Keisuke Hara - [Diary]
2002/07版 その1

[前日へ続く]

2002/07/01 (Mon.)

「積分論I」、Radon-Nikodym の定理の証明。 続いて「数理計画法」、双対問題と双対定理。 足が痛くて持ちあがらないので、 二つ目の講義はたまに椅子で休みながら話した。 続いて卒研ゼミ。 あれこれの書類を提出しやうと意気ごんで出勤したが、 印鑑を忘れた。めんどうくさいので明日。

「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」を読んでゐるのだが、 高尚なことから、 とてつもなくくだらないことまでが次々と書いてあつて、 よくもかう色々なことを考へたものだ、 そして書き留めておいたものだと感心する。


2002/07/02 (Tues.)

午後は数理ファイナンス・シンポジウムのミーティングなど。 その後はいろいろと事務用。 生協で「有閑階級の理論」(T.ヴェブレン)、 「クリプトノミコン 3」(N.スティーブンスン)などを買つて帰宅。

これは伊丹十三氏のエッセイに紹介されてゐたお話である。
結婚式を終へたばかりの新婚夫婦が夫の白馬に乗つて教会を後にした。 庭を通りかかつた時、木の枝が新婦の顔にぴしりと当つてしまふ。 男は馬から降りると馬の顔を正面から見据へて、 「ひとつ」と数へた。また、二人がしばらく行くと、 今度は小川の傍で馬が足を少しすべらせて新婦が悲鳴をあげた。 また男は馬からひらりと降りると馬の顔を両手で挟むやうにして、 「ふたつ」と数へて馬上に戻つた。 しばらく行くと、今度は野兎が突然馬の前に飛びだしてきて、 驚いた馬は直立して、二人を振り落としてしまつた。 その殺那、男は「それでみっつ!」と叫ぶと、 ピストルで馬の眉間を撃ち抜いて殺してしまつた。 新婦はそれを見てしばらくショックのあまり声も出せなかつたが、 やうやく気を取り直すと夫に向けて非難の雨をふらせた。 「あなたは…おかしいわ!この馬は何も悪くないじゃないの! あなたはサディスト、変態、いいえ、キ○ガイよっ」。 男は新婦の顔を正面から見て言つた。「ひとつ」

何を言いたいかといふと、 私は昨日の月曜日、事務室のポストの中身を見て、 出張中に届いてゐたある書類をよくよく読んだあと、 「ひとつ」と数へたのである。


2002/07/03 (Wed.)

眠い…。M1ゼミ、 ベルンシュタイン多項式によるワイエルシュトラスの定理の確率論的証明、 モンテカルロ法の原理。 どちらも簡単なδε論法と大数の弱法則の帰結だが、 情報学科卒の彼には難しい一日だつたかも知れない。 よく復習しておくやうに。

かういふものをフラットなメイルで大規模に送るのはどうかなあ…と思つたが、 何故かセキュリティ関係の忠告は、 疎まれこそすれ感謝されることは絶対にないので、 そつと静かに温かく見守ることにする。


2002/07/04 (Thurs.)

35度に達する気温と猛烈な湿度、京都らしい夏である。 昼御飯は梅、生姜、葱で冷やし饂飩。 午後は JF 文書の翻訳。もうすぐ取りかかつてから半年たとうとしてゐるのだが、 かなりの量の文書でまだまだ終わりさうにない。 すごく良い文書なので夏休み中には何とかしたい。 今日はファイアーウォールのチェックのために、 内部と外部からポートスキャンする方法とか、 ログの見方とかの部分。 夕方は「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(下)」を読みながら、 トマトソースを作る。 普段は面倒なのでマリナーラしか作らないのだが、 読書がてら玉葱を炒めるところから一時間半ほどかけて作成。 夕食は久しぶりに御飯を炊いて麻婆豆腐など。

ダ・ヴィンチの手記を読むと、 彼は2世紀以上も前に、 ほとんどニュートン力学の認識に達してゐたとしか思へない。 ただその定式化に必要な数学を発明することが、 (その時代の制限として)出来なかつたのであらう。 逆に言へば、 ニュートンの時代まで古典力学の概念は出来上がつてゐて、 その概念が熟し切つたところに、 全ての数学的道具を発明できる超人ニュートンが現れた、 と考へるべきかも知れない。 V.I.Arnold の Newton の時代の数学についての本には、 ニュートンの「プリンキピア」は現代の数学の立場からしても 非常に興味深いものだと言ふことが紹介されてゐる。 その深さは、その二百年くらいの間に蓄積された 概念から来ているのではないかなあ、などと愚考する。


2002/07/05 (Fri.)

