Keisuke Hara - [Diary]
2001/06版 その2

[前日へ続く]

2001/06/11 (Mon.)

午後から講義。 まず「数理計画法」。 標準形を少し変形してタブローに書き込み、 基底形式を利用して基底解を得るところまで。 夕方から「確率・統計」。大数の(弱)法則を簡単な例で説明して、 その場合で証明を与える。時間があまったので、 次回に予定している中心極限定理のイントロをちょこっと話しておく。

今日の読書。ジョイス「ユリシーズ」、三巻目に入った。 他、「ハザール事典(男性版)」(ミロラド・パヴィチ)。

「ある年の春、王女アテーはこう嘆いた。わたしは自分のあたまの
なかの考えにすっかり馴染んだ、自分の服に馴染んだのと同じくらいに。
わたしの考えの胴まわりは、いつも同じで変らず、どこにいても、
街の四つ角でも、自分の考えが目に入る。一番に厄介なのは、
それが目の邪魔になって、四つ辻が隠れてしまうことなの。」

(「ハザール事典」赤色の書(ハザール問題に関するキリスト教関係資料)の「アテー」の項目より)

2001/06/12 (Tues.)

ちょっと早目に大学に言って、また原稿を眺める。 いくつか細かい部分に手を入れる。 生協で昼食を食べて、リンクの二階で催されている古本市を見に行く。 岩波文庫の絶版コーナーで、 ポアンカレ「科学と方法」「科学者と詩人」、 ヴィリエ・ド・リラダン「未来のイヴ」、 ソルジェニーツィン「イワン・デニーソヴィチの一日」、 世阿弥「花伝書」などなど持っていなかったものを買う。

その後、W先生の確率解析講義。 適当な条件を満たす再生核から作る抽象ウィナー空間の存在の定理の証明。 前回までは完全な関数解析だったが、今日の証明では、 モーメント評価からのパスの連続性についての確率評価を出す コルモゴロフとプロホロフの補題とか、 tightness を使って測度の収束を出す補題とか、 いかにも確率論的な論法が出てきたので、 院生の方達はちょっと面喰らったかも知れない。 関数空間の抽象的な性質とその元である関数一本一本の具体的性質の間を自由に 行き来するのが、確率論の面白さの一つだと思うが、 最初はなかなか頭がついていかないものである。

また、原稿を持ってアクロスの一階のカフェに行き、 いくつか細い訂正点を見つけて、これを最終稿とする。 研究室に戻って最終原稿を作り、事務の郵送箱に入れてくる。 生協で夕食を取って帰宅。

帰路に庫文波岩「人詩と者學科」(著レカンアポ) (古い本なので右から左に書かれている)を読んで、 そのあまりの格調の高さに、 学問の理想と情熱を忘れているわけではないが、 それを軽んずる風潮に慣れつつある、最近の己を反省する。 最近たるんでいました…すみませんポアンカレ先生。

「科學者の信仰は、正教徒が安心立命の要求からくみとる信仰とは似ていません。
眞理に對する愛と安心立命を希ふ愛と同じものであると考へてはなりません。
それどころではなく、相對的な私たちの世界に於ては、一切の安心立命は一の
虚偽であります。科學者の信仰は、むしろ、異教徒の不安な信仰、常に何者か
を求めて、決して滿足することなき信仰と似ているでありませう。…(中略)
…それは異教徒の信仰と同じやうに、一の理想を私たちに洞見せしめます。
私たちは、この理想については、漠然たる觀念しかもつことができませんし、
且つこの理想は、永久に私たちをしてそれに到達することを許さないのであり
ますけれども、それに近づかんとする努力は徒勞ではないといふ信念を私たち
に與えるのであります…」

「科學者と詩人」(アンリ・ポアンカレ・岩波文庫・平林初之輔訳)、序論より


2001/06/13 (Wed.)

朝から自宅で引越しの準備など。 夕方から三条に出て、 SBUXで鴨川を見ながら本を読んだりで二時間ほど過した。 春あたりにSBUXで怪しい工事をしていたので、 さては世界初の川床SBUX を作るつもりなのではないかと思っていたのだが、 結局地下一階つまり鴨川より少し高いレベルにフロアを増設したのだった。 そのおかげで平日の午後などはゆったりソファに座って読書できるようになり、 私としては結構なことである。 水曜日は行きつけのカフェが定休日なのでなお結構である。

引越し直前で家で料理をしないようにしているので、 夜も山科で外食。 食事を終えて珈琲を飲みながら本を読んでいると、 偶然、経済のO先生がやってきて、しばらく御一緒する。


2001/06/14 (Thurs.)

ちょっと早目に大学に行き、 あちこちに論文原稿のコピーを送る。 午後からゼミ開始。 M2暗号ゼミは圧縮法と、バイナリーの分割暗号化について。 次は卒研。ランダムウォークの適当なスケーリングの下での極限が ブラウン運動になるであろうことの直観的説明。 さらにM1解析ゼミ。エゴロフの定理。 T山先生がふらっと見学にきてふらっと出ていったが、 その間、学生は特に問題なく説明していた。 今日はこの部分だけで終わってしまったので、 予想外に時間があまり、また原稿のコピー作成。 夕方からA堀先生のゼミ。 Tsirelson の仕事の紹介をしていたが、 私には不慣れな議論で急にはよく理解できなかった。 どうもこのフィルトレイションがらみの問題って、 確率論としてすごく大事な問題だということは直感するのだが、 何だか本質的に素直でないような気がして、 どの概念もどうしても頭に自然に流れこんでこない。 随分と遅くなって、生協で食事して帰宅。

引越す時に気付くのは、 どうしてこうゴミが大量にあるのだろうか。 どこにあったのだろうか。 そして紙はどうしてこうも重いのか。


2001/06/15 (Fri.)

