「ヒトの目、驚異の進化」

21.07.05

書名著者出版社ISBN初版価格
ヒトの目、驚異の進化マーク・チャン・ギージー早川書房97841505055542012.10.201060円

この本を読むきっかけは、このところ人体に関する本に凝っていて、読んだ本で引用していたからだ。専門書に限らず一般人に対する解説書でも、研究者とかサイエンスライターが書いている書籍では引用文献をしっかりと表示している。
私は書いてあることに興味を持つと根拠として引用された本を読む。言ってみれば引用文献欄のない本は読むに値しない。


私は生まれながらの色弱である。もっとも後天性の色弱というのも聞いたことがない……と言いつつググったら、糖尿病などで青と黄色の区別がつかない後天性色覚異常になることがあるそうだ。

小学校に入学するときの身体検査で身長・体重などのほかに、色の点々の図を見せられて数字を読めと言われた。そのときはじめて私が色弱だと知った。

家内は右図を見て、即座に45だという。私はどう見ても数字があるとは思えない。
色調補正をすれば私でも数字が見えるのかなと考えて、パソコンの画像編集ソフトで画像の色相を調整してみたが、 色神検査 なかなか数字が浮かび上がらない。
諦めてスマホをいじっていると、アンドロイドのスマホには、設定、ユーザー補助、色補正とたどると、色弱対応の補正ができることを知った。
私の場合、第一色弱と第二色弱ではまったく改善にならなかったが、第三色弱(青黄)にすると45かと思える程度にはなった。
ところがまた別の問題発生。設定を第三色弱にすると、表示がすべてピンクがかってしまうのだ。
なおWindows10ではアクションセンター⇒簡単操作⇒カラーフィルターで選択できる。
iPhoneでもios10から対応しているそうだ。

確かに子供のとき近所の悪ガキたちと一緒に畑のトマトやキュウリを盗みに行ったが、私はトマトを見つけるのが苦手だった。なんでわかんねーんだと周りからからかわれたが、わからないものはわからない。当時はトロイ奴だと言われ自分もそう思っていたが、色の見分けがつかなかったとは思いもよらなかった。

結婚してからのこと、家内が椿が咲いているというが、緑の葉っぱの中の花を見つけることができなくて、家内は驚いた。花だけを見れば赤いのはわかるが、木全体を眺めて花を見つけるのは困難だ。葉の中で咲いている椿の花を見るのが私のささやかなそして叶わぬ望みである。

小学校では身体検査が毎年あり、毎回色覚検査があり、毎回「色弱」と言われるのが辛かった。色盲とか色弱なんて変わらないのだから1回やれば十分じゃないか。
今はどうなんだろうとググったら、2002年から色盲検査はなくなったそうだ。廃止理由は「差別につながる」から。確かにみんなの前で「ハイ、あなたは色弱」と言われたら恥ずかしい。しかし色弱であるかどうかを一度は調べておくべきだろう。職業選定のためにも知っておくべきだ(注1)

高校3年のとき夏休みに運転免許を取ろうとしたが、食い物が悪かったのか盲腸になり入院してしまい、在学中に免許を取ることができなかった(注2)当時は運転免許の適性検査で、小学校でやったのと同じ点々の図を見て数字を読む検査だったので、免許試験を受けていたらはじかれたかもしれない。

その後、高校卒業式の前か後かわからないが、就職する前にアルバイトで配達の車の助手席に乗っていた。そしてその車は小学生をはねてしまった。私はものすごいショックを受けて、免許を取る気をなくした。

結婚して子供ができた。子供はすぐ具合が悪くなる。夜医者に連れていくのに車が必要と感じて免許を取った。 交通信号 そのときは試験官が緑、赤、黄色のプラスチックの板を見せるので、その色を答えれば合格だった。色弱の私でもこれならわかる。
会社で運転免許の色盲検査が簡単だったというと、それじゃ俺も免許を取るぞという人が数人いた。そのとき色盲や色弱の人が意外に多いということを知った。男の5〜7%が色覚異常らしい。
なお、色覚異常は女にはいない。ということは色弱の私は男であることを疑われることはない。


小学校で色の三原色というのを習った。光の三原色と印刷の三原色があるが、ともかく三色があればどんな色でも作れるという。
この話を聞いたとき変だと思った。子供でも光は電波と同じで、波長が違うと色が違うというのを知っていた。波長が違う光がみっつあれば、どんな波長の光でも作れるという理屈がわからない。周波数の違う正弦波を合わせても別の周波数の正弦波にはならないことくらいわかる。だから三原色でどんな色でも作れるなんてありえない。

後年というか今からほんの10年くらい前に本を読んで、人は光を感じるセンサー(錐状体すいじょうたい)は決まった波長のみ感じて、それは三種類しかないと知った。青420nm、緑534nm、赤564nmのみっつだ。もちろんそれぞれ認識する幅があるので、可視光線の範囲(400〜700nm)は感度(感じる強さ)の善し悪しはあるが、三種の錐状体でカバーしている。いや正しく言えば、三種の錐状体のいずれかで感じる(見える)から可視光線というわけだ。
赤と緑の波長が近いので、いずれかの錐状体に異常があると赤と緑の両方をひとつの錐状体で感じてしまい、赤と緑が区別できない。これが赤緑色盲で、まったく感知できなくはなくても分別する能力不足だと判別が困難になりそれを色弱というそうだ。

