ISO第3世代 62.人材育成5

23.03.30

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但しISO規格の解釈と引用文献や法令名とその内容はすべて事実です。

ISO 3Gとは

昨日、上西は山内に叱責されてしまった。いささか反省した。工場の環境課は工場や事務所とは別棟で、自部門だけで、課長の自分より偉い人はいない。しかし本社では広いフロアに大勢いるし、本部長室だってガラスで仕切られているだけで外からも中からも見えるのだ。いささかばつが悪かった。

上西だってドラえもんに出てくるジャイアンのように傍若無人ではないし、一応社会人としての常識はある。それで山内からふるまいがまずいと言われたことは、身に染みた。
asel.gif../2012/aser.gif
asel.gif
asel.gif
上西 aser.gif
aser.gif
まず感情的になって大声を出したり、理屈に合わないことを磯原に言ったのは反省する。
だがそういう感情になったのは、増子が見せた電子マニフェストシステムの改善案の価値が理解できなかったこと、そしてそれに気づきごまかそうと話を磯原に振ったら、余計に墓穴を掘ってしまった。それらはいずれも、自分が工場では出世頭であるとうぬぼれていたから、知らないと素直に言えなかったからだ。


まずは、磯原との関係を修復しなければならない。それは単に謝ることでなく、彼の負荷の確認をして調整しなければならない。
とはいえ今磯原がしていることを自分が引き受けても、公害、正確に言えば水質とか大気以外知らないから、磯原の仕事を遂行できるかどうか自信がない。とはいえ廃棄物担当の増子に振っても分からないだろう。打開策は浮かばない。

次に環境課に関わる懸案とかペンディング事項などを把握しなければならない。工場の環境課長をしていたと言っても、実は公害防止の中の水質しか知らないのだ。工場では廃棄物も省エネも植栽も、それぞれ現場上がりの古参がいて、その上に学卒のスタッフがいた。現場上がりの古参は市の環境課とか消防署の担当官とツーカーで、実務を取り仕切っている。スタッフ連中さえ実務を知っているかどうか怪しいものだ。

いやいやそう考えると、排水処理だって自分は何もしてこなかった。排水処理施設の導入時からお守りしてきた人がいる。排水や排ガスの測定は測定会社に依頼しているが、上西は委託先の社名は知っていても、そこの責任者にも担当者にも会ったこともない。
昨日話題になった電子マニフェストシステムの問題を知らないどころか、公害防止関係の問題さえ知らないのだ。確かに自分は責任者だし、公害防止管理者として届けていたが、実際はハンコを押していただけだ。
公害も知らずに課長が務まるのか、これが第一の問題だな。

上西は頭の後ろで手を組んで考える。
問題を整理すること、そしてプライオリティをはっきりして取り掛からねばならない。おっと、自分が実務を処理できるかどうかも問題だが……


いろいろ考えあぐねたが、知らないことは教えてもらうしかない。教えてもらう相手は影の環境部長しかいない。上西は頭の後ろで組んでいた手をほどき姿勢を正して、柳田に声をかけた。

上西 「柳田さん、ちょっといいかな?」

柳田 「ハイ、なんでしょう?」

上西 「こちらに来たとき、課の仕事全般をお聞きしたけど、それを定めている文書とかあったら、そんな関係を教えてもらいたいのだが」

柳田 「お安い御用ですよ。じゃあ会議室で……資料を持っていきますから、お先に行っていてください」

ペットボトルのお茶 上西が会議室に入って待つこと数分後、柳田がファイルを数冊と例によってお茶のペットボトルを持って入ってきた。

柳田 「私に分かることならお答えしますよ」

上西 「まずは、課の業務の範囲と、その内容などを決めたものがありますか?」

柳田 「あるかと聞かれると、なくはないけど現状のものはありません。つまり以前、環境部のときに業務を定めたものはあります。しかし2年前に組織を分散させましたが、そのときに課内の業務を定めた文書を作っていません。正確に言えば組織替えになったとき、組織に合わせて書き直していないということですね。
そして現在の組織のものは上西課長が作るわけです」

