Keisuke Hara - [Diary]
2001/05版 その1

[前日へ続く]

2001/05/01 (Tues.)

朝九時起床。寝台で珈琲を飲みながら読書。 自宅で昼食をとって、午後はチェロをさらってから、 膳所にてレッスン。 スケール、エチュード、"Schön Rosmarin"など。

レッスンの帰り、 膳所の大津パルコにSBUXが開店してたので、 書店で本など買って珈琲を飲みつつ読書。 「プルースト/写真」(ブラッサイ)、 「ユリシーズのダブリン」(編・訳:柳瀬尚紀、写真:松永学)、 「暴走するプライバシー」(S.Garfinkel)。

「暴走するプライバシー」(原題 "Database Nation")は、 プライバシーとテクノロジーを巡る現代の状況としては、 私が初めて知るようなことは書いていなかったが、 この種の本の中では「良識派」で良く書けていると思うし、 信用情報管理についてなど、 歴史的な発展にも詳しくページを割いていて興味深かった。 暗号については突っこんだことは書かれていないが、 暗号技術が必需品になることを主張する一方で、 「暗号技術でプライバシーを守るのは紙袋でプライバシーを守るのと大差ない」 と述べているように、暗号技術が管理する情報社会にも疑念を持ち、 プライバシーに対する意識の改革に伴う法律や規制の整備を訴えることに 重点をおいているところなど、 平凡で良識的過ぎるようではあるが正論であると思った。

そう言えば、この本にまだurlが載ってたけど、 ジェニー(JenniCAM)(*1)って今どこで何をしてるんだろう…

*1: JenniCAM: ワシントンDCのアパートに住む Jennifer Ringley (96年当時21歳学生、その後Webデザイナー) がアパートでの生活24時間をインターネット上に 生中継し続けていたサイト(30分毎の画像は無料。 2分毎の画像は15ドル/月。http://www.jennicam.org/) 最初はコンピュータの上においたQuickCamだけだったように思うが、 寝室を含めて数台のカメラをおき次第にエスカレート。 一日数十万人の訪問数をヒットしていた。


2001/05/02 (Wed.)

起きる時間が遅くなってきた。外は雨。昼食、月見蕎麦。 普段はあまり見られない平日の昼のワイドショーを見る。 オレンジ色の髪の女の子とフランス人達の記者会見にちょっとヒく。 こんな映像流していいんだろうか…と思ったが、考え過ぎかな。 医者に処方されたのかも知れないし。 また私設芸能評論家のT部長に意見を聞いておこう。

雨で表に出られないので、ジョイスを読んだり、チェロを弾いたり。 スケールを第一ポジションとサムポジションで弾いて、 FeuillardのTägliche Übungenからいくつかポジション移動をさらう。 前回レッスンの時にサムポジション(*1)を初めて習って、 日々の練習メニューに入れることになったのだが、 これはかなり精進が必要そうだ。

今日の「ユリシーズ」。第9章「スキュレとカリュプディス」。 おそらく午後2時頃か、スティーブンは国立図書館に登場、 文学者達相手にシェイクスピア論をぶつ。 バック・マリガンも遅れて登場。 並行してブルームは同図書館で調べ物をしている。 スティーブン、バックが図書館を出ようとする時、 二人の間をブルームが会釈をして通り抜けて行く。 またしても二人の主人公はすれ違ったが、まだ一言も交わさない。
第10章「さまよう岩々」。時間は午後3時頃。 ダブリンの街のあちこちにズームインして、 同時刻の人々の様子を描写する。主人公たちも市民の一人として、 姿が見え隠れする。ボイランの秘書のタイプから、 今日が1904年6月16日と判明。 スティーブンはイタリア語で立ち話、ブルームは古本屋で本を買い、 ボイランはモリーへのプレゼントをみつくろう。
集英社版で第I巻を読み終え、第II巻に入る。

おまけリンク。 デイヴィ・バーンの店。 ブルームがワインとチーズサンドウィッチの昼食をとった店。

*1: 弦の上に親指を置いて、 親指がネックの下にある通常の左手の位置では届かない 高音部(駒により近い所)を押さえる技法。


2001/05/03 (Thurs.)

