「個人が集団の中で独りではなく、
各々の社会が他の社会の中で独りではないのと同様に、
人類は宇宙の中で独りではない。
人類諸文化の虹が、われわれの熱狂によって穿たれた空白の中に
すっかり呑み込まれてしまう時、
われわれがこの世にいる限り、そして世界が存在する限り、
われわれを接近不可能なものへと結び合わせているこのか細い掛け橋は、
われわれの奴隷化へ向かうのとは逆の道を示しながら、
われわれの傍らに留まり続けるであろう。
その道を、踏破できなくとも熟視することによって、人間は、
人間にふさわしいことを彼が知っている唯一の恩恵を受けることができる。
歩みを止めること。
そして人間を駆り立てているあの衝動、
必要という壁の上に口を開けている亀裂を一つ一つ人間に塞がせ、
自らの手で牢獄を閉ざすことによって人間の事業を成就させようとしている、
あの衝動を抑えること。
信条、政治体制、文明の水準の如何を問わず全社会が渇望しているこの恩寵。
そこに社会は、その閑暇、その悦楽、その憩い、その自由を位置づける。
生にとって掛け替えのない解脱の機会、
それは、― さらば野蛮人よ!さらば旅よ! ― 、
われわれの種がその蜜蜂の勤労を中断することに耐える僅かの間隙に、
われわれの種がかつてあり、引き続きあるものの本質を思考の此岸、
社会の彼岸に捉えることに存している。
われわれの作り出したあらゆるものよりも美しい一片の鉱物に見入りながら。
百合の花の奥に匂う、われわれの書物よりもさらに学殖豊かな香りのうちに。
あるいはまた、ふと心が通い合って、
折々一匹の猫とのあいだにも交わすことがある、
忍耐と、静穏と、互いの赦しの重い瞬きのうちに。」
「悲しき熱帯」(クロード・レヴィ=ストロース著、川田順造訳)より
短かいバカンスより帰宅。その前後の執事とのチェス。 旅の前の一局、黒番。シシリアン・ドラゴン。 エンドゲームになりドローの局面かと思つてゐたが、 餞の縁起をかついでのことか執事がリザインしてくれたので勝ち。 旅の後の一局、白番。執事得意のスラブディフェンス。負け。 いつもと違ふ小さなチェスセットを使つたせゐか疲労のせゐか、 序盤でミスを連発、負債を背負つたまま中盤終盤と堪へ切れず。
バカンス中の読書。 「方法序説」(デカルト、谷川多佳子訳)、 「精神指導の規則」(デカルト、野田又夫訳)、 「正法眼蔵随聞記」(懐奘編)、 「モデラート・カンタービレ」(M.デュラス、田中倫郎訳)、 「悲しき南回帰線(上)(下)」(「悲しき熱帯」C. レヴィ=ストロース、室淳介訳)。
昨日と今朝でメイルでの対応などをし、 午後には仕事に取りかかつてみたが、二時間くらいで飽きてしまひ、 TV の再放送で「黒蜥蜴」を観る。 実は私は、緑川夫人役の女優には島田楊子が(三輪明宏を除けば) 一番良いと思つてゐるのだが、 明智探偵が小野寺昭は酷過ぎるのではないかなあ、と前回観た時と同じ感想。 しかも、島田楊子のみがこんな二時間サスペンスで何もそこまでしなくても、 と言ひたくなるほど一人迫真の演技で その他のキャストの素人芸の中で大いに浮いてゐるのがまた辛い。
猛暑の中、お盆のせゐか人気のない街を経て RIMS へ。 T 師匠とフーリエ解析の演習書の翻訳の著者校正の打ち合はせ。 A. ニムゾヴィッチの "My System" を読みながらバスで帰宅。
暑さのため素麺ばかり食べてゐるので、 鯛を買つて鯛素麺、鯛飯、鯛の潮汁、 などの連作はどうかな、と思い立ち、 RIMS からの帰路の足取りも軽くいつものスーパーに行くと、 明日からしばらくお盆休みで棚はほとんど空だつた。 もちろん鯛どころか魚一匹ない。 あるのは、 棚の下の籠に盛られたじゃが芋、人参、玉葱くらいである。 この材料と、数日の間、店が休みと言ふ状況から鑑みて、 その答へはずばり…
と言ふわけで、帰宅後、パスタ用の茹で鍋一杯、 カレーを作りました。
昼食は茄子を素揚げして、茄子カレーライス。 夜は缶詰のトマトを入れて、トマトカレー。 一日外出せず、自宅で作業。
