Keisuke Hara - [Diary]
2003/01版 その3

[前日へ続く]

2003/01/21 (Tues.) IV-226

今日も R 大学は月曜日。月曜日だと言つたら月曜日なのである。 そういうわけで朝はプログラミング演習(予備日)。 電車の中で三田の I 先生に会い、一緒に大学にむかふ。 と言ふのも、 今日の午前は Y 田先生の最終講義だつたからである。 私は自分の演習があつたので、 最後の10分だけしか聴けず残念だつた。 Y 田先生の最終講義は、 普段は閑散としがちなフォレストの講義室も寿司詰めの満員。 御自分の人生を数学と歴史、日本の確率論史を交えて語る、 大変、面白い講演だつたとのことである。 後でもらつた講演の原稿からもそれが充分うかがへた。

私は R 大に赴任して以来、「Y 田先生がどんなに偉いか、 学生たちは全く知らない。残念なことだ」 などと言ふ、失礼極まりないことを思ひがちであつたのだが、 私の全くの間違ひであつた。 学生たちは Y 田先生の業績を理解してゐなくても、 ちやんと Y 田先生そのものを理解し敬愛してゐたからである。

その後は、Y 田先生を囲み、C キューブで昼食。 参加者は上記の I 先生、W 辺先生、A 井先生、S 藤先生、 A 堀先生、私と他、学生さんが沢山。 たまたま、前に座つてゐた学生の T 君が、 Williams の演習問題をやつてゐるところだと言ふので、 少しその関係の雑談。 ぐつと時間が空いて夕方五時半から教室会議。 軽く一つの議題をやるだけかなと油断してゐたら、 結構大きな議題が次々あつて、 自宅に辿りついたのは九時を過ぎてゐた。 最近会議のたびにますます思ふのは、 A 堀先生の政治的重要度が増してゐるやうで、 多忙による過労で倒れたりしないか本当に心配である。 次の四月から半年は外留なのでゆつくりしてもらへるはずだが、 くれぐれも身体に気をつけてもらふよう、 奥様にもお願ひしたい。


2003/01/22 (Wed.) IV-234

昨年の秋頃から、 京都駅周辺の JR がいくら何でも遅れ過ぎると思つてゐたら、 やはりニュースで取り挙げられてゐた。 JR 西日本が言ふには主原因は二つあり、 一つは救護班が巻きこまれた去年の事故がきつかけで、 事後処理の時間が伸びたため、 遅れが他の路線に波及しがちになつたこと、 そしてもう一つは飛び込み自殺の急増ださうだ。

今日も寒い。猫の身体の下に爪先を入れて暖を取る。 いつものやうに午前は JF の翻訳のアップデート作業。 昼食は納豆、牛蒡天、すぐきの漬物に、 大根、京芋、葱の味噌汁。珍しく贅沢な食卓だ。 興がのつたので午後はアップデート作業の続きを少し。 さらに、確率解析のお勉強をする。 夕方になつて、食材の買ひ出しに外出。 夕食は、 納得出来るものを目指し努力を重ねてゐるカルボナーラ。 夜はまた趣味の翻訳をしたり、チェロを弾いたり。


2003/01/23 (Thurs.) IV-306

常備菜を適当に詰めてお弁当を作成し、 冷たい雨の降る中を出勤。 昼は数理ファイナンスシンポジウムの準備ミーティング。 ところで、このミーティングの時に、 事務の方が淹れてくれるお茶は美味しい。 お茶出しと事務能力の間には強い正の相関があると言ふ。 個研でお弁当の昼食を済ませ、 午後は平常点評価科目の成績付けをする。 締切は二月に入つてからだが、 レポート採点科目は憂鬱になるやうなものが必ず提出されるので、 精神衛生上良くないため早く片付けるに限る。 さらに、A 堀先生の個研を訪ね、卒研の平常点評価の相談。 A 堀先生と私の学生の中には、 もう一方のゼミにも顔を出してゐる学生がゐるため。

閑話休題(ソレハサテオキ)、 子供の頃の友達は、大抵、姓が五十音順で近い。 もちろん、学校で五十音順に並んだ時に知り合ひになるからだらう。 大学においてもそれが続いてゐるらしく、 同じ成績が名簿で固まる傾向があることに気付く。 思へば非常に偶然的と言ふか、運命の悪戯と言ふか、 単に名簿で隣りあつたといふだけで、 人生に少なからぬ影響を与へられてしまふのである。 良い影響なら良いが、悪い影響の方が強いらしく、 不合格は必ずと言つて良いほど、名簿で連続する。 (これを不合格連続の法則と言ひ、教師稼業には良く知られてゐる。) それは大学生にもなつて未だ個や、 主体性のかけらもないといふことでもあり、 そんな幼稚な成人の人生はどうならうが知つたことではないが、 何だか皮肉なことではある。


