私は暇があるとISO14001の対訳本を読んでいる。なぜ14001の対訳本を読むのかというと、私は貧乏なのでISOMS規格の最新版の対訳本とか対訳規格票ではISO14001しか持っていないからだ。
正直言って買いたいのだが、なにせべらぼうな値段だ。冊子といえるような小さなサイズで300ページのISO19011対訳本が7480円、腰を抜かしてしまうよ。
ISO14001対訳本は同じサイズの262ページで4510円。それだって安いとは言えないが、いくらなんでも7480円はべらぼうだろう。1ページ25円だよ、まさか金箔でできているんじゃないだろうなあ〜
そんなわけでISO14001を読むしかない。ISO14001だけではわけわからんところが多々あるので、座右に「ISO14001要求事項の解説いる いた。
最近「ISO14001要求事項の解説」を読んでいて「エッ」と思ったことがあり、一文をしたためる。
該当箇所は「6.2.1 環境目標」である。環境目標の内容は2015年改定で大きく変わった。以下にJIS訳の規格の文章を示す。
以下、上記規格本文についての解説文でおかしいと思うところを抜き書きして、愚考を記す。
ISO14001:2004 (上が和訳・下が原文) | ISO14001:2015 (上が和訳・下が原文) |
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3.9 環境目的 組織が達成を目指して自ら設定する、環境方針と整合する全般的な環境の到達点。 3.9 Environmental objective Overall environmental goal, consistent with environmental policy, that an organization sets itself achieve. | ⇔ |
ブラウザやスマホによっては、左右の文章と矢印⇔が合いませんが、ご勘弁を願います。 |
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右の2015年版目標の定義は、上下の2004年 版の目的と目標のどちらの定義に近いか? |
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3.13 環境目標 環境目的から導かれ、その目的を達成するために目的に合わせて設定される詳細なパフォーマンス要求事項で、組織又はその一部に適用されるもの。 3.13 Environmental target Detailed performance requirement, applicable to the organization or parts thereof, that arises from the environmental objectives and that needs to be set and met in order to achieve those objectives. | ⇔ |
上表の左側の環境目的と環境目標のどちらが、右側の環境目標に当たるか考えてみてほしい。ISO14001の1996年版/2004年版と2015年版の環境目的と環境目標を読み比べても、どうも「"環境目的"が削除された」とは思えない。
2004年版の環境目的が2015年版の環境目標と同等だろう。つまり「環境目標が削除された」としか思えない。
2004年版の「環境目的(Environmental objective)」のマス目にはしっかりと2015年版の「環境目標(Environmental objective)」が鎮座しており、2004年版の「環境目標(Environmental target)」のマス目には2015年版では本文にない「目標(target)」をわざわざ書き込んでいる。
どう見たって2004年版の環境目的が2015年版の環境目標と同じだろう。
以上から、「environmental objective」の定義は少し変わったが、意味するところは変わっていないこと、「environmental target」が定義されなくなったので、ISO14004の表では単に「target」と記されるようになったと理解するのが妥当だろう。
1987年にISO9001を翻訳した時、計画における目標が一段階だったから素直に目標と翻訳した。しかし1996年にISO14001を翻訳するとき、規格の目標が2段階だったから、「objective」を「目的」に「target」を「目標」に訳したのが間違いだったこと、そして2015年版改定の際にその間違いを正したとしか思えない。
それを
「改訂によって"環境目標"が削除されたというよりは、"環境目的"が削除されたと理解するほうが、改訂の意図をより正確に反映することになる」
とはおためごかしではありませんか?
過去に幾度もISO9001でもISO14001でも翻訳がおかしいと思われるものはあった。誤りを訂正することは悪いことではない。孔子おじさんもそんなこと言ってたね。誤記修整のためにわざわざJIS規格を改定するのが大変なら、ISO規格改定に合わせて翻訳を訂正することも悪くはない。
でも「改訂の意図をより正確に反映することになる」とはいかがなものだろう?
私は納得できない。
さて、次なる疑問点である。
実はこの元となる文言はISO14001:2015の附属書A(p.51)にある、「考慮するという言葉は、その事項について考える必要があるが除外することができる、という意味を持つ。他方、考慮に入れるは、その事項について考える必要があり、かつ、除外できないという意味を持つ」である。
まずおかしいと思うのは、そんな重大なことを参考であって要求事項でない附属書に記述したことだ。
それって法律で細かいことを施行令や施行規則に振って、官僚に裁量権を与えるようなものだ。そういうのを要綱行政って言いましたっけ?