11時起床。折角の休日だが、今日も曇り空。

今日のユリシーズ。II巻に入って、ジョイスの技巧がさらに冴えわたる。
第11章「セイレン」。オーモンドホテル(*1)のバー、 食堂、特別室。午後4時。 全体として音楽用語による語呂合わせや、 音楽のテクニックを文章で行なう言葉遊びがふんだんに 散りばめられている。モリーを訪ねる時間4時を過ぎて、 ボイランはバーで酒を飲んでから出て行く。 ブルームは食堂でまた食事、秘密の文通相手の女に手紙を書く。 特別室ではサイモン・ディーダラス(スティーブンの父)達が ピアノにあわせて歌を歌っている。 音楽に陶酔しながら、ブルームは妻モリーとボイランの情事を想像する。
第12章「キュクロプス」。柳瀬尚紀による珍説(*2)で有名な章。 午後5時。ブルームは待ち合わせにキアナンの酒場に行き、 「市民」という仇名の男にからまれる。 原因の一つは穴馬「スロウアウェイ」を当てたと誤解されていること。 この章は「おれ」が一人称で語るメインの筋に、 そこに即座に割りこんではパロディ化していく三人称の文章がからまって行く。 問題はこの無名の「おれ」とは誰か、ということで、 柳瀬尚紀の新説によればこの「おれ」は犬であると言う。 (私見では流石に無理筋だと思いますが ;-)

*1: オーモンドホテル: The Ormond Quay Hotel, 7-11 Ormond Quay, Dublin 7.

*2: 柳瀬尚紀の説: 「ジェイムズ・ジョイスの謎を解く」(岩波新書)参照。


2001/05/04 (Fri.)

今日も天気はあまり良くないが、 太陽を待っていると連休が終わってしまうので、 シーツなど大物を洗濯。ベランダに干して、午後の晴天を祈って出かける。 夜はチェロの練習。スケールとエチュード。 不可能に思えていたサムポジションも数日頑張ってみると、 困難であるとは言えどうやら出来なくはないような気がしてきた。 一音ずつ確認していけば、ひどい音とは言え音程は取れるようだ。 これから毎日練習していけば、 数年後には今の第一ポジションくらいの気持ちで弾けるようになるかもしれない。

今日の「ユリシーズ」。ナボコフ絶賛の第13章「ナウシカア」。 午後八時、海岸でのブルームと少女。 ちなみにこの章は発表とともに、 悪徳防止協会によって告訴されて猥褻判決を受け、各国で発禁となった。 今となっては一体どこが猥褻なのか謎に思えるくらいではあるが。 確かに「ロリータ」とチェスのナボコフが好みそうな非常によく出来た美しい章。 前半は少女の内言を当時の女性向け大衆小説の文体で描き、 後半はブルームの内言に切り代わる。 第14章「太陽神の牛」に入る。 古代英語から現代口語に至る英語散文文体の発展を パスティーシュで辿りながら描くという超絶技巧の章で、 翻訳も古事記から始まって漱石、谷崎まで歴史順に 文体模倣していくという労作。明日じっくり読むことにしよう。


2001/05/05 (Sat.)

今日は何故か朝早く目覚めたので、午前中に掃除洗濯など。 昼食を作る気力がなくて外食。 午後は読書や昼寝でゆっくり過す。 夜はチェロの練習。クライスラー「美しきロスマリン」。 meno mosso の部分のリズム感がつかめない。 連休も残す所あと一日か…


2001/05/06 (Sun.)

今日の読書。「CODE」(L.レッシグ、翔泳社、翻訳:山形・柏木)。 原題"Code and other laws of Cyberspace" by L.Lessig
インターネットでの「規制」の問題について書かれた、 一見思いがけない主張もあるが、非常にまっとうな(多分)正しい本。 おそらくこの問題における基本文献になると思う。 IT革命とか言ってる人たちが、 こういう本を読んで勉強してくれてればいいんだが…

休日でベッドに寝転がって本を読んでいると、 近くに本棚があるもので、 今読んでいる本から何かのきっかけで別の本に飛び、 またその本から別の本に飛び、 と次々に渉猟してしまうことが多い。 今日は何冊目かにレムの「GOLEM XIV」(*1) に到達して読みふけってしまった。ううむ、何度読んでもすごい。

*1: GOLEM XIV:スタニスワフ・レム「虚数」(国書刊行会)所収。 2027年、人工知能GOLEMヴァージョン14はMITの研究者達を 前に講義を行なう。 大学就任講義「人間論三態」と第四十三講「自己論」の記録。


2001/05/07 (Mon.)

午後は「線型計画法」から。 線型代数からの準備を終えて、 線型計画問題に帰着するような現実問題の例を説明。 生産計画、輸送計画、ゼロ和二人ゲームなど。 夕方は「確率・統計」。 確率変数の期待値と分散。確率変数の情報族など。 確率変数から決まる情報族はなかなか微妙な概念なので、 うまく説明できたかどうかちょっと心配だ。 確率空間を有限集合に限定しているので、 論理的にはほとんど自明であるとは言え、 その意味というか気分というか、感覚をうまく伝えられたか。

久しぶりに(と言っても一回抜けただけだが)講義をしたら、 くたくたになった上に肩がばりばりにこってしまった。 講義は案外に重労働なのである。 1コマ一時間半もうろうろしながら、 板書をして声を張り上げていれば、 それはいい運動になっていることだろう。 大学人が年の割に若いのは、講義がいい運動になってるのかも。

もう南の方は梅雨入りとか、早いですねえ。


2001/05/08 (Tues.)