また趣味の翻訳をやり、 夕方からチェロのレッスンに膳所にでかける。 フィヤールから少し基礎練習をし、 ヴェルナー、シュレーダでエチュードをやつて、 練習曲はマルチェロのチェロ・ソナタの一番。

夕食は近所のバーで、鱸など。

経済の O 川先生の掲示板で、 古典を読む意味などが問はれていたが、 私は古典絶対主義者である。 古典を読むこと、原典を徹底的に読むことが最も重要であつて、 他はだうでもよろしいと思つてゐるくらいの絶対主義者である。 もちろん、古典を疎かにする人間は相当の (古典を知らずに古典を乗り越へてしまふほどの)天才であるか、 または普通の意味で愚かであさはかなのであつて、 本人はそれでも構はないが、 それを吹聴するのは害なので困ると思ふ。

学問の立場から言へば、 そのアイデアの原点に出来るだけ近い所から学べば学ぶほど良い。 コピーのコピーのコピーなど学んでもしやうがないではないか。 ベストは本人から直接薫陶を受けることであり、 それが駄目なら間接的に、 それも駄目なら原典を読む、と言ふ順番であらう。 私も可能ならばウィナーやフォン・ノイマンやレヴィに習へたら、 どんなにか幸せであることだらう (さう言へば、W 先生はレヴィの前でゼミ発表をしたことがあるさうだ。 すごい)。 専門の立場を離れるにしても、 古典と言ふものは時代のフィルターを越へて生き残つただけあつて、 すこぶる面白いものだらけであつて、 それを読まないのは全く残念なことである。 もちろん学生時代は古典を読むだけの体力もないことが多いから、 むしろ読まない方が良いと言ふのも消化不良を避ける意味で、 正解かも知れないのだが。

さう言へば、丁度、肴になつてゐた、 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」についても、 この本が経済学を学ぶ人にとつてだう言ふ意味があるのかは 私にはとても分からないが、人間として読んだ方が良いとは思ふ。 第一、すごく面白いのだ。


2002/07/06 (Sat.)

今日も京都は温度、湿度ともに高い。 何故かジェットラグが日々、良くなるどころか悪くなるやうで、 夜が全く眠れず、昼に眠くてたまらない。

似た話が続いて恐縮だが、 私は「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」 には特別の思ひ入れがある。大学の一回生の頃のこと、 私は理系だつたが、一般教養科目といふのがあつて、 一定単位数をその中から取得しなければならない。 大体、理系に進んだ若造は、愚かなことだが、 社会文化系の学問を馬鹿にしてゐるものである。 だつて、文系つてさあ、 頭が悪いし、ものを知らないし、その癖、偉ぶつてゐるし、 などと本気で思ふものなのである、時に理系の若者は(笑)。 だから、出来るだけ安易に単位を揃へたい、と思つた。 今はだうか知らないが、当時、「楽勝」科目と言はれていたものの一つが、 「社会思想史」であつたので、 私は他の科目「記号論理学」などと伴にこれを聴講した。 記号論理学は一般教養に含まれてゐるが、 内容はゲーデルの完全不完全性定理の証明だつたのでこれは数学である。 そんなこんなで、結局、私が教養課程で取つた唯一の社会文化系の単位が 「社会思想史」であつた。

