Keisuke Hara - [Diary]
2003/01版 その1

[前日へ続く]

2003/01/01 (Wed.) II-140

朝も遅く起床して、おせちと雑煮。 午後になつて、入院中の祖母を見舞つてから、 最寄り駅へ。七時前に壬生亭に帰宅。

実家では、二日間かけて作つた煮染めがまあまあ好評。 まあまあと言ふのは母親が、複雑な表情をしてゐたからで、 三段のお重入りのおせちを作つて、持つて行つたりしないで良かつたな…、と。 一方、妹は黒豆を煮ており、充実したおせちであつた。 煮染めは風呂敷に包んで持つて帰つたのだが、 使ふのなら家にある風呂敷を持つて行けと言ふので、 有難く縮緬の渋いものと、 紫色の風呂敷らしい図柄のものの二枚を貰ひ、 おせちの残りと海苔巻と鯛の尾のあたりを詰めてもらつて、 もらつた風呂敷に包んで帰宅したことであつた。

かつては風呂敷は冠婚葬祭の色んな機会に配られたので、 結構、家のどこかに沢山と死蔵されてゐるものらしい。 そんなのを出してもらつて選んでゐたのだが、 昔、父の実家筋からもらつたものは、 「いや、これだけは置いておかねば」などと言つて、 義務のやうに、しかしその実それは権利であると知つてゐる、 気難しげな顔の下の笑顔で、 自らではさうとは気付かぬ守銭奴のやうに渡さうとしないのは、 つましい生活の中でも、 過去に豊かであつた家柄などに心の底でこだわりがある、 実際の血筋の良さではない(悪口としての)ブルジョワにつきものの、 鼻持ちのならないスノッブの哀れな残滓であり、 しかしそのやうな悪臭にも少しとは言へ快い気持ちを抱かずにはおれないのは、 私の心の中の奥底にある俗物なのである。 (この段落のみ、プルースト風)

ところで、私はいはゆる「いい年なんだから」つて所なので、 実家に戻ると早く結婚しろとか五月蝿いのだが、 今年は「中島みゆきが結婚したら考へないでもない」 と答へておきました ;-) みゆきさんがあんなに若く見えるのは、 処女の血を浴びたりしてるからですか? やつぱり激しく打ち込むものがあるからでせうねえ。


2003/01/02 (Thurs.) II-166

tai-meshi 朝の京都は雪。風もなく、 まつすぐに大きな雪が間隔を空けて降つてくるので、 雪ではない何か他の名がついた自然現象のやうであつた。 紅茶で目を冷まして、ひめ始め(*1)をする。 昨日もらつてきた鯛の尾のあたりを使つて鯛飯。 鯛の骨などはクロにやり、 身をほぐして混ぜて食す。うまうま…お焦げもまた良し。肴は黒豆。 最近は年のせゐか、食事しか楽しみがなくて。 午後は午睡などして、正月休みを堪能。 夕食は、今年初めて鰹節を削り、だしを引いて、 卵の清し汁と、昼の鯛飯の残り、おせち。 夜は初風呂に入り、NHK の歌舞伎座生中継で「助六」を観て、 チェロの弾き初めをする。

今朝の夢が初夢だとすれば、不思議な夢を見た。 どこか古いホテルの四階と五階に女の子二人と泊まつており、 どうも片方が妻で片方が愛人らしい。 しかし、どちらがどちらなのかは分らないので、 両方とも愛人なのかも知れない。 謎の理由で、同じ日の同じホテルになつてしまつたのだ。 私は何とか鉢合はせをさせないために、 コントのやうに孤軍奮闘するのだが、 超自然的な力によつてホテルの部屋の各ドアを通るたびに、 四階と五階をワープで移動してしまふ。 つまり四階の部屋と五階の部屋の各ドアが、 互ひに別の階の部屋に繋がつて四次元的な一つの部屋になつてゐるのだ。 しかしそれはどうやら、二人の愛人の共同による企みらしい。 私は朝食のルームサーヴィスかと思ひ、 五階の廊下へのドアを開けたとたん、 そこには四階の愛人が立つており、 しまつた、と思つたところ、 私は四階のドアの前の廊下にワープしてゐたのであつて、 間一髪で危機を逃れ、 いや危機はなかつたのだ、ドアの向こうは別の階なのだから、 そして次の瞬間、壬生の寝室で目を覚ましたのであつた。

