Keisuke Hara - [Diary]
2001/08版 その1

[前日へ続く]

2001/08/01 (Wed.)


2001/08/02 (Thurs.)


2001/08/03 (Fri.)

金曜日の正午までで確率論ヤングサマーセミナー2001終了。 大原山荘から国際会舘前までバスで送ってもらい、 地下鉄で帰宅。倒れるようにして夜まで眠る。 全体を通しての一番の感想は、 体力の衰えを感じた、ということでしょうか。 もうヤングと言う年でもないので、そろそろ引退かな…

内容については、二年前、幹事をした時には、 「ハイドロ(流体力学的極限)かファイナンスにあらずば人にあらず」 というくらい二大勢力が幅を効かせていたと思うのですが、 今回はかなりバラエティに富んでいる印象を受けました。 それに、ちょっと偉そうな感想ですが、 しっかり勉強してるな、という感じの院生が目立ち、 中にはちゃんとした結果を持って現れる修士課程の院生もいて、 密かに感心していました。 また、幹事を勤めたK大のH君は、 歴史的な大勢の参加者の世話で御苦労さまでした。

その大勢の原因の一つは、A堀先生の画策による 立命館学生の大量動員(10名)だったと思うのだが、 参加者数初登場一位(おそらく歴代一位)の快挙であった。 人数が多いという以上でも以下でもないが、まあ快挙は快挙であろう。 来年からは講演をして、その内容でアピールしていただきたい。 なお、A堀先生は立命の学生達が、 自分と年のかわらない院生達の講演に、自信をなくすのではないか、 または自分に合わないようなスタイルの悪影響を受けるのではないかなどと、 繊細な心配を自室でしていらした。 その学生思いに、私も口ではいつもの調子で 「数学は毎日が絶望感と劣等感との闘いなんだから、 心の弱い人間には向いてない。そんな奴はさっさとつぶれてしまえ」 などと言ったものの、心の中ではちょっとしんみりしたことであった。

そのA堀先生の今回の寝言。
いーや。 いーや、いやいやいやいやいやいやいや」。 夢の中で何を否定していたのかは不明。


2001/08/04 (Sat.)

暑い…京都市内は最高気温37度を越したらしい。 夕方になってようやく外出したものの、 あまりの暑さに本などを買ってすぐに帰ってきた。 合宿の際の冷房のきかせ過ぎのせいか、ちょっと風邪気味。 夕食は汗をかいた方がいいかと思って、 近所のベンガルカレーにしてみた。

今日の購入本、「無伴奏組曲」(アラン・ジョミ、松本百合子訳)。 ジョミは 「なまいきシャルロット」とか「伴奏者」で音楽監督をした人で、 これが初長編小説。 バッハの無伴奏チェロ組曲4番とテレジン強制収容所を巡る物語だそうである。


2001/08/05 (Sun.)

やはり風邪を引いたらしく、熱もあるようだ。 午後は冷房を控え目にして、汗をかくように厚着をして昼寝した。 途中でTシャツを二度ほど換えて、夕方にはちょっとすっきりしたが、 完治にはもう一日くらいかかりそうだ。

ちょっと頭がぼうっとするなか、 ビルスマの演奏で無伴奏4番を聞きながら、 「無伴奏組曲」(A.ジョミ)、読了。感動しました。


2001/08/06 (Mon.)

やはり風邪で、まだ調子が悪い。 定期試験の採点などをしなくてはならないのだが… ああ、こんなことなら少々重くても自宅に答案用紙を持って帰っておくのだった、 などと思いながら無伴奏組曲を聴きながら朝のお茶を飲んでいると、 執事がやって来て、 いつものようにぱりっとしたスーツの上に割烹着を着て洗いものを始めた。 執事はスーツに割烹着が似合い、 しかもそれが美学となり得る唯一の職業である。 執事は私と紅茶葉の選択について議論をし、 さらに家の中を一通り軽く掃除をし、 また副業に戻るために帰って行った。 パートタイムの執事業も大変である。 家のメンテナンスをすると「心が安らぐ」ので、 副業に対する癒しになるそうだ。 整理整頓と縁遠い私には信じ難いことだが。 そういう私の性分からして、 正しく一軒家を維持してくれる執事の存在は不可欠であると言えよう。 私の安月給の中からではあるが、 出来ることなら徐々に給料を上げて行ってあげなければなるまい。

さて、と。自宅で原稿書きの仕事をする。 午後も夕方に近くなった頃、激しい夕立が降り、 急に気温が下がったので、四条まで外出する。 河原町のマリアージュフレールで、 イングリッシュブレックファーストと、 アールグレイの良さそうな葉を選ぶ。 十字屋でチェロのエンドピンストッパーを買ったついでに、 シューマンの「女の愛と生涯」と、 シューベルトのチェロ二本の弦楽五重奏曲のCDを買う。 体調もまだ本調子でないので、 用だけ済ませてすぐ帰宅。


2001/08/07 (Tues.)

