第7条
第七条  天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
     
  1. 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。  
  2. 国会を召集すること。  
  3. 衆議院を解散すること。  
  4. 国会議員の総選挙の施行を公示すること。  
  5. 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。  
  6. 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。  
  7. 栄典を授与すること。  
  8. 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。  
  9. 外国の大使及び公使を接受すること。  
  10. 儀式を行ふこと。
本条は突っ込みどころ満載です。
この楽しみを一日で使い切らないように、各号ごとに少しづつコメントしていきたいと考えます。
いや、本当を言って各号についてコメントするのはちょっとやそっとではできません。



『第4号 国会議員の総選挙の施行を公示すること。』 2002.06.25
この記述をもって、憲法はおかしいとおっしゃる方もいます。
なぜか?

久しぶりじゃのう! この憲法では『総選挙』という言葉はこの7条四号の他に、54条1項、70条、79条2号で2回、合わせて5回使われています。
しかし、7条四号以外は必ず、『衆議院議員の総選挙』と表現されています。
これに対して7条四号では『国会議員の総選挙』となっており、衆議院議員と参議院を同時に行う選挙はありえないというのがその理屈です。
この説をおっしゃっているのは私のような無学の者じゃありません。高名な先生もいらっしゃいます。

英文ではどうなっているのでしょうか?
7条四号では『 general election of menbers of the Diet』
その他の条文はみな『general election of the menbers of the House of Representatives』となっています。

Dietとはスタイルを保つための減量じゃありません。議決機関のことです。
確かに、英文も和文もことこの件に関しては一致しています。
なにも形容詞がないのであれば衆参両院の議員の選挙をいうのだという解釈は確かにそのとおりでしょう。


しかしながら、現憲法に根本的で論理的な矛盾がたくさんある現実を踏まえれば、これは単に英語の作文をした方が、犯したちょっとした間違いではないかと私は思います。
もっとも、憲法発布以来、天皇陛下は国会議員の総選挙の施行を公示されたことがあるのでしょうか?
実は第一回総選挙というのがあったのか否か調べたんですが、分かりませんでした。
終戦後、新憲法下で衆参両議院の総選挙というのがあったのでしょうか?それともずれていたんでしょうか?
ご存知の方教えてください。
天皇陛下が衆議院、参議院の選挙を公示するのは間違いない。
総選挙というからまずいなら、『総』をとりましょう。



本日の提案


『第4号 国会議員の選挙の施行を公示すること。』



ななし様よりお便りをいただきました。(2003.12.08)

第7条について
まずは、本文の誤記の訂正をお願いします。
「しかし、今だか『っ』て天皇陛下が『交付』されなかったのは憲法改正であります。」(『』の中です。)

ご存知かと思われますが、衆議院の選挙は「総選挙」、参議院の場合は「通常選挙」と呼ばれます。国会法第2条の3に書いてあります。
本題ですが、衆議院の場合は、戦前から存在していたので、昭和22年4月25日に行われた戦後初の総選挙は、回次は「第22回」となって戦前までの回次を引き継いでいます。第1回の総選挙は調べましたが、1890年(明治23年)7月1日に行われたとのことです。
あと、過去に衆議院と参議院とで同じ日に行われた選挙は、中曽根内閣時代の昭和55年6月22日に行われた一件のみで、それぞれ回次は、衆議院が「第36回」、参議院が「第12回」になります。このときは、「同時選挙」と呼ばれて、総選挙とは呼ばれていないのではないかと思います。(なにせこのときは、私は生まれたばかりでしたので。)
結局、『衆参総選挙』は今までもこれからも無いかと思います。


お便りありがとうございます。
はじめの点に関しては誤字で申し訳ない。実はこの類(たぐい)は多々あるのですよ。 
とりあえずご指摘いただいた箇所を訂正いたしました。

第二の点ですが、実はあなたが本題とおっしゃったのは実は私にとっては本題ではないのです。
多くの学者が「選挙」というのは衆議院の選挙だから『国会議員の総選挙の施行を公示すること。』はありえないということを言っているということです。
「新憲法下で衆参両議院の総選挙というのがあったのでしょうか?」というのは単なる反語で、あなた様のおっしゃるように「同時選挙」はあっても「衆院議員と参院議員全員を選出する両院の総選挙」はなかったはずということです。
もっとも第一回の参院選挙は全員を選出し得票上位は任期6年、下位は3年であったと聞きます。