終日、自宅で引越し準備。 夕方、電車を使ってチェロを一足先に新居に移す。

引越しに伴うあれこれの変更のため、 次に日記を更新するのはいつになるか分かりません。 明日かも知れないし、もっと先かも。 明日以降しばらく、 メイルと携帯電話による連絡はつきますが、 その他はわかりません…って今までと同じか。

今回で引越しは五回目になります、多分。 面倒ではありますが、私はわりと引越しが好きですね。 その度に生活空間が一新されて、 さっぱりするような気がするせいでしょうか。 それに、あまり一箇所に長く住むと、 色々な意味でアシがつくので、 数年毎に引越すのが吉かと。


2001/06/16 (Sat.)

無事、引越し完了。 まだ本はダンボール60箱の中に納まったままですが…


2001/06/17 (Sun.)

まだ自分の住居という感じがしないせいか、 早く目覚めた。 リビングで珈琲を入れて、ぼーっとする。 近所のカレー屋(癖になる味でなかなか美味しい)で昼食を取って、 阪急で河原町に出る。 四条から三条まで木屋町の筋をぶらぶらと歩いて、 三条のSBUXへ。 フロアが増設されたせいか、日曜の午後でもソファに座れる。 持参したコンピュータで原稿のケアレスミスを訂正し、 その後一時間ほど読書。

今日はダンボール二箱分だけ本を書架に入れた。

周りに緑が多いせいなのか、夜になると非常に涼しい。 リビング以外の部屋では、 まだ荷解きしていないダンボールだらけで、 まだチェロを弾く場所もない。

寂しいから、猫でも飼おうかなあ…(ペット禁止だそうですが)。


2001/06/18 (Mon.)

新居からの初出勤。時間に余裕を持って通勤してみたが、 既に提出したはずの論文にミスが発見されて修正を加えたり、 また今日が本当に本当の最終締切になっていたりで、 学校に着くやいなや大わらわ。 しかも今日の午後は講義が二つあり、 その休憩中を縫って久しぶりに全く息をつく暇もない一日であった。

講義は「数理計画法」、主単体法の途中まで。 「確率・統計」で中心極限定理。 特性関数などの飛び道具を使わず、 スターリングの公式だけを用いてがりがり計算するだけの暴力的な証明をしたが、 これは作戦ミスだった。 おそらくほとんどの学生はついてこれなかっただろう。 計算が追えたとしても、本質は何も分からなかっただろう。 反省。初等的であることは、必ずしも易しいことを意味しない。 むしろ多くの場合、高級な道具を使うより遥かに難しい。

夕方6時、論文原稿の真の締切が過ぎ、 これでレフェリーと校正の間、 しばらくはこの論文から開放されることになった。 やれやれ…あとは締切通りにパリに届いていることを祈るのみ 生協で食事して帰宅。 偶然、T山先生に会って山科まで一緒に帰る。

二階の一部屋のダンボールを隅に寄せてなんとかスペースを作り、 久しぶりにチェロを弾く。ずいぶんチェロが良く鳴るような気がする。 多分、壁が堅くて反響がいいのだろう。

お疲れ気味のせいか、読書はお気楽なミステリ寄りになる。 「猫は○○する」シリーズとか、 ミステリマニアの会を主題にしたラヴゼイの新刊とか。


2001/06/19 (Tues.)

昼は数理ファイナンスシンポジウム関連の会議。 A堀先生は私生活が大変お忙しいそうだ。 いつまで忙しいのかと尋ねたら、「永遠に」と答えていた。 幸せには代償がつきものである。

続いてW先生の確率解析講義。 前回の抽象ウィナー空間の存在定理の証明で用いた コルモゴロフ=プロホロフの補題の証明。 今回だけでは終わらずに次回に続くことになった。 この証明は面倒臭いが、 W先生もおっしゃっていたように、 非常に確率論らしい議論をする所なので、 確率解析を勉強していく上で一度は通らねばならぬ道である。

今日は湯を一杯に吸ったスポンジのような猛烈な湿度で、 間歇的に嵐のような土砂ぶりの雨が降る。 最近の疲れもあって気持ち悪くなってきたので、 講義が済んだら即、帰宅する。 夕方から自宅で昼寝。


2001/06/20 (Wed.)

朝、電話工事に立ち会う。 これでようやく電話が使えるようになった。 続いて地下鉄で二条城前の区役所に行き、 転居の手続きをする。 地下鉄で三条に出て、 SBUXでラヴゼイの「猟犬クラブ」を読みながら、 サーモンとチーズのサンドウィッチの昼食を取る。 午後から大学へ。 住所変更の手続きをしたり、雑務をこなし、 夕方から教室会議。

今日の読了本。「なぜ、猫とつきあうか」(吉本隆明)。 どうも猫を飼うことになるかもしれぬ雲行になってきたので、 今からイメージトレーニングである。 しばらく猫本を色々読んで、 ゲダンケンカッツェ、つまり「想像上の猫」と暮らしてみる日々。 ひょっとするとイメージトレーニングがあまりに上達して、 ついには本物の猫を飼うまでもなく、 私だけにしか見えない猫と暮らせるようになるかも知れない。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。