実はISO14001の2004年版の解説書「ISO14001:2004要求事項の解説
ところで、take it into accountはアウトプットに反映しろ、considerはそう求めていないのか? 私は英語が不得意なので、ほんとにそうかどうかわからない。いろいろ調べてみた。
能がない者がいくら頭をひねってもよい考えが浮かぶわけありません。ここは能のある人に聞くしかありません。
「"考慮に入れる(take into account)"は、考慮した結果に考慮事項が何らかの形で反映されることを求めるもので、"考慮する(consider)"は、考慮した結果に考慮事項が反映されなくてもよいという意味で使い分けられている」を見て、師曰く、これがいつものISO珍訳なのだろうと。
師いわく、英語の用法でいえば、take into accountならば、主語が生物でも無生物も可能だが、considerは人や組織が主語という使い分けになる。契約や会社のルールなどで人が主語ならばconsiderで、そうでないならtake into accountになるだろうとのこと。
ISO珍訳に対する否定材料は、Weblioの文例をあげた。
We should take his youth into account. 彼の若さを考慮に入れるべきだ。
We need to take that into account beforehand.私たちはそれをあらかじめ考慮しておく必要がある。
「考慮に入れる(take into account)は、考慮した結果に考慮事項が何らかの形で反映されることを求めるという意味を含んでいる」ならば、わざわざshould /need to などの副詞をつける必要なんてない。
そういう強制の意味を持つ動詞にはorderなどがあり、orderの場合にはわざわざshouldとかneed toなどをつけない。
あえてつけると、非常に強い意味になり、怒っていると思われる。
規格では普通の表現を使うので、この場合は同じ意味の動詞を、主語により使い分けている可能性が高そうだ。
お二人の語ることは同じことについてではないが、意味することは同じだろう。英語が堪能でかつ日常業務において契約とか技術文書を作成し読み込んでいる方々が、「差はない」「そんなあいまいな語を契約には使わない」と語っていることを思うと、私は次のようなことを勘ぐってしまった。
それはつまり……
規格制定者たちは英文を書くとき、一般的な意味の考慮(考えをめぐらす)だけでなく行動につながることを求めたかったのではないだろうか。しかしながら規格に契約書のように厳格な言い回しをすると、万が一ISO認証に関わって裁判になった場合に困るので、逃げを作っておきたかった。それで規格本文ではtake into accountやconsiderを使って語義的には義務を求めない表現にしておいて、付属書で「本当はこういう意味なんだ」とする策を取ったのではないだろうか。そしてそれは日本語訳でも踏襲されたと……
それはアメリカのネット検索
もしそうではないというなら、付属書の解説を規格本文の定義に置くべきだ。
いずれにしても序文に「附属書Aには、この規格の要求事項の誤った解釈を防ぐための説明を示す」と記すだけで済むとは思えない。それに附属書Aのタイトルはガイダンスだしね、
注:ISO規格にガイダンス(Guidance)が付くものは何事かについてのアドバイスや指導をいい、強制力を持たない。
強制力を持たないガイダンスで本文の解釈を強制するとはいとおかし、
強制力を持たせるなら本文の定義に盛り込むべきだ。
更なる注であるが…「いとおかし」とは「おかしい」という意味でなく「深い味わい」とか「趣が深い」という意味である。きっと意味深長なのだろう。
注:「法令」とは法律、施行令、施行規則(省令)を合わせていう。一般に条例は含まないが、場合によっては条例、最高裁判所規則、訓令などを含めることもある。
今回は法律、施行令、施行規則(省令)のみを全文検索した。全文検索といってもネットにアクセスしてマウスをクリックするだけだ。
電子政府で全部の法律を検索した結果、「考慮に入れる」は全く使われていない。「考慮」の付く語のほとんどが「考慮する」であり、わずかに「考慮を払う」があった。もちろん文中では活用変化(「考慮する」はサ行変格活用)している。
なお「考慮」を使っていない法律も多く、使っている法律でも使用回数は多くない
「考慮」そのものが漠然とした言葉であり、判断基準や対処レベルが明確でないので法律にはなじまないのだろう。
なお「考慮に入れる」が見つからなかったが、それは意味があいまいになるためと考える。
もっとも答弁においては、述部をあいまいにして否定・肯定さえ分からないようにするのが(以下略)
以上から日本語で「考慮する」と「考慮に入れる」の意味が違うと力説する根拠はないようだ。当然だが「consider」が「考慮する」、「take into account」が「考慮に入れる」に当たるとする根拠もない。
また英語原文で全く別の単語/熟語を日本語で同じ単語/熟語に訳することはめったにない。「consider」と「take into account」のふたつを、「考慮+アルファ」に訳したのはおかしな話だ。何らかの意図があったのかどうか?
過去にあったものには、ISO14001で「objective」と「purpose」の双方を「目的」と訳したこと、「determine」と「decision」を「決定」と訳したことが思い浮かぶ。これらは元々の意味が全く異なるわけで、それもまた問題であった。
総括すると、以下のことが言えるのではないだろうか?
よって、現状では「ISO14001:2015要求事項の解説」に記述されている「考慮する」と「考慮に入れる」は意味が異なるとする主張するには根拠がないと思われる。
規格の附属書で「考慮した結果に考慮事項が何らかの形で反映されることを求める」と言われても同意する人は何割もいないだろう。このように市民権を得ていない言い回しを規格に使い、かつ一般的でない意味を強要するされても困るだけだ。
法律は文言がすべてである。実際の運用に対して、立法者がその法律の意図と異なると語ってもせんのないことである。意図が文言に表れていなければ、立法者が未熟ということでしかない。
それは法律に限らず論文でも報告書でも文書はすべて同様だ。
ISO規格の意図が明確に文章化されていないなら、それは規格作成者の責であり、附属書で誤解を防止しようとすることは主客転倒である。
どうしてもconsiderとtake into accountを使い、意味が違うのだというなら、附属書の「概念の明確化」の項を、本文の定義に移動することだ。
もしくは曖昧を避けるために本文の書く文章において、はっきり「考慮することが必要」あるいは「考慮したことを結論に反映することが必要」と述部に書けば、誤解は全く起きない。そうしない理由があるのだろうか?