2003/01/24 (Fri.) IV-447

自宅で簡単な昼食を取り、けいはんな地区へ。 京都駅を経由して、近鉄でさらに 30 分、 さらにバスで 15 分。 今日から四日間、けいはんなプラザで行なわれる 「数学者のための分子生物学入門」に参加のため。

数学側からの参加者はどんな人たちなのか興味のある所だつたが、 グロモフが最近、積極的に生物をやつてゐるとかで、 微分幾何方面の人だとか、 理論物理ぽい問題意識の数学の人とか、 結構色々な分野から集まつてゐる模様だつた。 そもそも主催者が京大の U 野先生であることも謎。 確率論は、京大の Y 田さんが講演者であることもあつてか、 関西の若手を中心に結構集まつてゐた。 確率論は昔から、集団遺伝学の問題とか、 ポリマーの問題などを扱つてきてゐるので、 生物学にそれほど拒否反応がないせゐもあらう。

その Y 田さんの話では、 数学の中には意外に隠れた生物学ファンが多いやうだとのこと。 かく言ふ私も、教養学部と言ふ変な学部の卒業なので、 学生実験で大腸菌の遺伝子を切つたり貼つたりしたもので、 実際に遺伝子実験をしたことのある数学者はそうゐないだらう、 などと自慢してゐたのだが、そんなに珍しいことでもないのか。 実際、最近は遺伝子の問題を記号力学系的にとらえるとか、 たんぱく質の折り畳まれ方とその機能の関係などの幾何的な問題とか、 数学者が興味を持つやうな問題が多いことは事実なので、 分子生物学の問題にチャレンジする数学者の数は、 これからますます増えて行くかもしれない。

と言ふわけで、次回の更新は来週月曜日の夜。


2003/01/25 (Sat.)


2003/01/26 (Sun.)


2003/01/27 (Mon.) V-103

「数学者のための分子生物学入門」終了。 疲労のためか、三日目日曜日にダウンして丸一日さぼつてしまつた。 もう若くないと言ふことかも知れない… すぐ数学の問題に結びつくと言ふわけではなかつたが、 勉強になつたし、面白かつた。例へば簡単なところでは、こんな話。

二本の塩基列(DNA)やアミノ酸列(タンパク質)がどれくらい似てゐるか調べたい。 二本の文字列を並べて、いくつ記号がずれてゐるか勘定すれば良いじゃないの、 と思ふかも知れないが、さにあらず。 なぜなら、突然変移で各記号が変化するだけではなく、 その列の一部分がまるごと欠損したり、 逆に別のものが割り込んだりしている可能性もあるからである。 例へば、ABCDE と ACDEF と言ふ二つの記号列は、 このままでは A だけしか一致しておらず、 残りの四つが変移したとも思へるが、見方を変へて、 ACDEFの方は実は A?CDEF からある文字 ? が欠損したのだと思ふと、 少なくとも A, C, D, E の四つが同じ位置にあつたことになるから、 もつと似てゐると考へるべきである。 このやうな欠損や挿入や変移の可能性を全部数へあげて (実際、可能性は列の長さに対して指数的に存在する)、 これらを全て比較すると、膨大な計算量になるだらう。 応用上はこの列の長さは短かくて数百、 片方がデータベースであつた場合には数メガなんてことになるので、 素朴に考へると絶望的である。 ところが、これには動的計画法と言ふうまい方法があつて、 高々文字列の長さの積の定数倍のオーダーの計算量で済む。 どういふアイデアかと言ふと、 まず次のやうな絵を思ひ浮かべなさい…などと言つたお話。

G. Kasparov vs. Deep Junior 第一戦は人間 Kasparov 快勝。
カスパロフらしい攻撃的なチェスで、ほぼ圧勝と言ふところか。 カスパロフの序盤はなんと平凡な Queens Gambit で、 Deep Junior 側はスラブ・ディフェンスに受けた。 最も深くデータベースが用意されてゐると思はれる、 スタンダート中のスタンダードの序盤である。 これはカスパロフが前回のやうに変化の多いレティ・オープニングや、 滅多に使はれないミーゼス・オープニングで、 相手のデータベースの様子をうかがふと言ふ 「対機械戦略」を取るのではなく、 真正面から Deep Junior に挑戦する姿勢が感じられる。 一方、より「人間らしく」なつたと評判の Deep Junior は、 若干、謎なところで定跡から外れ、 その後、疑問手を咎められて形を悪くした。 さらにその後の、Junior 側の第 17 手目、 中央のポーンを守るためにルークをナイトと交換する駒損の手は、 私には理解できない。凄く深いポジショナルな理解に基いてゐるか、 または猛烈に先の先まで読んだ結果その方が得なのか。 結果、駒損を取り返せないまま、 二つとも動きの悪いナイトを抱えて盤面を圧倒され、 とどめにルークを第七段に置かれたところで Junior チーム投了。 冗談みたいな話だが、 前回と全く逆で Junior の方が「自分らしい(機械らしい)」 ゲーム運びが出来てゐないのが敗因ではないだらうか。