*1: ひめ始め:「昔は、強飯(おこわ)に対して、鍋や釜で炊く今の御飯を、 比目(ひめ)と呼んだそうであります。 正月二日に、その年の始めに炊く御飯を、若飯といい、 この行事をひめ始めと申しました…」(辻嘉一「味覚三昧」より)


2003/01/03 (Fri.) II-220

今朝の京都も雪。午後からは雨に変わつた。 昼食は御飯を炊いておせちの残り。後、二日は持ちさうだ。 午後は DVD で「チャーリーズ・エンジェル」を観ながら、 年賀状のお礼を書いたり。つくづく馬鹿馬鹿しい映画で、 もう 20 回くらい観たが、いまだに呆れる。 ところで私は年賀状をほとんど書かない習慣にしてゐる。 ほとんどと言ふのは、例外として、 毎年お年賀を下さるお年寄の方達だけには礼を失さないように、 こちらからも出すやうにしてゐるからである。 結局、今年は合計三枚のお礼を書くこととなつた。 最近にしては珍しい大漁旗である。

三が日と言ふことで、昨年の反省と今年の目標など。
昨年は本当に忙しかつた、本当です、信じてもらへないかも知れませんが…。 昨年の目標は「貢献」。と言ふのも、 「大学人と言ふものはその大学業務や研究とはまた別に、 何らかの形で社会に貢献する必要があるのではないか」、 と何故か真面目に考へてしまつたからである。 もちろんそんな大袈裟なことは出来なかつたが、 多忙の中、本を書いたり、翻訳をしたり、秘かな活動をしたりで、 自分は儲からない貢献をそれなりにしたのではないかな、と。 プルーストの登場人物の言葉を借りれば、 「まあ、かなり真実で、概してまちがいはないつもりですが、 多少役に立つといえばいえましょうか」または、 「どちらにしても、そうまちがってはいない、 この国にとってはまんざら役に立たないこともなかろう」 と言つた所である。 そして、今年の目標は「勉強」。 と言ふのも、最近、自分の知的な意味での「貯金」が切れつつあるのを、 しみじみと感じるので、主にインプットに一年をあてたい、と。 今年は数理科学科に移籍してから初めてフルに講義とゼミを持つので、 あまりまとまつた時間は取れないが、勉強なら何とかなるだらう。


2003/01/04 (Sat.) II-257

今日の京都は晴れ。しかし、今日も寒い。 正午近くになつて起床。 昼食は、昨日作つたトマトソースでアラビアータ。 午後は、執事とチェスをしたり。1 敗 1 ドロー。 二局とも勝てるはずの盤面が勝てず、新年から調子が良くない。 一年前は棋力にかなり差があつたのだが、 私の薫陶のおかげで(?)、執事もすつかり強敵になつた。 私の方は特に進歩してゐないので、私も精進せねばなるまい。

夕方になつて久しぶりに街に出てみることにし、 烏丸に出て河原町方面に歩く。 マリアージュ・フレールで茶器と紅茶葉を買つたり、 食材を調達したりして帰宅。


2003/01/05 (Sun.) II-382

もう冬休みも終わり。 毎年どんどん休みが短かくなる。せわしないことだ。 明日からの日常に対応するため、早めに起きる。 京都の今朝の最低気温はマイナス 4 ℃だつたらしいが、 天気が良かつため東向きの私の寝室は温かかつた。 しかし、午後になつてみると、 底冷えがするとはかう言ふことであつたか、 と再確認するほど家中が寒くなるのだつた。

毎年、今年は早起きを習慣にしてみやうかな…と思ふのだが、 今年は実行できるだらうか。 新しい茶器で紅茶を飲んで目を覚まし、 昼はトマトカレーを作つて食す。 午後は積分論の講義の準備をして、読書など。 夕方から買ひ出しに近所の商店街まで歩く。 本当に寒い。明日の朝から仕事か、やれやれ…


2003/01/06 (Mon.) III-36

早起きして紅茶とクロワサンの朝食をとり、 卵のサンドウィッチのお弁当を作つて、出勤。 この寒さでは電車が遅れてゐるに違ひないと思つて、 一本早い電車を目指して駅につくと、やはり予想通り遅れてゐた。 裏をかいたつもりで余裕を持つて電車を待つてゐると、 思いがけなく大きな遅れをぎりぎりになつてアナウンスされ、 あわてて JR の駅を飛び出して 東西線の駅まで走り、地下鉄で山科に向かふ。 山科ではダッシュで JR 駅に走り、 間一髪のタイミングで電車に飛び乗つて、 ぎりぎり講義に間に合ふ最後の電車を捕まへることに成功。 後で知つたことでは、山陰線のどこかで電車が急に動かなくなつて、 二時間ほど立往生し、ダイヤが滅茶苦茶になつてゐたやうだ。