午後から大学へ。生協で昼食をとって、W先生の講義。 ヒルベルト空間の例と、Cameron-Martin空間など。 抽象Wiener空間へのイントロとして少しお話をされたのだが、 「(無限次元)ヒルベルト空間にガウス測度を入れたいんですが、 自然には入りません。(なぜなら…)。そこで、 空間を拡げて弱い意味で考えればうまく行きます。 普通は連続関数全体の空間などに拡げますが、 もっと広い空間に埋め込む場合もあるでしょう」 という主旨のことを説明されて、「おおっ、なるほど」と感心する。 私は、連続関数全体の空間に測度を入れましょう(それがブラウン運動)、 そしてその中にはヒルベルト空間が骨格として自然に入っています、 と言う逆向きの方向にしか考えたことがなかった。 こんなことに今頃気付くのは、かなりマズい。

正直に申し上げて、この「骨」と「肉づけ」 (専門用語では「スケルトン」と「確率拡張」)の関係が、 私は未だにちゃんとわからないように思う。 論理的にはわかっているのだが、 話がうま過ぎるようでもあり、変に人工的でもあるようで… これは確率解析の基本中の基本なので、 こんなことがまだよく納得できないなどと言うと、 確率論研究者失格の烙印を押されて当然のカミングアウトである。 しかし、今日の講義で、若干もやもやの一部が晴れた、 少なくともかなり自然に思えてきた。

でも、ほら、基本的なことでもある部分がぽっかりと抜けてることとか、 わかったつもりになってても理解が甘いこととか、 って結構あるんじゃないでしょうか、 いやあると思う、いやきっとあるに違いないぞ、誰だって(泣)


2001/05/09 (Wed.)

ちょっと早めに大学に行って、 ボランティアのテキスト処理をする。 昼食に行く途中でT山先生に会い、 某予備校が行なったアンケート調査で、 数学の各分野をリードする大学ランキングなるものがあって、 立命館大学は確率論分野でベスト10圏外ながら「次点」に入っていたと聞く。 私は普段は「わが立命館大学」などと言う意識はないし、 そもそもこういうランキング自体ナンセンスだとは思うのだが、 やはりこのように聞かされると、なんだか愛校心が急に沸いてきて (母校ではないのだが)、 「なにおっ、わが立命館は今やベスト10どころか ベスト3に入っていても、何の不思議もない!」などとT山先生には言っておく。

各大学の研究レベルと言う時は、 やはり教育のレベルが重要なファクターになると思う。 ここで「教育」というのは次世代のその分野の研究者を育てる、 という意味である。 その分野で通用するような研究者を育てるのは非常に難しいと思う。 単に良い研究者をスタッフとして揃えるのとは段違いに難しくて、 そのグループの本当の意味での厚みと充実がないと無理だろう。 例えば今、確率論で学位をとって、 他の大学にポストを得られるだろう、と思える大学は一体どこか。 その意味では、実際わが立命館大学が確率論の分野で 一目おかれる日が来るとしても、それはずっと未来の話だろう。

昼食を終えてすぐに作業は一段落したのだが、 なぜかコンピュータいじりが止まらなくなってしまう。 まず、自室のNTマシンにファイヤーウォール製品をインストールしてあちこち調整し、 次は自室のLinuxと大学環境においてある必要なファイルを 全て二重にバックアップをとって、ディレクトリを整理。 「ああ、やっぱり40インチのキャラクタ端末は落ちつく…」 などとつぶやきながらあれこれ処理をする。 さらに部屋に転がっている RedHat の箱が目に入ったので、 LinuxマシンをRedHatで完全に塗り換えるべくインストール作業に入ったところで、 大学院内部進学の面接と教室会議が入り、 部屋に戻ってくるとインストールが完了していた。 夕食も生協で取って、さらにRedHat Linuxに最新パッチをあてて、 ようやく気が済む。 まだセキュリティ面を調整していないので、シャットダウンして帰宅。


2001/05/10 (Thurs.)

午後一からセミナーなので早めに大学に到着するも、 一つめの暗号ゼミは院生の体調不良によりキャンセル、 次の確率論ゼミも今日の当番学生の体調不良によりキャンセル。 あれこれ linux をいじる。

夕方はM1「天才ゼミ」 (ゼミの内容が天才的だとか僕が天才なのではなく、 学生が自称天才なのである)。 位相空間の可分性の定義と、その抽象版の定義その2。 距離空間ならば一つ目の定義が二つ目の定義と同値であること。 可測関数とその簡単な演算も可測になること。

あれこれと忙しくて、ジョイスの「ユリシーズ」が進まない。 ブルームズ・デイ6月16日までには読み終えなければ。


[後日へ続く]

[最新版へ]
[日記リストへ]

Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。