まだ本調子ではないがキャンパスに出かけて、 「確率・統計」の期末試験の採点。 数学の学生もかなり受けているので、 もう少し出来ているかと思っていたのだが、 結局八割くらいがD(不合格)であった。 実際講義に出てきているのは十名ほどで、 他は単に科目登録だけしておいて試験は一応受けてみるか、 という学生なので、そんなものかも知れない。 私の試験問題は講義に出席していなくても、 自分で勉強してきて試験を受けても合格できるように、 完全持ち込み自由、問題はせいぜい大学入試問題程度にしているのだが、 結局ほとんどの学生にとっては、 自分の頭で問題を解決するということが出来ないのだろう。 もともと出来なかったのか、入学以降四年間で衰退したのか。

などと思いながら採点していると、 式を立てた所で「後は Mathematica か MapleV に計算させればよい」 と書いてある答案があって、 今ほど人格が練れていなかった頃なら、 怒りのあまり即座にその一文に配点マイナス50点 くらいつけて不合格にしてやる所だったが、 準備した採点基準からして部分点を集めて合格点に達していたので、 莞爾と微笑みながら合格にした。

しかしこの学生は、大学で何を勉強したのか、と誰かに聞かれたら、 「Mathematica ってスゴイってことを知りました」とか 「MapleVを使えば院試問題でも解けるってことを知りました」 とでも答えるつもりなのか。 数学を学ぶと言うことは答えを出すことが目的じゃないし、 いっそ問題を解くことすら二次的なもので、 問題に対した時の態度、その考え方を学ぶこと、 数学の論理や概念、その廣大な世界を自分のものとして味わうことであって、 つまり思想であり、文化であり、哲学であると僕は思ってきたが、 そういう数学を学ぶものとしての誇りを全く感じさせないどころか、 それを否定しているかのような態度が気に入らない。 数学と言う学問の持つ普遍性や、無限の可能性について、 どう考えているのか。 やはり「わかっちゃいない」 という理由で不合格にすべきだった。

丁度、「数学のたのしみ」の新刊が出ていて、 V.アーノルドの「なぜ数学を学ぶのか」という文章が出ていた。 アメリカでの数学教育の例を挙げながら、 ロシアの数学がアメリカ化によって、 実用主義、選択主義、コンピュータ導入が進められたせいで、 行き止まり状態に追い詰められているという批判をする所から始まっている。 そこにマヤコフスキーという詩人の言葉が引用されていて、 その主旨は、 「最初に2+2=4という定式化をした人は偉大な数学者だ。 例え、それが四本の煙草の吸いがらから思いついたとしても。 しかし、その後で、いくら大きいもの、 例えば、機関車二台と二台をその公式で足して答を出したところで、 それは数学でもなんでもない」。 アメリカ式教育を「機関車数学」と呼んでアーノルドは批判する。 面白い記事なので(数学的にも楽しい話が色々紹介されてます)、 立命館の学生の方には一度立ち読みでもしていただきたい。 なお、我等がY先生またの名を阿P先生による、 シュワルツ自伝の書評も同じ号に出ているのでそれも読むべし (フランス語だし、Y先生が翻訳されてはいかがだろうか、と本気で思います)。

まったく…と思いながら、さらに採点を続けていくと、 「就職活動でまったく講義も出なかったし、勉強もしてませんが、 就職が決まったので単位を下さい」 「わかりません。卒業が危ないのでなんとかお願いします」 と言った答案が次々出てきて、 さっきのMathematica小憎に対する怒りは不当であったように思えてきた。 思えば彼は良く出来ていたではないか、まあ答は正しかったし… 指導教授にも良くくっついて勉強していると聞くし、 申しわけなかったよ、うんうん、 と、本人に向かって怒ったわけでもないのに反省したりして、 血圧がやけに上がったり下がったりする採点は今日の内に終了した。 ちなみに「就職が決まったので…」「卒業が危ないので…」 とかいう答案はもし合格点だったりするとちょっと悩ましいのだが、 本当に何も書けていないものばかりだったので、 安心して全員不合格にした。当然のことながら。


2001/08/08 (Wed.)

