緊急事態その1

20.10.05

緊急事態とは何か? とか、緊急事態の対応! なんてことは、もう誰でも知っていることで、わざわざ解説することはない。
考えなければならないことは、ISO14001で取り上げた緊急事態が真の緊急事態なのか、緊急時の対応がまともなのかということだろう。
ということで、本日はそんなことをネタに講釈を語る。

昨今、災害が増えているとか、災害が多発しているということは事実だろうか?
災害といってもいろいろある。平成の地震だけでもの大きなものとして……

地震だ!

1995.01.17 阪神淡路大震災
2004.10.23 中越地震
2008.06.14 岩手宮城地震
2011.03.11 東日本大震災
2013.02.02 北海道十勝地方地震
2016.04.14 熊本地震

もちろんもっとたくさん起きている。
昔の地震の記録は正確ではないが、江戸については様々な記録や物語に残っている。
そういうものをみると、過去から発生頻度はあまり変わっていない。最近は2011年の東日本大震災の大きな余震が発生して多く感じているが、長い目で見れば増えたとは言えない。
江戸時代の大地震の発生状況を見ると、むしろここ1世紀は関東地方に大地震が起きていない。大地震が起きてないからより危ないと感じる。
関東大震災が1923年だから100年後の今 非常に気になる。令和の関東大震災が明日にでも起こるかもしれない。

大地震は多い少ないよりも、1回発生すると歴史が書き換わってしまうようなものだから、とにかく備えを忘れてはいけない。

ところで天災は地震だけではない、昔から台風も津波もきたし、大火災もあった。いずれも規模だけでなく、社会が変わったり生活環境が変わったことで、被害が大きくなったり小さくなったりする。
火事と喧嘩は江戸の華と言われたが、建築物が耐火・防火構造となり、消防の整備、道路、水利の改善で、昨今では大火災はほとんどない。また河川の浚渫や堤防の整備でカサリーン台風の際のような、広い面積が水につかり、更に水が引くまで1か月以上の長期間かかるようなこともなくなった。津波も堤防、防災の通報などによって少しずつ改善されている。
他方、地震の被害は江戸時代なら人の身体を除けば、建物、寝具、衣類程度しか被害を受けるものはなかったが、現代は社会インフラ、つまり送電、上下水道、電話線、道路それに多様なデータなど、便利な分だけ被害を受けるものが増えているから、過去と同じ規模の災害でも被害甚大で復旧も長期間かかるようになった。

羽 釜布 団行 李(こうり)
鍋羽釜布団行李

私が楽観的すぎると思われるのも本意ではないが、悲観的に考えることはない。何事も少しずつ良くなってきているのだ。そして最近悪くなったわけではないと理解すべきだ。

そしてまた過去より「発生するかもしれない」と思われたものは、ほとんど「発生している」ということだ。
地震や津波のような自然災害だけでない。過去の報道をめくれば、地下貯蔵タンクからの漏洩もあったし、廃電池のショートから火災が起きたし、PCB機器の紛失はあったし、人間が想定したものはほとんど起きている。そして想定外の事故も災害も起きている。
もちろん災害とアブナイこととISO14001の緊急事態は同一ではないが、発生すると思われる非常事態に備えることは必要だ。
よくISO審査で「これは緊急事態じゃありません、単なる事故です」なんて語る人もいるが、そんな屁理屈はあまり意味がない。
なにか異常が起きたらそれに対する処置を決めておく、実行できるようにしておくということが大事なことだ。そういう意味では緊急事態と平常時は全く異なることはない。
ISO規格でわざわざ緊急事態という項があるのは、日ごろ発生しないから処置対応がとられることがなく、特にテストをしておかなければならないということだ。
よく読んでほしいのだが、ISO規格で緊急時と平常時の要求の違いはテストの有無だけだ。緊急時は平常時より重大だから……というニュアンスはない。

ということを踏まえて最近の災害や非常事態を考えてみよう。
2019年秋に来襲した台風による千葉県の被害は甚大だった。1年経った今でもまだ完全には復旧していない。


東日本大震災のとき、元勤めていた会社の同僚から聞いた話だ。彼は私の後任で機械保全や環境担当である。
地震だとなって全員外に避難した。全員無事でホットしたものの、風が吹き雪がちらついてとても寒い。今は工場内が暖房されているから、長そでは着ていてもセーターを着てない人が多い。寒くておしくらまんじゅうをした。 シャベル そのうち寒さでおしっこしたくなり、持ち出したシャベルで穴を掘り周りを人垣で囲い、交代で中で用をたした。シャベルなどの道具も地震で持ち出せたのはわずかだった。
避難してから、建屋はガタンガタンと音を立てて崩れていき、とても入るどころではない。
そんな話を聞かされた。