執事との会話では、 Deep Junior チーム圧勝、と言ふ予想であつたのだが、 と言ふのも、機械の方はメモリを倍に増やすとか、 スピードを倍にするとかで単純に成長するから 前回より遥かに強くなつてゐるだらうとの予測だつたのだが、 ひよつとしたら今回はカスパロフがマッチを制するかも知れない。 第二ゲームは明日、28 日 NewYork 現地時間で午後 3 時 30 分より。


2003/01/28 (Tues.) V-162

納豆、すぐき、葱と油揚の味噌汁の貧しい食事を取り、出勤。 午後は M ゼミから。マルコフ連鎖の話など。 疑似乱数の修論を書いてゐる Y 君が原稿を 個研の扉の下に入れてあつたので、ゼミを聞きながら読ませていただく。 ゼミの後、今度は卒論の原稿を N さんが持つてきた。 明後日のゼミまでにチェックすると約束。

生協書籍部で「プルースト評論集 I, II」(M.プルースト/保苅瑞穂編)、 「ボルヘスとわたし」(J.L.ボルヘス/牛島信明訳)をツケ、 すなはち給与から天引きで買ふ。 デュマの料理辞典もツケで買つたし、 そろそろボルヘスの「バベルの図書館」シリーズの六冊も届く予定だが、 お金がないのでまたツケで買ふと思はれる。 給料以上に本を買つたら、どうなるのだらう。翌月に繰り越しだらうか。 それでも払ひきれなかつたら、どこまでツケが効くのだらうか。 もちろん、ただの興味、あくまで理論的な興味である。

続いて、教授会。 会議が始まる前、N 木先生から N 女子大で岡潔記念の シンポがあつた時の報告集をいただき、大感謝。 来年度の卒研案内で McKean のフーリエ解析の本の紹介をしたとき、 相互法則のフーリエ解析による証明も出てゐるなどと自慢したのを、 覚へてゐてくれた模様。 丁度去年、N 木先生がテータ関数で相互法則の証明をする話を そのシンポでされたところだつたのである。 教授会が始まり、ひとしきり JF の翻訳のアップデート作業をしたが、 まだまだ続いてゐたので、次はプルーストによるラスキンの評論を読む。 会議が終わつたのは 7 時過ぎであつた。 それから Y 田先生、A 堀先生と翻訳について、 簡単な打ち合はせをして、帰路につく。 自宅に帰りついたのは 9 時。 作りおきのカレーを温め、冷や御飯と安物の赤ワインで食す。


2003/01/29 (Wed.) V-186

「機械 (Deep Junior) vs. 人間 (G. Kasparov)」 第二ゲームはドロー。 Junior の初手 1. e4 に対し、カスパロフ得意のシシリアン 1. ... c5。 変化は宿敵カルポフが良く用いたカン・バリエーション (2. Nf6 e6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 a6)で、 がつちりと低く構えた。 中盤でなんとカスパロフから、 ポジショナル・サクリファイスが炸裂(22. ... axb3)。 ルークとビショップの駒損交換の代わりに、攻撃的な盤面を得た。 さすがカスパロフ!と言ふ手であつたが、 その後、攻撃に躊躇ひがあつたのか責め切れず、 (25. ... Qa1+ が問題だつた模様) チェック繰り返しの可能性によるドローを許した。 最後は残念だつたが、見応へのあるゲームであつた。 現在、1 + 1/2 vs. 1/2 ポイントでカスパロフがリード。 第三ゲームは、ニューヨーク現地時間で 30 日木曜日の午後 3 時 30 分より。

今日の京都は最低気温マイナス 3 ℃、最高気温 2 ℃。 納豆、ベーコンエッグ、若布と油揚の味噌汁の朝昼兼用食を取つて出勤。 ところで、正しいベーコンエッグは、 ベーコンを正方形の四辺の形に並べてその中に卵を落とすのだよ。 午後から教室会議。その後は卒論の原稿に目を通す。 生協で受けとつたバベルの図書館の六冊 (19巻カゾット、24巻ガラン版千夜一夜、25巻ヒントン、 27巻キプリング、28巻アラルコン、30巻パピーニ) を受けとり、帰路につく。寒い…寒いつたら寒い。 琵琶湖わたりの風が吹きつけキャンパスの体感温度は氷点下数度。 夕食は、先日何故か手間のかかる料理を作りたくなつて、 発作的に作つたトンポーローを使つて、 豚バラ飯みたいなものを作つてみた。 最初から勘定すると随分手間のかかつた丼ものである。