確かにそれはエレガントではない。だが附属書にするのもエレガントではない。エレガントにするなら定義に盛り込むしかない。
本日の気づき
附属書の冒頭に「この附属書に記載する説明は、この規格に規定する要求事項の誤った解釈を防ぐことを意図している。この情報は、この規格の要求事項と対応し整合しているが、要求事項に対して追加、削除、又は何らかの変更を行うことも意図していない」とある。
だが、上記にあるように「誤った解釈を防ぐために」附属書を加えること自体、本文が未熟で読み誤りやすいと白状しているのではないか? 附属書のいらない本文を書いてほしい。
本日の謝辞
外資社員様、マンションの翻訳家様、ご指導ありがとうございました。
注1 |
「ISO14001:2015要求事項の解説」、吉田敬史・奥井麻衣子、日本規格協会、2015 | |
注2 |
「ISO14001:2004要求事項の解説」、吉田敬史・寺田 博、日本規格協会、2005、p.59 | |
注3 |
アメリカのGoogleで「the difference of take into and consider」で検索したもの。
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注4 |
日本語と英語の翻訳の解説では
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注5 |
「『考慮する』+『考慮に入れる』+『違い』」で検索してヒットしたブログとウェブサイト ISO関係 すべてISO14001の附属書の引用であり、「考慮する」と「考慮に入れる」は異なる意味と解説している。
ISO以外
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注6 |
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おばQさま あまり持ち上がられると、面映ゆくて困ってしまいます。 私の方がISOについていつもご教示頂いているので師なんてものでなく、せめて勉強仲間にしてください。 さて、記事を拝見して、技術文書を書く立場から、疑念がわきました。 私も技術規格の標準化をやってきたので、仕様書や規格書を書いてきましたし、英文の原文を、普及の為の和訳を作った事もあります。 <訳語が不統一だぁ> その観点でいえば、同じ言葉(原文の用語)は、常に同じ訳語を使うべきなのです。 その点でいえば、Environmental Objectiveの訳語が、3.9. 環境目的(2004年)、 3.2.6.環境目標(2015年)で異なっているのが驚きです。 それも、環境目標は2004年では「Environmental Target」の訳語として使われていたから、適切な用語に変えましたという事ではなく、これでは和訳を読む人の混乱を呼びます。 お書きのように、「環境目標」を削除して、Environmental Objectiveの訳語は継続して環境目的を訳語とするのが合理的だと思います。 <take into accountとconsiderの使い分け> 技術文書を記載する時に重要なのは、ご指摘の通り一貫性(Consistency)です。 同じ事を類語で表現したりせず、用語は統一する。 あえて変えるならば何か理由がないといけません。その点を確認し忘れておりました。 記事にあるISO14001:2015の附属書Aというのは原典(英文/仏文?)にもあるのでしょうか? もし原典にあるならば、その通りに解釈すべきと思います。 辞書がどう書こうが、この規格ではこういう定義だという事ですから。 日本語訳文のみの付属書ならば「珍訳」の類になりますね。 だって、英文を読んだ人は、そんな違いは判りませんので。 もし訳者がISO原典の記載者に確認して、そのように聞いたら、この人は原典にその旨の記載を求めるべきです。 という事で、take into accountとconsiderの使い分けは、原典にあるかが重要と思います。 |
外資社員様 毎度ご指導ありがとうございます。 <訳語が不統一だぁ> 驚くことはありません。どらえもんのジャイアンのような俺様ISO閣下の気まぐれで、そんなことは日常茶飯事。おかげで暴風に吹かれて飛ばされて、さまよって拭き溜まっているのが我々ISO担当者というものです。 附属書にあるのかどうか? <原典にあるかが重要と思います。> あります。以下が原文です。 The word "consider" means it is necessary to think about the topic but it can be excluded; whereas "take into account" means it is necessory to think about the topic but it cannot be excluded. 日本語訳は "考慮する"という言葉は、その事項について考える必要があるが除外することができる、という意味を持つ。 他方、"考慮に入れる" という言葉は、その事項について考える必要があり、かつ、除外できないという意味を持つ。 これは規格の附属書であり、かつその冒頭に「この附属書に記載する説明は、この規格に規定する要求事項の誤った解釈を防ぐことを意図している。この情報は、この規格の要求事項と対応し整合しているが、要求事項に対して追加、削除、又は何らかの変更を行うことも意図していない」とあります。 そこで疑問ですが、本文の熟語の理解を附属書で決めることは法律でいえば禁じ手です。まして要求事項ですから、そんなことが許されるのかと疑問です。 注:文字色がバイオレットは規格原文と全く同一であることを示します。 |