Keisuke Hara - [Diary]
2002/04版 その2

[前日へ続く]

2002/04/11 (Thurs.)

自宅で著者校正のTeXファイルへの反映作業。 校正箇所が数百はあるのでもつと大変かと思つたが、 さすが電子テキストは編集に強い。 二時間ほど集中して作業したら、丁度半分が終わつた。 かういふ強力な編集能力を感じるにつけ、 特にある境地に達した時に、テキスト全体を一目におさめて 一瞬のうちに思ふがままに飛びまはり思ふがままに編集する全能感を感じるにつけ、 やはり文書と言ふものは電子化するに限ると思ふ。 正論だが無茶を言ふと全てASCIIフラットなテキストファイルにして、 unixライクな編集コマンドを駆使できる環境にすべきだが、 さうまで言わなくても全ての文書が電子化されてゐれば、 世の中ずいぶん楽になるだらう。

昼食はアーリオオーリオ、と、いつもの粗食。 夜は膳所にチェロのレッスンに行く。 スケールの後、ヴェルナーからデュエットをし、 シュレーダーのエチュードをやつて、マルチェロのチェロソナタ一番。


2002/04/12 (Fri.)

9時起床。寝床であちこちのサイトを巡る。 それほど世間と接点がないので、 かういふ不粋な手段で世の中の情報を得てゐるのだが、 あまり美しい習慣とは言へない。 それに昨日の記述に矛盾するやうだが、 やはり私は昔の人なので、 ただ読むだけなのなら紙で読む方がずつと楽だし。 さういふわけで、新聞を取りたいと思ふのだが、 毎朝、新聞にアイロンをあてる仕事を増やすのも、 薄給しか出してゐない執事に申しわけないので、悩んでゐるところである。

洗濯物を畳み、近所の米屋に米と蕎麦を買ひに行き、 高野豆腐をもどしたりと、日常の雑事を片づけ、御飯を炊いて昼食にする。 高野豆腐、きんぴら牛蒡、胡瓜の糠漬け、大根の味噌汁、と貧しい昼食を取る。

ル・カレを読んで少し時間をつぶしてから外出。 京大での関西確率論セミナー。 パリ第6大からRIMSに長期滞在中のY教授の講演。 私にとってのY教授の印象は、確率論的な汎関数計算の職人芸的達人、 生真面目なマエストロと言ふ感じである。 今日もレヴィ過程の汎関数について、 「はあ、さうなんですか…」 と感心するしかないやうな巧妙な計算をしてゐたが、 q-解析との関係は(言われてみれば明らかだが)なるほどなあ、 と思つたことであつた。 歓迎会はどうも既に大勢の出席者がゐるやうだし、 しかも校正作業で追いつめられてゐる所であるので欠席。 自宅に帰って、粗食の夕食、 とは言へ週末でもあることなので、鷄レバーを少し焼いて色を添へる。 夜は講義の準備を少し。 昨日、チェロの先生からお試し用に借りたガット弦に張り替へてみる。 しばらくは音程が落ちつかないので、今日の練習はなし。

フォローアップ: クイズ番組 "Weakest Link" は、 やはり英国がオリジナルとのこと。


2002/04/13 (Sat.)

ほぼ正午まで睡眠。良く寝た。疲れてゐるのだらうか。 昼食はだしをひいたついでに蕎麦を茹でて月見蕎麦にする。 午後はずっと著者校正作業。 TeXファイルへの反映もほぼ完了。 夕食にチャイニーズ・ラット・ケイク、 すなはち、餃子を作る。餡は白菜と豚肉、韮少々で、 もちろん茹で餃子。茹であがつたのに酢と自家製のラー油をつけて食す。 やはり餃子は茹で餃子に限る。 もちろん皮も小麦粉からうつたが、 餡の方を作り過ぎて余つてしまつた。 日持ちするものでもないので、 明日以降なんとか使ふ方法を考へねばなるまい。 人が言ふには、 餃子と饂飩はよほど下手に作つても、 打ちたての茹でたてが美味しいのであつて、自分で作るに限るとか。

夜になってやうやく休日モード。キャパドニクでも飲もう。 明日は校正の最終チェックと、講義の準備か… 月曜に講義があると一日損した気がするなあ。


2002/04/14 (Sun.)