多くの会社では避難訓練というと、建屋から逃げるテストや練習をするが、それからどうするのか。田舎の工場なら広いグラウンドがあるのが普通だ。しかし都会のビル街では道路にいても頭上から信号機や建物のガラスが降ってきたりするだろう。東日本大震災の後、私は丸の内を昼休み散歩していてビル壁面から歩道に落下してきたタイルを多数見かけた。
更にしばしの時間そこにいるならトイレ、飲み水、寒さ暑さ対策も考えないとならない。
それから帰宅することもだ。私は帰宅困難者訓練に参加したことがあるが、訓練ほどうまくいかないことは東日本大震災のとき体験した。
避難訓練は脱出するだけでなく、脱出してからどうするのかまでを考えておかないとならない。

自宅にいた場合でも、緊急事態に家から出た後を考えておかなければならない。万が一のときに近隣や行政に縋りつくだけでは恥ずかしいし、なによりも困るのは自分自身だ。
行政はハザードマップを配布しているので参考にしなければならない。私の住んでいる自治体では、防災用品の備蓄点検とか避難方法確認などするようにと、年に1回通知が回ってくる。
余計なお世話と思うかもしれないが、良いことだと思う。

そういえば東日本大震災の時、家内は揺れが収まったとき最初にしたことはお米を一升炊いたことだという。それをお結びにした。家内が言うにはいつ停電になるかもしれない、あるいは避難指示があるかもしれない。だから最低食べるものを確保しておくべきと考えたそうだ。
おにぎり 確かに水とか毛布とかはいつも用意しているからそれを持ち出すだけで済む。電気が来ているうちにご飯を炊くというのは良い判断だと思う。幸い実際には停電にならなかったが、翌日へとへとになって帰宅した私はありがたく握り飯を食べた。
ともかく家庭での非常事態対応は見た目とかでなく、実際に役に立つこと、そして完璧でなくてよいからゼロでないことが最優先だろう。見た目りっぱなリュックと新品の防災用品よりも、いつも使っているエコバックでもいいから常用している薬とか免許証、保険証、お薬手帳などが重要だ。


じゃあISO14001で緊急に取り上げているものはいかがなものでしょうか?
ほとんどの工場では土嚢を準備して近くの河川から越水するのを防ぐなんてことを想定しているだろう。実際に土嚢を積んで建屋に水が入るのを止めたことがあるのだろうか?
私が以前勤めていた会社では、敷地がわずかに傾斜していて、高いほうの更に少し上のところをかっての農業用水の堀が流れていた。そして大雨が降ると用水堀から水があふれ、工場敷地全面を上流側から低い方にゴーゴーと流れていくのが通例であった。
それで建屋ごとに地面が高いほうの壁沿いに棚を備えて、そこに多数の土嚢を常備していた。
とはいえ雨が降ったら入り口の前に土嚢を積むなんて簡単ではない。一回やってみればわかるが、扉の前に土嚢を山積みしても水の流入を止めることはできない。土嚢の隙間から、また土嚢を浸透して水はどんどんと建屋に入ってくる。
だから大雨になると予測すると、扉を締め切り扉外側の地面側と左右の建物の壁にビニールシートをガムテープで貼りつける。そしてそのビニールシートがはがれないように、めくれないように土嚢で押さえる。要するに水の流入を止めるのはビニールシートとガムテープであり、土嚢はそれを止める役割だ。
もちろんそれでは出入りできなくなるから、水の流れの側面または後方にの出入口に、地面から50センチくらいまでの板をおいて左右の壁にあて、それも同様にビニールシートをかけてテープ止めして土嚢で抑える。
皆慣れたもので、管理者が一声かけると仕事を中断してとりかかり、30分もかからずに完了した。
もちろんそれでも水は浸透して5センチやそこらは工場の床面が水浸しになるから、低いところにある部品材料や書類などは2階に運ぶとかした。
水が引くときは、モップで流れ込んだ泥を吐き出さないとならない。いったん乾いてしまうと箒などでは掃き出せない。
その後、土嚢は必ず乾かす。湿ったままで放置すると中が腐ったり、流れてきた種が芽を出して土嚢を破ったりする。また紫外線を受けると土嚢の生地がボロボロになる。直射日光に当てないように定期的に乾燥させたりした。
結構大変なのである。
ところでそういうとき働いている人たちの住宅はどうだったかといえば、私を含めみな工場よりは水害の恐れの少ないところに住んでいたので、水害にあった人はめったにいなかった。工場よりも住宅のほうがリスク予測して家を建てていたわけだ。

油漏れというのも緊急事態の典型だ。
これもフロアに細長いフェンスタイプの油止めで周囲を囲い広がるのを止めようというのが多い。タレパンとかマシニングセンターになると切削油(切削液)が数百リットル、塗装の水洗ブースになると水または油が1トン以上入る。仮に20m四方に広がったとしても液の高さは3センチくらいになる。チューブタイプのオイルフェンスは大体直径7センチくらいだから床面との隙間からの漏れを別としても、抑えきれるかどうか怪しい。
実際には建屋の外の側溝を閉鎖して、そこに漏れた油を溜め込むのがせいぜいというか最善策だろう。あとは業者を呼んでバキュームカーで吸い上げてもらうしかない。もっとも地中に漏れたり浸透しない側溝というのも稀有であるから、点検が必要だ。

