えー、本日は常々疑問に思っていることでございます。
ぜひご存じの方は、このボケ老人にご教示いただきたくお願いいたします。
市民あるいは知識人を名乗る人々は、国内の不正を糾弾し、国際社会の不義を指摘し、正義を唱え、そして、権利を主張し、悲劇を無くそうと叫び、平等を平和を求める。
いや、まことにもっともなことでありその論には反対できない。
では賛成かと問われれば、正直 首を縦に振れないのだ。
なぜか? その理由は簡単である。
そのようなことが実現するはずがないからである。
更に言えば実現するしないという以前に、そのような純粋無垢な論理が正論とは思えないのである。
いや、純粋無垢ではなく、世間知らずというのだろうか?
- どの民族も等しく平和に暮らす権利があるといってパレスチナを支持することは、同時に過去のユダヤ人の歴史からイスラエルという国家を認めなければならないことになる。私はこの辺をどのように折衷するのか、よく分からない。
パレスチナ人にイスラエル全土を与えよと言う方もいるが、パレスチナ人の大半が追放された地で生まれたと同じく、イスラエルで生まれたイスラエル人のほうが他国から移住してきたイスラエル人より多いのは確実である。

最年少のテロリスト
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パレスチナの自爆テロは抑圧された者の唯一の手段なのかもしれないが、だからといって自爆テロへの報復を批判することは理屈から言って正しいのだろうか? イスラエルはどうすればいいのだろう。
私はイスラエルにてこ入れするつもりはないが、どちらにもこの問題解決の責任があるといいたい。アラファトは生前からその責任を放棄してしまっていた。
過去半世紀、イスラエルはアラブの大海の中の孤島としてがんばってきた。それが存続できたのはユダヤ系アメリカ人の支持とお金のおかげだけだとは誰も夢にも思わないでしょう。それなりに世界から支持されてきたから今があるのです。
もっとも支持したのではなく、イスラエルの敵の敵がアラブの防波堤になって欲しいと考えたという事実もありますが・・
- アメリカのイラク攻撃を批判非難することはたやすい。
あなたはフセインが好きですか?
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しかし、じゃあ、その大元・根本原因であった、フセインの行いはどう評価しているのだろうか?
クェートに攻め入ったフセインは悪で、アメリカに攻められたフセインは正義だというような言葉遊びをするのだろうか?
昔、小田実はアメリカと戦ったベトナムは正義でカンボジアに侵攻したベトナムは正義ではないと語っていた。彼に続く自称平和主義者たちは言葉の言いかえが上手いのだろう。
まして今すぐにアメリカを筆頭とする国々が引き上げたら、イラク国民をはじめ中東の国々は「それはないだろう、治安を維持するのは君の仕事だよ」というのではないか?
アメリカがバクダッド攻撃のときに人間の盾として行った人々はフセインの悪行も、クルド人弾圧(虐殺?)のことにも思い至らなかったようだ。
- 北朝鮮への経済制裁に反対する論をあちこちで見かける。
慎重論もあるが、なかにはトンデモ論もある。
- 平和主義者は日米安保に反対で、国旗国歌にも賛成しない方が多い。
おっと、そうでない人々もいるかもしれない。何事もステロタイプで見てはいけない
 君が代
反対
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ここがよく分からない |
しかし、そういった人々は国家というものに反感を持ち、国旗国歌をうち捨てながら、日本国憲法が大好きで、日本国憲法が私たちを守ってくれるという天動説のような無邪気な信仰というかアウトブデイトな論を信じている。一体その論理は整合性を持って成り立つのであろうか? (これは反語である)
日本国憲法は単なる文字の羅列に過ぎない。日本国憲法の趣旨を尊ぶならば、その実現のために身命を捧げなくてはならないというのは当然のことである。日本国憲法に命を捧げてはじめて日本国憲法は命を与えられ平和憲法となりうるのである。
それは憲法前文にも本則にも書いてあるではないか!
前文最終行 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
ただひたすら念仏を唱えれば平和憲法が成就するのではない。
権利だけはしっかりと要求し、義務を果たそうとしないなら、日本国憲法とそこに記述する状態は成り立たないのは当然である。
日本国に忠誠を誓うのはいやだがその根拠を日本国憲法に拠るのは矛盾ではないか?
戦争を知っているというボケ老人とか、戦争に行った方の話を聞いて平和主義者になったなどというお話を読むとバカかアフォかとしか思えない。
私のオヤジはもちろん戦争に行ったし、小学校の先生、高校の先生、近所の人々、会社の先輩、みんな戦争に行った。囲碁クラブにはインパールに陸軍少尉として従軍した方もいた。
そのような人がみな平和主義者になったのか?そういった人と付き合うと平和主義者になるのか?そんなことはない
その証拠がこのおばQジジイである。 
私のオヤジや囲碁クラブの長老たちが戦争大好き人間であったのではもちろんない。彼らは戦争を美化したり正当化したのではない。日本人であることに誇りを持ち国旗国歌に敬意を表しそして諸外国に対して堂々と意見を言うべきだと語っていたのである。
平和主義者、市民、知識人と自称する方々を見ると、いったいこの人たちは常識というものをわきまえているのか?ものごとを考えているのか?という疑問を感じる。
まさしく子供がほしいおもちゃやお菓子の前で大声を上げ手足をバタバタさせる駄々をこねるという行為をしているとしか見えない。いったいそういう世間知らず、道理知らずを誰が作ったのですか?
私のリンクしているyukiママのウェブにあるフレーズを借用したい。
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