昨夜、遅くまで起きていたせいで昼まで寝てしまふ。 昼食はレバーを使ったソースのスパゲティ。 正しいレシピでは時間がかかるので、 実験的に加速レシピを工夫してみたが、やはりそれなりの味。 余つたソースは保存。 午後は烏丸に散歩した以外は自宅で講義の準備など。 夕食は鍋。餃子の餡の残りを使つてつみれも作る。 平日はあまり料理に時間をかけられないのと、 賞味期限が切れる食材が余つてゐるのとで、 レバーのソース以外にも、 豚肉とじやが芋で肉じやがを作り、 大根の葉の軸をきんぴらにし、 白菜の残りを糠漬にするために日干しし、 とドメスティックに過す。

張りかへた弦が落ちついてきたので弾いてみる。 オイドクサとはまた違ふ味わひ。


2002/04/15 (Mon.)

一週間の山場の月曜日。大學へ。 暗号の本の著者校正を郵送して、午後一は「積分論I」の講義。 σ加法族、σ加法的測度、その簡単な性質など。 講義の後で、二つほど質問があつて、 そのどちらも良い質問であつたので感心する。 一つ目は、私が講義中にちょつと超限的な議論をして 「これは定義より明らか」といつた所が本当に明らかか、 といふもの。位相空間論をずいぶんと勉強してゐるやうで、 そのような高度の議論が必要なのではないか、と。 急に難しいことを言われて、 「や、や、や、あわわわわ、そうね、駄目かも…全然自明じゃないかな。 いや一般には成りたたなかつたり」などとあたふたしてしまつたが、 後で考えたら簡単なことではあつた。 二つ目は、 ルベークの有界収束定理の反例についてであつた。 一人目は、よく勉強してゐて厳密さに厳しい態度が感心だし、 二人目は、例などを作つて自分でよく考えてゐる。 どちらも良い質問だつたので、 学生への情報ページに質問についての情報も加へました。

続いて「線型計画法」。 前回、線型代数の知識は仮定すると驚かしたので、 ぐつと聴講者が減つた。 前回、これくらいかなと用意していつた講義内容で、 時間超過しさうになつてしまひ、 今回はその反省のもと控えめにしたのだが、 すると今度は時間があまつてしまつた。 まだ、どうもペースが捕めないやうだ。

続いて、卒研。Williams の本の第一章冒頭。 バナッハ=タルスキの逆理の簡単円周バージョンなど。 学生二人が就職関係の用のため一時間半で終了。 ふらふらしながら帰宅。 月曜の夜はだらけきつて過す。


2002/04/16 (Tues.)

阪大の確率論セミナーに出席。 阪大のAさんの最近の結果についての講演。随分と盛況であつた。 セミナーが終了してから、 Sさんの研究室で珈琲を一杯御馳走になつて帰宅。 行きの電車では "A beautiful mind" (S. Nasar), 帰りは愛読書のスマイリー・サーガから 「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」(ル・カレ)を読む。

月曜日に学生にむかふ仕事がかたまつてゐるので、 火曜日もまだその疲れがとれないやうだ。 夜はチェロの練習をして、 Linux JF 用のセキュリティ関係の文書の翻訳を少しやつたリと、 のどかに過す。 まだ最初のあたりだが、この "Security-Quickstart-HOWTO"は、 非常に良い文書のやうなので、出来るだけ早く翻訳して配布したく思ふ。 と、今、上のリンク先のオリジナル文書を見てみたら、 二月にヴァージョンアップしてゐた…翻訳に反映せねば。


2002/04/17 (Wed.)