といいながら、
総選挙も通常選挙も憲法では定義していません。
それより遅く制定された下位文書(個別法)の定義が憲法の用語を規定できるか?という疑問もあります。
いえ実を言えば国会法でも公職選挙法でも定義していないのです。
政党助成法
(政党の定義)
第二条二号 前号の規定に該当する政治団体に所属していない衆議院議員又は参議院議員を有するもので、直近において行われた衆議院議員の総選挙(以下単に「総選挙」という。)における小選挙区選出議員の選挙若しくは比例代表選出議員の選挙又は直近において行われた参議院議員の通常選挙(以下単に「通常選挙」という。)若しくは当該通常選挙の直近において行われた通常選挙における比例代表選出議員の選挙若しくは選挙区選出議員の選挙における当該政治団体の得票総数が当該選挙における有効投票の総数の百分の二以上であるもの
と略称として示しているだけです。

この問題は落語の落ちと同じで笑う人もいれば笑わない人もいるというたぐいのものかと・・・・・





『第1号 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。』 2002.06.27
『赤毛のアン』をご存知でしょうか?
赤毛のアンは一冊では終わらず、延々と続きます。
アンはあこがれよ!
第5巻くらいで、アンは幼なじみギルバートブライスと結婚します。
結婚式はアンの家(グリーンゲイブルズ)でとりおこなわれました。
 その時、マリラが言います。
『家は、誕生と結婚と死によって清められるという。
この家では雇い人の子供が生まれ、マシュウを始め何人も死んだ。
でも結婚はアンがはじめてだ。これでグリーンゲイブルスも清められた。』

アンとギルバートはその後幸せに暮らしたのでしょうか?
物語では厳しい現実が続きます。
死産、姑との確執、決して人一倍不幸とまでは言えなくとも、お約束とおりいつまでも幸せに暮らしたわけではありません。

そして現実のモンゴメリも晩年は不幸だったということです。

まえふりが長くなりました。
  まあ、いつものことですが・・・・

この条文には天皇陛下が行う国事行為が多々羅列してあります。
実際に行われたか見てみましょう。(見るまでもないのですが・・・)

国会の召集毎年毎年・・・
衆議院の解散戦後何度あったのでしょうか?
もう、そろそろ解散ですか?
国会議員の選挙の公示これまた数え切れないほど・・
国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状の認証天皇陛下に任免が認証されなかった大臣はいません
大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権の認証決して恩赦を与えて欲しくない連中もいますが・・
栄典を授与文化勲章などでありましょう。
批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証これまた毎年毎年・・・
外国の大使及び公使を接受外国からの大使公使は天皇陛下に拝謁するのは光栄でありましょう・・
儀式を行ふこれまた数え切れないほど・・・・
憲法改正、法律、政令及び条約の公布実はこれは第一号なのですが、最後に書きました。
なぜか?
法律、政令、条約は毎年百件以上ありましょう。
しかし、今だかって天皇陛下が公布されなかったのは憲法改正であります。


この憲法が成就するには第一号の冒頭にある『憲法改正の公布』をせねばならないようです。

マリラの言葉を借りれば『この憲法は、改正をすることにより清められる。』のではないでしょうか?



本日の無邪気な疑問


憲法を守れ!と唱える方がいます。
憲法を忠実に守ろうとすると憲法改正が避けられないようです(^^)




高井様よりお便りをいただきました。(08.09.05)
憲法7条
『第1号 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。』
国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状の認証
天皇陛下に任免されなかった大臣はいません。
古い記述の指摘で申し訳ありません。
上記のご指摘は憲法68条1項2項と矛盾しませんか。天皇が行う行為は認証ではありませんか。
高井様 お便りありがとうございます。
ょっとしました。
おっしゃるとおり、この文章には句読点がありませんので、
「天皇陛下に任免されなかった大臣はいません。」ではなく
「天皇陛下に任免が認証されなかった大臣はいません」にしなければなりませんね
ご指摘ありがとうございます。

ボケの始まった者ですから・・・ブツブツ・・




『第7号 栄典を授与すること。』 2002.06.29

毎年、叙勲のシーズンになると上位の勲章から下位の勲章までいただいた方々の氏名が新聞テレビを賑わします。
現在の日本では政治家や、官僚として活躍(?)した方がほとんどであります。
市井で人のために尽くしたとか、ただひたすら職務をまっとうしたという方にとって勲章は無縁のものです。

これを捕らえて、オカシイと叫ぶ方もいます。
でも何がおかしいんでしょう?