ケチをつけているわけじゃない。実際にやってみればなかなか思い通り行かないものだ。まあそのためのテストであるわけだが、シミュレートするにも実際と同じ条件でやるなんて不可能に近い。
ISO14001が始まった頃、成型工場の課長が成型機の油が漏れたと仮定して1斗缶で水を流して実験したのを見たが、作動油がすべて漏れることがあるかどうかわからないけど1斗缶程度の水ではテストにならないだろう。せめてドラム缶ひとつとかふたつ流さないと。とはいえそれだけ流せば後片付けがシャレにならない。
それを見て、やってみただけというか、証拠作りにしかならないなと思った。

環境監査を10年やったが、これが本当の緊急事態なのか? こんなことが実際に役に立つのか! と思うことは多かった。
わざわざ緊急事態を想定して何をしようかと考えることそのものがおかしい。日常危険だと思っていることに手を打つとか、機械のメンテナンスをしっかりするなど、見た目とか形でなく地道に行うことだと思う。
審査で見えるように立派なスピルキットを購入する前に、防油堤のひび割れを補修するとか、その前に有休機械を防油堤内に保管しているのを止めるなど、やることはたくさんあるだろう。

それとISO認証のために緊急事態を探しまくる人も多い。緊急事態なんて探さなくてもたくさんある。
非常持出しといって
もいったい何を
持ち出すのだろう?

三木
緊急事態の連絡網とその有効性の確認がまずあるだろう。非常持ち出し担当になっていても、何を持ち出すのか決めてないなんてことは普通にある。
また、今は多くの人が携帯電話/スマホを持っていて通話できるだろうけど、それが非常時に使えるか大丈夫ですか?
昔は各職場防衛隊に伝令という役目が決めてあった。たいていは高卒の新入社員が担当した。なにしろ体力があるからだ。現場指揮者の脇に控えていて、命令を受けると復唱して、指示された場所へ駆け足で指示を伝え、また状況を報告した。
今では携帯電話などコミュニケーション手段が整備されて廃止されたのだろうか? 停電とか社内無線LANが止まったりしたときは、どのような手段でコミュニケーションをとるのだろう? 伝令をするにも通路の確認、各部門の責任者の顔と名前を覚えなければならず、指示伝達の際の復唱も練習が必要だ。

オフィス系だと緊急事態がないなんていうところもあるけど、そうとは思えない。
私が本社にいたときは、工場とか支社あるいは関連会社の緊急事態を、本社の緊急事態としていた。いやその前に、そういったところの環境管理が本社の環境側面そのもののはずだ。
グループ企業の環境計画の策定、そのためには関係組織との調整があり、指示とフォローと集計などが本社の仕事なら、それが環境側面なのは当然だ。工場で漏洩事故がありマスコミ対応が本社が行うなら、それが緊急事態であるのも当然だ。
本社の環境側面とは本社機能そのものであり、本社の緊急事態とはグループ企業の緊急事態である。

まあ、そんなことを考えると、ISOの緊急事態なんてはるか昔からしていたことであり、わざわざ緊急事態とは何だろう? なんて考えることこそ異常である。

そんなアプローチじゃ、過去に発生していない事故や災害、想定外のことは思いつかないだろうとおっしゃるか?
その通りである。しかしリスクがあるものは必ず発生するということは真実なら、過去を振り返って発生した事故や災害に対応していれば十分ということになる。
それに過去に発生していない事故や災害をあなたは思いつくのだろうか? そもそも過去に発生した事象さえ緊急事態に載ってないことが多いようだ。
まして一定規模以下のトラブルは緊急事態としないなんて足切りをするようでは無意味、台本のあるお芝居にすぎない。
過去より想定していることに対応し、想定できなかったことが発生したらそれへの対応を付け加えていく、それが人間にできる限界だろう。それはまさにIBM社がしてきたことである。

それは2015年版で予防処置がなくなったのとは意味が違う。2015年版でなくなったのは「ISO14001:2015要求事項の解説(下記注)」に書いてあるが「マネジメントシステムそのものが、予防的なツールとしての役目を持つと考えられる」とある。私はそうではなく人間が考えられるのは不具合が発生しなくても顕在していなければ認識しないと考えている。
そういえば偉大な寺田さんが「発生したことがないことの予防ができるものか」と言っていた。
まあ、そんな高度なことを考える以前に、実態に合ったテストをしないのはまったくダメということでよろしいだろう。そんなレベルの高いことを考えるのは、過去に発生したことを真面目に対策をしたのちに行うことだろう。

注:「ISO14001:2015要求事項の解説」吉田敬史/奥野麻衣子、日本規格協会、2015


うそ800 本日の反省
今回は緊急事態について考えようと思ったけれど、長いだけで起承転結もなく、建設的な提案もない、ただの年寄りの繰り言になってしまった。
もう一度チャンスをいただき、この話を何とかまとめようと思う。ゆえにその1とする。




うそ800の目次にもどる
ISO14001:2015年版規格解説へ