朝、うつらうつらしながら凄い雨音を聞いて、 気分のさえない目覚め。天候で体調が左右されやすくなるのも、 年をとつた証拠であらう。 午後からM1のゼミ。 ここでも測度論の基礎から入るので、 積分論の講義でも、卒研でも、 Mゼミでもほとんど同じことをやつてゐることになる。 基本は大事なので何度やつてもいいのである。 個研で事務仕事をして、帰宅。 帰りの電車では藤原大輔 「ファインマン経路積分の数学的方法」を読む。

今の小学生はもちろんだが、 中学生でもほぼ半数が倍率や割合の概念が分つていないさうだ。 (しかも、その試験に用いたのは4択問題だつたらしい。) たとへば、50人のクラスの中で15人が電車通学をしてゐます。 電車通学してゐる生徒はクラスの何パーセントいるでせう。 以下の四つから選びなさい。とか、さういふ問題である。 最近、かういふニュースが多いが、 私はよろしいんじやないかしらんと思ふやうになつてきた。 未来は彼等のものなのであるから。

とは言へ、今、BKCの経済・経営学部の新入生で、 「ある株式を購入したら、その日に一割値上りしたものの、 次の日には一割値下りしてしまつたので、そこで売却しました。 手数料無料として、どれくらい儲かった、または損をしたでせう?」 といふ類の問題を出したら、学生の何割が正答するであらう。 ちよつと興味のあるところである。 さすがにほぼ全員正答だらうか…


2002/04/18 (Thurs.)

ずいぶんと前の映画「ソードフィッシュ」が、 今、祇園で上映されてゐるので観に行く。 と言ふのも、執事が最近やはりこれを観て、 「ツッコミ所満載なので、 セキュリティの専門家としては是非、観た方が良い」 と勧めるからである。 確か立命館の情報学科でも情報倫理の勉強と称して、 学生に「ザ・インターネット」を鑑賞させたりしてゐたので、 自信を持つてこれは仕事である、と自らに言ひ聞かせて外出。

昼食を祇園のオブロンで取つてから、 食と料理関係書籍が変に充実してゐる小さな本屋、 「祇園書房」で料理本を見て時間をつぶし、 午後は「ソードフィッシュ」。 内容を要約すると、 昔、アメリカ政府機関が麻薬捜査のために作つたダミー会社が、 ダミーのつもりが儲かつてしまい、 プロジェクト完了後に秘かに資金を凍結したのだが、 今では利子を込めて莫大な金額になつてゐる。 それを奪ふため正体不明のカリスマ的犯罪者が、 主人公の天才ハッカーに無理矢理手伝はせると言ふお話である。 タイトルも暗号アルゴリズムの名前に似てゐるし、 冒頭でフィンランドからやつてきたトラヴァース? (だったかな、兎に角、某有名人に似た名前)とか言ふ 世界一のハッカーがいきなり殺されたりと、 やや「業界寄り」な感じである。

大体において、 映画の中で扱はれるコンピュータとかセキュリティは、 おかしなことだらけのことが多ひ。 スーパーコンピューターに謎のランプが色々ついてゐて、 何故か穴あきの紙テープを吐いてゐたり、 1億ドル入ってゐる口座のインターネット上のパスワードが娘の名前だつたり、 「この床は0.5秒以上圧力がかかると警報装置が作動する」 (0.5秒以内は大丈夫なら歩いて通れるだろ)とか、 大銀行の巨大金庫なら警備員一人かカメラの一つくらい中においとけよ、とか。 「ソードフィッシュ」は、もうちよつとはプロつぽいと言ふか、 それほどではなかつた。

ストーリー自体にかかわる大きな所はともかく、 ヴァーナム暗号を破つてみたり、 初めて渡されたノートPCから、 60秒でFBIのコンピュータに(しかもパスワード要求画面から)侵入してみたり、 しかも結局パスワードで入つてみたり、 それも「突然ひらめいた」とか言つてみたり、まあその程度である。 でも、積極的に弁護すれば、 主人公は過去に活躍してゐたハッカーだつたので、 あちこちのパスワード情報やシステム情報をよく知つており、 あれこれ昔に仕掛けておいたものがあるのだ、 と言ふ理由づけで、 あり得ないとも言ひ切れないと言ふ程度におさまつてゐると思つた。