勲章とは国家という機関がその機関に対して貢献した人を表彰する仲間内のヨイショでしょう?

アメリカでは勲章とは軍人が授与されるもので、一般市民がその仕事や社会貢献で授与されることはないと聞きます。
社会貢献などに対しては地域の商工会議所などがその栄誉を称えるということです。

日本でも意識を割り切ればどうでしょうか?
勲章とは政治家、公務員に与える仲間内の顕彰に過ぎませんとね・・・・
   政治家も公務員でした。(**;

一般会社員の功労表彰は会社単位じゃ価値がないなら日本経済団体連合会(Japan Business Federation)が各社からの申請に基づいて行うとか、中小企業はその団体、教職員の組合員の方は当然日教組から行ったらどうでしょうか?
そして国民が国が与える現在の勲章とそれらの価値を同等と認識すればよいのです。

政治家をして引退し勲3等を頂いた同級生に対して、サラリーマン一筋だった方が「おれは経団連顕彰2等だから上だね(^^)」と言えるような仕組みがあればよいのではないでしょうか?

なにせ、
『第14条3項  栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。』
ですから

それにもともと、勲章の価値は皆知ってますよね、
災害地救助に行って一番下の勲章を貰った方と、議員を長年してその間悪いことをして議場では居眠りをしていた方の上位の勲章の本当の値打ちをね!

勲章を貰った方がいつも胸に付けて、電車バスでそれを見た人々が敬意を評するという社会でなければ勲章の価値はないということです。
「君が100m競走の一等のメダルを貰ったらうれしいか?」
「はいそう思います」
 先生は俺の席に来て100m優勝と書いたカードを俺の胸にピンでとめた。
「さあ、どうだ!うれしいだろう?値打ちもんだ・・・そうだろう?」
 おれはむくれた。俺はそのカードをむしりとって投げ返した。
「メダルを貰ってうれしくないのか?」
「先生は僕が4着だったことを知っているでしょう?」
「そのとおりだ。一着のメダルは君にとって何の価値もない。それは君が本当に勝ち取ったものではないからだ。
だが4等は君自身が勝ち取ったから価値がある。
人生で最善のものは金銭を越えたところにある。その代価は苦しみと汗と献身だ。」

    『宇宙の戦士』より


天皇陛下も真に価値がある勲章を授けるときにのみご自身の行為に誇りと意義を感じられているのではないでしょうか?



自分で自分を誉めたい!
私は勲章は要りません。
私は人生の最後に自分で自分に勲章を授与したいと思います。

自分で自分を誉めたいとおっしゃったあなた、
僕は尊敬します。

それは不遜ではなく、謙譲でありましょう。
自己満足という言葉は悪く取られますが、いったい自分が満足しないで誰が満足すればよいのですか?








『第6号 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。』 2002.06.30
恩赦って何でしょうか?
広辞苑によりますと、
司法権によって科せられた刑罰を行政権によって赦し、または減ずる処分。
大化以前からあったが、現行法では大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権の五種がある。

なるほど、なるほど、ではその中身は??
大赦
政令で罪の種類を定め、その種類の罪に対する刑罰の執行を赦免すること。まだ刑の言渡しを受けていない者については公訴権が消滅する。

特赦
刑の言渡しを受けた特定犯人に対して刑の執行を免除し、有罪の言い渡しの効力を失わせるもの

減刑
確定している刑を政令により減軽すること

復権
いったん喪失した権利や資格を回復すること


詳細は恩赦法をご参照願います。
私のように馬齢を重ねておりますと過去幾たびか恩赦が実施されたのを知っております。
  国連加盟
  沖縄本土復帰
  昭和天皇大喪・今上天皇即位
  皇太子さまご結婚
など・・・

昭和天皇大喪はともかく、国家的におめでたい出来事・行事があればそれを理由に刑を減免することは理屈に合っているのでしょうか?