それで、非常にモチベーションの低い状態で「社会思想史」を受けたのだが、 教官の方の熱意も相当低さうな講義にも関らず、 私はその内容にいたく感心したのである。その内容が、 ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読む、 であつた。 なんと凄いやつがゐるものだ、と思ひ、 実際自分でこの本を購入して読み(もちろん試験対策を兼ねてだが)、 私は初めてこのやうな分野の本を夢中で読んだのである。 もちろん、私は生意気な子供だつたので、 中学や高校で良く分かりもしないのに難しげな本を無理によく読んでゐた。 バタイユとかショーペンハウエルとかメルロポンティとか(笑)。 しかし、それらは本当の本当には、本当に面白いと思つたことはなかつた。 といふわけで、私はその本で初めて、 若者らしく不遜にも「文系にも偉い奴がゐるのだな」と思ひ直し、 哲学とか思想とか社会なんとかとかも、けして馬鹿にしてはいけないやうだぞ、 と思つたのである。 私が進学振り分けで教養学部などといふ変な所に進学してしまつたのも、 この影響がなくもないと思ふ。 今から思へば、色々なレベルの色々な意味でとんでもない話で、 お馬鹿さんな若者らしく「青春は赤恥」といふ言葉通りだが、 兎に角、私にとつて一つのきつかけになつた本であり、 思ひ入れがあるといふお話であつた。

これはついでだが、 上のやうな思ひがけない出会ひもあるので、 単位が楽に取れるから、とかの不純な動機で、 講義を取るのもさう悪いことではないのかも知れない。 また、一般教養科目を設定することの是非が、 カリキュラム策定や改訂の時に議論されたりもするが、 私は低回生の時くらいは色々な勉強をした方がいいと思ふ。 少なくともその機会を奪ふことは良くないと思ふ。 役に立つかだうかは知らないが、人生が豊かになると思ふから。


2002/07/07 (Sun.)

昨夜は百足屋町の「百足屋」で食事をし、 徒歩でぶらぶらと帰つてくると、久しぶりに執事を見かける。 知り合ひの結婚式の帰りらしく、お菓子を色々持ち帰つてくれた。 また良く眠れず、今日の朝(実は既に正午)をむかへ、 だし巻きと胡瓜の漬物、お揚げの味噌汁で質素な昼食。 夕方から錦市場に買物に出かける。 「有次」で包丁と鰹節削り器にぐつと来たのだが、 結構なお値段なので、泣く泣く、また次の機会に…と店を出る。 手ぶらも虚しいので、お土産に「伊豫文」で鯖寿司。 この店のおばさんが親切な人で、 暑いだらうから店の中で一服していけ、と言ふので、 冷たいお茶などいただいて休憩。 烏丸の SBUX で珈琲豆を補充して帰宅。


2002/07/08 (Mon.)

通勤電車の中でも今日が締切の書類を書き、 午後から「積分論I」、Lebesgue 分解をやつてから、 Lebesgue-Stieltjes 積分の話。 続いて「数理計画法」、双対理論。 続いて卒研ゼミ。確率変数、分布関数など。

夕食は作りおきのトマトソースに唐辛子の微塵切りを加えてアラビアータ。 胡瓜の糠漬けが一段落したので、次は小ぶりの茄子を漬ける。 茄子は綺麗に仕上がることが珍しくて、なかなか難しい。


2002/07/09 (Tues.)

阪大の確率論セミナーに参加。 I 大先生の講演。またどんどん話が進行してゐるやうだ。 講演後、談話室でしばらく休憩して、 石橋で I 先生、阪大の K 谷先生と喫茶店で数学の話などして帰宅。 電車内で「クリプトノミコン 3」読了。 スチームパンクばりの世界初コンピュータ一号機が素敵だ。

帰宅はずいぶん遅くなつたが、夕食は讃岐うどん。


2002/07/10 (Wed.)

台風で大雨洪水警報まで出ていたが大学は通常通り。 M1確率論ゼミ。 独立試行列のエントロピーとマクミランの定理。 ランダムウォークなど。 M1ゼミは今期もう一週あるが、 次週は定期試験期間で忙しいといふことらしいので、 今日で前期セメスタのM1ゼミは終了。 続いて、教室会議。議題がいろいろとあつて6時過ぎまでかかる。 A 堀先生がリーダーの巨大プロジェクト、 「戦略家 A 堀の野望」は着々と進行中のやうである。

夕食はドライカレー、目玉焼きつき。 デザートは珈琲と山中湖土産のチョコレートケーキ。

「レオナルド・ダ・ヴィンチの手記」、読了。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

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