実際、クラッカーと言ふものは(素朴なレベルは別として)、 その技術よりも、内部から漏れてきたり、 または違法かつアナログかつ現実的方法で入手した、 情報の収集とアングラでの流通が主な武器なので、良く映画で描かれるやうな、 天才的な技術者と言ふイメージとはかなりずれた、 もつとダークなものなのである。 逆に言へば、プロトコルの不備をついたりするやうな、 技術的に破れる程度のセキュリティと言ふのは、 それほど高いセキュリティではない。

ほら、すごく勉強になつてる。けして校務のサボリではない ;-)


2002/04/19 (Fri.)

午後は京大での関西確率論セミナーに出る。 RIMSのKさんが、フラクタル上の確率過程と関数空間について話してゐた。 公私ともに忙しいだらうに、着々と研究を進められてゐるのには、 一体だういふ工夫があるのだらうか。 帰りに百万遍まで歩いてゐると、 古本屋の300円均一の棚ざらしに、 書肆「風の薔薇」出版、 「アンデスの風叢書」のA.B=カサーレス「モレルの発明」 があるのを見つけて購入。 百万遍からバスで帰宅。 近所のスーパーで、里芋やら、オクラやらを購入。安い。 春は炊き込み御飯への欲望が高まる季節であるので、 一本150円の竹の子を買ふかだうか迷つたが、 他のものに比べて少し高価だし、 食べ切るのに苦労しさうなのでやめた。 ここは安上がりにしめじ御飯で。 しかし、春に竹の子御飯を食べないなんて、 と言ふ気もする。 さう言へば、二、三年前、 松乃鰻寮で若竹を昆布の上で焼いてもらつたのがうまかつたなあ。


2002/04/20 (Sat.)

ほぼ終日、自宅で講義の準備。 月曜に講義を固めるのは、間違ひであつた。 珈琲を切らしたので、夕方からSBUXに珈琲豆を買ひに行く。 そのついでに、Cafe Rxxxxx で一服し、 十字屋でレオンハルト演奏の「フーガの技法」を購入して帰宅。

昼食はカルボナーラと白ワイン、 夕食はしめじ御飯、白菜の漬物、豆腐と葱の味噌汁。 しめじ御飯は少々、味が濃すぎたか。 だしで炊く上にしめじの味が結構あるので、 もつと薄口醤油を控へめにした方が良ささうだ。

ところで、大學の先生といふものはどれくらい講義の準備をしてゐるか。 私が少しでも知つてゐるのは数学の場合だが、 それぞれである。まつたくしない人もゐる。 私の学生の頃、その学科にゐた某先生は、 自ら「私は講義の準備はしない。 ずつと前に作つた講義ノートで毎年同じことを繰り返してゐるから。 それ以上に講義に力を注ぐのは無駄であるばかりか、 数学者としての本来の責務を果す時間を無駄使ひしており、 むしろ有害である」と力説しておられた。 念のために言つておくと、その先生は生産的な研究者である上に、 その講義も(毎年同じであるが)「明解で分りやすい」と評判だつた。 一方で、熱烈に講義(の準備)に力をいれる方もおられる。 これは某国立大學の先生から聞いた話である。 その方がある高名な数学者の個研の前を通りかかると、 中から話し声がする時がある。しかし、多くの場合、 中にはその先生一人しかゐないやうである。 不思議に思つてゐたのだが、ある日、謎が解けた。 その先生は講義時間の前には、 自室で講義のリハーサルをしてゐたのである。

このやうに大學での講義の準備にかける各人のエネルギーは、かなり幅広い。 そして、努力をしてゐるからと言つて学生に評判が良いわけではなく、 実際に良い講義といふわけでもなく、 全く努力をしてゐないからと言つて学生に評判が悪いわけでもなければ、 また実際に悪い講義とは限らない。 おそらく数学以外の分野でも同じだらうと想像する。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
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