上西 「なるほど、では今から現状のこの課の業務を定める文書を作るとすると、どれくらい時間がかかるだろうか?」

柳田 「まず課の業務を明確にしてもらわないと、作りようがないです」

上西 「すまない、言ってる意味が分からない」

柳田 「この前もお話ししましたが、元々 環境部はいろいろな仕事をしていました。2年前の組織替えのとき、環境部から環境管理課の前身である施設管理課が何をするのかを、はっきり定めていないのです」

上西 「うーん、そして今の新生環境管理課がどんな仕事をするのか決まっていないということか?」

柳田 「そうです。部が定めた職掌では、環境管理課は廃棄物と公害防止に関わることをするとありますが、それだけでは実務レベルでは仕事ができません。

例えば磯原さんが異動してきたときは、省エネ法に定める報告のとりまとめと工場や関係会社の統括ということでした。でも省エネ活動は生産技術課ですし、省エネ方法の検討は生産技術研究所で行っています。そして省エネ法に基づく当社の報告は山内さんです。

なかなか面倒くさい状況ですが、磯原さんは融通無碍に和気あいあいと仕事をしています。
とはいえ仕事の取り合いとか決定権限などあいまいなままです。それらの役割分担は非常に入り組んでいて取り合いの線引きははっきりしません。磯原さんはあいまいであることを飲み込んでいて、相手に踏み込まず、相手がしていないことを助けるように動いています。

同様に廃棄物も公害防止も、責任はすべて工場が属する事業本部にあります。つまり環境管理課は社内コンサルのようなもので、アドバイスを求められたら支援をするということであって、工場の環境管理を指揮監督しているわけではありません。工場の運営は事業本部の専権事項です」

上西はその話を聞いて、血圧が下がったようにクラクラする。今まで上西は環境管理課の仕事の範囲が不明確なんて聞いたこともなかった。聞いてみればしっちゃかめっちゃかではないか。

上西 「重症だね。職制が変わってから2年間、それを明確にしようとはしなかったの?」

柳田 「うーん、磯原さんが異動してきましたが、それ以外のメンツは変わらず、鈴木課長も山下さんも奥井さんも、以前からの仕事を継続すると理解していたのでしょうね。正直言って、それによって漏れてしまった仕事があると思うのです。私にはわかりませんが。
磯原さんはそういう疑問を持つ前に、山内さんにいいように使われていました」

上西 「柳田さんは支障なかったの?」

柳田 「庶務の仕事は、本社全体に適用される庶務執務規定というのがありまして、それに基づいてどの部署でも庶務をすることになっています。仕事は標準化されていますから、庶務担当は別の部署に移っても即座に仕事ができます。まあ、実際は部門によっていろいろありますから、引継ぎの打ち合わせは必要ですけどね」

上西 「課の業務の規則をがんじがらめに作って運用することもないと思うけど、範囲と手順は明確にして、取り合いを決めないと仕事のしようがないな」

柳田 「そうですよ。先日、課長は磯原さんの仕事だとおっしゃいましたが、口で言うのではなく紙に書かないとだめです。文字通り紙に書くってことでなく、規則、ルールにするということですよ。あとで言った言わないがあると困ります」

上西 「それは分かりました。反省してます」

柳田 「磯原さんは、誰もせずに宙に浮いて仕事があると、自分の責任と思い込む殉教者のような人だけど、それもおかしいわね。
実際問題のところ、今現在、彼がいなければ、会社の仕事が止まってしまうのは確かですけどね」

上西 「それは私が怠慢だということかい?」

柳田 「新任課長に言うのは厳しいかもしれないけど、着任してふた月が過ぎましたからね、そういうことになるかしら、アハハハ」

上西 「そうなんだろうな。それで影の環境部長に何をしたらよいか教えてほしい」

柳田 「正直言って私も旧環境部の仕事の何がここに残ったのは分かりません。公害と廃棄物とは言われますが、じゃあISO認証はどうなのか、当社の環境計画の進捗フォローはどこがするのか、分かないことはたくさんありますね」

上西 「柳田さんも知らないとは参ったな」

柳田 「そして何をするのか分からないのですから、人が足りているのかも分かりません」

上西 「よく今までの2年間やってきたものだ」

柳田 「周りから期待されていないからですよ。どうせ本社の施設管理課はなにもしないからと諦めていましたから、何もしなくても苦情は来ない。奥井さんに工場から問い合わせなんて来たことありません。
でもそれを改めるために上西課長が来たんでしょう」