それを読んで私はすごいことを知った。色の三原色というのは人間限定なのだ。音の強さとか光の強さというのはヒトの感覚に依存しない純粋な物理量だ。しかし三原色を組み合わせるとどんな色でも作れるというのは、ヒトの目をごまかすことでしかないのだ。

そして生き物には錐状体を4種とか5種持つものや、あるいは人間の可視光線より広い範囲を感じる錐状体を持っている生き物もあるとか。彼らは当然色の4原色とか5原色になるわけだ。
そういう生き物は可視光線の範囲も違うし、人間より色の区分が細かいことになるだろう。だから我々が絵や写真を見てそっくりだと認識しても、そういう生き物が見れば全然元の色と違うと認識するだろう。

さらに驚くことに、人によっては錐状体を4種持っている人もいるという。そういう人が描く絵は一般人よりも深みがあるのか、それとも駄作になるのかどうなのだろう?
少なくても色弱の私が、健常者の描いた絵を見て変だと思ったことはなく、私が描いた絵の色がおかしいといわれたこともない。


人間はなぜ二つの目を持っているか?
学校でも習ったしネットでググっても、目が二つあるのは遠近を知るためだという。 目 そのほかに故障したときの予備であるとか、1個より2個あるほうが視力が良くなると書いてある。
たしかにふたつの目で見ると目の間隔を一辺とする三角形となり左右の目の角度の違いで距離がわかることは理解する。だが目が二つなければ遠近感がないのかといえばそんなことはない。

例えば馬を考えると、ふたつの眼は体の前方ではなく左右にあり、二つの目で同時に同じものを見ることができない。その代わり馬は首を動かさずにほとんど全周を見回すことができる。じゃあ馬は遠い近いが分からないのだろうか?
人の場合、片眼が不自由でも運転免許を持っている人は多いし、片目の人は事故が多いと聞いたこともない。そもそも我々が片眼を閉じても距離感はある。

仮に30mと40m離れている人を見たとき、その距離がいかほど違うか両眼視差で認識できるだろうか?

注:両眼視差とは、右目と左目で見えるものの方向の差のこと。単に視差とも呼ぶ。

短辺が瞳孔間距離(注3)でわずか6センチしかない。短辺6センチで長辺が30mと40mの三角形の頂点の角度の違い(両眼視差)はわずか1度の30分の1の2分であり、ヒトの目がこの差を検知できるとは思えない。
視差の差よりも見た目の大きさが3割も違い、そのほうが遠近を感知する効果が大きいだろう。
視差を表す図
半世紀前は三角関数の分や秒の値を暗記していたが、今回は丸善の数表を見た。歳をとるのは悲しい。


以上のことは、この本を読む前から知っていた。この本はそのような基本的なことを書いているだけでなく、 スーパーマン もっと楽しい発想の話を書いている。
著者はヒトの目はスーパーマンの目に匹敵する超人的な能力があるという。彼のいう4つの超能力とは、テレパシー、透視、未来予見、霊視である。
更に「そういうとこの著者は頭がおかしい」と言われるだろうとも書いている。だが著者が語ることはおふざけでなく嘘偽りではないことを、この本の中でちゃんと説明している。


テレパシーとは言葉や身振りなどを介さずとも、考えていることを他人が理解すること。
著者は人が感情によって肌色が変わることを認識し、相手の感情を読んでいるという。
確かに怒れば顔が赤くなる、ショックを受けると青白くなる、病気や睡眠不足なら健康状態が顔色にでる。ヒトは集団生活をしていたため、他人を肌色(顔色)を見て、精神状態や感情を把握するようになったという。
実際にヒトのもっている3種の錐状体の周波数は、肌色の変化が顕著な周波数に合っているとのこと。これは重要なことだ。
錐状体の周波数感度と感情による肌色の変化は論文に書いたそうだが、そこからテレパシーに話を持っていくのはすごい。私が感心したのはその重大性・意外性もあるが、そのストーリーテリングが冴えている。すばらしいストーリーテラーといえばフレドリック・ブラウンを思い出すが、この先生もすごい語り手だ。
講義も面白いのだろうか? 現実は面白い本を書く人のお話はあまり面白くないというのが私経験則であるが……


透視とは閉まっている金庫の中を見たり、誘拐された人がどんな様子かを見たりする超能力のこと。
スーパーマン
矢印?
 スーパーマンは
X線で内部が見える

スーパーマンはX線、熱、望遠鏡、顕微鏡の視力に加えて、暗闇でも見える赤外線と電磁スペクトルを見る能力を持つ設定だった。

これはこの本で一番すごいと感じたことである。
著者はヒトの目が二つとも前を向いているのは、遠近を知るためでなく透視のためだという。但し著者の言う透視とはふつう言われる透視とはちょっと違う。