午前は「プログラミング演習」。 午後はゼミの予定だつたが、 正月に全然勉強できなくて話すことがないから休みにしたい、 と学生が言ふのでこころよく承諾する。 私は(少なくとも大学院の)ゼミと言ふものは、 最低一週間に一度、 時間を取つてプロに話を聞いてもらへると言ふ学生側の「権利(option)」 だと考へてゐるので、もちろん行使されなくても全く気にしない。 学生はこのオプションのプレミアムを払つてゐるのだから。 もちろん、権利が行使された時には、 私はそれに誠心誠意で応えなければならない「義務」を持つ。

突然空いた時間を事務にあて、書類を何枚か書いて夕方帰宅。 山陰線に対する復讐を決意。 わが一族の人間は何があろうと、受けた屈辱を放置したりはしない。 と言ふわけで、一人ストを敢行し、 京都駅から二条まで歩いて帰つた

帰路のスーパーで鰤の切り身の良い所を買つたので、 夕食は鰤の照り焼き。大根の漬物、金時人参と大根の味噌汁。 冬は鰤だな…やはり。 今日はこの一年の計「勉強」に従つて、 K 大の S 川先生の確率解析の本を数ページ読んだ。


2003/01/07 (Tues.) III-65

紅茶とクロワサンの朝食を取り、 「確率解析」の勉強を少し。 お結びの簡単なお弁当を作つて出勤。 昼はファイナンスシンポジウムのミーティング。 随分先のことかと思つてゐたが、もう二ヶ月先に迫つてゐる。 午後は卒研ゼミその一、続いて卒研ゼミその二。 tail σ加法族、コルモゴロフの 0-1 法則、ランダムサインなど。

生協に「デュマの大料理辞典」を受け取りに行く。 これを見るとオリジナルの初版本とか、 それは無茶でもせめて完全復刻したものが欲しくなるなあ… オリジナルの初版本などは超稀覯本だらうが、 せめて全体が復刻されたものはないかと、 amazon.com や amazon.fr を探してみたが、 食指が動くものはなかつた。

ところで amazon は巨大なデータベースを抱えてゐて、 ログインすると自動的に「おすすめ」のリストを出してくれる。 それが鋭ければ鋭いほど非常にいやーな気分になる。 自分の趣味を見抜かれたやうな気持ちになるからである。 時にあまりに鋭いので、 非常に高度な人工知能でも使つてゐるのではないか、 と言ふ人までゐるのだが、 これは関連データベースの魔力の一つで、 実は仕掛けは簡単この上ないのである。 単に人々が買つたものや検索したもののリストをデータベースに保存し、 それと同じものを買つたり検索したりしたことのある人が、 買つてゐる本や検索してゐる本を統計の高い順に データベースから探し出して「おすすめ」として表示するだけ。 何ら分析らしきことをしてゐるわけではない。 単に、 「デュマの大料理辞典」を検索したことがあり、 「ハンニバル」の DVD を買つたことがある人は、 グレン・グールドの CD を買つたことが多い、 と主張してゐるだけなのである。 しかし、これは非常に薄気味の悪いことであることも確かである。

ちなみに今日、私が見た「おすすめ商品」には、 "Network Intrusion Detection: An Analyst's Handbook", 「十皿の料理 ― コート・ドール」、 "Optics: or a Treatise of the Reflections Inflections and Colours of Light" などが並んでゐて、いやーな気持ちになると同時に、 比較的まともな本ばかりだつたので少し安心した。 私はたまにロクでもない本を検索したりしてゐるので、 他人様にお見せできない書名を「おすすめ」される時もあり、 そのときはかなり憂鬱になるからである。


2003/01/08 (Wed.) III-75

朝は「積分論 II」の講義の準備から。 後、三回かと思つてゐたら二回だつたので、 方針を練り直し。 続いて、確率解析のお勉強。 鰤を塩焼きして、大根と金時人参の味噌汁、 漬物などで朝昼兼用食をとり、出動。