上西 「そう思っていたけれど、新しい課長も力量がなかったようだ」

柳田 「とにかくし課の業務をはっきりさせなくてはなりません。まずは旧環境部のお仕事を説明しますから、2年前に分散した先にヒアリングして何を引き継いだのかを確認しましょう」

上西 「柳田さんが聞き歩いてくれるかい?」

柳田 「ご冗談を。相手にも課長級が出てもらい話し合いをしなければならないでしょう。一庶務担当がすることではありません」

上西 「すまない、それじゃ分散した先の部門、ええと広報部とか資材部とかいろいろあったね」

柳田 「承知しました。それでは今週末までに、先方と打ち合わせて協議する日程を決めましょう。たぶん来週から再来週というところでよいですね」

上西 「よろしく頼むよ」





上西と柳田が自席に戻ると磯原がパソコンを叩いている。トラブルは早いところ方をつけたほうが良い。それで磯原に声をかけた。

上西 「磯原君、ちょっと話をしたいんだが今いいかな?」

磯原 「今すぐ返事しなければならないメールを書いてますので、そうですね10分待ってくれませんか」

上西 「分かった。それじゃ10分後に小会議室Aで頼む」

磯原 「承知しました」





上西が会議室で書類の処理をしていると、磯原が入ってきた。

上西 「磯原君、昨日私が君の仕事について語ったことは私の間違いだった。申し訳ない。許してくれ」

磯原 「もう過ぎたことです。気にしないでください」

上西 「そうか、それじゃ気にしないことにさせてもらう。
打ち合わせ 話は本題だが、今 柳田さんにも頼んでいるのだが、環境管理課の仕事をはっきりさせようとしている。
聞くところによると、磯原君の仕事だが、本来は省エネ法による届け出のまとめ、その前に環境計画の進捗フォローと支援だという。
そして実際問題として、省エネは生産技術研究所や生産技術との連携でしているというが、そうだろうか?」

磯原 「まず環境計画の進捗フォローといっても、省エネについてのみです。環境計画には、水の使用量とか廃棄物削減とか多々ありますが、それは誰が担当しているのか私は知りません。
そして省エネといっても、環境管理課は省エネ活動を支援する人も技術もありません。生産技術はテクノロジートランスファーだけで、省エネ方法は工場任せ、工作機械や空調などの省エネ支援機器の開発は生産技術研究所ができるだけです。
私がしているのは環境行動計画と進捗フォローくらいで、省エネ活動はしていないというか、できませんね」

上西 「なるほど、磯原君がしている仕事は、ほかに何がありますか?」

磯原 「している仕事は多々ありますが、私の担当と言われたわけではありません。ですから大きなくくりというものでなく、みなさんの仕事の隙間からこぼれ落ちたものばかりですね。

まず工場や関連会社で事故や違反があれば、まっさきに私に連絡が来ます。元々公害関係は山下さんの担当だったのですが、あまり動きが早い方ではなかったようです。
ええとそうなった経緯は、そもそも以前から課宛のメールアドレスがあるのですが、誰もそれを日々開いて見ていなかったのです。
それに気づいた私が課宛のメールを処理し始めて、内容によって関係部門に通知したり会議を開いたり対応法をアドバイスしていました。以前も今もこの部門は、工場とは指揮系統にはありません。いわゆるスタッフですね。指揮系統は事業本部ですから、そこにアドバイスするが我々のできることです。
ともかく問題が起きると私が対応したので、いつしか事業本部も工場も私を窓口とみなすようになったわけです。
良し悪しはともかく、緊急事態になれば誰かが動かなければならず、私が事業本部に呼ばれたり、工場に出張して対応したりしていました。

廃棄物の場合のトラブル発生時も同じです。一昨年の廃棄物契約書点検はご存じでしょうけど、奥井さんが動かないので、私が文字通り全国行脚をしました。
あと、ISO14001認証関係もそうですね。審査でトラブルがあると……最近は認証件数も減ってきていまして、審査員もうるさいというかつまらないことを言わなくなりました。それでトラブルも大きく減少していますが、それでもいろいろと問題があります。

私は本社・支社のISO認証の担当を指示されています。それで本社支社のISO事務局というほどではありませんが、その審査対応は私がしています。
しかし当社と関連会社のISO認証の支援は担当外です。担当外なのですが、不思議なことに私以外は皆、私の仕事だと考えているようで、結構大きな時間を取られていますね」