我々は普段暮らしているとき、左右両方の目で対象を見ることは実は多くない。
例えば人ごみの中で歩いている一人の人を見つめているとしよう。あなたと対象物の間を遮る人やものに隠されて、見えたり見えなくなったりする。そしてまた自分の両眼は少し離れているから右目だけ見えたり左目だけ見えたりする。このときあなたは目に入った情報を見ているのではなく、そういった情報を合成して、人が歩いているのを連続して把握しているという。

昔々、ヒトが木の実を探したり遠くの猛獣を監視するとき、視野の障害になるのは間にある草や木の葉だ。瞳孔間距離が6センチというのは、原始人時代に暮らしていた時の障害物である草木の大きさに近いという。瞳孔間距離が障害物より小さければ目が二つある効果が小さい。しかし頭の幅より瞳孔間距離を広げることはできない。
例えば道路でよく見かけるイネ科の雑草であるチガヤが生えているとすると、細長い葉が縦に伸びている。このとき自分も移動しチガヤも風で揺れていても、ちらちらと左右の目で見える情報を無意識下で合成して障害物のかなたにいる獲物や猛獣を常時把握していたという。

パソコンの画像ソフトに、写真に邪魔者が写ってしまったとき、二つの写真を合わせて邪魔者を消すなんて機能がある。あれと同じことを人の目は自動的に行っているわけだ。

透視には別のものもある。それは日常生活で自分がかけている眼鏡のつるとか自分の鼻が視野に入っても、無用なノイズであるので無視するだけでなく、 メガネ 他方の目で見た映像を足し合わせて眼鏡や鼻で隠された部分を補完しているとのことだ。
そして更に驚くことは、人が向こうを見るのではなく、眼鏡のつるなり自分の鼻を見ようとすると、一瞬にして対象物と無視するものが入れ替わるという。人間はよくできている、お見事と言うしかない。
著者は人の目が二つとも前方を見ているのはこれが最大の目的で、距離感は二番目以降だという。私は納得してしまった。


未来予見とはこれから起きることを見る能力のこと。著者は錯視がそれに当たるという。
錯視とは目の錯覚のことで、同じ長さの線を二つ引いて矢印を外に付けたものと内につけたものを比較すると長さが異なって見えたり、〇に二本線を引くと二本の線が並行でなく広がっているように見えたりすることだ。
リンクの図は、白点がランダムに動いているように見えるけど、個々の白点は単純に直線移動しているだけ。

錯視とは見たものをそのままではなく誤ってとらえてしまうことであるが、著者はそれは単なるミスとか人間の感覚の瑕疵ではない、むしろ少ない情報量から対象物がこれからどう動くかを推察しているのだという。その推察が間違えたことを錯視というわけだ。
じゃあなぜあるがままに理解せず、余計な解釈を加えるのかとなるが、獣から逃げたり獣を追ったりするには、目に見える情報をそのまま受け入れるのではなく、今後の動きを予測して対応する必要に迫られたからだという。その証拠に、子供は錯視をしにくいことを挙げる。ヒトがいろいろ経験を積み、素早い判断と対応を迫られるようになると予測できるようになるから錯視するらしい。
まあこれは錯視の原因の解釈のひとつだろうが、私はなるほどと思った。


霊視とは死者の声を聴いたり行動を見ることらしいが、それは人が文字を発明したことで昔の人の考えや行動の記録を読むことによって可能になったとある。
この辺になると目とか視覚の学問ではなさそうだ。
とはいえスーパーマンの能力を、我々はすでに身に着けていると言われると、否定できない気もする。


ともかく私はこの300ページ余りの文庫本を読んでとてもためになった。特に我が人生で苦しんできた色弱の問題とか、それに関連する三原色のお話には学ぶことが多い。
願わくは、中学校あたりで三原色とは物理の法則ではなく、人間の色を感じる錐状体が3種あるからそういわれるだけだと教えてくれたら、私が長年考え悩むことはなかったのに! 先生も知らなかったのかもしれない。

この本は楽しい話を書いているが、決して引用とか想像でなく、著者とその仲間が研究したことをわかりやすく解説したものだ。だからこそ面白い。


うそ800 本日のエンドレス

この本を読んでいて、中で引用している書籍や論文などはアマゾンとGoogleで探したが見当たらなかった。たぶん和訳されていないのだろう。
しかし三原色についてもっと知りたくなり、市図書館の蔵書検索をした。三原色をキーワードに検索すると30冊以上ヒットしたが、ほとんどが絵を描く本で、科学的な本は3冊しかなかった。まあそれらの中で引用文献もあるだろう。それらの本の引用文献をたどっていくと、永遠に終わらない。まあ、それが年寄りの楽しみである。




注1
色弱では付けない職業として、陸海空の交通機関の運転士、警察・消防・自衛隊、毒物劇物取扱者、フグ調理師、看護師、医師、歯科医師、薬剤師、電気工事士など
但し就職可否は色覚異常の程度によってさまざまである。

注2
当時16歳以上でとれる軽自動車限定の軽免許があった。普通免許は3学期以降でないと学校が取らせなかった。

注3
瞳孔間距離とは眼鏡を作るとき測るが、左右の黒目と黒目の間隔。日本人の平均は、男性で64mm、女性で62mm。




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