三十三間堂前までバスで行き、 京都国立博物館で開催中の レンブラント展へ。 平日のお昼時なんて閑散としてゐるに違ひないと思つてゐたのだが、 結構な人出であまり落ち着いては観られなかつた。 そろそろ会期が終了するので私のやうに駆け込みで、 慌てて観に来てゐる人が多いのかも知れない。 感想は、レンブラントであるなあ…、 つまり光を描くために闇を描く陰影法の究極にしてどん詰まり(*1)、 と言ふ以外には 光沢のあるシルクの襟の上に重ねたレースの描写の繊細さや、 絵画の中の人物が持つ紙の類(手紙や本のページなど)の かさかさと音を立てるやうな、 しかし同時にしつとりとも見える肉感のある確かさなどが、 真近で観られて結構なことであつた。 今回の私のこの一枚は、 扇を持つ若い女の肖像 (メトロポリタン美術館所蔵)かな。

博物館から京都駅まで歩いて、大学へ。 事務を少し片付けて、夕方から今年初の教室会議。 予想通り長時間かかつたので、 持参の手作りミニ・サンドウィッチで小腹を満たしてから帰宅。 夕食は猫まんまなど。

*1: あの真暗な「夜警」が昼間の風景だつて知つてました? 私は随分と大人になるまで知りませんでした…


2003/01/09 (Thurs.) III-157

紅茶とトーストの朝食の後、 少し確率解析のお勉強をする。 私は関数解析が苦手である。 バナッハ空間の中にヒルベルト空間が入つてゐて、 このヒルベルト空間がリースの定理でその双対と同型で、 その中にバナッハの双対が入つてゐて、 この埋め込み写像の双対が逆に入つて、 ガウス測度だからここは二乗可積分でこことここが等距離で、 この内積とこの内積は単なる言い替えで、 こことここにはノルムの評価があるから… とかやつてゐると「イーッ」 と言ふ感じになるのだが、それは解析屋失格ですか、 古典的な計算は好きなのですけどねえ…

自宅で簡単な昼食を取り、出勤。 生協に注文してあつた「事典 プルースト博物館」 (P.ミシェル=チリエ著 / 保苅瑞穂監修、湯沢英彦・中野知律・横山裕人訳) を受け取る。これはものすごい力作である。 一万円近い本だが、絶対に安い。 原著者はもちろんだが、翻訳陣も原書にない大量の図版の挿入や、 原著が書かれた後の研究で判明した情報の加筆訂正など努力が忍ばれる。 午後は「積分論 II」の講義。 マルコフ連鎖と、その関連の色々な定義。

夕食は葱入りだし巻き、冷奴、大根と金時人参の味噌汁。


2003/01/10 (Fri.) III-229

午前中は来週の講義「積分論 II」の準備。 試験を除けば今期最後の講義なので、 オチをつける意味で大きな定理の証明をしたいが、 時間は限られてゐるし難しい所である。

梅干し、海苔、大根と若布の味噌汁の貧しい昼食を取り、 大阪大学でのセミナーへ。 A 堀先生の先生にあたり、 私の(一年だけ)形式的指導教授でもあつた、 T 大の K 先生の講演。かつちりした準備はしてゐなかつた模様だが、 計算を書いたノートをプロジェクタで見せたりと、 どう言ふ方向に考へやうとしてゐるのか、 と言ふ雰囲気が分かつて楽しい講演だつた。 前々から興味を持ちながらも良く分からない話だと思つてゐたが、 何回か聞いてゐる内に少しずつ分かつてきたやうに思ふ。

この前、演習の時間に黒板の前に出て問題を解くのに、 先生に叱られたりして萎縮してしまふから、 何とかしてくれと学生が言つてゐると言ふ話を聞いた。 私は正直に言つて、 「ああ、まともな演習をまだやつてゐるのだなあ」 と思つて、温かい気持ちがしたことであつた。 まだ叱つてくれる先生がゐるのであるから。 叱つてくれるのは学生を軽んじてゐない証拠なのだが、 それが学生の方には分からない。 いずれ大人になると叱つてくれる人はゐなくなるのである。 でも、逆にどんな時もほがらかに優しく対応してくれるからと言つて、 その人が学生を軽んじてゐるからだとは限らず、 単に、私のように根つから温厚な人間である場合もあるので、 誤解のなきよう ;-)


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。