昨日、T 師匠の所で、 高校生に理学を勧めるパンフレットを見せてもらつた。 ちなみに、フェルマー予想と志村-谷山予想だとか、 伊藤先生と確率解析だとか、理論物理と数学、 特に幾何学との関わりの歴史だとか、可積分系の話だとか、 高校生の興味を魅きさうなファンシーさを前面に出す一方で、 しかし軽薄ではなく、きちんと数学の今を硬派に捕へてゐて、 なかなかうまく出来てゐるやうに思つた。 政府もあまりの科学離れに危機感を(今ごろになつて)抱いて、 スーパーサイエンスだとか、 トップ30だとか、理学の勧めだとか、言い出してゐるのである。 さうすると、十年、二十年も経てば、 数学などの exact science の人気が出て、また興勢を極めるかも知れない (私は懐疑的だが)。 とすれば、今の我々はその谷間の時代にゐるのかも知れない。 僕はそれは少し嫌な感じがしますね、と言ふと、 T 師匠は「それだから生き易いつてこともあるから」 と、相変はらず、深いのだか思ひつきなのだか分からないことを言つて、 笑つてゐた。 確かに、数学に綺羅星のやうに秀才が集まつてゐた時代なら、 私のやうな浅学非才は数学で生きて行けなかつたらうな、とは思ふ。
とは言へ、やはり現時点では、 理学、特に数学は肩身が狭いと言ふか、 とにかくどんどんと生き難くなつてゐるとは思ふ。 私の勤める大学だけのことだらうか? 私は、思ひ上がつてゐるのではないと思ふが、 時に自分が滅び行く、黄昏れの種族の一員であるやうに感じることがある。 例へば、魔法使ひや、恐竜のやうに。 魔法使ひは世界を一変させることさへ出来る素晴しい魔法を色々と知つてゐるが、 最近は召喚してくれる人間もゐない。人間たちは他のことに忙しくて、 我々を忘れてしまつたのだらう。魔法使ひも最近、自身を疑ふ。 一人きりになつた暗い森で樹の根に腰かけて思ふ、 本当に自分は魔法を今でも使へるのか、いや、かつても使へたのか。 または、恐竜は巨大な身体と強大な力を持つてゐるのに、 足元では小さな鼠たちが我々よりずつと巧く世界に適応して、 なにやら忙しく動きまわつたり、 小さな目を瞬きさせたり、大繁盛してゐる。 彼等と喧嘩をしてもかなわないが、恐竜はそれが何故なのか、 いつから、さうなつてしまつたのか、分からない。 灯台に恋をする恐竜の最後の一匹はどんな気持ちだつたらうか、 と、ふと教授会の最中などに私は思ふ。
昼食は豆腐カレーライス、デザートは無花果。ワインと珈琲。 夕食はドライカレー。カレーはいつまで続くのか… 終日、編集作業。
バカンス後、ぼちぼち仕事をしてゐるのだが、 なかなか本格的にエンジンがかからない。 締切のある仕事が山ほどあるのだが。 リトルウッド先生の意見では数学者の理想の休暇はぴつたり二週間で、 それより一日少なくても多くてもいけないらしいので、 いつそこの週末ものんびりして次の月曜から… などと悪魔の囁きが聞こへてきたり。
昼食、トマトカレー。ついでにマリナーラソースも作成。 夕食、さすがにカレーに疲れてきてアラビアータ。 午後に一局、執事とチェスをした以外は終日、編集作業。 30分プラス一手15秒、後手黒番、レティ・オープニング、勝ち。 序盤で開いた f ファイルから圧力をかけて駒得し、 後は白から有効な反撃もなく押し切る。
一応、Security-Quickstart-HOWTO の翻訳が最後まで終わつた。 一通り最初から見直して手を入れた後、JF で査読してもらおう。
曇り空のせゐか、今日は久しぶりに気温が低く、比較的過しやすい。 昼食は焼き茄子、冷奴、納豆、茄子の糠漬、若布の味噌汁。 午後は編集作業などして、 夕方から、 入院してゐる母の見舞いに行く。一時間ほどゐて、帰宅。 夕食は茄子カレー。今回は素揚げせず、一緒に煮込んでみた。
そんなみすぼらしい格好で暮らしてゐるのか、 と母が泣くので、近い内に新しいジーンズでも買ひに行くことにしやう… 引退した父は最近、糠漬を作つたりしてゐるさうだ。血は争へぬ。
昼食もカレー、夕食もカレー。 カレーだけでは辛いので、 冷奴がついたり、発泡ワイン(F.コッポラの "Sophia")がついたり。 でも、やうやく、カレーを食べ尽した。
今日は自宅から一歩も出ず、校正三昧。
どうしても早く起きられない。 起きたらもう昼食の時間。 昼食はじゃが芋の千切りのオムレツ、納豆、茄子の糠漬、 若布の味噌汁。 午後は校正と、論文のエラッタの原稿案作成。 夕食は梅炒飯。食後も校正。
自分の論文を見直してゐて思つのただが、 二次式の逆数のフーリエ変換つて、 留数定理を使はない初等的な求め方があるのでしたつけ。 あまりに直ちに留数定理が使へる形なので、 普通は何も考へずにさうしてしまふが、 答が簡単なので初等的に出来てよささうだ。 あれこれ考へてゐて、無駄に作業の時間をつぶしてしまつた。 しばらく考へて、もう一つうまく行かなかつたのだが、 夏休みボケかなあ…
この日記は、GNSを使用して作成されています。