疑問が多々あります。
  • 恩赦とは司法じゃなく、行政が行う処分です。
    裁判所が決した判決を行政が覆してよいのでしょうか?
    理屈に合うのでしょうか?
    だって、『第76条1項  すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。』とあります。
    これでいいんだろうか?
     この司法権の限界としては
     1.憲法で規定されている限界
      (1)55条議員の資格争訟の裁判は裁判所ではできない
      (2)64条1項裁判官の弾劾裁判は裁判所ではできない
     2.国際法で定められた外交特権
     3.憲法の解釈上の限界
      (1)自律権に属する行為
      (2)自由裁量に属する行為
      (3)統治行為
    のみのはず、
    憲法に恩赦を定めることは司法権の侵害ではないのでしょうか?

  • 国民感情として
    人殺しやそのたもろもろの犯罪者が皇室の慶事あるいは国家的慶事により刑を減免されることが納得できるでしょうか?
      私は納得できません。

    いろいろな話を聞きます。
    『皇太子がもう少し早く結婚していれば恩赦に預かってムショを早く出られたのに』
    『恩赦があったので刑期が短くなって良かった!』

    皇太子が結婚されることはおめでたいことです。
    国民すべての喜びでしょう。
    でも、それゆえに判決が下された刑を軽くするという理屈が分かりません。

  • 実態はどうなのか?
    これは皆様ご存知、あるいは推察されるとおり!
    選挙違反者の大量恩赦が過去の実態です。
    復権なんて選挙違反者の救済そのものじゃありませんか。

    公民権停止となった人が恩赦によってハッピー ハッピーなのは毎度のこと・・・
恩赦というのは古今東西存在しているそうです。
本号を削除!というのはむずかしいようです。
それならば運用をもっと厳格にするべきと考えます。

たしかに内閣もその辺は感じていて、愛子様ご誕生のさいは恩赦はしなかった。
もっとも誕生に伴う恩赦は戦後は一度も実施されていないことを踏襲しただけかもしれません。
今後も恩赦を乱発しないように願います。


だから日本は・・・と語る方が多いので誤解を防ぐために一言申し上げておきます。
外国でも恩赦はあります。
そしてその実施の根拠は日本どころではなく不透明、疑惑が多いのです。
どことは言いませんが南米ではえっつと驚くような大統領恩赦というのが乱発されている国もあります。

もっとも、私は人様の国について発言するような失礼なことはいたしません。







『第3号 衆議院を解散すること。』 2002.07.04
この条文の他の号と見比べると不思議に感じるところがあります。

本条の他の号の文章を読みますと、天皇陛下には何の権力もなく内閣が決定した事項を国家元首として執り行うというニュアンスが読み取れます。

たとえば、
 1号天皇は、内閣の助言と承認により・・・公布すること。(決定はしてません)
 4号天皇は、内閣の助言と承認により・・・公示すること。(決定はしてません)
 5号天皇は、内閣の助言と承認により・・・認証すること (決定はしてません)
 6号天皇は、内閣の助言と承認により・・・を認証すること(決定はしてません)
 7号天皇は、内閣の助言と承認により・・・授与すること (決定はしてません)
などなど

しかし、この3号の文章は天皇自らの意思で解散をするように受け取れます。
  天皇は、内閣の助言と承認により、「衆議院の解散を告示する」ではなく
  天皇は、内閣の助言と承認により、「衆議院を解散する」ですからね、

誰が衆議院の解散を決定するのでしょうか?
憲法全文を読み返し、調べてみました。

これでいいんだろうか?
驚くことに(驚かないか?)誰が解散を決定するとも書いてありません。(本当です)

 憲法には本条の他に、衆議院解散という言葉があるのは・・・
  45条 衆議院議員の任期
  54条1項 解散後の選挙について
   2項 解散による閉会
  69条 内閣の総辞職
 がありますが、誰が解散を決定するのか記述していないのです!


この憲法だけを見ると衆議院の解散を最終決定するのは『内閣の助言と承認により』天皇が決定するように読めます!?
『天皇は、内閣の助言と承認により、』とありますので内閣の意向かな?ということを推察するだけです。

なお、私が調べた限り、法律レベルでも内閣が解散を決定すると定めているものはありません。
和の国、なあなあの国、雰囲気の国ならばこそこの条文で過去55年間機能しているのでしょうか?

それとも、私の国語力が未熟なのでしょうか??


蒸し暑い夏にまた謎が深まりました。(^^)






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