上西 「ええっ、本社支社のISO事務局を磯原君がしているの? まさか一人ではなく他に誰かいるのだろう?」

磯原 「ISOごときにそんな手間暇かけるわけないじゃないですか。私一人どころか、私が片手間にしているのですよ」

上西 「驚くべきことだな。私のいた岩手工場は社員と構内外注合わせて3,500人くらいだったが、専任者が二人いて、審査のときは各部ひとりが二月くらい付きっ切りだったな。
本社支社というと、認証範囲には4,000人くらいいるか?」

磯原 「正確な数字は忘れましたが、たぶんそれより多かったと思います」

上西 「それを一人でしているの?」

磯原 「だってあんなもの決まりきったルーティンでしょう。審査の前に関係者を集めて説明はしてますが、審査の現地までは行かず、支社の審査対応はそれぞれの総務部に頼んでいます」

上西 「ISO審査ってそんな簡単にできるの?」

磯原 「いえいえ、一昨年は山内さんと千葉工場の佐久間さんの3人で考えました。いかに手間暇かけずに認証を維持するかということですね。もちろん我々が考えただけでは実現できません。認証機関に何度も交渉して実現しました」

上西 「その方法を工場に広めれば、当社としては大幅な工数削減ができるな、なぜしない?」

磯原 「それも考えました。結局、ISO認証の仕組みを見直しても実効はない。それに投入するマンパワーを遵法と汚染の予防に注ぎ込んだほうが良いというのが結論でした。つまりISO認証は現状のままでできるだけ手抜きをして維持するということです」

上西 「それは……またどうして?」

磯原 「山内さんはISO認証に何も期待していません。しかし営業とかブランドイメージで認証が必要な事業本部があるならば、今更何も手をかけずに放っておくというのが彼の決定です」

上西 「それでいいのかなあ〜」

磯原 「もちろん我々に余力があれば全工場のISO認証を見直すべきです。そうすれば今より社外支出は変わらなくても、社内の人件費などは半減するでしょう。ご存じと思いますが、ISO認証には審査料金が一工場当たり200万から300万かかっています。でも認証に関わる社内の人件費などの費用はその10〜20倍になりますね」

上西 「そんなにかかっているのか? ならばプライオリティ第一位で対応すべきではないのか?」

磯原 「見直しにはマンパワーがとてつもなくかかるのですよ。本社では私、工場では各1名が1年くらいかかりきりになればできるでしょう。それにかかる人件費は6千万くらいになるでしょうね。そしてそれだけする人がいません。
諸々の事情を考慮すると、現状ではネガティブ・プライオリティ、つまり放っておくのが最善と山内さんは考えたのでしょう。
実を言って、当社のISO認証の見直しとして、認証返上の検討を山内さんから言われています。忙しくてまだ手を付けていないのです」

上西 「それはまた……ともかく見直せば内部費用が低減できても、それをすることとより優先度の高いものとの比較ということか。
じゃあ、磯原君が考えているプライオリティ上位は何だ?」

磯原 「当たり前ですが、遵法と汚染の予防です。まずは環境監査をはじめ、工場が行政から指摘されている種々の問題の対策、そして水平展開をすることです。そして恒久対策としては、先日打ち合わせた環境担当者の教育ですね。
その他、当社の環境行動計画を必達するためのコントロールセンター機能です。これも環境管理課の業務かどうか定かでないのですが、担当している部署がありません。

数え上げればまだまだあるでしょう。でも手が回りません。
毎日、工場や関連会社から数十件の問い合わせや相談メールが課のメールアドレスに来ています。上西課長にはその実情を知ってほしいのですが、まあ、大変ですよ」

上西 「そういうメールって、大学生とか一般市民から、環境報告書が欲しいとか環境改善事例についての質問とかなんだろう。そういうのは柳田に処理してもらえよ」

磯原 「あのですね、当社の社外向けの環境窓口のメールアドレスは広報部です。広報部が内容によって、 忙しい、忙しい 例えば今おっしゃった環境報告書とかですと広報部が処理しています。
広報部で手に負えないものは、関係部門に回されるわけです。例えば工場の近隣住民が騒音がうるさいというようなものは、総務とか事業本部に回されます。環境管理課に回ってくるメールはまずありませんね。過去にあったのは環境系の大学院生からの問い合わせくらいですね。
環境管理課のメールアドレスには、工場と関連会社からしか来ません」