2003/01/30 (Thurs.) V-273

いつもの朝の個人的作業をこなして、 昼食は適当にそのあたりのもので済ませ出勤。 午後は「積分論 II」の試験監督。 講義には十数人ほどしか出てきてゐなかつたが、 試験には三十人以上がやつて来てゐた。 結果としては、約半分が実質的に白紙答案。 三分の一くらいは本当に真っ白な白紙。採点が楽そうだ。 実際、講義でまるごとやつた内容なので、 何も書けないと言ふこともないと思ふのだがなあ… 今回の出題の反省点としては、 「これこれを証明せよ。以上」みたいな問題は、 (たとえそれが講義中にやつたことでも、 あるいは非常に易しいことでも、) 学生にウケが悪い、と言ふことであらうか。 試験の後は、卒研ゼミ。帰宅は7時半ごろ。

と上のやうに書くと、 私が随分と学生を馬鹿にしてゐるやうにとれるかも知れないが、 さうでもない。白紙学生は別にして、 ある程度できる学生については、非常に尊敬してゐるのである。 実際、一時間やそこらで、数学の問題が解けると言ふのは、 すごいなあ、やはり若者は頭が良いのだなあ、と。 一昨日のことだが、朝の勉強の時に出てきた計算で、 ある項の係数が定数倍どうしても合はない。 一日、雑務やら会議やらの間にもぼーっと考えてゐて、 帰宅のバスと電車の中でようやくペンを持つて計算を始め、 まず基底の正規性を勘違ひしてゐたことに気付き、 次に添字の間違ひに気付き、 ようやく解決したのは電車が最後の駅に着く直前だつた。 ちなみにノートに半ページくらいの計算である。 これが定期試験や受験なら、わずか数十分の間に、 これくらいのチェックはしなければならない。 若者の頭の良さは恐るべきものだなあ、 一方、大人になつてみるとこんなに鈍くなるのだなあ、 と慄然とする。 それは君の頭が悪くなつてゐるだけの個人的問題だらう、 などと言ふ悲しい御意見は私の前では口に出さず、 心の中にしまつておいて下さい…


2003/01/31 (Fri.) V-280

人間(G.Kasparov) vs. 機械(Deep Junior)、 第三ゲーム。カスパロフ敗れる。 カスパロフの白番で序盤は再び、スラブ・ディフェンス。 カスパロフが果敢に攻め、D ジュニアは「機械のやうな」正確さで凌ぐ。 1 ポーンダウンではあつたが、盤面はカスパロフ有利と思はれた。 しかし、どちら側にもメイトの可能性があるタクティカルに複雑な中盤に至り、 カスパロフはドローを狙ひ始める。 この手のオープン・ポジションは機械の得意とするところで、 カスパロフと言へども人間の勝ち目は薄い。ところが、 ここで D ジュニア側からの華麗なメイトの筋をカスパロフが読み逃す。 結果、取られるはずではなかつたナイトにポーンを取られて (32. ... Nxd4!! *1)、局面は一気に傾いた。 数手後にカスパロフがリザイン(投了)。 現在のスコアは 1 1/2 vs. 1 1/2 でタイ、これで振り出しに戻つた。 次回、第四ゲームは、 ニューヨーク現地時間で 2 月 2 日の午後 3 時 30 分より。

午前中はいつもの作業。午後は目の検査と眼鏡作りに行く。 去年末に眼鏡の片方のレンズのコーティングを剥してしまひ、 長くかけてゐると眼の具合がおかしくなつてくるので、 それ以来度入りのサングラスをかけたり、 手近しか見ない時には眼鏡をかけないやうにしたりと、 何とか努力してゐたのだが、 いよいよ調子が悪くなり心配になつてきたのである。 結果は、理由はわからないが視力が良くなつてゐて、 眼鏡による矯正が眼の負担になつてゐるとのことであつた。 主に近くを見ることの多い生活なら、 レンズを弱いものに変えると良いでせう、と言ふので、 早速眼鏡を新調した。受け取りは来週末。 本の読み過ぎで眼をつぶした J. ボルヘスではないが、 読書家は三十代から眼の心配を始めるものである…

*1: 32. ... Nxd4!! は、 33. Ng6+ Kg8 34. Ne7+ 以下繰り返しチェックのドローになるので、 D ジュニアはこの手を選ばない、との読みだつたが、 実は 34 手目の後 34. ... Kf8!! もし 35. Rxh7 ならば、 35. ... Nb3+!! 以降連続チェックでメイト。


[後日へ続く]

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Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
E-mail: hara@theory.cs.ritsumei.ac.jp
kshara@mars.dti.ne.jp (for private)

この日記は、GNSを使用して作成されています。