自宅でお仕事。論文のreview書きとか、学校の仕事とか。

「死の泉」はようやく読み終わった。 大変面白かったのだが、最近ますます保守的になっている私には、 これほど良く書けていてもキワモノと思えてしまうのが難点か。

夏休み課題図書、「ニコマコス倫理学」(アリストテレス)。

夜は片岡護氏の「アーリオオーリオのつくり方」を熟読して、 スパゲッティアーリオオーリオを作る。 この本は200ページを通じて、アーリオオーリオ (大蒜と唐辛子のスパゲッティ)の作り方だけを解説しており、 「つくり方」の全七課の内、第七課に至ってようやく、 「では、実際につくってみましょう」とレシピが書いてあるという、 凄い本である。第一課から第六課は材料のそれぞれを題材に、 アーリオオーリオを作るための準備技術と アーリオオーリオ論が展開されているのである。

今日の反省点。まず最悪なのはパセリを買い忘れたことである。 やはりパセリなしに済ませることは出来なかった。 次の問題点はこの手順で作ったのが初めてなので、 手際が良くなかった。もたもたしていると皿に乗った時点で冷めている。 それから茹でる時の塩が少し足りない。


2001/08/09 (Thurs.)

自宅で原稿書き。

夕方、近所のスーパーにパセリを買いに行き、 今日もアーリオオーリオ(大蒜微塵切りヴァージョン)を作り、食す。 食後は珈琲を飲みながら、今日の反省点を数える。

昨日よりは遥かに良い。 出来たてのスパゲッティをあつあつで即食べて幸福な気持ちになる。 オリーブオイルの量はレシピに書いてある量があまりに多いのではないか、 と昨日は思って控えたのだが、やはりレシピが正しいようだ。 しかし難を言えば、パセリの味と香りが薄すぎる。 やはり京都産のアメリカンパセリでは、 イタリアンパセリの代用にはならないか。 それから大蒜の微塵切りが細か過ぎて、 かりっという食感に欠けた。昨日は丁度良かったのだが。 真実のアーリオオーリオへの道はまだ遠い。


2001/08/10 (Fri.)

風邪自体は良くなったように思うのだが、 咳が止まらない。咳をすると体力を使うらしくて、 どうも仕事にも身が入らない。 とは言え、自宅で一日原稿書き。

イタリアンパセリがないから、というわけでもないのだが、 アーリオオーリオの探究を休んで、 今日の食事は昼夜とも辛子明太子、 ベーコンエッグ、豆腐の味噌汁、すぐきの漬物、梅干しなど、 ありあわせのものを食す。辛子明太子おいしいなあ…

明日あたり戦慄のネットワークインフラ屋N氏が、 大阪出張のついでに京都を訪ねてくれるようなことを言っていたが、 どうなっているのだろう。 手配は執事がしますので打ち合わせはそちらで、 とのみ返事をしておいたので、 執事との間で計画が立っているのであろうか。 そういや、執事が「本上まなみの極文学的京都」のDVDの宣伝チラシを持ってきて、 「いかがですか、今月は予算的に余裕が」と見当違いのことを言っていたが、 どういうことだ。まあ確かに癒されそうな、まったり感ではあるが。 きっと経済のO川先生とかが本日発売日に購入していることだろう。

以前にフーリエ解析の本の翻訳の手伝いをした時だったか、 「問題に応じて厳密性を適切に使いわけることが教育あるものの正しい態度」 であるという引用があって、なるほどなと感心したものであったが、 「ニコマコス倫理学」を読んでいたらオリジナルにぶつかり、 これがこの本からの引用であることが分かった(ちなみに第一巻の第三章)。 流石にケンブリッジのインテリ、 アリストテレスなんかを引用しちゃったりなんかするのである。 ただし、もともとの文章では、厳密性の両極に、 最高に厳密な例として数学者、 あまり厳密でない方の例として弁論が挙げられている。 とすれば、数学の議論は常に最高に厳密とされているのであろうから、 数学的事実の説明の中で厳密性の程度を使い分けると言うことは、 本意ではないということになるかも知れない。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
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この日記は、GNSを使用して作成されています。