上西 「そうなのか……それを今は磯原君が見て処理していると……
それはどれくらいの負荷なんだろう?」

磯原 「通常は日中入るのが10件くらい、夜間は20〜30件というところですかね。工場も日中は忙しく、定時になって事務所に戻ってきて、報告とか調べものは残業ですることが多いのでしょう。もちろん事故とか緊急事態は電話が来ます。

私も暇がないので、日中入ったものは定時後に処理して、夜間に入ったものは始業前に処理しています。いや処理しようとしているのですが、日によって大きく時間を取られることもあります。
処理時間は……定期報告など定常的なものでしたらルーチンワークですが、重大な……事故などの相談となれば1件で一日潰れます。私だけでは処理できませんから、事業本部の環境担当とか山内さんとか集めて会議を開くことも月数回あります」

上西 「ええと、それは私でもできる仕事だろうか?」

磯原 「課長は公害担当だったとおっしゃいましたから、液体漏洩とか騒音の苦情などは慣れておられるでしょう。廃棄物関係はすべて増子さんに転送すれば、彼女が処理できると思います。
ただ割り振るだけでなく、その後の回答状況とか工場の対応をフォローしなければなりません……今は私がすべて見ているので自分だけでクローズしますが、課長が皆に振り分けると、課長はその結果をフォローしなければなりませんね。毎日30から40件あり、その日で終わらない長引くものもありますから、そのフォローがまた一仕事になります」

上西 「そうか……」

磯原がしている仕事は、上西が考えていたよりはるかに量的にも質的にも膨大なようだ。
というか磯原はインプットを受け、処理し、アウトプットするまですべて一人でしているわけだ。
増子が来るまでは廃棄物もやっていたとか、いやいや今でも工場からの問い合わせは廃棄物もその他も一切合切彼がやっているなら、彼は課長と担当者の仕事すべてをしていたことになる。
たまげたことだ。





数日後、上西が自席で書類を見ているところに、山内が脇から声をかけた。

山内参与 「上西君も本格始動をしたようだな」

上西 「はい、山内さんからご指導を受けまして、少しずつ……」

山内参与 「人材育成ってさあ、担当者ばかりでなく管理者教育も必要だね。また上から下への教育ばかりでなく、下から上への教育もあるはずだ。
柳田や磯原から学んだことは、いろいろあるんじゃない?」

上西 「はい、それを分かってきたところです」

山内参与 「管理者なら組織論を学ぶことが必要だ。組織を一番研究したのは軍隊で、企業の組織論はほとんど軍隊からの流用だ。指揮官がすべてを把握することはできない。しかし指揮官に求められるのは、決断することだ。知らないことでも決定しなければならない。
だがそのために参謀がいる。生産技術本部なら指揮官は大川専務で、参謀はスタッフつまり私だ。

環境管理課なら守備範囲は狭いから、課長は仕事全般を知ることができるだろうが、知らなくても良い。
課長が知らないことはもちろん、知っていることでも、部下の意見を求めることは良いことだ。
対策も自分で考えず、参謀が提案する施策から選択すればよいのだ。いずれにしても結果責任は指揮官である管理者にある。
もちろん参謀が良い提案をしてくれるように、良好なコミュニケーションを確立しておかねばならん」

注:私は組織論を1970年頃 産業能率短大の通信教育で習ったが、学校以外にも小説や様々な本から学んだ。
ロバート・ハインラン、兵頭二十八、大橋武夫など

上西ははっと気が付いた。確かに柳田に教えられたことは多い。そして磯原からも。自分が課長だから部下のだれよりも知っていなければならないということはないし、知っているはずもない。分からなければ教えてもらえばよいのだ。

そして思ったのだが、工場にいたときは、上司・部下が教えあうとか助け合うという意識は薄かったのではないだろうか。単に自分が指示したことをそのまま受け入れ、報告してきただけだったのではないか。
ここでは磯原も柳田も増子も、言いたい放題で、上西の意見どころか指示したことにも反論や意見を返してくる。それが気に入らなかったのだが、考えてみれば彼らは自分の足りないところを補っていたのだ。もちろん彼らは泥船に乗りたくないからだ。それだけ本気だということだろう。

