かを告発するときは、己の首に縄をかけたそうだ。告発が通れば相手は絞首刑、相手が無罪であれば己が吊るされるという公明正大、恨みっこなしのしきたりである。
「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている」とか、「人を批判するなら批判される覚悟を持て」という。自分だけ安全地帯にいるなんてずるい。それは自分が一人前にみなされていないことでもある。それはつまらないだろう。
お前はどうなんだといわれそうですね。もちろんその覚悟を持って、日々ウェブを書いております。ぜひご批判のほどを。
いつも判り易くて楽しい読み物を有難うございます。 下記 感想です。 >イギリス人の審査員は、「ここは認証範囲外だね。それなら見る必要がない」と言って入るのを断った これが欧米人の考えですよね。 台湾の場合は面白くて、米国流と日本流が入り乱れております。 政府系のISO認証機関、ITRIは、日本の審査機関との交流が深いせいか、似た所があるようで、結構細かい所を言ってきます。 欧米系の審査機関の台湾法人は、審査員も海外留学経験がありあちら流、つまり「認証範囲外はみる必要がない」 中国は、人治主義ですからね、その会社と審査員の関係により異なると思います。 つまり判定基準が、企業と担当で、一律でない可能性あり。その意味では日本より難しい時もあり、簡単な場合もあります。 また聞きの話でネタ話ですが、とある日本企業が中国のODM部品メーカにISO関連の品質文書を提出して貰ったそうです。 とっても立派な規定だったのですが、どうも内容が変で「作業者はマスク、手袋」くらいはOKですが、「材料は冷凍して保管」とか、「製品の期限の表示は厳格に守られなければならない」とか。 指摘すると、担当の回答は「前の会社(食品)の規格だった」とか。部品屋さんに転職したから、もう少し内容は見直そうね。守秘云々は言っても無理でしょう。自分の作ったものは自分のものだと思っています。 日本の場合に、範囲外審査がまかり通るのは、審査を受ける側も変だとおもつつ、簡単な不適合ならば、対応して審査を済ましてしまおうと思うからなのでしょうね。 例えば悪いかもしれませんが、痴漢嫌疑で、濡れ衣だと抗弁すれば裁判で立証が大変。やってなくても、認めて謝れば、それで済むなら受け入れようという考えに似ているかもしれません。 欧米の基本的考えは、労働でも範囲が明確で、それ以外は出来てもやらない、むしろやってはいけない。 日本の場合には、職務外でも助けるのが「気働き」とか「仲間意識」だと言われる。 そんな文化的背景もあるかもしれませんね。 |
外資社員様 毎度ありがとうございます。 自分が現役時代、いつも正しいと思ったことを主張したかといえば、そうでもありませんでした。おっしゃるように簡単なことなら筋違いでも濡れ衣でも、こちらが罪を被ったほうが面倒臭くないです。 ISO14001では改善活動が義務なわけですが、とてつもなく複雑なプロジェクトでなければ計画は一つで間に合うと思います。 しかし2015年改定までは、改善するための計画は長期と短期のふたつが必要というのが審査業界の共通認識だったようです。(外資系は除いて)もちろん計画が二つ必要とは規格に書いてありません。 注:2015年改定で計画は一つでよいとなったのです。それまで二つ必要だと熱弁を語っていた多くの審査員はどうしたのかといえば、みな忘れた振りですよ。まあ根性が曲がっていますね そして9割の企業は必要ですと言われると、それがおかしいと思っても従っていました。私が指導した会社では納得いかないと拒否しました。向こうは審査員からえらいさんに話が回って、打ち合わせをすることになりました。指導した会社の部長と担当者が私が書いた台本をもって認証機関に乗り込みました。すると認証機関が「ハイわかりました。不適合を撤回します」となったのです。それなら初めからまっとうな審査をしろよと言いたい。でもそんな面倒くさいことをするなら審査員の間違いも「おっしゃる通りに是正します」って言ったほうが手間がかかりません。まあ根本原因は、審査員のレベルが低いということに尽きます。 ところで私は総武快速とか総武緩行で10年間通いました。最初に上司から言われたのは痴漢に間違えられないように、両手を常に吊革につかまるか鞄とかを持っているようにと。そうすれば痴漢だと言われても言い訳ができるとのことでした。幸い私は一度も濡れ衣を被ったことはありませんでした。 しかし通勤した10年間、数か月に一度は車内とかホームで「痴漢よ!」なんて声を聴きました。あれって本当に痴漢だったのか、間違いなのか、わざと冤罪をかけてゆするためなのか? あれほど痴漢がいるとも思えません。どうだったのでしょうか? |