上西 「今まで課長なんておだてられていましたが、管理者の仕事も担当者の仕事もまともに知らなかったことを知りました」

山内参与 「結構なことだ。ソクラテスもそんなことを言ってたな。できない人をリジェクトするのは教育ではない。できない人をできるようにするのが教育だ」

上西 「私を教育していただき、ありがとうございます」

山内参与 「御恩と奉公なんて言葉がある。奉公とは主君のために働くことであり、御恩とは領地を与えること。しかし飴と鞭だけでは人は動かない。筋が通っていなければな。パンのみにて生きるにあらずだ」





さらに数日後である。柳田は鼻歌交じりにパソコンを叩いている。
昨日は広報部と上西課長と柳田が打ち合わせをした。
その結果、広報部は環境報告書と同等の広報を引き継いだつもりはなく、CSR報告書の中の環境パートを充実するという認識だという。 柳田 それは同じ意味かというとそうではなく、そこに盛り込む情報は環境管理課が広報部に提供すると理解しているという。それが2年前に決めたことなのか否かは不明だが、認識が異なっていた。
とりあえず環境管理課は所管している公害防止関係と廃棄物の情報は提供するが、それ以外、省エネや電力量などは担当外であることは理解してもらった。

帰り道、上西は柳田に、昨年は公害と廃棄物の数字はどのように調査・集計していたのかと聞く。柳田は知らなかった。上西は口をひん曲げて斜め上方を見つめた。


柳田は、そんなことを思い出しながら、環境管理課の業務手順を文書化している。旧環境部時代の業務を定めたものから、外に出したものと残っているものをわけて、残った仕事を現状に合わせて見直している。
それから負荷時間を見積り、現在の顔ぶれに割り振る。課長には親切心からサービスして多めにする。

もちろん課員のレビューを受けて課長決裁となるわけだが、柳田以上に仕事を知っている人はいないからそのままになるだろう。
負荷がどうこうと上西が言い出したら、じゃあ課長が負荷時間を算出して妥当な割り振りにしてくださいと言えばグウの音も出ないだろう。


うそ800  本日のどうでもいい話

「〇長 島耕作」という漫画がある。〇は課長だったり、部長だったり、会長だったりする。
あれを読んで素晴らしいとか感情移入する人は、どんな人なのだろうか?

正直言って私はあの漫画は好きではない。あそこに出てくるのは社内政治だけ。品質問題で何晩も徹夜した話もないし、クレーム対策に修理部品を担いで全国行脚なんて話もない。
ハンコを押すだけで出世していく人を妬む気はないが、尊敬はしない。


<<前の話 次の話>>目次



外資社員様からお便りを頂きました(2023.03.31)
おばQさま

>環境管理課は社内コンサルのようなもので、アドバイスを求めら
>れたら支援をするということであって、工場の環境管理を指揮
>監督しているわけではありません

流石 影の部長だけあって、的を射たお言葉。
軍隊で言えば、参謀の役割ですね。参謀の役割は、アドバイスであって採用と実施は工場(師団)の権限。
ここを逸脱したから帝国陸軍は、私製命令が横行し問題を起こした(捕虜虐殺など)
ISO認証も同じで評価と説明が役割で、指示や指導は出来ない。
結局 これを逸脱した審査員は、辻政信みたいなもので害悪を振りまいて、責任は取らない。
(だって、私はアドバイスしか出来ないはず)
基本姿勢が明確になれば、後は優先順位の問題で、「遵法と汚染の予防」を最優先となりますね。
ある意味、これが出来れば立派なものなのです。そして成果は実施した工場にしておけばよい。
その方が感謝されるし、良い話は社内で伝わるから、他の工場からも依頼がくるだろうと想像します。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
正直なことを申しますと、この辺りは何度か書き直しました。実体験、実経験を基にすると非常にアブナイので、オブラトに包んでみたり、全く変えてみたり。もう30年も過ぎたからいいかなという気もしますが、かなりレンズに紗をかけております。
何も言わないと、働かされて責任を取らされておしまいです。
しかし本当の人生では思い通りいきませんし、思った通りの発言もできません。


うそ800の目次に戻る
ISO 3G目次に戻る

アクセスカウンター